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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
226/334

第205話 決意

ちょっと臭いかなぁと思いつつ投稿。後、久しぶりに長めです。



「先ずはゼーアロットに対する認識を聞いておきたい。最初に言っておくと、俺とこの女……撫子にとって、奴は敵だ」



 俺が話し始めた内容が思っていたものと違ったのか、撫子とマナミの顔が若干暗くなる。



 ライの方はやはり俺と同じで、俺達の関係やその修復よりも目下向こうの世界に帰ることを優先しているようで、自然な流れで口を開こうとした。



 それを遮るように付け加える。



「更に言えばメイもやられた。死んではないと思うがな」



 撫子から聞いた情報をそのまま伝えただけだが、出鼻を挫かれた形になったライは目を大きく見開いて驚いた。



「な、何だって!? やっぱりあいつもあの世界にっ……! や、やられたって……怪我をしたのか!?」

「恐らくは。……撫子、どうだ? 瀕死だったか?」

「んー……あれは軽く吹き飛ばされたとかそんな感じだったかと。そこまでの大怪我とは思えんが、気絶したのか、気配は薄かったでござるよ。直前で勇者殿の親族と気付いたんでござろう」

「そ、そうかっ……」


 

 安堵のような、溜め息のような息を漏らしたその横で、マナミも驚いている。



「待ってユウ君。メイちゃんとユウ君は一緒に居たの? 帝国軍に?」



 当然の疑問だと感じた俺は先の戦争での立ち位置やメイに出した指示について話した。

 シャムザとの関係性。メイとその友達、果ては俺達の元クラスメートが帝国に召喚されたことも。



「成る程……皆が帝国に召喚されたって話は聞いてるよ。ユウ君が皆を殺したこともね」

「…………」



 静かな怒りを灯したマナミの目が俺を貫く。



 開戦前の会議にも俺が殺し損ねた元クラスメート達が居た。結局、途中退室していたが、元々ある程度の情報は得ていたのだろう。

 ライはメイのことを聞いて半信半疑だったってとこか。



「それは今の話に関係あるのか?」

「っ、ないことないだろ! 何で殺したっ!」



 俺の意見に、ガタッと立ち上がるのはライ。



 その勢いと大きな声、俺達の話題に親達も驚愕しているものの、邪魔はしてこない。



「……ないね」

「フンッ、じゃあ話を逸らすな。兎に角、メイはゼーアロットにやられた。奴は敵だ」



 俺とライが睨み合う中、静かに答えたマナミにそう言い返し、「マナミっ、でも!」と食い下がろうとしているライにも続けて言う。



「お前達にとって、奴は何だ? 敵か? それとも味方か?」

「お前はっ……何でそう極端なんだっ? クラスメートまで殺してっ……味方とか敵とかどうでも――」

「――良くねぇから聞いてんだろタコ。話を逸らすなと言った。どっちなんだ」



 ドスの効いた声にライと撫子は兎も角、マナミや親達がビクついた。



「し、シキ殿、もう少し穏便に話をだな……」

「煩い黙れ。俺が間違ったことを言ってるか? 撫子、お前はもう引き返せない。今後どう生きるにしろ、今は奴をどうにかするのが議題だろうが」



 制止してこようとした撫子は肩を竦め、諦めたように黙ってライの方を見た。



「っ……敵では、ない……けど、味方でもない……」

「は? 何だよそれ」



 絞り出すような声を出しながら椅子に座り直したライを補足するように、マナミが続く。



「私達はイクシアの勇者パーティ。あの人はそのイクシアを支援する聖神教の信者の一人……簡単に言えば何度か顔を合わせたことがあるだけの偉い人ってとこかな。味方という見方もあるけど、聖騎士じゃないから関わりも少ない。かといってあの人の素行や狂信っぷりも知ってるから本当に何とも言えない間柄なんだよ」



 概ね撫子から聞いていた通りの関係のようだ。



 たまに会うスポンサーのお偉いさん、ね……



「……次の質問。お前達はどうしたい? あの世界に帰りたいか?」



 ゼーアロットのことは一先ず置いておき、第一目標を訊く。

 これには二人とも即答だった。



「勿論だ。俺は勇者として召喚された。あんな不安定な情勢の世界を放ってはおけない。第一、お前は戻るんだろ、あの世界に。それなら俺は尚更戻らなきゃいけない」

「ライ君がこう言ってるから……と言いたいところだけど、私も同意見。あの世界の人達は色んな理由で困窮してた。私達にはそれを救う力があった。あれだけの戦争を見ちゃったら忘れることなんて出来ないよ」

 


 俺への追及を止め、真剣な眼差しで言い切る辺り、譲れない思いってやつなんだろう。



 とはいえ、ライの目から敵愾心が抜けきってない。対照的に、マナミは俺への恨みや何やらを飲み込んだ上で俺を見つめてきている。

 揃って理想家ではあるが、マナミの方は現実が見えてきた感じがするな。



「ならば手は? 説得か、無理やりにでも戻させるか」

「だからっ、何でお前は力で訴えようとするんだっ。そんなだからっ……俺はっ、俺達はっ……!」

「……あの時の口振り的にこっちの世界を楽しんだら私達の前に現れるんじゃないかな」



 ライが熱くなる一方で、マナミはあくまで冷静に議論を続けてくれる。



 会話可能な知能があるってのは本当に助かる。そろそろ殴りたくなってきたところだ。



「それはいつだ。コイツはまだしも、俺に時間はない。話し合いや交渉なんて悠長なことをしている余裕は正直……」



 ライとの対話を諦めてマナミを真っ直ぐ見据え、撫子を親指で指しながら話す。

 雑な扱いにカチンと来たのか、撫子はムッとした顔で会話に割り入ってきた。

 


「……シキ殿、今みたいのはちょっと嫌でござる。拙者には立派な名前が……あ、そう言えば紹介が遅れたでござるな、勇者殿、再生者殿。拙者は……――」



 流石に自覚はあったので、撫子が自己紹介をしている間に小さく「悪い……」と謝っておく。



 返事代わりに手をヒラヒラさせて見せた撫子を横目に、俺はあの時の光景を思い出していた。



 姐さんの焦った声。



 俺達の側に来た時点で半壊に近い損傷を受けていたディルフィン。



 迫りくる砲弾の雨。



 無事に逃げ切れただろうか?



 『砂漠の海賊団』の皆は? アリスは、レドやアニータ達は? メイは? テキオ達は? 誰か死んでたりはしないか、怪我はどの程度か。



 考えれば考えるほど不安になる。



 その不安が余裕を奪っていく。



 俺の心中を察してくれているのか、撫子はさして怒った様子もなく自己紹介を終える。

 ライ達は元聖軍所属で序列一桁台と聞いて驚いていた。



「そ、そんなっ……たかが固有スキルの為に親戚同士で殺し合うなんて……!」

「はぁ……また始まった。にしても、そればっかりだね向こうの世界は。そこだけはこっちを見習ってほしいな」



 今は撫子が俺達と行動を共にする理由を話しており、ライは激怒、マナミはそんなライを冷めた目で見た後、何故かこっちを見ながら言ってきている。



「……貴殿とは正反対の御仁でござるな?」

「当たり前だ。目の前の現実一つまともに見れねぇバカと一緒にすんな」



 肘で小突いてきた撫子にそう返しつつ、マナミには鼻で笑って会話を終わらせると、テーブルをトントン叩いて話を戻す。



「改めて。俺はさっさと帰りたい、撫子はどっちでも良い、お前らは話し合いで帰りたい、と……結論は出たな」

「そうだね」

「……結論?」



 撫子がうんうん頷き、マナミが肯定する。

 ライの疑問には「休戦協定だよ。向こうの世界では敵対してたけど、一旦向こうのことは忘れて、ユウ君達と協力して戻るの」とマナミが答えてくれた。



「っ、こいつと協力しろだって!? マナミっ、こいつは皆をっ、ミサキをあんな目に合わせたんだぞ!? 君だってクラスメートの皆が殺されて悲しんでたじゃないか!」

「だから、それとこれとは話が別だって言ってるの。今この状況でユウ君達と戦ってメリットはあるの? 無駄に消耗してから帰る? というか、そもそもユウ君と戦って勝てるの? 二度も三度も負けたのに?」



 良い感じに論破してくれるマナミ。



 良いぞ、もっと言ってやれっ。



 俺の念が届いたのか、それとも溜まりに溜まった何かが溢れたのか、マナミは割りと冷たい目でライを睨んだ。



「ライ君、いい加減にして。私は貴方のことが好きだから色んなことを容認してきたよ? 他の女の子達のことも、その髪のことも、やたらノアちゃんやロベリアさんにご執心なのもあんまり突っ込まないでしょ?」

「うっ……」

「でもね、私はライ君だけじゃなくユウ君のことも好き。友達として止めなきゃって思う。だけど、ライ君にライ君の正義があるように、ユウ君にはユウ君の正義や考え方があるんだよ。私はユウ君の意志を尊重したい」



 俺のことが出て一瞬ドキッとしたが、言ってることはまとも。というか、よく許してたもんだと感心した。

 撫子も隣で「女子(おなご)一人幸せに出来ないのに何人も侍らせようとする下郎なんぞ……拙者なら往復ビンタしたのち全裸に切り刻んで市中引き摺り回しの刑でござるな……」とか呟いている。冗談なのか、本気なのかはわからないが、しれっと椅子をずらして撫子から離れようとしたら無言で刀の柄を腹に当てられた。狙って言ってたらしい。



「俺は関係なくないか?」

「そういう態度が気に食わないって言ってるんでござるよ、この女たらしっ」

「そんなに飢えてるならお前もそこの優柔不断男に抱いてもらえよ。顔は好みっていつだか言ってたろ」



 小声で言い合いつつ、軽く小突き合いつつ、そんなことを話す。



「人に思想を押し付けてばかりの今の貴方は普通じゃない。《光魔法》の……神の影響を受けすぎたんだよ」

「っ、神を悪く――」

「――ほらね。そうやって直ぐ怒る。ユウ君は違うよ。ユウ君が怒るのは理不尽に対してだけ。それと比べてライ君はどう? 前も信者さんみたいなこと言ってたよね? ロベリアさんとの関係だってそう。ハッキリさせたら良いじゃない」



 怒涛の正論パンチにライはどんどん小さくなっていく。

 反対に俺達の議論も熱くなっていく。



「ま、まあ顔だけは。……いや、支えてあげたくなるところも好みかも……腕も立つし、優しそうだし、純粋だし……」

「うわ、仲間のメスの顔とか見たくなかったっ。気色悪い顔すんなよ気持ち悪いっ。よく考えろ、そこの勇者殿(笑)は真面目、誠実、純粋の皮を被った魔性の女好きだぞっ、何人も抱いといて誠実とか純粋とか笑わせるだろうが」

「気持ち悪いとは酷いでござるっ、拙者だって恋に恋する年頃でござるよ!? というかっ、それを言うなら貴殿だってムクロ殿だけでは飽き足らず、セシリア殿にレナ殿、果てはルゥネ殿やメイ殿にだって手を出したくせにっ」

「手は出してねぇよっ。精々、裸見て抱き付かれて乳揉んで尻まさぐって一緒に寝たくらいだっ、俺を何だと思ってやがるっ」



 マナミにクドクドと説教されるライ、互いに罵り合う俺達と、流石に放っておけなくなったらしく、親達も乱入してくる。



「どういう躾してるのかな? かな? 学生の分際でうちの可愛い可愛い鳴を誑かした挙げ句、他の女の子だって……? 許せないよ、これは許せない。どう責任取ってくれるんだい?」

「おいこらバカ息子コラ。テメェ聞いてりゃ何人に手ぇ出したんだこのクズ野郎。お前のせいで俺が今にも殴られそうなんだぞっ。てかお前の息子だって似たようなもんじゃねぇかっ」

「あ、あの、あのっ……暴力はいけませんってっ」



 メイのことで腹を立てたらしいライの父親が父さんの胸倉を掴み、マナミの父ちゃんが止めに入っており、その横では母さん達が「聞いた? 最低ねうちの子達……誰に似たのかしら」、「はぁ……男って……うちの旦那も昔そうだったんですよ?」、「ま、まあまあ……確かにうちの娘が可哀想ですけどねぇ……」と井戸端会議みたいな話をしている。



「最低だよライ君……」

「最低でござるな貴殿は……」



 ゴミを見るような目で見られた。



 あの人のと違ってゾクゾクしない。



 大体、姐さん達は向こうから襲ってきたし。メイには何もしてないし。いやまあルゥネにはちょっと……アレだけど。



「今、何か頭の中で言い訳してたでござろう」

「……してねぇよ」

「嘘だっ、じゃあ何で目を逸らしたんでござるかっ、後何でござるかっ、今の間はっ」



 俺は姐さんとルゥネの裸を思い出して上手く言い返せなかった。



「何か一言ないの?」

「は、反省、します……」



 ライがしゅんとしている。マナミの口撃を甘んじて受けたようだ。



 ……ていうか、ムクロにならいざ知らず、何でこんなエセ侍女に責められにゃならんのだ?



「そうだっ、よく考えりゃお前に言われる筋合いねぇじゃねぇかっ。姐さんもルゥネも甘えさせてくれるから甘えただけだっ。姐さんは添い寝してくれるし、ルゥネは何でもしてくれるからなっ」



 言ってて失言だと気付いた。

 ついカッとなって変な言い訳をしてしまった。



 撫子は勿論、マナミも親達もドン引きして俺を見ている。

 何ならライまでマナミとチラリと目を合わせた後、こちらをジト目で見てきている。



 何故か揃って無言で。

 圧力よりガチ引きだってのが伝わってきて心が痛い。



 何でだ、事実だろ。姐さんはムクロそっくりの胸してて、ルゥネは良いケツしてるんだからしょうがないだろ。



 とは言えなかった。



「何で俺が糾弾される流れになってるんだよ……」



 とは言ったが。



 閑話休題。



 十分は無駄になった。

 この話題は止めよう。



 と、いうことで。



 何となく二人の胸やら尻やら、ついでにムクロのものの感触を思い出した俺は思わず仮面を付けて顔を隠し、咳払いして場を改めた。



「おほん。じゃあ情報交換と――」

「――いや何故に仮面付けたんでござる?」

「ユウ君サイテー」

「ユウ……俺でも流石に内に秘めるぞ」

「ああもう煩ぇなぁ!? 放っとけ! 良いだろ何想像しても! お前らが思い出させるのがいけないんだろ! それだけ良い奴等なんだよっ、好きな女なんだよ!」



 そうやってキレたら皆の目が生暖かいものに変わり、話題も戻った。



 視線が頗るウザく、こめかみがピクピクしてるのがわかる。が、まあ良い。



「ゼーアロットの固有スキル、ステータスについて知ってるものがあれば共有しておきたい」



 そう切り出し、俺は奴が語った強奪チート……【弱肉強食】について話した。



「本当にゼーアロットさんがそんなことを? そこまで馬鹿げた力……にわかに信じがたいな……」

「嘘を付く理由もないし……脅し……? でもそれも意味ないよね、ユウ君ですら勝てないって感じる相手なのに。向こうはそう思ってない……いや、それもないか」

「拙者が言うのもなんでござるが、固有スキルの複数持ちは強いでござるよ。その辺はライ殿も覚えがあるでござろう?」



 撫子の問いに、ライは誰かさんを思い出したらしく、「……? つ、強い……?」と首を傾げた。



 まさかという思いが一瞬で俺の中を駆け巡る。



「お前、見たことないとか言うんじゃないだろうな?」

「いや……固有スキルを幾つも持ってる奴なんて俺やイサム君くらいしか……普通にお前にやられたし……」



 「何言ってんの……? 先ずそんな希少な奴等と早々会うわけないだろ?」みたいな顔で見られた。マナミも同様の反応だ。



 一気に脱力した。

 ダメだ、経験無しじゃ足手まといかもしれない。



「マジか……おい撫子、聞いたか。こいつらまともに戦ってきてないぞ。誰のせいで俺がお前みたいな固有スキルのバーゲンセールセット野郎と殺し合ってきたと思ってんだろうな?」

「……勇者殿、失礼だが今まで何を?」



 流石の撫子でも反応に困ったらしく、火の玉ストレートを放ってライとマナミを固まらせた。



「それとシキ殿、いつも言ってるように野郎と化け物扱いは止めてほしいでござる。拙者、女子(おなご)。女の子。綺麗で美人なお姉さん。よろし?」

「ぶふっ。き、綺麗で……美人……? ま、まあ? 自己認識について少々疑問は残るが? 善処してやるよ、ははっ」

「酷いでござるっ」

「……ユウ君は相変わらず誰に対しても辛辣なんだね」



 容姿だけ見ればその部類だろうがな。残念な性格と口調で全て台無しだ。胸もないし。



「何処見てるんでござる? 拙者がさらし巻いてるの知ってるでござろう? な? おいシキ殿? なあ知ってるでござろう?」

「巻くほど巨乳じゃないのも知ってるぞ。精々マナミと同じかちょっとあるくらいだろ。抜刀術や体術使うのに何の支障もない程度なのに笑わせてくれるわ」

「やっ、ちょっ……ホント、サイテーっ。デリカシーとかないのユウ君は!?」

「こ、こやつっ……ムクロ殿やセシリア殿のそれを知ってるからって……い、いつかそのナニ斬り落としてやるぅっ……! ……はぁ。貴殿に何を言っても無駄でござったな。ま、それはさておき。我々ほどの経験がないとなると……厳しいでござるよ?」



 何も言い返せなかったライをよそに、マナミは恥ずかしそうに胸を隠して俺を罵倒し、青筋を浮かべた撫子は俺を忘れるように溜め息をつくと、腕を組んでそんな結論を出した。



 俺も同感だった。



 撫子や白仮面野郎くらいならまだしも、ムクロやジル様(あの人)クラスの化け物であるゼーアロット相手に戦って感覚を身に付けるなんて芸当は俺でも不可能。

 ましてや、ライは利き腕利き目無しの俺に負ける体たらく。幾ら装備の性能差があったとて、身体能力や反射神経、属性魔法の才能、戦闘センスで圧倒している相手に……それも欠損レベルの障害を抱えた奴にってのは言い訳のしようがない。



「ま、まあライ殿は勇者としての責務があったでござるし、しょうがないような気もするでござるが……」



 等と撫子がフォローしているものの、冷静に考えても同じ感想を抱いたのか、その顔はやはり引きつっている。



 せめてもの救いはマナミの存在だろう。



 マナミの【起死回生】はその言葉通り、死の淵から甦ることが出来る最強の再生能力。

 撫子の《再生》と違って疲労を蓄積させたり、スキル頭痛を早めるとかのデメリットはそれほどない。



 なら……俺達三人で特攻を仕掛けるか? いや、だとしても勝てるかどうか……それに撫子は奴にとって生かす価値がない筈……如何にステータスの高い撫子でも即死級の攻撃を受ければ死んでしまう。



「いや、いやいやいやっ、それよりどうやって帰してもらうつもりだっ? 口振りからして俺やユウは戻してくれる風だったけど、力づくって言ったって結局は本人が【原点回帰】を使ってくれなきゃいけないし、居場所もわからなければ何をしてるか、装備すらわからないじゃないか!」



 言われたい放題でカチンと来たのか、ライがさも怒ったように言う。



 愚問だな。



「回復魔法を使えると言っても限度がある。じわじわ窮地に追い込めば自ずと帰ろうとする筈だ。まさか、こっちに来てから魔力が一切回復しないことに気が付いてないなんて戯言は言わせねぇぞ?」

「っ……」



 そう睨むと同時、ステータスを確認する。



 魔力の総量を明示する数値は先日の戦争後から変化がなかった。



 回復もしてなければ減りもしていない。理由は不明。

 しかし、理由はどうあれ、魔力が回復しないのは事実。地球に魔力を回復させる魔素的な何かがないとかそもそもそういう環境とかそんなところだろう。



「っ、そ、それはっ……」

「……成る程。長期戦に持ち込めば我々でも倒せる……かもしれないでござるな」

「そうだね。向こうと違ってこっちにはユウ君の魔力回復薬がある。魔力を消耗させるだけでも痛手の筈……」



 ライは口ごもり、撫子とマナミは頷いて俺の意見に賛成する。



 尤も、居場所と装備についてはその通り。

 ただどう議論しようが、早急に帰る為にはそうする他ない。



 問題はそこまで追い詰める為の手。



 俺と撫子は一瞬で下された。

 ライとマナミはそんな俺に敗れている。



 使えそうなのは俺の高い攻撃力とライの属性魔法や【紫電一閃】……それと当たりさえすれば物体を両断出来る撫子の【一刀両断】。マナミの【起死回生】も当然使える。



 ……こうして考えると俺だけ弱いな、この世界だと。



「けどユウっ……お前だってこっちじゃスキルを使えないんだろっ? その差をどう埋め、どうやってゼーアロットさんを倒すって言うんだ?」



 痛いところを突かれた。



 そう。そこが一番の悩みどころだった。



 この世界では魔力が回復しない。



 更にもう一つ。この世界限定の謎現象が俺達に起きている。



 それはスキルの使用不可状態。



 固有スキルは問題なく使えるのに、俺達が持っている普通のスキルの方は発動しなくなっている。

 俺とライの魔法スキルも、撫子の多彩な戦闘スキルも何もかも。



 回復しない魔力といい、状態異常なのか、この世界のルールか何かなのか……向こうの世界限定の力なのか。何故、魔法や固有スキルは使えるのか。ステータスは健在なのか。



 疑問は絶えない。



 が、全て事実。そして……



「それは(やっこ)さんも同じさ。あるのは世界最強と同等のステータスと大量に強奪したであろう固有スキルのみ。無論、回復しないっつったって魔力の総量は桁違いだろうがな」



 代わりにこっちには俺のマジックバッグがある。

 中にはショウさんに生成してもらった凄まじい数の魔力回復薬や他にも役に立ちそうなものがチラホラ。



「居場所は虱潰しに探すしかない。幸い、こっちにはSNSなんて便利なものが存在してるんだ。向こうと違って直ぐ見つかるだろうさ」



 何たって、奴は気配を遮断するタイプのスキルは使えない。同タイプの固有スキルがあれば別だが、そこまでお誂え向きのものを持っているとも思えない。持ってるなら向こうの世界で表舞台に顔を出す必要がないんだから。



 奴は建国にも支配にも興味がないようだった。



 俺を殺さないのも『付き人』が目的だと言っていた。



 一介の司教程度とはいえ、奴には顔があった。それなりに有名なものが。それはつまり、奴がそういうタイプの固有スキルを持ち合わせていないことを示す。



 と、そこまで考えたところで、一つの疑問が浮かんだ。



 顔があるってことは聖神教の専売特許、転移魔法も使える筈。



 あの状況からの脱出が目的なら……何で奴は転移魔法を使わなかったんだ?



『落ち着いたようですね! 感謝してほしいものですっ。が、次はありませんっ、暫く生まれ故郷で心を癒してみてはっ? ワタクシも興味があるので、その間は滞在させていただきます!」』



 こっちに来た時、奴は確かにそう言った。



 その前には『クソッタレな神』とも口走っていた。



「見つかっても戦う必要はないんじゃないか? もっと平和的にだな……」

「ライ君? また話を戻すの? 私達、早く帰りたいんだよ? バカなの? ねぇバカなの?」

「……マナミ殿、何かキャラ変わってるでござるよ」



 ライ達が下らない会話をする中、俺の頭の中で少しずつ点と点が繋がっていく。



 「思考系スキル無しじゃここまで纏まらないのか……」だとか、「いつの間にか発狂状態じゃなくなってる……普通に考えられるぞ……?」だとか余計なことが脳裏をちらつくが、少しずつ少しずつ答えに近付いている気がする。



 そうだ、そもそもがおかしいんだ。ライを死なせたくないだけなら転移魔法……魔力が惜しかったとしても、自分や撫子を対象に【原点回帰】を使えば良い。

 ライの無事と戦線離脱が目的ならそれが最善。態々、別世界なんかに飛ぶ必要はない。



 口振りからして元々はライと自分だけを飛ばすつもりだったのもわかっている。そこに俺という不確定要素の救出はなかった。



 にも拘らず、こうして俺達を……ライを地球に戻そうとしたのは何故だ?



 あの時のライは神の影響を受けて暴走していた。

 俺も引っ張られて暴走を始めていた。



 それがこっちに来た瞬間、嘘のように消えた。『正』と『負』、両方の感情がピタリと。



 奴はライを止めたかった……? 止める為にスキルが使えなくなるこの世界に……神や《光魔法》の影響が及ばないように……?



 神を殺したと噂の『付き人』を狙う理由……



 俺はゼーアロット()が神に傾倒する狂信者故にその首を狙っているんだと思っていた。奴もその点では肯定していた。



 だが、これまでの言動……こっちに来た途端にライから消えた神の気配……神と関わりがある《光魔法》と《闇魔法》が行使できない地球という環境……感謝してほしいという言葉もそうだ。



 恐らく、向こうの世界とこっちの世界では神が介入出来ない何かがあるんだ。壁のような何か……ルールか……神としての力の限界か。



 ゼーアロットの目的は『付き人』の首ではなく、『付き人』との対面……? 会うこと、か……? それは何故だ? 何で狂信者の真似事をしてまで……



「シキ殿? どうかしたでござるか?」

「ユウ君?」

「…………」



 急に黙り込んだ俺を心配するように、撫子とマナミが顔色を窺ってくる。

 残念ながら仮面で隠れているので意味はないが、顎に手をやりながら俯いていることから何やら考え込んでいるらしいことは察したらしい。



「おい、二人が気にして……あいたっ!?」

「ライ君? 空気読んで空気。知ってる? ねぇ、空気って知ってる? わかるかな?」

「さ、さっきから怖いよマナミ……何も叩かなくたって良いだろ……?」

「ユウ君が昔から頭が回るのはライ君も知ってるよね? 寧ろライ君こそよく知ってるよね? 黙ろっか?」

「はい……」



 肩に伸びてきた誰かの手が弾き落とされ、何やら不穏な会話も聞こえるものの、俺の意識はそこになかった。



 正解かどうかはわからない。



 それについては本人に直接聞くしかない。



「…………」



 長考の結果、一つの結論に至った。



 ライには伝えない方が良いな。聖騎士ノアの時より神の気配が強かった。《光魔法》も使いすぎている。向こうに戻ったらまた影響を受けて俺と敵対する……マナミですらそう確信している。



 撫子は信心深くないし、ライや神を疑えるくらい現実的な目を身に付けた今のマナミなら信頼出来る。



 どう二人に話すべきか……。



 間違いない、ゼーアロットは『付き人』じゃなく神を狙っている。神殺しかそれに類似した何かを成そうとしている。その為に『付き人』と接触しようとしてるんだ。



 案外、俺にとっても敵とは言い難い相手なのかもしれない。

 髪色が変化するほどの信仰心を植え付けてくるライ側の神と違って、俺側の神……邪神は特に何かしてきている様子はない。勿論、ある程度の影響は俺も受けているだろうが、やってることも印象的にもライ側の神こそが俺にとっての悪。



 そのクソッタレな神とやらに害を与えてくれるというのなら……



「敵でもなければ味方でもない……か」

「「え?」」



 静かに呟いた俺に女性陣が首を傾げる。



 何にしても奴と話をする必要が出てきた訳だ。ライの語る理想論通り、話し合いをしなければ。



 追い詰めるだけじゃダメだ。



 この推測が当たっているかどうか、そして、その理由……最終的な目的……目標……あの世界をどうするつもりなのか。



 それらを知らなければならない。



 そして、全てを知っているであろう真の黒幕、『付き人』にも色々訊かなきゃいけない。



 俺を魔族化させた理由とか、力があるのに人族を滅ぼさない理由とか……もっと根本的なものを。



 そうだ。



 俺はやはり帰らなくちゃ……帰って早く魔国に行かないといけないんだ。

 ムクロと会う為にも、他の奴等と再会する為にも……皆を守る為にも。



 実情や何枚にも渡る岩は兎も角、人族は連合軍を結成した。



 反対に、魔族や獣人族はイクシアで習った歴史的にも、俺やアリス、撫子に姐さん、王族のレナやナールの知識でも長年(だんま)りを決め込んでいる。



 『天空の民』達のこともある。今回の戦争で敗北や敵対勢力の力を知った奴等は更に戦力を増強させる筈。



 その目的は連合国が同盟を結ぶに至った背景にある聖神教の悲願……他種族国家の滅亡、魔物の撲滅に繋がっている。



 ダメだ。



 どう足掻いても戦争が起きる。



 俺が今まで体験してきたものとは比べ物にならないほど大規模なものが。



 聖神教という組織の冷徹さ、冷酷さ……その残虐性は身に染みて染まるくらい知っている。

 宗教組織でありながら私設軍隊を持ち合わせている時点で、言ってしまえば帝国主義に近いものを掲げているようなもの。



 魔族と獣人族にその気がなくても、そういった歪んだ思想はいずれ世界規模の戦争に繋がってしまう。



 ルゥネが望んでいたような大戦争……それこそ、こっちで起きた世界大戦規模のものが。



 その戦争からムクロや皆を守る為には力が必要なんだ。



 今の俺にはない力。



 軍隊、組織……国。全てを圧倒する力だ。



 俺はそれを得なければいけない。



 皆を守る為に。



 ムクロと一緒に居る為に。



 皆と笑って過ごせるように。



 何を過去の家族と再会して喜んでるんだ俺はっ。そんなことしてる暇はないじゃないかっ。早く帰らなきゃいけないんだ。ムクロに会って、魔国や他の魔族について知らなきゃいけなかったんだ……!



 国の規模、国家思想、国民の意識……何もかも情報が足りてない。



 皆を、ムクロを守れない……!



 嫌だっ、それだけは嫌だっ! 死んでも嫌だ! 



 あいつらは家族なんだっ。俺を受け入れてくれた……守ってくれた……癒してくれた……俺にとって一番大事で、俺にとってなくちゃならない存在で……!



「っ、し、シキ殿っ……?」

「ユウ、君……」



 全てを失う恐怖から異様な雰囲気を出していたらしい。



 ライの代わりに撫子とマナミが再び声を掛けてくる。



 その声で我に返った俺は努めて心を鎮め、乾いた唇を舐めると口を開いた。



「奴を探すぞ、皆。撫子、マナミ……ライ。頼む、俺に力を貸してくれ。俺は……どうしても帰らなきゃいけない。その為なら何だってする。謝れというなら謝る。ライ……お前とだって対話しよう。例え俺達の関係がより悪化するとしても……今の俺には捨てられないものがある。大切な人達が居るんだ」



 言っていて何処か他人事のように「こっ恥ずかしいことをズラズラと……」と思った。



 空気と化していた親達が息を飲むのも、ライ達が目を見開いて驚くのも、馬鹿馬鹿しく思えた。



 だとしても。



 俺の意思を伝えたかった。



 今まで俺はライ達を拒絶することしかしなかった。



 怖かったから、嫌だったから、もう顔も見たくなかったから。



 けど、今度はその理由を伝えた。



 いつまでもウジウジしてるなんて、そもそも柄じゃなかったんだ。



 俺は……俺達は今の俺達の信念を貫く。



「そう……だな。俺達はすれ違ってた。口で言わなきゃわからないよな、互いに……」

「私もユウ君の話、聞きたいな。私達が経験してきたことも聞いてほしい」

「はぁ……拙者、もう少し平和を謳歌したかったでござる。ま、元より乗り掛かった船。貴殿らの手伝い、させてもらうでござるよ」



 お互い、過去を水に流すことは出来なくとも、前に進まなきゃ何も変わらない。



 俺もライも、色んな理由で憎しみ合った。



 だが、マナミが言ったように、それは今重要なことじゃない。



 俺達の目的はあの世界に帰ること。



 その為には手を組むしかない。



 俺の発言で、それぞれの間に改めてそんな意識が芽生えた気がした。



 初めてルゥネの【以心伝心】無しで、人と繋がったような気がした。



 そうして俺達は休戦協定を結び……



 ゼーアロットを探す一歩を踏み出した。



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