第203話 原点回帰
書けてもうた……(._.)
「……生きて……はいるようでござる。この感じ……恐らくメイ殿は生かされ、テキオ殿は偶々生き残った、といったところでござろう」
「っ、そ、そうか……」
「やはりトドメを刺すべきだったでしょうかねぇ」
みるみる内に傷が塞がり、元の綺麗な肌を取り戻していく撫子の姿と、その感知結果に安堵すると同時、平然とした顔でそう抜かすゼーアロットに思わず瞑目する。
油断していたとはいえ、たったの数秒で撫子を瀕死にまで追い詰め、言動からしてメイとテキオも下している。
次元としてはジル様やムクロに近く、テキオ以上のステータスを持った武闘家気質の戦闘スタイル。スキルも使えると聞いた。
「テキオの場合は固有スキルで『最強』になった。いや……少なくとも『最強』には圧倒的な才能か何らかの執念が必要な筈……何だ、お前は?」
ジル様、ムクロ、テキオと俺の知る『最強』は皆、それらがあった。ジル様には復讐心や戦闘狂としての性、それを可能にする寿命。ムクロはよくわからないが、あれほどの力と種族だ。年齢も数えてないそうだから強さの秘密は大方の予想出来る。
しかし、こいつは? 俺の常識に合っていない。そもそも人族の時点でジル様達みたいな、才能&長く生きたが故の強さってのは違う……何かしらの固有スキルを持ってなきゃ説明が付かない種類の強さだ。
そんな感情が伝わったのだろう。
ゼーアロットは一瞬キョトンとすると、大笑いを始めた。
「フフフッ……フハハハハッ! 正直に訊きますねぇ! 宜しいっ! 介入してしまった以上は少しだけ教えて差し上げましょう!」
思いの外、口は軽いらしい。
撫子の回復の為にも時間をくれるのは助かる。尤も、向こうはわかってて待ってくれるっぽいが。
「ずばりっ、ワタクシには【弱肉強食】があるからですっ! 殺した人間のステータスやスキルをランダムで得られるっ、まさに最強の固有スキル! 勿論、他の固有スキルも運次第! ステータスやスキルと比べると、やたら得辛いですがねぇ!」
事も無げに教えてくれた最強の秘訣……何のことはない。所謂、強奪チートだった。
そりゃあ強ぇ訳だ。そんな強力な固有スキルを持っていて弱い訳がない。リュウや撫子が持つ【鶏鳴狗盗】とは違って発動そのものに運は絡まないようだし、条件は殺すだけ。コピーする相手の価値観やステータスが弱体化するとかのデメリットがないから固有スキルも得やすい。
「……そんなに強い力を得ながら、何故一介の司教に留めているんでござる。貴殿なら……建国だって可能でござろう?」
完全復活を遂げた撫子が俺の手元から離れ、浮遊しながら刀を構える。
「何故、ですか?」
ゼーアロットは先程よりも驚いたような顔で固まった。
まるで思わぬ質問に呆けてしまったといった反応。
そして、真面目な顔で考えるように首を傾げ、僅かに視線を落とすと、「……はて。さあ、何故でしょうか? 考えたこともありませんねぇ」と返した。
「余計な入れ知恵すんなエセ侍。謀叛なら兎も角、別勢力として名を上げたらどうすんだ」
「あいたぁっ! き、貴殿に慈悲はないんでござるかっ?」
ゴツンッと撫子の頭を叩き、俺の方も刀剣を向ける。
「ご安心を。少なくとも今のワタクシは主に仕える身。主を脅かす彼の者を討伐するまでは動きませんよ」
そう言って、ゼーアロットはニコリと笑った。
嘘は感じられなかった。
スキルを使った様子もない。
純粋にこちらの疑問に答え、本音を語ってくれたようだ。
神を脅かす者、ね……。
それを聞いて、確信を得た。
俺はここでは死なない。連合軍という脅威は去った。
そんな確信と、もう一つ。
こいつの目的は撫子の殺害と俺達帝国側の軍を退かせること。
じゃなきゃこうやって悠長に話してなんかいない。
「クハッ……お前、『付き人』の首を狙ってるのか」
「ご名答っ! 故にワタクシは――」
「――俺を殺せない」
今度はニヤリって感じの笑み。またまたご名答とでも言いたげな顔だった。
「俺はあの男の手によって魔族化させられた。つまり俺には奴にとって何かしらの利用価値がある。しかし、俺を殺せば奴が出てくるかというと微妙。今まで死にそうな場面は幾度となくあった。が、俺はこの通り五体満足ですらねぇ。お前は俺の真の価値を見定められずにいる。だから安易に殺せない。違うか?」
何かに使おうと生かしたくせに、俺が死ぬ確率の高い死地に居ても放置している。
その事実がこの大男を困らせている。撫子やスカーレットといった刺客を向けてきたのも『付き人』が俺の動向を探っており、何かあれば駆け付ける、もしくは俺が奴の指示で動いていると踏んでの手。
実際、奴はどんなに俺が死にそうになっても姿を見せなかった。
別の何かに躍起になっているのか、俺が経験した数々の死地は奴にとって大したものじゃないのか……それはわからない。だが、現状ゼーアロットが俺を殺せない理由にはなり得る。
隣で疑問顔だった撫子も納得したように頷き、ゼーアロットも「はいっ、正解です!」と笑顔で返してくる。
「拷問か何かで引きずり出しても良いが、地上じゃないと倒せる自信がない。また、後から暗殺に近い形で来られるのも嫌だ」
「はいっ」
「ただの気まぐれで俺を魔族に堕とした可能性も拭えないし、現状不確定要素が多すぎるので、博打は避けたい」
「フフフッ! 素晴らしいっ! 貴方様は優秀でいらっしゃる! 勇者様を下すことが出来るのも納得の適応力、洞察力です!」
状況証拠からの推察も全て的中……と。
「戦況としては痛み分け……いや、俺達が辛勝ってとこか」
「ですねぇ。……と、いうことは――」
「――お互いに退きたい状況、でござるな」
俺は勿論、撫子だってこんな化け物を相手にしたくはない。
向こうも向こうで退く理由しかない。
しかし……
「ユウううぅっ! 俺はまだ戦えるぞ! 逃げるなぁっ!」
「む、無理だよライ君っ、戦争はもう終わり! まだ血を流したいのっ!?」
下から聞こえてくるのはライとマナミの声。
ついでにライの雷が飛んでくるが、それは魔障壁が弾いた。
そして、上からはディルフィンの影と姐さんの声。
『坊や! 撤退するわよ撤退っ! 大筒っ、全砲門で発射用意! バーシスも! 狙いはそこの大男! 撃ち落としなさいっ!』
俺目掛けて飛んできた電撃が弾かれ、あらぬ方向へ飛んでいったと同時、太陽の中から出てくるようにして真っ直ぐ降りてきたディルフィンが砲撃を開始。ゼーアロットがその雨に晒される。
「おおおっ!?」
「っ、撫子下がれ!」
「あ、危ないでござるなぁっ!?」
ゼーアロットが喜色に満ちた声を発しながら撃たれる横で、流れ弾が幾つか飛んできた為、俺と撫子は急いで下がり、ゼーアロットから離れた。
戦場に残った部隊が全部合流しちまいやがった。
姐さん達は引き際を悟ってるけど、ライは……
「お前があああっ!」
「くっ!」
光の翼もスキルも無い、ただ力任せな斬り上げに刀剣で以て答え、抑える。
ライの背中にはマナミがくっついていた。
自分がお荷物になれば止まってくれるとでも思ったのか、ライから貰ったらしいエアクラフトが墜ちていくのが見える。
「しつっ、こいっ! お前達は負けたと知れっ!」
「まだだ! まだ負けてないっ!」
「もう止めてよっ! 何で争うの!?」
「っ、マナミっ、邪魔をっ――」
余程止めてほしいらしく、マナミがライの腕にしがみつき、ライの意識を一瞬奪ってくれた。
「――お前はそうやって直ぐカッカするッ! バカがッ!」
刀剣に入れる力の向きを変えることで刀身を滑らせ、ライを前のめりにさせた俺は無防備になった腹に膝蹴りを食らわせ、魔粒子でくるりと回転。ライの左腕を斬り飛ばした。
「がはっ!? ぐあああっ!?」
「いやっ!? ら、ライ君っ!? 何でっ、ユウ君まで!」
「おっとそれはいただけないっ!」
激痛に悶絶するライの後ろでマナミが悲痛な声を上げ、ゼーアロットは砲撃の雨の中を突っ切ってこちらに来る。
「シキ殿っ、奴がっ! っ、ぐぅっ!?」
「撫子っ……!」
撫子が咄嗟に反応してくれたものの、体当たりを受けるような形でゼーアロットと衝突した撫子は俺の方に跳ね飛ばされ、俺はそんな撫子を受け止めようとして受けきれず、二人して後方へ吹き飛ばされた。
『嘘っ!? 砲撃は当たってる筈なのに!』
ゼーアロットの化け物ステータスに驚く姐さん達の元に飛んでくるのは撤退しつつあった連合艦隊からの超遠距離砲。
ズドオオォンッ、と凄まじい音に続き、ひゅ~っ……と何処か間抜けな音が響く。気付いた時には混戦に陥った俺達の元へ砲弾が降ってきていた。
「ちぃっ! 奴等っ、味方ごと撃つ気か!?」
「それだけ貴殿が恐怖を与えたということでござろうっ!」
見れば、蟻ほどの大きさにしか見えないくらい離れた位置で並列して撃ってきているのが見える。
ディルフィンは改造巡洋艦……足が早いだけの巡洋艦だ。用途としては強襲艦に近い。連合艦隊のような超遠距離砲は積んでないし、装甲もそれほど分厚くない。
『坊や! 撫子ちゃんもっ、早くっ!』
俺は《直感》で、撫子は見てから回避運動をとり、砲撃は躱しているが、人よりも圧倒的に的になりやすいディルフィンはそうもいかない。
既に何発か当たったのか、煙が出ており、姐さんの声により焦りが乗り始めている。
幸い、ゼーアロットやライ達も砲撃を躱すのに精一杯でこちらに気を回す余裕はなさそうだった。
「……シキ殿っ、ここは撤退を!」
撫子がいつになく真剣な顔で撤退を提案してくる。
何か覚悟を決めたような、そんな顔。
「退くさ! けど、スイッチの入ったアイツは砲弾を無視して来る! スキルで抑えてるだけで本来そういう奴なんだ! となればゼーアロットも来るんだぞ! 姐さん達は加速準備っ! わかってるなっ!?」
『もうしてるわよ! だから早くこっちに来なさいっ! 死にたいのっ!?』
「拙者が殿になる。あの二人は拙者に任せてほしいでござる。……ふふっ、楽しかったでござるよ、色々とっ」
一瞬、時が止まったような感覚に襲われた。
姐さんの絶叫に近い声は聞こえた。
今この瞬間にも死ぬかもしれないのに俺達を待ってくれてるんだ。そりゃキレる。
だが、撫子は今何て言った?
殿? 殿だと? しつこい相手と勝てない相手、最強の回復役が居るこの戦場に置いていけと?
「……ざけるなよ」
カチンと来た。
何故か。
あの時のことを思い出したからだろう。
我が身可愛さにリーフ達を見捨てた……しかも、リーフに至っては盾にして、この手で刺して、囮に……
そうだ、最低最悪なあの瞬間だ。
俺に同じことを繰り返せだと……? 出来るかっ、そんなこと!
こんなことをしている暇はない。
わかっているのに止められなかった。
「シキ殿っ、早く!」
「ふざけんじゃねぇ! 俺にお前を置いて逃げろってぇのか!? そんなのダメに決まってんだろ! もう嫌なんだよあんな思いはっ! 仲間だろっ、友達だろっ!? 何でそうやってっ……お前らは俺を生かそうとするんだよ! 俺だって死ぬときゃ死ぬ! 仕方のないことだろうがっ!」
思わず叫んでしまったことで、ライの意識がこちらに向いたのがわかった。
「あいつっ、逃げる気か! マナミっ、離せ! あいつだけはこの手でっ!」
「~っ……! また神の言いなりになって! 《光魔法》と《闇魔法》に引っ張られてるんだよ二人は! 止めてってばっ!!」
「勇者ライ! 貴方様はこの世界の救世主! こんなところで死なせる訳にはいきません!」
「退いてください! あいつはっ……ユウは俺がっ!!」
ゼーアロットも止めてくれたようだったが、気配は真っ直ぐこちらに来ている。どうにかして避けたらしい。
いよいよ以て時間がないのに、撫子の意志が変わる様子はない。
――何悟った顔してやがんだこの女は!
――ふざけるなふざけるなふざけるなっ!
――どいつもこいつも好き勝手ほざくっ!
――嫌だ嫌だ嫌だ!
――俺の目の前で死のうとするなっ!
思考の殆どが感情に持っていかれ、冷静な判断力を奪っていく。
背筋や手先が冷たくなっていく感覚。
喉元がキュッと締め付けられ、呼吸が荒くなっていくこの感覚は……
〝死〟だ。紛れもない〝死〟の予感だ。早く退かなきゃ誰かが死ぬ。
俺か、撫子か、姐さん達か、ライか、マナミか……はたまたゼーアロットを除いた全員か。
焦燥感だけが募っていき、心臓の音が砲撃音と同等の大きさになったような錯覚すら覚える。
「シキ殿っ! 帝国を守るという目的は達した! 引き際でござろう!」
「だからってお前を見捨てられるか!」
『坊っ……ああもうっ、ユウッ!! 早くなさいっ! アイが捕捉されたって言ってる! 早くっ!!』
俺達が口喧嘩している間にも、ライは迫ってるし、姐さん達は命の危機に晒されている。
流石にプッツンきた姐さんが俺の名前を呼ぶほど叫んでいるが、だとしても譲れない。
「わかってる! 姐さん達は退け! 直ぐ行くっ!! 撫子っ、お前も一緒に来いっ! 俺のスラスターとお前のスキルがあれば!」
「仲間と言ってくれたこと……嬉しかったでござる。だからこそ……あの男は放っておけない。勇者殿も貴殿も死んでいい人間ではござらぬ」
撫子は諭すような口振りで振り向き、ニコリと笑って見せた。
その姿がリーフだけじゃなく、俺の目の前で、俺を守って死んだアクアと重なった。
「や、止めろっ……そんな、死にに行くような顔……! やだって言ってるだろっ……もう誰も死んでほしく――」
「――ユウうぅぅっ! 俺はお前をっ、お前のっ、うおおおおぉぉっ!!」
俺に被せるように、ライの絶叫が聞こえてくる。
「しつこい奴ッ!」
怒鳴り返しながら視線を向けると、やはり光の翼は無く、他に何らかのスキルを使った様子も無かった。
奴も限界なんだろう。例えマナミの【起死回生】で回復しているとはいえ、限界はある。今はまさに死力を振り絞って動いている状態。
そうまでして俺を猛追してきている。
一体、何がアイツをそこまで……
そう考えたところで気付く。
ライの目が白く光っている。
アレは……聖騎士ノアが見せた怪しい光だ。
《光魔法》と似ているようで、気配がまるで違う。
姿形、声も気質もライそのもの。
なのに、何処か薄ら寒い。
「この感覚っ、あの幼女邪神と対峙した時と同じ……!?」
「おおっ、主よ! 降臨なされるかっ!!」
俺とゼーアロットだけが瞬時に気付く。
あれは神だ。俺とライをこんな世界に追いやり、戦わせる元凶。本体か、はたまたその力の余波とも言うべきものか……そこまではわからないが、ノアと同じ類いのものがライを操ってるんだ。
それを自覚した瞬間、呼応するように強烈な感情が溢れ出し、刀剣を構えてしまった。
今まで抑えてきた筈の恐怖、怒り、殺意、その他といった『負』の感情が怨念となって俺の中を満たしていく。
ダメだっ、抑えられないっ……! 引っ張られる!
「ぐああああっ!! こ、殺すっ! 違うっ、止めろっ! 殺してっ……! 俺はっ……!」
「っ、シキ殿っ!?」
俺の目を見てびくりと肩を震わせた撫子がライ達を迎え撃とうとするのを止め、こちらに寄ってくる。
何やら叫んでいるのはわかるが、音が遠ざかっていく。
砲撃音も、姐さん達の声も聞こえない。
聞こえてくるのはライの「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるっ!」という怨嗟のような声だけ。
飲まれているのはわかる。
俺もライに引っ張られて、暴走している。
邪神の影は感じない。
けど、俺の中の〝闇〟が一人でに暴れ狂い、歯止めが吹き飛んだ。
――俺がお前に何をしたって言うんだ。
――逆だろっ……
――お前が俺に剣を向けたから……!
お前達が俺を捨てたから、俺はっ……!!
「お前が居なければッ!!」
「お前さえ死ねばあああっ!!」
目と鼻の先まで近付いてきていたライ目掛けて飛び出し、これでもかと力を溜めて刀剣を握る。
ライの方も思いっきり振り被り聖剣を振ろうとしている。
最早、魔法もスキルも技術すら関係ない、ただただ力任せな一振り。
「いけませんっ!」
音が戻った訳じゃない。
しかし、ゼーアロットがそう言って間に入ったのはわかった。
そして、撫子が俺に、マナミがライにしがみつき、止めようとしているのが……
そんな俺達の元に砲弾が降ってくるのがわかる。
直撃しても、ゼーアロットは死なない。
撫子は頭部に当たれば死ぬだろう。
だが、俺達はまともに当たった時点で死ぬ。
それが《直感》によって強制的に自覚させられる。
なのに、止められない。
「そこを退けゼーアロットっ!!」
「邪魔をするなああぁっ!!」
俺とライがそう叫び、剣を捨てて殴り合った次の瞬間。
音が戻った。
「仕方ありませんっ、ここは一旦退場させていただきます! 【原点回帰】っ、彼の者達の故郷へっ!」
ゼーアロットの顔と声には余裕がなかった。
俺の刀剣とライの聖剣を片手で受け止めており、更には砲弾が迫っている。
にも関わらず、俺とライは気にせず殴り合っていて、撫子もマナミも止められずにいる。
脂汗に近いものを垂らしたゼーアロットが叫んだと同時、視界がグニャリと歪んだ。
幻覚じゃない。
死んで変なものを見ている訳でもない。
これは……そう。
まるで、この世界に召喚された時のような……?
「シキ殿っ、シキ殿っ! 気をしっかり持つでござる!」
「ライ君も! 自分を強く持って!」
撫子とマナミは気付いていないのか、俺達の顔に抱き付き、互いの身体で邪魔をするように覆い被さった。
「っ、退け撫子っ、何かされた! これはっ……移動、してるっ!?」
『負』の感情の爆発が煙のように消えた。
ライの方も同じらしく、比較的冷静さを取り戻した声が聞こえてくる。
「ま、マナミっ、わかってる! もう落ち着いたっ! 転移させられてるんだよ!」
転移、だと?
一体、何処にっ……
【原点回帰】とか言って……聖軍が使う転移魔法じゃない……?
固有スキルを使われた……?
「おおおおっ! 成功っ、成功ですっ! 繋がりさえ断てばっ! この力なら世界すらも越えられるうぅぅっ! うおおおおおっ!!!」
ゼーアロットの慟哭が聞こえる。
こんな時に、この現象を引き起こした大男が泣きながら叫んでいる。
繋がり? 世界を越える……?
まさか……。
そんな思いでいっぱいになり、撫子の手を掴んで離させ、周囲を見渡すと……
先ず見えてきたのは白い雲、青い空。
当然と言えば当然。戦場は上空だったのだから。
しかし、砲撃や姐さん達の声がまるで聞こえない。
さっきの比じゃない。聞こえないというよりも消えた、という方が正しい。
……いや、それよりも。
「ビルっ!? ビルかあれ! それにこの街並みはっ……!?」
眼下に広がる光景に圧倒され、思わずそんな声が漏れた。
「えっ……? あの赤いタワーっ、東京のっ……!?」
「は? はぇっ? なっ……何処でござるかっ、ここは!?」
俺達の真下。
そこには本来ある筈……あった筈の帝国の乾燥した大地はなく。
都会特有の高層マンションやビル群、大量の自動車が通っているデカい橋に宣伝用のデカい看板、懐かしさすら覚える住宅街が何処までも広がっていた。
脳の処理が追い付かない。
何が起こった? 幻覚? やっぱりゼーアロットに殺されたのか? それともライと刺し違えて……? ここは……あの世の世界……?
けど、この空気、この風、傷の痛みは……
明らかに現実だ。
少なくとも、夢ではない。
俺は生きていると、白仮面野郎やライから受けた傷がそう訴えている。
一体……何、が……?
「こっ、ここはっ……日本っ!? 俺達はっ、日本に帰ってきたっ!?」
ライのすっとんきょうな声を背後に、俺達は暫くあり得ない光景、あり得ない状況に固まるのだった。
来週こそキツいかもと保険を掛けていくっ。




