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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
219/334

第198話 衝突

長いですが悪しからず。



「ぅっ……いっつ……ん、ここは……?」

「気が付きましたか、ミサキ」



 痛むらしい背中を擦りながらミサキが身体を起こす。

 目の前にはハーレム仲間のノア。周囲の様子を見て、漸くそこが小型の脱出艇だと気付く。



「あ、アタシ……何、してたんだっけ……」

「……つい先程、血塗れで付近の壁にめり込んでいた貴女を発見し、保護したところです。逆に訊きます。何があったのです?」



 暫くぼんやりしていたミサキだったが、噂で聞いていた帝国の『最強』と風貌のよく似た男に戦いを挑み、瞬殺と言って良いほど一瞬で下されたことを思い出した。

 ノアにその話と連れ去られたマナミ、飛び出したライのことを伝えつつ、現況を訊く。



「『ジェフェリン』級が二隻沈められました。現在はこの脱出艇であの人形……ロベリアや王族の方々と共に撤退しているところです」



 付近の座席を見渡してみると、確かに青い顔でガタガタ震えている会議出席者達の姿があった。喧騒やダメージの影響もあって周りが見えていなかったらしい。



 不慣れな空での対談、女帝代理(シキ)に植え付けられた恐怖……そして、この状況。

 震えている彼等の中に現イクシアの女王兼ライの正妻でもあるマリーやマナミとライの元クラスメートだという数人の異世界人を見つけ、僅かに逡巡する。



「……ノア、あんたは出ないの?」

「私は……知っているでしょう? 地上なら兎も角、空ではあまり役に立てません」



 ステータス、技量、装備とどれを取っても異世界人であるミサキと相違ないノアだが、唯一、エアクラフトとスラスターの操作だけは不得意であり、ライやイサムのような飛び抜けたセンスもない為、経験が今一つ足りていない時点で空中戦自体に適性がないとも言える。

 無駄に前線に飛び出るよりはここで要人の護衛をした方が……というのは理に叶った判断だろう。



「……変わったわね」

「そう、でしょうか」

「少し前のあんたなら何も考えず特攻してたわよ。この前みたいに……以前のアタシのようにね」



 言いながらミサキは立ち上がり、予備のスラスター装備一式を近くの使用人から受け取る。



「二人の言う通り、アイツは成長してた……帝国の『最強』にも勝てなかった……けど、足場のない空中なら……スラスター無しで浮けるアタシとじゃ継戦能力に差がある。そこでケリを付けてやるわ」



 カチャカチャと音を立てて装備し、窓の外を見て出るタイミングを図っていると、砲撃の音が激しくなった。

 ノアも横から確認するものの、見えなかったのか、首を振ってロベリアの方を見る。



 ロベリアは顔と頭を両手で覆って何やらブツブツと呟いていた。



『ありえないありえないありえないありえない……単機どころか、()()()? 生身の身体で十隻以上を沈める……? あの仮面……あの目っ……何でアレがこの時代にっ……いやっ……違うっ、アレはもう何千何万と昔のことっ……な、なら別人……? でも、あの容姿は間違いなく……』



 思わず二人で目を合わせる。



「ご乱心ね」

「被害だけ見れば恐ろしいですが、同じ武装さえあれば誰でも出来ること。ただ……神に見放された旧人類である『天空の民』にはステータスがありませんからね。彼女に限らず、彼等が恐慌状態に陥ってるのは理解が追い付かない事態だからでしょう。彼等にとってゴーレムと魔導戦艦は『最強』の武装であり、戦力なのですから」



 ノアはそう言うと、艦艇内で走り回り、叫び、涙すら流して混乱している銀髪の人間達を指差した。

 護衛に回っている聖騎士等は真逆の反応で、若干船酔いや物珍しさから緊張しているような節はあれど、基本的には落ち着いている。



「ま、平和ボケしてたってことでしょ、要するに。長いこと戦乱の『せ』の字も無かったらしいし……それより、外は見えた? アタシの感知スキルじゃ様子がわからないのよ」

「恐らく敵の艦隊の到着です。戦闘に入る前、巡洋艦十隻弱が接近してきているのは確認していたそうなので」

「艦隊戦か……しかも浮遊する艦隊同士……う~ん、近付けなさそうね。ダメージも抜けきってない。出せて八割くらい……? マナミが居れば気にせず戦えるのに……」

「出るのなら周囲をよく見てからの判断を勧めます」



 最後にもう一度回復魔法を掛けてもらったミサキは何度か屈伸と蹴りの素振りをして身体の調子を確かめた後、出口扉を開き、言った。



「んじゃ。ここの人達は頼んだわよ、ノア」



 「はい。……ご武運を」という短い返事を背に空中に飛び出る。



「このままだと帝国はまたあの街みたいに……。でもねユウ、仕方ないことなのよ。こうなっちゃったんだもの。先に手ぇ出したあんた達が悪いの。あの時、あんたにやられたことだって許せてないのに……ライ達が話し合いで解決したいって言うから我慢してたのに……!」



 本人なりに葛藤を抱えつつも、彼女の出す赤橙色の光は戦場目掛けて軌跡を描いた。






 ◇ ◇ ◇



 戦場から僅かに離れた上空にて。



 ズドンズドンと重苦しい砲撃音や高速で移動する誰かを撃ち落とそうと躍起になっている銃撃音が響く雲の裏側で、撫子はディルフィンを探していた。



「離して! 離してくださいっ! ユウ君とライ君のとこに行かなきゃ! あの二人を止めないと大変なことにっ」

「むぅん……? 全然、拾ってもらえないでござるな……かといってあの戦場に飛び込む勇気はないでござるし……」

「ちょっと! 聞いてるんですか!?」



 異世界人特有の高ステータスでジタバタと暴れるものの、如何せんマナミは後衛職。撫子はアリスをも越えるステータス持ち。まるでびくともしない。

 米俵のような格好で肩に担がれているせいで色々とアレな光景ではあるが、本人達は至って真面目だった。



「もうっ……! こうなったら魔法でっ」

「止めるでござる。ここで落とされるのは貴殿も避けたい筈。大人しく捕虜として捕まっててほしいでござるよ」



 一瞬、やる気になったマナミも撫子の冷静なツッコミで黙り、漸く静かになる。



「無線も通じんか……」



 耳に付けた魔道具をトントンと指で叩いていると、近くにあった雲が風で流れ、視界が広がった。



「っ……」



 マナミの息を飲む音が伝わり、撫子はチラリとマナミに目をやりつつ、広がった光景を見据える。



 本来ならば青空と雲だけが広がる空。

 しかし、今はシキやセシリアが危惧していた艦隊戦が行われていた。



 巡洋艦同士で何度もすれ違い、砲撃を見舞っては離脱し、回頭して再度突撃。稀に弾がブリッジに直撃し、大きい火の花を咲かせた魔導戦艦がバランスを失ってゆっくりと墜落していく。

 そうして喜んだのも束の間、他の艦から攻撃を受けて再びドンパチを始める。



 暴れる代わりに身体を起こして周りを見ていたマナミも我を忘れて見入っており、僅かに顔を曇らせた撫子も『砂漠の海賊団』の艦が二隻ほど煙を出しているのを見て小さく唸った。



「めちゃくちゃでござるな……」



 船と船が飛び交い、砲弾と砲弾が飛び交い、破片や爆発と共に散る。

 音だけなら雷が鳴っているようなものだったが、いざそれを目の当たりにすればその恐ろしさに圧倒される。



 サンデイラとヴォルケニスの戦いは知っているし、見てもいる。飛べなくなるほど大破した両艦は艦砲射撃の威力を物語っていた。



 テキオや撫子と言えど、無事では済まない戦場。エアクラフトやスラスターを装備した並みの人間が入ろうものなら一瞬で身体が消し飛んでしまうだろう。


 

 それは地上ではありえない光景であり、幾つもの戦場を知っている撫子をしても未だかつて見たことのない光景でもあった。



「シキ殿やルゥネ殿の言う時代の革新とはこういう……これからはこれが主流に……」



 撫子の知る戦場は基本物量で押すもの。

 盾を持った騎士が、槍を持った歩兵が、杖を持った魔法使いが、あるいは撫子のような強者がぶつかり合い、その戦力の多い方が勝つ。



 しかし、今撫子とマナミが見ている戦場はそういう類いのものではない。



 本来はステータス、職業、スキルや魔法の扱いに長けた者が立ち入る筈の隙がまるでないのだ。

 ほぼ全ての攻撃手段に個々人の強弱は関係なく、誰もが平等に同じ破壊力を持つ攻撃が出来る。



 稀に投石器を使う戦場もあるが、やはり人や魔法には敵わない。

 そんな常識が今、崩れている。



 そして、更に撫子を驚かせる光景がもう一つ。



 アンダーゴーレムのような妙な物体が大量に空を飛び、仲間の戦艦に群がっている。



 遠見系スキルで注視すればギリギリのところで避けていたり、甲板上に出た『バーシス』や『アカツキ』が迎撃していたりとそういう点も見える。

 が、そのアンダーゴーレムも操っている人間は弱者とも言うべき稀薄な気配を漂わせている。



 リュウのものと思われる機体が奮戦しているのも、アリスが敵機体に飛び乗ってコックピットを斬り付けているのも、エアクラフトで浮いたメイが固有スキルで生み出した雷撃で無双しているのも確認出来る。

 特にメイの戦果は目に見張るものがあった。彼女の手から生み出される稲妻は雷速で迫り、瞬きをした次の瞬間にはコックピットを撃ち抜いている。ノータイムで、背後や真下、頭上の相手にも命中させる空間認識能力も桁違いだ。



 相性もあるのだろう。本人は涼しい顔で続々と周囲の機体を撃墜していた。表情も動きも、まるで疲れを感じさせていない。

 魔障壁で守られていると慢心していた、もしくは反応出来ると高を括っていたパイロット達にも非はある。魔法ではなく、固有スキルによる電撃の創造だと見抜けないのは人間よりも遅いゴーレム乗りには致命的と言えた。



 常人なら対応出来ない、初見のゴーレム戦で善戦している彼等は世界的に見ても強者の部類に入る。



 だが、そんな強者達が()()に徹している。

 この事実は拭えない。



 それはつまり、かのゴーレム部隊は撫子やシキであっても簡単に手出し出来ない相手ということ。

 回復手段が無ければ死をも覚悟する必要がある。



 事実、彼等の戦場よりも少し前、シキ達が居るであろう空域ではテキオがアンダーゴーレムの別部隊に追われており、時折殴りor叩き斬って撃墜してはいるものの、数の差からやはり分が悪いように見える。

 勝つにしろ、負けるにしろ、撒くにしろ、無駄な労力を割かなければどうにもならない。



「このまま行けば世界は……っ、な、何をっ!?」

「離してっ、私はあの二人の元に行かないといけないんです! あの二人ならこの戦争を止められる! ユウ君は帝国代表で来てるんでしょう!? ならっ、こんな馬鹿げたこと直ぐに止めさせなきゃっ!」



 マナミの抵抗行為が再発してしまい、撫子は気絶させるべきか悩んだ。



 しかし、マナミの発言で動こうとしていた手が止まる。



「ユウ君っ、あの時震えてた! 私を連れて飛び出たあの時っ! きっとユウ君だって望んでる訳じゃない! こっちが武力で脅したからっ、だから武力で対抗しようとした! 違いますかっ!? あの艦隊は貴女の仲間でしょ! 仲間の人が死んでるかもしれないのに! 何でそう戦いたがるのっ! 墜落した私達の船にだって友達や知り合いが居たんですっ……! 仲良くなれてきたところだったのに! 今この瞬間にも死んでるかもっ……」



 さして親しくもなかったが、撫子はふとムクロと呼ばれていた女性を思い出した。

 あの無愛想で意地の悪いシキが最も大事にしていた、争い嫌いの女性だ。



 容姿も性格も似ても似つかない。

 瞳の色どころか種族だって違う。



 それなのに、撫子にはそう叫ぶマナミの顔とよく泣いていたムクロの顔が重なって見えた。



 勝手な憶測でしかなかったが、撫子は一人納得した。



 (そうか……ムクロ殿やこの女子(おなご)のような優しさが、その甘さがシキ殿には……)



「人が死んでるんですっ! あの二人ならっ、あの二人が手を組めばこんな――」

「――それはそちらの都合でござろう。帝国は滅びたくなく、貴殿らの下に付きたくないから抵抗している。シキ殿はかの女帝とやんごとなき関係……どう転ぼうと聖神教と勇者殿の居る連合が正義、ならばシキ殿が貴殿の言うことを聞く道理はない」



 撫子の脳裏を一族の(しがらみ)、今までのしかかっていた聖騎士としての重圧が過る。

 シキとセシリアが夜通し策を練っていたのも知っている。ルゥネと〝同調〟してしまったせいで帝国を捨てきれず、その先にあるシャムザを守るべく悩み、苦しみ、時には泣いてまで奔走していたシキを何度も見ている。



「そんなのっ、今は関係ないでしょう!?」

「あるんでござるよ。話し合いで解決……誰かと誰かが組めば平和になる……そんな理想は夢物語に過ぎぬ。人は貴殿が信じているほど綺麗な生き物ではござらん」


 

 撫子は言い様のないやりきれなさに顔を歪めながらそう言うと、ディルフィンらしき船影に上から近付くべくエアクラフトを飛ばす。



「でも、でもっ……だとしてもこんなの間違ってるっ……ライ君も私も、ユウ君だって望んでないのに……! 何でこうなるの……? 私達が何をしたって言うの……? 何で、あの二人がっ……あんなに仲の良かった二人が殺し合わなきゃいけないのっ……? もうやだっ……こんなの見たくない……人がいっぱい死んで、大事な人達が殺し合って……いやっ……もういやっ……日本に帰りたいっ……帰りたいよ……」



 とうとう泣き出してしまったマナミに、撫子は思わず今更、と呟き掛けたが近くを流れ弾が飛んでいったことで意識を切り替え、安全なルートを模索。更に上昇していった。






 ◇ ◇ ◇



「ったく、ハッキリしてくれよなぁ……こっちは職業もステータスも変わったばかりで本調子じゃ……あ?」



 外の様子を窺っていたシキと周囲を見渡していたゾンビ早瀬の目が一瞬だけ合った。



 溜め息混じりに奇襲は無理そうだと判断し、刀剣を魔法鞘に納めながら後ろの女パイロット、フェイを見やる。



 (どう扱うにしろ、ぶっちゃけ今は邪魔……どうしたもんかな)



「み、み、みぃんっ……」



 殆ど壊した筈の銀スカートは収音性がかなり高いらしく、ゾンビ早瀬の声はコックピット内に響くように再生された。



「……何だ? セミか?」

「見いぃぃつけたあああああっ!!」



 シキの小声のボケとゾンビ早瀬の絶叫はほぼ同時。

 フェイは耳を押さえて悶絶し、ゾンビ早瀬の隣に居たイサムはゆっくりと視線を機体に向けている。



「煩い奴だな……女、悪ぃがちょいと野暮用だ。だが、さっき言ったことは忘れるな。お前は俺のものだ。俺が勝ち取った俺の命だ。骨の髄までそれを刻め。パイロットやってんならその内また会える。その時に……いや、案外お前の方から来たりしてな? クハッ」

「は、はぁっ? あ、あんた、何言ってっ……な、何でアタイがあんたの……なんて……!」



 シキは不思議なくらい熱が冷めない、妙な感覚を覚えていた。



 先の戦闘で火照った身体が冷静な心を消し、口調と態度を荒々しくさせる。



 何より、ルゥネや帝国人特有の感覚が抜けない。



 『目の前で口をパクパクさせているこの女は何があろうと俺の所有物である』という狂った認識が剥がれない。



 (元はこんな性格じゃなかった筈なんだが……)



 そうは思うものの、悪い感覚ではなかった。



「出てこい! 出てこいよ黒堂おおおおおっ!! 殺してやる殺シテやるっ、こ、ここっ、殺しっ、コロシテヤァ……ルううううぅっ!!!」



 感情的になっているだけか、はたまた魔物になった影響か、やや様子のおかしいゾンビ早瀬が叫ぶ。



「……んじゃな。危ないから今は退け」



 最後に彼女の頭にポンポンと手を置いて瞳の奥底を覗き込んだ後、装甲に突き刺さっている黒斧を回収しながらコックピットから飛び出る。



 フェイは惚けた顔でへなへな座り込んでいた。



 シキはその様子がとても愛おしく感じた。冷めない熱より、その感じ方の方が不思議だった。



 (少しずつ……考え方が変わってきてるのがわかる。このままだとムクロや姐さんに顔向け出来なくなりそうだ。これもルゥネの影響か?)



 思考はしつつも、シキはエアクラフトを巧みに操り、ゾンビ早瀬達の前まで来ていた。



 イサムとゾンビ早瀬は上から見下ろすように、シキは下から睨み上げるように。

 三人の視線が交差し、シキの思考も切り替わる。



「お望み通り出てきてやったが? 何か一言――」

「――死いぃねえええぇっ!!!」



 早速とでも言うべきか、激昂しているゾンビ早瀬がサーベル片手に突っ込んでくる。



 取り敢えず受けようと手甲を構え掛けた直後。



 シキは上半身から魔粒子を出すことで急逆噴射を掛け、飛び退くようにしてその場から離れた。



「っ!? イサムっ! 邪魔すんじゃねぇ!」



 ザンッ、と空間を斬ったゾンビ早瀬の目の前を異様な光を帯びた弾丸が通過する。



 そこはちょうどシキが居た位置。

 《直感》が言っていた。今の軌道は寸分違わず、頭部を狙い撃ちしていた。死ぬところだった、と。



 弾丸が飛んできた方を見ると、能面のような真っ白の仮面を付けたイサムが感情のない目でこちらを見ている。

 ライとよく似た軽鎧や籠手は何故か薄汚れていて髪までボサボサ。実際に腐っているらしいゾンビ早瀬と比べれば不潔とまでいかないが、全体的な容姿そのものは残念に尽きる。



 (俺の仮面もアレだけど、流石に能面はアウトだろ色々と……見た目も性格も正式にイケメン(笑)になったってか?)



 内心馬鹿にしこそすれ、シキの視線はいつの間にか彼等の武装に向かっていた。



 目の前のゾンビが持っているのは刃渡りの大きいサーベルが一本。暗器の類いを隠し持てるような服ではない。死んだ時と全く同じ冒険者用の服だ。胸当てすらない。また、身体の方は溶けているのか、スラスターの装着部分が食い込んでおり、エアクラフトは何かの液体で濡れている。



 そして、イサムの両手には聖剣と大型のライフル。ライやゾンビ早瀬のものと同じ量産型スラスターとエアクラフトを装備。こちらは急所や四肢を守る程度の防具だけ身に付けていた。



 先程の弾丸と同じ光を帯びているライフルは見た目こそ普通。ただの模造品に過ぎない。しかし、乗っているエネルギーは《光魔法》のそれ。その証拠に、シキは今、ライの気配とは比にならないレベルの頭痛と吐き気に襲われていた。



 (この不調っ……やり辛いな、相変わらず)



 目眩まではない。が、どうにも動悸のような、落ち着かない感覚があった。



「わ、わ……悪いね、シュン……こいつだけはっ……こいつだけは僕も許せないんだ……!」



 白仮面のせいで顔はわからない。

 しかし、憤怒という感情に飲まれているのは伝わってくる。



 正直、怒りたいのはシキの方だった。



 《光魔法》も、それを扱うイサムも目障りで仕方ない。

 不自然なまでな嫌悪感。果ては殺意すら覚える始末。



 とはいえ、シキは何とか堪え、平静を保っていた。



 (少なくとも後ほんの少し耐えなくちゃな……フェイとかいうあの女がこの空域から離脱する僅かの時間だけ……)



 見れば既にフェイの機体は部下達に拾われ、離れ始めている。



『急げ! 奴等は普通じゃないっ、余波に巻き込まれる!』

『こ、こっちはMMMに乗ってるってのに!』

『退くよっ! どのみちこの数じゃ倒せない! それと隊長を安全なとこに! 早くっ!』



 相当焦っているらしい。あたふたした様子の彼等の会話は丸聞こえだった。



 (後少し……十……いや、二十秒で良い。あいつらが見えなくなるまで……俺のモノが傷付かない位置に移動するまで……)



 それまで黒斧で襲い掛かりたい気持ちをぐっと抑え、己を律する。



「すぅ……おいおい、どうした? プンプンじゃないか。そこの腐った奴が何で生きてるのかとか、その白仮面の下はどうなってるのかとか聞きたいことが幾つか……ん? いや待て、よく考えたらどうでも良かったわ。ハハッ」



 いつもの煽り。



 馬鹿には程度を下げなきゃな……という思考からの手だったが、思いの外効果はなかった。



 完全な無視である。



 シキはこれじゃ深呼吸してまで抑えていた自分が馬鹿みたいだ、と思い、僅かに笑ってしまった。



「クハッ……」

「「…………」」



 揃って無言。



 あまりの無反応ぶりに、寧ろ冷静さを取り戻させてしまったような感覚すら覚える。



「お喋りは嫌か。来ないのか?」



 イサムは十中八九、《光魔法》をマスターしている。



 その〝性質〟を見極める為にも向こうから手を出させたかった。

 小物感のある俗物的人格の持ち主ではあるが、才能だけで言えばライと同等の男だ。シキとて油断は出来ない。



「……そうやって乗せられて負けたんだ。学習くらいする」

「ほうっ、学習能力があったのか! それは驚きだっ、ゴブリンと良い勝負しそうだと思ってたんだがな!」

「んだとテメェッ!」



 一瞬スラスターを全開にしようとしたゾンビ早瀬をイサムが手で制して止めた。



 (成る程? 以前とは違うということか……)



 思考の中の彼の位置を直情バカから幾分か上方修正し、彼の反応を待つ。



「ずっと……ずっとお前が目障りだったんだ……! お前さえ居なければ……僕は今頃っ……シュンだって死なずに済んだ……魔物にならなくて済んだ……! お前が僕の全てをめちゃくちゃにしたんだ! その罪っ、贖ってもらうッ!」



 ライと同じ『怒りを持ちつつ冷静に』を地で行けるくらいには成長しているらしかった。



 シキが思わず「罪ねぇ」と鼻で笑った刹那。

 極自然な、まるで頭を掻くような自然さで銃口をこちらに向け、撃ってくる。



 狙いは当然、頭。額一直線。



 ――フェイ達は……

 ――もう遥か遠くっ! 関係ねぇ!

 ――つまりはっ!

 ――殺っていいッ!!



 増殖し、高速回転している思考がGOサインを出す。



 《直感》を頼りに首を捻り、余裕を持って躱したシキは黒斧を片手に飛び出し、目の前のゾンビ早瀬に振り下ろした。



「はっ、やっとか! おねんねするところだったぜ!」



 避けるだろうと軽めだったとはいえ、シキの膂力の乗った振り下ろしが簡単に防がれた。

 受けたサーベルの後ろで早瀬が自信に溢れたゾンビ顔を向けてくる。



「どうだぁ黒堂……! テメェにゃ散々負かされたからなぁ……ちょいとレベリングして……こんな、もんよッ!」



 互いに一際強く力を込め、同時にその反動で後退。しかし、背中のスラスターによって押されるように肉薄した二人はそれぞれの獲物を勢いに乗せて振りかぶり、思い切りぶつけ合った。



 ガキイイィンッ!! と凄まじい金属音が辺りに響き、近くの雲が衝撃で震える。



「確かに……やるようにっ、なった!」

「もう盗賊なんてスピード重視の職じゃっ、ねぇからなぁ!」



 余裕はあったが、本人がニタニタと笑うのもわかるくらいステータスが向上していた。



 (ほう……以前なら簡単に体勢を崩せたってのに……腐ってるってことはあの時死んだのは確かだよな……? アンデッド化して甦った……聖神教だからな、そういう知識はありそうだ)



 なんて思考をしながら鍔迫り合いを中断し、再びガキンガキンと獲物をぶつけては反動で下がり、スラスターで接近。その行程を繰り返す。

 不気味なまでに静観しているイサムにも意識は向けているものの、高速戦闘ということもあって狙いが付けられないらしく、銃口をこちらに向けようとしては舌打ちをして下げていた。



 (あっちは銃を使った戦闘……いや、空中戦自体に慣れてないっぽいな。やっぱ脳ミソのない馬鹿か?)



「ぶっ殺すッ!」

「そうかい!」



 全く刃毀れしない、魔剣らしきサーベルに黒斧の刃の先端を引っ掛け、真横に引っ張って手放させると同時、急加速させたエアクラフトでゾンビ早瀬の顎を打ち抜く。



「ぐぎゃっ!?」



 鈍い音と共にゾンビ早瀬の首はあり得ない方向へとへし折れた。



 確実に即死コース。



「力を得た分、速度が落ちた防御力が落ちた……まだまだだな」



 そう笑った直後、ゆっくりと落下しようしていたゾンビ早瀬の手が伸び、シキの腕を掴んだ。



「っ!?」

「くっ、ひひっ……! 俺様はもう死んでんだぜ? こんな程度、痛くも痒くもねぇなぁ?」



 首をだらんとさせたゾンビ早瀬が不敵な笑みを浮かべながら身体を起こし、くっついてくる。

 握られた左腕はミシミシと音を立てており、下半身はエアクラフトを引っ掛けられて固定された。



 端から見れば完全に身動きが取れなくなった構図だ。



「テメェ……右腕はどうした? 落っことしたか? それとも魔物に食われでもしたのか。調子に乗ってるからこうなんだタコッ! ……おいイサムっ、来い! 当てられでもしたら堪ったもんじゃねぇ!」



 遠くから狙うのは諦め、イサムは素直に近寄ってくる。

 一応、警戒はしているらしく、「お前、何故魔法を使わない?」等と訊いてきている。



 しかし、シキの意識は既に彼等にはない。



 (この感じ……ライの野郎、もう戻ってきてやがる。一体何処に向かって……要人共の安否確認か? それとも護衛に回るつもりなのか? 奴の性格上、俺の方に来ると思ったが……)



 ライの気配は一度戦闘空域に戻った後、こちらとは正反対の方に向かっていた。



 目の前のイサム同様、存在の不快感を何となく感じ取っているだけなので距離はわからない。

 だが、その移動速度が異常だった。



 (短期間での復活……そして、この速度……流石は勇者様、ご立派っ。それに、この耳障りな音を聞かされているような不快感……《光魔法》を使っている……? さっきの翼といい、俺のとはまるで〝性質〟が違うらしいな)



「おいテメェッ! 無視してんじゃねぇ!」



 ゾンビ早瀬が首を押さえていた手を離し、後頭部を殴ってくる。



「……痛ぇな。落ち着けよ、折角捕まってやったんだ。トドメはどうした?」



 再度押さえられた首と左腕に力を入れて抵抗を試みたが、ゾンビ早瀬のステータスはシキ以上なのか、まるで動かない。

 それどころか、それを押さえようとしてか握られる力が強まり、前腕部のどこかの骨にヒビが入った。



「へっ、無駄なんだよバーカ! 強がりもそこまでにしとけこの雑魚がっ!」



 殴られた箇所から血が流れているのがわかり、シキは犬歯を剥き出しにして笑った。



「クハッ、クハハハハッ! つくづく知能の低い奴等だなっ、この状況で追い詰めたと本気で思っているのかっ?」



 ごりっ……と、銃口が額に当てられる。



 いつの間にかイサムは目前に居た。



 額に伝わる銃口の熱はその威力を、その結果を予感させた。



「本当なら四肢を撃ち抜き、斬り落とし、そのよく回る舌をハサミで切ってやりたいところだったが、仕方ない……死ね」



 (最後まで油断しない点は確かに成長している。以前のこいつなら言った通り、殺す前に余計なことをしていた)



 高速で動く思考がそんな感想を抱く。



 コンマ数秒の世界だろう。イサムの指先が引き金に乗り、ゆっくりと引かれるのをシキは静かに見ていた。



 (こうして俺を殺せるギリギリまで追い詰めた(笑)のも称賛に値する。けどな……)



「お前ら馬鹿か? ここが空中ってことをっ、忘れてんじゃねぇ!」



 シキは銃口の当たっている額から魔粒子を出し、銃口を逸らすと同時、ゾンビ早瀬に頭突きを食らわせた。



「なっ!?」

「がばぁっ!?」



 驚くイサムにそのまま振り上げたエアクラフトを、ちょうど先程ゾンビ早瀬に食らわせたようにぶつけ、吹き飛ばす。

 そして、その勢いのまま、その方向に向けてスラスターを全開にし、ぐるぐるとその場で回転していく。



「がっ?!?」

「ぐうぅっ、てめ――」



 続けてエアクラフト、両足と額、胸や肩からも噴出。

 そうして生まれた魔力の粒はとてつもない遠心力を生み、ゾンビ早瀬を引き離した。



 だけに留まらず、シキは再接近し、小突くようにして軽く殴り付ける。



「――お望みの魔法だ。食らいな」

「あ……? 言ったろうがっ!! こんなんじゃ痛くっ……!」



 向こうもスラスターを全開にすることで急停止していた。

 そう叫ぼうとしていた。



 直後。



 ボッ!



 と、ゾンビ早瀬の全身に火が付いた。



 いつの日かと同じ、紫色の炎。



 《闇魔法》……〝粘纏〟の性質を持った、纏わり付く炎だ。



「ギャアアアアアアッ!?」



 痛覚は無くとも、熱は感じるのか、断末魔のような悲鳴と共にジタバタと踠き、エアクラフトのコントロールを失って落ちていく。



「この炎の使用条件な……色々試したんだが、やっぱ俺の怒りの感情らしいんだ。極限まで怒れば使える。怒って触れるだけ。それがこの力の使い方だ。クハッ、お前ら馬鹿二人なら怒りは事欠かねぇぜ?」



 〝色々と、世話になったからな〟



 そう付け足し、「し、シュンっ!」と駆け寄るならぬ飛び寄ろうとするイサムにも一発。



 コツンっ……手が掠る程度だったが、確かに当たった。

 瞬時に炎が沸き上がり、二人目の火ダルマが完成する。



「えっ? っ!? 熱っ、熱いっ!? 何でっ!? いつの間に!?」

「ぐあああああっ!?」



 二人はかつての再現でもしているかのように踠き苦しみながら落ちていった。



 しかし、それも束の間。



 即座に【唯我独尊】と《光魔法》の波動がイサムから放たれ、ゾンビ早瀬とイサムの身体から〝闇〟の力が剥がされる。

 色が抜け、力が抜け、ただの炎となったそれは激しい空気の流れによって消えてしまった。



 更には……



「ここに居たのねユウッ! あんたにやられた恨みっ、晴らさせてもらうわっ!!」



 ミサキという援軍の到着。

 イサム達と同じボード状の銀色エアクラフトから赤橙の魔光の粒子を放ち、ドリフトの要領でスタイリッシュ登場である。



 そして、ミサキの方を見たシキの紅の瞳にライの光の翼が映る。



 二度、三度、四度……と、物理的に存在しているものなのか、何故か羽ばたいた光の翼は、ライの気配はこちらに向けて一直線に突き進んでいるのがわかる。



「コクドオオォォッッ!! よくもやってくれたなああああっ!!?」

「火っ、火っ……火いいぃぃぃっ!!! 一度ならず二度までもっ! 僕を燃やすかあああっ!!」

「蹴り殺してやるっ! ライっ、マナミっ、ゴメン! けど、こいつだけはッ!!」



 三者三様に激情を訴えてくる。



 殺意、殺意、殺意。



 いっそ清々しく、心地好さすら覚える殺気の嵐。



 こいつらの怒りは俺が纏わり付く炎を形成するのに必要な分を満たしているくらい凄まじいものだろう、と、取り出した回復薬を水分補給でもするかの如く飲んでいたシキは他人事ながらに思った。



「あいつが来るってことは前座も前座! クハハハッ! さあっ、メインの前に前哨戦と洒落込もうじゃねぇかッ!!」



 黒斧を収納し、今度は刀剣を抜く。



「『砂漠の海賊団』斬り込み隊長シキっ! この場では女帝代理として! お前達をっ、殺すッ!!」



 シキの名乗りに揃って「上等ッ!」と返した三人は名乗り返すことなく突撃してくる。



 元と付く者が二人も居たものの。



 異世界人四人の殺し合いの火蓋は切って落とされた。



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