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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
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第197話 高機動戦

作者の中の戦記味を足していくっ( ・`д・´)



 息を荒げて艦内を走る一人の男。

 そして、その男を追う二人のフード付き。



「はぁっ……はぁっ……し、しくったっ、これじゃ旦那にどやされちまう! たんまり金貰っといてこれか! あっしの腕も落ちたもんだ!」



 その艦は墜ちていた。

 ブリッジがやられ、航行が不可能になった。そう理解出来る墜ち方。



「シュン! そこから人がっ……あーあ、何も殺さなくたって……」

「良いだろ! どうせ死ぬんだ! なら俺の経験値になってもらう!」



 シキのお気に入りの間諜であり、帝国が誇る独立暗殺部隊の隊長トカゲは目の前に現れた銀髪の乗組員を壁走りで避け、二人の追手はその内の一人が一際大きく一歩を踏み出し、サーベルを抜刀。逃げようと躍起になっていた乗組員をすれ違い様に斬り殺した。



「魔物の身体だから人間の方が経験値良いんだっけ? ならわかるけどさ……一応、僕達は正義の味方だよ? そういうのはなるだけ控えてほしい……なっ!」

「っとぉ!?」



 何処からか取り出し、投擲してきた投げナイフをスライディングの要領で躱し、走り続ける。



 途中で自慢の固有スキル【雲散霧消】で姿を消しても、即座に【唯我独尊】で打ち消されてしまう。



「へ、へへっ、厄介な能力でっ! ええっ? もう一人の勇者様! あっしを見逃してくれたり――」

「――するわけないだろ! 悪は殺す! この僕がっ、全て!!」

「で、しょうなあ!」



 【雲散霧消】は使用者の存在そのものを空気に溶け込ませる能力。

 しかし、イサムの固有スキルは全ての固有スキル、スキル効果の無効化。固有スキルが無ければただの暗殺者に過ぎないトカゲにとって、イサムは相性最悪の相手だった。



 存在がバレたのは偶々。



 そもそも仕掛けた爆弾に気付いたのはこの二人。苛々した様子で休憩に来たかと思えば、何だこれと言わんばかりに触れ、爆発させたのだ。

 聖軍が気付いて先手を打ったのではなく、本当に偶然の出来事だった。



 イサムが化け物染みた反射神経でそれを蹴り飛ばし、もう一人のフード付きを守った。

 直後に隠密能力の解除だ。そこから、シキ達がブリッジを吹き飛ばし、今に至るまで命懸けの鬼ごっこは続いている。



「運が良いのか悪いのかわかんねぇなっ、なぁイサム!」

「良いだろ! あいつを殺す口実が出来た! 帝国を潰す大義名分が出来たんだから! にしてもっ、面倒臭い! もういいや! シュンっ、これ使って!」



 何をするつもりだ? と、首だけ振り向いたトカゲの顔が青くなる。



「おうよ! つぅか遠慮してねぇで最初から使わせろよ!」

「ゴメンゴメンっ、イナミ君に告げ口されても嫌だったからさ!」



 そんな会話の後、フードが剥げ、腐った顔を露にした若い男は肩に乗せたランチャー武装の引き金を引いた。



 次の瞬間、トカゲはその場から跳び跳ねて飛来する弾を回避。



 弾はトカゲの身体スレスレの位置を飛んでいき、その先の窓に当たって弾けた。



「墜ちてるっつったって! 無茶をす――」

「――だから? お前を殺せるなら、何でも良いんだよ」



 ザンッ! と空気が裂ける音がし、トカゲの片腕が宙を舞う。

 いつの間にやら目の前まで迫ってきていたイサムの手に聖剣らしき獲物が握られており、既に刃を返し、追撃のモーションに入っている。



「いぎいぃっ!? だ、旦那ぁっ……これは高く付きやすぜ……!」



 泣きそうに顔を歪めながらも懐から取り出したのは帝国の技術者が再現した閃光弾。

 否、シキが使っているものと同様、現代のものとは比べ物にならない光を放つ閃光弾だった。



「っ、シュンっ!?」

「ちぃっ、魔法が使えりゃあ!」



 シキから予め聞いていた現代人の特徴そのもの。

 二人は閃光弾の形状から危険物と認識し、ステータス上直撃さえしなければそれほどダメージを受けないとわかっているにも関わらず、咄嗟の判断で身を引いた。



 その間がトカゲを命拾いさせた。



「くっ!? 閃光弾だったか……!」

「クソッ! 逃げんじゃねぇ!」



 瞬間的かつ爆発的な光はイサムの足を止めさせ、死んでいるからか大して反応しなかった早瀬は今一歩遅い。



 気付いた時、トカゲは命綱無しのバンジージャンプを決行。

 墜ちつつある弩級艦から颯爽と飛び出したのだった。









 ◇ ◇ ◇



 艦隊が全方位と言っていいほど集まる群れの中、紫色の光の粒を撒き散らして飛び回る者が一人。

 その男、シキは漸く艦砲射撃を始めた魔導戦艦をものともせず、弾丸やミサイルの雨を置き去りにしながら巡洋艦に近付いた。



「どうにもこういう武器は慣れねぇな」



 職業やステータスで戦争するのも終わりか……



 等と呟きつつ、引き金を引き、目の前のブリッジを吹き飛ばす。

 片手でも扱えるようにと改造されたグレネードランチャーの弾数を確認し、右肩のマントに収納。新たなそれを取り出す。



「これで七つ……次っ!」



 一対多での戦闘は慣れている。

 相手が生身だろうと戦艦だろうと敵の懐にさえ入ってしまえば周囲の攻撃は止む。



 稀に気にせず攻撃する艦もあるが、弾薬の節約に丁度良しと自分を追ってくる弾をブリッジに当てさせることで撃沈も可能。そこで「やってしまった」と後悔でもしているのか、一瞬攻撃が止んだ瞬間、再度急加速を掛けて肉薄すればやはり脆い。



「クハハハハハッ! 時代が違うんだよっ、古代人ッ!!」



 そうして空をとてつもない速度で飛翔し、ドデカい花火を上げ続け……弩級二、巡洋艦七の計九隻を沈めた頃。



「っ!? この気配っ、この感覚っ……」



 視界の端に光の翼のようなものを捉えた。



 やはり()()()()性質がある……あるいは体質になってしまったのだろう。



 影も形も見えていないのに、心が、身体が理解した。



「お目覚めかっ……あそこから復活するっ……? 寝てりゃあ良かったものをっ!」



 ライが向かってきている。



 《気配感知》を使わなくてもわかる。

 尋常じゃない速度だった。忌々しく、おぞましさを覚える気配だった。



「チッ……」



 ズキンッと鈍痛が走る頭と鳥肌が立つ身体に舌打ちした直後、砲弾が飛んできた為、エアクラフトへの魔粒子供給を止め、急落下することで回避する。



 そこへ追い討ちを掛けるが如く姿を現したのは銀色のアンダーゴーレム。

 否、初見ではその異形とも言うべき見た目のせいでゴーレムと気付けなかった。



 白銀に輝く機体はまるで傘にスカートを何重にも重ね、頭部と腕を取り付けたような奇妙な形態をしていた。



「あ? 何だ? こいつら……?」



 あわよくば精神の艦砲射撃が止み、代わりに銀スカートに囲まれる。

 全長は約五メートル。脚部や腰に当たる部位はなく、スカートのように広がった装甲と装甲の隙間から魔粒子を出して飛んでいる。



「クハッ、脚は飾りってか?」



 小さく笑い、急上昇することで包囲網から抜ける。



 速度では圧倒的に分があるらしく、銀スカートの群れは少し遅れてシキの居た空間に銃弾の嵐をお見舞いした。

 両腕やスカートに付いている穴が銃口になっているらしい。



「面白い! しかしっ!」



 上昇から反転。エアクラフトでくるりと空中一回転したシキはそのまま急降下し、対象を見失って混乱している銀スカートゴーレムの一機にすれ違い様、グレネードをくれてやる。



 コックピットの位置がわからなかったので頭部を狙ったのだが、正解だったのか、何か重要な機関でもあったのか、派手に頭部が爆散したその機体は静かに墜落していった。



『こ、こいつっ!?』

『速すぎます! た、隊長っ!』

『落ち着きなっ! ミンは練習通り脱出っ、大丈夫っ、死にはしないさ! 他はフォーメーションΔ(デルタ)! 囲いながら狙い撃つっ!』

『『『了解っ!』』』



 何故か拡声器を使ってそんな会話をした銀スカート七機は横に三機、縦に三機広がり、二つの三角形を作るようにして陣形を組み、隊長機らしき角付きは離れたところで射撃体勢に移った。



「七方向同時っつったってなぁっ、遅いんだよッ!」



 同時に放たれた弾丸は互いに当たらないよう計算された方向に飛んでいる。



 ならば、その内の一つに付いていけば良いだけのこと。



「ぐぅっ……!?」



 急速なGに身体が軋むような感覚を覚えたものの、専用のスラスターとエアクラフトは見事無茶な軌道を実現。

 飛んでいる弾丸の真横をスレスレで飛行し、何処も掠めることなく包囲網を抜けてしまった。



『なっ!?』

『何なのよ……何なのよあの異常な速度はっ!? 人間に出せる速度じゃっ……』

『あはははっ、何て速度っ! やるじゃないか! 皆っ、フォーメーションΙ(イオタ)だよ! 今度は槍の陣で奴を追う!』

『『『り、了解っ!』』』



 追うように弾丸が迫ってくるが、陣形を崩され、適当に撃たれたそれらが当たることはなく、危なげなく戦闘空域から離脱する。

 エアクラフトとゴーレムでは……あるいは異世界人と古代人では圧倒的な差があるようで、向こうが一つの槍のような陣形に並び直している内に空の海を駆けるように突き進んだシキは近くの巡洋艦を盾にすることで完全に銀スカートの群れを振り切った。



「クハッ……こちとら時間がねぇんでな、不利な状況になっていくのを黙って受け入れるのは馬鹿のやることよ」



 言いながらブリッジに一発。

 盛大な爆発を背に再度エアクラフトを進める。



 と、ここで付近(と言っても軽く数百メートルから数キロはあるが)の巡洋艦が同じように半壊し、沈み始めたのが見えた。

 よく見ればその魔導戦艦の横をテキオらしき人間が飛んでいる。姿形までは確認出来ないが、魔粒子の色や力強さが彼のそれだ。



 シキは加速を掛けてテキオに近付いた。



「おっ? 大量だな大将っ!」

「飛行型のゴーレム部隊が出てきているっ、魔導戦艦(動く的)と違って小さい分厄介だぞ!」


 

 会話は噛み合わない。

 風が強く吹き荒れる上空では余程近付くか、声を張り上げないと会話は出来ない。故に方向と速度を同調させ、情報を共有していく。



「ゴーレムだぁ? あのシャムザに居たようなのか?」

「いや、完全飛行型だ。下半身の無い、スカートみたいな奴っ。俺が接触したのは一個分隊だが、ありゃあ多分エースの部隊だな。出撃が早かったっ」



 それより、とシキは辺りを見渡しながら訊いた。



「姐さん達は見えるかっ? 撫子とマナミを拾ったかどうかだけでも知っておきたいっ。つぅか、あんなもんが出てくるんなら艦隊戦なんざやってられんっ、良い的だ!」

「まあ対艦装備の俺達ですら無双出来るんだからなぁ……古代じゃ対艦武装がゴーレムなんだろ。今は小さい上に早い分、生身の人間なんだろうが。あー……見え、るっちゃあ見えるな! ほら、あれだっ」



 攻撃力と防御力はあっても遅い魔導戦艦と攻撃力と速度に特化したゴーレムや人間。相対してどちらが勝つかは明白。シキとテキオがやって見せたようにブリッジさえ狙えば自ずと沈むのだ。二人はその速度が異常というだけで、戦艦の撃沈は魔力さえあれば誰にでも出来る。



「……こっちに来てるってことはまだ拾ってないな? 何やってんだ、レーダーとか無線とかあるだろうに」



 テキオの指差す方向には確かにディルフィンらしき艦が確認出来た。が、どうにも動きが遅い。

 ディルフィンは高速艇だ。セシリア達を来させたのもディルフィンの航行速度あってのこと。にも関わらず、他の艦が合流しても戦線を離脱せず、浮遊している。



「無線が利かなくなってんだよ。俺もさっき気付いた。多分、撫子の嬢ちゃんの魔力反応も拾えないんだろ。試しに喝入れてみたらどうだ?」



 技術力は向こうの方が上手。

 傍受される危険性を加味し、シキは敢えて使っていなかった。テキオや他の者にも使わないよう徹底させていた。



 それを何故使った? と、ジト目でテキオを見つつ試してみる。



 電源を入れた瞬間、死んでいるのがわかった。

 砂嵐の入ったテレビのような、ザザッ、ザザッと不快な音を耳に届けるばかりでこちらの声に何ら応答がないのだ。このような事態そのものが経験にない。テキオもそうだったと言うなら事実使えないと判断するのが正解だろう。



「電波障害のようなもんか……? だからあの銀スカート共は拡声器を……」



 敵が何らかの妨害措置を図った。



 そんな結論に至った直後、シキとテキオは弾かれたようにその場から離れる。



 艦砲射撃の再開。



 二人の背後で墜ちていた戦艦から破片が飛び散り、あっという間に爆散した。



「おいおいっ……」

「クハッ、どうせ助からないなら味方ごとってか! 良いなその気概っ! それでこそ聖軍よ!」



 テキオが嘆息する横でニヤリと笑った直後、何処からか現れた銀スカートの群れに囲まれた。



 シキの追手は勿論、沈みかけていた艦から脱出したようなボロボロの機体も見て取れる。



「あ? 何か、増えたな?」

「おいおい嘘だろ? なあ大将、まさかこれ全部俺に相手しろってぇんじゃあ……?」



 その数、ざっと三十。その後ろには続々とこちらに向かっている銀スカートやエアクラフトに乗った聖騎士達の姿もある。



『他の奴等に先越されるんじゃないよ! はははは! 次っ、フォーメーションΩ(オメガ)で行くッ!』

「どうも(やっこ)さんにもルゥネみたいのが居るらしいな! あの角付きだっ! 女だなっ!? 女だろっ! 良い女だ! クハハハハッ! テキオぉっ、わかってるだろ! 適材適所っ!」

「ちぃっ……面倒臭ぇ! が、まあしゃあねぇな!」

『撃てええぇっ!』



 互いの背後を守るようにゆっくりと回転し、敵を吟味していた二人は全方位から銃弾の雨が放たれた直後に散開。シキは上へ、テキオは下へと逃れた。



『っ、上かっ! ほら置いてくよ!』

『黒い奴は我々が追いますっ! 他の隊はそちらを!』

『ふ、フェイ隊長っ! 待ってくださいぃ!』



 シキの動きに慣れつつある角付き分隊は迫り来る弾丸を一回転し、身を捻り、ダッキングや僅かな跳ねで全て避けきったシキに驚きこそすれ付いていく。

 他は回避などせず、素手で弾き返し、無理やり抜けたテキオはシキよりも危険と判断したのだろう。多少の口喧嘩はあれ、大半が彼を追ってくれた。



「いぃってえぇぇっ……!? 弾丸がデカい分、威力が桁違いだぜクソっ!」

『うぇっ!? 対MMM用の弾を素手でっ!?』

『あっ、こら! またフェイんとこは突出して! 何の為に何千年も軍事演習を続けてきたのか、わかっているの!?』

『い、良いから撃てよっ! 女王様の船が沈められたんだぞ!』



 敵の混乱や驚愕、恐怖といった感情が伝わってくる。

 その辺は戦場というだけあってゴーレムに乗っていようが同じなのだろう。



 とはいえ、今はテキオ達より、目の前の敵を相手する方が先決。

 シキは追ってくる銀スカートの分隊に叫んだ。



「しつこいっ! 下の奴の方が強いんだ! 俺は放っておけよ!」



 冗談混じりに笑いながらそう言うと、角付きはノリ良く返してくる。



『アハハハ! それがアタイさ! 男もMMMも狙った奴は必ず落とすっ!』

『いや隊長、男落としたことないじゃないですか! 怖がられてばかりで!』

『っ、煩いねっ! 黙ってな!』

『あいたぁっ!?』



 ガコンッと角付きが部下の機体を殴り付けた。

 器用にもこちらを追いながら、だ。



 先程の会話からしても、部隊内ならいざ知らず、部隊同士となってはそれほど連携の取れる連中でないのは察せるものの、フェイと呼ばれた角付きは動きだけで精鋭というのがわかる。唯一、真っ先に迎撃してきた点からも部下達に慕われている点も指示出しが的確な点も、先程から正確な射撃で狙ってきているのも好印象。

 戦いの熱に浮かされているような言動もあるが、戦場において熱く語れる相手というのはシキとしても笑いが堪えられない。



「くくっ、お前っ、良いな女ァッ! お前みたいなのは好きだ! どこぞの女帝を思い出すっ!」



 言いながら角付きから放たれた弾丸を跳ねるようにして避け、そのついでに周囲の分隊に向けてグレネードをぶっ放し、弾切れになったそれを躊躇なく捨てる。

 そのまま流れるように爪斬撃を飛ばし、当然のように魔障壁で弾かれるのを確認。



 ならばと黒斧を取り出して角付きに突撃し、一撃を見舞った。



『ははっ、光栄っ! なんて言いながら斬りかかってくるのはアンタくらいだよ! 『黒夜叉』ぁっ!』



 シキの黒斧をその身で受け止め、左腕で逃げ場を抑えるや否や、右腕の手首から先を高速回転させて近付けてくる。

 対してシキは迷いなく黒斧から手を放し、魔法鞘から紅の刀剣を抜いた。



『っ!? き、利かない筈のレーダーがっ……魔力反応が急激に膨れ上がってます! 危険ですよっ、隊長っ!』

『わかってるよ! けどね! だからって生身の人間にっ、アタイのMMMが負けるわきゃっ……ないんだよぉっ!!』



 回転してドリルのように見えていたそれがシキ目掛けて迫る。

 壁として構えていた左腕ごと貫く勢い。



 しかし、あわや血の雨が降ると思われた次の瞬間、角付きの右手は空を切り、左手に直撃した。



『居ないっ!? どこへっ……! お前達っ、奴は何処に行った!?』



 ズガガガガガッ! と凄まじい音と火花を散らす両腕を離し、急いで周囲を確認する。



『か、確認出来ません!』

『少なくとも離れたようにはっ……』

『くっ、破損箇所の情報なんざっ……っ、まさか!?』



 コックピット内では黒斧によって破壊された装甲に関する情報が開示されていたのだろう。

 生の戦争に慣れた地上の人間ならいざ知らず、慣れてないらしい『天空の民』にとって、チラリと目が行くことはあっても目の前の恐ろしい敵がいきなり姿を消す方が気になってしまう。



 シキは黒斧が突き刺さってヒビの入っていた装甲を斬り落とし、隙間に潜んでいた。



「やはり他のゴーレムと同じ全方位モニターっ、だがっ、重ねた装甲が死角になるっ! はっ、装甲の隙間の視覚なんか要らねぇもんなァッ!?」



 そうと気付いた時にはもう遅い。再び両の手が迫る前に紅の刀剣を突き立て、エアクラフトの出力を上げる。



『MMMの装甲をっ!?』

「叩っ斬るッ!!」



 超硬度を誇るゴーレムといっても、銀スカートはシエレンと同じ飛行型。それも飛行に特化した形状。装甲が薄いのは自明の理。当然他にも理由はあるだろう。が、何重にも重ねている時点で予想出来た。



 魔力を込め、赤熱化させたジルの刀剣ならその程度の装甲は容易に斬り裂ける。



「装甲斬りはアリスの専売特許じゃあっ、ねぇのよッ!!」



 シキは突き立てた刀剣を身体ごと滑らせると、宣言通り薄い装甲を重ねた層ごと斬った。



 先ずは両腕から逃れるべくスカートの真下へ、次は背後、振り向こうとした首を、抵抗しようとするスラスターを斬り落とし、剥いでいく。



『隊長の機体がっ!』

『撃つなっ! 隊長に当たる!』

『で、でも!』



 付かず離れず、ではなく付いて離れずを徹底して機体の周囲をぐるぐる回って斬り続ける。

 その時間、およそ十秒。部下達が躊躇している間に断面の赤くなった装甲が次々落ちる。ついにはコックピットらしき部位を発見した。



「おっ? 頭部の下に居るのか?」

『う、動かないっ!? メインカメラもっ……くっ……!』



 なんて驚いているパイロットの元に刀剣を突き刺し、コックピットを抉じ開ける。



「おぉっ? 何だ、やっぱり良い女じゃねぇか!」



 コックピット内で震えていたパイロットは銀短髪の女だった。

 専用のパイロットスーツのようなボディラインが丸見えの、銀と黒のラインが入った服を着用し、銃を構えている。



 シキはその目が好ましかった。

 例えアンダーゴーレムが破壊されても、それを破壊する化け物相手でも最後まで抵抗するという気概が感じられる……戦いの熱も怯えも、〝死〟の覚悟すらも伝わってくる顔。



 これまで会ってきた女性の中ではジルに近いだろうか。

 元は可愛らしい顔付き。しかし、乗っているのは戦士としてのそれ。そのギャップが、そして何より、その目が愉悦と高揚感を覚えさせる。



「っ、嬉しいような嬉しくないような……複雑だね全く……」

「くくくっ……どうした、撃てよ」

「撃ったら……アンタは死ぬのかい?」



 戦場のド真ん中。

 周囲からは「隊長はもう助からないっ、ならば隊長の骸ごと!」、「嫌だ! た、隊長だぞ!?」等という会話が聞こえてきている。



 更にはライの気配も刻一刻と迫っている。



 なのに、僅かに上気したその女から目が離せない。



「「…………」」



 暫くの間、二人の間に無言の空間が訪れた。



 フェイと呼ばれていた女は冷や汗のようなものを垂らしつつ、震える手で銃を構え、シキに向けている。

 シキは刀剣をフェイの首に当て、見下ろしている。



「チッ……ルゥネだな? あいつの、強い奴に惹かれる部分が〝同調〟で移った……仕方ねぇ」



 訳のわからないことを言っているという自覚はシキ自身あった。

 軽く首を傾げ、照準を顔か首か胸かと迷っていたフェイが続いた言葉に「は?」と返すのも理解出来た。



「悪いな女。お前は連れていく」

「は? ……へ? な、にを……?」

「お前のその強さ、その容姿……気に入った。らしくねぇが……俺の手元に欲しい。だから無理やり俺のモノにする」



 一瞬呆けたフェイは少ししてその意味を理解すると、ボンッと顔を真っ赤にした。



「え? そ、それって……え?」

「……言っておくが、男女の惚れた腫れたじゃないぞ? ただ単にお前のその操縦技術と据わった肝に――」



 何か誤解を与えたと感じた為、訂正しようとした直後。



 ほんの僅かに外の様子を映していたモニターと視界の端で爆発が見えた。



「っ!? い、今のはっ……『ハンナっ……ハンナのかい!?』」



 部下が墜ちたと知り、フェイはシキの存在を無視して拡声器を使う。

 シキは彼女らの反応から何となく事態を把握。自分が開けたコックピットの隙間から外の様子を窺った。



『た、隊長!? 生きてっ……』

『い、いやあああっ、今度はラニがやられたっ!』

「な、何がどうなって……! おいアンタ! これもアンタがやったのか!?」



 背後からの声が聞こえないかのように、シキは上を見る。

 苛立った様子のフェイに肩を揺さぶられたが、少し遅れて硬直し、自分の肩越しに外を見たのがわかった。



「どいつだよイサム! こんだけ近付いてもまだわからねぇのか!」

「ちょっとごちゃごちゃしててわかり辛いかな……あの角付きだとは思うんだけど。んーまあ取り敢えず全部墜としちゃえば良いんじゃない? 戦争やってるんだから、死んでも文句は言えないしさ」



 そんな会話を生きているカメラが拾い、コックピット内に流す。



 それがフェイを黙らせ、固まらせた元凶。



「ひゃははっ! それ良いな! 死人に口無しっ! ってことでお前らっ! 死刑だ! 死ね!」



 一人は白い仮面で顔を隠したイサム。

 一人は腐った顔で唾を飛ばして喚いて笑い、銃火器を構える早瀬。



「……懐かしい顔ぶれだな。二人とも俺がこの手足でぶっ潰した筈なんだが?」



 ご丁寧に帝国から流れたらしきエアクラフトとスラスターを駆っている。

 風が荒れ狂うこの上空でホバリングしている。武装は聖剣と最新装備。



 恐らくはステータスも以前より強力になっている筈。



「技術とステータス、武装……そして、因縁か……相手に不足はねぇ……なんてなッ……!」



 シキは墜ちゆく機体の中で、もう一人の勇者イサムと死んだ筈の男、早瀬と邂逅を果たした。

 

書き切れなかったっ……

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