第194話 備えと強がり
「成る程……良い調整だ。これなら更なる速度アップが見込めるし、魔力消費量も従来の半分程度にまで落とせる……エアクラフトの方はどうだ?」
「そちらも成功しております。やはりルゥネ様が閣下に合わせて作られたデータが役立ちました。良ければ今お渡ししましょうか?」
「頼む」
例の隠れ家的ボロ屋から地下に潜り、ルゥネ専用の工房に通い始めて早一週間。
俺専用装備……俺が使うことを前提に改造を施したスラスターとエアクラフトが完成した。
本来のものは魔力を魔粒子に変換する機構と変換した魔粒子が発するエネルギーを昇華させる機構で構成されている。
割合に多少の差異はあっても、基本構成は同じ。ゴーレムも同じ機構が幾つも散見されるらしい。
しかし、俺は異世界人だ。態々変換機構に頼らずとも自力で魔粒子を生成することが出来る。
ならばいっそのこと変換機構を取っ払い、全て昇華機構にしてみてはどうだろうか。
そんな疑問からシャムザ出国前に改造された俺の旧式スラスターはその時点で凄まじい性能を発揮していた。
エアクラフトも同様で、最高速度は1.3倍、魔力消費量は1/4カットと文句ない逸品。撫子だろうとヘルトだろうと、『無』属性の魔力でやけにエネルギーが強力なリュウですら簡単に凌駕する性能だった。
とはいえ、その改造は何ら専門道具無しでルゥネ一人、それも片手で行われた簡易的なもの。
安全面で多少の不安があり、データ収集も兼ねて異世界人狩りで使ってみた時も幾つか気になる点があったので完全とは言えなかった。
それが昨日完成したのだ。
「俺専用のスラスター……並びにボード型エアクラフトが四機。安直だが、スラスター・改、エアクラフト・改ってとこか」
そう言って工房の技術屋から全く見た目の変わらないそれらを受け取り、マジックバッグに収納する。
これを使いこなせれば俺の全体的な速度や継戦能力は飛躍的に上がる。右腕を失った分の補填……いや、それ以上の戦力アップに繋がる筈だ。
「実情は全くの別物なので我々は便宜上、MARKⅡと呼んでいましたがね。まあその辺は追々……そもそもスラスターやエアクラフトは元々、古代人に合わせられた規格構成。環境も人も変わった現代人には合う訳がない。それは閣下だけに限りません。今後ともこの研究を続けていきますよ」
「そうか。ゴーレムの方の研究はどうなっている?」
外のボロ屋や周囲の環境からは想像も出来ない、鉱石か何かで出来た綺麗な廊下を歩きながら訊くと、何とも面白い答えが返ってきた。
「私個人はスラスター専門なので大まかにしか聞いておりませんが……アンダーゴーレムの模倣は不可能。精々が付属品、オプションパーツの生成や取り付けが可能程度だそうです。しかし、義手や義足の研究に繋がるのではないかとの見解もチラホラあります。もしかすると、ルゥネ様や閣下の新しい腕が出来るかもしれません」
「ほう。そいつは朗報だな」
今はまだ解析の段階。研究が進めばアーティファクト関連の技術は向上し、より理想的な文明を手に入れられるかもしれない。
そんなロマンや夢がこの工房内には蔓延している。ルゥネが帰ってくれば尚のこと新たな発想や研究に行き着くだろう。
「ああそれと。頼まれました爪素材の武器ももうすぐ完成するようです。防具の方の改造はもう少し時間をいただきたいらしいですが」
「任せる。……というか寧ろ一週間であれだけの量が出来上がるのか? 時間はギリギリまで使って良いから品質は出来るだけ統一してくれ。ただ失った分を補充するだけなんだからな。撫子に斬られた剣は使えないとか我が儘抜かしやがって……」
「我らが帝国屈指の鍛治師を集めているので、そこは問題ないかと。見本となる完成品も貸していただきましたし、相手がルゥネ様を下したお方だと聞いて皆やる気に満ち溢れていましたよ。素材も最高、卸先も最高と、それだけにやることが模倣品造りかとはぼやいてましたけどね」
技術屋兼この地下工房の纏め役でもあるという男はカラカラと笑いながら続けた。
「まあ同じ生産職として気持ちはわかります。例のモノを造る過程でぶつかることもありますから」
「あぁ……アレか。全身に小型スラスターを取り付けた次世代のスラスター装備とかいう……」
何でも、エアクラフトやルゥネのスカート、レナのブーツ等に次ぐ全く別物のスラスター装備の研究も行っているらしい。
お陰で爪どころか鱗まで全部持っていかれた。俺側の負担は素材だけとはいえ……そこだけはどうにも面白くない。
「理屈はわかるがな。この前俺に試させたブーツだって多少浮ける程度でホバー移動なんてもっての他だったじゃないか。失敗作なんか造ったら承知せんぞ。第一号かあの人の鱗で造ったものだけは俺が貰う」
「勿論ですともっ。国家予算を好きなだけ使えて最高品質の素材まであるっ、我々は何と幸せか! 完成次第、何としても閣下に届けさせていただきます! それではまた!」
データ収集と失敗だらけで何が楽しいのやら、纏め役の男は笑顔で去っていった。
さて……装備は整いつつある。姐さんも補給は終了。技術の方は思いの外時間が掛かっているので後二~三日は欲しいと言っていた。問題は……
「トカゲ。この前言っていた情報は本当なんだろうな?」
一人残された廊下で虚空に向けて話し掛ける。
「居るのはわかっている。演技はよせ、らしくもない。殺されたいのか?」
苛々した口調で続けると、帝国の独立暗殺部隊の隊長だというトカゲ男が何もない空間から現れた。
「ひひっ、相変わらず冷てぇ旦那だ。演技が下手だ、なぁんて言ったのはどこの誰だって話でさぁ」
「今する必要はないだろ。さっさと本題に入れ」
初めてトカゲと呼んだ時、「都の影とこの容姿を掛けたんで? へっ、気に入ったぜ旦那ぁ!」等と何やら感激し、仲間にもそう呼ぶよう言っていたこの男は諜報員も預かっている身。帝国内の情報は勿論、他国の情報も得ている。
「へい。ちょいと調べやしたがマジでした。聖軍の奴等、『天空の民』と名乗る妙な連中を引き連れて間違いなくこちらに向かってます。それも魔導戦艦でね。巡洋艦は二十と五隻、大型のも同型艦が三隻も居る大所帯だ。戦争でもおっ始めようってぇ雰囲気らしいですぜ」
普段は滅多に真面目な顔をしないトカゲが態度を一変させて告げた。
どうやら本格的に不味い事態になりそうだ。
つい先日チラリと聞いた、聖軍と『天空の民』、勇者の三勢力が帝国目掛けて進軍しているという情報……
内容が内容だけに俺はルゥネの名前を使ってまで詳しく調べさせた。
まだシャムザに居るルゥネにも連絡は取っているが、如何せんあちらとは距離がある。情報が本物ならどんなに早くても一戦交えた後に到着という流れになる筈。最悪、この帝都が戦場になってしまう。
「名目上は連合同盟への加入の誘い。つっても……」
「脅しだろうが。どう見ても」
「ひひっ、でしょうなぁ」
最もアーティファクトが掘り出されるシャムザですら、そこまでの艦隊は持っていない。
その上、『天空の民』とかいう連中は姐さんが『見』た未来の仮想敵。前皇帝に艦隊を貸し与え、間接的にシャムザを滅ぼした奴等だ。
ルゥネさえ居れば最初の話し合いの席で真意を覗けるが……いや、覗いたところで意味はないか。奴等の目的は帝国を取り込むこと。結成されたと噂の連合軍のことを踏まえても、そこは確実。
もし帝国が取り込まれれば次に狙われるのは恐らくシャムザだ。姐さん達も黙っちゃいない。
ルゥネの臨時代行を務めている奴に話を訊いたところ、一応名目上の使者は来ていたらしい。普通に拷問されて殺されたようだが。
その使者から得た情報によると、連合同盟に加入していないのは帝国とシャムザのみ。この二国が加入すれば魔国と獣人族の国に進軍するつもりらしい。
今の今まで黙認していたくせに力を得た途端にこれだ。
アーティファクトを掘り出して調子に乗ったナール達のように、何処からか湧いてきた『天空の民』と組んだ聖軍は世界の覇権を握ろうと一手を打ってきた。
各国に同盟を求め、断れば滅ぼす。連合軍や同盟と言えば聞こえは良いが、その実情は半強制的。断った何国かの小国は既に滅んだとも聞いた。
とうとう本性を見せた訳だ。クソ勇者共は何をしてやがる。世界の平和(笑)を守りたいんじゃないのか? まさか他種族を滅亡や言うことを聞かない人間を虐殺することが世界平和に繋がると本気で信じている訳じゃあるまい。ライ達でも抑えきれない何かが両勢力のどちらか、あるいは両方にあると見た。
「……ルゥネの返答は?」
「旦那様の思うがままに、です」
「ちっ、あの女っ……!」
思わず舌打ちしてしまった。
ルゥネは俺が逃げないとわかっていてそんなことを抜かしたんだ。シャムザと同盟を組んだ帝国が狙われるのなら、と向こうと俺の意向を読んで。
「俺にそんなことをしている暇はないというに……まあ良い、わかった。到着までの期間は? ルゥネが居ないことは伝わってるんだよな?」
「およそ一週間。無論、伝わってる筈でさぁ。トップ同士の席を用意しろって舐めたお願いに対し、トップは今居ないからちょっと待ってくれっつってんのに奴等は強行してきやがってんですよ。帝国なんだから代わりは居るだろってね。かぁ~痛いとこ突きやすねぇ? ひひっ」
一週間。
それが俺達に残された時間らしい。
トカゲも事態を飲み込んでいるのか、普段の軽口こそ叩いてはいるものの、僅かに真剣味が漏れている。
姐さん達は多分逃げない。姐さんのことだ、この未来も『見』ているかもしれない。
俺は……俺個人だけなら逃げても良いが、姐さん達を見捨てることは出来ない。必然的に迎え撃つ必要がある。
向こうは建前上、話し合いの席を設ける筈。まさか答えも出していない国をいきなり滅ぼすなんてことは……
そう思った直後、リーフ達とジンメン、聖軍に滅ぼされた街のことが脳裏を過った。
奴等は何の声明も出すことなく攻撃してきた。人を人と思わないゴミだ。やはり俺の目的を考えれば逃げるのが最善……でも姐さん達はそうはいかない。例え勝てないとわかっていても、戦いを挑む。皆は祖国シャムザを守る為、そうやって生きてきた。今更我が身可愛さに逃げ出す連中じゃない。
ならどうする。
ルゥネ無しで帝国軍を動かして迎撃するか。今ならテキオ達も居る。協力して大将首さえ取れればあるいは……
いや、ダメだ。艦隊の包囲網や集中砲火の中、大将を生け捕りになんて夢物語だ。聖騎士も勇者も居るんだ、妄想が過ぎる。
かといって、奴等が帝都に降りてくるのは避けたい。万が一にも何かあれば帝都は一瞬火の海になる。もう二度とシレンティ騒動で見たような地獄絵図は見たくない。
……よく考えたら、そもそも奴等が降りてくるということも確定事項ではないな。来るだけ来て、船に上がってこいと要求してくる可能性もある。その場合は奴等の手のひらの上で話し合いという名の脅迫を受ける羽目に……
ダメだダメだ。考えがまるで纏まらない。
「こんな時にルゥネが居てくれれば……」
「ひひひっ、まあ先ず間違いなく迎え撃つでしょうな」
ルゥネの思考は一貫して戦争戦争戦争だ。最も対話に必要な能力を持っているくせにそれを利用して戦争をしたがる。ある意味その一貫性は俺の迷いを消してくれるだろう。能力も拍車を掛けて俺達を一つに纏めてくれる筈だ。
しかし、そのルゥネは今帝国に居ない。
ルゥネもココも、シャムザのゴーレム部隊も無しに艦隊を相手にする必要があるのだ。
こちらの手は『砂漠の海賊団』にかつての敵である帝国軍、テキオら転生者組と頼もしさはあれど、微妙に信頼に欠ける奴等。
対して敵は艦隊だけでなく、聖軍と勇者というカードを保有している。圧倒的なまでの戦力差もあるが、何かあった時の正当性がどうしようもないレベルで分が悪い。最悪、帝都を魔導砲で薙ぎ払うことも出来ることも踏まえれば、戦力はおろか、士気にも雲泥の差がある。
その上、もし何らかの奇跡で勝てたところで、向こうは先発隊に過ぎないときた。姐さんの未来予知では『天空の民』は百隻にも及ぶ大艦隊を持っている。どう足掻いても一時凌ぎにしかならず、足掻けば足掻くほどこちらは悪者になる。
かくなる上は……ムクロを探し出して、全アーティファクトを停止させてもらうか。
あの魔力のプレッシャーによるアーティファクト支配能力があれば、少なくとも『天空の民』は無力化出来る。
何とも情けない限りだが、思い付くカードはそれくらいだ。こちらのまで停止してしまう諸刃の剣でもある。が、魔導戦艦と魔障壁さえ潰してしまえばムクロは一方的に無双出来る……
しかし、あいつがそこまで力を貸してくれるとも思えない。
姐さんとあいつの口振り、今までの態度、言動からしてあまり自由に動ける立場じゃないのは確かだ。帰ったのなら尚更。
『付き人』にも介入してもらって……いや、奴だって善人じゃない。邪神といい、あれだけ俺に絡んでいく雰囲気を出しておいてジンメンの時の《念話》以降、まるで音沙汰がないのも不気味だし……
「……堂々巡りだな。何の策も出てきやしねぇ」
「一応、今日明日の夜にお貴族様やお偉いさんを集めて会議するそうですぜ? 『砂漠の海賊団』の船長さんや他のお方と出席してみるってのはどうです」
どの道、一度は集まる必要がある、か……
「幾つか案はあるが……間違いなく賭けになる。勝率を上げる為には姐さんにまた頑張ってもらうことになりそうだ」
「へっ、噂の未来予知の固有スキル、あっしらはお手並み拝見といきますぜ」
姿を出す出さないかは不明なものの、こいつも出るようだ。
ルゥネ曰く、損得勘定でしか動かない男。金と命を確実な方に賭ける。この弱肉強食の国で成り上がってきた武力と観察力こそトカゲの最大の武器。その会議とやらでどれほどこいつの信頼を得られるか、そこも賭けになるな。
会議に次ぐ会議を重ねつつ、奴隷商人や傭兵団に声を掛けていく。
軍や暗殺部隊は当然として、そういったものの中から思わぬ掘り出し物がある可能性もある。
結果だけ言えば、欲しい人材は確保出来た。
特に固有スキル持ちが数人も居たのは大きく、どいつもこいつも金目当て。十分な前金と装備をくれてやれば、いざという時までは手綱を握れる。
敵の主戦力は勇者を筆頭に魔導戦艦、新型のアンダーゴーレム、聖騎士の序列高位の数人。最も厄介なのは最強の回復チート持ちのマナミ。他は雑魚だ。
「最優先事項はマナミの確保だが……空中戦なら【起死回生】の効果範囲は限られる。最悪孤立させるだけでも良い」
「坊やは簡単に言うけど、聖騎士だって二千は居るわ。ゴーレムも飛行型が六十機……この戦力じゃとても……」
姐さんが自信無さげに言うのをメイが不敵に笑いながら制止する。
「だからバカ正直に正面から行かないんでしょ? ユウ兄の言った通り、マナミさんを確保出来ればうちのバカクソ優柔不断兄貴は止められる。そして……アンダーゴーレム相手なら私だって無双出来る。大丈夫だよ、セシリアさん」
「それに、今更どうこうしたって結局は戦う覚悟なんだろ?」
「そ、そうだけど……じゃあ坊や、私を勇気付けてくれる? そうしてくれれば私、頑張れる気がするからっ」
まぁた始まった。
俺がそう思った直後、姐さんとメイが喧嘩を始める。
内容はいつもの通り。
よく飽きないものだ。俺の返答は決まっているのに。
「ひひっ、モテる男は辛いですなぁ旦那?」
相も変わらず虚空から現れたトカゲに元気よく口喧嘩していた二人はビクついて止まる。
「……居るなら言え。つぅか入ってくんな。姐さんの船だぞ」
「そいつぁ失敬っ。ちょいと旦那のお耳に挟んでおきてぇ情報が届いたもんで」
俺の殺気を受けても飄々とした態度を崩さない点は評価に値するが、更に厳密に言うと、ここは姐さんの自室だ。尚質が悪い。
「いやね? 昨日回った奴隷商の何番目かで会ったエルフ達のことなんでさぁ。あいつら、旦那の仮面見てすげぇ驚いてたでしょう?」
俺とメイのジト目、姐さんが無言で俺の後ろに隠れるのも無視して報告してくるトカゲに溜め息をつきながら話を聞く。
確かに居た。エルフだけで構成された、冒険者兼傭兵団という珍しい連中が。
会ったのは奴隷商ではなく酒場だがな。魔法の扱いに長けた種族がそう何十人も奴隷に身を堕とす訳がない。どれだけ他人に興味がないんだこいつは。
若干、気が抜けそうになったが、後半の話は事実だ。
何故か奴等は俺を見た瞬間、信じられないものを見たかのような顔をした。
奴隷商で売られていた、数人のエルフも同様。俺……というより、俺の仮面を見て肩を震わせて驚き、何人かは小さく悲鳴を上げていた。
そそくさと逃げようとする連中に商談を持ち掛け、最終的には何とか話を付けられたものの、最後の最後まで俺の仮面や俺の動向、一挙手一投足に恐れを抱いていたようだった。
何故だと訊いても言えない、教えられないの一点張り。折角敵じゃない魔族に会えたというのに、今回の件が片付けばもう二度と帝国には来ないとすら言われてしまった。まるで恐ろしい何かから、俺から逃げる為に媚びへつらい、金だけ貰ったら退散するような、そういう物言いをしていたのだ。
そんな態度が気になったトカゲはまだ会ってない奴隷のエルフ、それも年老いて知識が豊富であろう者を探し出し、話を聞いてみたという。
「何でも、長寿の種族には旦那の仮面そっくりの化け物の伝承か何かが伝わってるみたいです。人族に転生者伝説や『闇魔法の使い手』の伝承が伝わっているように、長寿種には長寿種の怖ぇ話があるってことですかね?」
懐かしい話をする。イクシアで初めて聞いた時は何をバカな……と思ったものだ。
転生者伝説というのも、いつだったかアリスが話していた大昔の伝説だ。神々ととある化け物の起こした最悪の時代の話。嘘か真か、議論の余地もないお伽噺レベルのそれである。
「確か……〝厄災の王〟とか言ったかな。厄災伝説だとか、異界戦国時代の話だとか……まあ良くはわかりやせんでしたが、何千何万年も前から語り継がれてきた伝説らしいです」
正直、「で?」という感想しか出てこない。
そんな与太話の情報をかき集め、俺に聞かせ、何がしたいのかと。
メイや姐さんも同じことを思ったらしく、三人で目を合わせ、無言でトカゲを見る。
「そ、そんな目で見ねぇでくだせぇよ皆さん方っ。『天空の民』は古代人の生き残りとかって噂があるから、何かの役に立つかと持ってきただけなんださぁ!」
「んなことの為に女の部屋に入るな。殺すぞ」
それもよりによって姐さんの部屋にだ。この空間に姐さん以外の臭いが混ざるのは何だか許せない。
その上、血と人間が腐ったような臭い……本当に臭う訳ではないが、この男はそういう類いの人間。
俺の怒気と呆れが伝わったのか、トカゲは姿を消さずに部屋を出ていった。
「全く……変な人に好かれたね、ユウ兄も」
「……ああ、そうだな」
元々面識があるメイがげんなりした顔で言う中、ナールの言っていたことが脳裏を過る。
『天空の民』はシレンティのような人造人間の完成形、あるいは完成形に近い進化した旧人類……
俺の仮面は『付き人』から貰った、魔力で形状の変わる仮面であり、トカゲの言う伝説とは何の関係もない。
俺が適当に作った形状が偶々その伝説の人物だか化け物と似ていただけのこと。
威圧してくる相手に恐怖を与えるのはあまり良くないかもしれないが、『天空の民』はあくまで聖軍を援助する勢力。謂わばバック。そんな奴等が怖いからといって会談の場を壊してまで攻撃してくるだろうか?
少なくとも……エルフ達の反応を思い出す限り、牽制にはなる。
「割りと良い手かもな。俺が出るってのも」
「……作戦、変えるの?」
「ゆ、ユウ兄……」
会談には名目上、ライ達も出てくる。聖軍からはレーセンかノア辺りが来ているだろう。
なら、出るのも手。
俺やライ達の個人的な感情は話し合いには関係ない。
今回の会談はあくまで連合と帝国が設ける場。奴等も好き勝手は出来ない……
と、なると……?
「…………」
「坊や?」
姐さんが心配そうに見てくる。
姐さんは俺のことを理解してくれる数少ない人間だ。メイも理解してくれるし、本人はそう望んでいるのだろうが、癒してはくれない。
「悪いメイ……出てってくれ」
「またっ!? 何でっ……私はいつもユウ兄の為にっ、ユウ兄の為なら何でも出来るのにっ……!」
「本当ならムクロじゃなきゃダメなんだ……あの人じゃないと嫌なんだ……頼む、わかってくれ」
「……~~っっ!」
扉を蹴破らん勢いで開き、出ていくメイ。
罪悪感や自分への嫌悪感でいっぱいになった俺はそのまま姐さんの胸に身体を預けると、深く息を吐いた。
「今の言い方……ちょっと酷かったわよ」
優しい声、優しい手つきで包まれる。
まるでムクロが俺を相手にしていた時のように、子供をあやすように姐さんが撫でてくる。
「ん……悪いとは思ってる……姐さんにも……」
「お別れまでの間、ムクロさんの代わりにって言ったのは私よ? 大丈夫、坊やは少し疲れているだけ。癒してあげられるなら、私だって何でもするわ」
姐さんもこんな立場、こんな俺なんて嫌だろうに、俺が甘えるのを許してくれている。
人を選んで甘えて……とことんクズだな、俺は。
「もう……逃げるだけじゃダメらしい……俺はただ、ムクロに会いたいだけで……あの人やルゥネの言う〝自由〟があれば他には何も要らないのに……」
「ムクロさんの側に行きたいってことはそういうことなのよ。本当に修羅の道なの……あれも欲しい、これも欲しいじゃあ世の中生きていけない。坊やにはもう、そんな世の中を生き抜く力がある……でしょ?」
姐さんの問いには答えられなかった。
ムクロに抱き締められる時と酷似した温もりと柔らかさは強い眠気を誘った。
精神的な疲れなど、とうに消えた筈なのに。
ムクロが居ないからだろうか。
申し訳ないという思いはあれど、姐さんの優しさは俺を堕落させる。
「ムクロ……ジ、ル……さ……ま……俺は……俺はどう……した、ら……」
「…………」
俺の頭を撫でる姐さんの手が一瞬止まり、また動き出す。
重い瞼と強烈な眠気に苛まれた俺はそのまま意識を失った。
そうして。
俺達に残された時間はあっという間に過ぎていった。
盆休みに向けてちょっとした繁忙期に入るので来週の更新はお休みです。盆休み中は書ければ投稿します。とりま、コミケに行かないと……(使命感)




