第190話 旅立ち
「何とか間に合ったな」
「ええ。……やっぱりルゥネさんの固有スキルがあると早いわね、余計なことまで漏れるのは気になるところだけど」
「悪かっ……いや待て、あれは俺が悪いのか?」
俺の、というより、俺達の出国の数日前。
梟みたいな転生者ココと他の転生者含めた技術者を引き連れてきたルゥネのお陰で計画を急速に進めることが出来た。
俺の方のメンバーや物資は早い内に決まっていたのだが、姐さんの方は時間帯やタイミング、『砂漠の海賊団』全員の意思確認、認識合わせと詰めなければならない部分が多く、互いの思考を共有出来るルゥネの力は例え猶予が一日だったとしても必要だった。
時間が無かった理由を簡単に言えば、新しく掘り出された新型の魔導戦艦についてナールが黙秘したことで姐さんが激怒し、急遽、計画実行が前倒しになったから。
なんでもその魔導戦艦は今回の戦争には不向きだったであろう規格のものであり、通常の戦艦とは少々勝手が違う為、稼働や運用にも時間が掛かる。尚且つ、眠っている遺跡の場所が遠かったということで、姐さんは敢えてその遺跡を見逃していたらしい。
しかし、戦争終結後、ナールに「何か知ってるだろ、情報を寄越せ」みたいなことを言われ、渋々教えたと。そんでもって発掘成功、稼働成功等々、普通教えてくれた姐さんに一言あるだろ的な報告をナールが一切しなかったと。
それらを噂やナール側に忍ばせたスパイからの報告でしか知らされてなく、ついこないだ俺が口を滑らせたことでナールの思惑が間接的に露呈。ルゥネさえくれば即計画実行という流れになった訳だ。
「好き好き好き好き愛してますお慕いしていますぅっ!」
「だあぁもうっ、わかったわかったっ、それは十分伝わったから離れろ暑苦しいっ。そんでもって早く散れっ。ナール達に余計な勘繰りをされちまうだろうがっ」
「あぁんっ」
「いやー……ごめんねー、うちのルゥちゃんがさー」
人の胸に抱きついて頬擦りまでしてきていた変態女帝を手でぐいっと押し返し、ココに渡す。
当の本人は未練たらたらの様子だが、親友兼護衛の梟女は翼で抑え、申し訳なさそうに謝ってきた。
「せめて人の目を気にさせろ。一応女帝だろ一応」
「まあ一応ねー……うん、ホント……一応ね……」
「一応ではなく紛うことなき女帝ですわっ!」
場所は俺に正式授与された巡洋艦の甲板上。
現在は出発の時間まで整備チェック中で、俺はレナらシャムザ側の奴等と別れの挨拶を終えたところだった。
大破した魔導戦艦の改修作業の為、ルゥネがこちらに来たのは二日ほど前。合間合間に何とか時間を捻出してもらい、計画を手伝わせた。
寝る時間をも削っているのか、目は血走っていて隈も濃い。
動きの節々にも疲労が感じられる。
流石の俺でも悪い……なんてことは一切思ってない。罪悪感もゼロ。
それこそ、まぁ~っ…………たく思ってない。
こいつの場合、清々し過ぎて綺麗に見えるだけで色自体は真っ黒。やること成すこと一々クズの、悪人の鏡みたいな奴だからな。
俺の指を弾き飛ばしたことや腹に短剣をぶっ刺してくれたことはまあ良い。だが、帝国では殺しに殺しを重ねて下克上。自分の一族と逆らう勢力を皆殺しにし、戦火を拡大させること間違いなしのアーティファクトを創造、改造、改修。挙げ句には他国に戦争まで仕掛けて……と、聖人でも助走を付けて殴るレベルのクズ。同情の余地がまるで無い。
加えて言えば、敗者必滅……いや、弱肉強食? 的な思想があるらしく、敗者である自分は奴隷以下の塵芥で、勝者である俺は神にも勝る主、みたいなことを考える奴でもある。
だから俺からの扱いがどんなに酷かろうと、犬、物、ゴミ扱いは上等。というより、本人的には寧ろご褒美。再会した時は踏んで欲しいとまで言ってきたくらいだ。
ある意味、どちらも損してないし、有難い関係ではある。
しかし……こうまで思想に一貫性があると、どうしても心底からは憎めない。
〝同調〟したせいで、互いが互いの最大の理解者であることも大きい。
ぶっ倒れそうなくらい使い倒しておいてなんだが、こうしてちょくちょく会いに来ていても拒めないくらいには癒しにもなっていた。
閑話休題。
今回で言えば、別れの挨拶という建前があるからか、昨日の夜からずっと居る。飯、風呂、寝床まで付いてきた。まあ拳骨で止めさせたけど。
お陰で(?)俺の中の好感度順位を知ったメイがさっきから姐さんやルゥネを睨みまくっている。
しかも「何で何で何で何で何で何で……」とか延々と呟いていてめちゃめちゃ怖い。
本人に頼まれたからってそんなことに力を使ったルゥネもルゥネだし、今この場に居る奴の中で最も俺からの好感度や信頼が高く厚いと知った姐さんがニヤニヤしながら腕組みしてきたのは俺のせいじゃない。
理不尽な差かもしれないが、メイはそもそも近付きたくない部類だし、ルゥネは自他共に俺のモノ。姐さんはシャムザに来てから最も付き合いの長い人間で性格も温厚。見た目も一番好み。そりゃあストーカーするような奴とは雲泥の差が出るだろう。
だが、少なくともそのせいでメイはおろか、仲間の男連中にも「殺すぞ」とか「見せ付けやがって!」とか言われた。ほぼ全員に痰吐かれて印象最悪だった。育ちが悪すぎる。ヘルトに至っては殴りかかってきたくらいだ。まあ普通に捻り潰したけど。
何で皆、勝てない相手に立ち向かってくるんだ? 昨日だけで何人気絶させたか……
「あぁっ……! メイからの本気の殺気が心地良いっ、ゾクゾクすりゅぅっ」
「坊やからも何とか言ってあげなさいよ。私のことが一番好きだって」
一人は興奮してて、一人はどや顔、他は殺気立っている。
唯一、平静なのは俺とこういうことに慣れているっぽいココだけだった。
「……よく切ったよな」
「ね。ボクもビックリだよ」
姐さんに苦笑いを返していると、そんなココと目が合ったのでルゥネの方を見ながら話す。
縦に巻かれた金髪ツインテールというお嬢様風な髪型は何処へやら。
ルゥネの艶やかな髪は首にも掛からない、男かと見間違うほどの短髪になっていた。
戦闘時みたいに目ぇガン開きでキマってさえいなければ、色々と幼い感じで可愛らしいタイプの顔立ちなので似合ってなくもない。
ただ、初見であれだけインパクトの強い髪型を見てしまうと、今の短すぎる髪はどうしても違和感がある。
何故切ったのか。
本人曰く、パフォーマンス。
「【以心伝心】で全部伝わってるんじゃないのか?」
「う~ん……伝わってると思うんだけどね~。ルゥちゃんにしか聞き取れない声や不満があったんじゃない? だからって演説途中にいきなりバッサリ行ったのは本当に驚いたけど」
ルゥネは帝国の皇帝史上初の生きた敗北者だ。
本来なら負けて帰ってきた時点で打ち首。しかし、如何せんルゥネと部下達が強すぎ、予め前政権信奉者や反抗勢力をほぼ皆殺しにしていたせいで帝国臣民の全体の戦力が弱まっていた。
かといって、負けましたと帰ってくるのは恥以外の何でもなく、普通の皇帝なら自害を選ぶ。
ルゥネはそれをわかっていて帝国に戻り、新たに発足していた新政権を打倒。再び女帝に返り咲いた。
そして、もう二度と負けない的な演説の途中に女の命である髪を根元近くまで断ち切り、覚悟を示したらしい。
話を聞く限り、最初はろくに聞いてもらえず、野次や物が飛ぶばかりで【以心伝心】でしか話せなかったようだ。
俺やココからすれば意識共有能力が使える時点で要点は十分伝えられるからそれでも良いと思うんだが、ルゥネは違った。
コップやら花瓶やら、挙げ句には椅子に酒樽、安物のナイフまで飛んでくる中を敢えて飛び出し、自ら髪を切って黙らせた。
話すキッカケとして、ただそれだけの為にその身を危険に晒し、老若男女全てに衝撃を与えるであろう行動をとった。
その時、額を切って結構な出血をしたらしい本人は露ほども気にしてないようで、能力使用中に訊いても何も思うところはないと返ってきた。
精々が「伸ばしてたのに勿体無かったです!」とか「旦那様はどちらがお好きですっ?」くらいだった。
つくづくぶっ飛んだ女である。
「さ、ほら行くよルゥちゃん。これ以上は邪魔になっちゃう」
「だ、旦那様ぁっ、最後にお別れのちゅーしてください! この前みたいにぎゅーって抱き締めてください!」
「普通に嫌だが?」
「冷たいっ! 暑いのに冷たいっ!」
ココの鳥脚と爪に両肩をがっしり掴まれたルゥネは「ではせめてっ、せめてイクシア方面を迂回する際は帝国に立ち寄ってくださいましぃっ! 絶対に追い付きますからぁっ!」等と叫びながら運ばれていった。
あれで良いのか女帝、それで良いのか親衛隊隊長……
という疑問はさておき。
「寄るのか?」
「ん~……まあ、タダで援助してもらうんなら良いんじゃない?」
実際問題、この辺りの地理をざっくり言うと中心にイクシア、南にシャムザ、西に聖都テュフォス、東にパヴォール帝国、北に魔国という図だ。他にも細々とした小国はあるし、ちょっとした小競り合いで微妙に変わったりもしてるが、まあ大雑把に言えばそんな感じ。
聖軍と『天空の民』、勇者共の勢力圏を避けるとすれば東側の方を飛んでいけば変に争わずに済む。というか強行突破はほぼ不可能と見ていい。魔導戦艦は嫌でも目立つ。アーティファクトを扱っている勢力ならレーダーのようなものも持っていてもおかしくはない。
故に帝国側、帝国の領土内を飛んでいくのは確定。
現在の帝国内に魔導戦艦やエアクラフトを持っている勢力が存在しないのも魅力的だ。未だにルゥネ達への反発や新技術を受け入れられない層が大半らしい。
まあスラスターやエアクラフトに関しては絶賛されているようだが。
そりゃあ戦術も戦略も戦の歴史も大きく変わるだろうが……白兵戦好き過ぎだろ帝国臣民。正直、ルゥネからそれ聞いて通りたくないと思った。
物資を調達するなら何度か停泊する必要がある。降りる時然り、積む時然り。何があるかわからんから本人の希望通りルゥネ達には居てほしいところだ。
言っても、昨日今日ほど会えた日はないからイクシアや勇者についての情報もそれほど共有出来てないってのもある。何を急いでんのか、寝る間も惜しんで修理してるからなあいつら……で、例え寝る間が出来ても俺が奪うと。……そう考えると最低だな俺。
「帝都自体は結構奥の方にあるから微妙に遠回りなんだよなぁ」
「良いじゃない。それほど急ぐ旅でもないし」
人のことを自分達側に引き摺り込もうと画策している女にそう言われても。
「あーあー澄ました顔しやがって、ったく……」
「ふんっ」
姐さんはあわよくば俺を自分に惚れさせるか、責任取らせるかして魔国に行こうとするのを阻止しようとしていた。
私は能力範囲内に入れないで、と前置きして自室に消えたからルゥネも変に思ったんだろう。一度確認した後、何とも言えない顔で俺に確認してきたくらいだ。俺も、まさかその為に【先見之明】を酷使しているとまでは思ってなかった。
「あのな姐さん。姐さんからすれば旅路が長ければ長いほど良いかもしれんが、俺は出来るだけ早く行きたいんだよ。聖軍や『天空の民』が何を考えてるのかわからない以上、姐さんだって早めにシャムザに戻る必要があるだろ。俺を送ってくれるのは助かるけど、それでWin-Winじゃないか」
「……新型に乗ればわかるわよ」
姐さんは含み笑いをしながら歩き出すと、「さあ皆っ、急いでちょうだい! そろそろ時間よ!」と手を叩いて急かした。
「サンデイラが無事なら何隻も連れていく必要はなかったってのに……」
「あはは……それは良いっこ無しだよ、ユウ兄」
元も子もない発言をした俺の隣に来たメイは「行こっ、皆が待ってるよ!」と、俺の手を引っ張るのだった。
◇ ◇ ◇
シキ達の船と、それを送っていく『砂漠の海賊団』の艦隊が浮上を始める。
艦隊と言っても全て巡洋艦であり、武装も大筒やアンダーゴーレムが数機と戦力は心許ない。
また、大量の人間を乗せられるサンデイラを失った『砂漠の海賊団』にとって女子供や老人といったメンバーは足枷にしかならない為、志願者以外はセシリア自らの説得で船を降りていた。
騒動と戦争によって船の数も、武装も、人手も減ってしまった今、どうしても少数精鋭で行動する必要があったのだ。
だが、そんな背景がなくともサンデイラを旗艦と認知していた民にはかの魔導戦艦がないだけで彼等義賊の被害を窺えた。
故に、ゆっくりと加速し始めた魔導戦艦の艦隊の姿に、王都全体で歓声が上がっていた。
国の危機を二度も救った英雄達の旅立ちである。
あるいはその場で飛び跳ね、あるいは手を振り、あるいは涙し、あるいは敬礼している。
サンデイラやヴォルケニスの甲板ではルゥネ達技術者達と、そんな彼等に自分の商品を売り込もうと揉み手をしているショウの姿もある。
ルゥネとココを筆頭に手を振っていて、全員が何とも言えない顔……悔しそうで、けれど笑っているような顔をしている。今更ながらに敗戦したのだという実感が湧いたのだろう。ショウはその横で「グッドラックッ!」とでも言っているような良い笑顔でサムズアップをしている。
「良かったのかい?」
「……ええ」
これは、とあるアンダーゴーレムのコックピット内で時を待っていた二人の会話。
王都の一角でそんな光景を見ていた二人の会話だ。
「主様……いえ、ユウさんは……今度こそ私の意思を確認してくれました。あの時の私に足場から崩れていくような感覚を与えた〝自由〟。支えが無ければ立てなかった私に、あの人達は足をくれたのです」
「だから、もう大丈夫だと?」
「はい。いつの間にか怖くなくなってました……笑えるように、なってました。だから……例えあの人との繋がりが無くともヘルト……貴方が居てくれるなら……」
「……そっか。他ならないアカリがそう決めたんだ。オイラは何も言わないよ」
二人は『砂漠の海賊団』の船から降り、シャムザ軍に入ることを望んだ。
ヘルト専用機であったアカツキもセシリア達に譲り、現在はシャムザ軍を代表する機体、シエレンに乗っている。
アカツキのように、紅色に塗装したシエレンだ。
本来なら軍の方と無線の周波数を合わせ、護衛として備えている筈の機体ではあるが、彼等のコックピットに届く声は全く別のものだった。
『皆ぁ! 用意は良いわねぇっ!? 我らが祖国シャムザでの最後の海賊行為っ、大いに楽しみっ、そして大いに奪うのよっ!!』
『『『『『おうっ!!』』』』』
長らく彼等と生活を共にし、一緒に戦っていたヘルトの口から「あぁ……楽しそうだなぁ……」と思わず漏れるほどの盛り上がり。
『うふふっ……それでは全艦180°回頭っ! 降下部隊を下ろし、攪乱を行った後、全速力で王都を離脱するっ!!』
ブツンッ……と通信が切れた。
直後、帝国方面に向かっていた全ての魔導戦艦が急速反転し、王都に戻ってくる。
「さ、時間だ。オイラ達は精々……」
「皆さんの足を引っ張るとしますか」
言うや否や、シエレンのコックピットハッチが開き、アカリがエアクラフトと共に飛び出る。
『アカツキに慣れてて操作に慣れてないからな~、飛翔で迷惑掛けても仕方ないよなぁ!』
「狙いがわかったので先行したら道案内になってました……う~ん、やっぱり無理ありますよねこれ……」
二人はそれぞれの乗り物に魔粒子を噴き出させると、空に上がった。
◇ ◇ ◇
「何だ!? 一体何が起こったのだ!」
「む、謀反のようです! 『砂漠の海賊団』が謀反を起こしました!」
「巡洋艦が低空飛行を続けて威嚇しており、その中から計三十ほどのエアクラフトの発進を確認! 続々と降下していますっ!」
「そ、そんなバカなっ!? 何故このタイミングで!」
「ぁっ……あー……そういうことっ……お姉ちゃんとシキ君め……やってくれたわね……!」
建て直し途中だった城にて、ナールと部下達が混乱を叫び、レナは一人苦笑する。
そんなレナの様子に気付いたナールはオアシス横の遺跡に降りていく人影を指差しながら喚いた。
「レナ! 何だあれは! 何か知っているな!?」
「知りません」
「嘘をつけっ、貴様が知らん訳ないだろう!」
「皆目見当もつきません」
「き、貴様ぁっ……」
明らかに、レナは何かに気付いた。
しかし、何処ぞの誰かのように素知らぬ態度を貫き、ナールが「もう良いっ!」と外に注意を戻した直後、べっと舌を出した。
それと同時に、何隻もの魔導戦艦が都中を飛び交って恐怖を煽る中、何処からか喜色に満ちた声が辺りに響く。
『やっぱり! あはっ! 警備に力を入れやすく、事実入れているここがっ、超硬度の外壁のあるここが怪しいと思ったのよねぇっ!』
「ぐっ、こ、この声っ……セシリア嬢か!」
既に軍も動き出している。
しかし、至るところで魔導戦艦が無茶な旋回を続けているせいで撃ちたくても撃てず、伝令からも「な、何者かによってゴーレム銃に何らかの妨害措置が仕掛けられていたとのことっ! 無理に撃とうとした全ての銃が暴発致しましたぁ!」という報告が上がった。
また、ナールの目は一機の紅いシエレンが飛び立とうとしていた別のシエレンの足を掴み、見送りの為、綺麗に整列していたバーシス部隊に突っ込んだ光景を捉えた。
「あれはヘルトのものだろう! ええいっ、何をしているのだっ! 貴様もこの騒動に加担しているのかと伝えろ!」
そう通信を飛ばさせれば、
『すんませーん、オイラこの機体慣れてなくてー……操縦桿とかボタンの位置とか全然違うから間違えちったわー。えっとこう、こうかな……? ありゃ、あららっ? また変な方向に飛んでっ……あー……やっちゃったー……いやー、わりぃわりぃ』
等と、棒読みの台詞が返ってくる。
「ぐぎぎぎっ……!」
ナールの顔は一瞬で真っ赤になり、ぷるぷると震え出した。
「や、奴等の狙いは新型の魔導戦艦……違うかレナ!」
今にも破裂しそうな顔で訊いてきた兄に対し、レナは涼しい顔で「知らないと申した筈ですが……」と返答。
「し、知らない訳っ……」
「事実です。私は何も知らされておりません。王族ですもの。誰が望んで海賊に手を貸すものですか」
これには隣で控えていたナタリアや他メイド達、果ては騎士団長まで「ぷっ!」と噴き出した。
「い、言うに事欠いてっ……! ふーっ……ふーっ……どの口が言うのだ……?」
今回の戦争で我慢、というものを覚えたらしい。
ナールは深呼吸をして心を落ち着かせ、静かに問う。
しかし、レナが答えるより先にセシリアの声が響き渡り、ナールの意識を奪った。
『豚ぁっ! 高速艇と国宝の数々っ、返してもらうわよぉ!』
王子ですらなく、その上、国の領土内から出たもの、本来は城に納められていた筈のものを返してもらう発言。
一瞬で頭の中が沸騰したらしいナールは部下の手から拡声機を奪い取り、大声で怒鳴った。
『か、返すだとっ!? 何様のつもりだ貴様らっ! こんなことをしてただで済むと思っているのかっ!!』
そう脅した直後。
新たに掘り出された新型魔導戦艦ディルフィンの浮上を視認。
ソレは魔導戦艦にしては珍しくグレーカラーの船だった。
従来の巡洋艦と大きさ、規格、形状はそれほど変わらず、けれど背面に巨大ブースターを二つ搭載。更にはブースターをクロスするように左右斜め、対に飛び出た針のように細く薄い翼。
船腹だけではなく、背面ブースターと翼からも透明な魔粒子が陽炎の如く噴き出ていた。
ゆっくりではあるが、確実に加速を始めており、旋回コースに入っている。
ナールは思わずあんぐりと口を開けて止めに入った。
『ま、待て待て待て! それは我々の魔導戦艦だ! サンデイラが大破している今っ、その船は現シャムザの暫定旗艦として必要なのだぞっ!』
『あ、あのねぇ……私達にそっちの都合を聞く義理があると思う?』
「くっ……!」
呆れたような返答に再びイラつきつつ、周囲を飛び回っていた艦隊が次々に王都から離れていくのを見て焦りつつ言葉を返そうとし、恐らく最大限にまで精度を上げた拡声機によってかき消された。
『この高速艇は誰のお陰で手に入ったのかしら!? 国宝は何の為にあるっ! 力が欲しいのなら自らの手で得なさい! 己が力で努力せず、民に頼ってばかりで何が王族よっ! 国宝とは国の宝! 断じて王族のものじゃないわっ! 帝国と組むと言うのならっ、貴方達王族が自分の力で前に出なさいっ!!』
「ぐぬぬっ……」と唸ったところで部下から双眼鏡を渡され、ディルフィンの甲板上に居るセシリアと目が合う。
向こうも双眼鏡でこちらを見ていた。隣には魔粒子スラスターを装備したシキとエアクラフトを持ったリュウも居る。
『し、しかしっ、だからといってそれらは貴様らのものでもないだろうっ!』
これは彼等の作戦だ。
敢えて声量を大きくすることで国民にも声を届け、自分達の会話を筒抜けにする作戦。
乗らなければ屈したことになり、今まで通りの声量で話せば相対的に声が小さくなるので印象は悪くなる。
故にナールも最大設定にし、声を張り上げたのだが、双眼鏡の先でリュウがセシリアからマイクを奪ったのが見えた。
『ごめん船長さんっ、マイク貸して! 続きは僕がっ!』
『あっ、ちょっとリュ――』
『――そうだねナール王子っ、その通りだ! 君達王族が独占するものでもなければっ、僕達のものでもないっ!』
何をしている、仲違いか……?
そう考えた自分を、ナールは数秒後に呪った。
『ならばっ! 海賊らしくっ、頂いていくっ!!! かぁ~っ、これが言いたかったんだよね~っ!』
海賊が海賊行為をして何が悪い?
謂わばそんな理屈。
ナールは目眩を覚え、へなへなと座り込んだ。
「確かあれって今見つかってる中で最高速度を誇る巡洋艦よね。他の船はもう見えないし……追ったところで追い付けない……さ、皆、王都の混乱を治めに行きましょ。……あ、そだっ」
抑えきれないような笑みを溢し、部下やナタリア達に声を掛けたレナは、ふとナールの手から双眼鏡を取り上げ、ディルフィンの方を覗き見る。
『もうっ……良いわね豚王子ぃ! 民を導くべき存在が気丈な態度で矢面に立てば民はついてくるっ! そう信じられず何が王かっ! 私達をっ、砂漠の民を舐めるなああぁっ!!』
蛇足のような形にはなったが、それはセシリアの心の叫びだった。
レナが覗く双眼鏡の先には苦笑いしながら手を上げているシキ、そして、そんなシキに抱きつき、「言ってやったわ!」みたいな感じで拳を振り上げ、最高の笑顔を浮かべているセシリアの姿がある。
その後ろではやたらニヤニヤニマニマし、「ピースピース!」している満足げな顔のリュウも居る。そこに他の団員がわっと押し寄せ、皆で互いを揉みくちゃにしている。
「もうっ、楽しそうにしちゃって………………あーあっ……わ、私も……付いていきたかっ……た、な……」
どう強がろうと、それだけは絶対不変の思いだった。
一瞬、どうしても泣きそうになったレナの脳裏に最愛の姉、家族の言葉と元最愛の人の言葉が過る。
『貴女は中からこの国を守りなさい。私は外からこの国と貴女を守る』
『もう一度……俺と生まれ故郷を天秤に掛けてみろ。辛いことだって沢山あったろう。悲しいことも嫌なことも沢山……けど、それでもお前ら兄妹にとっては大事な国だろうが』
もう泣けなかった。
目元をごしごしと擦ったレナはいつまでもいじけている情けない兄の手を引っ張って立たせ、「兄上、しっかりしてください!」と背中を叩く。
「ふふっ……海賊め……」
そう漏れたレナの口元には自分が望んだ、心からの笑みが浮かんでいた。




