第188話 異世界人狩り
思った以上にキャラが多くてキャラ説その2、その3が書けない……!
足場からしてガタガタ揺れる密封空間にその振動で落ち着かない視界。
砂漠の上を突き進んでいるが故に時折来る大きめの振動に体勢を崩しそうになっては持ち直し、掴まっている左腕が痺れたら脚で身体を支え……仮面の男シキはかれこれ二時間は量産型アンダーゴーレム『バーシス』のコックピットに詰め込まれていた。
複座式ではない為、そもそも相乗り用ではなく、かといってシキ本人が搭乗するより、他のパイロットが乗った方が効率や技術的な観点から見ても合理的。
単純な話、シキがゴーレムの操縦に慣れておらず、生身で暴れた方が戦力として上等。かといってシキ一人では手数不足であり、それでいてエアクラフトによる移動は無駄な魔力消費に繋がる等、彼個人の問題もある。
賊に堕ちた異世界人討伐の任務にあたり、以上の理由からパイロットを務めているリュウと暑苦しい空間を共有していたシキは砂漠景色一色で一向に代わり映えしないモニター画面を見つめながら口を開いた。
「巡洋艦と人員くらい貸してくれたって罰は当たらないのにな。もう既にしんどいぞ色々。肩もバキバキだし……まだ魔力不足になった方がマシなんじゃないか? 言うてこの距離くらいなら魔力回復薬で事足りるだろ」
魔粒子スラスターを持つ異世界人達の盗賊行為、行動範囲は留まるところを知らず、街から街へ移動する商隊や旅人、魔物を間引いていた騎士達、果ては運搬の依頼を請け負っていた『砂漠の海賊団』の魔導戦艦部隊と、彼等による被害は甚大だった。
当初こそ追手を恐れてのことか、細々と強盗殺人を繰り返しては移動し、行動範囲を広めては全く別の場所に現れたりと工夫していた彼等は小型改め巡洋艦型……貴重な魔導戦艦にまで手を出してしまった。
当然だが、魔導戦艦には無線もあり、他の魔導戦艦はおろか、ゴーレムのレーダーにも映る特殊な魔力反応も出している。
巡洋艦とはいえ、魔導戦艦一隻を強奪され、乗組員五十人ほどの犠牲を出した末、漸く現シャムザの最高戦力にお呼びが掛かった訳だ。
「はは……まあ相手は空飛べるからね。巡洋艦同士の戦闘は避けたいんじゃない? これ以上奪われるのも癪だしさ」
「そりゃそうだが……先行した撫子とアリスは今頃戦ってるだろうしなぁ……はぁ、俺もこんな揺れるタクシーじゃなくて、エアクラフトで行きたかった」
どうしようもない意見に苦笑いで返すリュウ。
それに対し、シキはコンコンと嫌味ったらしく足元を蹴った。
「ゴーレムに乗れればまだマシだったのに。移動速度は断然エアクラフトだろうけど、魔力エネルギーの昇華、変換効率とか継戦能力とか装甲硬度とか、色々考えるとゴーレムの方に分配上がるよ?」
「俺ぁ自分で暴れる方が性に合ってんだよ。そりゃあ魔力量が極端に少ないお前でも長いこと動かせて、その上俺やアリスでも簡単に破壊出来ないくらい硬いってのは強味だが」
「……まあ君の場合、あの狂犬女帝に改造してもらったアレがあるからね。まだ試験運用状態だから温存してるんでしょ?」
「それもある。アレは少し速すぎる。使いこなすにはまだ慣らしが足りてない」
一応、シキも何度か試乗してはいる。が、ゴーレムを動かすより自身の身体で暴れた方が早く終わり、かつ緊張感もあり、実感もある。そして何より小回りの利く素早い相手には不利ということで、毛嫌いとまではいかないものの、先ず彼が戦闘面で乗ることはない。
今回のゴーレムによる移動も万が一にもこちらの巡洋艦の数を減らしたくないと考えたナール達上層部からの要望である。
『戦闘以外にも利用方法のある魔導戦艦よりゴーレムの方が価値が低いのはわかるがこの移動はな……』とは現場で働いてないと出てこない感想だろう。
「そもそも感触が嫌だからねー僕は……未だに慣れないよ、人殺しなんてさ。しかも今日に限っては同級生……シキは大丈夫なの? クラスメートって聞いたけど」
コックピットは思いの外揺れる。柔い砂地を走っているというのもあるが、下半身に変形機構がある『バーシス』のキャタピラ形態はそもそもが揺れる設計なのだ。流砂や砂山の上を通れば止まることはないにしろ、振動は凄まじい。
また、シートに乗って操縦桿を握っているリュウならいざ知らず、助手席がないからと車の椅子にしがみついているような状態のシキとしては喋るのも一苦労だった。
「っとと……ったく揺れるな……はっ、顔も名前も覚えちゃいねぇ、その上殺し損ねた奴等だぞ? 何を躊躇するっ……理由が……っ、あ、あるっ」
「その感性、羨ましいやら恐ろしいやら……それもルゥネさんの影響?」
「さて、な……少なくとも、前回は半数殺れた。敵は敵ってこったろ」
会話と体勢の維持に四苦八苦しつつ、軽く過去の記憶を掘り起こす。
固有スキルや属性魔法こそ煩わしかったものの、精神が未熟で想像以上に殺りやすく、撫子の協力まであった。
謂わば特段思い入れのない戦闘だったのを思い出した。
「うへぇ……やっぱ嫌な感性っ」
「クハッ、言ってろ。……つぅか良いからアクセル踏めアクセルっ、遅いんだよさっきから!」
疲れや身体の痺れは勿論だが、これ以上は酔いそうというのがシキの本音だった。
若干移動速度が遅いと感じた彼はおもむろにコックピット内のレバーを引き、リュウの足を踏みつけて加速を掛ける。
「ああっ、ちょっ踏まないでよっ、痛い……というか魔力が吸われっ……ぐううぅっ……!?」
「吸われてんのは俺も同じだろうがっ」
魔力を魔粒子に変換し、魔粒子エネルギーを増大、昇華させる。
ゴーレムが昇華率に特化しているといっても、魔力が吸われていることに違いはない。総魔力量の低いリュウからすれば魔力吸引量が変わるのは死活問題と言えよう。
「うぅ……なら最初からシキが操縦してよぉ……」
「それじゃ意味ねぇだろ」
青い顔をしながら弱音を吐く相方にうんざりしつつ、シキは相変わらず面白味の欠片もないモニター画面を見つめ続けた。
◇ ◇ ◇
サボテンのような植物の生い茂る森一帯にて。
「クソっ、クソっ! 何なんだよっ! 何なんだよお前らは!」
「ヤバいってヤバいって! マジ意味わかんないし! 何でアタシらがこんな目に遭うのさ!?」
聖騎士の、それも上級序列一桁台の化け物二人に追い詰められている男女が居た。
「何と言われても困るでござるなぁ」
「ねーねーなっちゃんっ、こいつら殺して良い? 良いっ? 良いんだよね!?」
「……まあ許可は出ているでござるが」
一瞬の内に肉薄し、かと思えば帝国から支給された盾を一刀両断して見せた女侍、愛らしい笑顔で狂気に満ちたことを宣う幼女。
「くっ! ほら、逃げるぞ!」
「わかってるってば!」
男女は日本ならば何処にでも居る学生のような顔立ちをしていた。
黒い髪に黒い瞳。砂漠で行動していたこともあって肌は浅黒いものの、間違いなく日本人だ。
長らく組んでいたからか二人の距離は近く、互いを守るべく手を取り合って逃げている。
「出来れば生け捕りに……というか、これじゃこちらが悪人みたいでござる」
「え~? でもあいつら賊なんでしょ? なら悪いのは向こうだよ!」
鬱蒼と生い茂げ、巨大な針が生えている植物の隙間を異世界人らしいスピードで逃げ惑う二人に男女に対し、撫子とスカーレットは余裕の表情で追う。
「ははっ、悪ってことに代わりはねぇんじゃねぇか? 俺らって今砂賊だしよぉ」
どうやらもう一人追手が居るらしく、上から降ってきた声が会話に加わった。
「それはそれで複雑でなんでござるよ。元聖騎士としてのプライドというか何と言うか……いや、厳密に言えば完全に脱却出来た訳でもないでござるし……」
「スーちゃんは辞めてないもん! なっちゃんも連れて帰るもんね!」
「へーへー……仲の良いこって。……そろそろ良いか?」
苦笑い気味だったトーンから、真面目なそれへ。
撫子が懐から取り出した地図を見て頷けば声と同じくして二人の元に届いていた影は一瞬で姿を消した。
「あー狡い狡い! スーちゃんも行くー!」
「あっ、こら勝手にっ……~~っ……もう……はぁ。さぁて、袋のネズミと言ったところでござるが……アリス殿とスカーレット殿はあっち……なら拙者は……」
先に追っていった二人の方向から外れ、撫子は迂回ルートをとる。
「……巡洋艦は押さえた。他の賊も……シキ殿とリュウ殿もそろそろ来る頃……準備は万端でござるな。しっかし、無線が使えない場所があるなんて……原因が解明されればその内無線や通信を妨害する技術も出てくる。戦乱の世が近付いているのがわかるでござる……」
ぶつぶつ呟きながら、撫子もまた巨大サボテンの木々の間に消えていった。
◇ ◇ ◇
「ちぃっ、囮にも使えねぇのか雑魚共は!」
「オッサン達が雑魚で、アタシらは中堅、追手が手練れ、か……」
「あぁ!? んだよお前っ、俺達よりあいつらの方が強いってぇのかよ!」
「勝てなかったんだから事実でしょ!? あの偉そうな女帝ならそう言うって思ったの! 怒鳴らないでよっ、こっちだってイライラしてるんだからさぁ!」
巨大サボテンの森、外縁部。
サボテンの陰から外の様子を窺っていた男女は口論になりながらも、事態を飲み込みつつあった。
彼等が見ていたのは周囲の状況と外に停まっている巡洋艦だ。
賊仲間や駒として使っていた行商人を、巡洋艦を使わせてまで逃走させることで、さも全員で逃げたように見せかけたのだが、追手は彼等の策を見破り、分散して追ってきた。
一つは今二人を追ってきている女三人組。
もう一つは大量のエアクラフト部隊。
前者は今追われてきたところで、後者は巡洋艦の周囲を覆うように飛び回っている。
「変なロボットみてぇのは居なかった……向こうにも手練れが居たか、数で押されたか……」
「どっち道、逃げ場はなさそう……ね」
既に巡洋艦の方は静かで、早々に墜ちたのがわかる。
移動手段を押さえられたのは彼等にとってかなりの痛手であり、かといって森から出たとて、周囲は砂漠。一瞬で見つかってしまう。
「折角、都合の良い拠点だったってのにっ。無線は使えねぇ、水もあって暑さも凌げるっ……何だって俺達がこんなっ、こんな……! 大体っ、早くこの国を出た方が良いっつったろうが!」
「だから出ていくにしてももう少し食糧を手に入れておかないとオッサン達が暴動起こすかもって話し合ったじゃん! 今は喧嘩してる場合じゃっ……」
異世界人らしく、多少は頭が回るようだが、如何せん若ければ経験も浅い。
ゆっくりと、何より安全に。という撫子達の策が彼等を逆に焦らせ、無駄な行動を増やしていく。
「……? な、何あれ?」
再び口論になりかけた直後、女が外に指を差し、何かを示した。
思わず「話を逸らすな」と言おうとした男もそれが冗談でも何でもないと悟ったのか、ソレを見つめる。
ソレは砂埃だった。
巻き上がった砂埃が空に上がっていき、その下では砂埃を起こしている何かが移動している。
「ありゃあ車……じゃないな。……っ、ロボットだっ、別動隊が居やがったっ!」
数は一。
然りとて戦力はわからず、後ろには追手。
じわりじわりと死が忍び寄っているような感覚を覚えた彼等は恐怖に苛まれながらも、視界の端に妙な光を捉えた。
「っ、こ、今度は何だっ?」
「太陽の光……いや、反射じゃ……ならエアクラフト……? っ、でもない……! 誰かがこっちに来てるっ、ね、ねぇ……あの色って、まさか……!?」
移動中のゴーレムから飛び出した紫色の光。
それが魔粒子であることは一目瞭然。
魔粒子の色は様々で、使う本人によって出せる色は違い、その色を変えることは出来ないという性質を持つ。
彼等はその色に見覚えがあった。
かつて友人達を目の前で殺し回り、自分達を忌々しい女帝の元に逃げ帰らせた元凶。
彼等がこうして追われる元凶とも言うべき男が似た色を出していた。
「嘘だろ……あいつがっ、あの金魚の糞野郎が来てるのか! 逃げ場がっ……ねぇ……!」
「こ、黒堂ならこっちが必死に謝ればっ……」
「この前見たろ! あいつは何の躊躇いもなく皆を殺したんだぞ!? 今更命乞いなんかしたところでっ……」
幸いとも言うべきか、その光が彼等の居る森に辿り着くまで数十分の猶予が窺えた。
エアクラフトでもスラスターでも、異世界人が本気で使用したところで距離は数キロ。下手をすれば十キロはある。
早くても二十分。彼等は自分達ならそれくらい掛かるだろうという判断を下し、砂漠に出た。
「ったく暑いなクソ!」
「言わないで! それより早く砂山に隠れないと……」
おおよそ人間とは思えない速度で、彼等は走る。
砂埃は起こさないよう、帝国で鍛えたステータスと培った技術を最大限に使った高速移動。
いつまでも森の中に隠れていれば自ずと捕まる。
仕方なしに取った行動だったが、遅かったらしい。
「逃がさねぇよ?」
「じゃじゃーん!」
近くの砂山に辿り着くか否かといったところでアリスとスカーレットが追い付いた。
飛んだ方が早いと思ったのか、上からの登場しての盛大な着地に男女は驚きつつ、最大の脅威だと感じていた撫子は森から出たばかりで、「おーいっ、二人とも早いでござるーっ」と、追ってきているのが見えた為、獲物を取り出し、構える。
「そっちは斧持ち幼女っ!」
「獣人は頼んだよ!」
瞬時にターゲットを定めた男女だったが、そのターゲットはというと、
「お? ユウちゃんじゃん。速いなー相変わらず」
「うわっ、『黒夜叉』だ! やだやだっ、殺される!」
等と言いながら余所見をし、幼女に至っては震えて縮こまる始末。
何のことだと首を傾げた直後、男は女を突き飛ばし、自分も回避運動をとった。
「っぶねぇ!」
「きゃっ!」
「へぇ。躱すか」
強烈な風と共に舞い降りたのは黒い鬼だった。
背中に取り付けられた二対のスラスターからは紫色の粒子が炎のように揺らめきながら噴き出しており、その移動手段を伝えている。
黒と紫の鬼。
それは彼等にとって因縁浅からぬ相手であり、憎い敵。
「くっ……エアクラフトでもないのに何て速さだよっ……!」
「だ、大丈夫なの!?」
「引っかけた……能力を使う分には問題ねぇよ」
男は右肩を押さえながら腰を落とし、女は泣きそうな顔で杖を構えた。
「悪ぃな二人共。こいつらは俺にくれ。人族や異世界人は経験値が良いんだ」
一人でに仮面の形状が変わり、露になった鬼の口元はニタァ……と裂けたような笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
んー……やっぱり見覚えがあるようなないような……? まあ二年くらい会ってないクラスメートだしな。ライと仲の良かった陽キャ男とギャル女ってのは辛うじてわかるんだが、名前までは思い出せん。
「遅れて来て良いとこ取りかよ。流石、重役出勤は違うなー」
「リュウに言ってくれ、あの通りチンタラチンタラ遅くて苛々してたんだ」
「ううぅ……」
ニヤニヤしながら肩を竦めて見せたアリスは目で了承を訴えてきた。
スカーレットは……ダメだな、俺と目も合わせず震えてやがる。どんだけトラウマになったんだか。
「へ、へへ……よお黒堂、随分速かったじゃんか。あれからまだ十分くらいしか……つぅか腕はどうしたんだよ? あ?」
「魔物を追い詰めるような、こんなやり方……出来れば見逃してくれちゃったりは……しない、よね?」
何やら知人ぶって話し掛けてくる元クラスメート。
強がっているものの、ぶるぶる震えていて、男の方はさっき蹴りを放った時、肩に掠っていたのか、右肩を押さえている。
チラッと聞こえた会話の内容的に、戦えはするようだ。
そうだよな、戦えないんじゃ張り合いがねぇ。
俺の方も軽く震える手を腰のマジックバッグに伸ばしつつ、答えてやる。
「ちょっとな。……それと女。今、やり方がどうとか言ったな? 盗賊を殺したことがないのか? 魔物をこうして殺したことは? 今のお前らの何処が盗賊や魔物と違うんだ? 言ってみろよ」
くしゃり、と二人の顔が歪んだ。
みっともない命乞いは諦めたらしい。
「さて……どう死ぬ?」
殺気を飛ばしながら取り出したのはルゥネから貰った大鎌だ。
三日月のように湾曲した刀身は酷く大きく、見た目通りの、ずっしりとした重さを伝えてくる。
「はっ……全身黒尽くめで黒い鎌とか……死に神かテメェ」
「言ってろ」
そんな会話を合図に、男は砂漠に手を付け、俺は《縮地》で地面を蹴った。
属性魔法……いや、固有スキルだろう。
地面の砂が蠢き、巻き上がり、俺の方に来ようとしていた。
が、遅い。
もう斬った。
「が、か……は、へ?」
よくわからない攻撃をしようとした男の身体は衝撃で倒れ、その後ろに居た俺の頭上を胴体から上の部分が通り過ぎる。
「ヒューッ、使いこなせてんじゃん」
「え? え? は? えっ……?」
アリスの口笛込みの小さい称賛と未だ現実が理解出来ないギャル女の混乱する声が被る。
「強いな、戦闘向きのスキルってのは。これを最初から使えるとかお前らチートだろ。こんだけ上等な力、成長力にだって比例する。にしたって、十……いや、最大で二十回使えるか使えないかの負荷ってのはデカ過ぎるがな」
「ははっ、そりゃユウちゃんだけだぜ。普通はもうちょい使える。スキル構成が絶望的でスキル頭痛までのキャパまで無いとかマジで前衛職なのを疑いたくなるレベルだ」
張り合いがねぇとか思った俺がバカみたいに事が済んでしまった。
ただ大鎌を引っかけるように《縮地》を使っただけなんだが。
「《縮地》は兎も角、大鎌は使い辛くてしょうがないな。俺と戦う時、ルゥネが使わなかった理由がよくわかる」
誰に言うでもなくそう言って大鎌を振るい、女の方に近付く。
ルゥネの雑魚ステータスで俺の防御力を容易に突き破った振動短剣。
あれと同じ理屈で、この大鎌の無駄にデカい刀身は魔力を流すと超高速で振動し、切れ味を向上させる。
普通なら《縮地》で獲物を引っかけるなんてすれば腕を持ってかれるもんだが、この振動大鎌なら問題はない。利き腕かどうかとかも引っかけるだけだから関係ない。今の俺にはお誂え向きな武器だ。
しかし、代償として振動刃がぶるぶる震えまくって狙いが極めて定め難い。ルゥネも振動短剣は元が軽いからまだ実用性がある、と言っていた。その点、この大鎌は巨大な分、威力もデカければ振動も強い。
せめて両腕が使えれば……とは思うが、まあ言っていても仕方がない。
「女、お前はどうす――」
「――いやああああああああっ!?!!?」
耳キン。
女の甲高い声ってのは何だってこんなに突き刺さるんだ?
耳の良いアリスなんか凄い勢いで耳の押さえて悶絶している。
「嘘っ、嘘だよね!? ねぇ、ねぇっ!」
首の無い陽キャ男に縋り付き、号泣しながら喚くギャル女。
反応が遅いし、煩いしでイラッときた。
そのせいか、陽キャ男の首を跳ねたせいか、俺の手の震えはピタッと止まった。
ったく……
「ルゥネの野郎……余計なもん引っ付けやがって……」
こりゃあ、両方だ。
間違いない。
増殖し、高速回転している思考の四割ほどが埋まった。
夥しい量の血と女の悲鳴、恐怖に歪んだ顔。
幸い、ルゥネのような性的なものじゃないが……
「興奮するじゃねぇかよオイ……あの女、次会ったら胸と尻揉みしだいてやる……!」
ニヤニヤが止まらない。
心臓の鼓動が激しい。
「はぁ……はぁ……ハァ……ハーッ……前、より……興奮しやすくなった……って、ところか……」
「おいおい……止めてくれよその笑い。キモいとか以前に気味悪いぜ……」
俺の様子に気付いたらしいアリスが引いているのがわかる。
ギャル女に続いてスカーレットが「やあああっ!?」と泣き喚いているのがわかる。
ルゥネとの〝同調〟が原因だ。
お陰で戦闘狂としてより質が悪くなった。
震えが簡単に止まるようになったのは良いことだが……これはよろしくない変化だ。
まあ……
この女を殺せば止まるだろう。
そんな、軽い気持ちで大鎌を振り上げた直後。
「死ねえええぇっ!!」
ギャル女は最期の抵抗と言わんばかりに大量の属性魔法を放ってきた。
『火』、『水』、『風』。
流石は異世界人。三種同時かつ球にしたり、矢にしたり、槍にしたり、壁にしたりと結構なレパートリーだ。
無詠唱でここまで嵐のように撃たれれば普通の奴は即死するだろう。
せめて『土』の属性魔法があれば別だったろうに。
残念ながら、『土』ほどの質量がない魔法は俺には効かない。
「な、なん……で……」
水蒸気やら土埃やらで一瞬見えなくなったであろう俺が無傷で出てきたことに半狂乱だったギャル女は戦意喪失し、心が折れたような顔で崩れ落ちる。
俺の手甲はそもそも属性魔法を弾く特性がある。
その上で、ルゥネにとある改造をしてもらった。
魔導戦艦やアンダーゴーレムが持つ魔障壁。
その発生装置とも言うべき防御兵装を取り付けさせた。
黒い手甲の所々に魔石……魔物から採取出来る魔核を魔力電池へと変えたソレが付けられたことで、妙に紫色の光を放つようになってしまったが、重さや使い勝手はそこまで変わらない。
つまり、今の俺は態々手甲で防御せずとも属性魔法限定で弾くバリアーを全身に発生させられる。
難点としては魔力消費が思いの外激しいこと。
これに関してはルゥネも申し訳なさそうにしていた。
何でも技術が発展すれば別だろうとのことだ。
エアクラフトに魔粒子スラスター。そして、この魔障壁発生装置……
「時代は変わりつつある。シャムザだけじゃない……世界そのものが変わっていっている。クハッ、これはルゥネじゃなくても興奮するなァ」
目の前で服を脱いで見せ、再び醜い命乞いを始めたゴミが居る。
かつて同じ教室に居て、同じ教育を受け、何ならそこの首無し野郎と何度か話したこともあるであろうゴミだ。
「うわぁ……近くで見ると益々酷い有り様でござるな……」
ゆっくりと歩いてきた撫子が漸く合流し、アリスと話している。
多分、ルゥネの言っていた血の滾りってのはこういうのを言うんだろう。
目の前の光景全てがどうでも良い。
何も出来なかった陽キャ男はつまらなかった。
涙と鼻水を流しながら顔をぐしゃぐしゃにしているギャル女は少し面白かったが、こうして半裸になってまで命乞いされると、その汚い声も遠くに聞こえる。
「アァ……あー……何つぅか……アレだ……ムクロに、会いたい。それと……〝同調〟のせいかな……ルゥネにも会いたい。俺のこの気持ち……お前らならわかってくれるよな……? 俺を理解出来るのは……お前らだけ、だよな……」
次の瞬間、俺の腕は無意識に動き……
降り注いだ血の雨は周囲の砂に染み込んでいった。




