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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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閑話 その3 

書けた……けど、来週かGW中の更新、お休みするかもです。


平和な閑話を書きたかった筈なのにバトル回。微グロ注意。



 オアシスを見ているといつも思う。



 そもそもオアシスって何やねん。湖なのか、泉なのか、どっち? と。



 王都にあるオアシスにはド真ん中に城が立っていた。今は跡地だが。

 当然その下には土台となる小島というか何と言うか、まあ土地がある訳で。その土地と都には間を繋ぐ橋のような砂浜がある。



 その砂浜のせいで、小島という分類に入れても良いのか、それも気になる。やっぱりあれは小島の分類なんだろうか。小島と言えば小島だけど、砂浜があるから微妙な気もする。潮の満ち引きがあるわけでもないし。大体、砂浜があるのは可笑しくないか? オアシス周辺は緑が多いイメージだったんだけど。



 ……どうなんだろ、こういうところ来たことないし、基準がわからん。



 直線に伸びた異様に白い砂浜は水の青で形成されている一面を横断しており、いつまでも見ていられるような気分になる。



 まあ長く見すぎると慣れて今みたいに現実逃避に使ってしまうから、綺麗な光景だとかは関係ないのかもしれない。



「キャーッ! 旦那様余裕っ! カッコいいですわぁっ!」



 人が折角、先ず日本では一部でしか見れないであろう美しい光景にどうでも良い感想を抱きつつ、現実から全力疾走で逃げていたというのに、後ろの方から邪魔が入った。



「煩いぞルゥネ。黙ってろ」

「はいっ!」

「煩いっつってんだろ。少しくらい声量下げろ」

「はいっ! すいませんっ!」

「何も変わってねぇよ」



 相変わらず耳にキンキン来る元気っぷりだ。ルゥネの近くに居たメイ達まで耳を押さえている。



「はぁ……。で? 条件は特にないんだよな? どちらかが死ぬまで、もしくは降参するまで、審判が危険、続行不可と判断するまで、だったか」



 足元の砂を何回か踏んで加減を確かめつつ、前に居る撫子とその先で紅白斧を振って身体の調子を確認しているスカーレットを見やる。



「むぅ……一応はそうなってるでござる」



 撫子が渋い顔で頷くと同時、後ろの赤髪幼女は自信満々に返してくる。



「ふっふーんっ、降参なんてさせないもんねー」



 彼女は聖軍の上級騎士であり、撫子や聖騎士レーセンといった、序列一桁台の一人。

 俺の暗殺を目的にルゥネ達の戦艦に潜り込み、色々あって捕縛。今は撫子が面倒を見ている。



 ルゥネ達並みに何を仕出かすかわからない捕虜であり、扱いに困る奴でもある。

 戦艦に乗ったのだって、暑い砂漠を彷徨いたくないとかいう何とも言えない理由が元だ。同類だと思った、情報を得られるかと思った、とのことで放置してたルゥネもルゥネだが……



 問題は既に仕出かしてること。

 半強制的に決まったスカーレットと俺の決闘のせいで、こうして皆が集結している。審判然り、見物然り、いざという時の制止役然り、そのいざを予知して見る為の人員然り……



 勿論、周囲は止めたし、俺も面倒事は嫌だったのだが、スカーレット本人が「やー! 戦うの! 殺すのっ!」と言って聞かず、更には元々の知り合いである撫子が「スカーレット殿は自分の思い通りにならないと暴れる悪癖があるんでござる。彼女は相性や純粋な強さの観点から貴殿の暗殺に加わるのも止められていたんでござるよ? それがほら、暴走して出てきて……はぁ……」と疲れきったような顔で脅してきた為、俺達の中では最強であるアリスと未来予知が出来る姐さんの前かつ降参有り、極め付けに撫子の審判有りという条件付きで重い腰を上げてやった。



 過去、お気に入りのデザートが会食に出なかったからってその建物を半壊させたことがあるらしいからな。

 そこまで言われりゃ重い腰も軽くなっちまう。止められなかった撫子には幾つか個人的なお願いを聞いてもらうことにしたが。



 ま、何にせよ、だ。このガキは強者の部類に入る。

 見た目こそ実年齢通り、小学生ギリ高学年みたいな愛くるしさがあるものの、何千、何万と居る聖騎士達の中で一桁台はハッキリ言って化け物。油断は出来ない。



「……スカーレット殿はああ言ってるでござるがわかっておろう? 頼むでござるよシキ殿っ」

「わかってるさ」



 サッと近付き、小声で釘を刺してきた撫子にうんざりしながら返す。



 なんでもこの幼女は聖軍の暗部で密かに育てられ、親兄弟とも殺し合いを強要される環境を生き延びてきたという、過去重めの主人公か敵の幹部みたいな人生を歩んでいるらしく、撫子はそんなスカーレットに死んでほしくないと思っているようだ。



 なら早々に、出来ればもっと力強く止めてほしいもんだが……



「殺すよー、本気で殺すよーっ。千人殺しの『黒夜叉』を殺ればスーちゃんもっと強くなれるもん! よーしっ、頑張っちゃうぞー!」



 無理だろうなぁ……(遠い目)

 自分の背丈ほどの斧をブンブン振り回して、やる気と殺る気に満ち溢れている。とても幼女とは思えない膂力と光景だ。その矛先が自分にさえ向いていなければドン引きするくらいで済んだんだが……



「ユウちゃん絶対殺すなよー! 相手は幼女だぞ幼女ー!」

「うぅっ、何て心の痛む光景なんだっ……このままあの子が降参するまで痛ぶられるのを見なければならないなんてっ」

「坊やも大変よねぇ……」

「大体、よく話を受けたわよね。幾らしつこかったにしても相手にしなければ良いのに」



 外野の存在も中々やり辛い。



 全員、俺が勝つことは疑ってないようだが、アリスは撫子寄り、リュウは既に妄想の世界に入っていて、姐さんは同情、レナは呆れたような視線を送ってきている。

 他、ナールにヘルト、アカリ等も微妙な目だ。



 しょうがないだろ。ルゥネ達ほどの頻度ではないにしろ、会ったら即「殺していいっ?」、「殺ろ? ねーねー、殺ろっ?」って純粋無垢なんだかよくわからないキラキラした目で言ってくるんだぞ。まあ初対面の時の撫子みたいにいきなり攻撃してこなかった分、マシな気はするけども。

 ほら見ろ、お目付け役の撫子も遠い目してるじゃないか。



「こんな幼気(いたいけ)な子をここまで……業が深いでござるよ、教祖殿……他の者も何故疑問に思わないんでござるか……はぁ……もう嫌だあの組織……妙な仮面しおって、シキ殿かっ。全身白いし、シキ殿かっ、シキ殿は黒いけどっ」



 遠い目通り越して絶望してた。

 そりゃ所属してた組織が組織だ。諦めた方が楽な気がする。ついでに結構気になること言ってんな。後で訊いておこう。



「大体、当の本人が全然気にしてないのがな……あー、赤い髪のお嬢ちゃんよ、何で俺を殺したいんだ? 何でそんなに強さを求める?」



 俺の方も片腕になってしまったが故に自力で装備出来ず、仕方なくアカリに取り付けてもらった手甲を振ったり、軽くステップを踏んだりして身体の調子を確かめながら訊く。



「えー? 何でって言われても……うーん……わかんない! 後、スーちゃんだよ! スカーレットのスーちゃん!」



 ……随分ドロドロした瞳を向けてくれる。



 子供特有の純粋さと強者特有の狂気が見え隠れしていて、そのちぐはぐさが何とも気持ち悪い。



 しかし、その瞳にも、発言にも、殺気はおろか敵意すら感じられない。



 多分、対象も俺である必要はないんだろう。

 ただ上から殺せって言われたから殺したくて、強くなりたいのも上から言われてるからとかそんな感じ。



 普通の奴なら何かある筈だ。

 強くなりたい理由、強くならなければいけない理由が。



 だが、こいつにはそれが無い。



 撫子のような、一族が代々受け継いできた力、重みも。



 アリスのような、世界最強になるという目標も。



 姐さんやレナのような、祖国を守りたいという思いも。



 何なら……目的もない。



 少し前の俺にそっくりだ。

 大した理由もなく強さを求めていたところも含めて。



「わからない、か……なあ撫子、降参させるの無理じゃないかこれ」

「そこを何とかしてほしいんでござる」

「全く、難しいことを言ってくれる」



 性格的にも植え付けられた価値観とか倫理観的にも降参するって概念自体が無いように見える。

 適当に痛め付けるのも気が引けるっつぅか何つぅか……



「ああっ、やっぱ無理だよ僕っ。もう見てられないっ、幼女の血なんて見たくない!」

「もうって……まだ始まってすらねぇぞリュウちゃん」

「幾ら撫子嬢が認めたとはいえ、私もこの絵面はどうかと思うぞ。片や幼女で、片や不気味な仮面付けた不審者。明らかに事案だろう」

「散々腹違いの妹の裸やら何やらを見ようと必死になっていた方と同一人物とは到底思えない発言ですね兄上」



 うん、先ず外野がウザい。

 特にナール。誰が不審者だ、何を根に持ってやがる。この前のビンタ……いや、豚豚言ってることか? それとも陰でオーク呼びしてることか? その幼女、王都の中で斧振り回してんだぞ。それで暴れる性格だっていうからこうなってんだぞ。向こう単体ならそれもそれで事案だろ。



「どうにもやる気がなぁ……身体が鈍ってるってのもあるけど、今ちょっとナーバスなんだ。この前の戦争のせいで、どうも精神的に参ってるみたいで……第一、周囲とこいつの相手は面倒過ぎる。今からでも帰って寝たいくらいだ」

「い、いざとなったら拙者が気絶させるでござるからっ、何とかっ、この通りっ」

「むむむっ、なになに作戦会議ー? なっちゃんズルいよ! どっちの味方なのさ!」

「あっ、いやっ、これはでござるなっ」



 一々コソコソ近付いてお願いしてきては両手を合わせてペコペコし、当の本人にバレたらあたふたと、普段は常識人の撫子も忙しない。



「怠い……新しく取得したスキルの練習もしたいのに……」



 俺がここまで面倒に感じているのはスカーレットの強さの秘密が原因だ。

 その若さ、境遇で成り上がり、現在の地位まで登り詰めたその実力と理由。



 戦時中のスカーレットは一目だけ見たし、戦後はこうして決闘するまで何度も会った。



 実際にその面倒な体質を目で見て、撫子からも説明を受けたとはいえ……怠い相手という感想しか浮かばない。

 かといって、俺の方も奴と同じ狂魔戦士。負ける気は全くしないが、回復薬(保険)無しだと少し怖い。



「ステータスと魔法、装備の差がアドバンテージか……」



 ステータスの数値は恐らく全て俺が上。魔法も無詠唱で使えるし、向こうの装備は魔剣らしき紅白斧と魔粒子スラスターだけ。速度を落とさない為か、紅白の入り交じった修道服みたいな服を着ているだけで防具すら無い。

 対する俺の方はいつもの手甲と脚甲、胸当て、魔粒子スラスター。(やっこ)さんはまだ完璧に制御出来ないからとかの理由からスラスターは二つ。俺は四つの二対だ。



 単純な力や全ての速度、体格差によるリーチは勿論、歳や知恵でも勝っている。経験だって、向こうはまだ幼い。大体同じくらいだろう。

 正直、負ける要素は殆ど無いと言っても過言ではない。



 ま、それを揺らしているのがスカーレットの強さの秘密な訳だが……



「やるしかない、か……」



 面倒な体質と特殊な《狂化》の話だけを聞くから面倒臭いんだ。



 グダグダ言うのもこの辺にして……



 さっさとスイッチ入れて終わらせよう。



「ふーっ…………っ、いつでも良い。始めてくれ」



 腰のマジックバッグから黒斧を取り出しつつ、審判である撫子にそう伝える。



 ルゥネの時のような熱ではなく、冷たさをイメージ。

 どうせ短期決戦だ。なら……あの『無我の境地』の練習をするのも悪くない。



 集中……集中……周りの音は雑音だ。今の俺には要らない。



 肩の力を抜き、身体を半身に。黒斧を後ろに向けつつ、いつでも動けるように構える。



「むぅ、たかだか二年そこらであの領域に……相変わらず適応力や成長速度が異常でござる……」

「へ~? やっぱ俺達とは別のベクトルで強いな、ユウちゃんは。敵じゃなくて心底良かったぜ」

「……成る程。切り替えが早い……だけじゃないっぽいね。二人の反応からして。……僕にも出来るかな」



 何やら撫子とアリス、リュウが感心している。



 そういうのは良いからさっさと始めてほしい。



 ……いかんいかん、集中が切れるところだった。



 さ、集中しろ俺。



 あの時の……聖騎士共と戦った時の感覚を思い出せ。



 ほぼ全ての思考を戦いのみに一点集中させ、痛みや苦しみといった負の感情を受け流す、イメージ……



「…………」



 出来た。



 難点は話せないことか。

 余計な思考は無駄だからな。



「っ、な、何さ睨んじゃって! ふんっ、スーちゃんだってそれくらい出来るもんね!」



 言うや否や、豊かだった表情がストンと消え、半身に。紅白斧を俺と対になるようにして構える。



「……では両者、準備は良いでござるな?」

「「…………」」



 向こうも話せないのか、俺達は揃って頷き……



 撫子の「始めっ!」という声を合図に柔い地面を蹴ったのだった。













 ◇ ◇ ◇



 ガキンッ、ガキィンッ、ガキイィンッ!



 まるでテキオ戦の再現。



 直に見ていた者ほどそう感じ、見ていなかった者でも呆気にとられる光景、剣戟ならぬ斧戟。



 利き腕ではない方の腕のみという不利な状態なのにも関わらず、両手でも扱いに困っていた黒斧を小枝か何かのように振り回すシキとおおよそ見た目にそぐわない膂力で紅白斧を返し、真正面から打ち合っているスカーレット。



 互いに《金剛》で衝撃を打ち消し、背中から魔粒子を噴き出すことで、後退することなく幾度も斧と斧をぶつけ合う。



 その威力は凄まじく、二人が打ち合う度にオアシスの水面は波立ち、見物人の髪は揺れる。



 二人が足を止めてぶつけ合えば足元の砂が揺れ動き、やがて舞い上がっていき、視界が潰れるのを嫌がったスカーレットが水上に移動すれば四つの魔粒子ジェットに押されたシキが目にも止まらぬ速さで追い付き、再び斧を振るう。



 そこでもまた水面を揺らし、波を起こしては水飛沫が飛び始め、スカーレットは再度それを避けようとし、シキは更に追う。



「くっ……!」

「……っ!」



 いかな片腕と言えど、ステータス差は歴然。

 異世界人補正と高レベルによって生み出されたエネルギーは世界上位に食い込む強さのスカーレットでも殺し切れず、苦悶の表情を浮かべながら打ち合っている。



 対するシキは黒斧を片腕で、しかも利き腕ではない左腕で振らなければならない状況に若干の違和感と苛立ちを覚えつつも、比較的涼しい顔で戦っていた。



「流石にユウちゃんの方に分があるなぁこりゃあ」

「ステータスでも魔力量でも勝ってるもんね。持久戦でスカーレットちゃんの魔力が尽きるのを待ってるって感じかな」

「ふーん……私には片腕での戦闘に慣れようとしているように見えるけど」

「それも間違っちゃいないんだろうぜ姫さん。じゃなきゃいつもの目潰し戦法か熱風をぶつけて終わらせてる。武器だって態々片腕じゃ使い辛い筈の斧使ってんだからな」

「ジルさんの刀剣を使えば炎の剣を形成しなくとも、もっと楽に戦える筈ですしね」



 アリス、リュウ、レナ、ヘルト、アカリがそれぞれ集中して見ている中、戦いそのものに不慣れなナールは斧と斧がぶつかる際の音、衝撃が発生する度に「ひぃっ」と小さい悲鳴を上げている。



 一方、撫子、メイ、セシリアはというと、「ああっ、危ないっ、そこを攻められたらっ……くっ、スカーレット殿っ、今のはもう少し耐えるところでっ……ああああ上上っ、上でござるよっ。くぅっ、シキ殿めっ、あれで加減も何もっ……あっ、後ろっ、後ろ!」等とぶつぶつ言っているのが一人、それに対し、「審判とは……」とジト目を向けているのが一人、「思ったより長引きそうねぇ……」と余裕なのが一人、といった感じだ。



「あの動き……完治、といったところですわね。流石旦那様ですわっ。あぁっ、旦那様の戦いを見ていると濡れてくりゅっ、旦那様に合った武器や防具のインスピレーションが止まらないっ」

「本当に危ない人だよね、ルゥネさんって。そしてそのルゥネさんとメイっちに好かれる先輩の強さ……正直、ちょっと引く」

「……すげぇな……二年であれかよ……」

「二人とも、培ってきた技術と経験、勘が僕達とは段違いだね。いやはや……」



 ルゥネはいつも通り、偶々見学に来たメイの友人達も様々な角度、視点から感想を抱いている。



 そうして、打ち合い始めて二~三分が経った頃。



 少しずつスカーレットが押され始めた。



 テキオ戦で徐々に押されていったシキと同様、スカーレットも魔力消費の激しさ、思った以上のシキの強さに圧倒され、スラスターでの姿勢制御が追い付かなくなっている。



「っ、このっ、このっ! む~っ……!!」

「無駄だ。お前と俺とじゃ相性が悪い」

「そこを何とかするのがっ、スーちゃん……だもんっ!」

「…………」



 まるでライの【明鏡止水】の如く、口調まで冷たさの乗るものになりつつも、集中を切らし、通常状態に戻ってしまったスカーレットの大振りを僅かのスウェイバックで躱すシキ。



「なっ!?」



 初の回避であり、スカーレットが狙った箇所とシキが上体を逸らした位置が数センチレベルでの回避……つまり、必要最低限のみの回避だったこと、振られた斧の速度や自分の行動、振る角度を完全に見切った上での動きだったことに目を見開くと同時。



 妙な体勢でも、魔粒子で角度、速度、威力、全てが調整されたシキの蹴りが情け容赦なく彼女の腹部に突き刺さった。



「ごふぅっ……!!?」



 腹が破れるのではないかと思うほど衝撃。



 端から見ている者には背中側まで貫通したようにすら感じた。


 

 一瞬でくの字に折れ曲がったスカーレットの身体は《金剛》程度で衝撃を殺しきれる訳もなく、これまた一瞬でオアシスの水中に吹き飛んでいく。



 かつての自分を重ねたのか、ルゥネが「うぅ……あれは痛いですわ……」等と青い顔で呟く中、全員の視線が撫子に集中する。



 誰もが戦闘不可能と判断する威力だった。



 しかし、審判である撫子は「あちゃあ……」と顔を押さえてはいるものの、特段止める様子はなく。



 まさかという思いでオアシスの方を見ればザバアァンッ! と噴水のように大量の水を飛ばしたスカーレットが出てきた。



「げほっ、げほっ……ごはぁっ……ひゅーっ……ひゅーっ……うっ……ぐうぅっ……や、やる……じゃ、ん……? 痛い、なぁ……! も~……!! ぐっ……がはぁっ!」



 ルゥネよりも多い血反吐を吐き、変な呼吸音と共に全身を痛みで震わせながら、スカーレットは何処からか取り出した回復薬を飲む。



 血の量からして、明らかに回復薬一本では回復しきれないダメージ量。



 ナールの手助けを経て漸く完治出来るか否かというほどのダメージにも関わらず。



 スカーレットの身体はみるみる内に元通りになっていく。



 あばら骨が殆ど折れ、内臓にまで突き刺さっていたせいで曲がっていた腹は通常の状態に。

 青を通り越して白くなるほど痛みに悶絶していた顔は少しずつ楽になり、息すら出来ないであろう量の血の塊を吐いていた口は息切れを残すのみとなった。



 シキが面倒だと感じる所以。



 それはスカーレットの特異体質。



 異常なまでの回復力である。



 魔法、薬、その他スキル等々。

 どんな手段であろうと、通常なら治らない筈の傷が治ってしまう。



 撫子のような再生能力までは流石に有していないが、千切れ掛けた程度なら簡単に元に戻り、例え千切れたとて、細胞や組織自体が死んでいない限りくっ付き、やがて普段の状態にまで回復する。



 不思議なことにその体質はあくまで体質。スキルでも固有スキルの効果でもないらしい。

 その摩訶不思議体質と狂魔戦士特有の紙装甲破壊力お化けの相性がマッチし、本来なら治らない筈の大怪我を恐れることなく行動出来ると、そういう寸法だ。



 狂戦士系は攻撃力が特別高い代わりに、防御力が極端に低く、自身の攻撃で自身をも傷付けてしまう諸刃の剣的職業。

 そのマイナス面を0に出来るのは大きい。



「よーし治ったぁ! お返しお返しぃっ!!」

「……確かに異常だな。けど、今ので覚えた。回復量が異常。ただそれだけ。回復速度に違いはなかった。なら話は早い。回復が追い付かない速度でボコる、両腕を粉砕する、気絶させる、心をへし折る。方法は色々ある。次は無い」



 二本目を飲み干し、完全回復を終えたスカーレットが獲物を肩に乗せて迫ってくる中、あくまで冷静に、冷酷なまでに彼女の状態を見ていたシキは後ろも見ずに後退。水面に背中を向け、ホバー移動のような滑らかな動きで豊富な水源を割りながら駆けていく。



「逃げるな! このっ、『八連火球』っ!」



 予め詠唱していたのだろう。叫んだと同時、彼女の周囲にバスケットボールほどの火の玉が連鎖式に現れ、それぞれ別の軌道でシキを追ってきた。



「…………」



 内心では感心したものの、それを一切表に出さずに飛来してきた『火』の属性魔法を躱す。

 あるいは加速で、あるいは減速で、あるいは上体を起こし、上半身に誘導してからの空中一回転で。



 ホーミングしてきたその火球は尽くターゲットから外れるとオアシスの水面に当たり、僅かな爆発、水飛沫と共に消えた。



「無駄なこ――」

「――アハハハハハッ! それはどうかなッ!?」



 あぁ、威力を重視したから速度が……成る程。



 規模こそ小さかったが、想定以上の爆風が生み出されたことでシキは体勢を崩された。

 思わず何度目かの感心をしていたところ、狙っていたかのように……否、事実狙っていたであろうスカーレットが肉薄。黒斧と同等の大きさを誇る獲物を振り下ろしてきた。



 シキは下半身を浮かされ、回避も防御も出来ない体勢に。

 スカーレットは体勢、速度と嘗てないほど充実した状態で。



 ガキイイィンッ!!!



 離れていた見物人達の耳すらつんざく轟音が鳴り響く。



 勝者は果たして……



「んぎゃっ!? な、なっ……んで……!?」



 シキだった。



「この斧は魔剣でな。衝撃を半分打ち消す効果がある」



 スカーレットの紅と白の巨斧とシキの黒斧が遥か上空へと飛んでいく。



「衝撃ってのは反動だ。そして、半分と言えど、狂戦士同士……それも《狂化》の乗った反動は馬鹿にならない」



 獲物を弾かれ、体勢を崩し返されたスカーレットは間抜けなまでに隙を晒し。



「なら投げちまえば良い。幸い、俺は武器からも身体からも好きな位置から魔粒子を出せる。例えどんなに体勢を崩されようとも、補助、安定、反撃と自分より()()奴に対応する程度なら余裕で間に合う」



 投げてんだからお前の攻撃による反動ダメージが返ってくることはない。返ってくるのは投げた時の反動、指や手首のダメージのみ。《狂化》を使って威力の底上げをしたところで、大きなダメージにも繋がらない。受けたお前と違って、俺はあくまで投げただけなんだからな。そりゃあ、痛いには痛いが。



 シキはそう続け、両脚から出した魔粒子でくるりと後ろに半回転。



 え? 加減は? とツッコミを入れたくなるような変則踵落としをスカーレットの顔面に叩き込んだ。



「がぶあぁっ!!!?!?」



 断末魔のような短い悲鳴が撫子達の元に届いた頃にはスカーレットの身体は何回転もしながら水面に叩き付けられ、まるで水切り遊びの際の石のように何度もバウンドしつつ、凄まじい勢いでオアシスの端まで飛んでいた。



「ゆ、ユウちゃん……加減は……?」

「うわああああっ、ユウの馬鹿ぁっ、あれ絶対死んだって!」

「濡れる通り越して漏れそう! というかちょっと漏れましたわ! 旦那様愛してますぅっ!!」



 ドン引きのアリス、頭を抱えて絶望するリュウ、ひたすら黄色い声を上げているルゥネは兎も角、他の者はメイやレナ、セシリアを含め、情けの心が欠片もないシキに全員が絶句している。



 唯一、撫子だけは相変わらず顔を押さえながらも小さく、「加減を知らんのでござるか貴殿は……」と呟いており、シキは残心しつつ、ゆっくりと体勢を整えると、砂浜に戻っていく。



 スカーレットが飛んでいった方向からは砂埃が立ち込めていて、オアシスを飛び越え、その近くの広場にまで吹き飛んだのがわかる。

 水面ならいざ知らず、打ち付けられた場所が柔い砂地ならば僅かながら生存の可能性があるかのように思えた。



 しかし。



 先程の光景を再生しているが如く。



 噴水ならぬ噴砂を巻き起こしながら、スカーレットは立ち上がる。



「殺さないように加減したでござるな……? 幼くとも序列は拙者と同等なんでござるぞシキ殿っ……頭の方をやれば意識を刈り取れたものをっ」



 つい先程の撫子の発言は真逆の意味を持っていたらしい。



「ぐっ……がっ……ぁっ……ぁっ……あ……!」



 額は割れ、鼻は潰れ、歯も何本か欠けているスカーレットの目は微塵も死んでおらず、ボロボロの身体をユラユラと揺らしながらも、その瞳からは一切の余裕が消え、闘争心が剥き出しになっている。



「よ、弱……い? 弱い……だっ……て……? こ、ココ……コロ、殺ス……は、はは……アハッ……アハハハハハハハッ!! コロスコロス……殺スこロスコろスコロス殺して殺シてコロして殺シてこロしテコロシテヤル……ッ!!!」



 轟ッ!! と噴き出すはシキやジルを思わせる獣のような殺気と《狂化》のオーラ。



 全身から赤い怨念のようなエネルギーが溢れ、可視化するだけに留まらず、その力と殺気が相まって付近の砂や水面が怯えるように舞い上がっては散っていく。



 大気すらもビリビリ震えるような殺気に、シキの『無我の境地』は解かれ、戦闘中一度も揺らがなかった紅い瞳が軽く見開かれた。



「……へぇ。これが噂の」



 そこまで言った次の瞬間、スカーレットの足元でとてつもない砂埃の爆発が起き、彼女の姿は消える。



 気付いた時にはシキの目の前まで近付いており、文字通り、目にも止まらなかった彼女の拳はシキ目掛けて振り抜かれた。



戦闘自体は十分とか二十分程度なのに、文字数はどうしても多くなる謎。

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