閑話 その1
ちょっち遅れましたが、書けたのでとりま投稿。諸事情で携帯からなので、変なところあったらすいません。
ある日の昼。
太陽の光がサンサンと降り注ぐシャムザの王都内に、とある三人の姿があった。
一人は魔物の骨を模した黒い仮面で目元を隠している大男であり、一人は半袖短パン、紫髪に虎の耳を生やした少女。もう一人は淡い茶髪のサイドテールと腰に付けた、木の枝のような杖が特徴的な少女だ。
「うえぇ……あぢぃ……」
「暑いですねー……ていうか日焼けしません? その服装……」
紫髪の獣耳娘アリスが舌を出して気怠そうに呟けば、汗をダラダラ流しているメイがジト目でツッコむ。
しかし、後ろのシキだけは無言で手元の紙束を熟読しており、その集中加減は彼から気温という概念を消しているようだった。シャムザ特有の暑さにやられてバテ気味らしい二人の会話も耳に入らない様子である。
「いやすっけどさぁ……長袖来てる方が暑そうなんだもん」
「……日焼け通り越して火傷しそうな気がしますけどね」
特に公的な用事、仕事はなく、復興にも目処が立った。
ということで、幾日かの休暇を与えられた彼等は暇潰しと観光を兼ねて食べ歩きをしていたのだが、王都内の半分も回らないうちに体力を消耗。食欲が失せてしまった現在は水浴び目的にオアシスに向かっている。
因みに、常日頃一緒に居るアリスのハーレムメンバーやアカリ等はそれぞれ買い物にアンダーゴーレムの改修をしているヘルトの手伝いと、こちらも休暇を満喫している。
「何で砂漠ってこんなに暑いんだろうな……街中だってのに……」
「街中かどうかは関係ないんじゃ? 今日は特別暑いって店の人も言ってましたし……」
「そうだっけ……? ……あー、後敬語は要らねぇから。この世界で敬語ってめちゃくちゃ目立つんだぜ? 使用人とかー……高いとこの店員……あ、冒険者ギルドみたいなとこの受付もか。んー……平民だとそんくらいしか使わない……な、やっぱ。酷いと貴族関係の奴とか思われるかも」
「わかりまし……あー……わかったよアリスさん、ありがと」
「わかればよろしひ……そういや、メイちゃんと友達の三人は結局どうするんだっけ」
暑いのが余程苦手なのか、二人は死にそうな顔をしながらも無心で取り留めのない話を続け、暑さを忘れようとしている一方、紙束の存在を思い出すまで二人のようにバテていたシキはやはり静かに文字列を追っている。
「――と、いうことで私達は無事解放。特に、侵攻に手を貸してなかったってのが大きいみたい。復興作業を手伝ってくれれば後は自由で良いってさ。皆は冒険者になろうかなって話してるよ」
「……まあ俺らみたいのは冒険者が一番楽だしなぁ……大抵は無条件に強いから成り上がりもしやすいし」
「そういえば……異世界人と転生者の優遇っぷりって怖くない? 必ず固有スキル持ってて、必ず無詠唱で魔法使えて、必ず得意な分野があって……もしかして、何か特別な意図があるのかなぁってたまに思うんだけど……。ゆ、ユウ兄はどう思う? ……ユウ兄? ねぇユウ兄、ねぇってばっ」
二人の会話はおろか、声すらも耳に入ってないらしく、メイが振った話題にうんともすんとも言わない。
シキが見ている紙束はシャムザが各国に送っている間諜からの報告書だ。
その内容は国家機密に相当するものであり、気軽に見られるものではない。が、先日ナールから「国外に出るなら目を通しておけ。大まかではあるが、他国の動きや出来事が纏められているぞ」と餞別代わりに渡されたのをすっかり忘れており、暑さで頭をやられかけたところを、露店でふと見かけたいつのものかわからない新聞のお陰で思い出し、今に至る。
「もーっ……」
「ユウちゃーん、おーいっ……ダメだこりゃ」
シキに話し掛けたメイは完全に無視され、アリスが声を掛けてもダメ。
かといって歩みを止めて肩を揺さぶるほどの余力もなく、二人は肩を落として諦めた。
しかし、次の瞬間、一文字に結ばれていたシキの口と真剣だった目に変化が訪れる。
「へぇ……へ~っ……! そうかそうかっ、今は海の方にっ……ふーんっ、は~っ……! あの人元気に……いや、小国一つ滅ぼしてんだから元気は有り余ってるか……ん~っ、一目で良いから会いたいなぁ……!」
口角はムクロにも見せたことがないほどニヤけ、一つしかない瞳はキラキラと輝いている。
目元こそ仮面に隠れて見えないものの、シキはかつてないほど破顔し、何やら思いを馳せているようだった。
「……ユウ兄がおかしくなっちゃった」
「いや、この反応は多分…………うわっ、やっぱりか。うへぇ……相変わらずやることがえげつねぇ女だな……」
シキの手元を覗き込んだアリスがドン引きしたような顔でそう呟く。
メイの反応は恐ろしく早かった。
「女? ……女? アリスさん、何か知ってるんですか?」
ずいっ……ずいっと近付きながら二度も言ってくる彼女の目は酷く淀んでおり、死体か何かのように光がない。
アリスは気圧されながらも「落ち着け」と手振りで訴え……
「お、おぅ……このタイミングで敬語に戻されると怖いんだけど」
「いや良いから教えろください」
早々に全てを話した。
彼が読んでいた辺りの何行かにシキの師、『狂った剣聖』と呼ばれる世界最強の女性の動向について書かれていたということ。
シキの反応について、彼女がシキにとってどれだけ大切な人で、憧れているか、等々。
プリムから時折病んだ目で見られることの多いアリスは、その独特の視線が若干のトラウマになっているようで、知っていることをべらべらべらべら喋ってしまった。
「ふーん……へー……成る程ね。じゃあムクロさんは二番目ってこと?」
「いや、あの剣聖はユウちゃんとそういう関係って訳じゃ……」
「違うよユウ兄が好きとか愛とかそういう好意を向けた女の人はムクロさんで二番目なのかって意味。態々虫酸の走ることを説明させるのはどうかと思うんだけどもしかして喧嘩売ってる?」
「……滅相もないです、はい。後、多分……そう、かと……多分……多分ね?」
好きなことの話となると早口になってしまう人達のような口振りと、一歩間違えれば包丁を振り回してきそうなヤンデレ幼馴染みを思わせる瞳。
それらが織り成す気迫とあまりの恐怖に、アリスの粗暴な口調は崩壊。この暑さの中でもピンと立っていた虎耳は過去一垂れ下がり、尻尾に至っては小刻みに震えていた。
「その人は可愛い系? 綺麗系?」
「か、可愛い……系、かな……?」
「は? どっち? ハッキリしてくれる?」
「あ、いやっ……カッコ可愛い系ですっ、はいっ」
「……そっか、世界最強なんだもんね。ならわからなくも……でも、綺麗系のムクロさんとは全然タイプが違うような……」
メイが俯きながらぶつぶつ言っている。
アリスは極寒の地にでも居るような青ざめた顔でシキとメイを交互に見ている。
そしてシキは二人の会話等何のその。相変わらず自分の世界に入っている。
「海か……う~ん……海、か……魔国に行く前にちょっと寄り道……いやでも、次会う時は真正面から一太刀だけでも入れられるくらい強くなってないと幻滅される、よな……ていうかムクロに何て言えば……あ、そっか、今居ないんだ。なら少しくらい……いやっ、いやいやいやいや……俺はもうあの人のことは好きでも何でも……で、でも会ったら多分……惚れ直す、よなぁ……カッコいいし、可愛いし……くっ、魔王か、ムクロかっ、ジル様かっ……くっ……!」
「ええいっ恋する乙女かっ、忌々しいッ!」
今にも黄色い声を上げてクネクネしそうなシキに、地面の砂にヤクザキックを噛まして結構な規模の砂埃を起こすメイ。
アリスは「火に油がっ、油がっ……!」と、もう見ていられないと言わんばかりに顔を覆った。
しかし。
シキの様子が再び変わったことで、二人の熱は引いていった。
「いや……やっぱり、ダメだよな……今の不甲斐ない俺じゃ、あの人に会う資格なんか……」
意気消沈。シキが見せたのはまさにその様子だった。
二人は今現在も彼が苦悩していることを知っている。
本人は吹っ切れたと強がっているが、時折悪夢に魘されたり、居なくなってしまったムクロを求めて就寝中に涙することがあると知っている。
無意識下の弱音でなくとも、ルゥネの力で意識を共有すれば心の傷がどれだけ深いものなのか、嫌でもわかってしまう。
PTSD。
所謂、心的外傷後ストレス障害と呼ばれる精神疾患に彼は苦しめられていた。
このことについては彼と意識共有することの多いルゥネの方から報告があり、セシリアやナール、レナも知っている。
姉と慕うセシリアなら心の内を話せるんじゃないかという理由と、過去何度かセシリアにだけは弱音を吐いてくれていたとの実績からカウンセリングをしたところ、未だにジンメンと聖軍に滅ぼされた街のことを引き摺っているということもわかっている。
シャムザは救えた。しかし、他にやりようはあったのではないか。死人をもっと減らす方法だって、きっと……
リーフ達の街の住民もシャムザの民もどうでも良い命と切り捨てていた筈なのに、何故こんなに苦しいんだ?
罪のない数多の人間を見捨ててしまった罪悪感と、国を救った英雄としての重圧。
リーフ達の街の時は悲しいだとか理不尽だとかそういう感情しか生まれなかった。
なのに、『シャムザが滅べばレナやセシリアが悲しんでしまう』、と。そんな自己中心的な理由で自分は動いたのか? それなら自分のせいで、自分の為に死んでいったリーフ達にどう顔向けすれば良い?
そう、悩んでいる。
また、ルゥネに対してやりきれない怒りを持っていることも判明している。
『砂漠の海賊団』の中にはセシリアやヘルトほどではないにしろ、打ち解け、友人と呼べるほどの仲の良かった者は居た。戦時中、自分を補助、援護してくれた騎士達に改めて礼を言いたかった。
が、その大半と再会することは叶わず。
出来たとて、物言わぬ屍となっていたり、腕だけだったりと結果は散々。
遺跡発掘をしている時からエアクラフトの整備や魔物討伐で絡んでいた歳の近い仲間は男女問わず帰ってこなかった。
ヴォルケニスに乗り込む直前、「ご武運を!」と敬礼しながら降下していった近衛騎士やその前に運んでくれていた騎士達、シエレンのパイロットも、再会した時には既に遺体どころか骨すら埋められていない空虚な墓になっていた。
にも関わらず、元凶のルゥネは反省も後悔も無く、のうのうと生きており、自分を慕っている。
決して慕われているから憎くない訳じゃなく……彼女が真正面から堂々と戦いを挑んできた戦士だったから憎めない。
建前や遺跡を無事に確保したかったという目論見はあったにしろ戦前に侵略の宣言をし、魔導砲で王都や街を脅すことなく、「フェアじゃない」、「戦ってこそ戦争だ」と、そんな理由から空中戦をしていた自分達や無防備に等しかった王都を狙わなかった。
何処までも狂人で、戦闘マニアな彼女は……否、そんな彼女だからこそ。
出来た筈の姑息な手を打たず、乗り込んできた自分と相対した時は部下を下がらせ、大将自らが戦い、部下が横槍を入れる形で奇襲をした時等は部下を撃ち殺してまで止めた。
今回の戦争で兵や友人を失っているのはシキ達シャムザ側だけではない。
自分達で仕掛けた、謂わば自業自得とはいえ、ルゥネ達も少なくない数の人間を失っている。
痛み分けとまではいかないが、大将である彼女自身が個人的な感情を一切捨て、「戦争とはそういうものだ」と弁えている。
だから、憎い筈なのに心底からは憎めない。
これもムクロの影響なのだろう。
捌け口として直に彼の葛藤を受け止めたセシリアや全てを汲み取れるルゥネに限らず、レナやアリス達はそう感じていた。
ムクロの善性が彼を救い、彼を苦しめている。
彼女の存在が心の〝芯〟や支えとして在ったからこそ、シキは腐らず、折れた心を立て直した。
彼女の優しさや狂気染みた戦争嫌いに触れたからこそ、これまでの無力で手前勝手な自分と戦争の虚しさ、悲しみを知り、絶望した。
「ユウ、兄……」
「……だからだぜ、ユウちゃん。だから強くならねぇと」
彼を想っているからこそ、自分では癒せないと理解出来てしまったメイは再び俯き、アリスは自分に言い聞かせるように呟く。
そうして、いつの間にか暑さを忘れていた二人ではあったが、気付けば彼等の目の前には目的地であったオアシスが広がっており……
戦争の被害や影響をまるで受けてないかのような綺麗な水源とそこできゃっきゃと遊んでいる子供達、洗濯に生活用水の運搬と様々な理由でやってくる人々を見て、「あぁ……今度は、救えた……救えたんだよな……」と独りごちたシキの口元には微笑と震えがあり、隠された目元からは僅かに雫が零れていた。
◇ ◇ ◇
同時刻。
半壊し、浮上も出来なくなってしまったサンデイラの船腹部にて。
「……ねぇ、二人の関係ってさ」
アカツキの整備を手伝っていたリュウはふと、コックピットハッチの上で何やら良い雰囲気を出して見つめ合っていたヘルトとアカリに声を掛けた。
「っ!? い、いやっ、これはそのだなっ」
「か、隠していた訳ではないのですが……」
声掛けに特に深い意図はなく。何となく、「人が手伝ってるのに何でこの二人は作業中に見つめ合ってんだろ……?」と思い、鈍感系主人公でも中々見せないデリカシーの無さっぷりを披露した訳だが、リュウは更に踏み込んだ。
「えっ。……えっ、あっ……ご、ごめんっ、まさか本当にそうだったとは……! ど、どうすんのさっ? シキは良いって?」
二人して赤面し、二人してあたふたされれば恋愛に不慣れなリュウでも気付く。
が、どうしても気になったのだろう。思わず踏み込んでしまい、言った後で「あっ」と硬直している。
しかし、彼が想像したような返しは無く、アカリは少し俯き気味に答えた。
「良いも何も……主様は私との繋がりを嫌がっているので……」
その返答は彼女がそう感じているという証明だった。
無力故に頼られることはなく、戦力としても女としても求められない。
そして、普段から率先して指示を出すという、主人としての姿を示すこともない。今現在のように、「俺は大丈夫だからお前も休暇を楽しんでこい」と暇すら与えられてしまう始末。
無論、それが彼なりの優しさであることはわかるが、アカリにとってその優しさは毒に等しかった。
あるいは針。チクチクと刺さり、痛みが増していく針だ。
「……それは違うんじゃないかな。シキは……ユウは多分、君が嫌なんじゃなくて、自由がないのが嫌なんだと思うよ。ユウの憧れの人なんか誰よりも自由だったし」
持ち前のデリカシーの無さを再び発揮するリュウ。
だが、今度の反応はそれほど間違っている訳でもなかったようだ。
客観的な意見というのは中々どうして耳を傾けてしまうもの。
アカリは顔を上げて疑問を投げ掛けた。
「そう、でしょうか……? 私は……再会出来てからずっと避けられてるような気が……するのですが」
「あ……あ~……それは僕もそうなんだけどさ」
何ともハッキリしない態度に、ヘルトは「何なんだお前は」という視線を向け、アカリは「やっぱり……」と更に落ち込む。
それを見たヘルトの視線が強まり、最早睨みとなって刺されたリュウは焦ったように続けた。
「だ、だってだよっ? あんな別れ方しちゃって……しかも僕達はあんなに助けてもらったのに助け返せなくて……ユウ自身も僕達の助けは求めてなくて……そりゃ気まずい、でしょ。だから、もしユウの態度だけでそう思ってるんなら違うよっ、僕だってショウさんだって気まずいものっ。あっ、何なら本人に訊いてこようかっ? アカリのことどう思ってるのってさ!」
実際、シキはアカリに対して特段思っていることはない。
強いて言うなら、「奴隷という身分で、本人から求められた主従関係とはいえ、アカリのような同年代に使用人の真似事をさせるのは忍びないなぁ」程度である。だからこその休暇な訳で。だからこそ普段は自由にさせている訳で……
「……いえ、わかってますよ。本当は全部、わかってるんです。主様はお優しい方ですから。ただの同情で私を買ってくれたことも、あの時の私を見て心を痛めたことも……だから私も……主様の望む、私の人生を歩もうと……」
「あっ、そ、そうだったんだ! ごめんねなんかっ? 二人の邪魔をしようだとか、ユウの許しがいるんじゃないかとかそういうんじゃなくてっ、純粋に疑問でさっ。だって、アカリってユウにその……えっと、ユウとその……ね? し、してる……んだもんね?」
衝撃の事実。
リュウはこれまでそういう目で二人を見ていたようだ。
これには頷いていたヘルトも「うんうんうんうん? ……うん?」と硬直。ギギギギギ……と壊れた機械のような動きでアカリの方を見た。
対するアカリは一瞬で赤面し、首を凄い勢いで振りまくっている。
「いやいやいやいやっ、一度も求めてもらったことないですけどっ!?」
「「……えっ?」」
リュウは素で「えっ? そうなのっ?」と驚き、ヘルトは「は? 何だあの野郎。ずっと側に居てアカリの魅力に気付かなかったのか? それはそれで何か複雑なんだけど……」という反応。
「こちらが何度誘っても無反応だったしっ、何ならちょっと困ってましたしっ!」
「「えっ」」
今度は二人揃って「誘った? え? 君から誘ってたの?」という「えっ」。
「あっ……ち、違うんですヘルト! 信じてくださいっ、私は別に主様とそういう仲になりたかったとかじゃなくてそのっ……ど、奴隷としてですねっ、奉仕して喜んでもらいたかったと言いますかっ……! あ、後はそのっ……命の恩人ですからっ? 女としては『初めて』を捧げた方が……って何言わせるんですかリュウ様っ、止めてください!」
「「えぇ……」」
リュウは「えぇ……僕のせい? 僕のせいなの? 自爆だよね?」とヘルトを見て、ヘルトはヘルトで「えぇ……ちょ、アカリさん? 奴隷になり掛けた身として気持ちはわかるけど……助けてもらった恩を返したいのもわかるけどっ……ええぇぇ……」と、それは複雑そうな顔でリュウを見返した。
「ああもう最悪ですっ、主様だって男の人だからお手伝いしたかっただけなのにっ! 専属メイドのエナさんにだって手は出さないしっ、正直男色なのかって疑ってたくらいなんですよ!?」
衝撃の事実再び。
アカリはこれまでそういう目でシキを見ていたようだ。
これには「あぁ、うん……そ、そう……」と気まずげにしてた二人も硬直。
直ぐに「そりゃあイクシアの手が掛かった人に態々手を出す訳……」、「専属メイド? あいつ専属メイド居たの!? なのに誰にも手ぇ出さなかったのか!?」と返した。
ヘルトのような平民からすると専属メイドを持つというのは一種のステータスらしい。
「この際だから言いますけど、私だって複雑だったんですっ。女としての魅力がないのかな……とかっ、まあジルさんとかムクロさんには敵わないけど……とか! 色んな葛藤があってですねぇ! これまでも目の前で裸を見せたりっ、水浴びやシャワー中に特攻したりしてたのに! 最近は寂しそうにしてたから添い寝までしたんですよ!? 何を隠そう裸で! 裸でっ! 嫌々ながらルゥネさんと結託しっ、メイさんの殺気を前にしても頑張ったのに本人には普通に熟睡されるわ、朝起きたらドン引きされて同じく全裸だったルゥネさん、メイさんと一緒に部屋から追い出されるわで散々だったし!」
涙目だった。
良い感じの相手とのイチャイチャを邪魔された挙げ句、良い感じの相手の前であらぬ疑いを掛けられ、恥辱を受け、最後はまさかの自爆。「こうなったら自棄糞だぁっ」と、普段の丁寧な口調を崩し、どんどん本音やら何やらをぶち撒けていく。
「うわぁっ、女子特有のマシンガントークっ、オタクにはちょっと荷が重いっ、そして内容もオタクにはちょっとダメージあるっ! クラスの女子やたまに話す女友達が男友達にアピってるのを見た時みたいな、正直ダメージなのか何なのかよくわからないダメージがっ! と、取り敢えず落ち着いてよアカリっ、多分あんま人には言っちゃいけないことだよそれ! 特にヘルト! ヘルト目の前だから! あっ、ほらダメージ受けてる! ショックで『えっ? ……えっ?』ってなってるっ! 心なしか白くなってるって!」
「はは、は……だ、大丈夫、大丈夫……オイラ、わかってから、さ……そう言えばこの前姫さんも誘惑してたらしいなぁとか……そんなこと思ってねぇよ? うんうん、姉ちゃんと添い寝してたとか……あの女が出ていってからちょくちょく姉ちゃんとデートしてるような……とか、そういうこと思い出してなんかねぇから! べ、別に皆寝取るじゃんあいつとか思ってねぇからっ!」
衝撃の事実三度目。
ヘルトはこれまでそういう目でレナやセシリアを見ていたようだ。
これにはリュウもアカリも「え?」、「は?」とドン引き。
片や「どんだけ女の子好きになってんの君っ? 同時に三人はヤバくないっ? えっ、てか待って? 誘惑と添い寝とデートっ!? ちょっとその話詳しく聞こうか!?」、片や「ちょっとちょっとちょっと……私は? え? 私というものがありながら? 私の立場は? え?」と愉快な反応である。
尚、別に寝取ってはいない。
デートも実情は魔国や自分の未来についてを話せる範囲で訊いているだけで、ルゥネもメイも居るし、何ならアカリもその場に居たので、完全な勘違いだ。
添い寝もムクロと一緒だったので、微妙に違う。
最初のレナの誘惑については正真正銘の事実なのだが……それはまた別のお話。
「ああもうこの際だっ、皆で全部ぶち撒けようぜ! オイラは最初からあの仮面野郎がいけすかなかったんだ! ゴツくてめちゃくちゃ強いくせに女々しくてよぉっ! ウザいったらありゃあしねぇ!」
「論点をすり替えないでくださいヘルト。レナさんと船長さんのことまで好きだったんですか? ちょっとその話聞きたいんですけど? ていうかっ、リュウ様もですよ? 何一人だけ暴露無しで話に加わろうとしてるんですっ? 未だに娼館に行きまくってるの皆知ってるんですからね?」
「うそんっ!? えっ、ちょっと待ってその話何処から!? 何でいつもいつも尽く知られてんのっ!? この前なんかユウとアリスに『お前流石に行き過ぎだろ……引くわ』とか真顔で言われたよ!? 何で知ってるのかな! 怖いよ君達! あ、後言っとくけど、僕はスキルで性欲が増しちゃってるせいだから! 元来はそんながっついてないから! 生粋のキモオタチー牛だよ僕っ!? 服なんて黒ければ何でも良いし、頑張って外出ても店員さんに話し掛けられたら『あっ……あっ……』ってカ○ナシみたいになるんだからね!?」
彼等の暴露&本音ぶち撒け大会は白熱していき、最終的には他の仲間達にまで伝染。
結果的に男女カップルや同性カップルが成立したり、片想いの相手がまさかの同性カップルになってることを知って絶望したり、男同士の本気の喧嘩が始まったり、レドとアニータが互いを意識し始めたり……と、色々あった。
唯一、艦長室で高みの見物をしていたセシリアは「皆元気ねぇ……ま、ヘルトの好意は知ってたけど。残念ながら好みじゃないのよねぇ……」と、彼等の痴態を肴に酒を楽しんでおり、「……ふーん、そっか。水浴び中の誘惑もありか」等と小声で呟いていた。
◇ ◇ ◇
「へーっくしゅん! あ、暑いのに……何でだろ……うぅっ、喉渇いたよぉ……」
シン砂漠。
ある意味平和を謳歌している王都まで、およそ三百キロと少しという地点にて。
ボロボロのローブに身を包み、巨大なリュックサックを背負って広大な砂漠を彷徨っている女性が居た。
「暑い……喉が渇き過ぎて痛い……クラクラするぅ……!」
そう呟くや否や、足元の砂に片足を持っていかれて転倒。
「わわわわっ、うわぁっ」と可愛らしい悲鳴を上げながら砂丘をゴロゴロと転がり落ち、最後には顔面から地面にダイブした。
「もがああぁぁあっ! あっつぅっ!?」
砂一粒一粒のあまりの熱さに思わず飛び上がり、その拍子に頭部を覆っていたフードがずり落ち、彼女の素顔が露になる。
「もーっ! これも全部ユウ君のせいなんだからねーっ!? 専属メイドの私を置いて行方を眩ますなんてぇっ! ふえぇんっ、折角良い感じに潜入出来てたのにぃっ!」
セシリアと同等程度の年齢だろうか、美人の部類に入る容姿の彼女はまるで子供のように手足をバタバタさせて叫んでいた。
お陰でローブまではだけ、メイドのような服がチラリと見えている。
「ジルさんも居なくなっちゃうしっ、国からの命は届かなくなるしっ、イクシアは聖神教と癒着して変な人達との交流が増えたしっ、勇者様は二人共黒い仮面の男を追うって躍起になってるしっ!」
その時。泣きながら喚く彼女の付近にあった砂山から何匹かの魔物が顔を出した。
鮫型と蠍型の魔物、そして、その更に後ろには人喰いワームが見え隠れしている。
しかし、不思議なことに魔物の群れは彼女の存在を認識した途端、互いに襲い掛かり、弱肉強食の世界を作り出した。
まるで彼女の存在を忘れたように戦い出した魔物達はやがて力尽き、群れである人喰いワームは静かにその場を去っていく。
そんな恐ろしい光景を見ていた彼女もまた、溜め息をつきながら立ち上がり、砂を払って歩き出した。
「東には危険地帯の帝国、西は聖神教の総本山、北は魔族の領域……うぅ……もう大陸全体、何処行っても危なすぎる……でも、それはユウ君も同じ……だもんね。なら南に……この国に居る筈……! ユウ君のことだから上手くやってるとは思うけど、私だって後がないしっ……待っててねユウ君っ、お姉さんが華麗に登場して色々お世話してあげるんだから! ついでに全力でヒモになっちゃうもんねっ!」
彼女は瞳にメラメラと炎を灯し、王都を目指す。
明るい茶髪のポニーテール、右頬にある泣き黒子、見た目に全くそぐわない天真爛漫な言動。
敵意を持たれない、ある意味で最強の固有スキル。
懐かしき旧知の知り合いがシャムザに居ることを、密偵としての仕事を放り投げて亡命していることを、シキはまだ知らない。
平和な話を書きたいと言いつつ、前半がちょっと重めになってしまいました。その分、後半ははっちゃけましたが……
いつだったかの宣言通り、来週か今月全体の更新が怪しいです。出来れば二週間に一度くらいは投稿したいんですけど、時間と改稿がなぁ……って感じです。




