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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第186話 会議



 ムクロが姿を消して早一週間。

 とある議題があるとのことで呼び出された俺はシャムザの城跡地に来ていた。



 メンバーは姐さんやヘルトを筆頭に、忙しい身であるレナとナール、その部下のナタリア、団長含め騎士団の数人。

 最後にアリス、リュウ、撫子、俺といったある種、部外者とも言える面々である。ショウさんは相変わらず多忙で来れなかったらしい。



 簡易テントの下、四角く並べられた机の上には全員分の飲み物と資料。椅子には現シャムザの最高権力者と最大戦力が着席している。

 更にその中には、四肢の拘束こそ解かれていないものの、俺の隣に座れて満面の笑みを浮かべているルゥネの姿もある。



「坊や……えっと、その……大丈夫、なの……?」

「……何がだ?」

「ムクロさん、居なくなっちゃったんでしょ?」



 心配そうな姐さんは兎も角、ズバリ訊いてきたレナに思わず口を閉じかけたが、平然とした態度で「まあな」と答える。



「あいつだってああ言われたら……いや、あれが答えだろ。なあ姐さん」

「…………」

「まぁた(だんま)りかよ。言っとくけど、その沈黙も答えに等しいからな? ……後、お前らも興味津々にしてないで本題に入れ。異世界人の残党でも見つかったか? それともこの場に居ないメイ達の処遇か?」



 【以心伝心】で「お可哀想なシキ様っ、私が慰めてあげますわ!」とかふざけたことを言ってきたルゥネに拳骨をくれてやりながら「こいつの処分か?」と追加で訊きつつ、俺の質問に黙秘を貫いた姐さん、他黙ってジーッと見てくる全員を急かす。



 因みに異世界人の残党というのは俺の元クラスメート、テキオと戦り合う前に俺が蹴散らした奴等だ。

 逃げ込んだ魔導戦艦内でルゥネに撃たれて逃げ出して以降は姿を眩ましていたのだが、何らかの理由があって二つのグループに分かれたらしく、そのどちらかが砂漠を彷徨っては旅人や商人相手に盗賊紛いのことを繰り返す畜生に成り下がったようだ。殺し切れなかった俺が言うのもなんだが、迷惑な話である。



「おほんっ……今回集まってもらったのは他でもない、セシリア嬢が見た未来と各々が考えている今後について……要は認識の擦り合わせである」



 そう切り出したのはナールだった。

 ここのところ忙しかったせいか、少し痩せたようだ。でっぷりと肥えた身体はそのままだが、顔がやつれている。



「個人的には全員を正式に我がシャムザの下に受け入れたいのだが……先ずは分岐した別の未来……そこに在った筈の、仮想脅威とも言うべき存在について話しておきたい。……知っての通り、こちらに居るセシリア嬢は未来を見聞き可能な【先見之明】を持っている。お陰で情報収集に行方不明者の捜索、遺跡発掘と一役も二役も買っており、大変助かっている」



 注目されるのが嫌だったのか、姐さんは少し集まった視線を面倒そうに手を振って霧散させ、再びナールに注目が集まる。



「先日、新女帝率いる帝国軍が侵攻してきたのは、それこそ皆の知るところであろう。我々はそれを食い止め、各拠点を防衛。結果、被害は最小限に抑えられ、女帝ルゥネ殿、他強力な転生者を捕縛した。そこまでは良いな?」



 全員が静かに頷く中、俺と【以心伝心】で繋がっているルゥネだけは内心で「ああああっ、お恥ずかしいッ!! 穴があったら入りたいっ! 一生の恥っ、万死に値する敗北でしたわぁっ!!」等と敗北の味を噛み締めていて大変煩い。

 感覚的に俺とルゥネだけのリンクらしく、俺にしか聞こえていないようだ。



 表向きは澄ました顔してるくせに何が「まだ策がっ、試したい武器があったのにぃっ! けど、こうしてシキ様と居られて幸せなのが複雑ぅっ!」だ。



 挙げ句には頬を赤らめながら頭を預けてきやがった。



 ということで再度拳骨。



「んごぅっ!?」



 突然の俺の奇行、地面に崩れ落ちたルゥネの、涙目&それでも構ってもらえて嬉しそうにクネクネビクンビクンしてる光景を見て全員が絶句。ナールまで何事かと見てきたので続きを促す。



「……おっと悪い、続けてくれ」



 ――んううぅっ、物凄く痛ぁいっ! でもっ、これがシキ様の愛だというなら私っ、私ぃっ……!!



 煩いし、重い。後、ただイラッと来たから殴っただけで他意はない……てかわかるだろ。



 もっと構ってほしい的な感情は伝わってきていたが、返答はなかった。

 咄嗟に返答したは良いものの、痛すぎて思考に支障をきたしたんだろう。いざ冷静になったら悶絶するほど痛かったって感じだ。



「んんっ……問題はここから。現実的な問題……つまり、侵攻を食い止め、我が国の防衛には成功した。しかし、その侵攻直前、彼女が今とは全く別の未来を見ていたことを、皆は知っているか?」



 空気を改めて引き締めるようにナールは続けた。



「この面々の中では同じ『砂漠の海賊団』のヘルト、シキ、アリス、リュウ、撫子嬢……そして、我が妹レナ辺りが聞いていた筈。私はシレンティ騒動後に僅かに聞いた程度だ。……認識を合わせる為、また、知らない者も居るので、誰か……レナかシキで良い、軽く詳細を頼む」

「……シキ君」

「……何で俺なんだ」

「良いからっ」

「いてっ、この姫騎士っ……ちっ」



 何故か俺に振ってきたレナに机の下で脛を蹴られ、渋々話す。



「俺が知っているのはルゥネ達が末端の兵士にまで銃型アーティファクトを行き渡らせて攻めてくる未来だ。……もう少し遡ると艦隊戦になるとも聞いたな」

「が、事実は異なる。多少該当する部分はあるが、精々が半分程度。銃は約半数の兵が所持、艦隊に至っては影も形もない。ルゥネ殿、これはどういうことだろうか?」



 冷静な質問。

 ナールもこの一ヶ月でルゥネの人となりを理解したらしい。あるいはこのような場だからこそ己を律しているか。



 そして、当の本人も自分に話が回ってきたこと、その内容と興味深かったようで、地面で悶えるのと「シキ様の愛の証っ、しかと受け取りました! ……やっぱりもっと打ってくださいましぃっ」とか内心で叫ぶのを止め、真面目な顔で席に戻った。



 それが出来るなら普通にしててほしい。



 ――お断りですわっ! 私は私っ、そしてっ、シキ様を愛しておりますものっ!!



 ……何か返ってきた。

 やっぱり変態だ。殺されかけた相手に惚れるとか意味がわからん。本気で意味がわからないのはそれが嘘でも何でもなく、本心なのが伝わってくるとこなんだよな。現在進行形で死に損ない状態だってのに……



 素性や思想、やったことはどうであれ、嘘偽りない好意が心に直に伝わってくるっていうのは何というか……とても気恥ずかしい。



 ――アハッ……好き好き好き好き好きっ、大好きですぅっ!

 ――いつか振り向かせて見せます! のでっ、是非我が伴侶に!



 ……そうすか。謹んでお断りします。



「冷たいっ! けど、そういうところも好きっ!」

「真面目にやれっ」



 一瞬で態度が瓦解したので、また俺の拳が降り注ぐ。

 全員の視線が痛い中、ゴンッと鈍い音が響き渡った。



「あ痛ぁっ!? お、おおっ……頭がっ、割れるっ……っ、失礼。どうもこうも……寧ろ、こちらが知りたいですわ。未来予知について多少は知っていましたが艦隊、ですか。我が領土内から出土した魔導戦艦は現時点でヴォルケニスのみ。それも半壊した状態だったのを我々生産職、転生者の方々の力を使って漸く運用可能レベルまで引き上げたもの。シャムザと違って遺跡という遺跡は見つかってませんし……艦隊など夢のまた夢です」



 以前ルゥネに訊いたのだが、ヴォルケニスは古代の遺跡から発掘された訳ではないらしい。

 なんでも山の中に刺さるようにして埋まっていたようで、アンテナみたいな突起部分が飛び出ている妙な場所があり、それそのものの存在は近くの村の者が古くから知っていたとか。その後、ルゥネが皇帝の座を略奪。新皇帝は珍しいものを好むとの噂から報奨金目的に訪れた村人のお陰で発見、発掘に至ったと。



「半壊してた戦艦……古の時代に起きた戦争中に墜ちたもの……かな。ロマンだなぁ……!」

「……え、遺跡もねぇの? 全く?」

「ありません。そもそも帝国内にこちらの砂漠のような、柔い土地がないんですもの。仮に遺跡があったとしても、掘り出すことが容易ではないでしょう。ヴォルケニスだって一ヶ月は掛かりましたし。他に考えられるとすれば自然に出てきた線……その分岐未来の私はいつ頃侵攻したんですの?」



 リュウがぐっと拳を握りながら独り言のように呟き、アリスは小首を傾げながら訊く。

 ルゥネはアリスの疑問に断言で答えつつも、逆に質問してきた。



 帝国の領土は作物が兎に角育ちにくい不毛の地、だったか。だから他国を植民地、属国化させることでそれらの富を独占し、繁栄していると……



 俺がイクシアに居た頃の記憶を引っ張り出している一方、ハッキリと断言し、考え込むように訊いたルゥネに答えたのは当然姐さんだ。



「……先に言っておくと、坊やが話した二つの未来は同時期に見たものではないわ。前者が最近、後者はもっと古く……それこそ何年も前から見たものよ」



 曰く、だからこそ姐さんは行動を開始した。

 『砂漠の海賊団』を束ね、人助け、増員している合間にも未来を見続け、俺やアリスと出会った。そうしている間に未来が変わっていることに気が付いた、と。



「後者……本来の未来はナールと前王が帝国に付いた結果の未来とか? 実際、前王が生きていてナールと結託していた場合、国は腐敗してたんだろう?」

「……貴様は本当に無礼な奴だな。私が目の前に居るのにそれを言うのか」

「兄上はそれだけのことをしています。あの父だって……お姉ちゃんの瞳を奪っておきながら何も変わらなかった。縋る対象を個々人が持つ力……固有スキルや勇者からアーティファクトに変えただけだったではありませんか」



 事実とはいえ、やってもいないことで言われるのは面白い訳がない。かといって俺に乗っかるように追撃してきたレナにそうまで言われては黙らざるを得ないらしく、ナールは「むぅん……」と唸って静かになった。



 何かムカつくな、こいつの態度。国の危機やら民の死を目の当たりにして善人に目覚めたのか知らんが、能力や働きはどうあれ、やってきたことは変わらないだろうが。



 ということで、俺の後ろでメイドのように待機しているアカリに声を掛ける。



「アカリ、俺の代わりにビンタを一発くれてやれ」



 俺からの指示にアカリは嬉々として動き出し、素早くナールの元に移動した。



「は? それとこれとは話がべふぅっ!?」

「はい」



 ベチイィンッ! と、凄い音だった。

 ナールの少し痩せた頬に真っ赤な紅葉腫れが出来、涙目で押さえている。



「いや今返事する前に打ったろう!? というか暫定と言えど私は王だぞ!?」



 何かあれば直ぐ王だなんだとほざく悪癖はまだ残っているらしい。



 表の政を殆どレナにやらせといて何が王……いや、というより、今更ながら姐さんの片目を奪った血筋というのが気に食わない。レナと違って父似のクズさ加減が特に。これならレナの理想主義の方がまだマシだ。



 レナはやや理想に走り過ぎではあるが、国を守るべく行動してきた実績があり、逆にこいつには危機的状況で動いた、という実績しかない。

 普段から民を想って行動している奴と危機が来なければ行動しない奴。どちらが王に相応しいかなんて子供でもわかる。その上、片や搦め手を使わない正直者で、片や毒物で邪魔な異母兄弟や派閥を消してきた男だからな。



「寝言と豚語は寝て死んで豚に生まれ変わってから言えこの豚野郎。……お代わりだとよ、悪いなアカリ」

「はい」

「ぶへぇっ!?」

「あ、私からもお願いねアカリ。お姉ちゃんはどう?」

「ふふっ、じゃあお願いしようかしら」

「はい」

「へぶっ、ぶべらっ!?」

「悪いけど、オイラの分も宜しくな~」

「……ええ」



 皆ニヤついてたし、アカリもベシンベシン容赦なかったから悪ノリもあったんだろう。が、最後のヘルトからのは一際強かった。

 それを受けたナールが椅子から吹き飛ばされ、無様に地面に転がったくらいには。



「ぐっ、おおおぉっ……こ、こんなことをしている場合じゃないというにっ、大体貴様も貴様だ! アカリとか言ったなっ、シキの使用人風情が高貴な私を何だと思っているっ!」

「おいおい……おいおいおいおい、オイラから直接じゃないことを感謝してほしいな? オイラだったらアカツキでやってたぞ。お前ら王族の腐敗がオイラの家族を殺したんだ。お前ら王族の姿勢が今回の被害者を出したんだ。未来が変わって国が助かったとしても、死んだ奴等は帰ってこないんだよ……!」



 ヘルトの低い声、目付きでふざけている訳じゃないと気付いたらしい。

 口から血を流していたナールは憎々しげに椅子に戻り、殺気が漏れていたヘルトは「……ごめんな。これで汚れた手を拭いてくれ」とアカリにハンカチを手渡している。



 個人的にはレナに少し刺さっているのが皮肉で笑える。



 腐敗した国の上層部を目の当たりにしておきながら何ら改善することが出来ず、何なら自分も王族で、シレンティ騒動の時なんざナールと一緒に錯乱してたくらいだ。




「っ……」



 そりゃ何も言えねぇよな。



「クハッ」



 レナの顔に陰りが出たことと俺の失笑に、姐さんは大きい溜め息をつくと、手を叩いて場を改めた。



「……さて、話を戻すわね。今さっき言ったように、坊やの話した未来は二種類ある。何の因果関係で変わり、艦隊が消えたのかはわからないけど、一つだけ確かなことがあるわ」

「私が皇帝になれなかった未来……ですわね」



 ナールの糾弾中は目をまん丸にしてどういうことだと俺を見てきていたルゥネだが、確信のある顔でそう言った。



「ご名答よ」



 自分のことを知ってほしいのか、姐さんの返答と同時に「何度か死地がありましたの。こんな感じでっ」と俺の中にルゥネの過去の記憶が入ってくる。

 【以心伝心】を使った、ルゥネ主体の記憶とはいえ、それらは確かに死地だった。他者の俺から見てもその内のいずれかで死んでいてもおかしくはない。



 しかし、当の本人は死んでいたかもしれないという背筋の震える事実を楽しんでいるようで、若干恍惚とした表情で身体を震わせたかと思えば「ああっ、このゾクゾクする感じが好きなんですのっ、冥府を覗いたみたいでっ、シキ様もそうでしょう!?」と訳のわからないことを言ってきている。



 何故か……細かくはわからない。多分、一緒にされるのが嫌だったとかそんな感じだと思う。



 兎に角、ルゥネの今の発言は無性に腹が立った。

 故に口で直に返す。



「……話に関係ない思念を送るな。それと、俺はお前と違って性的興奮や死への興奮を覚えるタイプじゃない」

「死があるからこそ生が実感できる! この感覚はお分かりになられるでしょうにっ!」

「ち、ちょっと二人共っ……? 今は……」



 話を戻したかった姐さんと周囲を置いていく形で、今度は俺とルゥネの方が熱くなっていく。



「死あっての生、生あっての死ってのはわかるさ。けど、そこに俺を昂らせるものはないと言っている。俺が欲しいのは生きる実感じゃなく――」

「――全てを忘れさせる〝死〟の予感に血湧き肉踊るあの高揚感っ! 血の滾りを感じられる人間は多くありませんわ! 私とシキ様は同類なのですっ! ああっ、何て幸せなんでしょうっ、この気持ちはやはり愛っ、愛おしいっ、愛おしいっ、シキ様ぁっ、シキ様ぁっ……!」



 俺に被せてまでハイテンションで喚き、クネクネと喜んでいる。



 ……ダメだ、話にならない。

 俺とお前は似て非なるものだ。それがどうしてわからない……表面が似ているだけで本質が違うってのに。



 ――いいえっ、逆ですっ。本質こそ同じではありませんか! だって、私達はこんなにも分かり合えるのだから!



「もう良い、黙れ」

「むむむっ……どうやらシキ様には()()少し枷があるようですわね。それを外せばもっと深淵を覗けますわ! 早く私と同じ世界を生きましょう!?」

「殺すぞ……黙れっつってんだろうがっ……!!」

「あぁんっ! 良いっ、良い殺気ですっ、興奮すりゅっ! うふふふっ、ふひっ、じゅるっ、おっと……では、この話はいずれまた……!」



 思わず声を荒げ、先程のヘルトのように殺気を出してしまった俺に対し、ルゥネは頬を上気させ、動けないなりに太腿をモジモジと擦り合わせて興奮している。

 あまりの興奮具合に涎が出たらしく、口から下品な音が出るくらいだった。



 表情も心の内すら楽しげで、嬉しがって……

 人の心、本質を固有スキルで理解出来る奴が本気でそう言っている。



 嫌な現実だ。



「あー……話を戻しても?」



 姐さんが気まずげに声を掛けてきた。



「チッ、少し席を外したい。うっかりこの女を殺しそうだ」

「アハッ、それで気が紛れるならどうぞシキ様っ、この首差し上げますっ!」



 おちょくってる訳じゃなく、俺を笑っている訳でもない。

 こいつは同類と会えて嬉しいだけだ。それがわかっているのに、我慢出来なかった。



「ちょおおいっユウちゃんっ!」

「っ!? 坊やっ!」

「シキ君っ、ダメッ!」



 逸早く反応したアリス、姐さん、レナの制止を無視し、魔法鞘から抜剣。

 しかし、首を跳ねるべく振られた俺の爪剣はルゥネの首半ば……それどころか僅かに肉を斬ったところで止まった。



 誰かに止められたんじゃない。



 俺の身体が直前で止まりやがった。



 自分の身体なのに……そうじゃないかのようにぴたりと。



「あら? 殺しませんの?」



 ルゥネが至って平静に、にこやかに訊いてくるが、自分でも何故こうしたのかがわからないのだから答えようがない。



 それより……



 突然の俺の暴挙も、その結果も事前にわかるとはいえ、ルゥネは微動だにしなかった。



 俺は元より殺すつもりで、もし俺が止めるつもりだったとしても手元が狂う可能性だってあった。

 今だって、俺の剣は少し力を入れてやれば簡単に首が落ちる位置にある。



 にも関わらず、眉一つ動かさず、瞬きすらしない。

 ただじっと俺を見つめて薄ら笑いを浮かべている。



「っ……」



 勝てない。



 何を基準に、何でそう思ったのかはわからなかった。



 アーティファクト無しでは雑魚の部類で、俺よりも遥かに弱点が多いくせに、俺の何歩も先を行っているようで……



 ただただ漠然とした敗北感を覚えた俺は後退り、そこをレナ達に捕らえられた。



「何してるのよこのバカっ!」

「主様っ、落ち着いてください!」

「あーヒヤっとした」

「全く……相変わらず危うい男でござるな、貴殿は」

「……誰か止血と回復魔法を」



 レナ、アカリ、アリス、撫子の四人に押さえ付けられ、姐さんは首から血をドクドクと流しているルゥネを看ている。

 他はまさに絶句。殆どが言葉も出ないという様子で俺達を見ていた。



 騎士達もヘルトも動こうとはしたようだった。

 だが、この感じ……俺への畏怖や恐怖ですくんだような様子だ。



「っ……わ、悪い……俺っ……俺は、そんなつもりっ……」



 俺の身体から力が抜け、弱々しい謝罪が出たことで落ち着いたと判断したらしく、皆の返答はそれぞれ仮面を外して思い切りビンタ、肩や背中をポンポン叩くと様々だった。



「んんっ、ルゥネちゃん? これ以上、話の腰を折らないでちょうだい。坊やもほら、深呼吸。年下の女の子相手に何してるのよ」

「嫌ですわ! 私に言うことを聞かせられるのは私に勝ったシキ様だけっ! シキ様こそ至高っ、私の神っ! 我が生涯をっ、全てを捧げると誓ったお方! そのシキ様を差し置くことは出来ませんっ! どうしてもと仰るならシキ様っ、ご命令を!」

「っ……つくづく……。いや、悪かった……皆。それとありがとう。危うく俺は……ルゥネも、後で幾らでも話してやるから。だから……」

「……んふっ、わかりましたわシキ様。仰せのままに」



 姐さんに対してはふざけた態度のルゥネも自分で言った、俺の命令は絶対という誓いは本気のようで、満足げな顔で(こうべ)を垂れた。



「では改めまして……その存在しない艦隊とやらは我々の領土内から出たものではない。女帝である私が断言します。我が国にそんなものは存在しませんわ」

「……はぁ、やっと真面目に話せる。私もルゥネちゃんの、最初の質問に戻るわね。分岐未来のルゥネちゃんがいつ侵攻したか。これは実際の時期と変わらないわ。艦隊を率いていたのは前皇帝。ルゥネちゃんは別の場所で死んでいるんだもの」



 漸く話が戻った。

 ナールは俺とヘルトの殺気に当てられたのか、黙り込んでいるので、姐さんとルゥネを中心に話が進んでいる。



「やはり……ということは自然に遺跡が出てきた可能性もないですわね。同時期なら現在の帝国に遺跡が出てきていない説明が出来ない」

「そう。そして、帝国の現状をこの中で最も把握しているであろうルゥネさんが知らず、そう断言するというなら答えは一つ。第三勢力からの譲渡……あるいは援助よ」

「は? ちょちょちょっ、ちょっと待てって! 何でそうなるっ、前王とナール(こいつ)が帝国に横流ししたって線は考えられねぇのかっ?」

「国境の防衛ラインを手薄にすれば大部隊だって見逃せるわっ。それで遺跡を発掘させたとかっ……時期は少し怪しいかもだけど、第三勢力だなんてそんな……! 大体っ、どこの誰よそいつらはっ……!」



 二人のまさかの会話に口を挟んだのはアリスとレナ。その答えを疑問系で静かに呟いたのはリュウだ。



「多分……シャムザには艦隊を作れるほど大量の魔導戦艦は残ってないんじゃないかな。遺跡はどれも研究用か補給用の基地ばかりだし、古の時代で戦艦やゴーレム同士の大規模戦争をやってたんなら、無事な基地、魔導戦艦自体が少ない筈……よしんば残ってたところで、ヴォルケニスのように改修が必要だと思う」



 続けて、「そもそもそんなにあるなら船長さんが血眼になって回収するでしょ。使えなくても、敵に回るよりはさ」と尤もな意見を言った。



 これには誰しもが納得だったんだろう。

 皆が一斉に黙り込み、唯一冷静……いや、また熱を出し始めたルゥネだけは平常運転で私見、疑問を述べる。 



「つまりっ、この時代の何処かにその艦隊が存在しているっ! あぁっ、震える事実ですわぁっ……! 因みにその規模と型はどうなのでしょうっ? 数はっ? 性能はっ?」

「……軽く二十隻。その殆どは同じ型で……サンデイラみたいに、遠目から見ると長方形の飛行戦艦かしら。その内の一隻が恐らく旗艦ね。他の戦艦を二つくっ付けたみたいな巨大なのがあったわ。性能は不明。少なくとも、サンデイラやヴォルケニスレベルの大きさがある」



 胸元から取り出したメモを見ながら答える姐さんと、ルゥネの言う通り、全身が震えるような議題に少し変わった目線でメスを入れたのはレナの上官であり、友人であり、部下だという女騎士団長だった。



「色は……やはり黒なのでありましょうか」

「「色?」」

「……確かにサンデイラもヴォルケニスも黒いもんな。あ、ハルドマンテもそうか」

「黒じゃない色で、ヴォルケニスが備えてるような光学迷彩機能が無ければ良い目印になるね。まあ黒でも上空を浮いてたら目立つけど」



 アリスとレナが「何でそんなことを?」と首を傾げると同時にヘルトがポンッと手を叩いて納得し、リュウが女騎士団長の疑問に付け足すように言う。



 リュウの言ったことがまさに訊いた理由だったらしく、女騎士団長がコクコクと頷き、姐さんはその発想はなかったと言わんばかりにメモを見直し始めた。



 そうして目的の文字を見つけると、呟くように答えた。



()()……ええ、確かそうだった……全部、まるで古くからずっとあったような、細かい傷と汚れがあるのに……遠くから見ると銀色に輝いていて……っ、そうだわ! 中に居た人の髪の色もっ……!」



 途中で「あっ」と声を上げて驚き、再度メモを確認。自分の記憶とも照らし合わせて間違いないと頷いた姐さんは「やっぱり銀髪っ……」と続ける。



「……ねぇ、銀髪って言えば確か……」

「自分達も乗ってるってことはやっぱり、貸し与えてるとか手伝ってやってるとかそんな感じっぽいな。はー、気が休まんねぇなぁおい」

「そこまでの文明があるなら元々アーティファクトを持っていない帝国に負けることはないでしょうし……属することなんてもっての他。何らかの理念か目的が一致した、同盟……かしら」

「お父様のはしゃいだ姿が目に浮かびますわ。その銀髪の人種、種族に弄ばれてるとも知らずに……大方、そのまま強奪して運用すれば良いとでも思ったんでしょう」



 リュウは誰かを連想したらしく、アリスとレナは冷静に議論。ルゥネは嘆息混じりに呆れている。他は黙考といったところ。



 銀の艦隊と銀髪の人種。



 どうやら、そいつらが第三勢力。



 つまりは……



「新しい……敵」



 俺がそう呟いたその時。



 不穏な未来を暗示しているかの如く。

 この砂漠の国シャムザに来て初めて見る大きな雲が辺りを暗くした。



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