第185話 過ぎゆく夜
「別の部屋が欲しい? ……因みに何故かしらぁ?」
「わかるだろ。何処ぞの女帝と妹的幼馴染みに部屋を占拠されてるからだ」
「気軽に出来ないしな?」
「…………」
「……ムクロ、お前は黙ってような」
全身縛っても芋虫のように這って迫ってくるルゥネと常に俺の気を引こうとするメイ。
後、ついでにずっと待機してるアカリもか。
正直、ちょっとウザい。ルゥネとメイに関しては思わず殴り付けるor手刀を落とすくらいウザい。
片や片腕で、しかも縛ってあるのにどうやって脱いだのか、半裸で誘惑(笑)してきたり、片や俺とムクロの会話を邪魔してきたり……例を上げたらキリがない。
で、もうこの際、今の部屋をあの二人にくれてやりたいと。
で、別の部屋が欲しいと、もう夕方なのにまだ眠そうにしている姐さんに直談判しに来た訳だ。
「人が居るからって身体も拭いてくれないんだぞ。全部脱いでるのに。後、まだ片腕に慣れてないからって水浴びも一緒に――」
「――ムクロ、俺今何て言った?」
「むー……」
何かアレだな。〝芯〟のある偉そうな性格と幼女、赤ん坊に、後は少女、か? アタシ口調の時と色んなムクロを見てきたが、偉そうなだけのポンコツも居るっぽいな。いつだったか、スカート捲って見せてきた時のやつ。
お陰でさっきから姐さんの視線が痛い。それはもう凄まじいまでに。
「…………」
ゴミを見るような目だ。
何なのこの二人、こちとら寝起きなんだけど。何のプレイよこれ。それとも……え? 私、煽られてる? 結婚適齢期過ぎてる私に喧嘩売ってる?
みたいな顔だ。
ジル様のと違って全くゾクゾクしない。ただただ気まずい。
「……ちゃうねん」
「何がよ」
おっと口調も変わったぞ。俺までふざけてると思われたのかもしれない。他意はなかったんだが。
こうなるならムクロ置いてくりゃ良かった。
けど、あいつらと一緒にさせると何言われるかわからんからな……
ムクロの方は三人に何か思うところはないのに、三人の方が壁を作ってる感じというか……いや、厳密に言えばムクロとルゥネ、ルゥネとメイは仲が良いな。前者は完全に謎だが、他は何となく気まずそう。
俺とムクロの関係やお互いの関係、部屋の狭さといい、嫌なら出ていけと言ってやりたい。が、少なくともルゥネは俺の監視下に置いておけという指示だ。
まあそれに関しては言うことを聞く義理もなければ義務もないから無視しても構わない。
かといって、ルゥネを野放しには出来ないし、安易に殺す訳にもいかないという点では意見が一致している。
つっても今みたいに放っておく時もあるし、何ならメイが居てくれて助かる時もある。難儀な問題だ。
「……はぁ。一応訊いておくけど、ナール王子の狙いはわかってるでしょ?」
「まあ、バカと王族みたいな面倒臭い奴等が考えそうなことなら」
「それよ。王子は見ての通り、バカで王族で豚で性格もお調子者のクズ。だったら、貴方はどうしたいのって話。レナなんか国と私情で物凄く揺れてるのよ?」
足したな。俺より鋭いの幾つか足したな。
「どうと言われても、以前断った。本人にも常日頃ハッキリと言い切っている。……後、レナは知らん」
「英雄色を好むと言うじゃない。私だって……ほ、本当は……その……」
後半小声で顔を赤くしてモジモジする姐さん。
露出度の高い寝間着で見た目金髪の美人姉ちゃんだから破壊力は抜群に高いんだが、どうも演技っぽい。目ぇ泳いでるし。
ルゥネと同じで経験の無さが露呈してるな。まああっちは堂々としてるけど。というか堂々とし過ぎて不自然なんだけど。個人的には姐さんの慣れてない感じの方が好きだ。
とはいえ、好みの年上で美人だからドギマギするだけで姐さん自体には下世話な下心しかないんだよな。それも言い方はあれだが、ムッツリ的な方。関係はムクロだけで良いって感じ。ムクロも年上で美人だし。
……そういや最近、こういう……アプローチ? 多いな、姐さんに限らず。
国内だと冗談抜きに英雄扱いだし、国や女側としては取り入りたいってとこなんだろう。
まあでも見た感じ、姐さんは冗談半分だな。……何か嫌な部分で目が肥えてきたな。片目ないのに。
「その遠い目止めなさい。恥ずかしくなってきたわ」
「いや、普通に歳考え――」
「――は?」
「……恥ずかしがってる歳上の美人姉ちゃんとか男的にグッと来るものがあるので止めてくださいですはい」
今度はムクロのジト目が飛んできた。
今のは仕方ないだろ。一瞬、般若見えたぞ。ジル様といい、女に歳の話は禁句だな。
当の本人は「手応えがあるような、ないような……どっちよもう……」とかぶつぶつ言ってるが。
勘違いじゃないんなら、気持ちは嬉しい。本当に気持ちだけ。
ただルゥネにもナール達にも言った通り、俺はムクロさえ居てくれればそれで良い。他は……ジル様だったら揺れるかもしれない。けど、他はどうしても答える気になれない。
こんな時、普通に何人も侍らせてたアイツはどんな気持ちだったんだろうか。
最近、そんな感じであのクソ勇者を思い出すことが増えた。
王都の人や女騎士、レナにメイ、ルゥネ、ナールから紹介される商会の娘等々、色んな奴に声を掛けられる度に思い出す。
《闇魔法》を完全具現化し、〝粘纏〟とかいう糸を何度も使っている俺ではあるが、アイツと距離を置いたからか、憎く思う気持ちは少し落ち着いている。
もしくはリーフ達の街の時、殺す気で攻撃して吹っ切れたか……。
女やアリスのハーレムを見る度に、そして、アカリとヘルト、メイにその友人の勇者を見ても、やっぱりあの野郎が脳裏をちらつく。
ついでに白騎士女と盲目爺もだ。
撫子曰く、マナミの嘆願で俺への神敵認定が退けられ、その結果、暗殺という手段で俺を消しに掛かった。
今回の戦争直前にルゥネの船に隠れていたスカーレットとかいう幼女も俺を殺す為に来たとか言ってたし……
そろそろ、か……?
俺は一瞬だけ迷ったのち、未だに照れている姐さんに声を掛けた。
「……なあ姐さん」
「っ……何かしら?」
俺の目を見て、真面目な話だと思ったんだろう。
戦争時のようにスイッチが切り替わったのがわかる。
「どこまで見たんだ? もう復旧作業に重きを置いてると聞いた。姐さんの役割は既にある程度浮いている……違わないよな」
「…………」
この沈黙は肯定だな。顔にも書いてある。
言おうかどうか葛藤している表情だ。
「坊やは……どう、考えてるの?」
他の奴なら質問に質問で返すんじゃあないと返すところだが、この質問の意図は恐らく……
「別に何も。追ってきたら殺す。それだけだ」
もう姐さんともそこそこの間柄であり、戦友だ。互いの考えもそこそこわかる。
俺達は暫し無言になると互いに目で話し合い、ムクロが「……シキぃ、眠いよぉ」と言ってくるまで続いた。
「……じゃあ今後は? 私としては出来うる限り力になるわよ」
「わかってるくせに」
「貴方の口から聞きたいの。シャムザはもう十分平和になった。遺跡発掘、アーティファクト集めも、今のヘルト達が居れば問題ない……そして、貴方は面倒事が嫌いで……聖軍にも追われてる」
ぐずるムクロの頭をあやすように撫でてやりつつ、姐さんの求める答えを考える。
実際、姐さんの言う通りだ。
レナや街往く人達、女騎士のアプローチもナールが考える、俺をシャムザに帰化させる画策も鬱陶しいことこの上ない。
そして、このままシャムザに定住すればそのうち奴等がやってくる。
会って間もなく……友人でしかなかったリーフ達の時ですら涙が止まらなかった。死にたくもなった。俺のせいでだとか俺のせいじゃないだとか葛藤もした。
それがシャムザ……いや、レナ達や姐さん達となったら……俺はダメだ。何をするかわからない。今度こそ千人じゃ効かない。来たら来た分だけ殺し尽くすかもしれない。
それらと、これまで出会った人達、経験した地獄、めっきりアクションが無くなった『付き人』や邪神を踏まえ、俺がやりたいこと……見たいもの、知りたいものは……
「魔王に、会いたい」
十秒は黙考していた。
そこから導き出した答えは魔王だった。
俺の宣言に等しい発言に、姐さんは静かに「……素直じゃないわねぇ」と呟き、ふにゃふにゃしていたムクロの顔は固まった。
「もう良い……世界も勇者も聖軍も、全部どうでも良い。ただ……ジル様と同じくらい強いのに平和主義で……精神が崩壊していた、という魔王に会ってみたい」
俺はこれまで優しく撫でていたムクロを射抜くように睨み付けながら、ハッキリと言った。
その上で、ムクロから震え始めた手を離し、自身の仮面を外す。
まるで薬物中毒者みたいで、我ながら笑えてくる震えだ。
「俺はもうダメだ。シレンティ騒動、今回の戦争と……レナとナールが人死にや戦争の狂気に飲まれておかしくなったように、何処までも戦闘マニアのルゥネと同じように……戦うのが好きなんだ。嫌だって思った時もあったけど、絶対気のせいだ。こんなの、狂ってるよな……? シレンティ騒動の時も、ルゥネ達との戦いが終わった後も……あんなに嫌な思いをしたのに……人がいっぱい死んで、胸糞も悪くて……」
王都の人に瓦礫の石を投げられたこともあった。
小さい子供に、お父さんを返せと泣かれながら、体当たりされたことも……
生きる気力を失くしたような男や女に、何でもっと早く助けてくれなかった、家族が、友人が、大切な人が死んだんだぞと詰られたこともある。
リーフ達が「お前のせいだ」と言って責めてくる夢も見た。
あいつらはそんなことを言う奴等じゃないのに。誰も、全部全部俺のせいだなんて言ってる訳じゃないのに。
「それなのに……楽しかったんだっ。特にルゥネとの殺し合いは最高だった……いつ死ぬかわからなくて、すげぇ痛くて……けど、死ね……なくてっ……俺っ……俺、は……全部忘れられる、殺し合いが……好き、で……」
涙が止まらなかった。
今頃になって実感が来やがった。
みっともない。
話も逸れてる。
妙に冷静な部分がそう言ってくるがダメだ。止まらない。
「……坊や、戦争は終わったのよ。いっぱい死んだけど……いっぱい生き残ったじゃない。皆、感謝してるわ」
「悲しいだろ、虚しいだろ……それが戦争なんだ……だから、私は…………」
ボロボロ泣いて、膝を付いたところで姐さんとムクロが俺を抱き締めてくれた。
発端のルゥネはただ戦いたいだけの少女だった。
シャムザに眠るアーティファクトや遺跡の存在はあれど、無差別に魔導砲で人を殺すことなく、正面から戦いを挑んできた戦闘狂。
そのせいで何人も死んだ。
なのに、本人は反省どころか後悔もしていない。
部下だって相当数死んでいて、身勝手で、独り善がりな……何より自由な奴。
ジル様と同じだ。
あの人は悲しい過去を持ちながら、全てを忘れさせる殺し合いが大好きだった。
だから俺はジル様が好きで……
だから強くなり過ぎて虚無感に苛まれていたジル様が可哀想で……
だから、ルゥネを憎く思うことも出来なくて。
「だから……魔王に、会いたい……長く生きてるなら全部知ってる筈なんだ……俺の気持ちだってわかってくれる……ジル様の思いも理解出来る……けど、それでも……だとしても人が死ぬのはダメだって平和を願える……優しい、奴……なんだろ……? 色んな、それこそ俺やジル様の比じゃない悲しくて辛い思いをした筈だ……だから、泣くんだろ……? だから戦争が嫌いなんだろ……?」
〝なあ……ムクロ……!〟
そう続けようとした俺の口は二人の力が強まったことで閉ざされた。
姐さんとムクロの胸に押し潰され、二人の匂いが俺を包む。
「月並みだけど……泣きたい時は泣くものよ。どんなにふざけてても、貴方もう随分泣いてなかったでしょ」
「……それが、若さ……なんだろうな。枯れ果てることこそなかったものの、私は泣きたくない時こそ……しっかりしなければいけない時こそ泣いて……折れるようになってしまった。ほら、思う存分……泣いて良いんだよ、シキさん……」
「な、ん……だよ……それ……俺、結構泣いてるし……ムクロは口調ぐちゃぐちゃじゃないか……」
ああ……クソ、涙が止まらない。
子供じゃないんだから、そう思えるのに、止まらない。
俺を責める人達と反対に、助けてくれてありがとう、シャムザの英雄だ、と俺を崇める奴等の声と顔が浮かんでは消えていく。
俺は聖人じゃない。勝手に救世主に奉るなとも思うし、俺はただ全部忘れたかっただけだと弁明する気持ちが相反する。
同時に、やはり冷静な部分が「新しい部屋が欲しくて来たのに何でこうなった?」とも言っている。
「何でっ……何でお前は……何で俺、は……う……っく……! うぅっ……」
その日、俺は泣いた。
それはもう号泣した。
ルゥネ達のせいで眠りが浅かったとはいえ、泣き疲れたんだろう。
気付いたら姐さんの部屋で姐さんと寝ていて……
ムクロの姿は消えていた。
サンデイラからも、王都からも。
感知範囲の広いアリスや撫子、サンデイラの魔力センサーのようなものでも見つけられなかった。
まるで最初から居なかったかの如く忽然と、俺の最愛の人は消えて居なくなった。
◇ ◇ ◇
聖神教総本山、聖都テュフォス。
世界の中心とも呼ばれるその都は都を覆う壁、建物、果てはレンガのようなブロックで形成された道路までもが白く、日中は太陽の光を反射して神々しさを醸し出している。
夜の戸張が下りたとて、魔道具による街灯が惜し気もなく辺りを照らしており、闇に逆らう白い建造物の存在感が消えることはない。
そこに住む人々もまた白い衣服を纏いつつ、家族の団欒や酒場で飲み食いを楽しんだりと平和な日常を過ごしていた。
そんなテュフォスの遥か上空。
そこにはサンデイラやヴォルケニスが可愛く思えるほど巨大な島、あるいは要塞が浮かんでいた。
全体は卵形。中心より下の部位はゴツゴツとした岩石で構成され、上はまさに城。テュフォスを思わせる造形の銀色の城が建っている。
城が、島が浮いているという現実は、酷く歪な茶色と銀のコントラスト、岩石の所々から無尽蔵に放出されている無色に近い魔粒子を忘れさせる程度には衝撃と言えよう。
天空城の周囲にも八つほどの島が浮遊しており、内二つが城を守るかのように付随。他は城並みに銀色に輝く街の島、緑栄える島、湖を持った島と何らかの役割があるらしい。
聖都テュフォスが街灯に照らされて明るいように、島々も所々で明かりが灯されている。
そして同時に、都で人の影がちらほらと散見するように、やはり島々でも人らしき影があった。
聖神教の信者、聖軍所属者は立場が上になればなるほど、信心深ければ深いほど髪の白い者が多い。
染めている訳ではなく、現世からの一種の解放、信心深さの証として、彼等の髪は白くなる。
生まれた時から白い者も居れば、神への信仰が強まった末に白く変化する者も居る。神との交信、謁見を経た結果髪の色を失い、狂信者へと転じる者も居た。
故に、そんな不気味な光景にはもう慣れた、とマナミ達は思っていた。
しかし、その島の人々は全員等しく、銀の髪を持っていた。
若い者は当然ハリもあり、男女問わず大した差はない。
老人も、多少色褪せることはあれど、やはり銀髪。
その光景は多種多様な髪色を持つこの世界で生まれ育った者でも異質であり、不気味だった。
「染めてる訳じゃ……無さそうだね」
「……聖神教の人達とは別の神様を信仰してるとか?」
マナミとミサキがそう呟くと、後ろに居たライ、ノアが口を開く。
「聖神教は邪神以外の全ての神が信仰対象だよ」
「彼等は魔力無き古代人。我々とは人種が違うのでしょう」
四人は銀城のバルコニーにて、島々、聖都テュフォスを見下ろしていた。
否、見下ろす、とは違うのかもしれない。
机の上に置かれた箱形アーティファクトから出ているモニター画面で各所を見ている。
ホログラムのように立体的に映し出されているその映像は地球のカメラ映像等よりも鮮明で、ドローンで見ているように自由な角度から見れるようだった。
「アーティファクトって言うんだっけ。古代の遺物……こんなに凄い技術があるなんて……」
「うーん、凄いには凄いけど……これじゃプライバシーもあったもんじゃないわね」
「人類とこの天空城の人々は長い間、交流を絶っていたんだよね? 魔法に長けた地上人と技術力に長けた天空人で文化や文明に差が出るのは当然とはいえ、これは些か……。よく力を貸してもらえたね」
ライの疑問に、ノアが少し不機嫌そうに答える。
「ゼーアロットのお陰と聞きました。トップクラスの守秘事項ということで、私とレーセンのような、ただの聖騎士は知らなかったのですが……教祖様率いる直属の者達は密かに交信していたようです。長い年月……それこそ数百年規模の交信とのことですが……援助理由も中々度しがたいですよ」
そうして続けようとしたノアを引き留めたのは、部屋の中で椅子型のエアクラフトに乗った少女だった。
『これは異なことを仰る。こちらからすれば、たかだか数十、数百年で過去の歴史を忘れ、愚かにも無駄に争いを続けようとする貴方方地上の民の方が理解に苦しみます』
歳は十と少しといったところだろうか。
肩まで伸びた金の髪を揺らしながらゆっくりとライ達の前に姿を現し、僅かに届く灯りが瞳が照らし出す。
彼女はとても美しかった。
人形のような、造られたような、造形的に整った顔。
王族のように仰々しい赤いドレスに身を通していて、白い肌が目立つ。華奢な腕に細い身体、繊細な指はまるでガラス細工のようだ。
全ての美的バランスを調整したような少女はその全てを破壊するかのように、ノアを見下す笑みを浮かべていた。
腹黒さを含まない、純粋なまでの嘲笑。
そこには極限なまでの侮蔑があり、彼女というより、地上に生きる人々……彼女の言う地上の民そのものへの嫌悪が見てとれる。
『魔物のように野蛮で……学習能力のない無能で……何処までも愚かな愚かな地上の民。神などという寄生虫のような輩に盤上の駒として弄ばれて……貴方達には考える頭やプライドというものがないのですか?』
特徴的なのは淡く空色に発光している瞳と機械的な声。
瞳も声も、やはり造られたようだった。
「わ、わっ……私の前で主を愚弄するとは……!」
「ノアっ、落ち着け! 抑えて抑えてっ、相手は最高権力者だ! 君の勝手で力を貸してもらえなくなったらどうする!」
氷のように凍てついたノアの表情は一瞬にして怒りに満ち、震え、手は腰の剣に伸びる。
その手を掴み、ノアを抱き締めるようにして止めるのはライ。
「くっ……人形に過ぎない貴方にここまで揺らされるとは……私も未熟ということですね」
『ええ、ええ……未熟も未熟。この程度のことで、何をそんなに怒っているのです? その手はもしや私を……? くくっ……やはり野蛮ですね。猿以下……いえ、獣と比べるのは獣に失礼でしょうか』
マナミとミサキは一触即発の空気に飲まれて沈黙し、ノアは激昂。ライはノアを抑えるので精一杯になっている一方で、少女は愉快そうに口元を押さえ、嗤っている。
「このっ! まだ言いますか! 勇者ライっ、止めないでください! 私はこの人形を斬らねばなりません! 主をっ……我々の正義をここまでっ……ここまで愚弄されるのは我が矜持に関わります!」
「だからっ! 君の矜持や勝手で、関係を悪化させるのは良くないと言っている! 君もだロベリア! 何で毎回毎回っ……俺達を見下す気持ちはわからなくもないけど、そこまで言うなら何で手を貸す!」
ロベリア。
そう呼ばれた幼さの強い少女はライに対し、蕩けたような笑みで答えた。
『あら、以前も申し上げた通りですよライ様? 地上の各所で我々の時代のものが掘り出されています。旧式とはいえ、アレらは危険なのです。ただでさえ戦争好きな地上の民等に渡ればどうなるか……わかるでしょうっ?』
今までの態度や笑みは何処へやら、一瞬で恋する少女のような顔へと変貌を遂げた彼女は静かにライに近付き、その背中に抱き付く。
「ゆ、勇者ライっ、騙されないでください! その人形は紛い物っ、人ではないのです!」
「っ……だから俺達に……片方に手を貸して殲滅するとっ?」
敢えてノアを無視し、ロベリアの真意を訊くことでノアを落ち着かせようとしたライだったが、数秒後、己の悪手に気付いた。
『いえいえ。そのような意図は全く。畏れ多くも、それでは我々が神を気取っているようでしょう? 神と同じで、盤上に手出しはしません。ただ……貴方のように強いものを貸し与えるだけです。ここのところの盤上は大した動きがなくて退屈……ああいえっ、これではやはり神のようですねっ、失礼しましたっ』
「貴っ……様あぁぁっ……!」
ノアの怒りは嘗てないほどのもの。
普段は冷静沈着、氷の機械のような彼女の顔は今にも爆発しそうなほど赤く、ライ達はそんなノアを知らない。
故に、ライの行動は早かった。
「ノア……ごめんっ」
バチバチバチィッ……!!
「っ!?」
ライの手が胸元に触れると同時、電気状へと変化。
スタンガンの要領でノアの身体を痺れさせ、昏倒させた。
『あらあら……みっともないこと……』
「……ロベリア、困るよ。毎回こんなんじゃ……それに、俺にはマナミ達が、その……」
『私は気にしませんよ。そこの野蛮な女は兎も角……他は別世界の、それも高度な文明を持った世界の人間ですし』
「いや、俺が気にするんだよっ。何で君はっ……初対面の時からそうじゃないかっ……」
心配半分、物申したい気持ちを抑える気持ち半分で、マナミとミサキがノアを運び、ベッドに寝かせる。
二人は複雑そうな顔で困惑しているライを見ていた。
『言ったでしょう? 一目惚れですっ……お慕いしています、私の勇者様……』
「っ……」
無碍にも出来ず、目の前でマナミ達に弁明するのも儘ならない。
そして、マナミ達も同様に、ライを気に入っているというロベリアを拒否出来ない。
何故なら彼女はこの天空城、島々の主……〝王〟。
天空城には地上に眠っているものよりも高性能なアーティファクトが数多くあり、魔導戦艦も保有数はおよそ百以上。
魔導戦艦の艦隊。
未だエアクラフトすらまともに持っていない聖軍にとって、彼女の協力無くして帝国やシャムザに張り合うことは難しく、最大の目的である獣人、魔族の殲滅、魔王討伐にも大いに役に立つ存在である。
『うふふっ……今宵は皆で楽しみましょう? その為のお膳立てはしてあります。邪魔者も静かになりましたし……さあ、ライ様……私を、私達を愛してください』
彼女はそう言ってドレスを脱ぎ、美しい裸体を座ったまま露にすると両手を広げ、ライを誘った。
紆余曲折あれど、ノアともそういう仲になっているライとしては何とも困る提案。
マナミ達の仕方無さげな顔を見て溜め息をついた彼は一瞬だけ外に目を向け、直ぐ様ロベリアの元に駆け寄る。
苦労と義務感、諦念に満ちた彼の顔は、それでも彼女らに一定の愛があることを示しており……
そんな彼の白い髪は、嘗て謁見した神への信仰、聖軍との癒着を表していた。
次回か次々回から次章までの閑話になります。長ければ四月いっぱい予定です。
今章は戦闘描写過多だったので、ちょっと長めに平和的な話を挟みたい……けど、投稿や書けるほどの時間があるかどうか……ブラック企業戦士は辛いものです。まあ、上には上が居るでしょうが……orz




