第184話 話し合い
地獄の説明回。
「あぁんっ、好き好き好き好き大好きですシキ様ぁっ」
「だあぁもうっ、離れろこの変態っ、しつこいんだよっ」
「……ユウ兄?」
「我が愛っ、命はシキ様の為にぃっ!」
「要らんわっ! もしそんなゴミ以下のものが貰えるならその辺に捨てて魔物の餌にしてやるっ」
「ユウ、兄……?」
「煩い黙れ俺は知らんっ」
周囲の視線も何のその、人の太腿に抱き付いてやべぇことを言ってるルゥネと、それを足蹴にしながら罵倒する俺を交互に見ては病んだ目付きで見てくるメイ。
「てか何でこんなもん連れてきやがったっ? 拘束は!?」
「どうせ大したことは出来ないだろうと解放されましたわ! つまりっ、私とシキ様の仲を認めてくださったということです!」
「何でそうなる!」
「後、ユウ兄の元なら安心だって。監視、拘束の為の人員と労力の無駄とも言ってたかな。あ、ほらレナさんも来てるでしょ? ……で? ねぇ、ユウ兄。で? どういうことなの?」
凄んだままズイッと近付いてくるメイは勿論、足元で「会いたかった会いたかった会いたかったですぅっ」とか言ってる金髪ツインテールの変態も怖いし、何よりその後ろで極寒の視線を向けてきているレナと隣で俺をジト目で見ているムクロが怖い。
朝起きて飯食おうと食堂に行ったらこれだ。
回収した帝国の魔導戦艦……ヴォルケニスとか言ったか。
ルゥネはそこから持ってきた私物のドレスを着ているのだが、床に這いつくばってクネクネしてたらそりゃスカートは全開になるし、騒いで注目の的だしで、サンデイラ中の視線が痛い。
会った瞬間抱き付いてきたから思わず払い除けて頭を踏んづけた辺りで姐さんの注意が艦内放送で流れていたものの、仲間も結構な人数が死んでいる。
その仇が同じ空間に居るだけでも不快でしょうがないだろうに、皆が必死に我慢しているところをこの態度だ。俺だって顔見知りやそこそこ仲良かった奴が行方不明だったり、四肢欠損レベルの大怪我をしていたりで複雑な気持ちだというのに……
「お前なぁっ、せめてしおらしく出来んのかっ。お前のせいで何人死んだと思ってる! その内、歯止めが利かなくなった奴に殺されるぞっ」
「そこで死ぬのなら所詮その程度の人間ということですわ! 怒ってもらっても構いませんっ、罵倒も恨み言も復讐も大いに結構! 敗者必滅は世の理です!」
俺の小言に、ルゥネは片方が無い胸をこれでもかと張りながら答えた。
何てふてぶてしい女だ。
あの最悪の再会から数日が経ち、事前にナールから「このままだと、いつ殺してしまうかわからん。すまんが預かってくれ」と苛々した様子の連絡はあった。が、これはない。
「しかぁしっ、私には私の正義がっ、信念がありますっ! これを曲げることは我が生涯の否定! 我が帝国臣民への侮辱っ! そしてっ、死んでいった数多の者への冒涜ぅっ! どうしてもと言うのなら私を殺しなさいな! その瞬間からその方が新たな皇帝です! さあっ、シキ様! 試しに私を殺してください! 貴方様なら帝国を世界のトップに導けますわ! さあ! さあっ!」
全く……完治した訳でもないのによく喋る。王都内に居た、ルゥネと同じ錬成師から詠唱のようなものを必要とするスキルはないと太鼓判を押され、属性魔法の才能も並み以下とルゥネが自白し、部下達が揃って認めたからこそ大した拘束もなく、この場に来れているという自覚はないのだろうか。
……いや、あるな。こいつの場合。何なら周囲の心情だってわかっている筈。しかもこの態度……あわよくば俺を誘惑ないし帝国側に引き込み、それが出来なければ自分を殺させて新皇帝に祭り上げようとしてやがる。
「っ……さあじゃねぇよ、このクソ女」
「……シキ君?」
「……ユウ兄?」
「………誰だこの女」
食堂に居た船員達や怪我人がルゥネの揺るがない態度と信念に息を飲み、俺が言葉に詰まったタイミングでレナ達から鋭いナイフのような視線が飛んできた。
別に納得した訳でも認めた訳でもないっての。
「はっ……修羅場だな」
「修羅場だね」
「修羅場……ですね」
「やーいやーいっ、モテモテのユウちゃんなんか刺されちまえー!」
外野がやいのやいの煩い。
今の声はヘルトとリュウとアカリだな? 最後のは間違いなくアリスだ。
全員、神の世界への引導を渡してほしいらしい。
しかし、外野は後でぶん殴るにしても問題はこの場をどう乗り越えるかだ。
好きなだけ己の思想と覚悟をばら撒き、【以心伝心】を以て本心であると直に伝えたルゥネは今も俺の太腿に大きな切り傷のある自身の左頬をすりすりと擦り付けており、何なら少しずつ上に上がってきていて怪しい位置に近付こうとしている。
そして、件の女連中。
これではまるで浮気がバレた最低男の図だ。実際は全く違うのに。
ていうかムクロは兎も角、他は俺の何なんだよ。
「何なのこの人……シキ君も何で強く拒まないの? 私の時はあんなに邪険にしたのに……!」
「ただでさえ変な虫が付いてて嫌なのにこれはないよユウ兄あれだけ女には気を付けろって言ったよね何年も掛けて外堀埋めてたところを異世界召喚されてハーレムとか意味わかんない、は? 何なの? えマジで何なの」
光のない瞳のままぶつぶつ言っててめちゃくちゃ怖い。何かキレてるし。
「こ、こうなったら私も……いやっ、ダメよ私っ、今は国の一大事っ、王族として民に安寧を……」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
…………。
呟いてる内容に絶句しつつ、ふと周りを見渡すとルゥネに向けられていた殺意込みの視線が何故か俺に集中していた。
「な、何で……?」
「「「「「ぶち殺すぞクソガキ」」」」」
「「「「「死ね」」」」」
俺の心からの疑問は殺人予告と純粋な罵倒、ピンと立った中指になって返ってきた。
船員の殆どが独身というのは知ってるが、男女関係無く醜い僻み根性を見せるのはどうなんだろうか。後、そのポーズこっちでも通じるんかい。
……いや、それよりこのままだと俺の命が危ない。というかメイは誰を殺すつもりなんだ。この粗大ゴミか? それとも俺か?
「あふんっ、言うに事欠いて粗大ゴミっ……それはそれで興奮しますがあんまりですわ! も~っ、シキ様のい、け、ずっ」
「うぉいコラ勝手に人の思考を読むなっ、どさくさに紛れて何処に顔引っ付けてんだ気色悪い!」
目的の部位に達したらしいルゥネが恍惚とした表情でスリスリしながらふざけたことを抜かすので、左手で顔を押し返しつつ怒鳴り付ける。
どうせ思考を共有するならレナとメイにも繋げてほしい。片目片胸片腕無しで、しかも全部俺が奪った年下の女を足蹴にしてまで拒否してるのに拒んでない扱いは目が腐ってるだろ。
「……ま、まあ私は……私が一番なら別に許さないでも……む?」
「ど、何処と申されましてもっ……言わせないでください恥ずかしいっ、私はただ夜伽の前に挨拶をと思ごはぁっ!」
「仕方ないな……」みたいな感じの反応だったムクロがルゥネの顔を見て首を傾げたのと、今更頬を赤らめたルゥネが思い切り血の塊を吐き出したのはほぼ同時だった。
俺のズボンと床が一瞬にして血で染まり、赤い水溜まりが出来上がる。
結構な量だ。どう見ても普通じゃない。
「うおっ、ビックリしたっ。うえぇ……ったく、無理するからそうなるっ、自分の身体くらい気遣えよ……ほら、立てるか?」
「ごほっごほっ……んぶはぁっ……! ずみばぜんわっ、ジギ様ぁっ」
流石にこれは……と思い、涙目で未だに血を吐いているルゥネの脇を抱いて近くの椅子に座らせる。
レナ達も同様だったのか、驚きながらこちらに近付き、回復薬を取り出していた。
「ルゥネさんっ、ほら回復薬飲んでっ」
「……治ったんじゃないのか」
「内臓に穴が開いてたのよ? シキ君と違って貫通もしてたし……刃物が通った訳だから至るところがズタズタだったらしいわ。寧ろ生きてるのと動けるのが不思議なくらいよ。多分、普通に歩くだけ……いえ、そもそも息をするだけでも激痛や吐き気、目眩が襲ってた筈……」
「はー……相変わらず何て精神力してやがる……」
メイがルゥネの肩を抱えて看病する横でレナに訊いていた俺は、それらの不調を隠し通していたルゥネに戦慄しつつも周囲に「散れ散れ、見せ物じゃないぞ」とジェスチャーで伝えていると、ムクロが真面目な顔でルゥネの顔をまじまじと見ていることに気付いた。
「…………」
「ムクロ? どうした?」
「……? ムクロさん?」
俺とレナがそう訊いても口を閉ざしたままルゥネの前で前屈みになり、ルゥネの様子を観察している。
……いや、視線からして様子じゃないな。ムクロが見てるのは……顔、か?
俺が気付くや否や、ムクロは「ちょっと!」と怒るメイを無視してルゥネの顔を鷲掴みにし、顔をじっくり覗き込んだ。
「こほっ、こほっ……あ、あの……?」
「お前……名前は?」
「る、ルゥぐぶっ……はーっ……はーっ……パヴォール帝国が女帝……ルゥネ=ミィバ、ですわ」
息を切らし、口元から血をダラダラと流しながら答えるルゥネに対し、ムクロは目を見開き、何故かこちらを見た。
信じられないものを見たような、驚愕の顔だ。
「何だ? 何で俺を見る?」
「いや……別に」
そう言ってもう一度ルゥネを見ると、ルゥネの耳元に顔を近付けて何かを呟く。
今度はルゥネが驚く番らしかった。ぎょっとした顔でこちらを見ている。
しかし、反応こそムクロと似ているものの、視線とか表情が違う気がする。
ムクロのがただの驚愕なら、ルゥネのは混乱多めの驚愕。
現にムクロと違って俺とムクロを何度も交互に見ている。
「え、何この反応……ユウ兄? ルゥネさん?」
「はぁ……またか」
介抱していたメイの疑問に答えられないまま、肩を竦めて嘆息する。
あれも言えない、これも言えない。
うんざりするくらいの秘密主義……未来を予知出来る姐さんの方がまだ融通が利く。
「うぅむ……しかし……う、ぅん……? う~ん……いや凄いな……これも愛の為せる業、か……?」
そんなやり取りの後、ムクロがぶつぶつ言いながら始めたのはルゥネの顔の観察だ。
さっきと違って頬っぺたをつねったり、無事な右目を覗き込んだり、ぺちぺち叩いて感触を確かめている。
これには流石のルゥネも困った様子で俺に助けを求めてくる。
「あの……あの~……? 止めてくださいます? あうあう……し、シキ様~……」
「おい何やってんだムクロ、止めろ止めろ。メイはそいつ連れて部屋に戻れ」
取り敢えずムクロの手を掴んで止めさせ、落ち着かせる為に背中を抱いて頭をポンポン。ついでにジト目で羨ましそうにムクロを見てるメイにも指示を出す。
「う、うん、わかったよ。ルゥネさん、大丈夫?」
「うぅ……ドレスとシキ様のお御脚、御神体を盛大に汚してしまいましたわ……」
「いや御神体って……ていうか気にするとこはそこじゃないよ多分」
御神体って何ぞや……? とか思いながら下を見てちょっと納得した自分が嫌になった。
ルゥネにとってはそれくらい大事なもので、翻訳の結果似た言葉が御神体だったんだろう。
「……あ、俺の部屋じゃなくてお前のだからな?」
「ふんっ」
「シキ様ー! それではまた後程お会……ガハァッ!」
「この変態っ、まだ言うかっ。ったく……それよりメイ、聞いて……都合が悪いことは無視かよ、何処の誰に似たんだ……」
メイは何やらツンとした態度でそっぽを向き、ドバドバ血を吐くルゥネと扉の向こうに消えていった。
間違いなく俺の部屋に行きやがったなあいつ。何で俺の部屋には女が集まるんだ?
「「「「「…………」」」」」
「……何だよ」
再度溜め息をついていると、周囲の全員がこちらを見ていることに気付いた。
「「「「「ご、御神体……ぷっ……」」」」」
「ぶふっ……お、オイラ初めてそんな単語聞いたぜ、ぶくくっ……」
「ぶくくっ、ご、御神体は草生えるっ」
「ぎゃはははは!」
半笑いと口元を抑えながらの嘲笑、ヘルト、リュウ、アリスの目ごと笑ってる態度が何とも鼻につく。アリスなんか手ぇ叩いて爆笑していて腸が煮えくり返りそうだ。
「「「…………」」」
「今度はお前らか……何なんだよ一体」
額に青筋が浮き上がる感覚と共に視線を感じたので見てみると、視線の主はムクロとレナ、アカリだった。
揃って無言で俺を見ている。俺というか下半身の一部を見ている。
「「「っ……」」」
「ポッ、じゃねぇよ。後何でお前らが照れる? ……はぁ」
仲良く頬を染めて顔を逸らした三人にツッコミを入れた俺はこれから始まる騒がしそうな日々を憂うのだった。
◇ ◇ ◇
ルゥネの身柄を受け取った後、シキはアカリの手を借りながら食事をしつつ、レナからシャムザの現状を聞いていた。
シキ達の隣にはセシリアやヘルト、ショウの姿もあり、真面目な顔で情報交換を行っている。
その更に横では周囲を全く気にせず暴飲暴食を繰り返しているムクロも居る。
その量は既に十人前に到達しており、シキはレナ達の会話をBGMに「ジル様を思い出すなぁ……」とムクロを見て和んでいた。
「じゃあナタリアは無事なのねぇ? あの時、途中からハルドマンテの姿が無かったように思えて心配だったのよぉ、良かったわぁ……」
「無事も無事、ピンピンしてるわ。兄のお陰で後遺症とかも無かったし。幾ら余裕がなかったとはいえ……まさか撃墜されて砂丘の中に居たなんて、よく魔導砲に巻き込まれなかったわよね」
「それも魔障壁のお陰、か……そういや、オイラ聞いたぜ? 何でも街一つを覆う魔障壁発生装置みたいのが掘り出されたってよ。なあ姫さん、あの噂は本当なのかい?」
「うーん……兄上や研究者達曰く、魔障壁というより、気候や気温を一定に保つ装置だそうよ。その点は魔障壁も備えてるシステムだけど、その障壁部分……結界? みたいなものに特別な防御力はないって。発掘なんてする余力があるなら別に回して欲しいんだけどね……それよりショウさん、物資は足りてる? ていうか隈凄いけどちゃんと眠れてる?」
「それは君達も同じだろ? 君達より年上で能力的に向いてる分、頑張らないとね」
「ていうか何で俺の横でそんな話するん? 今最愛の人ががっつく姿見るのに忙しいんですけど」みたいな目で見始めたシキは完全に無視され、話は続く。
「それと、スカーレットとかいう聖軍の子は撫子さんが面倒見てる状態。何かシキ君を殺す為に来たとかで騒いでたわね」
「あらぁ……坊やモテモテじゃなぁい」
「オイラもチラッと見たけど、赤髪の赤白斧持ったガキだろ? 怪我ヤバくなかったっけ? 腕取れそうだった気がするんだけど」
「特殊な体質だかスキル持ちでナール王子の力でも治らない筈なのにくっ付いた上に完治したらしいよ。商人は噂が回るのが早くて助かる。ま、上級騎士で序列一桁台は伊達じゃないってことだね」
「……話脱線してないか?」
朝から疲れるやり取り、会話をして、見聞きすること、更にはムクロのことを取り敢えず放っておかないといけないことに何度目かの溜め息をついて会話に加わるシキ。
スプーンで手元のスープを掬って飲ませようとしてくるアカリを手で制し、「ヘルトにでもくれてやれ」とシッシッすると、話を戻す。
「一先ず暴動は落ち着いたんだっけか」
「……何処かの誰かさんがやってくれた公開惨殺のお陰でね」
「男女関係無く微塵切りにしたって聞いたわよぉ」
「血の雨が降ったとも聞いたな」
「それ見て投降してきた人まで情け容赦なく切り刻み、刺し殺し、頭を蹴り潰し回ったって?」
見せしめにも結果的にも良かっただろうと反省のない態度を貫くシキに対し、全員が「いや、そのやり方よ……」と嘆息しつつ、新たな話題が上がった。
「そういや、怪我人や行方不明者の方は? オイラ達ゴーレム部隊はまだ瓦礫の撤去作業に追われてるけど、いつの間にか救助医療班見なくなったんだよな」
「そっちも漸く落ち着いてくれたわ。お姉ちゃんの協力もあって粗方ってとこかしら。問題は遺族への対応ね」
「……あれ、リュウとアリスは何処行ったんだ? さっき居たよな。ぶん殴ろうと思ったのに」
「だからその撤去作業だバカ。オイラとリュウで交代交代でやってんの。アリスも王都中を駆け回って物資運搬とか怪我人運びとかしてんだよ。食っちゃ寝食っちゃ寝で女といちゃコラしてるお前と違ってな」
「誰がバカだバカ。確かハーレムメンバーの二人も回復魔法と運搬で活躍してるって誰か言ってたな。後、一人メンバーが増えたとも。……あ、言ってたの本人だな。この前、自慢された。あいつ、俺に刺されろとか言う割にはちゃっかりしてるよな」
「バカはお前だバーカ。何か今回の戦争で家族を亡くした若い研究者だってな」
「お前よりは遥かに教養があるわ本物のバカが。あいつの女、全員過去重いなー……」
シキとヘルトの下らないやり取りに、セシリアとアカリは肩を竦め、ショウは苦笑い。はぁ……と溜め息をついたレナが手をパンパンと叩きながら間に入る。
「はいはい、バカバカ言うのは止めなさいよみっともない」
「煩いバカ女。少なくともこの中で一番のバカはお前だぞこのバカ。反省しろよな。何度あの時殴り殺してやろうかと思ったことか……」
「うっ……あ、あの時はっ……だ……って……」
「おいっ、あんまり姫さんを虐めるなよっ」
「お前もお前だ。レナかアカリかハッキリしろよこの二股野郎」
「二股じゃねぇわっ。てかお前が言うのかこのハーレム野郎っ」
「あぁん? こちとら望んでねぇんだよ、やんのかっ」
「はーい、また脱線してるわよぉ~。坊やも落ち着きなさーい?」
「むぐっ」
シキのイラつきが本物であると見抜いたセシリアはシキの顔を自身の胸に埋めさせて黙らせた。
軽く抵抗していたシキも、ムクロと似た温もりと柔らかさに力が抜け、脱力していく。
戦争中の冷静さを欠いていたレナに余程イラついていたらしく、シキは未だにネチネチと嫌味を言ってはナールやヘルトにキレられ、喧嘩になっている。
療養期間という名目で、本人は自力で立って食事も何らかの作業の指揮も、戦闘すらこなせるほど回復しているのに四六時中何人もの女に看病されてるとなればナール達も突っ掛かる。その女の中に腹違いだが溺愛している妹や意中の女が居れば尚更だろう。
尚、その溺愛されている妹レナと意中の女アカリは気まずげに三人のやり取りを見ていた。レナは満更でもない反応のシキと心なしか合法的に抱き締めることが出来て嬉しそうにしている姉を見て複雑な顔もしている。
「兎に角、国自体は落ち着きつつあるってことだよね。俺達の働きもあって……さ」
「……そんな目で見ないでよ、わかってるから。全く商人ってホントそういうとこよね……問題は今回の戦争の落としどころよ。あの女帝が協力的なら不可侵条約とかこちら側に有利なことも決められるんだけど……」
「あの状態で帰したら間違いなく下克上されるのよねぇ……というかその未来しか見えないわぁ」
当然、見返りはあるよね? みたいな目のショウにうんざりしつつ、レナは姉の方をチラリと見て言葉に詰まり、セシリアは「ね、姐さ……そろそろ離し……むが」、「だーめっ。後、食事の時くらい仮面外しなさぁい? 痛いわぁ」、「……ふぁい」、「ふふっ、素直で宜しいっ」というイチャイチャムーブで雰囲気をぶち壊しながら、非情な現実を叩き付けた。
戦争終結後、肩の荷が降りたと数日間眠り続けたセシリアは直ぐに復帰してシャムザの未来を見続けている。
その働きで生き埋めになった者や死者の捜索、墜ちたアンダーゴーレムに沈黙していたハルドマンテの発見等、山のような戦果を上げており、それらが落ち着いた後はレナとナールに民への対応を任せて帝国や周辺国の様子を探っていた。
その結果、得られたのは『ルゥネ達の扱いは難しい』という誰もが分かりきっていることとその他の未来のみ。
現状では部下は兎も角、ルゥネに反抗の意思が皆無かつシキが指示すれば喜んで追従する未来を見た為、ルゥネ達の傷を癒し、先程レナが言ったシャムザに有利な条約を結んで帰すのが最も平和的な道と見ている。
そうでもしない限り、敗北したルゥネを見限り、下克上を始める帝国臣民が現れてしまう。
帝国とはそういう国なのだ。敗北=死。事実、帝国の歴史上、他国との戦争で敗北した皇帝は例え五体満足で生きて城に帰ることが出来ても、全てその直後に起きたクーデターや反乱で弑逆されており、新たな皇帝が台頭している。
しかし、ルゥネ達ならばその反乱を鎮めることが出来る。
強者である転生者達は無茶無謀をやらかし、世界統一、制覇等と夢物語を語るルゥネを裏切ることはなく、ルゥネはルゥネで自分に付き従い、結果を出す者には相応の褒美を与える器を持っている。
そのルゥネは見ての通りの態度、性格なので、生涯シキに絶対服従するとハッキリ宣言し、シキが認めれば話は早いのだが……
「おいシキ。お前が埋めるのは私の胸だ。違うか?」
「はい仰る通りです……」
「じゃあ何でその女にデレデレしてたんだ?」
「そ、それはその……」
「ふふん……坊やは私やムクロさんみたいな年上の女の人が好みなのよぉ。ねぇ坊や?」
「えっと……」
「……シキ?」
「わ、悪い。いやな? ムクロがこの世で一番綺麗で可愛いのは事実なんだが、こればっかりは姐さんもめちゃくちゃ魅力的で……ん? 待てよ? この世で一番可愛いのはジル様だ……それは不動……つまり、可愛いのはジル様……綺麗なのはムクロ……姐さんはエロ……って何言ってんだ俺は」
「っ……」
「ぐああっ、そんなうるうるした目で見ないでくれっ……今のは違くてだなっ。えっと、そのっ……くっ、良心と罪悪感がっ」
これである。
気まずげに「いや、浮気じゃないよ? うん、違う……違うだろ?」と珍しく仮面を外し、素顔を見せている現在の情けない彼は、自身の利き手である右腕を失くす要因でもあり、何人もの犠牲者を出した原因でもあるルゥネを少なからず憎く思っている。
ルゥネの【以心伝心】を通じ、レナとアカリ、メイ辺りはそれが本気の憎悪とはまた別物で、許す許さないの域とも違う、『敵であり、敵ではない』、微妙なラインの感情を有していることを知っている。
ルゥネの愛の告白や想いが本物で、レナとメイへの返答同様に困っていることも、答えるつもりがないことも周知の事実と言えよう。
しかし、シキが幾らルゥネ本人に対してそこまでの恨みを持っていなかったとて、国民や仲間達が良い思いをしないのは政に慣れているレナやナール、長年人の上に立ってきたセシリアこそ良くわかっている。
だからこそ、話し合わなければならない。
「……もう少し様子を見たらシキ君にお願いして女帝をこちら側に引き摺り込みましょ」
「……だな。まあシャムザには付かなくても、あの様子なら言うこと聞きそうだけど。あの女帝は流石のオイラでもお手上げだわ」
「問題は彼だろうね。蹴り入れたり、頭踏んづけたり結構な態度だけど、本質的な部分が彼女と似ているように見える。……商人としては彼女や帝国とも繋がっておきたいし、助かるんだけどね」
「シキ君に限って絆されるなんてことはない……と思いたいわね。後は謎の多いムクロさんか……お姉ちゃんもアリスもシキ君もわかってそうな顔して答える気ないのよね……」
こういう時こそルゥネの【以心伝心】が役に立つ。
そう前向きに思うことは出来ても、一抹の不安は拭えない。
何処か楽観的にも見えるセシリアとルゥネの態度、シキの危うさは特殊過ぎる固有スキルを持たず、召喚された短期間でシキが受けた苦痛を知らない者には怪しく、それでいて心配に思えるらしい。
今月のラスト辺りから約一か月出張&夜勤勤務が決定してしまったので、来月全体の更新が怪しくなりました。行ったことある人曰く寝る時間は数時間か土日しかない地獄らしいです。まあいつも通り、書ければ更新します。次章前に閑話を何話か入れたいので、イケると思いたいですね……(遠い目)




