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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
194/334

第183話 運命の出逢い再び

遅れて申し訳ない&変なタイミングですが書けたので投稿。



 痒くて痛い。



 もう無い筈の腕が。



 何とも不思議な感覚だ。片腕が無い分、重心もかなり変わった気がして嫌なようで、身体が軽くなって精々したような、変な感じがする。



「幻肢痛……だっけか」



 『崩落』とその群れを一掃した後、力尽きたルゥネ達を捕縛し、怪我人の治療、行方不明者の捜索、被害状況の確認、避難民のケア、その他諸々で休む暇もない一日を終えて、早二週間。



 戦後、真っ先に気絶した俺はレナとナール達に連れられ、サンデイラへと届けられた。

 もう飛べないほどの損傷を負ったサンデイラではあるが、周囲の気温を調整する魔障壁や艦内にあるクーラーのような機能は健在だった為、王都で抱え込めなかった戦争の被害者はサンデイラに集められている。



 俺もその一人だ。

 付きっきりで看護してくれていたメイやアカリ、ムクロ曰く丸二日も眠っていたらしい。



「ん……」



 俺の独り言に反応したのか、俺の左手を握り締めながらもたれ掛かるようにして寝ていたメイが目を覚ました。

 寝足りないらしく、目を擦って眠そうに挨拶してくる。



「ん、ぅ……ユウ兄、おはよう……」

「もう昼だ。いい加減手ぇ離してくれ」

「良いの~……」



 場所は元々俺に宛がわれていた部屋。つまり自室。



 相変わらずムクロは俺の隣で爆睡してるし、アカリも部屋の(すみ)で待機している。



「……お食事でも持ってきましょうか?」

「っと……んじゃ四人分頼む。アカリの分も含めて四人分な」

「かしこまりました」



 いつまでも離さないメイから無理やり左手を引っ剥がし、無い右腕を掻こうとして動きを止めた俺に対し、一瞬憐れむような目を向けてきたアカリにお願いする。



 アカリが出ていった後は再び静寂が訪れた。



 しかし、それは俺達の部屋限定の話だ。



 アカリが扉を開けた途端、外の喧騒が入ってきていた。



 怒号や悲鳴、誰かが忙しなく走る音。実に騒がしい。



「そろそろ……出るか」

「立てるの?」

「ナール達のお陰で殆ど治ってる。お前らが騒ぐから療養してたんだろうが」

「だ、だって……」



 回復魔法や回復薬という元の世界では考えられない治療法が主流のこの世界にも医者は存在する。

 と言っても、変な風に折れた骨や関節、治り辛い内臓の怪我、病気に風邪の治療と分野は色々ある。



 現在、寝る暇も与えられないほど大活躍中の医者は前者の怪我人専門の奴等だ。



 ルゥネに撃ち抜かれてカクンカクンしてた俺の右足首も俺が気絶している間に治してくれたらしい。

 その治し方というのが中々の荒療治で、俺の場合は治りやすいようにと、応急措置で埋めた傷穴を抉り戻し、見えてきた骨そのものに治療を施したり、適当に使った回復魔法や回復薬のせいで変な形に治った骨や関節を正しく……というのも変な話だが、兎に角、元の形に治るように折り直し、再度治療する等、聞くだけでゾッとする内容だ。



 後は内臓の怪我の具合を見る為にそっちの方の傷も抉られたっけか。

 それはもう流石の痛みで、治療の為に再度右足首に穴を開けられようとも骨を折られようとも弾丸摘出の為にピンセットみたいなのを身体に突っ込まれようとも、こんこんと寝込んでいた俺が飛び上がるほど痛かった。瞬間的に糸か何かで人の腹の中を縫っていた医者数名と大量の血を見て吐いていたナールをぶち殺そうかと思ったくらいだ。



 先程外から聞こえてきた喧騒も殆どその医者達による奮闘の結果、大の大人が男女関係無く上げている怒号やら悲鳴やら泣き叫ぶ声である。

 俺みたいに内臓を痛めた奴は少ないらしいが、身体の内部に残った弾丸の摘出、傷口の縫い留め、回復効果が出やすくするor正しく治す為の強制骨折、四肢欠損部の一部切り落とし作業と麻酔無しでは痛すぎる処置ばかりだ。



 怪我人のステータスが高ければハンマーとか(ノミ)とかキリを使うとも聞いた。全身押さえ付けられるか縛られるかして、どんなに泣き叫んでもやられるんだから一種の拷問だろう。

 因みに俺はベッドに縛り付けられた上でジル様の爪仕様の短剣で腹裂かれてた。幾らシャムザにろくな武器がないからって、まさか自分の武器で斬られるとは思わなんだ。医者に好評で未だに大活躍しているようだ。悪いな、顔も名前も知らない戦士達……南無南無。



 それはさておき。



 身体の具合も良好で、現在も拷問みたいな治療を受けている他の奴と比べると全快しつつある俺の元にも医者とナールは定期的に現れては随時、ヒビや裂傷、打撲等の比較的軽い怪我を短期集中して治してくれている。

 同時に、もう少し安静にしていてほしいとも言われており、何日も寝たきりだ。



 ルゥネにやられた内臓のダメージは決して軽くない。傷は無くても、痛みはまだある。医者が安静にと言う気持ちもわかるというもの。



 また、功労者である俺には王族直属の医者が宛がわれたものの、他の雑兵や王都民は違う。

 怪我人に対し、プロの医者の人数が絶対的に足りてないこともあってか、『最前線で戦った者である』、『重傷者である』、『王族ないし貴族である』、『騎士、兵士に医者等、現在必要な人材である』等の条件に合わない者は後回しにされ、その結果、放置された彼等の中で怪しい民間療法を行う者や民の中だとどうしても物知りになる爺さん婆さん、何処からか湧いてきたヤブ医者による適当な治療が流行してしまった。



 中には正しく治療出来る者も居たようだが、そもそもの知識、技術が圧倒的に無い者による治療の大半は当然逆効果であり、例えば馬や馬代わりに使っている乗馬用の生物の糞尿を傷口に塗り付けるだとか唾吐きで耐えるだとかただ染みるだけの香辛料を当てるだとか砂と風に晒して自然に治してもらうのを待つだとか……一般常識程度の医学知識がある俺やメイ達異世界人からすれば、それはそれはまあ信じられないような迷信的方法を行っており、病人が増加。更なる重傷者が増え、王都の一部では流行り病すら出ていたようだ。



 その上、前提となる怪我人の数も膨大。回復魔法の使い手や回復薬も不足。魔力回復薬も病人の世話をする者も不足と何もかもが無い無い尽くしだった。



「……戦争による死者だけで軽く二千人を越えてるらしいな。大半は『砂漠の海賊団』や騎士、一般兵のようだが」



 窓の方をチラリと見た俺がそう言うと、メイは立ち上がって窓の先を見つめ、ため息をつきながら返してくる。



「うん……後は病気とかの二次被害と……暴動による、三次被害……っていうのかな。暴動に巻き込まれた人や鎮圧作業に当たった人も含めるともっと増えるみたいだね。今も黒い煙が二~三上がってるよ。私が言うのもなんだけど、戦争が終わったんだからそれで良いと思うんだけどね」

「何かさっきからチカチカしてるなとは思ってたが、またか。しかも爆発ってことはアーティファクト使ってるな?」

「あー……多分? この距離じゃ私でも流石に見えないし。でも多分……うわっ、また爆発した。魔法っぽくない光だね今の」

「……大分前の嫌な予想が当たった。まあ被害が被害で対応が対応だ。もしたらればを考えれば怒る奴の気持ちもわかる。だからって何だって奴等はテロに走るんだ。後、ただの一般市民に貴重なアーティファクトを奪われるとか管理がずさん過ぎだろ」

「私にも訊かれてもね~……管理はまだバタバタしてるからだと思うけどさ」



 窓の外を見ながら困ったように言うメイ。

 だろうな。頭のイカれた奴の考えがわかるってことはそいつも頭がイカれてるってことだ。



「それに加え、少し前のソーマ一派とシレンティ騒動と来たもんだ……あの時点で不足していたものが今回の防衛戦でルゥネ達から巻き上げられるとは思えん」

「帝国だからね。頭が取られたとなれば新しい頭が生えてくるんだもん。寧ろ知らせない方が得でしょ。攻める大義名分が出来ちゃうし」

「気持ち悪い国だな。ルゥネは〝王〟なんだろ? いや、帝国だから皇帝……女帝か。あの気概と気品は確かに王族って感じがしたが……」

「まあね。ただ幸い、城の人間は全員ルゥネさんの部下で固めてあるし、帝国臣民の殆どはまだ魔導戦艦の速度を知らない。一ヶ月は持たないと思うからそれまでが期限かな。半年くらい居たけど、まだ初期のピッ(ピー)ロさんの方が可愛げある国だよ」



 シレンティ騒動から今回と、全体の死者数は約七千人。被害者だけで言えばシャムザの全国民だから数万にも及ぶ。後は家屋とかな。

 先程話した二次被害、三次被害に追加で、場所によっては食糧や寝床もないんだから目も当てられない。せめてルゥネ達から補償金やら同価値の代替品が得られれば国民も黙りそうなものだが、攻められたのを守っただけじゃ何の成果も得られないだろう。



 可哀想なのは寝させてもらえない医者達やその補佐、回復薬等、ポーションを作る薬師、それらの戦後処理に当たっているレナ達、ショウさんだ。



 医者達は言わずもがな。レナ達もまともに寝てられないくらいバタバタしてるし、ショウさんはショウさんで貴重な生産系の固有スキル所持者兼商人。

 無事だった小型の魔導戦艦や新たに生成したアーティファクトで常時シャムザ中を飛び回っていると聞いた。



「こうしてテロやら暴動やらが多発するのも、生活物資まで不足してるとなれば当然っちゃ当然……シレンティ騒動の復旧作業だってまだ途中だし……チッ、魔物相手なら兎も角、人間相手だとこうも面倒なのか。余計な知識が増えたな。……はぁ。出来れば俺もただの一般兵が良かった」



 戦争中もその前も何回か暴動が起きていたようだが、それらは国民に人気のあるレナや暫定の王的立場に居るナールが抑えてきた。

 戦争が終わったばかりで友人知人家族が死んだ兵達も気が立っている。しかも何処から手に入れたのか、アーティファクトを持っている相手だ。加減も出来ない。



 となれば……



「病み上がりだってのに……仕方ない。英雄兼恐怖の象徴を演じてやるか……」



 自分で言うのも何だが、俺はシレンティ騒動に引き続き、今回の戦争で大活躍したとあって、この国の英雄として崇められている。

 ならば、その英雄である俺が直々に手を下すのが効果的だろう。



 見せしめにテロリストを八つ裂きにするとかな。

 まあ恐怖する奴の他に「こんな狂暴な奴と国が癒着してるのか」とか言って暴れ出しそうな奴も出るだろうが、どの道、ジタバタしたって状況は好転しないってことをわからせないといけない。



「私も手伝――」

「――お前はダメだ」

「何で!」

「公には捕虜だからだ。補助はアカリに頼む」

「あいたぁっ」



 勝手に盛り上がっていたメイに被せ、尚且つ額を凸ピンしたところで、アカリが戻ってきた。



「……主様? お食事の用意が……」

「悪いな、いつも。出来れば奴隷や使用人みたいには使いたくなかったが……片腕状態に慣れる当分の間、補佐を頼むことになる」

「いえ。寧ろ主様に仕えることが出来て嬉しいです」

「……そうか」



 また、はにかむように笑った。



 死んだような顔をしていた、あのアカリが。

 日本人特有のっぺりした顔に金色の瞳というアンバランス感はあれど、肌は白く、目鼻立ちもハッキリとしていて、やはり可愛い顔立ちだ。



 正直、嬉しいようでいて心苦しくもある。



 口では綺麗事を並べておきながらも、結局はアカリを手元に置き、使()()()いる。

 当初こそ奴隷制度やアカリが受けた仕打ちに形容し難い苛立ちを覚え、奴隷の主人として接するのが嫌だったが、この世界に順応した今ではそれほど忌避感はない。だからといって賛同している訳でもないというのが何とも言えない。



 最近はヘルトと良い仲だとアリスやリュウが話していた。

 その内、この曖昧な関係にもケリを付ける必要がある。



 前回……俺から突き放しておいて奴隷に戻すとかいう茶番をやらかした時は心が壊れていた状態で、迷いなく助けてくれた(とアカリ本人は感じているらしい)俺に「奴隷じゃなくて仲間としての繋がりが欲しい」と言われ、その上、有無を言わせずに奴隷と主人の繋がりを断たれたことで唯一の心の支えが離れていくような、見捨てられるような感覚か何かがあって泣いたように思う。

 今とあの時とじゃアカリの精神状況や強さが全く違う。今なら俺の気持ちを汲んでくれる筈だ。俺がアカリに求めてるものもわかっているだろう。どんな距離感でいれば俺が有り難く感じるかも。



「んぁっ……んふふ、シキぃ……そこはもう少し優しく……むにゃむにゃ……」

「「え?」」



 ちょっとした長考はムクロによって遮られた。

 全く……癒されるやら脱力するやら。



「おいムクロ、起きろ。飯だぞ。てかそろそろ服くらい着ろ」

「「え」」



 幸せそうに眠るムクロに苦笑しつつ、頬をペチペチ叩きつつ、メイとアカリにギョッとされつつ、俺は再び窓の外に目を向けた。














 その日の夜。



 俺はレナ、ナールと共にルゥネが幽閉されている部屋に来ていた。



「シキ君……貴方、また派手に暴れたって聞いたわよ」

「うむ。お陰で鎮圧の手間が減ったと兵が喜んでいた。良い抑止力になるとも。しかし、民も疲弊している。あまり血を見せるのはな……」



 ……会った途端にこれだ。わざとらしくげんなり、苦々しい顔しやがって。

 まあ確かに散々殺し回って投降してきた奴ごと細切れにしたのはやり過ぎかなとは思ったけども。



「今は話すべきことはそれじゃないだろ。こいつが先だ」

「貴様……」

「はぁ……逃げ仰せるなんて思わないことね」

「煩い」



 ココとかいうフクロウ女の固有スキルで辛うじて生きていたルゥネはナールの尽力もあって、死にかけの状態から半死に状態まで回復している。

 それでも左目は失明したまま。右胸は半ばから無く、左腕に至っては肘から先が綺麗に失くなっている。ステータス上のHP項目で言えば半分死んでいる状態だ。



 トドメのつもりで腹に刺してやった俺の爪が特に深刻だったらしく、傷が塞がった今でも時折血の塊を吐き出すことがあるという。



 俺としては、その状態のルゥネを数日間放置しといて助けるか殺すか議論していたナール達もどうかと思うんだが……まあ良い。



 状態が固定されているせいで容態が悪化することがなく、死ぬこともない。

 その瀕死の状態で数日間も放置された結果、その間ずっと生死を彷徨(死ぬ寸前の痛みを味わ)っていたとも聞いたが、全部自業自得だ。身から出た錆とも言う。正直、あわよくば死んでくれと願っていたナール達の気持ちもわからんでもないしな。



 さて、そんな不遇を受けたルゥネではあるが、今回の戦争を引き起こした張本人、最高責任者であると同時に、実質的な立場はレナ達と同じか、国土や民の数の差を踏まえればそれ以上に当たる面倒な捕虜でもある。

 他国、帝国の間者に『シャムザは捕虜を檻に閉じ込めて拷問している』等とあることないこと吹聴されない為、暗殺防止の為、常に監視する為、と様々な理由から王都の中で最も高級な宿屋の一部屋を宛がわれていたルゥネは両腕両脚、目と口を縛られて身動き一つ出来ない状態で椅子に座っていた。



 左腕はないので上腕同士を後ろ手に縛られ、両脚は太腿と足首の両方という徹底っぷり。口の猿轡だって血を吐き出せず窒息する恐れ……というか既に何回か窒息したらしいが、それでも拘束はおろか監視の目も緩むことはない。

 流石に食事やトイレといった時は四肢の拘束が解かれるので自由な時間もある。が、当のルゥネに反抗の意思は全くないそうで、ここまで厳重に拘束され、風呂代わりに身体を拭かれている時やトイレ中すらも女騎士に見張られているのに至って平然としており、従順。強いて言うなら(シキ様)に会わせろ、部下は無事なのかと毎日騒ぐのが日課だとか。



 まあこいつには【以心伝心】という、帝国主義国家のトップかつ戦闘狂にはこの世で最も持たせちゃいけない力がある。

 正確な範囲は未知数。しかし、戦争中に見せていた意志疎通距離を考えると、王都全体の状況を把握している可能性もある。その為、楽観視は決して出来ない。



 とはいえ……一応、妙なことを仕出かさないようにとルゥネと部下達はそれぞれかなり離された位置に隔離されているが、先ず無駄だろうとも思う。

 部下について質問するのだって、ただのブラフか、敢えて質問することで自分達を意識させ、今後どうするつもりなのか、どう思っているのかを確かめているか、とかそんな感じの筈だ。



 ――わかっているのなら拘束を解いてくださいまし。この規模の都なら届きます。何より折角来てくださったシキ様のご尊顔が拝見できませんし、直接お話したいですわ。



 ルゥネの声、思考、感情が直に伝わってくる。



 どうやら本心らしい。

 本気で抵抗の意思はなく、部下と秘密裏に結託して逃亡しようと企んでもいない。純粋に俺と話したいだけのようだ。



 それが伝わって面白くないのは存在そのものをスルーされたに等しいナールである。

 顔を真っ赤にし、これでもかとルゥネを睨み付けている。



「貴様っ、自分の立場がわかっていないようだな……!」



 完全に頭に血が上っているようなので、静めさせる為にも余計なことをさせない為にも間に入ってやる。



「……解いてやったらどうだ。アーティファクトは全て没収してある。もし抵抗したところで、だ。こいつは錬成師とかいう生産職なんだろう? 生産職のステータスなんざたかが知れている。それはお前がこの中で一番わかっている筈だ」



 因みに錬成師は物質と物質の融合、解離、配合の組み換え等、某錬金術師的な職業で、ナールは薬師。知識さえあればそれぞれ武器や防具の創造、薬物の創造が出来る、稀有と言えばまあ稀有な職業だったりする。

 ナールの場合、自分の固有スキルに利用する為、オリジナルの毒物しか作ったことはないようだが。



「む、うぅん……し、しかしな」

「…………」



 俺の提案に対し、暫定の王であるナール、そして、補佐となるレナが難しい顔でこちらを見てきた。



 実際、二人の言い分、言いたいことは尤もな意見だ。



 今回の戦争でシャムザは尋常じゃない被害を受けており、しかも現在進行形で国にとって宝とも言える国民が苦しんでいる状況。

 簡単に、はいそうですかとはいかないし、ルゥネの態度を看過してしまえば死者、ひいては国民への侮辱にもなる。



 しかし、ルゥネは敢えて自分と俺、レナ、ナールの四人のみの意識を共有させているらしく、監視、護衛の騎士に怒ったような様子はない。

 聞こえてるなら怒って当然の態度であるにも関わらず、だ。



 その上、俺達三人の互いの思考もわかるようになっているせいで、二人にも俺の「気持ちはわかるが……それでは話が進まないだろう?」という、真理ではあるが、何とも微妙な俺の意見が届いている。

 俺が国民や二人の気持ちを軽んじている訳ではないこと、俺達の感情度外視で今後どうしなければいけないか等、こちらの思考が伝わると同時に、二人の思考も入り交じって返ってきていて、一種の会話にすらなってしまっている。



 人と人がわかり合う為の、『対話』の固有スキル。



 もしルゥネの力が無ければ互いの言わんとしている真の意図が伝わらず、喧嘩になっていたかもしれない。

 それでいて、無い方が互いの腹の内がわからない分、話が早かったかもしれない。



 現状では全員が煮詰まってしまった。



 何とも厄介な力だ。



「で? 立場上はただの一般兵、もしくはただの賊に過ぎない俺を呼び出した理由は?」



 お互いの思考や感情がわかってしまうが故に止まってしまった場を無理やり動かした俺はルゥネの目隠しだけを取り外してやりながら訊く。



 ……片腕だとやり辛いな。



 と、俺が思ったから、だな。

 レナが代わりに動いてくれた。



 気の利いた行動だが、俺の思考が伝わったからこその行動だ。

 催促した訳じゃないことや本当にふとそう思っただけというのがわかる分、レナも苦笑いでやってくれている。



 ――えっと……出来れば口のも外してもらえると嬉しいんですけど……



 俺が付けた大きな切り傷のせいで痛々しいほど裂けている左目とは違い、至って無事な右目を眩しそうにパチパチしながら、ルゥネは何とも図々しいことを宣った。



「そこは我慢しろ。現状で会話になってるんだ。こちらとしてはお前を無理に自由にする必要はない。こいつらの気持ちの問題もある。それがわかっていながら無駄なことを話すんじゃあない。さっさと質問に答えろ。何で国のトップじゃなく俺なんだ?」



 俺が二度目の質問をした瞬間、再びルゥネの思考が俺達の脳内に入ってきた。



「っ……まあ、そうなるか」

「し、シキ君はどう考えてるの……?」



 間髪入れずの二人の反応に、同じく脳内で答える。



「……助かると言えば助かるが……貴様、野心というものがないのか?」

「あのねシキ君……言っても無駄だろうけど、普通はもう少し揺れるものよ」



 二人からすればまさかの即答+内容だったらしく、ナールは頬をピくつかせながら、レナは安堵のような溜め息をつきながら言ってきた。



 ルゥネの言い分は詰まるところ、帝国の大将(自分)を討ち取ったのだからお前が帝国の大将になるべきだ、というもの。



 そりゃそうだ。

 帝国生まれ、帝国育ち、前皇帝の血筋らしいルゥネですらクーデターを起こし、逆らう者全てをひれ伏せさせた上でトップに君臨した経緯がある。



 そのルゥネを倒したのは俺だ。

 トドメを刺し切れず、捕虜という扱いに困る立場に追いやってしまったとて、ルゥネ本人を下したのが俺であることに代わりはない。それは最早、仲間や兵、国民とこの国の殆どの奴が知っている事実だ。



 そのルゥネ曰く、成り行きかつ防衛戦だったとはいえ、今の俺には皇位継承権のようなものが発生しているらしい。



 帝国に行き、「ルゥネを倒したのは俺だ」と宣言すれば俺が次代の皇帝。

 無論、反対派や信じない者は出るがルゥネと同じように全て斬り伏せれば何の問題もない。



 ――私の首を持っていくのが最も話が早いですわ。氷漬けにすれば腐らず、本人確認も出来ますし。



 心の中でそう言ったルゥネは笑っていた。



 口元は相変わらず縛られていて見えない。

 しかし、心が、思考が笑っている。



 どうする? と、俺の反応を楽しんでいる。



 だからこそ、レナ達は俺の方を見たのだ。

 帝国が()()()()国だとわかっているから。



 この世界に来て二年も経ってない俺と十数年生き、何百年もの帝国の歴史を知っている二人では受け入れ方が違う。

 ルゥネが俺との再会を望んでいたのも納得がいったんだろう。



 そして、俺が脳内で自分の考えを即答したからこそ、脱力した。



 何故なら俺の答えは……



「この際、口でハッキリ言わせてもらうぞルゥネ。答えはNO。国なんざ要らん。しかもそれが帝国となれば尚更糞食らえだ、このマヌケ」



 というふざけたものだったから。



 多分、俺の返答はルゥネもわかっていたように思う。



 【以心伝心】の力で王都にさえ居れば会話は可能の筈。



 にも関わらず俺を呼んだのは直接確認したかったからではないだろうか。



 俺の考え、生き方、今後の方針を。



 俺の返しに対し、口では「ぶくくくっ……」と怪しく笑い、内心では大爆笑しているルゥネを見る限り、間違いない。



 ――あはははははははっ! うふふあ痛たたたっ……ひーっ、ひーっ、お、お腹が痛いですわっ。あー笑いました笑いましたっ。でしょうね! 見込んだ通り、面白いお方です。会えて良かったっ。



 一通り笑った後、スッキリしたような感情を伝えつつ、そう言ってくる。

 しかし、往生際は悪いようで尚も続けてきた。



 ――もし……私のメンツの為、伴侶になってほしいと頼んでもダメでしょうか? 表向きは私が皇帝で貴方様の傀儡になる形にはなりますが……



「断ると言った」



 ――我が国に来れば富も名声も金も権力も……女性だって思いのままに出来ますのよ? 好きな時に好きなだけ。技術が進歩すれば魔導戦艦の艦隊を作ることも出来る筈……そうなれば我が野望、悲願でもある世界統一をも成し得る世界の王になれますわ。それでもご興味はありませんか?



「くどい」



 俺がルゥネの目を見てハッキリと言い切っており、【以心伝心】でもその気がないと伝わったからか、ルゥネからの心の声が聞こえなくなり、それまでの提案は全て本心であると訴えていたルゥネの感情も完全に霧散した。



 思考が同化しているのはルゥネを除いた俺、レナ、ナールの三人のみ。

 何か考え事をする為に自分を切り離したんだろう。



 まあ怪しいには怪しいが、どうせ今のルゥネには抵抗する術がない。放っておいても大丈夫の筈だ。



 一方でレナとナールは俺が心から、全く、一ミリも靡いていないとわかってドン引きしているような、嬉しいような、理解出来ないような変な感情を伝えてきている。



 正直、俺からすれば政なんてものは面倒でしかない。



 ルゥネの挙げたものも特段魅力には感じないしな。後ろでふんぞり返ってるよか、前で戦ってた方が楽だ。

 金はまあ幾らあっても良いけど、女なんか一人で十分だろう。一般的な日本人の倫理観を抜きにしても何人も侍らせる趣味は俺にはない。何なら一人の時点で持て余してるし。……ムクロが特別だからな気はしないでもないが。



 ――そう、ですか。わかりました。この場では諦めることとしますわ。



 俺が何とも言えない視線と思考、疑念に挟まれている数秒後、黙りこくっていたルゥネの中で何らかの結論に至ったらしく、再びルゥネの声が聞こえるようになった。

 しかし、応用が利くのか、思考や感情までは伝わってこない。本心がどうかはわかる。が、何を考えていたのかが全くわからない。



「便利な力だな……というか何だこの場ではって。一生諦めろ」



 ――そうはいきません。改めて決めました。改めて惚れました。私、シキ様と結ばれるまで諦めません。我が生涯を掛けてシキ様に尽くすと今決めたんですの。ふふっ……普段崇めてない神にも誓いました。

 ――はあぁぁぁっ……! シキ様シキ様シキ様シキ様シキ様ぁっ、凛々しいですわ素敵ですわカッコいいですわぁ……!! 好き! お慕いしています! この気持ちっ……まさしく愛ですわッ!



「うん?」

「何だと?」

「……は?」



 何か思考がダブって聞こえた。

 しかも重なって聞こえた割には両方ともキチンと伝わってるし、内容はほぼ同じ。



 心なしかルゥネの右目の奥にハートマークが見えたような気がした。



 ナールも同様だったのか、思わず目を擦って聞き返し、レナからは低い声が聞こえてきている。



 ――私っ、私よりも強い方にこの身を捧げるって密かに決めてたんですの! シキ様は私に勝ちましたっ! ですので、この身体はシキ様のものですわ!

 ――この瞳に永遠の暗闇を与え、片腕と片胸を斬り落とし、鋭く熱い刃を三本もくれたシキ様が何より愛おしいんですっ! 刺されたお腹と失くなった胸まで熱くなるようで……! あの痛みっ、あの悔しさっ、あの敗北の快感が忘れられませんっ!

 ――私達が出逢ったのはやはり運命っ! いえっ、寧ろ必然っ! 運命の赤い糸とやらは見えませんでしたが、身体がっ、心がっ、魂が告げています! 貴方様が何百何千何万年もの時を越えても尚っ、私と繋がる運命にあった最愛の伴侶であると!

 ――あぁっ、昂るっ、昂りますわぁ……! あっ、あっ……いけませんわ私ったら! こんなところでっ……こんなっ……人前で、いけないのにぃ……!



 段々ヒートアップしてきたらしく、口の猿轡から「んふーっ、んふーっ!」と荒い息が漏れてきている。



 ――はしたなくてすいませんシキ様っ、ルゥネっ、アソコが熱いんですぅっ……!! はふぅ……はふぅ……が、我慢出来ないっ……疼く疼く疼くっ、強い人を求める血が疼いてっ……堪りませんわぁっっ!!



 何かクネクネしながらクワッと目を見開いてそう言った。心の中で。



 …………。



 変態だ。



 紛うことなき変態だ。



 目の前に居るのは全くと言って良いほど理解が及ばない、珍妙で摩訶不思議で未知な思考回路と身体を持った生命体だ。



 俺達の心が魂レベルまで一致したような気すらした。



 これは……一難去ってまた一難、に入るんだろうか?



 ――シキ様シキ様っ、お慕いしていますっ! 敗者である私は惨めに這いつくばりますっ、足も靴もお舐めしますっ! だからっ、だからっ……!



 ルゥネはそう言って……いや、心の中でそう言って椅子から転げ落ち、芋虫のような動きのくせに妙に素早く俺の足元まで来ると、猿轡で縛られているのも気にせず俺の靴に口付けし始めた。



 ヤバいヤバいヤバい。



 兎に角ヤバい。メイが増えたっ、また変なのが増えやがったっ。



 そんな悪寒が全身を駆け巡り、鳥肌が立ち、身体が勝手に後ずさってしまう。



 ルゥネが心の中で「私と愛を育みま!」とまで言ったところで、「どうどうどうどうっ、それ以上は多分皇族が言っちゃいけないやつだっ。腐っても皇族だろお前っ」と止めに入る。



 何て言うんだろうかこの状況。



 何か……うん、あれだな。



 半殺しどころかギリギリで殺し損ねた相手と再会したら性犯罪者もビックリな思考回路で愛を叫んできた件。



シキ「カハッ……(白目)」

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[良い点] 1,もうシキの個室に女が一人も居ない時がない件について! シキのハーレムはライよりすごいんだっぞっと!キャラの濃さでも負け無し アカリはこのまま奴隷であって欲しいとは思わないけど、解放され…
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