第182話 終結
グロ注意&ちょっと文が荒い&長いですが勘弁。
「魔力に引き寄せられるなら、死にかけの俺じゃない奴の方に行ってほしいもんだっ」
「アレのせいで逃げられないと判断したから同じ魔力を持つシキ君を追ってるんじゃないのっ?」
俺が操作するエアクラフトに加え、レナの魔粒子ブーツ、ナールによる回復効果付与で砂漠を旋回し、『崩落』から逃げ回りながら悪態をつく。
サンデイラの魔導砲の射線上からあまり離れられないのが地味に嫌らしく、俺達は蛇行や上昇での回避で何とか時間稼ぎをしていた。
「アレも魔力っちゃあ魔力だが、根はスキルなんだぞっ、最悪MPが0でも『負』の感情だけで使えるってぇのに!」
「う、くっ……!」
ナール達は高度を上げることで俺を確実に視界に入れるようにしつつ、安全の確保をしており、撫子とメイは既に合流した。
俺とレナが囮で、二人が攻撃。離れた位置からはムクロの援護もある。せめて『崩落』だけでも倒せれば御の字というところだが……正直厳しい。
――キシャアアアアアッ!
「効いてるっ……筈なんだけ、ど!」
「むっ……うぅんっ……」
メイの電撃やムクロの魔法は『崩落』の皮膚を焼き、貫き、痺れさせ、切り裂き、これでもかとダメージを与えている。
撫子もやはり空気中の砂か鱗のような鉱石によって【一刀両断】の効果が阻まれているようで、時折大きく斬り付けているものの、スキルの連続使用によるスキル頭痛を恐れて消極的。
その結果、『崩落』の顔面から首、胴体の半ばまでは体液がブシュブシュ噴き出す程度に傷を付けており、形勢的にも押している。
が、そもそも『崩落』が巨大過ぎて致命傷にはまるで見えないのが問題だ。人間で言えば上半身が細かい傷だらけで血塗れになっている感じか。
これまでの積み重ねで行動速度は鈍化しているから確実安全なヒット&アウェイ戦法が出来ているのは幸いと言ったところ。このまま順調に攻撃し続ければ倒せそうな勢いもあり、その予兆は『崩落』が身をくねらせて悶絶するという、見た目通りミミズみたいな動きが増えた辺りからも感じられる。
しかし、だ。
強い懸念が拭い切れなかった俺は撫子達の、初対面にしては息の合ったコンビネーション攻撃を感心しながら見つつ、チラリと『崩落』のケツの方を見た。
メイが縦横無尽に動く雷球を四方に寄せて稲妻を走らせ、痺れさせたところを撫子が神速の抜刀術ですれ違い様に斬り、最後にムクロが特大サイズの火球を『崩落』の顔面に直撃させる。
その光景を横目に俺が見ていたのは奇声を上げながら砂漠をのたうち回る『崩落』の後ろ。人喰いワームの群れが集まって出来た〝山〟だ。
丁度、天辺で俺達を喰おうとして失敗した個体やその土台の群れが次々に砂漠に落下し、〝山〟自体が崩壊し始めている真っ最中だった。
ズドオオォォンッ……!!!
と、強く大きい衝撃が砂漠を伝わり、戦場全体の砂が動くと同時に、見たことがないほど巨大な規模の砂埃があっという間に立ち込め、こちらに迫ってくる。
「っ……メイっ、撫子っ、後退しろ! 上昇でも良い! ムクロぉっ!!」
「いぃっ……!?」
最前線も最前線であるが故に、戦場全体は見えないだろうという配慮で俺が指示を出し、《咆哮》を使ってムクロの援護を求める。
『崩落』の正面。『崩落』からも俺達からも数百メートル離れた位置に居るムクロが聞き取れるようにと張り上げた声量ということもあり、俺に引っ付いていたレナから小さい悲鳴が上がった。
「レナは腰に掴まって最大出力っ! 俺のエアクラフトと自分の脚で二本の脚に見立ててっ……そうっ、斜めに!」
「う、うん……!」
のけ反るように身体を傾けてレナを背中にぶら下げ、エアクラフトのスラスター出力を全開で後退。レナのブーツが上昇を担う形で急速に砂埃から離れながら撫子達の方を注視する。
衝撃や音は感じていても、やはり〝山〟の崩壊までは見えていなかったらしい。
俺の指示にキョロキョロと辺りを見渡した二人は驚いて急上昇を始めたものの、少し遅く、砂埃に飲まれてしまった。
直後。
ムクロの居た方角から濃密な魔力の塊が放たれた。
後退しながらかつ上からの視点だったせいでわかり辛かったが、俺には風の球のような透明な何かが通過途中の砂丘を消し飛ばし、砂埃を瞬く間に払いながら突き進んでいるように見えた。
その球は一帯を覆いつつあった砂埃をとてつもない勢いで吹き飛ばして『崩落』に直撃。次の瞬間、爆発が起きたと錯覚するような、『崩落』と〝山〟の残骸もろとも吹き飛ばさんばかりの突風が吹き荒れ、立ち込めた砂埃は一瞬の内に消え失せた。
そんな超威力の魔法をモロに食らった『崩落』が無事な訳もなく、長く太い巨体の半分を浮かせて吹き飛び、人喰いワームの群れはボーリングのピンのように弾け飛んでいる。
「くぁっ!? な、何つぅ威力だバカがっ……! 折角一塊になったってぇのにっ……第一、魔力は持つのかよっ……!」
「~~っ……!!」
あまりの威力に後退していた筈の俺達の身体まで持ち上げられ、上空まで飛ばされる。
撫子達は爆心地ならぬ爆風地との距離が近かった分、凄い勢いで何回転しながら吹き飛ばされており、上空の方に居たナール達にも届いたのか、何人かの野太い悲鳴も聞こえた。
「【責任転嫁】の効果はまだ来てるっ……レナっ、残った魔力はっ!?」
「さ、三割くらい! 私の方にも送ってくれてるみたいで減ったり、増えたりしてるわ!」
「なら、持つっ……か……?」
背中のスラスターで逆噴射を掛けて減速し、辺りを見渡しながら呟く。
俺の方は二割弱。レナの補助無し、攻撃無しで離脱だけなら何とかなる量だ。
ならばとサンデイラの方に声を掛け、充填状況を尋ねる。
『姐さんっ、そっちの方はどうだっ? まだ――』
『――い、いつでも撃てるわ……! 撃てるわよねっ!?』
『充填……り、率……四十……うぷっ……おえええぇっ……!』
『んぶっ……私も……そろそろ、限界っ……坊やっ、早く離脱っ……うぶぅっ……!?』
撃てるらしい。
ならもう少し早く言ってほしかったものだが、ただでさえ減りつつあった魔力を急激&強制的に吸い取られたせいで、先程の俺のような吐き気やら頭痛やら悪寒やらの不調に襲われていて喋る余裕もなかったようだ。
「つったって、結構な人数が行った筈っ……チッ、駄目だっ。まだ霞むっ……見えるか!?」
「ちょっと待っ……んっ……え、ええっとーっ、あー……五百人いかないくらいの数が移動中! 甲板の上含めるともう数百人っ! み、皆倒れてるけど大丈夫なの!?」
吐血が止まっただけで重傷であることに変わりない為か、波があるらしく、見える時と見えない時の差が激しい。
代わりにレナに確認してもらうものの、レナの方も荒れ狂う風のせいで見えないのか、俺の背中に顔を押し付けて目を擦り、数秒を要して状況を伝えてくる。
姐さんとしても端から見たレナからしても、撃てると言えばまあ撃てる状態。
しかし、撃つには問題が二つほどある。
先ずサンデイラに向かって移動中の奴等。せめてサンデイラの傍に寄ってくれないと撃つにしても余波に巻き込まれる。
更には『崩落』。とうとうルゥネ達の抵抗が消え、魔導戦艦は墜落中。落下したとて、どの道引き摺ることには引き摺るが、アーティファクトの中で最も出力の高い魔導戦艦のスラスターの抵抗がないのは痛い。このままだと暴れて射線上から離れてしまう可能性がある。
一方でムクロによって吹き飛ばされた人喰いワームの群れはまた俺を追跡してきてるから最終的には先程のように一塊になる。こっちは見えなくてもシルエットでわかる。
多種多様な色のミミズが視界いっぱい砂漠一帯で蠢いて気色悪い。
要するに、だ。
「まだ少し時間が必要……っ! クソっ、出来ればやりたくなかった! 仕方ねぇ! メイと撫子は援護しろぉっ! ムクロは後退してサンデイラの補佐っ! レナっ、お前も下がれっ。ナール達は最後まで上に居ろ! 良いなっ!? 絶対だぞ! 逃げんなよっ、今言ったからな! 絶対だぞっ!」
自分を鼓舞しつつ、見向きもせずの言葉に「おえええぇっ……はぁ……はぁ……お、王族を何だと思っているのだあやつっおぶううぅっ……!」とか何とか聞こえたが無視。
ついでに背中に引っ付いてるレナの顔をぐいぐい押し退けながらムクロの方を睨む。
「むぐっ……さ、下がれって言ったって……」
「良いから退け! 殿は俺がやるっ! メイっ、撫子聞こえてんのか!? 聞こえてんなら返事しろ!」
流石のムクロも元々悪い顔色を真っ白にして『ふーっ……ふーっ……わ、私もさっき……言った、ぞ。無理は……するな……と……』と苦しげな声の乗った風を俺の元に送ると、サンデイラの方に移動を開始した。
「ユウ兄ぃっ、こっちは大丈夫だよ! 何かの作戦!?」
「拙者、そろそろ退きたいでござる! もう既にちょっと頭がっ!」
「無理しなきゃ全員が死ぬ状況だろうがっ……。言ってなかったな! 魔導砲っつぅビームみたいのをあの戦艦が撃つっ! それまでの殿だ! お前らは一撃離脱っ! 撫子っ、テメェの頭が残念なのは誰もが知ってる! もう一撃くらい出来んだろっ、根性見せろ!」
エアクラフトの向きを変え、体勢を整えていたメイ達の元に近寄りながら叫び、まだくっついてるレナの頭を雑に小突く。
後何か撫子が「いやだから拙者の扱い雑ぅっ! 酷いでござるっ、ストライキ起こすでござるよ!?」とか言ってたけど、それも無視だ。ナールといい、撫子といい、そんなに叫べるならイケる。
「あ痛ぁっ!? 痛い痛いっ、打たないでよっ!」
「だあぁもうお前はホントにしつこいなっ! さっさと退けっ! 邪魔だ!」
「いーっ、やだってばっ! 死ぬ気でしょ! そんなの許さないから!」
レナにはそう見えるらしい。
何度も殴って離そうとしているのだが、一向に離れず、凄まじくウザい。また頭突き食らわしてやろうか……と、今この場では最悪に近い考えが脳裏を過るくらいウザい。
「んな訳あるか! こちとら最高級の女が待ってる身だっ、死ねるか! ほら見ろあそこ! お前と違ってボンキュッボンだぞ! 性格は難有りだけど、クソ可愛いぞ! お前と違ってなっ!」
「あーそんなこと言うの!? 最低よ女の子に向かって! 人の気持ち考えなさいよ!」
「……ユウ兄? この状況で随分楽しそうだね? だね?」
「ぐすっ……拙者も女の子扱いしてほしいでござるぅ……」
合流したメイは額に青筋を浮かべていて目が全く笑っておらず、撫子は嘘泣き&チラッチラッをやってくる。
あまりに苛々する状況に俺がプッツン来たのと、ナールがぶちギレるのはほぼ同時だった。
「このっ……! 良いから言うことを聞けっつってんだよッ!!」
「こんな時に痴話喧嘩なんぞしてる場合かっ! 奴等はもう来てるんだぞっ!」
俺のは怒気と殺気が込められており、ナールはナールで殆ど泣きそうな声で必死に訴えていた為、メイとレナは揃って肩をびくぅっと震わせて黙り、撫子は肩を竦めた。
それと同時にズシイィィンッ……と重苦しい落下音のような音が響き渡る。
思わず音の方向に振り向くと、ルゥネ達の魔導戦艦が遂に砂漠に墜落した音だった。
衝撃で砂埃が上がり、再度大きく広がるかと思いきや、思いの外規模が小さい。どうやらルゥネ達は着地寸前でスラスターを全開にし、落下速度を落としていたらしい。
しかし、見事無事に不時着したルゥネ達の魔導戦艦は『崩落』の首裏辺りにくっついた〝粘纏〟の糸で引っ張られ、墜落とはまた別の振動をこれでもかと受けながら砂漠を引き摺られていた。
最早無駄な抵抗はしておらず、崩壊した〝山〟の残骸、人喰いワームの群れに混じってこちらに向かっている。
そんな中、いつの間にやら俺達の頭上まで来ていたナール達や黙りこくったメイ達よりも早く我に返った俺は思い切り息を吸い込み最大限に声を張り上げる。
「糸も船もまだ生きてるっ……! 鱗は余波で剥がれて……船は上昇させればっ……よし! なら聞こえてるなルゥネっ! 死にたくなけりゃタイミング合わせろっ!」
突如として上がった名前に、メイと撫子が何か言おうとするのを手で制し、続け様に早口で捲し立てていく。
「メイと撫子は俺の合図で一撃入れて離脱だっ。攻撃よりも逃げ優先でな。撫子は無理そうなら良い。ただし、その場合はメイが全力で攻撃、撫子はメイの足となって離脱しろ。ナールは上昇して俺の身体を治せ! さっき言ったように腕は良いっ、内臓に全振りだ! 魔導砲の余波に巻き込まれないよう注意しつつ上がっていけ!」
一度焦りや苛立ちといった邪魔な感情がリセットされたからか、先程よりも具体的な指示を出したからか、皆は黙って頷き、ナール達は上昇を始めた。
ルゥネからの返答がないのが気になるが……まあ良い。ほんの一瞬、あの女の協力があれば尚良いってだけの話だ。一応、何とかなる……筈。
問題は相変わらず俺から離れようとしないレナと……俺だな。
「……ふーっ。じゃあ……レナ。どうしても手伝うってんなら、ぬ、布……布切れ、寄越せ」
今から行おうとしている最後の策を考えて身震いしてしまい、声が震える。
いかんな。冷静に冷静に……出来ればあの境地に至れれば……
……無理か。
分裂している思考同士で何とか出来ないかと議論、審議してみたものの、難しそうという答えが出た。
状況が状況、策が策だ。ちょっと冷静にはなれない。
「え? い、良いけど……布切れって何に使うの?」
「良いから寄越せ。何でも良い」
「ハンカチ……は落としたみたいね。なら……」
「何でも良いと言ったろ。早くしろ。二人は……あっちの方で配置に付いてくれ。レナと一緒にギリギリまで引き付ける」
訝しげに見つめてくるレナ達を急かし、「わ、わかった、あっちだね」、「承知」と返事してくるのを尻目に、耳に付けた無線でサンデイラに声を掛ける。
『姐さん、まだ生きてるか? そろそろだぞ』
『……っ、死に……そう、よ……早く……し、て……!』
今にも消え入りそうな弱々しい声だった。
見ればアリス、ヘルト、リュウ、アカリ、その他力のある者がサンデイラの横で待機。他雑兵にナールが連れてきたシャムザの民、戦線離脱者は甲板上で倒れている……ように見える。ムクロは移動中だが、あの調子なら俺達の合図の前には辿り着けるだろう。ムクロさえくれば姐さん達の負担も減る筈だ。魔力が全く無いとこより有る方優先で吸収されるだろうし。
『気持ちはわかるが急かすな。後少しで奴さんに隙が出来る。俺達の離脱時の魔粒子が見えたらそれが合図だ。それまで耐えれるな?』
『ふっ……ここまで来たら、持たせるわよっ……』
何とも頼もしい返答だ。あれほどの巨大戦艦の艦長をやってるだけのことはある。
「えっと……シキ君、布切れ……これで良い?」
「これって……まあ噛めれば何でも良い」
そうこうしている内にレナが要求した布切れを渡してきた。
どう見てもレナのスカートのそれだ。破って用意したらしい。ヒラヒラしてて破り易かったのか、ドレスアーマーの方は特注品で破り辛いのか……まあ、レナにも言ったように何でも良いので手早く受け取って胸元に入れる。
「うえ、ジャリジャリするな……行くぞ……!」
「布なんて一体何の為に…………。っ、さっき噛めれば何でもって……ま、まさかシキ君っ!?」
何やら驚くレナを連れた俺はレナを黙らせるように加速し、『崩落』の元に向かった。
◇ ◇ ◇
「何する気だよユウちゃんの野郎っ……」
『オイラ達は待機だろ? 魔導砲を撃ち始めたらサンデイラを押して薙ぎ払うと。……横から押したらサンデイラ倒れね?』
「大丈夫じゃないかな。多分、余波っていうか放出エネルギーに押されてサンデイラ自体が後退しちゃうから逆に安定して耐えると思うよ」
「遅れましたっ、エアクラフト隊も手伝います!」
と、サンデイラの船腹横の砂の上で今か今かと船腹に手を置いていたアリス、ヘルト、リュウの元に撤退していたアカリとエアクラフト隊が合流する一方、甲板上では全体の半数以上の人々が倒れて泡を噴いており、中には嘔吐、痙攣、気絶している者まで居た。
「ふーっ……ふーっ……ぼ、坊やも……無茶、言うわね……」
「へへっ……野郎、姉御に俺が何とかするなんて大言ほざいたもんだから……うぷっ……」
「……後に、引けなくなったんじゃ……ないですかい?」
「そうかも、ね……」
白目を剥き、ビクンビクンと危ない痙攣を始めた仲間達を足元に、口や服に吐瀉物が掛かっている数人と会話しているセシリアは目を血走らせ、顔色は真っ青、歯がガタガタ言うほど震えながらも、倒れてなるものかと爪が割れ、血が滲むのも気にせず目の前の椅子に掴まって時を待っている。
そして、息を切らして移動しているムクロの後方……つまりは最前線ではメイと撫子が無言で己が武器を構えて待機。
四方に浮き上がった雷の球がバチバチと放電しながら滞空する中、メイの眼前から新たな雷球が続々と発現しては全体数を増やしており、上空ではナール達が見下ろすようにしてシキに回復効果を送っている。
そのシキはというと、『崩落』、人喰いワームの群れを引き連れてメイ達の元に移動していた。
『崩落』を先頭に、チラホラと何匹かの人喰いワームが追い付き、その後方は横にずらりと並んで追随する夥しい数の群れ。
ルゥネ達の魔導戦艦ヴォルケニスはその異様さから避けられているのか、砂漠の上を引き摺られてガタゴト激しく揺れながらも健在であり、『崩落』とその群れは移動による凄まじい規模の砂埃を上げつつ、噛みつき攻撃が出来るギリギリの位置に居るシキとレナに追撃を行っている。
「壮観だな……!」
「言ってる場合!? もっと速度上げないと!」
「良い……ん、だ、よっ! そうだっ、この距離が……良いッ! ちょうどこいつらの首が届く距離がなっ!」
「あ、貴方っ、やっぱりっ……」
シキは何かを悟ったらしいレナと話しながらエアクラフトで加速と減速を繰り返し、波を彷彿とさせる巨大ミミズ達の群れを寸でのところで煽るように爪斬撃を飛ばしては近くまで来ていた雑魚個体を斬っていた。
『崩落』ほど巨大かつ強固な防御力を持たない普通の個体である彼等はいとも簡単に顔面を幾つかに分けられて悶え苦しみ、そこを直ぐ様後ろから来ていた群れの仲間に潰されて消えていく。
そうしてある程度のお膳立てが終わり、『崩落』のみがバクンバクンと噛み付いてくる状況になった頃。
「そろそろかっ……あー嫌だなぁっ、やりたくねぇぇっ……!」
未だ嘗てない情けない声を漏らしたシキは徐々に近付きつつあるメイ達に無言で頷いて見せると、先程仕舞ったレナのスカートの切れ端を取り出し、くるりと後ろを向いた。
エアクラフトと身体を傾け、レナは再び背中にぶら下がるような形になる。
「気ん持ち悪ぃ顔しやがって……お前のせいだからな……! ルゥネ達だけならまだマシだったってのに……!」
「っ……」
「キシャアアアアアアアーーッ!!!」
各スラスターで速度を微調整し、奇声を上げて大量の鋭利な歯をちらつかせている『崩落』の、文字通り目と鼻の先まで近付く。
レナはあまりの近さ、シキの次の行動を想像して顔を背けた。
「離れりゃそれなりに面倒な雑魚投げ、囲めばローラーみてぇに転がって全体攻撃……そして、正面からだと噛もうとしかしない。そこがお前の弱点だ。中途半端な知能ってのは諸刃の剣なんだよ。……それともただ腹が減ってんのか?」
「キシャアアアアアッ!!」
「クハッ……何言ってるかわからねぇぞ……このミミズ野郎ッ!」
成り立つ訳がない会話と『崩落』の返答を笑ったシキは徐に握っていた布切れを口に含むと、動かない右腕、付け根を掴み……
左手と掴んだ付け根限定で《狂化》。
握力を底上げし、防御力は0に。
次の瞬間。
シキは自らの右腕を思い切り引き千切った。
「むっ……ぐううぅぅうぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!!」
ミチッ、ミチッ……ブチイィィンッ……!!
と。
シキの全身、そして、抱き付いていたレナの両腕に音と衝撃が伝わり、遅れて付け根と腕の断面から大量の血が噴き出す。
「むぐふーっ……ふーっ……! ぐひっ……ずずっ……ぐ、ぎっ……ん……フー……! フー……! ふぐっ……ぐっ……おぉぉ……ぉ~~~っ……!!!」
想像を絶するであろう激痛にシキの顔面からは涙と鼻水が勝手に溢れ、仮面無しではとても見ていられない醜い顔となって失速。
そこをレナが悔し泣きしながらブーツで補助して上昇&加速。何とか距離をキープした。
「キシャアアアアアアアッ!!」
「フーッ、フーッ、フーッ……ふうぅぅっ……ぺっ……はひっ、はふっ……カハッ……! いっ……~~っ……て、ぇ……な、ク……ソ……!」
「うぐっ……ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、私がもっと強かったらこんなことにはっ……! ごめんなさいシキ君っ……!」
シキの腕と肩の断面から滴った血が顔に落ち、口の中に入って興奮したのか、一際大きい奇声を上げる『崩落』に、噛んでいた布切れを吐き捨て千切った腕を見ながら呟くシキ、嗚咽混じりに涙するレナ。
シキの忍耐力とレナの補助の甲斐あって三者の距離は縮まることはなく、逆に目を見開いて驚くメイと撫子との距離こそ縮まりつつあった。
それと同時に、シキの全身から〝闇〟の気配が漏れ、千切った腕が黒く染まっていく。
「餞、別っ……いやっ……冥土の、土産……かっ? おら喰えよ……喰いたかったんだろっ! 死ぬほど感謝しながら喰いやがれっ……!!」
『崩落』が再び口を開けた瞬間を見計らったシキは文字通り、骨の髄まで《闇魔法》の〝粘纏〟の力に染まった右腕を放り投げて急加速。離脱の体勢に入り、対する『崩落』はシキ達ごと飲み込もうとして露にした歯に飛んできたシキの腕が張り付き、盛大に、そして、二度と開くことのない顎を力強く閉じた。
周囲の喧騒が大きかった為か、シキの腕が噛み砕かれた嫌な音は誰の耳にも入らず。
そして、『崩落』は気に止めた様子もなくほんの数瞬、数秒は変わらず突き進んでいた。
しかし、少しして自身の異変に気付いたのだろう。
口が開かない。
何故?
と、そんな感情が見て取れるように、急にその場で転がり回り、悶絶するように暴れ狂った。
後ろから付いてきていた群れの何十匹かを潰す、群れを妨害するかのような行動。
必死に首を振って暴れ、ゴロゴロと転がって暴れる『崩落』に対し、群れは急停止出来る訳もなく激突。
そのまま後方から迫っていた味方と『崩落』に挟まれ、更に死体と味方に挟まれ……と連鎖が続いていく。
その直後。
「メイさんっ、撫子さぁんっ!!」
予想以上の痛みでもう声が出なくなってしまったシキの代わりにレナが叫ぶ。
「この化けミミズッ! ユウ兄にあんなことをさせてっ……! 絶対許さないっ!!」
「まさにど根性っ……無駄に出来ないでござるな……!!」
離脱途中のシキとレナの真下で、メイと撫子が待ってましたと言わんばかりに突撃した。
六つ、八つと徐々に数が増えていた雷球を融合させ、一つの巨大な球としていたメイが両手で持った杖を振り下ろした瞬間、空気を裂くような音と共に稲妻が落ち、直撃した『崩落』は勿論、感電した近くの群れはビクンッ! と大きく硬直して皮膚が焼け爛れ、そうして作られた隙を撫子が神速の抜刀術……ではなく、刀を予め抜き、上から叩き斬るような姿勢で降りてきて一閃。
『崩落』は口が開かなくなった代わりに、縦一線に大きくその身を裂けさせ、体液を噴水のように噴き出した。
その噴水の中で、静かに降り立った撫子は鋭い目付きのまま残心し、刀を振るって納刀。遅れて、直ぐ様凛とした顔を最大限に焦ったような顔へと変化させ、どうしようどうしようとキョロキョロし始める。
「……めめめメイ殿っ、離脱離脱! 早く!」
「わかってますっ! ほらっ、こっち!」
手を伸ばして待っていたメイの元に撫子が《縮地》で移動し、離脱。
その先ではしれっと、シキ達の奮闘、タイミングに合わせてスラスターを全開にし、ぴくぴく痙攣している『崩落』の頭部を持ち上げて浮き上がるヴォルケニスの姿があった。
相変わらずシキの思考を読んでいたらしいルゥネの仕業だろう。
群れの主であろう『崩落』は口を二度と開けられなくなり、顔面を縦一筋に斬られた。
その上、ヴォルケニスによって死の間際の生物特有の暴走、行動を阻害されており、突進していた群れは殆ど一塊になって身をくねらせている。
時が来た。
魔導砲を撃つことが出来る、絶好のチャンスだ。
最後にそれら全ての行動、光景をブリッジ内で見ていたセシリアが「てええええぇぇっ!!!」と腕を振り下ろせば、エネルギーを溜めに溜めた魔導砲の砲門は瞬く間に火を噴いた。
放出された、透明にも白にも見える光の奔流は戦場……ひいては砂漠を横断。固まっていた『崩落』と群れを飲み込むだけに飽き足らず、その先に並ぶ幾つもの砂丘を消滅させ、地平線の彼方まで飛んでいく。
その余波も当然途轍もなく、付近の個体は肉片すら残さず消え失せ、背後の群れは悲鳴のような奇声を上げながら次々に吹き飛んでいる。
「厄介な兵器ではあるが、使い方次第……か」
サンデイラの甲板上で唯一立っていたムクロが、足元の揺れに気付いて端から見下ろすと、リュウの予測通り、放出エネルギーに押されて安定したサンデイラの横っ面を、何百人もの戦士達が押している姿があった。
「押せえええぇっ!! ぬああっ、足が埋まって力が出ないぃっ!」
『良いから押すんだよ!!』
「全然無い全魔力開放っ! 月◯蝶であっ、るぅぅっ!?!?」
「例え全ての魔力を使ってでもっ! 総員っ、気張ってくださいっ!!」
「「「「「うおおおおおっ、押せえええぇっ!」」」」」
アリス、アカツキ、雑兵は足元の砂のせいで力が入り辛いらしく、声だけが勇ましい状態で、アカリとその他エアクラフト乗り達は自分の身体が耐える限りスラスターから魔粒子を噴射させて押しており、リュウは何やら叫んだ瞬間、背中から『無』属性の魔力が溢れ出し、蝶の羽のような形の魔粒子ジェット……推進力を生み出してそのあまりの勢いにサンデイラの装甲に張り付き、自分の出した推進力と装甲に挟まれて「ぐへえええぇっ!?」と白目を剥いている。
が、誰も諦めていない。
例え足が埋まろうとも、滑ろうとも、肩や背中が潰れ、あるいは骨が折れようとも、顔を真っ赤にしながら押し続け、リュウも痛がってこそいるものの、魔力で出来た蝶の羽を消そうとしない。
冒険者、砂賊、勇者、異世界人に一般兵、民間人と誰もが関係なく、力を合わせている。
その光景を見たムクロは苦笑いすると詠唱しながら腕を振り、そんな彼等の足元を凍らせた。
ムクロの造り出した氷の地面は彼等の踵辺りで突き上げるように厚く凍っており、多少滑りこそすれど、砂の上よりはまともに力が入るようだった。
「うおっ、何だ!? こ、これムクロちゃんのっ……いや凄い規模っ! やべぇな相変わらず!」
『よくわからないけど、これで踏ん張れるっ! 行くぞ皆ぁっ、押せ押せ押せえええぇっ!!!』
「「「「「うおおおおおおおおっ!!!!」」」」」
「あがががががっ、痛いいぃっ……!!」
彼等、人族の中に魔族の力が加わった為か、それとも彼等全員の尽力が実を結んだのか。
サンデイラは少しずつ向きを変え始めた。
長く続いている魔導砲のビームも引っ張られるようにして追従する。
放出されるエネルギーの塊はやがて戦場を、砂漠一帯を薙ぎ払い、残った人喰いワームの群れを全て一掃。光の中から現れた『崩落』と群れの殆どは頭部や胴体の一部を大きく損傷させ、その身をくねらせることすらしないただの肉塊と化していた。
早朝から続いたシャムザ、パヴォール帝国、『崩落』とその群れ入り交じっての戦争はこうして砂漠の国シャムザの独り勝ちという形で幕を閉じ……
波乱万丈な時を過ごしたシキ達に一時の平和が訪れるのだった。
燃え尽きた感が凄いので来週は厳しいかもです。まあ書けたところで説明回なのでお察しですが。




