第181話 乾坤一擲の大勝負
「い゛ぃ゛っ……がっ……はっ……~~っ……!!」
《闇魔法》を使うこと自体が久しぶりだったってのと、ダメージで意識が朦朧としてたのが効いた。
目論見通り、帝国の魔導戦艦と『崩落』を〝粘纏〟の糸で繋ぐことには成功した。
が、《闇魔法》の制御をミスった。
比較的無事な左手から伸ばした〝闇〟の糸を魔導戦艦に、イカれた右手の方を『崩落』に伸ばした直後のことだ。
俺としては素早く糸同士を繋げ、ルゥネ達の逃走防止と『崩落』の行動妨害を同時に行うつもりだったのだが、思いの外、『崩落』の暴れ具合が強く、右腕を思い切り引っ張られた。
そこで色んな要因が重なり、結果として俺は僅かにではあるものの、踏ん張ってしまった。
ただでさえ痛くて痛くてしょうがない全身に《闇魔法》を使う時特有の破壊衝動や吐き気に頭痛等の体調不良が襲い掛かり、尚且つ右腕は痛覚こそ残っているくせに全く動かない。
本当に一瞬のことで、直ぐ様引っ張られる力に身を任せたが、肩の付け根……肩と腕を繋ぐ骨辺りの位置からブチブチと嫌な音が響いた。
「はっ、はっ、はっ……かはっ……はふっ……千切れ、掛けた……な……こ、れ……」
四肢の欠損は経験がある。指先から喰われたことも、魔法でやられたことも、無理やり使い過ぎて千切れたこともある。
それでも吐き気すら催すこの痛みに慣れるなんてことは一切なく、先程から変な呼吸が止まらない。
多分、ルゥネにやられた傷が塞がってなかったんだろう。
今日だけで何度も回復薬を使っている。ナールの手助けがあったとはいえ、回復薬は【起死回生】ほど万能じゃない。
その傷を軸に『崩落』の引っ張る力と人を浮かせ、高速で移動出来るほどのエネルギーを生み出すエアクラフトによる踏ん張る力が作用し、鳥肌が止まらないような事態になった。
幸い、完全に千切れる前に左手の方の糸を右手の糸に繋げることは出来た。
その後、急いで俺の身体から糸そのものを切り離し、俺の身体を包んでいた《闇魔法》を解除。まだ頭痛と気持ち悪さは残っているが、破壊衝動も収まっている。
「いっ……てぇ……なぁ……畜、生……!」
どうせ動かなくなるんなら痛覚ごと持っていってほしかった。
なんて都合の良いことを思いつつ、ゆっくりと降下する。
既に魔導戦艦と『崩落』を繋ぐ黒い糸は『くっ付いたら決して離れない』という効果を遺憾無く発揮しており、ルゥネ達の船はほぼ墜落状態。『崩落』は後頭部……というか首か背中辺りに糸がくっ付いた為、軽く動くだけでも魔導戦艦一隻を引っ張らなくてはならなくなった。
先程から届いていたルゥネの声は聞こえなくなったが、魔導戦艦自体は各スラスターから魔粒子が噴き出ていて逃れようと頑張っている。
最大出力なら『崩落』の頭部を浮かすくらいは出来る筈だ。
謂わば、ルゥネ達の手に決して外れないリードを、『崩落』の首には決して外れない首輪を付けた状態。当然、『崩落』は暴れ狂うし、ルゥネ達は引っ張られて地獄を見ている。
「後は……」
アリス達に任せて後退するか。ムクロは……いや、ムクロの足代わりになって攻撃に集中してもらえば……
と、そう考えた直後、嫌なものを見てしまった。
「ユウちゃん良くやった! ファインプレーだぜマジで! おらお前らぁっ、根性見せるぞっ!!」
「「「「うおおおおおっ!!!」」」」
「何かよくわかんねぇけど流石だぜ!」
「アリス殿達に続けええぇっ!!」
『助かったよシキーっ!』
『っしゃあ今のうちだ! エアクラフト乗りと歩兵はこのデカブツから離れろ! 巻き添え食らうぞ!』
素の装甲は剥がされ、寒さで動きも鈍くなった。
更には魔導戦艦と繋げられ、より身体の自由を奪われている。
ここまでお膳立てされればアリス達も「今度は俺達の番だ」とやる気を見せていて、アリスに続き、比較的近くで戦っていた兵や『砂漠の海賊団』のメンバー達から続々と歓声が上がっている。
問題はその中。レナの姿があった。
アリス、撫子、メイにヘルトのアカツキ、リュウのバーシスと強者達の中にしれっと混ざっている。
「あんのバカっ……まだ逃げてないのか……!」
今はまだ自重して『風』の刺突を飛ばすだけで邪魔にはなってないようだが、あの面々の中では完全に足手まといだ。
「つくづく……言うことを聞かねぇな、あの……っ……姫、騎士……」
俺は血の滴る右腕を抑えながら降下速度を上げ、レナに向かって叫んだ。
「おいレナっ、下がれと言ったろっ! 邪魔になるっ!」
「皆が命懸けで戦ってるのよ! 今更っ!」
まるで聞き耳を持たないレナに激しい憤りを感じつつ、何て言えば止まるかを考えている内に重い頭部を振り回して暴れていた『崩落』にアリス達が突撃してしまった。当然、レナもだ。
先行したのはメイ。当初より通るようになった電撃が四つ同時に、それぞれ別方向から『崩落』の頭部、首、胴体を貫き、痺れさせた。その直後、アリスの超威力の蹴りが炸裂。口を大きく開けて硬直していた頭部がアッパーを食らったボクサーのように凄まじい勢いで仰け反った。
そこに追い打ちを掛けるようにレナが『風』の刺突を飛ばし、威力が低くてチクチクと刺さるだけで終わったのを横目に、アカツキとバーシスがゴーレム剣を『崩落』の首元に突き立て、撫子が神速の抜刀術で斬り付ける。
が、今一歩押し切れず。
二機のゴーレムの剣はとうとう限界を迎えて折れてしまい、威力が半減。対照的に撫子の刀は『崩落』の首を大きく切り裂き、大量の体液を噴き出させることに成功したが、首そのものを断ち切れてはいない。
それでも、この調子ならイケる、と思わせる気迫と手応えが感じられた。
端から見ていた俺がそう感じたように、斬った撫子も同様だったのか、今度は渋い顔一つせず、静かに後退して刀を納めており、戦場全体でも更なる歓声が上がっている。
だからこそ、レナという大してダメージを与えられない存在が強く目立っていて、邪魔だ。
「我が儘もいい加減にしろ! お前のせいで被害が増えるかもしれないんだぞ! 状況見て言えこのバカ王女ッ!」
降下を終え、戦場へと戻ってきた俺は遥か後方で息を整えているムクロに一瞬だけ視線をやるとエアクラフトを加速させてレナへと近付き、無理やり抱き抱えた。
「や、やだっ、離してよシキ君! 私が逃げたら皆の士気が下がっちゃう! 例え死んででも私が前に出なきゃ!」
「逆だバカっ! 今はお前が前に出れば出るほど士気が下がる! 強いんならいざ知らずっ、弱い〝王〟が前に出るのは最初だけで良い! クソみてぇな責任感感じやがって! 捨てちまえそんなもんっ!」
俺より戦争経験が豊富ならわかりそうなもんだがな……と、少々の疑問は覚えたが、抱えているレナをしっかり掴んで後退する。
しかし、レナはまだ戦いたいようで尚も食い下がってきた。
「でもっ!」
ダメだな。完全に我を忘れてやがる……
視線は忙しないし、俺の腕から逃れようともがきながら、どう考えても届かない位置に居る人喰いワームに向かって剣を振っている。そもそも表情からして落ち着きがなくなっていた。
「しつっ……けぇっ!!」
「ぴぎゃっ!?」
あまりに聞き分けがなかったので、レナの腰を掴んでいた左腕を持ち上げて呼び寄せ、勢いよく頭突きをくれてやった。
角に当たらないよう配慮したとはいえ、相当な威力を込めたからか、ゴンッ! と凄い音が鳴り、レナも額を押さえて悶絶している。
「いっ……た……ぁ、ぁ~~っ……!!」
「お前っ、自分のせいで人が死んだらそんな痛みじゃ済まないんだぞ! さっき言ったろうがッ!」
普段のレナならこんな子供みたいな真似はしない。
前に出たがる悪癖はあれど、まだ分別がある。イクシアに援軍に来た時だって部下と一緒に無双していたくらいだ。
そのレナが冷静さを欠き、部下やアリス達よりも先行しようとしている。
あの時とは違って攻められてるのは自分の国で、王都も見えている状態だから気持ちはわからなくもない。
更には、劣勢なところにナール達非戦力の奴等が助太刀に来て、ムクロ、俺、アリス達と少しずつ盤をひっくり返し始めたんだ。気分が高揚するのも、同年代の俺達と比べて大きな戦果を上げられなくて焦るのも……まあ、わかる。
だからと言って容認は出来ない。
「戦場の熱に浮かれてはしゃぐ様じゃナールと同じだ! 死にたいのかっ!」
〝死〟を微塵も恐れていなかったルゥネほど頭のネジがぶっ飛んでいるなら別だが、常人の域を出ないこいつには恐れがある。自分の〝死〟が国にどれほどの影響を与えるか知っている。
痛みや全身のダメージも相まってクラクラしてくる苛立ちに何とか耐えつつ、返事をしないレナを見ると、目を回していた。
俺が頭突きした額からは僅かに出血もしており、何ならかなり腫れていて盛大なたんこぶが出来ている。
「あぅ……」
「……っ。いや、でもこの場合はっ……」
かなりの速度で後退しているが故に、油断した。
「シキっ、後ろだっ!」
徐々に近付きつつあったムクロからの助言で、跳ねるように上昇したところ、今しがた居た場所、高度を巨大な顎がバクンッ! と、閉じながら通過した。
『崩落』だ。
「何でこっちに……! ……っ!? こいつは……!」
『崩落』の後頭部、首、背面がエアクラフトのスラスター真下、スレスレの位置を通っていき、先程俺が付着させた〝闇〟の糸が目の前を横切った。
あまりの距離の近さに驚いて高度を上げ、距離をとる。
対する『崩落』はそのまま砂漠に潜ろうとしてルゥネ達の魔導戦艦に引っ張られ、勢いよく仰け反っていた。
「『崩落』はその〝力〟の源がお前だと気付いているっ! 魔力に惹かれると言っただろう! 退け!」
「くっ……!」
真空の刃を五つ飛ばし、『崩落』の顔面や首を切り裂いたムクロの指示に黙ってそのまま上昇。そうして空中で一回転すると、真逆の方向に向かって加速する。
ギリギリまで近付いたからこそわかった。
何で他の個体と違って『崩落』が特別硬いのか。
鱗だ。皮膚の表面にビッシリと細かい、半透明の鱗のようなものがあった。
ムクロの魔法でも剥がしきれなかった箇所と、炎と氷が上手く作用して剥がれた箇所の光沢の差で気付けた。
恐らく鱗というより、何らかの鉱石。
全身に生えた鉱石が天然の鱗となって硬さに直結している。
「何食ったらあんなもんが生えるんだっ!? 後頭部と首に残ってたってことはっ……あの白騎士ぃっ!! 俺の右目を潰した代償はデカいぞッ! 絶対許さねぇッ!!」
両面が健在なら、もう少し狙って〝闇〟の糸を飛ばせた。
少なくとも今より良いところ……剥がれる可能性のある鱗部分には付着させなかった。
全て言い訳であり、そもそも治そうとしてくれたマナミの善意を切り捨てたのは自分だとしても叫ばずにはいられなかった。
しかし、数秒ほど移動したところで、ルゥネ達の戦艦が墜落しているのが見えた。
方向は恐らく俺達側。まだ少し遠い。が、船体がどんどん近付いてきている気がする。
「あいつら、さっきので力尽きっ……ごはぁっ……!? ごほっごほっ………くっ、こんな時にっ!」
「ぁ……うぅっ……っ!? し、シキ君っ!? 何がっ……大丈夫!?」
抵抗が無くなっているとはいえ、ルゥネ達の存在はまだ利用できる。
そんな思考の元、更に方向転換した直後、思い切り吐血してしまった。
その血の塊を頭部から被ったレナがハッとした顔で俺を見上げた後、心配そうにギュッと抱き付いてくる。
「ぐぅっ……止めっ……腹ぁ、押すなっ……」
「あ、貴方まさかっ……内臓も!? な、何でそんな身体でっ!」
密着しただけで俺が悶絶したこと、開いたらしい傷口の血で手が滑ったことで顔面蒼白となって怒ってきた。
さっき言ったろ。
そう言おうとした直後。
――キシャアアアアアッ! キュアアアアアアッ!!
相変わらず息を切らしているムクロに攻撃を浮けていた『崩落』が大量の体液を撒き散らしながら奇声を上げた。
様子がおかしい。
ただの咆哮じゃない。
自動発動した《直感》が、そんな警鐘をけたたましく鳴らせる。
回避運動も兼ねて再び大きく上昇しながら振り向くと、近くで兵や仲間達と戦っていた人喰いワームの群れがほぼ全てこちらに向かってきていた。
それどころか、遠く離れた戦場の端に居た群れまで徐々に方向を変え、移動してきている。
「野郎っ、仲間をっ……」
「呼び寄せたっ!? そんな馬鹿なっ!」
「ええいっ、無駄な足掻きをっ……!」
俺、レナが驚きの声を上げる一方、戦場の喧騒に紛れてムクロの悪態が聞こえてきた。
『崩落』のケツの方からはアリス達の声も聞こえる。
「このっ、お前の相手はこっちだってぇのに!」
「ユウ兄ぃ逃げてっ!!」
「き、斬れるのに断ち切れないっ……!? くっ! アリス殿っ、ここは退くでござる! せめて貴殿だけでも!」
『ヘルトは跳んでっ! 僕はっ!』
『わかってるっ! 来い!』
見れば『崩落』の長い胴体を斬り付け、電撃で焼きながら俺達の方に来ていたアリス達は突如として集結を始めた人喰いワーム達の群れに飲まれて消えるところで、目立つヘルトの機体は空高くジャンプして避け、そこにコックピットハッチから飛び出し、機体を捨てたリュウが《縮地》を使って合流するところだった。
「皆がっ……! いやああっ!」
「あいつらっ……」
ヘルトとリュウは無事に脱出した。
しかし、アリス達は……
また、残酷なことにその周囲では目の前の個体と戦っていたエアクラフト乗りや歩兵達が移動してきた人喰いワームに何人も押し潰されており、何とか上昇して脱出した者も自分達を無視して大暴動を始めた群れに呆然としていた。
目の前の獲物を喰おうとすらしていない。
目標は完全に俺達……じゃないな。この感じは確実に俺だ。
戦線に合流したナール達はこの位置からでは見えない。
多分、方向からして王都に向かっていた群れは反転しているから死人は出ていない筈。
「問題は俺達かっ……! おらレナっ、最前線に出たツケだ! どう切り抜けるっ! 単体だと飛べないよな!?」
「私のブーツじゃジャンプが精一杯! 上昇してっ、私も手伝うわ!」
「ならスラスターの噴射角度合わせろ! ミスんなよ! ムクロっ! お前も来い! 数に押されるッ!!」
痛いとか吐血がなんて言っていられる状況ではないので、レナと必死に上昇を続け、群れから離れる。
ムクロの方も『崩落』と全ての群れでは手に負えないと判断したらしく、素直に俺達の方に寄ってきた。
「レナっ、一瞬加速中止っ、ムクロと合流する!」
「ムクロさんっ! こっちに!」
「――■■■■! 全く……!」
俺達がスラスターを切って減速した直後、ムクロは『火』と『風』の属性魔法を混ぜたような魔力の塊を足元の空中で爆散させ、一気に近付いてきた。
右腕が使えない俺に代わってレナが手を伸ばし、ムクロの手を掴んだ。
「うっ、ぐぅっ……お、重……いぃっ……!」
「重くない重くないっ! 気のせいよ!」
どこか他人事みたいに言ってきたレナに「んな訳あるか! 松岡◯造さんかお前! こちとら瀕死で人間二人引っ張ってんだぞ!」と返したいのは山々なんだが、流石に余裕がない。
というか、出血多量と急激な魔力の減少が重なって目眩がしてきた。
意識していた魔粒子供給が儘ならなくなり、エアクラフトはどんどん失速していく。
「うおおうおうおうおうっ……し、シキぃっ、出来れば後ろ見てくれると助かるんだがぁっ……!?」
「へっ? いっ……いやああああああっ! シキ君シキ君シキ君っ、加速して加速っ! いやいやいやいぃやああっ、お願いだから加速してぇっ!」
声だけで冷や汗ダラダラなのがわかるムクロの方を見たんだろう。
レナが泣きそうな声で喚き出した。
「ぐ、ぐるじぃ……レナ、力緩めっ……げはぁっ……!」
再び盛大に血を吐き出しながら「もう何なんだようるせぇなぁ……」と思って下を見ると、集まった人喰いワーム達が互いの身体を土台にして掛け登り、更に上に来た個体の背中を這いずり上がり……と、かなりの高度まで上昇している筈なのに、直ぐそこまで人喰いワームが来ていた。
さながら人喰いワームの〝山〟だ。タワーと言っても良いかもしれない。
黄色に茶色、黒にオレンジ、果ては肌色の人喰いワームで構成された〝山〟。あまりの気色悪さと危機に気が遠くなるような感覚を覚える。
そうして俺が絶句している間にも続々と集結しつつある人喰いワーム達はその高度、形状を維持しながら追撃してきている。
バクンッ、バクンッ、キシャアアアアアッ!
と、ムクロの足元……つまり俺達の直ぐ目の前で恐怖の音が生まれては遠くなっていく。
「この状況で落ちたら死ぬよな……こいつらも……」
「ちょっとちょっとちょっとシキ君っ!? 現実見て現実ぅっ!」
「ひいぃっ、さ、さっきから私の足の近くでヒュンッてっ、ヒュンッてっ……!」
バクンッ、バクンッという強靭な顎が閉じる度、ムクロが身を丸め、あるいは開脚して避ける必要があるほど近付いている。
バクンッ、ひょいっ……バクンッ、ひょいっ……と。
端から見れば大分シュールかもしれないが、これは……非常に不味い。凄まじく不味い。普通に死ねる。
「ほらムクロさんっ、シキ君に掴まって! よいっ……しょ!」
「ぐえっ」
「…………」
レナに引っ張り上げられたムクロが俺の背中に乗り、おんぶ状態でしがみついた。
痛い。すんごい痛い。
後、何か言えや。言葉も出ないんだろうけども。
とか。
頑張るなぁ……俺……
とか。
色々な感情を飲み込み、覚悟を決める。
「ああもうこうなったら自棄糞だっ、途中で力尽きたらぼはぁっ……! ごほっ、ごほっ……仲良くお陀仏っ、お前らも覚悟決めろやあぁっ!」
意識が過去最大級に朦朧としてきたからか、〝素〟の口調が出た。
二人は遠慮無しに思い切り締め付けてくる。
口から穴の開いた内臓が飛び出るのではないかと思うほどに。
なのでこちらも遠慮無く行かせてもらう。
「飛おぉっ……べええええぇぇぇっ!!!」
俺は残った全魔力をエアクラフトに込めると『臨界爆発』手前の暴走状態にまで昇華させ、上昇ではなく戦場を横断するような形で、文字通り命を削る加速を掛けた。
「「ううぅうぐぅぅぅっ……!!」」
急速に掛かるGにレナとムクロが苦悶の声を漏らす中、ぴったり張り付いて離れなかった人喰いワームの群れを置き去りにする。
上昇でついてくるなら、真横。前進あるのみだ。
群れの背中に乗って、更にその上に乗って、また更に乗ってを繰り返して山を形成しているんだから、前進にはついてこれない。
しかし、加速の代償も大きい。
視界はボヤけ、絶え間無く襲ってくる目眩と吐き気は《闇魔法》の比じゃない。
それでもと加速を続け、エアクラフトが限界を迎え始める。
いよいよ怪しい……今にも爆発しそうな光が漏れ出した。
確か……五秒は持った……筈……!
クラクラする頭を気合いで叱咤し、記憶の彼方から情報を取り出していると、視界の端……随分寂しくなった砂漠の上に停止しているサンデイラに続々と人が集まっているのが見えた。
わかった、の方が正しいかもしれない。
仮面の目元は『風』の属性魔法でレンズのような防護膜を作って守っているとはいえ、単純な視力や気を抜くと失いそうな意識の問題で、人らしき何らかの群れがサンデイラ目掛けて移動していることしかわからない。
少なくとも、その中に魔粒子の光があるのは間違いない。
多種多様な色の光がサンデイラに向かっている。
全ての群れが集結し、〝山〟を形成した人喰いワームのように。
魔粒子の光が集結し、〝川〟のような流れを作っている。
――綺麗だ……
――死ぬ! クソ痛ぇっ!
――っ……? 何か暖かい、よう、な……?
――苦しいっ! 息が出来ない……!
――そろそろ捨て時だっ、固定を外さないと!
分裂し、高速回転した思考がそれぞれ別のことを考える中、俺の身体はエアクラフトから飛び降りていた。
直後、耳をつんざく爆発が背後で起こり、同時に俺を包んでいた暖かい何かの正体に気付く。
「もももももももっとだお前達ぃっ! すこぶるめちゃくちゃ泣くほど怖いがもっと速く進めえぇっ! 少しでもシキに近付くのだぁっ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
いつの間にか、ナールが近くまできていた。
エアクラフトに乗った五人の騎士を馬代わりに飛んできている。
「んぐんぐんぐっ……おえええぇっ……ずまんが、耐えてぐ……おろろろろっ!」
「わぷっ、だ、大丈夫ですからもっと飲んでください! これ私の魔力回復薬です!」
「こっちは回復ですっ、王子! さあぐいっと! さあっ!」
「鬼か貴様らっ……ごくっ、ごくっ、ごくっ……うぷっ……おえええええっ……!」
吐いては飲み、吐いては頭から被り、吐瀉物を部下に吹き掛け、騎士達は気にせず自分の分の薬を差し出している。
【責任転嫁】。
自身が取り込んだ物体や魔法、スキル、薬の効果を少しずつ他人に移す、俺と真逆の固有スキル。
魔力は減少分と相殺されているが、傷は治り始めた。
朦朧としていた意識も、ボヤけていた視界も段々とハッキリしてきた。
少しずつ。だが、確実に。
楽になってきている。
「クハハハハハハッ! 良いタイミングだ豚ぁっ! まさかテメェから来るとはなぁっ! 褒めて使わすぅッ!!」
途端に活力が戻ってきた俺が思わず高笑いしながらそう叫ぶと、徐々に近付いてきたナールは醜い顔をこれでもかと歪ませ、「何だと貴様っ、不敬罪でぶち殺すぞっ!」と返してきた。
「よおおぉし! 力が戻ったぁっ!! 代わりのエアクラフトを寄越してついてこぉいッ!!!」
本当に良いタイミングだった。
エアクラフトも無くなり、魔力も体力も底が見えていた。
補充した魔力回復薬と回復薬もルゥネ戦後、殆ど使い果たした上、連続して使ったせいで効果が完全に失われていた。
そんな状態での回復。
【責任転嫁】は回復薬の『使えば使うほど効果が無くなっていく』という枷を外す。
テキオ戦の時と同じ、擬似的な【起死回生】状態だ。
本家本物ほどの速度、確実性は無くとも、死に損ないの俺にはまさに起死回生の一手。
ダメージも疲労具合もピークというだけあって、有難味がまるで違う。
「逆に言やぁっ……もう一踏ん張りしろってことだろ……! ナールっ! 右腕は良いっ! 他っ、胴体! 特に内臓に回復効果を集中させろっ!」
元より全回復は出来ない。
精々が瀕死から重傷になる程度。少し楽になっただけで、全身が痛いことに代わりはない。
――キシャアアアアアッ!
「相変わらずっ……。前に出れなくともっ、泣きの一手! せめて時間稼ぎだけでも……!」
サンデイラに向かっているエアクラフトと人の群れの中に、アリスとリュウを肩に乗せたヘルトの機体が。〝山〟の横から迫ってきている『崩落』の背後にはメイと撫子の姿が見えた。
更にはサンデイラの船首から飛び出た魔導砲。
魔力の光が溢れ出していて、エネルギーを溜め込んでいるのが窺える。
「クハッ……正真正銘っ、最後の大勝負だ! レナぁっ、加速して俺の補助! ムクロは援護頼むっ!」
「わかったわ!」
「っ、無理はするなよっ!」
レナの助けを得て魔粒子装備で浮き上がり、ムクロはそのまま離れた。
そして、息も絶え絶えなナール達から替えのエアクラフトを受け取り、レナと共に『崩落』を待つ。
群れは一塊になり、ネックだった怪我人やエアクラフト乗りは殆ど離脱。固定砲台と化したサンデイラにはエネルギー源&サンデイラをずらす為の人が集結しつつある。
ここに来て漸く姐さんの『魔導砲で全てを薙ぎ払う』という策が現実味を帯びてきやがった。
「この状況っ、この距離っ、あのクソ女の戦いへの執念っ……届くよな……聞いてるよな……! ならっ、俺のやるべきことは……!!」
ぐるりと戦場全体を見渡し、〝山〟、『崩落』、サンデイラ、続けて墜落中のルゥネ達の船に、ズタボロで千切れ掛かった己の右腕、心配そうかつ訝しむような顔で見つめてくるレナとナール達、ムクロを見た俺の中に、闘志とでも言うべき……熱く、身体を突き動かす何かが満たしつつあった。




