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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
191/334

第180話 奇策と秘策

更新出来ず、またまた申し訳ありません。忙殺されて脳の部品が逝ったのか、全然書けませんでした……


「あー……悪かった。気が動転してな」

「……あれ全部お前のせいだからな。俺は知らんぞ」



 『崩落』から離れて数分。

 爪斬撃で周囲の群れの迎撃、往復ビンタ&必死な声掛けを行った甲斐もあり、ムクロは直ぐに正気を取り戻した。



 しかし、アリス達は依然『崩落』との戦闘を余儀無くされており、「ユウちゃんテメェッ! 聞こえてんぞ! ぜってぇ許さねぇっ、後で覚えてろよなッ!!」と、余裕があるのかないのか、兎に角必死な声で叫んできている。



 他の奴等と比べ、エアクラフトやゴーレムという足がないアリスではあるが、思い切り蹴りを入れてはエアクラフトに乗っている撫子に回収してもらい、その隙にメイが攻撃することで『崩落』の注意を逸らしと簡易的な連携プレイを繰り返すことで一応の安全は確保しているらしい。



 そして、三人が上から攻撃しているならヘルトとリュウは下。『崩落』の胴体に突撃して助力している。とはいえ、武装は『崩落』の素の硬さに負けてヒビが入り始めた剣しかない上に出せる最大出力はアリスより弱い。

 そのせいか、『崩落』は途中から二人の機体を完全に無視しており、アリスと撫子、メイへの対応をしている内に知らず知らず胴体がくねり、それが偶々ヘルト達な機体に当たって吹き飛ばし……と、まるで相手にしていない印象を受ける。



 それらを引っくるめて指ならぬ爪を指して注目させるとムクロは謝罪や罪悪感の感情と疑問をごちゃ混ぜにしたような複雑な顔で訊いてきた。



「あの転生者は何故剣を使わん。剣士じゃないのか? あの変わった剣術を使う女も最強の切り札があるだろうに」

「純粋に奴が硬いのと武器が短剣だからだ。俺の爪でもダメージが入ったところであの図体だからな。擦り傷程度にしかならないだろうさ。撫子は……正直、わからん。さっきから何度か斬り付けているのは見てるんだが……全く斬れてねぇ」



 恐らくではあるが、【一刀両断】も最強に見えて『連続使用出来ない』以外の弱点や発動条件があるんだろう。

 例えば、『一定の体力が残っていなければならない』とか『空気中に舞っている(物体)にまで当たり判定が乗ってしまう』とか。



 撫子は今も隙あらば神速の抜刀術を試し、毎度苦虫を噛み潰したような渋い顔をしながら空を蹴ってエアクラフトに戻っている。

 飛行中のエアクラフトから離れるという危険かつ神経の削られる行為をしつこく繰り返してる辺り、前者はないな。この辺り一帯を覆う数と巨体だ。当然、砂埃は常に舞っている。十中八九、後者かその他の理由だろう。



「結局、あいつら全員の協力とお前の魔法が頼りに――」



 ナール達の決起で一時的に持ち直したとはいえ、劣勢であることに代わりはない。

 周囲の状況を軽く見渡しながらそう言い掛けたところで、耳に付けた無線機の魔道具に通信が入った。



『――……や! 坊やっ、聞こえるっ!?』

『っ、姐さんか。聞こえるぞ』



 返答しながら上を見ると、先程までかなりの高度を滑空していたサンデイラが少しずつ降下してきているのがわかる。



 戦場特有の喧騒と純粋な距離の関係で聞き取り辛かった俺はムクロを抱きながら上昇。戦場を見渡せるほどまで上がっていく。



『……すまん。もう一回言ってくれ。俺の耳が可笑しくなったみたいだ』



 上昇途中、姐さんの声はハッキリと聞こえていた。

 しかし、あまりに荒唐無稽なその策は戦場とサンデイラを交互に見て、その上で自身の耳を疑うものに他ならなかった。



『だーかーらっ、戦場全体を魔導砲で薙ぎ払うって言ったのよ!』

『可笑しくなったのは姐さんの方か……』

「……何と言っているのだ?」



 姐さんとの会話を邪魔されたくなったので、思わず右手の指でシーッというポーズを取ったのだが、親指しか残ってないせいで出来ておらず、かつかなりグロかったらしく、ムクロは目元をピクつかせながらその口を閉ざした。



『兎に角、良い場所を見つけ次第不時着するから他の子達にも伝えてっ。戦線離脱者は魔導砲のエネルギー源としてサンデイラに集める。あの豚王子とレナにも――』



 アリス達とは少し離れた位置にて、悲鳴を上げながら人喰いワームに飲み込まれた『砂漠の海賊団』のエアクラフト乗りを見てしまったが故に、そして、それを見たムクロの苦々しさと悲しみが混ざった、泣きそうな顔で瞬間的にカッとなった俺はつい声を荒げてしまった。



『――今この瞬間にも喰われている奴が居るってのにっ、簡単に言うんじゃねぇッ! そもそも撃つまでの間、どうやってこいつらを止めるっ! 動けなくなった奴等だって魔導砲の巻き添えを食らっちまう! どうやって逃がせってんだっ!」



 一通り喚いた辺りで、こちらに振り向いたムクロと目が合い、少し落ち着いた。



 そうだ、ここで怒ったところで何の解決にもならない……



 深呼吸して軽く自身を律した俺は改めて穴を指摘し、認識を合わせていく。



「……どう、凌ぐつもりだ。このミミズ共だって生物である以上、何らかの理由で動いている。サンデイラほどデカい船なんか良い的だろ。降りた途端、群がられる……撃つまでのタイムラグや溜めの時間なんか待ってくれないんだぞ……!』



 姐さんとしても無茶を言っている自覚はあったのか、八つ当たりに等しかった俺の発言を黙って飲み込み、静かに返してくる。



『……奴等が何に誘き寄せられてるのかによって対応が変わるわ。怪我人や歩兵はこちらのタイミングに合わせて比較的無事なエアクラフト乗りに回収してもらってズドンっていうのが理想。それと、飛べないくらいボロボロになっているって言っても魔導戦艦だもの。装甲は分厚いし、硬い。人喰いワームくらいどうってことないわ』



 魔導砲は単発の砲撃ではなく、エネルギー波。要はビームのようなものだ。

 シレンティ騒動で使われた魔銃とは違って熱は発生しないし、ある程度調整も出来る。その調整で乗組員全員から魔力を搾り取って魔導砲を射出。出しっぱなしにした状態でサンデイラ……つまりは砲門の向きを変えて薙ぎ払う。と、姐さんが言っているのはそういう作戦な訳だ。



 魔導砲は魔力の充填率を上げれば上げるほど威力が高くなる。例え数の暴力で押してきている人喰いワームでもその殆どを肉片状に消し飛ばすくらいの威力は出せるだろう。

 が、その分魔力の吸収速度も凄まじい。下手をしたら死人が出てしまう。



『……そもそもの話、ただ撃つだけでも乗組員全員が軽く目眩を起こすほどの代物だろ。撃てるのか?』

『撃つのよ。その為か何なのかわからないけど、発見された全ての魔導戦艦には乗員の魔力を急激に吸い取るシステムが組み込まれているの。使えば多分ほぼ全員が気絶する。そのシステムで無理やりエネルギーを絞り出して撃つ。魔力量が絶対的に少なかったとされる古代人なら即死……とまではいかなくても、間違いなくお陀仏レベルの速度らしいわ。……そう考えると案外、自爆的な装置だったりするのかしらね』



 魔力と聞いて真っ先に思い付く人物はムクロだ。

 当の本人は戦場を見下ろして渋い顔をしているが、ムクロほどの量と質を誇る奴は見たことがない。



 姐さんの言う戦線離脱者を集めることが出来た状態だけなら少々危うく感じられる策だが、尚且つそのムクロまで乗せることが出来れば死人が出ることはないかもしれない。



 ムクロの存在に一縷の希望を見出だした俺は早速声を掛ける。



「ムクロ……頼みがある」

「断る」



 まさかの即答。にべもなかった。



「というより、無理だ。どうせあの傍迷惑な兵器を使おうと言うのだろう? 『崩落』の狙いは私と都のオアシスだ。今はああして誤魔化せているが、私が奴の前から離れればあのオアシス目掛けて暴走するぞ」



 俺の反応や返答で、ある程度の会話の内容を把握していたらしいムクロは俺の肩に回している手の力を少し強めて掴まり、もう片方の手でアリス達の方を指差しながら答える。

 旧知の仲というだけあって、『崩落』の求めるものがわかっているようだった。



「奴はより高濃度の魔力を求めている。私を狙うのも過去やり合ったからというだけではなく、魔力を求めてのことだ。()()オアシスにはこの辺りで最も強力な魔力反応があ――」



 思わず話を続けようとする姐さんを黙らせてまで聞いていたムクロの言葉は再び飛んできた人喰いワームによって遮られた。



「――っ、またか!」



 瞬間的に高度を下げて避けながら飛んできた方向を睨むとアリス達との攻防の合間に味方を掴み、身をくねらせて周囲一帯を攻撃しつつ、首を振るって投げ付けてきている『崩落』の姿があった。



「わりぃユウちゃんっ! そろそろ冗談抜きで抑えきれねぇ!」



 俺への怒りを押し殺したアリスが真面目な顔で叫んでくる。



 少しずつ慣れてきたのか、『崩落』はメイの電撃をも無視し始めており、飛べないアリスは迂闊に近付けなくなっていた。



「いや助かった! 直ぐ戻るっ、もう少し耐えてくれ!」



 俺がそう返した直後、『崩落』が長く太い図体を使ってゴロゴロと転がる。

 アリスは勿論、撫子やメイも距離をとって回避。ヘルト達はギリギリのところを離脱したところまでは見えていたが、砂埃に隠れて位置がわからなくなってしまった。



「こいつっ……おう、わかったーっ!」



 あまりに巨大な胴体による大回転はそれだけで脅威。強者であるアリス達と言えど、流石に後退せざるを得ない。しかも『崩落』は一度やって有効と判断するや否や、何度も転がってアリス達を牽制している。

 やはり奴には知能があるらしい。尤も、混戦になっているせいで味方の群れも潰している。巻き込まれさえしなければ周囲の群れへの牽制にもなる……いや、人を判別して覚え、考えて行動する頭があるんだ。あまり悠長なことは言ってられないか。



「お呼びだ。私は行くぞ」



 飛んでくる個体を何度か避けている内に、ムクロは被害の拡大に心を痛めたのか、それだけ言って俺から離れ、『崩落』の方に向かってしまった。



『今、人工っつったなあいつ……姐さん喜べ。シャムザの王都があのオアシスの周辺にある理由……オアシスそのものの正体をムクロは知っているそうだ』

『出来ないじゃなくてするっ! 姿勢制御! 水平よ水平っ! わかるでしょっ! そうっ、その調子っ! ああもう喉が痛いっ……ええっと坊やっ? 今物凄く忙しいんだけど、それと今回の戦いに何か関係がっ?』



 サンデイラの方も大変そうだ。そりゃ墜落しかけの船の制御なんて難しくて当然だろう。さっきの策といい、本当に無茶を言う船長だ。



『ムクロ曰く、奴等の狙いは魔力。詳しくは聞けなかったが、あのオアシスにはオアシスである所以……オアシスを造り出しているアーティファクトか何かがあるんだと思う。夢があるな』



 水を……湖を創造するオーバーテクノロジー。

 それがどういう理屈で稼働していて、どういう理屈で水が生まれているのかは知らないが、膨大な魔力を蓄えていることだけはわかる。



『そ、そんなこと言ってる場合っ!? じゃあムクロさんが戦場を離れたらこのキモいミミズ達は一目散に王都をめちゃくちゃにしにいくってことじゃない! 左舷っ、さっきから何やってるの! そこから弾が届く訳ないでしょう! 無駄弾使う暇があったら怪我人を抑えときなさい! 揺れるわよっ!』



 余裕がなくなったのか、それ以降の通信が途絶えた。

 心配になって再び上を見上げるが、サンデイラの姿は既にない。



 一体どこに……と、辺りを見渡していると、遠くから戦場の喧騒を掻き消すほどの轟音が鳴り響いた。

 見れば船首を王都の少し横辺りに向けて着陸を試みているサンデイラが居る。



 『崩落』ほどではないにしろ、巨大な戦艦だ。その重量は予想も付かず、速度もそれなりに出ている。

 当然、その余波も凄まじく、上から見ている分、戦場どころか周囲一帯の砂漠がズシィンッと動いたのがよくわかった。



 サンデイラは尚も進み続けており、逆噴射を掛けてはいるものの、砂の上を滑って直進している。



『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ、どいてどいてどいてどいてーーっ!! 生きたっ、ぎゃっ……いったあああいっ!! 舌がっ、舌がっ……と、とにはふ逃へるろよほぉっ!!!』



 姐さんの声が何処からともなく聞こえてきた。



 こちらも当然と言えば当然だが……揺れるんだろうな、うん。



「ユウちゃんまだっ!? 何一人で黄昏れてんのっ!? こちとら命懸けで時間稼いでるんですけど!!」



 おっと、あまりの光景にボーッとしてた。

 流石に戦艦が巨大ミミズを轢き殺しながら砂漠の上を凄い勢いで滑ってるのは見たことなくてつい……



「悪ぃっ、もう少しだっ! 後一二(いちに)分! てかムクロ行ったろ!」

「こうまで暴れられると手が付けられねぇんだよ!」

「……じゃあ俺が行ったって変わらねぇだろどう考えてもっ!」

「あっ、確かに……確かにそうじゃんッ! お前こん中の誰よりも雑魚だし! 期待した俺がバカだったわ! わりっ、あははっ!」



 俺の疑問が大分鋭い刃になって返ってきた。



 発言だけ聞くと悪気マシマシだけど、ニュアンスとかイントネーションとか的に悪気無さそうなのが逆に効く。ほぼド直球の戦力外発言だぞ。そんで何わろとんねん。



 まあその上、この怪我だしな……と右腕を擦りながらアリス達の方に目を向けると、ムクロの謎言語魔法でも抑えきれないほど暴走している『崩落』の姿があった。



 『崩落』の身体が乗っている砂丘や砂一帯を『土』か『風』とおぼしき属性魔法(?)で操って『崩落』を持ち上げ、そこから火球に風の刃をこれでもかと混ぜた炎と風の竜巻を創造。

 過去最高規模の火柱が戦場に現れ、『崩落』の浮き上がった部分……ざっと二百メートルほどを全てその竜巻で包み込んでいた。



 かなり離れており、かつ上空に居る俺ですらハッキリと視認出来る。流石に火の粉は降ってこなかったが、見てるだけで熱気が伝わってくるようだった。

 ただでさえ暑いのにその熱気だ。巻き添えはごめんだと、アリス達は勿論、『崩落』ごと焼かれていたヘルトとリュウのゴーレムに至っては死に物狂いで離れようとバタバタ暴れたり、スラスターを全開にしたりと奮闘している。



 まあゴーレムにも魔障壁があるみたいだから魔法によるダメージはそんなにないんだろうが、機体の温度上昇や『崩落』ごと吹き飛ばされて地面に叩き付けられるのは宜しくない。例えその地面が砂だとしても、衝撃がパイロットを襲う。二人ともステータスはそんなに高くないから下手したら死ぬレベルだ。そりゃ必死にもなる。



 そして、味方をも巻き込んだ盛大な大規模攻撃を行ったムクロはというと、『崩落』から数百メートル離れた位置で息を切らしている。

 俺との距離もかなりのものな為、顔色は全くわからないものの、肩で息をしているのはわかる。恐らく、ジル様と同じ土俵に居るであろうあのムクロがだ。



 にも拘わらず、『崩落』は至ってピンピンしていた。



 ――キシャアアアアアアアッ!!!!



 と、一際大きい奇声を上げたかと思えば空中で身を捻り、竜巻から簡単に脱出。

 そして、寧ろ熱を持った分、厄介な巨体で砂漠の上を転がり出した。



「……なんつぅ戦いしやがる」



 とは言っても、元々当たれば即死なのは変わらない。

 となればアリス達のやることも変わらない訳で、普通にジャンプして避けている。



「っと、俺は俺で手伝わねぇと……にしても何がしたいんだムクロの奴、は……おいおいっ……!」



 ふと我に返った俺はせめて自分に出来る最大限の援護をするべく、エアクラフトに魔粒子を送り込み、更に上昇。

 その最中、チラリと地上の戦闘を見返すと、今度は周囲の群れごと『崩落』を凍らせているムクロの姿が見えた。



 風やダメージ故の視界の悪さのせいで細部までは確認出来ないが、赤みのある茶色い砂漠が水色とも白ともとれる色で覆われ、それらの氷は暴れていた『崩落』や近くで暴れている個体にまで達し始めている。



「あいつ『水』と『氷』までっ……しかもこの規模っ、どこまでっ……」



 俺が絶句している間にも、その氷の砂漠は広がり続けており、痛いのか、寒いのか、驚いているのか、『崩落』は奇声を上げ、先程よりもゆっくりとした動きで転がっているものの、その抵抗もどんどん遅くなっていく。他の個体は言わずもがな。完全に凍り付いている個体もちらほらと散見し出していた。

 それどころか、地上から白いモヤ……冷気まで漂っている。熱い、から寒いに気温が変わった。更には巻き添えになる速度で氷が迫っていることで、まだ凍っていない群れや距離をとっていたアリス達まで焦った様子で逃げているのがわかる。



 しかし、それすら『崩落』には効かないらしい。



 暫くして完全にその動きを止めていた『崩落』は自身を包む氷の彫像を破壊して健在な姿を現し、再び転がって周囲の氷を割っている。



「……化け物だな」



 思わず漏れた。

 『崩落』もムクロも化け物だ。やはりジル様や『付き人』並みに規格外。



 けど、ムクロの狙いがわかった。

 とてつもない熱からの急激な温度変化。あわよくばってだけで、表面の硬さと速度を何とかするのが狙いだ。



 そんな俺の予想通り、かなり疲弊した様子のムクロが試しにと言わんばかりに手を振り上げて起こした真空の刃は『崩落』の胴体に当たり、見事斬り付けることに成功。僅かではあるが、体液が漏れている。



 そして、『崩落』自体の動き。



 熱いのは慣れていても寒いのは慣れてないんだろう。

 巨体に見合わぬ俊敏な動きからは持ち味足る俊敏さとしなやかさが無くなり、当初の暴れ具合が嘘のように鈍重だ。



 強固な装甲と見た目以上の足はムクロの尽力によって取り外された。



 既に後退し、ぜぇぜぇと息を切らしているムクロの背後からも調子を取り戻したアリス達がこれは好機だと突っ込み始めている。



「なら……俺も少しぐらい貢献しないとな……」



 そろそろ良い距離だ。



 出来るかどうかもわからない賭けを、多分出来る、にまで引き上げる理想的な……距離。



 あのムクロが……アリスやレナ達が……生意気な豚王子と逃げていた筈の王都の民まで命懸けで戦ってるんだ。



 もう少しくらい……



「根性見せないと格好付かねぇよな……っ!! そうだろ姐さんっ……ルゥネッ!!」



 地上とゆっくりゆっくり逃走していた帝国の魔導戦艦。



 その中間辺りに、俺は居る。



 後は俺の根性次第。



「人には使うなと偉そうなことを言っておいて、結局この〝力〟に頼らなきゃなんねぇなんて……そこはカッコ悪ぃな。……けど、許せよルゥネ。トドメを刺さないって約束は姐さんとだ。俺には関係ねぇ。生憎、気絶してたからな」



 これは言い訳だ。



 色んな想いを飲み込んでルゥネを見逃してやった姐さんと最も大切な〝王〟としての信念を曲げてまで命乞いをしたらしいルゥネへの言い訳。



「だとしても……だとしても、だ。人様の国に攻めた落とし前はキチンと取ってくれねぇと、筋が通ってないんだよ……クハッ」

 


 死んだら悪いな。ホント悪い。安心してたとこ悪いけど、攻めてきたのはそっちだ。汚い手で死んでも……死にかけてるところをまた戦場に引き摺り込まれても文句は言わねぇよな? な?



 と。



 例のバレルロールも相まって、兵士達と揃って死にかけで、船体もボロボロだから、当然魔障壁に回す魔力は全部浮力と推進力に回してるよな? な?



 と。



 そんな、意地の悪い笑みを浮かべた俺は数ヶ月振りに禁忌とも言える《闇魔法》を使い……



 












 ◇ ◇ ◇



 時は少し遡り、ヴォルケニス中央ブリッジ。



「っ……あ、れ……? 私、何して……」

「お、気が付いた? ならちょっと手伝ってほしいんだけど」



 シャムザに来る前と比べ、いつの間にやら大分減ったオペレーター達の中に混ざっていたココの声に、モグラの少女アイは可愛らしいつぶらな瞳をパチパチした後、ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。



 所々、ブリッジの強化ガラスにヒビが入っており、その先の両翼からは黒煙も上がっている。

 それよりもあまりの人員の少なさが気になったのか、固有スキルを使う為、モグラの手で両目を覆い、絶句する。



「なっ……何よ、これ……ほ、殆ど全滅してるじゃないっ……」

「乗り込まれた時、色んなとこで銃撃戦があったみたいだね。元の死人を入れると、ざっとだけど、八割は死んじゃったっぽい」



 器用にも鳥の脚、しかも爪の付いた指でキーボードをカタカタと叩いているココに「何を悠長なっ……うちの姫様は何をっ……」と、そこまで言ったところで、艦長席に寝かされているルゥネに気付く。



 鼻は潰れ、左の頬と額を繋ぐ切り傷は瞳をも巻き込み、大きく深く形成されている。

 しかし、見るも無惨な元美少女の面よりも悲惨なのは裸になっている上半身の怪我だった。左腕は半ばから断ち切られ、右の乳房も失くなっている。それどころか、腹には三つの刺し傷。



 どう見ても致命傷だが、それでもルゥネからは小さい呼吸音が、命の鼓動が感じられた。



「酷い傷だよね……一応、ボクの力で死なないようにはしてるけど……元の状態にはとても……それともう幾つか悪い知らせ。仲間が殺されたついでに、色んな設備破壊されちゃった。エンジンは半分停止。使う余裕なんてないけど、魔障壁も魔導砲もパー。だから、こうして飛ぶのが精一杯なんだ。帝国まで帰れるかも怪しいよ」



 その状態で……否、そんな状態だからこそ、だろうか。



 女帝は瀕死、乗組員は壊滅。戦艦もボロボロ。



 逆に、だからこそ残された帝国兵達は戦闘狂特有の狂気を押し殺し、一致団結。安定して飛行することに成功していた。



「……はぁ。最悪ね」

「最悪も最悪さ。ボクなんかこの状態のルゥちゃんに救われたからね。立つ瀬がないよ全く……」



 深い溜め息をつきながら席に着き、ココ同様、異形の手を使ってオペレーターに徹する。



「生産職の皆は?」

「半分くらい死んだかな。皆、スラスター制御の方に行ってもらってる。あのゴーレム? 達の奇襲でスラスターまでかなりやられてたらしくて……」

「そう……あの黒い鬼みたいな化け物と愉快な仲間達にか……強かったー……漏れるかと思った……」

「強かったねー……メイちゃんにもしてやられたし……あ、地上に降ろした皆も置いて帰るようか。うわ、可哀想なことしたな……南無南無……」



 帝国で生まれ育った彼女らは『敗走』という言葉を知らないルゥネほどではないにしろ、これが敗北者の末路であると心得ている。



 故にその表情は暗く、二人の会話を聞いていたオペレーター達も口を閉ざしていた。



「……兎に角。敗走したなんて知られたら、まあ間違いなく皇位簒奪のクーデターが起きるだろうから、それを黙らせないと」

「三回……いや、四回はあるでしょうね。出来れば姫様が先導してくれると後々やりやすいんだけど……」

「無理じゃない? 流石のルゥちゃんでも、あの怪我だし……歩けるようになるのだって結構掛かると思うよ」

「はあ……うちに回復チートが居ればねぇ……」



 既に逃亡する気満々だった二人だが、突如として聞こえてきた「……あはっ、一本……取られましたわ……」という弱々しい声で目を見開き、オペレーター達も合わせて振り向いた。



「いっ……つ……は、ぁ……はぁ……」



 ――総員、死にたくなければ速やかに何かに掴まりなさい。揺れますわよ。



 瀕死のルゥネの、【以心伝心】を使っての伝言。



 当然、その理由もココ達に伝わっている。



 瞬間、ココはバサァッと翼を広げてルゥネに飛び付き、鳥爪をこれでもかと艦長席に食い込ませ、アイは「もういやああああっ!」と悲鳴を上げながら椅子の下に潜り込み、骨組みに抱き付いた。他のオペレーターや他箇所に集められた帝国兵達もだ。



 そうして、ヴォルケニスに乗っている全員が近くのものに掴まった直後。



 ズシイィィンッ……



 と、船体が大きく揺れ、航行が止まった。



「ひいいいっ!」

「うおぅっ!?」

「じ、状況は!」

「周囲に異常は見当たりませんっ!」

「っ……!? な、何やら黒い糸のようなものが後方船腹に付けられています! 恐らくそれが原因かと! モニターっ、出ます!」



 あまりの揺れに悲鳴が上がる中、ココは唯一冷静に確認。外部カメラを担当していた者の一人が逸早く気付き、ブリッジ中央にぶら下がっているモニター画面を切り替えた。



「な、何これっ……こんな細いっ……これが原因なのっ!? ルゥちゃんっ!」

「死んだ死んだ死んだ死んだもう絶対死んだ!」



 画面に映った光景。



 それは細く長く、それでいてどす黒い色をした糸だった。



 糸としか言い様のない細いものが船体に張り付き、航行を妨げている。



 その糸は真っ直ぐ地上へと伸びており、望遠モニターでも視認しきれない巨大なミミズへと繋がっているように見えた。



「っ、この黒い糸みたいなのと地上の間! 拡大してっ!」



 目敏く何かに気付いたらしいココの指摘により、モニター画面が三つに分かれ、更に拡大された映像が映し出される。



 そこには右腕を抑えながらこちらを睨み、笑っているシキの姿があり、恐る恐るといった様子で顔を上げたアイは余程のトラウマを植え付けられたのか、そんなシキを見た直後、いやいやと首を振って泣き喚き始めた。



「な、何が起きてっ……いっ……いやああああああっ、またあいつじゃないっ! もう嫌っ、私帰りたいぃ!!」



 ココは静かに「そ、そんなのあり……? てか、何でルゥちゃんとの戦いで使わなかったのさ……」と呟く。



 彼女らの大将足るルゥネはその中心で笑っていた。



「くくくっ、確か、に゛ぃっ……!? いっ……ははは……」



 ――文句は言えませんわねぇ……悪いのは全面的にこちらですし……でも、出来ればお手柔らかにしてもらえると助かりますわ、シキ様……



 映像内で踵を返し、降下を始めたシキにそう話し掛けたところ、「煩ぇ。俺から逃げられるなんて思うなよ?」と、そんな趣旨の内容が返ってきたらしい。



「ふはっ、いぎっ……!? いいぃ痛い痛いっ、痛いですわっ……!」



 ――あんまり笑わせないでくださいましっ、死んでしまいますっ!



 ある意味必死な懇願に対する返答はこうだった。



 ――い゛っ……てえええぇっ……!!! ああっ!? まだ届くのかっ……ならっ……死ね! 今すぐ死ね! 俺だって死にかけてるんだ! 傍迷惑な何処かの誰かのせいでな!



 シキはシキで何やらアクシデントがあったらしい。



 ルゥネは痛がりながらも、再度笑い声を上げた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アリスとユウちゃん(シキ)の会話本当好きです、アリスが女だと忘れるくらいには、ライよりズッ友感があって楽しいです 後半のユウちゃんに対しての雑魚発言!アレを悪意無しで言えてそれが戦闘中って…
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