表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
190/334

第179話 因縁

遅れてすいません、仕事に忙殺されてました。



 レナの居た場所を通り過ぎた人喰いワームがそのまま地面に潜り、アリス達の顔には絶望が過る。



 が、少し遅れて不気味に震えている胴体の周囲に紫色の魔粒子が舞っているのが目に入り、更に「ったく……だから前に出るなっつったんだよこの特攻娘。こちとら今も死にかけてんだぞ? 余計なエネルギー使わせやがって……大体、お前らもさっさと終わらせとけよな」という憎まれ口が聞こえてきたことで、途端にそれは覆った。



「ユウちゃんっ! 遅かったじゃねぇかよ!」

『姫さんはっ……無事か……心配させるなよ、はーっ……』

『いやードキッとしたぁっ』



 声の方向に振り向いたアリス達は、エアクラフトで飛行しながら左腕でレナの背中を抱くように確保しているシキを見て一様に驚き、喜ぶものの、直ぐにその顔は曇ることになる。



「え? あ……えっ? し、シキ君!?」



 油断して喰われかけたレナは動揺しているせいか、密着しているせいか、シキのだらんと脱力している右腕と一本しかない指には気付かない。



 しかし、アリス達からすれば、戦場で()()シキが剣を持ってない、という異様な光景は一目瞭然。

 そこから指の欠損に視線が行き、次いで、風に煽られている訳でもないのにぶらぶらと力無く揺れているシキの右腕に意識が向く。



 シキの負傷の深刻さは火を見るより明らかだった。



「お前っ……その腕は……っと!? っぶねぇなぁこいつっ!」



 詳細を訊こうとした直後、背後から迫ってきた人喰いワームに邪魔されたアリスはバク転の要領で避けると空中で回転の向きを変え、くるくると回りながら魔剣に〝気〟を流して一閃。

 夥しい量の体液と共に人喰いワームの首が転がり落ち、互いを失った首と胴体は砂の上でクネクネ蠢いて悶える。



 ヘルトとリュウも動かしているのは自身の身体ではなく、アンダーゴーレムの為、止まる訳にも余所見をしている訳にもいかず、周囲の人喰いワームとの戦闘を余儀無くされている。



 レナはそんなこと等露知らず、「シキ君シキ君シキ君っ! もうバカ! やっと正気に戻ったのね!? あの大剣の男を倒した後、単身で敵艦に乗り込んだって聞いた時なんか心臓が止まるかと思ったじゃない!」と一人盛り上がって涙目でシキに抱き付いており、シキはシキで「ええいっ、離れろ鬱陶しい!」と雑に対応。



 そこへ少し遅れて降りてきたメイが合流したことで、初対面のアリス達は首を傾げ、「ユウ兄……その女? 大切な人が居るって言ってたけどその女? ねぇ? ねえ教えて?」と死んだ魚のような目でがっしりと左肩を掴まれたシキは固まった。



「へー……見れば見るほど綺麗な人だね? だね?」

「まあ美人ではあ痛てててててっ! 肩が潰れるっ、てかまだ幾つか弾丸とか破片とか入ってて痛っ……だあぁもうっ、痛ぇっつってんだろこの馬鹿っ! 大切なのはこいつじゃねぇ!」



 比較的な無事な左肩とはいえ、怪我をしていることに違いはないので触られるとそれなりに痛い。更にはメイの握力も相まって詰問されたシキは痛みで悶絶し、堪らずエアクラフトで逃げながら本音を暴露。

 当然、抱かれているレナも激昂し、そこへアリスや同じく合流した撫子、リュウが入り、場は騒然となった。


 

「はあ!? ちょっ……た、大切じゃないってどういうこと!? というか誰よその子っ!」

「いやいやいやいやっ、それよりその腕どうしたんだよユウちゃんっ!」

「痴話喧嘩なら何もかも終わってからにしてほしいでござる……」

『あ、撫子さん! 良かったっ、無事だったんだね!』



 相変わらず人喰いワームの巨体が入り乱れていることもあり、手が塞がっているシキ以外の全員は忙しなく攻撃と回避を続けながらの会話である。

 自然と口数は減り、顔も引き締まっていく。



「んー……頭もダメ、胴体とダメか……口の中からなら……いや、やっぱあんま効いてない……ユウ兄ゴメンっ、図体が大きすぎて痺らせるくらいしか出来ない!」



 そんな中、一人雷球を幾つも創造し、周囲の群れの頭部や胴体に稲妻を走らせて効き目を確認していたメイが申し訳なさそうに謝った。



「つっよ!? マジで何なんだよその子!」



 本人は殺しきれないことを悔しがっているが、縦横無尽に飛び回り、人喰いワームの巨体が一瞬硬直するほどの威力の電撃を放つ雷球を六つも操っているメイは十分化け物染みている。

 アリスはぎょっとした顔で驚き、ヘルトとリュウは声こそ上げなかったものの、絶句した。



 しかもその所業をエアクラフトで安全圏から行っているのだから余計異常な強さに感じるだろう。



「いや、それで良い! 手伝ってくれるんなら補助優先で頼むっ! 後はそこで驚いてるケモ耳女と撫子が何とかする! 後ろのロボットみたいなのには当てるなよっ、味方だ! ……レナ、ムクロは何処に居る? あっちか?」



 降下途中、上空からも見えるほど巨大な『主』に高威力の爆発や爆風が襲い掛かっている光景を目撃したシキはその直後にナール達の援軍、何やら叫びながら何匹かの人喰いワームを派手に蹴って薙ぎ倒したアリスに気が付いた。

 そのお陰で近くに居たレナの危機にも視線が行き、大急ぎで駆け付けて助けた訳だが、レナの救助に意識が向いてしまった為、大まかな方向しかわからなくなっていた。



「そ、そうだけ、ど……!? シキ君その腕っ……ああっ、指もっ……どうしたのよその怪我!」



 しかし、その一応の確認と指示は自分がムクロの援護に向かおうとしていることを告げていることに等しく、レナは反対するつもりでシキの両肩を掴もうとし、シキの負傷に気が付いた。



「いっ……痛くないの!?」

「は? 痛ぇに決まってんだろ馬鹿かお前。すんげぇ痛ぇわ。死にそうなレベルで痛ぇわ」



 思わず出てきたレナのズレた質問に「何言ってんの?」と返しつつ、ムクロの居る方向を見やるシキ。

 至る場所で魔法の輝きや爆発、魔粒子と血飛沫、体液に砂埃が舞っていてわかり辛いが、ボヤける視界の先にそれらしい戦闘を捉えた。



 エアクラフトも無しに飛行しているムクロ、それを追い掛ける『主』。片や魔法を撃ち込んで迎撃、片や持ち前の硬さで弾き……と、威力や体格差から途轍もない規模の戦いを行っている。

 ムクロの謎言語魔法のあまりの威力に、近くの人喰いワームや人間は余波だけで軽々吹き飛ばされ、『主』のあまりの巨体さに、移動するだけで相当数の人喰いワームや人間が潰され、砂漠に埋もれている。



 その光景はいつの日か見た『付き人』と世界最強の師の戦闘を彷彿とさせ、シキに言い様のない不安感を与えた。



「な、なら何も来てくれなくても……!」

「それでお前らの誰かが死んだら痛いじゃ済まねぇんだよ。お前にだって経験はあるだろう? 俺はもう嫌なんだよっ……俺の周りで、目の前で知り合いや友人が……仲間が死ぬのはっ……! 特にムクロを守れなかったら俺は死にたくなる。絶対にだ。それがわかってるから来た。……もう浮けるな? 離すぞ」



 決意染みた物言いに呆けてしまったレナはシキの手によって急に引き離されたせいで「ゃっ」と悲鳴を上げて落ちかけ、直ぐにシキと同じ高さまで戻ってくる。



「でもっ……そんな身体で! 言い方は悪いかもだけど、何が出来るって言うのよ! 足手まと――」

「――それをお前が言うのか?」

「っ……」



 言外に、「そんな身体の奴に助けられたマヌケは何処のどいつだ?」と睨まれ、レナは押し黙った。



「要は〝王〟が示さなきゃ部下は付いてこないってこったろ? まあ、お前の言い分もわかる。だがな。事実としてお前はこいつらの足手まといで、雑魚だ。そのくせ王族だから死なせる訳にもいかねぇ。お前はテメェの自己満足の為に仲間を危険に晒してるんだぞ。見ろ。お前が前に出たからナールやその他雑魚共まで出てきやがった」

「そ、れは……」



 既にアリス達は戦闘に集中しており、話半分にしか聞こえていない。



 それでも、俺の言い分に何も返さず、お前のフォローすらしないということは少なからず似たような考えを持っているということだと続けながら、シキは顎でナール達を差し、レナに凄む。



「自覚しろ。お前は〝王〟だ。王族だ。テメェの美学は大いに結構。同時に責任があることを忘れるな。いつか自分でも言ってたろうが。王族として生を受けた以上、王族としての義務や責任があると。俺らの代わりなんざ幾らでも居る。だがお前の代わりは居ねぇ。お前、まさかあの豚兄貴に政治を任せるつもりか?」

「………………」

「本人なりに必死で考えた結果、ああして出たくもない戦場に出てきているが、ありゃあ立ち上がった国民に当てられてはしゃいでるだけだ。今は良くても後々破綻する。お前もな。それで良いんなら俺は何も言わねぇ」



 我ながら何様のつもりだと思いつつ話を終えたシキは軽く出していた殺気と怒気を抑えると、エアクラフトで上昇し、ムクロの援護に向かった。














 ◇ ◇ ◇



 属性魔法で言えば『風』。



 ただでさえ半分見えないのに、全身の痛みと倦怠感で霞む視界の先に居るムクロの身体は魔力を帯びた風のようなもの……あるいは魔力そのもので覆われており、エアクラフト無しでの飛行を可能にしている。



 流石に速度や機動力はエアクラフトに劣るが、不慣れなエアクラフト乗りよりかは速く、ジンメンの時に見せたように一度詠唱すれば意識だけで速度や向きを調整出来るようで、速度の上げ下げに急激な方向転換で街一つ、王都一つを囲えるほどの巨体を持つ人喰いワームの『主』の噛みつきや体当たりを躱し続け、挙げ句には逃げながら火球や風の刃を飛ばして迎撃までしているときた。



 生憎、魔法に対する耐性でもあるのか、純粋に硬いのか、『主』は全く意に介していないものの、規模だけで見ればムクロも『主』もジル様並みの強さだ。



 (あいつはやっぱり……)



 一瞬だけ逸れた思考を搔き消し、ムクロと合流する。



「ムクロ! 無事か!」

「っ、シキかっ、貴様こそっ……その腕はどうした!?」

「色々あってな! もう動かんっ!」

 


 エアクラフトへの魔粒子供給を調整し、逃げ惑っているムクロの速度と同調。話せるくらいには近付けた。

 


「何でまたそんな無茶をっ……」

「お前が出てきてるからだろうがっ! 何で戦場に出てきた!? 戦いは嫌いなんじゃないのか! 俺には出ないっつったろ!」

「くっ……!」



 俺の発言にムクロは「私のせいか……」とでも言いたげな顔をした後、少しずつ接近していた『主』の顔面に火球を落とし、急上昇。戦場そのものから離脱した為、俺もその後を追う。

 途中、チラリと地上を見ると、効かずとも目眩ましにでもなったのか、『主』は辺りを見渡してムクロを探していた。



 眼球という器官そのものがない生物のくせに何故見渡している……? という違和感を覚えつつ、ムクロと再合流した。



「奴とは……『崩落』とは少々因縁がある。私を認識するや否やこうして追ってきているのが証拠だ」



 普通の人喰いワームなら届かない位置まで高度を上げた俺達は地上を見下ろしながら話を続けた。



「因縁だと? お前、シャムザに来たことがあるのか?」

「いや……この国は知らん。だが、この地には来たことがある……気がする」



 そう言って、ムクロは戦場ではなく、広大なシン砂漠を見据える。

 その深紅の瞳は遠い何処かを見ているようで、砂漠そのものを見ている訳ではないのが窺える。



「…………」



 まただ。またこの言動……。



 まるで過去を思い出しているような感じだ。

 以前にも何度かあった兆候ではある。しかし、今回のは言い方的にシャムザが建国される前に来たことがある、俺にはそのように聞こえた。



「あのキーキー喚く娘も、あの声の主も……何処かで……」

「……女? 声? お前、何言って――」



 急に話が飛んだので聞き返そうとし、真下から迫る『主』に気が付いた。



「――っ!? は、速っ……ムクロっ、おいっ! クソっ!」



 バクンッ! という力強い擬音が聞こえてきそうな噛みつきを、ボーッとしていたムクロを抱き抱えながら寸でのところで躱す。



 『主』は地上から真っ直ぐ頭部を伸ばしてきているようだった。

 ジャンプとは違うが、毒蛇のように蜷局を巻いてバランスを取り、そこから頭部を伸ばして噛み付いてきた状態。



 つまり……胴体は完全に無防備。



「飛べるなっ!?」

「あ、ああっ……離して良いぞ」

「兎に角、お前なりに責任みたいなものを感じてるのはわかった! だが今は攻撃しろ! 殺せずとも撃退くらいはっ!」



 直ぐ様ムクロを手放し、手甲から爪を射出。三本の刀身が現れ、指示と同時に左腕を振るって爪斬撃を飛ばす。



 遅れて、俺の横からも爪斬撃並みか、それより威力の高い『風』らしき斬撃が飛ぶ。



 しかし。



「キシャアアアアアアアッ!!!」



 そう元気良く奇声を上げるくらいにはダメージになっていなかった。

 いや、ダメージどころか、よく見ると鉱石か何かのようにテカっている表面には一切の傷さえ見受けられない。



「完全に無傷かよっ……」

「……奴にこの程度の魔法は効かない。私が本気で魔力を使えればあるいは……」



 ステータス上だと既に四割死んでいる俺と全魔力を解放するとエアクラフトやアンダーゴーレム、挙げ句には魔導戦艦にすら悪影響を及ぼしてしまうムクロでは力にセーブが掛かってしまい、どうしても突破力に欠ける。



「……あるいはってことはあんまり効かないのか?」

「……………恐らく」



 そこは記憶が曖昧なのか、何とも困る答えが返ってきた。



 取り敢えず、奇声を上げながら地上に戻っていく『主』の頭部を見下ろしつつ、こちらの最強の手札について伝える。



「サンデイラの魔導砲ならどうだ? 今は降下中……というか墜落中だが」

「……どう当てるつもりだ。味方への被害も相当なものになるぞ」

「…………アアァァッ!!!」

「ちっ、元気だなおい……」



 ジト目で見てくるムクロに返答しようとして、地上から聞こえてきた『主』の雄叫びに思わず悪態をつく。



 ムクロは墜落と聞いて、凄い勢いで墜ちてきているか、垂直にでも墜ちてきているサンデイラを想像したらしい。



「そこがネックだな。厳密には滑空しているから直ぐ様墜ちるってことはないが……まあ時間の問題か」



 上の方でモクモク煙を出しながらゆっくり飛んでいるサンデイラを見ながら返答する。



 お、ルゥネ達の船も見えるな。……あいつら逃げようとしてやがる。戦争(やりたいこと)やって逃げるなんて、とことんクソみたいな奴等だ。一体何がしたかったんだ? ルゥネは見た限り本当に戦いたいだけの奴にしか見えなかったが……



「……ああ、そういや船員の魔力も怪しいとも言ってたな。結構持ってかれるらしいからなあれ。姐さんのニュアンス的には多分一発撃てるかどうかってとこだ」

「どうせ墜ちてきているのなら以前のように轢いてやれば逃げ出しそうなものだがな」



 ムクロが言っているのは初めて『主』とその群れに遭遇し、ナール達に捕まった時のことだろう。



 ソーマ一派との戦闘が終わる寸前で現れた『主』達は、周囲への悪影響を忘れて本気の魔力を出したムクロによって墜落したサンデイラに押し潰されて逃亡した。

 自らの頭部よりも巨大なサンデイラに潰されては流石の『主』でも耐えられまい。



「……む? …………おいおいおいっ!? シキっ!!」

「つってもそれで生きてるんだから化け物……ん? っと……マジか」



 ムクロの焦ったような声で下を見た俺は俺達目掛けて飛んでくる小型の人喰いワームと目が合った。

 いや、向こうに目はないんだが、多分「嘘だろ?」っていう思いはシンクロした。



「っ……野郎……! 効率悪いからってテメェの仲間を!」

「アレはアレなりに知能がある! 厄介なことにな!」



 互いに離れることで飛んできた個体を避け、更に下、地上に目を細めて集中すると、近くに居る仲間の胴体に噛みつき、自慢の巨体を揺らすことで遠心力を乗せてぶん投げている『主』の姿を確認出来た。



「マジもんの化け物だな……」



 そう呟き、次々に飛んでくる人喰いワームを避けていた俺だったが、少しして事態に気付く。



「……おい待て、あの『主』……いや、『崩落』っつったか? 『崩落』の奴っ、思った以上に頭が良いぞ……! 降りなきゃ俺達は兎も角、他がヤバい! ムクロっ、急いで降下だ!」

「ちっ……考える暇は与えん、降りてこい……ということかっ……」



 俺達が躱した個体は『崩落』と比べて小型なだけで巨体であることに変わりはない。

 そんな大質量の化け物達が百メートルとまではいかなくとも、かなりの高度まで上がっている俺達まで高く打ち上げられている。



 策は良くとも、狙いは雑、見て躱せる程度の速度。



 所詮は魔物……



 そう思っていたが、俺達が避けた個体は次々に戦場へと落下し、地上で戦っている部隊に凄まじい被害をもたらしていた。



 そりゃそうだ。投げられれば落ちる。当然の摂理だ。



 しかし、その質量攻撃とでも言うべき策は否応にも俺達を降下させるものに他ならない。



 単純に下敷きになって即死する者、目の前に落ちて吹き飛ばされ、そこを他の個体に喰われる者、少し離れたところに落ちて大きく砂埃が立ち、視界の悪さから硬直した瞬間喰われる者……流石に全ては確認出来ないものの、一次、二次被害が膨大であることはわかる。



 少なくとも、目はない上に物量が圧倒的で、砂漠の中にも逃げられる人喰いワーム達と視界に頼っている数の少ない人間では被害が違う。

 下敷きにならなかったとて、砂埃だけでも不利になってしまう。



 ムクロではないが、『崩落』が「降りて戦え。さもなくば……」とでも言っているようだった。



 それに……



 先程ムクロに伝えたように、サンデイラも降下してきている。

 


 前回押し潰されて痛い思いをした『崩落』がサンデイラを忘れているとは到底思えない。ここまで知能があるのなら尚更だ。



「今のサンデイラにぶつけられたら堪ったもんじゃねぇっ……ムクロっ、地上で戦いながら攻略法を考えるにシフト! 予想外のところから降ってくるよか被害は少ない筈だっ!」

「わかっているっ! ええいっ……奴め、以前より知恵を付けたなっ? 我々にやられたことを根に持って……いや、単純に長い年月がそうさせたのかっ? どっちにしろジンメンといい、〝厄災〟というのは何故こうも度しがたいのかッ!」



 横で何やら興味深いことをぶつぶつ呟いているムクロを気にする間も無く人喰いワームが飛来し、その回避に追われる。



 斜めに降下しながらなので、上というのも変な話だが、跳ねるようにして避け、あるいはくるりと回転しながら避け……と忙しない。

 まるで会話そのものを阻害されているようだ。



「ちぃっ! 本っ当に厄介だな!」

「奴の名の由来は幾多の国を地面からっ、根本から破壊し、崩落させてきた故のものだ! その名は伊達ではない!」

「っ……魔法耐性まであるなんて!」

「ある程度の物理攻撃も弾くっ! 生半可な兵器や攻撃では傷一つ付かんよ!」



 何とかムクロと意志疎通をしつつ、攻略法を探す。



 しかし、そうこうしている内に地上に戻ってきた為、『崩落』は味方投擲を中断し、再び追ってきた。

 相変わらず今まで見てきた中で一番の巨体なくせに見合わぬ速度だ。



「おら……よっ!! うえっ!? こ、口内まで硬いのか!? いや、歯に当たっただけか……!? あーっと……目はないんだよなっ!?」



 高速で移動しながらその場で一瞬後ろを向き、本気で爪斬撃を飛ばしたのだが、俺の斬撃は大口を開けて迫ってきていた『崩落』の口の中に消えていった。

 にも関わらず、反応すらなかったので思わず変な声を上げて驚く。



「いやっ、あれでも昔はあったんだ、デカいのがっ! が、今は見ての通り! とはいえっ……奴には振動や音、加えて他に何らかの探知能力がある! それでこちらを捕捉するから、例え無くともさっきみたい……にっ!?」



 一方でムクロは俺の質問に油断したのか、それとも思い出そうとして気が緩んだのか、真下の砂漠から突如飛び出し、噛み付いてきた個体に喰われそうになっていた。



「あぶねぇ!」



 エアクラフトに魔粒子を思いっきり込めて急加速し、ムクロをキャッチ&口の中から離脱。

 ビリィッと凄い音がしたので、思わず下を覗くと膝下まであったムクロの長いドレススカートが破け、砂漠に似合わない色白の美脚が露になっていた。



 マジで危機一髪だったらしい。



 その事実に俺とムクロはサーッと顔を青ざめさせ、俺はムクロの口から飛び出した新たな発言と行動に、一気に青から白くなった。



「す、スカートがっ……! うええんっ、助かったよシキさぁんっ! 愛してるぅっ!」



 そう言っていきなりボロ泣きして抱き付いてきたから。



「ぐえぇっ!? し、締まってる締まってるっ……! ぐるじぃっ!!」



 必死にタップすることでメキメキ言ってた身体が締め付けから解放され、やっとこさという思いで呼吸出来た。



 そりゃまあビビるのはわかる。

 ぶっちゃけ俺だってビビった。



 けど……

 


「痛ぇなぁ畜生っ、こっちは死ぬほど大怪我してっ……はぁっ……はぁ、はぁっ……ってそうじゃねぇっ! うおぉいっ、嘘だろ!? 今っ!? いやあのっ……い、今ッ!? 殺す気かっ! 何で締めたッ!? えっ、ちょっ、ムクロさん!? 幼児退行すんな!? もれなく俺も死ぬッ! 正気に戻れ! 後、俺も愛してる! 大好きだっ! けど、それは今じゃなあぁいっ!!!」



 泣きたいのはこっちだってくらいの気持ちで一心不乱に叫ぶ。あまりの現実に言ってることが支離滅裂になるほどだったが、当の本人はぐすぐすと泣いて「怖いよぉ……」と抱き付くばかりで話にならない。



 それまでの凛とした顔が消え、いつもの幼いムクロが前面に出てきてしまっている。

 スペックも同じで魔法も使えるとはいえ、芯のある人格と違って知能が著しく下がったムクロだ。



 これは非常に不味いっ、非常に非常に不味いっ!



「うっ……ぐうぅっ……あうあうあう~っ……痛たたたたっ、痛い痛いっ、痛いよ止めてっ、打たないで!」

「いいや打つねっ! 今だっ、今だからこそ打つ! 普通に考えてDVもこんな時は許されるぞ多分っ!? この場に居る全員の命が懸かってんだっ、頼むから正気に戻ってくれ!」



 移動速度を上げることで俺の胸に固定し、空いた左手で未だ嘗て自分でも見たことない超高速往復ビンタを噛ますが、まるで効果無し。

 ステータス差が圧倒的なのか、少し赤くなるだけでダメージはないものの、より泣き喚くだけで寧ろ逆効果だった。



「うえええぇんっ、シキさんが虐めるよぉ……な、何で酷いことするのぉ? い、良い子にするから……もう打たないで……?」

「ああああああっ、美人な見た目とのギャップ差であざと可愛いぃっ! けど今じゃねぇんだわマジで!!」



 うるうるとした瞳&上目遣い&それでも離れようとしない手つきとかその他諸々が激しく俺の良心を揺さぶる。



 けど兎に角、今じゃないんよっ。空気読んでくれ空気っ。



 と言いつつ、後ろからガブリと来た『崩落』の頭部を跳ねて躱し、左右から体当たり気味にやってきた二匹は長い胴体がアーチ状になっていたので降下し、地面スレスレを飛行して突破した。



「おおーカッコいい!」



 俺の苦労を知ってか知らずか、ムクロが純粋無垢な子供のような顔でパチパチ拍手してくれる。



 うん、めちゃくちゃイラッときた。



 もう一回ビンタ噛ますぞこの野郎っ……



「嬉しいけどお前はさっさと正気に戻れっ!? お前のせいで今死にかけてる! だ、誰か時間稼ぎ出来る奴っ、もとい肉壁! 誰かっ!」



 そんな、俺の必死の思いが天に通じたのだろう。



 あるいはあいつらの運が悪かったか。



「あっ居た! アリスっ、撫子っ、メイっ、ヘルトにリュウっ! 数分で良いから時間稼ぎ頼む! じゃっ!!」



 いつの間にか再びアリス達が戦っている場所まで戻ってきていた俺は目の前の敵に集中していたアリス達(肉壁)を見つけると、これ幸いにと近付き、叫んだ。



 「えっ?」とかいう声が聞こえたが努めて無視した。



 如何に集中していても『崩落』ほど巨大な奴が目の前に迫ってきたら迎撃はする。



 強力な電撃使いのメイが居て、最強の攻撃手段を持つ撫子が居る。そこに攻守速度と全ステータスが高いアリスと硬いヘルト達が居るんだ。何なら勝てる可能性の方が高い。

 少なくとも、数分は持つだろう。



 見た限り、一番弱いレナは少し離れたところに居たから大丈夫の筈。



 ……いや、一応声だけは掛けとくか。『崩落』の場合、動くだけで普通の個体と比じゃないレベルの砂埃立つし。



「うぎゃああああっ、最低っ、最っ低でござるぅっ!! 貴殿、ホントにろくな死に方しないでござるからなあぁっ!?」

「うおっほっほぉい……メイちゃんのお陰で安定してたのにてんめぇっ! 後で覚えてろよクソがあああっ!!」

「ユウ兄流石にこれはないって! こんな奴の擦り付けは戦犯どころじゃないよっ!」

『あの野郎……後で殺す。絶対殺す』

『オワタ』



 後ろの方で何か色々言ってたからムクロをあやしながら無言でサムズアップしたら水の斬撃が飛んできた。



 ……アリスだな? 危ねぇな、俺の頭上ギリギリで通過したぞ今。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今回の何だか久々のアリス達との掛け合いがあって面白かったです! シキが指示を出して最後に擦り付けで終わるの面白かったです! レナを助けながらちゃんと諭す所「あれ?レナってシキより歳上だよね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ