第178話 決起と
「ユウ兄無茶だよっ、そんな身体で!」
マモルとヨウの助けもあり、ヴォルケニスから離れたサンデイラ。
約一時間程前までアンダーゴーレムで埋め尽くされていた船腹格納庫は現在、医務室に入りきらなかった大量の怪我人達でごった返していた。
そんな中、とある茶髪少女と中には傷口が開いたままになっている部位もあるほど満身創痍なのにも関わらず、何故か全身の傷口の出血や化膿がピタリと止まっている仮面の男の会話が周囲に響く。
「お前も見たんだろ? 地上には俺の大事な人が居るんだ。無茶とかそんなのはどうでも良い。どう止めようが俺は行く。第一、俺の身体はあのフクロウ女の固有スキルで状態を固定されてるんじゃないのか?」
「っ、そ、それはそうだけどっ……でも傷の悪化を防いでるだけで新しい怪我や開いた傷口とかには何の効果もないんだよ!?」
「そこまでは期待してない。ルゥネにやられた傷じゃ死なない……その現状で十分だ」
【応急措置】のお陰か、シキはサンデイラ発進後、直ぐに目を覚ました。
彼はルゥネを殺しきれなかったことを悔やみつつも、地上の様子を見聞きし、こんなところで寝ていられんと再度出撃準備を行っており、一緒に乗り込んできたメイと口論をしていた。
「いやいやいやっ、右足首、負傷してるんすよね!? 引きずってるっすよ!」
「右腕だってだらんとしたまんまだよっ、動かないんでしょ!? 指も失くなっちゃったし、剣だってまともにっ……いやまともどころか普通に待てないよね!? シキさんっ、無茶だってば!」
「そ、そうですよっ……あの、うちらの言えたことじゃないですけど、安静にしてた方が……」
レド、アニータ、サツキの順にメイの加勢に入るが、一人やる気になっているシキの耳には入らない。
寧ろ、レド達の後ろで『お互いの言い分はわかるんだけど……』みたいな微妙な顔で見ているマモルとヨウを睨み付け、「おい、こいつら何とかしろ」と目で訴える始末だ。
因みにセシリアはシキに状況説明と謝罪、感謝だけした後、ブリッジに戻っている。
現時点でサンデイラが浮遊や飛行ではなく、滑空し、ゆっくりと墜ちている状態なのでどうしようもないのだが、シキとしては仲裁役が欲しいところだった。
彼女らの指摘通り、ルゥネにやられた右腕と右足首の負傷はかなり深刻で、右腕は肩からして全く動かず、親指以外の指と手のひら半分が弾け飛んでいる。骨ごと撃ち抜かれた右足首も感覚自体はあるので歩行こそ可能なものの、カクンカクンと勝手に脱力してしまってまともに歩けない。
更には何処かの内臓にまで達した振動短剣の傷。メイの尽力もあり、表面上は塞がってはいるものの、根本的な治療にはなってない為、今にも気絶しそうなほどの苦痛とふらつき、吐き気をシキに与えていた。
しかし、それでも退けないものは退けない。
「エアクラフトに足先さえ固定しちまえば関係ない。右腕は……まあ邪魔なだけだが、いざとなったらあのミミズ共にくれてやる。どうせもう動かん」
「「そんな無茶苦茶なっ!」」
「死んじゃうかもって言ってるの! ユウ兄が無理することないでしょ!? 言ってくれれば私が代わりに出るよ! 撫子さんだって出てくれるだろうし!」
レド&アニータはすっとんきょうな声を上げ、少し離れた位置で「何がどうなってるのか教えてくれるよね?」と、ジト目のスカーレットに言い訳していた撫子はメイの発言に「え、何で拙者も!? 嫌でござるよ!?」とキレ気味に返した。
「はぁ……言ったろメイ。俺にはもう大切な人が居るんだ。一人はただの友人だけど、もう一人は違ぇ。わかってくれ、お前ならこの気持ちが痛いほどわかる筈だ。……後、撫子っ! テメェは強制だバカ野郎! 怪我一つねぇだろうが!」
粗方準備を終え、エアクラフトに乗ったシキが、メイには諭すような口調で言い、撫子には仮面を外してまで怒鳴った。
撫子は「……拙者の扱い酷くないでござるか? そりゃ怪我は勝手に治るからないけども……」と咽び泣き、スカーレットはスカーレットでそんな彼女を見てケラケラ笑っている。
「っ……ひっ……~~っ……酷いよそんな言い方っ! 日本に居た時だって私の気持ちわかってたくせに! だからっ……だから私っ、外堀から頑張って……ユウ兄だって満更でもなかったくせにっ! い、良いもん一番じゃなくたって! ユウ兄のことを一番知ってるのは私でっ、一番好きなのも私だもん! 他に女が居るくらいっ、この世界の常識なら何の問題もないよ!」
シキの大切な人発言は思いの外メイに突き刺さったらしい。思わずといった様子で顔がくしゃりと歪み、途端に目が潤んだ。
だが、そんなことは関係ないと直ぐ様持ち直し、目元を擦って怒鳴り返す。
「……この世界の常識ならな。お前は嫌なんだろ? 俺も違う。俺の中の芯はそいつなんだ。そいつが一番で……他は選択肢以前の問題だ。もうあの人のことだって……だから厳密に言えば一番もクソもねぇ。お前も他の奴等も、多少の違いはあれど同じ他人だ。そりゃ……気持ちは嬉しいし、あの頃のハッキリしない態度は俺も悪かったと思うよ。でもこうなってしまった以上、迷惑だ。有難くもない。諦めてくれ」
早くも戦闘モードに入っていたシキでも、流石に適当に相手するのは失礼だと思ったのか、途中何処ぞの剣聖を思い出しつつも、珍しい〝素〟の口調で、しかし、ハッキリと言い切った。
そして、そのまま浮かび上がり、ハッチ部分まで移動。片脚に力がはいらず、多少ふらつきこそしていたものの、直ぐに人混みで見えなくなってしまった。
残されたメイは溢れる涙を必死に拭いながら「わ……私も行くっ、そうだとしても、ユウ兄が死んじゃうのは嫌だもん……!」と付いていき、空気的に割り込めなくなったレド達は黙りこくる。
撫子は大きな溜め息と共に己のエアクラフトに乗って浮上すると、スカーレットに「暴れたらダメでござるからな? 拙者でも守り切れないでござるよ」とだけ言ってシキの後を追った。
残されたレド達と周囲の者の間には沈黙が続いていたが、サツキがポツリと呟いた、「望んだことじゃないとはいえ……世界を飛び越えて、やっと会えたって喜ぶ女の子にその言い方は無いよ先輩……」という言葉に、何となく事情を察した彼等は何とも言えない顔でシキ達を見送ったのだった。
◇ ◇ ◇
「良かったんでござるか、あれで」
「ズバッと振られた方が踏ん切りが付くだろ。事実、俺がそうだった」
オープンハッチの前でこそこそ話し掛けてきた撫子に、シキは気まずそうな声音、小声で返す。
「ぐすっ……二人とも、聞こえてるよ」
ほぼ不死身で何でも斬れる撫子でも、短期間で凄まじいまでの修羅場を潜ってきたシキでも、ボロボロ泣き続けているメイにジト目でそう言われてしまっては太刀打ち出来ないらしい。
撫子はスッと視線を逸らし、シキはブリッジに向かって無線を飛ばした。
『……あー、こちらシキ。準備が整った。格納庫の下部ハッチ開いてくれ』
『はぁ……坊や、貴方まさか本気で出るつもり? 死にたいの? 後、カメラで見てたけど何言ったのよ、彼女泣いてるじゃない』
この忙しい時にめざとく艦内カメラなんか見てんじゃねぇよ、とは思ったものの、黙っておく。
メイ達の事情は移動中に粗方聞いていると窺ったので、シキとしては放っておいてほしいところだった。
『うっせ。あんたには関係ないだろ』
『あら、いつもの呼び方は? 可愛くないわねぇ……これじゃ開ける気にならないわぁ』
『んな悠長なっ……チッ、はいはいわかったわかった、俺が悪かった。死んでも行くっつったんだ。後、結構雑に振った。これで良いか姐さん、早く出してくれ。ったく……アリス達だけじゃなく、レナとムクロまで戦ってるってのに、何で一々時間食われなきゃなんねぇんだ』
心底嫌そうに溜め息をついている撫子の隣で、ぶつぶつ文句を垂れていると『レナごと振ったって聞いたわよ。別の子に答えるのは良いけど、レナにも答えてあげなさい』と返ってくる。
同時に、セシリアは許可を出していたらしくシキ達の数メートル前の床が口を開くようにして割れ、相変わらず雲一つない青空が視界に広がった。
入ってきた強風がシキ達の髪や服を揺らし、青空の遥か先で人喰いワームの群れが蠢き、大量の砂埃が上がっている地上の様子も露になる。
「何で知って……あぁ、レドかアニータだな? 大方、止めたくて教えたんだろうが……『後で覚えてろって言っといてくれ。大体、姐さんも聞いてたんなら訊くなよな……もう良い、出るぞ』」
『了解。……死んじゃダメよ、撫子ちゃんとメイちゃん? もね』
『言われずとも』
『拙者、シキ殿を一生恨むでござる』
無線を付けてない為にシキ達の会話に付いていけず、撫子の恨み言に一人首を傾げるメイ。
シキは敢えて彼女を無視すると、ジト目で睨んでくる撫子にくるりと半回転させたエアクラフトの端部をぶつけた。
「ガタガタ言ってねぇで、はよ行けっ」
「んぎゃっ!? ほ、本日二度目の蹴り! ホントっ、最低でござるからなあああぁぁぁ!?」
同じく本日二度目になる命綱無しバンジージャンプ。撫子は悲痛な悲鳴も虚しく落ちていき、「はぁ……ジンメンといい、何で魔物ってのはこうもタイミング良く……」と悪態をついたシキはドン引きしているメイを連れて降下した。
◇ ◇ ◇
「ええいっ、もう知らんっ、知らんからなっ! さ、さあ行くぞ命知らずの大馬鹿者共っ! 私に続けえぃっ!!」
「「「「「うおおおおおおっ!!!!」」」」」
魔法やアーティファクトによる光や火花、剣や銃、斧、ハンマー、槍によって撒き散らされる不気味な色の体液。
そして、仲間達の雄叫びに悲鳴、血飛沫と断末魔。
そんな、何処もかしこも巨大ミミズで埋め尽くされた地獄のような戦場に介入する者達が現れた。
「おら、よぉっ!! はーっ、きっつ! ……お? おおっ? ま、マジかよあれっ、ははっ……おい皆っ、王都の方、見てみろよ!」
返り血ならぬ返り体液で全身を汚し、一個体の頭部に短剣を突き刺していたアリスが逸早く彼等の存在に気が付き、虎耳をピンっと立てながら叫ぶ。
疲労感の出ていたその顔には楽しげな笑みが浮かんでおり、声にも喜色が乗っていた。
『マジでキリがな……ん? なんだありゃ?』
『おー……騎士やら冒険者やら……えっ、何か避難民も混ざってない?』
「はああっ! ……え? あ、兄上っ!?」
アカツキは専用のゴーレム剣で人喰いワームの首を斬り落としながら、バーシスは鋭利な歯を受け止めながら驚き、リュウのバーシスの肩を踏み場に高く飛び上がり、バーシスが止めていた個体の頭部に細剣を突き刺して爆ぜさせたレナは空中で目を見開く。
「さっき言ったでしょうっ、銃を持つ者は牽制です! 頭部、口元を狙って! ロケット、並びにミサイルランチャー持ちはトドメっ! 互いの射線上に入らないよう注意してください! 弾が切れたら怪我人の救助と離……だ、つッ!! っ、おおっ、援軍ですか!?」
「おっしゃ頂きぃっ!」
「やっと弾の補充が出来るのか! なら食らえ食らえ食らえぃっ!」
二十人ほど居た筈のエアクラフト部隊を半数まで減らしつつも、指揮をとっていたアカリはすれ違い様に斬りつけた後、ふと王都の方を見やり、珍しく喜んだ。
その後ろに続き、指示通り怯んでいた人喰いワームにロケットを撃ち込んで頭部を吹き飛ばした者や弾を温存していた達も阿吽の呼吸で何匹もの巨大ミミズを仕留めていく。
彼等の視線の先。
そこには研究の為に解体中だったのか、片腕片翼のないシエレンの肩に乗った馬鹿王子ナールを筆頭に、通信本部と王都外縁部を護衛していた騎士、文官、更には冒険者に多少戦いの心得がある避難民の男達等々、文字通りの全戦力が集結し、レナ達の居る最前線へと向かって来ている姿があった。
『レナーっ! 皆の者も聞けええぃっ!! 先程、戦争は終わったとの連絡が入ったあっ! サンデイラとシキっ、その他勇気ある戦士達が先陣を切りっ、敵将をっ、帝国を軍門に下したのだっ!! 何度でも言うっ! 我々は帝国に勝利したっ! ここが最後の踏ん張りどころであぁるっ! 避難するべき民もこうして力を貸してくれるらしい!! 我等がシャムザの底力を気色の悪い化け物共に見せてやろうではないかああぁーーっ!!!』
「「「「「おおおおおぉぉぉーーーっ!!!!」」」」」
乱戦と化していた戦場の大気を揺るがす、何百、千にも届く声。
ナールの宣言に続くようにして、戦えなくても餌くらいにはなる、あるいは王族の少女や見ず知らずの者が前線で戦っているのにじっとしていられるか、と決起し、続々と走り、エアクラフトで飛んでいた者達が天に己の獲物を掲げ、雄叫びを上げている。
剣や槍、銃は勿論、中には木の端くれや物干し竿を振り上げている者もおり、避難民に至ってはちらほらと女子供に老人まで混ざっていた。
その光景と声は脚を喰われ、諦め掛けていた者、目の前で仲間が喰われて集中力を欠いた者、戦場の空気に飲まれ、発狂していた者達、レナやヘルト、リュウにアカリといった最前線の者にまで届き、真っ先に気付いたアリスの如く、勇ましいようで嬉しく、鼓舞されたようにみるみる力が溢れるような気分になり、それでいて何故か涙が出てくるような、何とも言えない笑みが伝染していく。
『ひいいいっ、近くで見ると本当に不気味だなっ、この化け物共めっ! よくも我が国を襲ってくれたものだ! 宣誓があった分っ、まだ帝国の方が可愛げがあるぞ!』
『王子っ、今はそれよりっ!』
戦闘に近付くにつれ、恐怖が増してきたのか、悪態をつくナールにシエレンのパイロットが横槍を入れ、話を戻させる。
『むっ? おおそうだったっ。サンデイラも即刻帰還し、参戦するとのことだっ! 良いか皆の者っ! これは総力戦となった! 身分立場性別種族は関係ないッ! ここに居る全ての者は仲間だ! 互いを助け合い、敵を討ち取れええええっ!!』
そのやり取りは少々コント染みていたが、ナールの情報と鼓舞は十分に士気向上に繋がった。
老若男女、強弱すらも超越した烏合の衆。
明らかな非戦力民や女に子供、老人までもが皆、勇ましく武器を上げ、声を上げ、援軍に来てくれている。
寧ろ、この事実に鼓舞されない者は居ないに等しい。
例の謎言語魔法で戦場を単身飛び回り、『崩落』と呼んでいた主に強力無慈悲な魔法の数々を撃ち込んでいたムクロですら、うっすらと笑みを浮かべている。
そんな中、最も早くテンションを爆上げさせたのはまたまたアリスだった。
「うおおおぉっ……しゃああああああーーっ!!!! 良い展開じゃねぇかよおいいっ!! ハハハハハハッ!! 熱くなってきたあああっ!」
ヘルトやリュウ等のゴーレムに並んで最撃破数を誇っていたアリスは流石に溜まりつつあった身体の疲労感を吹き飛ばす光景と声に鼓舞され、更に力が増し、移動攻撃速度が跳ね上がる。
喜び勇む声に合わせて一際大きい人喰いワームに回し蹴りを入れ、後ろから迫っていた群れにぶつけると、必要な部位に最大限の、不必要な部位は最小限の〝気〟を込めた身体で瞬間移動。
亜音速にまで達したその速度は軽いソニックブームを発生させ、アリスを中心に凄まじいまでの砂埃を起こした。
次の瞬間には怯んでいた二体の首が同時に飛び、《空歩》と《縮地》で空を蹴る音に遅れてもう二体。漸く速度を落とし、肉眼で見えるようになった彼女は獰猛な笑みと獣のような鋭い歯を見せて再度回し蹴り。
最初に吹き飛んだ個体と首を失った四体の死体を使って周囲の群れを薙ぎ倒した。
『うへぇっ、アリスの奴、すげぇテンション上がってんじゃん。オイラ達のは性能頼りだから付いてけねーよ……』
『バテなきゃ良いけど……ね!』
センスが違うのか、何らかのスキルを使っているのか、戦場で唯一無傷な機体に乗っているヘルトとリュウは互いの背中を守るように向かい合いながらアリスを笑い、アリスと同じ笑みを浮かべて群れに突っ込む。
『怪我人は早々に離脱っ、邪魔です! 潰されたくなければ飛ぶように! エアクラフト隊はそれらを拾って後退っ! レナ様っ、こちらは一時離脱します! ほらそこっ、諦めないっ! 戦えない者まで戦場に出てきているんですよ!? 立ちなさい! 脚が無ければ魔法で位置を教えるっ! っ、誰かっ、救助をっ!!』
同じく鼓舞されたのだろう。普段無表情で丁寧な態度のアカリも口調を崩し、声を荒げて叫んでいる。
レナは戦場に出る出ないで喧嘩した筈のナールや戦闘は専門外の部下達に守るべき民が戦場に出てきたことに一瞬、眉をぴくつかせたものの、直ぐに元通りの饒舌しがたい顔へと戻し、チラリと上空に目をやる。
「…………ぷっ……何が参戦よ……墜ちてきてるじゃない……もうっ……!」
大量の黒煙を撒き散らして浮遊している帝国の戦艦の横で、同じように黒煙を上げながら、どう見ても墜落し始めているサンデイラの姿に、思わず笑ってしまった。
物は言いようだが、それにしても……と、どうしても耐えられなかったらしい。
そして、もう一つ。レナが笑ってしまった理由が上空にあった。
気付いたら目で追うようになっていた紫色の光。
口が悪ければ目付きも最悪の、いつも仮面を付けている男の光がこちらに降下している。
性格どころか意地まで悪く、おちょくるような言動で度々人をイラつかせ、時には仲間にすら殺意を向ける男。
幾度と無くスカートの中を見られ、何なら「お前の汚ぇケツには興味ねぇよ」と言われ、思いっきりビンタしたことは記憶に強く残っている。
しかし。
本心は常に隠していても心根が優しいことを、レナは知っている。
誰よりも友人を大切にしていて、誰よりも友人の裏切りに傷付き、疲れていたことを知っている。
何より、彼は命の恩人だ。何度もレナを助け、今もこうして戦場に戻ってきている。
(私を……王族じゃなくて、普通の女の子として扱ってくれる人……)
その観点で言えばアリスやセシリア達もそうだろう。
だが、違う。
レナにとって、彼は全く別の存在で。
怖くて怖くて仕方ないのに、それでもと決起したナール達よりも。
墜落しつつあっても、それでもと駆け付けてくれる姉と仲間達の存在よりも。
彼の光にはそれらを上回る歓喜と安心感があった。
例えアリスや撫子、ムクロに戦力で劣っていても、彼なら何とかしてくれる。守ってくれる。
この安心感だけは代えられない。
「ああシキ君っ……! やっぱり私っ、貴方のことが好き!」
想いの吐露は止められなかった。
「うええっ!? な、何かレナちゃんが感極まって告白してるぅっ!」
『……正直聞きたくなかったなぁ』
『いやわかってたけど、こんな時っ、こんな状況でっ!?』
アリス達のツッコミで急に冷静になり、自分が何を口走ったのか気付いたレナは顔を真っ赤にして顔を背けようとし……。
「っ、ちょっレナちゃん前っ!!」
『姫さんっ!』
再度掛けられたアリス達の声で、大口を開けて迫ってくる、黄色と茶色が混合した人喰いワームに気付く。
数秒後。
「え?」という声と同時に人喰いワームの顎は閉じられ、レナの姿は消えた。




