第173話 激戦
微グロ注意。
「何か今、拙者居らんかったでござらんか? 見間違いかな……」
変身能力を持つ元クラスメートを見たらしい撫子がメイ達に訊いた瞬間、その答えは空から返ってきた。
「今の子は【変幻自在】っていう固有スキルを持ってるんだよ。アレにはボクも苦戦させられたんだけどなぁ……ルゥちゃんとキミ達に挟まれるのを嫌がって逃げたっぽいね」
バサーッ、バサーッ……と、大きく羽ばたきながらゆっくりと降りてくるのは女帝ルゥネの懐刀ココ。
両腕は翼、下半身は鳥。更に、梟のように180°回転する首。初見のシキや獣人族、魔族を見慣れている撫子をしても、不気味な出で立ちだった。
疑問のせいで傾げられていた首は直ぐ様元の位置に戻ったものの、召喚者達の育成係として猛威を奮っていたココの登場に、メイ達の顔は真剣なものとなる。
「ほー? 大丈夫、メイちゃんは兎も角、サツキちゃん達に手は出さないよ。ルゥちゃんのお陰で真意も悪意の有無もわかるし」
右の翼を手のように揺らしながら弁明する姿は人間らしいが、長くボサボサの髪に隠れた紅と黒のオッドアイは猛禽類のそれのように爛々と輝いており、何を考えているのか微塵も感じさせない。
「ふーん……有難いね。ということらしいから皆、離れて」
「……メイっち、死なないでねっ」
「危なくなったら助太刀してやるからな」
「ごめんね、友達って言っても咄嗟に君を守れる自信がない。逆にもし僕達が乱入してしまったら……その時は死ぬまで宜しく」
「ん、良いよ別に。私はユウ兄の為に戦う為だから。皆は命大事に、でしょ?」
メイはいつでも戦えるように意識を割くことなく微笑み、サツキ達は頷きながら離れていく。
友人だとしても命の懸かった殺し合いに巻き込むのは忍びなく、友人の譲れない感情に介入し、迷いのあるまま戦えば足手まといにしかならない。ルゥネの力の恩恵で互いに互いを理解しているからこその結論だった。
「だから……メイちゃんとそこの侍さんはボクが相手するね。ルゥちゃんが邪魔しないでほしいってさ」
一方、空気と化していた撫子も二人がかりで来いと言われてしまっては何とも歯痒い怒りを感じざるを得ない。
「拙者を殺せるほどのポテンシャルを秘めた者と共闘……しかもそれを一人で受けられるとは舐められたものでござるな」
肩に背負っていたスカーレットを近くの壁に寄り掛からせ、抜刀の構えをとると、ココは困ったような顔で言った。
「あ、気に触ったんならゴメンね? やる気のとこ悪いけど、やるのはここじゃないよ。こっちこっち」
ルゥネはとことんシキと戦いたく、ココもルゥネの好きなようにさせたいらしく、再びバサバサ羽ばたきながら場所を移動し始める。
出鼻を挫かれた形となったメイと撫子は眉をひそめながらもシキの方を一瞥し、付いていった。
話そうとしている横で普通に会話され、「邪魔なんだよなぁ……」みたいな目でココ達を見ていたシキとルゥネは咳払いして場を改めた。
「うふふ……やっと、やっと会えましたわっ。この感覚っ、貴方にもわかるでしょうっ?」
それまでの空気を払拭すべく、ルゥネは手遊びでもするように自然に二丁拳銃の弾倉を入れ換えた。
反対に、シキはマジックバッグから黒斧を取り出し、肩に担ぐ。
「ああ……女帝ルゥネ=ミィバ、テメェの顔を見た瞬間、ビビっと来やがった」
直前までシキの胸をざわつかせていた、《直感》で捉えた主。
それはルゥネだった。間違いなくメイ達やココではない。シキには何故か「こいつだ!」と思える確信があった。
「あら、私のことはどうぞルゥネと呼び捨ててくださいな。私と貴方の仲ではありませんか、ユウ様。いえ……シキ様とお呼びした方が宜しいようですわね」
人の心を読み、繋ぐという【以心伝心】か、はたまたシャムザ側に付いていると知らなかったメイからの情報か、ルゥネはシキの本名を知っているらしい。
(当然、日本や性格まで知られてんだろうな。……その内、俺のステータスも覗かれる。嫌な女だ)
そう思った瞬間、ルゥネがくすりと笑った。
同時に、頭の中にルゥネの声が響く。
――はい! 全てわかりますわっ。シキ様の人となり、癖、武器に戦略、今考えていること、次に取る行動、私への並々ならぬ想いが手に取るように……っ!
「っ……成る程、これがテメェの固有スキルか」
嘗て『付き人』のクロウが語りかけてきた時のような、脳内に直接響く声。
そして、声と共に伝わってくるルゥネの感情。
「ふふふっ、ですので今まさに行っている、思考系のスキルを使って混乱させるなんて無駄なことに脳のリソースを使うのはオススメ致しません」
――私も貴方を待っていました。私の《直感》もこの出逢いが……この出逢いの為に……は違いますわね。貴方と出逢う為に……でしょうか? そう、私は貴方と出逢う為に生まれてきた……そんな予感が今、確信となりました。
口に出して言いつつ、同時に脳内では全く別のことを伝えてくる。
本来なら聞き取ることも難しく、どちらかしか理解出来ない。
しかし、シキにはその二つの発言を一字一句間違いなく理解した。させられた。
(歓喜の感情と俺のと同じ……《直感》の感覚が伝わってくる……あの人や盲目爺のスキル、【多情多感】なんかとは似ても似つかないな。この力は読心じゃなく……)
「人とわかり合うことが出来る力。人の心を伝導させ、人々を繋ぐ力ですわ」
ルゥネの言葉が、全身で理解出来た。
ルゥネの発言、感情、心そのものが伝わってくる。
それが嘘偽りなく、全て本心であることが感覚でわかり、逆にこちらの感情や心が全て伝わっている。そんな感覚もまたあった。
そういう能力。
彼女自身が言ったように人と人を繋ぐ力。
【以心伝心】の本質、ルゥネという人間そのものが心で、感覚で、身体で、魂で理解出来た。
「こいつは……厳しいな」
得体の知れない恐怖……否、得体が知らされる前代未聞の恐怖に思わず呟きながら、歩き出す。
「ああっ、シキ様の焦燥感が伝わってきますわ! 冷や汗が流れる感覚っ……こんな相手にどうすれば勝てる、という少々の恐怖っ……そして、全身が沸騰するような闘志っ……!」
ルゥネの方も、シキの全身に闘争本能が呼び覚まされたような感覚を伝えながらコツコツと歩き出す。
「クハッ、クハハハッ……ふーっ……ふーっ……俺はテメェと会う為だけに生まれてきたとは感じねぇ……けど、お前と会う為にこの世界に来たとは感じる。あくまで、ついでっぽいが」
「うふっ、うふふふっ……はーっ……はーっ……皮肉なことに、そんな感覚もわかりますっ。ですが、これは運命の出逢い! 生まれも育ちも違う二人の人間が出逢った瞬間、これは運命だと悟るっ、なんてロマンチックなんでしょう!」
やがて、二人の距離が縮まり、二十メートルを切った頃。
少し離れた場所から聞こえてきたバチバチバチィッ! という放電のような音を皮切りに、ルゥネは二丁拳銃の引き金を引き、シキは右手で持っている黒斧を掲げた。
ドパアァンッ、カカカァンッ……!
銃撃音にコンマ数秒あるかないか遅れで弾丸が弾かれる音が辺りに響く。
同時に、シキは「クハハハハハッ!」と高笑いをしながら走り出し、対するルゥネも「あはっ……!」と弾けたような笑顔を浮かべて走り出す。
「弾丸の軌道が見えるんですの!?」
更に距離を詰めつつ、次々に撃ってくるルゥネが嬉しそうに、楽しそうに訊いてきた。
「どっかのエセ侍より遅ぇからな!」
黒斧の刃の部分を盾代わりにしていたシキは答えになってない答えを返すと銃撃が止んだ僅かの間に左腕の手甲から爪を生やし、斬撃を飛ばす。
その数は三つ。
ザアァンッ! と凄まじい音を立てながら縦に飛来する斬撃はスカートを傘のように開いたルゥネに躱された。
腰元を天辺とし、膝下まで隠れていた長いドレスのスカートが一人でに浮き上がり、ルゥネの膝を露にする。
同時に、ルゥネの身体を持ち上げ、浮遊。滑るような動きで斬撃を躱した。
シキは避けたその先へと移動しており、黒斧を高々と振り上げていた。
「クハッ、そのドレスっ、アーティファクトかァッ!?」
「はいっ! 私が作りましたのっ! 自慢の子ですわッ!」
体感で十二発撃ったと感じ、ルゥネが肯定した。
即ち、【以心伝心】で弾切れを伝えてきた故の攻撃。
しかし、ルゥネは平然と返しながら両手の拳銃で受け止めた。
「なっ!?」
瞬間、拳銃が爆発。
小規模ではあったものの、ルゥネは吹っ飛び、シキは硬直した。
「っ、元より無傷で済むとは思ってませんっ!」
そうは言うものの、後退したルゥネの両手はどうやってか擦り傷程度で済んでいた。
更にルゥネはその両手を重力に逆らっているスカートの中に突っ込み、新たな武器を取り出す。
「ショットガンっ!? しかもスカートをマジックバッグ化してんのかよっ!」
まさかの場所から出てくる黒い長物に目を剥きつつ、背中の魔粒子スラスターで後を追っていたシキは両胸から逆噴射を掛け、黒斧を盾にした。
――あはっ、残念ながら散弾銃は造れませんでした! これはライフルですわ! 後、ココにも言われました! はしたないって!
シキ同様、ルゥネのドレスは背中からも魔粒子を出せるらしく、ルゥネはいつの間にか体勢を整えていた。
とはいえ、話す余裕はなかったのか、【以心伝心】で叫びながら撃ってくる。
咄嗟に身体を丸めた次の瞬間、ズガアァンッ! という音と共に強い衝撃がシキを襲った。
その威力はゴーレム銃の弾丸一発分と相違なかったが、浮いていた黒斧とシキを軽く押し戻すだけに留まった。
(あの形の銃って単発式だよな確かっ!)
構造がシンプルに見える猟銃のような銃と弾倉らしきものがなかったことを踏まえ、今度はこっちの番だと黒斧を再び振りかぶったシキが見たのはルゥネが残した魔粒子のみ。ルゥネの姿はない。
「っ、上か!」
残された魔粒子から方向を断定、即座に顔を上げた。
「はいっ、私はここですわっ、でも上ばかり見ていて宜しくてっ!?」
ルゥネはスカートの中を隠すように身体を丸めて浮いていた。
当然のように銃を構え、こちらに照準を合わせている。
「単発じゃないのかっ、ぐうぅっ……!」
知識不足故に油断したが、再度黒斧を構え、受け止めた。
降ってきた強力な一発を、黒斧に左腕を添えて耐えたシキはその衝撃で足元を見させられ、数秒遅れでルゥネの発言の意味を理解した。
シキの足元、正確にはルゥネが居た筈の位置に手榴弾が複数転がっていたのだ。
幾らステータスが上がってきたシキでも、直撃はダメージなり得る。
「嘘だろ……!?」
思わずそう呟きつつ、強い《直感》に従って《咆哮》スキルを放つ。
「オオオオオオオッ!!!」
数瞬の間を置いて爆発が起こり、スキルによって産み出された物理的な衝撃波は瞬く間にそれらを吹き飛ばした。
「フーッ……フーッ……とても生産職とはっ……」
悪態を付くや否や、気付く。
〝死〟を予感する《直感》が今も尚、警告を上げていることに。
「――っ!?」
一瞬とはいえ、敵から目を離してしまったことを後悔し、再度上を見た時には遅かった。
――やはり高ステータスの方には軽いようですね。ですが……
「ゼロ距離ではどうですの?」
脳内と目の前から同一人物による二つの声が聞こえた。
刹那、再び黒斧に衝撃が走り、手から弾かれた。
身を守る盾になる代わりにただでさえ左側しかない視界を塞ぐ黒斧が無くなった途端、上にも向かった筈の《咆哮》に逆らって降下していたらしいルゥネが現れ、目が合う。
――ご機嫌よう!
持っていた筈のライフルがないことに疑問を覚えたものの、ニタァという笑みと響いてきた心の声にカチンと来たシキは挨拶を返すように舌打ちと左手の爪をお見舞いした。
「ちぃっ!」
「おっと危ないっ」
しかし、ルゥネは軽々とした動きで、まるで跳び箱でもするかのように刺し貫こうと延びてきたシキの手甲に手を置き、開脚してシキの頭を飛び越えるとドレスから魔粒子を出しつつ、その場でくるりと一回転。背後に降り立った。
ならばと反射的に腕や脚から魔粒子を出し、急速半回転して空いた右手による裏拳を繰り出す。が、当たらず。代わりに耳元で「右目、本当に見えてないんですのねぇ。勿体無いですわ」と感心したような声で囁かれた。
「ならっ!」
――熱風による目潰し。シキ様の十八番ですね。
ブワッと辺りに熱風を撒き散らしてルゥネを後退させるがやはり手の内も行動も全て見透かされており、更には潰れた右目の死角を意識しているのか、余裕を持って躱される。
「クハッ……マジで強いな……!」
「お褒めに預かり、光栄ですわ。もし……左腕のソレには注意するよう進言します」
戦闘中だというのに、優雅にスカートの端を持って頭を下げたルゥネの発言に、一瞬「は?」と思いつつ、シキはニコニコとした顔に釣られて突き出していた左腕を見た。
攻撃のつもりだったのか、鋼鉄製の糸のようなものが巻かれており、更にその糸に何かが二つほどぶら下がっている。
つい今しがた見かけたばかりの、良く見る緑色の玉だ。ご丁寧にピンも抜かれている。
「防御力は低い、とご自分で思っている割には硬いですわね」
ルゥネがそう言った瞬間、シキの左腕にぶら下がっていた玉……手榴弾が爆発した。
「ぐがっ……はっ……!?」
左腕は爆発の影響で折れ曲がり、飛び散った破片は左肩、首、胸を中心に突き刺さった。
幸い、顔や頭部、左目は仮面のお陰で防げたが、あまりの威力に首ごと仰け反るほどだった。
「……! ~……!」
――あ、聞こえませんか。まあ当然ですね。ではこちらで。おかわりですわ、さようなら。
耳がキーンという音に包まれ、無事と言えど視界はぐらついている。
そこへ、新たに取り出したらしい二丁の拳銃が火を噴いた。
「くっ……そ、が……!」
激痛と働かない脳を叱咤し、魔法鞘から爪長剣を抜刀。
首や胸といった〝死〟に直結する弾丸だけを《直感》を頼りに尽く弾き落とした。
――えっ? う、嘘っ……!?
動揺して【以心伝心】の操作を誤ったのか、これまで聞こえなかった筈のルゥネの本気で焦ったような声が脳内に響いた。
その様子から隙が出来たと察知したシキは擬似縮地と魔粒子を使い、全速力でその場から後退。
腰にくっつけているマジックバッグから回復薬を取り出すと急いで飲み干していく。
「ぷはっ……はーっ……はー……死ぬかと、思っ……た……」
折れた左腕が治り、出血の酷かった首元の傷も塞がった。
無視して受けた弾丸数発が体内に残っているのがわかった為、ルゥネの方を注視しつつ、右手の指を突き刺し、取り除く。
「いっ……ぐぅっ……! ったく、銃ってのはこれだから……!」
その傷も二本目を飲んで治した。
――ま、まさか今のを耐えるとは思いませんでしたわ。今、確実に脳震盪を起こしていたのに……
かなり離れたからか、ルゥネが固有スキルを使って話し掛けてきた。
撫子の言っていた〝死〟に直面した時が最も強い、という状態が働いたのだろう、とシキは推測した。
そして、シキが大怪我、脳震盪を起こしていると【以心伝心】で理解していたルゥネは《直感》だけで正確に弾丸の軌道を読んで弾くという芸当に驚愕して攻撃の手を止めた、とも。
一息つけたとはいえ、やはり油断は出来ない。
「はぁ……はぁ……んじゃまあ……仕切り直しといく、かっ……!」
改めてルゥネの強さが身に染みたシキは彼女の声を敢えて無視。少し上がっていた息を整えると、全回復したとは言い難い身体で突撃した。
今度は視界を塞ぐ黒斧ではなく、爪長剣だ。撫子やアリスのように弾丸を見て弾くことは出来ないのでダメージ覚悟の突撃である。
「アハッ、脳天がら空きですわよっ!」
手の内、心、状態、次の手、その全てを覗かれていると理解していることを利用し、シキはいつの間にかまた持っていたライフルを構えているルゥネに正面頭部への攻撃は無意味だと伝えた。
(心を読む奴からすれば思い込みほど厄介なものはない……だろ?)
対象がそうするつもりでも身体が言うことを利かない。
あるいは……対象が無意味だと思い込んでいても、ルゥネからすれば有効だと感じる。
そんな状況であればルゥネの【以心伝心】は意味を成さない。
それ故の質問だった。
「っ、知った風な口を!」
内心での疑問を勝手に汲み取り、勝手にイラついたらしいルゥネは真っ直ぐ突っ込んでくるシキの頭部目掛けて照準を合わせ、引き金を引いた。
対するシキは仮面の頑丈さを信じ、首に《金剛》を使用。
かなりの威力のある弾丸がシキの額に直撃した。
「い゛っ゛っ……てぇ……っ! けど、なっ!? クハハッ、言ったろうがッ!」
相変わらずの威力に身体は仰け反ったが、首の痛みだけで済み、シキは尚も魔粒子で背中を押して突き進んでいる。
「なっ……何なんですのその仮面は!?」
「『付き人』の贈り物だ! 今となっちゃ大事な商売道具よっ!」
ルゥネは連続で撃てないらしいライフルを乱雑に投げ捨て、再び二丁の拳銃を構えた。
しかし、シキとルゥネの距離は既に十メートルを切っていた。
「遅ぉいッ!!」
「だからっ!?」
シキは最後の関門だと擬似縮地で床を蹴り、再加速。
ルゥネはここが踏ん張りどころだと弾切れを起こす勢いで撃ち放つ。
ガガガガギィンッ!
胸と首は左の手甲で、他は感知できる範囲で爪長剣で防ぎ、弾いた。
「っ、っ……弾切れっ!?」
「剣は銃より強しッ! ってなぁっ!!」
流石に顔色を変えたルゥネが両手の拳銃を捨て、新たに何かを取り出そうとしたその時、爪斬撃を横薙ぎに飛ばして妨害。
「くっ!」
ルゥネは仕方がないと言わんばかりにアーティファクトを諦め、その場で大ジャンプ。スカートから魔粒子を撒きながら高く舞い上がった。
「そこからっ……素早く動けるのかァッ!?」
先程のルゥネのようにニタァという笑みを浮かべたシキもルゥネを追って飛び上がり、爪長剣を突き出す。
「こ、のぉっ! っ!? やった、躱せましたわ!」
ルゥネにとって超高速で迫っているであろう刀身はシキが得意な魔粒子による上体反らしで避けられた。
自分でも予想外の反射的な動きだったのか、歓喜の声を上げている。
続けて、飛べるスカートを使って逃げようとするルゥネだが、こんな好機をシキが逃す筈もなく。
爪で攻撃するより速いとルゥネの右腕を左手で掴んだシキは思い切りルゥネを引っ張って呼び込み、渾身の力を込めた右膝蹴りを無防備な腹に突き刺した。
「んぐぶっぐううぅっ!?!?!?」
ルゥネの苦悶の声よりも大きい、ドゴォンッと途轍もない音が響く。
ルゥネの綺麗な瞳は一瞬で血走って白目を剥き掛け、華奢な身体もほぼ一瞬と言って良いほどの速度でくの字に折れ曲がった。
にも関わらずルゥネは血反吐と空気を吐き出すこと、その勢いに乗って吹き飛ぶことを、シキの首元に抱き着いて拒むと背中の生地から魔粒子を出して補助しながら耐え、震える手と身体で歪んだ顔、その口元をシキの顔に向けた。
「っ!? て、てめっ、何しやが――」
シキがルゥネの予想外の行動に驚いた次の瞬間。
「――ぶふうぅぅっっ!!」
耐え、溜められた大量の血と空気がシキの左目目掛けて吹き掛けられた。
「ぐああああっ!? 目がっ、目がぁっ……!」
思わず暴れるようにしてルゥネを突き飛ばしてしまい、激しく後悔した。
(っ、今殺せたっ! 殺せたのにっ!!)
視界は潰れて見えず、拭おうにも仮面が邪魔して拭えない。
「~~っ……! くそったれええええぇぇぇっ!!!」
こうなったら自棄だとやたらめったらに斬撃を飛ばし、牽制と追い打ちを掛ける。
が、手応えや断末魔の声、反撃は一切ない。
「フーッ……フーッ……折角のダメージをっ…………いや、俺の蹴りをモロに食らっといて完治は出来ねぇか……ふーっ……ふ~っ……落ち着け、魔力の無駄だ……また、仕切り直し……」
特濃で煮つめられた苦虫湯を飲まされたような気分になったシキは腸が煮えたぎるような感覚を覚えつつも深呼吸をして心を落ち着かせると、仮面を外し、ぶつぶつ呟きながら壁際まで後退した。




