第172話 運命の出逢い
長くなったのとグロ注意です。
「……ちょっと格好付けすぎたかな」
強く吹き荒れる風の中、上から降ってきた生身の人間や仲間のゴーレム達を横目に、シキは小さく呟いた。
「いえいえっ、良かったと思いますっ。私が言われたら惚れますね!」
そう持ち上げたのはシキを肩に背負っているナールの近衛騎士(男)である。
日焼け以前に褐色の肌をしている彼の鍛え上げられた筋肉は服の上からも隆起しており、やけに黒光りしている一部が見え隠れしている。
その彼に至近距離で、かつ不気味な笑顔で言われると流石のシキでも「お、おう……」と返答に困ってしまう。
変な気まずさを感じたシキは何の気無しに下を見て、話題を変えた。
「大丈夫か? あんまり無理しなくても良いぞ、着地出来ないほど魔力使われても目覚めが悪いし」
シキの視線の先には少々距離感が怪しい彼を更におんぶしているもう一人の近衛騎士が青い顔でエアクラフトを上昇させていた。
飛翔型ゴーレム『シエレン』は早々に離脱した。
幾ら飛べると言っても機体が大きい分、風に煽られてしまうので途中で上空に投げてもらったのだ。
そこから二人の騎士がエアクラフトでシキを運んでいる訳だが……
「だ、大丈夫です! 悔しいですが、我々では力量不足っ。その分、シキ殿には働いてもらわなくては!」
「ですな! 個人的にシキ殿には興味もありますし……!」
二人とも妙にやる気だった。
内一人は若干違うような気もするが、魔力回復薬を大量に持ってきている辺り、その本気度が窺える。
「……おいケツを揉むなっ、こんな時に何しやがる!」
「おっと、これは失礼」
痴漢されたシキが背筋がゾワゾワする何かを感じている内に、下の騎士が離脱した。
「も、申し訳ありませんっ、自分はここまでのようですっ! それではシキ殿っ、どうかこの国の行く末をっ、頼みましたぁっ!」
「ああ任されたっ、死ぬなよ!」
場所は既に上空一キロを優に越えている。
十分過ぎる成果だろう。
シキは手を上げて彼を労い、目線と手つきが怪しい近衛騎士の肩に掴まった。
「さて、これで邪魔者は居なくなりましたな……」
「……変なことしたら殺すぞ」
思わず尻を守ろうとし……目を見開いた。
ぐんっと、明らかに上昇速度が上がったのだ。
シエレンは勿論、先程の騎士よりも速く、また力強いエアクラフト操作。
「お前っ……」
「彼も言っていましたが……私も悔しいのですっ、騎士足る我々の脆弱さ故に国を守れない現実がっ! 本来部外者である貴殿に我が国の未来を託すのは腸が煮え繰り返るほど腹立たしく、悔しくっ、納得出来ない!」
これまでの態度が悪ふざけだったのかと思うほど、彼の顔は真剣だった。
苦虫を噛み潰したような顔で魔力回復薬を飲み干した彼はしかしと続けた。
「貴殿は英雄となられるお方だ! 私は先のシレンティ騒動で貴殿の強さと優しさを見た! 故に私はっ、我々は貴殿の為に力を振るわせてもらう! 例えここで我が身が朽ちようともっ、我が命は祖国シャムザの為にッ!」
元より、自分がやらなければならないという状況を作る為にセシリア達に自分でも似合わないと思う、キザったらしい通信を送ったのだ。
本人が言っているように、国を守る為に血の滲むような努力をしてきた彼等だ。戦場に出れないという状況が悔しくない訳がない。そんな彼等にこうまで言われてしまっては尚更負けられない。
「クハッ……良いなっ、その覚悟! なら宣言通り、ギリギリまで連れていってもらう!」
「ええっ、限界までお供しますともっ!」
止めることも出来ない。
そうして、本性を隠していた近衛騎士はエアクラフトを飛ばしては一本、二本、三本と魔力回復薬を服用し、少しずつ顔色が悪くなり始めた。
しかし、それでも速度は落ちず、視線は敵艦ヴォルケニスに向けられている。
現在の地点は既に二隻の戦艦の戦域内。
言ってしまえばヴォルケニスの真下、数百メートルの位置だ。ヴォルケニスの腹元とも言える位置。
(そろそろか……)
シキは彼がかなり無理をしていることを察していた。
それでも、彼自身が望んだことだからと見逃していた。
だが、それも限度がある。
流石に移動手段として王族の近衛騎士を使い潰したとなれば罪悪感も湧く。
シキは無言で彼の肩に脚を乗せた。
「っ、シキ殿っ、何をっ!?」
「痛かったら悪ぃな。後……アンタも死ぬなよ、名も知らねぇ本物の騎士さんよ」
どうせ踏み台にするなら……というシキの意図を汲み取ったのだろう。
彼はフッと軽く笑うと肩に防御系のスキルを使い、「いつでもいけます!」と声を張り上げた。
直後、シキはここまで連れてきてくれた彼を足蹴にし、高く飛び上がった。
「シキ殿ぉっ、ご武運をッ!」
割りと強めに踏み台にされ、驚くほど落下した彼だったが、シキに見せた敬礼は見事なものだった。
自分達の感情を殺した最大限の敬意。シキは思わず笑い、「さっきの奴といい、この風の中、良く通る声をしているな」と感心してしまった。
「さて……行くか」
一人上空に残ったシキは腰のマジックバッグからエアクラフトを取り出すと、ヴォルケニスに向かって上昇していった。
左翼の甲板へと降り立ったシキを出迎えたのは静寂だった。
サンデイラには予め連絡していた為、巨大魔導戦艦二隻の滞空砲火の中を潜り抜けるという苦行はせずに済んだ。
女帝ルゥネも先の約束を守るべく、あるいは単純に継戦不可能と判断したのか、サンデイラのアンダーゴーレム部隊を振り落として以降は砲撃もせずに回避行動を続けさせているので、魔障壁によって抑えられた風の音のみが辺りを支配している。
「何か……変な感じがするな」
艦内の続く扉の方へと歩き出しつつ、呟く。
ほんの少し前に感じた視線ではない。
否、それも一因ではあるものの、シキの心をざわつかせるのは別の感覚だった。
「この感じ……《直感》、か……?」
撫子曰く、《直感》スキルは所持者によって特性が違うらしい。
シキは彼女に教わった《直感》という、《闇魔法》のように謎を多く含んだスキルについて思い出しながら自動で開く扉を通り過ぎ、血がベットリと付着している壁や床、身体の至る部位をひしゃげさせている死体と重傷者の山にチラリと目をやった。
「うぅ……」
「た、助け、て……」
「痛ぇっ……痛ぇよぉ……!」
全身を強く打ち付け、即死した者。死にはしなかったものの、瀕死の状態の者。大怪我を負った上に即死した仲間達に潰されて身動きが取れない者。
女帝ルゥネが行った航行中のバレルロールは大惨事を引き起こしていた。
「死にかけ、か……その内死ぬな。……どうせ死ぬなら経験値になってもらおうか」
その方がこいつらも楽だろうと身勝手な持論で重傷者を殺して回る。
抵抗という抵抗もなければ帝国兵が来ることもない。
それは最早作業でしかなく、シキの意識から人を殺しているという実感を取り除いていた。
(確か……俺は自分の死のみに反応するタイプで、撫子は予感のような形で使える《直感》だと言ってたな。……だから俺は死にそうな時が最も強い筈とも言っていた)
彼女はシキと同じ己の死の予感、更には己にとって有益な場所や人の存在をも直感的にわかるらしい。
また、才能が《直感》に特化している者であれば、シキと撫子とは違い、己の未来に対する直感ではなく、任意で対象と発動条件を変えられるようで、聖騎士ノアはその筆頭とのこと。
曰く、己の未来、己の勢力の未来、道行く人々の未来、挙げ句には世界の行く末を直感的に理解出来る力。
とはいえ、その効果は『この人と居れば大丈夫』、『ここでこっちに行けば大丈夫』程度のものらしく、何となく『この人は死ぬ』、何となく『この人が世界を救う』とわかるだけ。
ある種、固有スキルよりも強力と思える聖騎士ノアの力は例外だとしても、《直感》という力は謎が多かった。
(多分、俺も撫子と同じ……だろうしな)
爪長剣で動けない兵士達の首を跳ね、あるいは頭部を突き刺しながら、シキはムクロやレナと出会った時のことを思い出した。
ムクロは何故か守らないといけない人だと思い込み、初対面の時点で無意識に世話を焼いていた。
レナは何処か放っておけないと感じる人間で、一度は見捨てようと思ったものの、結局状況に流されて助け、その後、関係がギクシャクしても助けようとしている。
「あいつらと同じ感覚……いや、寧ろあいつらより明確な気がする……」
体感だが、二人の時はそれこそ何となくという程度。
しかし、今は心臓の鼓動がわかるほどには落ち着かない。
これが《直感》のレベルが上がっているからなのか、二人よりも強い縁のある者がこの船に居るからなのか、シキにはわからなかった。
やがて、その不明瞭のようでいて確信染みた《直感》に従って進んでいると、強固な黒ブロックと同じ材質らしい壁に巨大な傷跡が残っている場所に辿り着いた。
まるでジルや《狂化》状態の自分が暴れて出来たような斜めの線。とても強い力で無理やり剣か斧を振り切ったような深い跡だ。
「これは……斧だな」
剣に比べて乱雑な傷跡と壁付近で散乱している大量の人間の下半身を見て、そう判断した。
見れば真っ二つになった弾丸や先端が潰れている弾丸も散らばっている。
「この断面は撫子だが……あいつが付けた傷とは思えない。しかし、協力者……? こんな場所で?」
未だに迎撃がないので、軽く注意はしつつ、落ちていた弾丸を拾って分析する。
しかし、空を飛ぶ魔導戦艦内で突如現れる協力者というのも謎であり、かといって帝国の誰かが寝返ったとも考え辛かった。
「撫子も居ないし……」
と、歩を進めようとしたその時。
背後から生きた人間の気配が出現した。
その数、四つ。
(っ、隠密系のスキルを解いた時の反応!)
『何故奇襲しなかった?』とは思ったものの、反射的に剣を構え、手甲で防御に備える。
瞬間、胸元に衝撃があった。
「うぐっ」
今度は《縮地》。認識そのものが遅れた。
頭では理解していても、ここは敵地。
やられた、と思ったが、何かを刺されたような感覚もなければ痛みもない。
そして、勢い余って尻餅を付いてしまい、お陰で抱き付いてきた人物に気が付くのが遅れた。
「ユウ兄ぃっ! ユウ兄だよね!? ううんっ、絶対ユウ兄っ! ああユウ兄ユウ兄ユウ兄ユウ兄ユウ兄いぃっ!!」
何処かの誰かと同じ、今では憎らしさすら覚える茶色の髪。
胸元に擦り付けるようにすりすりしてくるせいで顔は見えないが、聞き覚えのある声。シキにとって悪寒がしてくるほど恐ろしい台詞。
「お前っ、メイか!? な、何でここにっ!」
「はふぅ、はふぅっ……やっと会えたやっと会えたやっと会えたよぉっ! ユウ兄っ、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きぃっ! 大好きだよユウ兄っ!」
仮面をしている筈なのに看破されたことと鼻息をかなり荒げて告白してくる幼馴染みの存在に脳の理解が追い付かず、メイの後ろからこちらに向かってくる三人の日本人の姿も目に入らない。
思わず剣を手放し、引っ剥がそうと以前よりも美人になったメイの顔を押すが思いの外、力が強くて離れなかった。
「私ね私ねっ、ずううぅっ……と探してたんだよ! 集団神隠し事件なんて言われてたけど、やっぱりこの世界に召喚されてたんだ! 私っ、会えて嬉しい!!」
「待て待て待てっ、何でお前がこの世界に居て、何で帝国の船に居るんだって訊いてんだよ! 後離れろ気持ち悪いっ!」
「酷い! でもそんないけずなとこも好きっ!」
「うぎゃああっ、痛ぇ痛ぇ! おまっ、レベル幾つだ!? ちょっと強過、ぎぃっ!?」
珍しく〝素〟で話している自分にも驚きつつ、凄まじい腕力で締め付けてくる幼馴染みにも驚愕する。
そこへメイの友人とおぼしき三人の男女が声を掛けてきた。
「あー……メイっち、落ち着いて?」
「こいつは酷い……」
「えっと、あ、貴方がユウ兄さん……ですよね?」
左から小柄な黒髪おかっぱの少女、シキと同じくらい体格の良い大男、アイドルグループにでも所属していそうな幼さのあるイケメン。それぞれこの世界風の格好をしていて、不気味な魔物の仮面をしているシキを訝しげに見つめている。
一人老けている者も居るが、全員メイの同級生だろうとシキは当たりを付けた。
「あ、ああ……お前らは?」
「メイっちの親友っ、葉隠皐です!」
「同クラの大崎真守っす」
「同じく八重津陽です」
訊けばシキ達が召喚された交差点にお参りのようなことをしていたら、シキ達クラスメートと会い、気が付けば召喚されていたという。
三人は苦笑いしながらその後について説明してくれた。
召喚された直後にクーデターがあり、帝国のトップが変わったこと。
それにより、品定めと称してふるいに掛けられ、落ちた数人が殺されたこと。
死人が出るほど厳格な帝国ではあったが、最低限仕事をすれば待遇は良く、それまで浮き足気味だったシキ達のクラスメートは徐々に調子を取り戻し、ここ最近の態度は特に行き過ぎていたこと。
そして、シキとメイの関係やメイの兄、ライについても聞いていたようだ。
尚もくっ付いて離れようとしないメイに辟易しつつも状況を把握したシキはメイに抱き付かれたまま頷いた。
「成る程、大体わかった。で、お前ら自体に敵意はないと。帝国の言いなりになっていれば安全だとでも?」
「「「っ……」」」
謂わば思考放棄で自己保身に走っていた事実は変わらない為、鋭い視線を向ける。
「ううん、それは違うよユウ兄」
そう否定するのはペタペタと仮面を触ってくるメイだ。
相変わらず態度は変えていないが、顔は今までになく真剣だった。
「これ何? 折角の顔が見えないんだけど」
「知るか」
「……むぅ、そんなに睨まれなくても説明するよぉ」
説明しろと目で訴えられたメイはどんなに力を込めても外れない不気味な仮面のことを諦めると、真面目に話し始めた。
「私達ね、本当は逃げ出すつもりだったんだよ。先ず帝国の主義や思想がどう考えたっておかしいし、使い潰されて死ぬのは目に見えてたし。けど、そうも言ってられなくなった」
「女帝か?」
剣を納め、死体や血の臭いから離れた場所で話す五人。
「正解。女帝のルゥネ=ミィバさん。私達の友達。何と同い年だよ」
「友達って……」
「残念ながら本当なんです。しかもルゥっち……じゃない、あの人、意外と悪い人じゃないんですよね……」
サツキと名乗ったおかっぱ少女が困ったような顔で付け足すと後ろの男二人も頷く。
「っすね。俺らから見ても終始一貫してるっつぅか……」
「まあ見方にも寄ります。事実、ユウ兄さん……あー、黒堂さんはシャムザ側の人間ですよね? 戦時中に乗り込んできて、帝国兵を殺しながら歩いてましたし」
逆に問われてしまうと頷き返さざるを得ない。
内心、『このイケメン、勇者みたいな格好してるな……部分鎧とか剣盾装備なんて何処ぞのクソ勇者みたいだ』なんて思いながら周囲を見渡した。
「知り合いが居たんなら悪いな。お察しの通り、俺はシャムザの手の者だ。日本で何年経ってて何が起こってたのかも知らない。俺達は二年近く前に召喚され、色々あって幾つかのグループに分かれた。現在は俺と他数人がシャムザに付いている」
今度は四人の方が成る程……という渋い顔をした。
内、メイだけは『えっ』と青い顔をしていて、残りの三人は『うわぁ……こいつやったなぁ』みたいな顔で見ている。
大方、身の振り方を考えているんだろう。
そう考えたところで、再び背後から気配が現れた。今さっきとは違い馴染みのある気配だ。
「……そういうことか。随分やられたようだな」
「そういうことでござる。いやはや、本当に随分やられたでござるよ」
チラリとシキが視線を向けると、何処かに身を潜めていたらしい撫子がボロボロの衣服と身体を晒しながら立っていた。
見るも無惨な右腕をぶらんぶらんさせながら気絶している、見覚えのない赤髪の幼女を背負っており、訳有りの事情が窺える。
「うっ……や、やっぱり……?」
「さっきはやってくれたでござるなぁ? シキ殿の友人殿?」
突然姿を現したことと、シキとの会話。
メイ達は撫子とシキの関係を察し、シキと撫子は互いの状況を悟った。
よって、メイは恐る恐る撫子に顔を向け、こめかみに青筋を立てている撫子と目があった。
片や敵地へ乗り込んだ側で、片や味方地を守るべく迎撃した側。
どちらが悪いとも言えない状況だ。
しかし、咄嗟に友人達が武器を構えるのを手で制していたメイは直ぐ様頭を下げた。
「すいませんでした! ま、まさかユウ兄の知り合いだとは思わずっ……」
「クハッ、知り合いじゃなかったら殺されてたな」
「……何処かの誰かさんのせいで冷静さを欠いていたんでござる。万全ならこちらが殺していたでござるよ。生憎、一人で来させられたでござるしな!」
シキと撫子の反応に友人達はぎょっとし、メイは「ですよね……」と項垂れる。
「だから先制しました。反撃の隙を与えるのは怖かったんで。幸い、相性は抜群に良かったですし……」
「いや失礼、責めた訳ではござらん。久しぶりに死を覚悟したのでな。詫びも要らんでござるよ。ここは戦地。良いも悪いもない。後、こちらは相性最悪で焦ったでござる」
「強いて言うなら弱かったのが悪いな」
二人の戦いを見た訳でもないのに笑ったシキを、撫子は殺意すら感じる目付きで射抜いた。
「クハハッ、怖い目だ」
「貴殿は相変わらずっ…………はぁ。貴殿には怒るだけ無駄なんでござろうな」
途中で馬鹿馬鹿しいと思ったのか肩の力を抜いたので、シキは釈明するつもりで教えてやる。
「無駄も無駄。第一、こいつはお前ら聖軍が大騒ぎして囲った勇者ライの妹だぞ。レベルは低かろうと『真の勇者』の血筋なんだよ。ついでに言えば相性が最悪だというお前が勝てないんなら俺も勝てない。アリスも多分ダメだな。運が悪かったと諦めろ」
シキにはメイ達がどういった力を使って撫子を追い詰めたのかはわからないが、事実として撫子はズタボロであり、メイだけで圧倒したような口振りだ。
となれば笑うのも仕方ないだろうと肩を竦める。
「……聞いていたライ殿よりも強いんじゃないかと思ったでござる。因みにメイ殿……と言ったか。職業は?」
「勇者、です。『真の勇者』っていう称号もあります」
撫子は今度こそ天を仰いだ。
ついでに「あんなにどや顔で《直感》について語ってた元聖騎士が聞いて呆れるな……」と呟いたシキの頭を超高速でひっ叩く。
「あのー……何なんです勇者って。そこのヨウ君も勇者なんですけど」
「真じゃないけどな」
「煩いよ。悪かったね、本当の勇者じゃなくて」
サツキ達の質問に困った顔をするのはまたも撫子。
聖軍を裏切ったというより、抜けたという表現の方が正しい為、無闇に情報をばらまくのも宜しくないのだろう。
そんな撫子の葛藤を理解出来るシキとしても何となく察している程度であり、アドバイスくらいしか言えない。
「まあ兎に角。俺や他の勢力と敵対、あるいは自分の脳ミソを弄られたくなけりゃ《光魔法》は使うな。使った結果、俺とライは敵対し、殺し合った」
さっさと立ち上がりながらの台詞はメイに響いたらしい。
「ど、どういうこと? あの馬鹿兄貴と喧嘩した……って訳じゃないんだよね?」
「……喧嘩みたいなもんだ。別にあいつが全部悪いとは言わないし、《光魔法》が悪いとも言わない。ただ……世の中、あまり使わない方が良い力もあるってことだ。色々とな」
もう話すことはないと会話を切り、再びメイ達に問う。
「俺はこれからお前達の友達だという女帝ルゥネの首を跳ねに行く。止めたければ止めろ。出来れば久しぶりに会えた幼馴染みとその友人は殺したくないんだが……どうしてもと言うなら殺す。どうする?」
友人達は目を合わせて相談し始め、メイは眉をひそめて言った。
「ユウ兄……何か、変わった?」
「そう、かもしれないな。少なくとも、躊躇はしてもお前を殺せるほどには」
それは半ば確信だった。
マナミに関してもそうだ。
ムクロや『砂漠の海賊団』の為なら例え大事な友人でも天秤に掛け、殺せる。
以前はそもそも天秤に掛けることすら出来なかった筈だが、今のシキにはそんな悲しい覚悟があった。
メイは一度だけ先程シキの角を触った自分の手に目を落とすと、視線を戻し、ニッコリ笑いながら言った。
「私は当然、ユウ兄側に付くよ。ユウ兄がそうするなら私もそうする。手伝えって言うならルゥネさんだって殺す。私はユウ兄が喜んでくれるなら何でもするよ! 結婚して!」
「……末永く、友人で」
「もうっ」
迷うまでもない。
そう言い切ったメイを見て、サツキ達はドン引きしつつも肩を竦め、結論を出した。
「で、その結果が帝国は裏切るけど、シャムザにも付かないとは……」
「皆、自分勝手だよね」
「いやお前が言うな」
「あいたっ」
先頭をシキとメイ。その後ろにサツキ達、更にその後ろには撫子とスカーレット(気絶中)が付いている。
デコピンされた額を擦りながら、メイは抗議してきた。
「だってルゥネさんは話せばわかる人だもんっ。私のことも皆のこともわかってくれるし、わかってくれてるからこうして攻撃もされないんだよ!」
意味がわからず首を傾げると、ルゥネの固有スキルについて教えてくれる。
「ルゥネさんの【以心伝心】は一度実際に見た人と脳内で繋がって会話出来る力なの。だから今の会話っていうか私達の考えは筒抜けだし、敵対……とまではいかないサツキ達の意見も誤解することなく理解出来る。因みに範囲は一点集中させれば数キロだってさ」
「そりゃまた厄介な相手だ……」
また心を読める相手かとシキはため息をついた。
てっきり無線的な能力だけかと思っていたらしい。実際は今までに出会った読心術使い達の完全上位互換ときた。
(イメージとしては【多情多感】に《念話》の力を付け足したようなものか……)
メイ達曰く突出した身体能力はないらしいが、近代兵器を使う相手にこちらの手札が丸見えというのは度しがたい。
ふと、周囲の生物の感情を感じ取る【多情多感】の持ち主、シズカのことを思い出した。
しかし、直ぐに頭から振り払った。
「着いたよ」
メイがそう言って歩みを止めたが故に。
更に次の瞬間、メイ達が一斉に肩をビクンと震わせて固まった。
「……今取り込み中だからちょっと待ってほしいみたい」
「良かった~……やっぱりルゥっち、わかってくれたねっ」
「肝が冷えたぜ……」
「ね、凄いドキッとした」
どうやらルゥネから通信(?)が入ったらしい。
「はぁ? 何だそれ」
とはいえ、メイ達にとっては友人でも、シキや撫子からすれば信用ならない敵だ。
迎え撃つ準備でもされていたら堪ったものではない。
「良い、気にせず行くぞ。撫子、準備は良いか?」
「さっきも言ったが微妙でござる。まだ全快とは言い難いでござるよ」
シキと撫子は「え、ちょっ」と困惑するメイ達の制止を振り切り、扉を開けた。
そんな二人を出迎えたのはドパァンッという銃声であり……
サンデイラや遺跡のそれを彷彿とさせる広々とした格納庫。
続けて、先程逃亡したシキのクラスメートの一人が倒れる姿。
学生時代、シキによく絡んできた陽キャの内の一人だ。脳天を撃ち抜かれている。
「ひっ……」
「こ、殺したっ、本当に殺しやがったぞこの女!」
「はあ!? 訳わかんない訳わかんない訳わかんない! 何が女帝だよっ、この人殺し!」
「っ!? こ、黒堂君、まで……いやっ、いやぁっ、私死にたくない!」
他数人が抗議しているが腰は引けており、何人かは座り込んでいた。
「役に立たない駒は要りませんと申し上げたでしょう? ただの処分ですわ。黙って死んでくださいまし」
金髪の縦巻きツインテールに膝まで隠すほどスカート丈の長い、真っ赤なドレス。メイ達と同い年の割には幼げと可愛げのある顔立ち。特徴的な口調。
身長は低く、胸元は開けているが、主張はとても小さい。一見すると中学生と見間違えてしまうくらいだ。
そして最後に、虫を見下ろすような、極寒の殺意が乗った紫色の瞳。
女帝ルゥネ=ミィバはブリッジではなく、格納庫でシキを待っていたらしい。
「あら? あらあら? も、もうっ、待つよう頼んだのに案外せっかちなお方なんですわね! 直ぐに終わらせますので、ほんの少しお待ち下さいませ!」
何が恥ずかしいのか、頬を赤く染めて口元を隠し、イヤンイヤンと身体をくねらせながら早口でそう捲し立てたルゥネはこの世界の人間とは思えぬほど慣れた手つきで両手を滑らせ、二丁の拳銃から次々に銃声を鳴り響かせた。
音が鳴る度、遅れて元クラスメート達が倒れていく。
比較的無傷であるマナミの友人等は何とか逃げ延びているが、腕や脚を欠損した者は逃げることも出来ずに死に、反抗的な者は武器を構える前に蜂の巣になって死亡した。
「うわああっ、た、助っ……ぎゃっ!?」
「ひいっ、嫌だぁっ!」
「な、何……でがぁっ!?」
腕、胴体、頭。脚、肩、頭。ランダムに、しかし、最後は必ず頭部を撃ち抜いている。
シキとの戦いの最後に変身能力を見せた者は撫子に変化して消え、シキを困らせた盾持ちの青年は何度か直撃しながらもマナミの友人を守りながら何処かへ逃げていった。
やがて粗方終わったのか、手元の銃を捨て、両手でスカートの端を摘まんで上げながら挨拶する。
「お待たせ致しました。何匹か逃げ仰せたようですが、まあ良いでしょう。私は現パヴォール帝国女帝ルゥネ=ミィバと申します。どうぞ良しなに」
たった今、逃げ帰ってきていた己の兵を平然と殺しておきながら、ルゥネは何事もなかったように笑顔を浮かべた。
対するシキはルゥネの凶行を見て笑っていた。
「クハッ」
その笑みはこれから起こるであろう楽しい楽しい殺し合いへの渇望であり。
「うふふ……」
少しすると、ルゥネの微笑もまた、品のない、野蛮なものへと変わっていった。




