第171話 二隻の戦艦と迫る出逢い
「船体左舷被弾! とうとう穴が開きやがった!」
「付近で怪我人多数発生っ! 既に何人か死人も出てるぞ船長!」
「っ、回復魔法と回復薬があるでしょう! それより弾はまだ持つの!?」
「何とかな! ただ半分を切ったって報告もちらほら来てる!」
シャムザの旗艦サンデイラ内のブリッジでは相も変わらず怒号が飛び交っていた。
地球に存在する戦艦を模したような造形のサンデイラは内部、外部問わず火の手が上がっており、オペレーターの船員の報告通り、幾つか穴まで開いている。
しかし、見た目に反して損害は大きくなく、どちらかと言えば怪我人の数と残弾の方が問題だった。
帝国との戦争が始まって既に一時間近く経過している。
全体で三百人近く乗っていた船員達はその数を刻一刻と減らしていた。
「埒が明かないわね……」
中央の艦長席で指示を出していた船長が眉をひそめて言った直後、新たな報告が上がる。
「何ぃっ!? シキの野郎が王都で大将首と対決してるってのか! あ、姐御っ、どうするんで!? 今、奴さんの船にはナデシコの嬢ちゃんしか向かってないっぽいぞ!」
「……坊やは何をやってるのよっ」
【先見之明】で既にこの状況を見たことがあるとはいえ、セシリアは思わず悪態をつく。
作戦通りならシキと撫子が斬り込み隊長として敵艦に乗り込み、墜とすor撹乱する予定だった。しかし、現実は甘くない。その事実にオペレーターである船員達の顔にも緊張が走っている。
そんな中、セシリアは「いや、逆に考えれば……」と深呼吸をして心を落ち着かせると静かに口を開いた。
「皆、落ち着いて。私は今この状況、この未来を見たわ。坊やが戦線を離れて戦っているなら必ず勝って戻ってくるっ。それまで私達は時間を稼がないといけない。勝率は五分五分ってところかしら……ここまで上げたと考えるか、難しい戦いだと思うかは皆次第」
「「「「「っ……」」」」」
オペレーターの何人かが息を飲む。
既に勝てる筈がない戦争から勝てるかもしれない戦争になっているのだ。元より勝つつもりではあったが、それだけに『今度は勝たなくてはいけない』というプレッシャーがのし掛かってくる。
そうしてブリッジに訪れた沈黙を破ったのはセシリアだった。
「ゴーレム部隊、行けるわね?」
格納庫と無線を繋げていた船員に視線を向け、訊く。
「あ、ああっ、いつでも行けるぜ! だよなお前らぁ!」
『『『おうよっ!』』』
船腹の格納庫で待機していた茶色の量産型ゴーレム『バーシス』やクワガタ頭が特徴の飛翔型ゴーレム『シエレン』のパイロット達の待ちくたびれたと言わんばかりの返事にセシリアはニヤリと笑った。
そして、一呼吸終えた後、ビシッと敵艦ヴォルケニスを指差して叫ぶ。
「これよりサンデイラは敵艦の頭上を横断し、ゴーレム部隊を降下させる! ほんの少し、今までより死にかけるわよ! 操舵手っ、次の旋回で艦を上昇させる! 角度と速度調整! 並びに艦砲射撃用意っ! 医療班、補給班も動ける人員は全て甲板と大筒に向かって! 弾を使い切るつもりで撃つっ!」
サンデイラ全域に届いたセシリアの艦内放送は船員達を慌ただしく動かした。
「ゴーレム部隊、カタパルトデッキへ移動を開始! 武器を忘れんな!? タイミングに合わせて腹開けっから、順次降下してくれ! シエレンは後だぞ! 何たって飛べるんだからな!」
「総員、聞こえたな! 砲撃は一旦中止っ! 今にも死にそうな奴と治療中の魔法使い以外は砲撃に回れ!」
セシリアに続いてオペレーターが各班に指示を出し、サンデイラはヴォルケニスと撃ち合った後、旋回を始める。
これまでとは違い、敵の弾を迎撃していない為、激しい砲撃に晒されたサンデイラは嘗てない程揺れ、新たな被害が出ていた。
しかし、船員達に焦りはない。
艦長であるセシリアが見た未来の為に、自分達は全力を尽くすという気概だけで耐え忍び、セシリアの合図を待つ。
「まだよっ、まだ引き付けて! どうせなら最大の戦果を出す!」
女帝ルゥネもこちらの動きを読んだらしく、砲撃が止み、二つの戦艦が静かに向かい合った。
互いの距離は既に射程距離内。にも関わらず、サンデイラとヴォルケニスはゆっくりと衝突コースに入っていく。
『まだ……まだ…………』
サンデイラ内にはセシリアの声だけが響いていた。
船員達は今か今かとその時を待ち、手に汗を握りながら耐えている。
やがて、敵艦との距離が数百メートルになった次の瞬間。
「撃てえええぇっ!!!」
待ちに待ったセシリアの号令と共に銃火器は勿論、ロケット、ミサイル、砲弾と全ての銃口が火を噴き、ヴォルケニスへと降り注いだ。
サンデイラの甲板と船体に備え付けられている大筒付近では轟音が絶えず鳴り響いており、その音量は隣に居る者の怒号すらかき消すほど。
一方でヴォルケニスも迎撃はしていたものの、如何せん火力が違う、数が違う。
物量の差で半数以上押し通った砲撃はヴォルケニスの船体を激しく傷付け、火の手と黒煙を巻き上がらせた。
それを見たセシリアは砲撃の最中、次の指示を出す。
「撃ち方止めえぇっ! 船腹ハッチ開けぇぃ!」
耳が馬鹿になっている者にもちゃんと聞こえるようにとマイクの集音性と拡声機能を最大限まで引き上げての号令。
サンデイラの砲撃は途端にピタリと止み、船腹の一部がカンッ、カンッ、カンッと音を立てて開き始めた。
「船体前面スラスター全開っ! 操舵手っ、突っ込みなさぁいっ!!」
「あいあいさーっ!! お前らぁっ、揺れるぞおおっ!」
サンデイラの船首付近に開いている複数の穴から真下に向けて魔力で出来た傘ジェットが形成された。航行速度に対し、かなりのスピードで船体が上向きに傾く。
黒煙が上がる中、必死の抵抗を行っていたヴォルケニスの砲撃は比較的無傷かつ頑丈な船首に当たり、サンデイラ全体に強い震動をもたらした。
しかし、サンデイラが前方や下方への砲撃手段が乏しいように、ヴォルケニスも前方、上方への攻撃は限度がある。
船腹がヴォルケニスの中央ブリッジを擦るのではないかと思うほど接近し、角度的に互いが攻撃出来ない瞬間が訪れた。
その瞬間を見逃さなかったセシリアが再び声を張り上げる。
「今よっ! ゴーレム部隊投下ぁ!」
「バーシス出撃だおらぁっ! どんどん降りろっ、次はねぇ! 着地ミスって落ちんなよ! 死ぬぞぉっ!」
セシリアに続いたオペレーターに背中を押されるようにして、予め開いていた船腹ハッチからバーシスが次々と降下し、ヴォルケニスに取り付く。
その数、二十。四肢には特殊な装備があるのか、はたまた磁石のような機能でもあるのか、ヴォルケニスに降り立った全ての機体はガッチリと船体にくっついており、真横や逆さまに二足で立ち上がろうと墜ちることはない。
更には体勢を整え次第、両手のゴーレム銃やランチャー装備、肩部、脚部装甲に備え付けられたミサイルポットを使い、至る箇所で爆発火災を引き起こしている。
その後ろに続くは新たに発掘された三機のシエレン。
『砂漠の海賊団』専用にと紅の騎士型ゴーレム『アカツキ』のように赤く染められたシエレンは先のシレンティ騒動で見せた飛翔能力を遺憾無く発揮し、高高度でも風に煽られることなく飛び回り、ヴォルケニスの対空砲を二本の振動長剣で斬りつけている。
次々に起こる爆発の中には帝国兵や整備兵の姿も散見され、抵抗すべく外に出ようものなら容赦なくゴーレム達の引き金が引かれ、爆発と共に地上に落ちていく。
オートではなく、パイロット達が手動で撃っている為、弾そのものが当たることは少ないものの、ステータスに守られ、大してダメージがないと気付いた時には船体から投げ出され、落下している。直撃すれば言わずもがな。
その様子をモニター画面で確認していたセシリアは操舵手にジェスチャーで離れろと指示を出しつつ、艦内放送、並びにゴーレム部隊に通じるマイクを手に取った。
「目的は達したわ! 総員、砲撃から治療、補給に回りなさい! ゴーレム部隊が撹乱してくれてるから少しの間、時間が稼げる! 従って、現時点から十分間は戦線を離脱し、出来る限り体勢を整える! 然る後反転し、再び戦線に戻るから全速力で事に当たりなさい! ゴーレム部隊は兎に角暴れまわって! 出来れば女帝の捕獲っ、出来なければ殺害を最優先とする! 着地地点から難しいと判断した者は銃ではなく、爆発や火の手を上げて! 以上っ!」
後方のスラスターをフル稼働させることで素早くヴォルケニスの頭上を横断することに成功したサンデイラはその速度を落とすことなくヴォルケニスから離れていく。
そんな中、一気に捲し立てたセシリアが一息つきながら艦長席に身体を投げ出していると、近くに控えていた子供達が水やタオルを持って殺到した。
「せんちょー大丈夫?」
「はいお水っ!」
「汗も拭いたげる!」
「ん、皆ありがとう。終わったら危ないから中の方に行ってなさい」
ソーマ一派との戦闘、更には現在進行形で仲間に死人が出ていると理解しても尚、危険なブリッジで何かを手伝おうとしている子供達を無下にも出来ず、優しく声を掛けるセシリアであったが、「せ、船長っ! これを!」とオペレーターの一人がモニター画面に出した映像に思わず目の前の子供達に口の中の水をぶち撒けてしまった。
「ごほっごほっ、う、嘘でしょっ、一体どうやってっ……!」
良かれと思って差し出した水をいきなり顔に吐き出された哀れな少年はポカンとした顔でパチパチと瞬きをしている。
しかし、状況を理解するや否や、途端に泣きそうな顔になり、セシリアに「あ、ゴメンゴメンっ、ゴメンね!」と抱き締められると涙目でセシリアが見た映像に視線を向けた。
そこには敵艦ヴォルケニスが上下逆さまに反回転し、ゴーレム部隊を振り落としている光景があった。
「皆っ、今すぐ中に入って! 艦内放送っ!」
抱き締めた少年をあやしながら子供達共々急いでブリッジから締め出し、再度マイクを手に取る。
外からは子供達の泣く声が聞こえ、遅れて準備を終えた部下が「い、いつでも行けます!」と声を掛けてきた。
セシリアはこめかみを痛そうに揉んで深く溜め息をつき、一瞬の躊躇いの後、口を開いた。
「皆、ごめんなさい。敵の対応が早いっ、十分もないわ! さっきの指示は全部取り消しっ! 全員、持ち場に戻って自分の仕事をなさい!」
サンデイラ全体に不気味な静寂が訪れる。
数秒後。
少しの猶予すらないと伝えられた船員達はやがて口々に通信を送り始め、ブリッジ内はあっという間に人のざわめきで満たされた。
『そんなっ、こ、こちら医療室! 治療が間に合わないよ! もう何人も死んでるっ! 今だって死にそうな人が居るのに!』
『おいレドぉっ、ブリッジに馬鹿なのかって言えーっ! ……わ、わかってるっすよ! 怒鳴らないでくださいっす! ブリッジっ、補給も補修も無しにどうしろって言うんすか! 皆怒っちゃってるっすよ!』
『砲身が焼けてきてるぞっ! これ以上戦闘継続は不可能だ!』
『おいおいおいおい! さっき無茶な稼働させたろ! エンジンが変な音立ててっ……うわああっ、火が出始めたぁっ! このままじゃ燃えちまうよ! 最悪墜落だ!』
『『『『『せ、船長~っ!』』』』』
最後には涙声で勘弁してくれと言ってきた仲間達と泣きそうな顔で振り返ってくるオペレーター達に対し、セシリアの返答は非情だった。
「泣き言言うんじゃないっ! そんなこと言ってる暇があったら手を動かしなさいっ、足を動かしなさいっ! 泣きたいのはこっち! 私達の役目は時間稼ぎって言ったでしょう! 後少ししたら坊やが何とかしてくれるわっ! ヘルトやリュウ坊達だって来るっ! 少しの辛抱よ気張りなさぁいッ!!」
叫び過ぎて喉が枯れ、嗄れた声でも言い切ったセシリア。
その必死さは船員達を黙らせ、持ち場に戻らせた。
仲間の死に何より心を痛めているのは彼女で、変わり続ける未来を延々と見続けた彼女が自分達にどれだけ無茶を言っているのかわからない訳がないのだ。
一人、また一人と『長くは持たないからな』と渋い声の通信を入れ、切っていった。
それぞれに礼を述べ終わった直後、セシリアは苛々した様子で近くの椅子に蹴りを入れた。
「何なのよっ、何なのよっ……!! 私だってずっと能力使って寝不足で頑張ってるのっ! あの愚王があんなことしなければ……! 私に両目があればもっと上手くやれたっ、もっと安全にっ、誰も死なない未来だってあった筈っ……! このっ、このっ! はあっ……はあっ……」
幼少時、両目に別々の未来を映すことでより効率的に未来を予知していたが故に片眼となった現状が憎い。
両目があれば片方で未来を予知し、片方で現在を見て戦うという戦法も出来た。
しかし、それらの手段や未来は今は亡きシャムザ王に奪われた。
その王が治めていたシャムザを自分が守らなくてはならないとは何という皮肉か。
全てはレナやヘルトという家族の為、『砂漠の海賊団』という仲間達の為に。
そう思って行動してきたにも関わらず、未来は変わり続け、一向に平和が訪れない。
歯痒い。
そんな一言で済ませられるほど心中は穏やかではなかった。
オペレーター達もセシリアの想像も出来ない苦労を、軌跡を知っているからこそ八つ当たりしている彼女を止めようとしない。
「はぁ……はぁ……はぁ……ごめん、なさい。取り乱したわ」
と、セシリアが冷静さを取り戻した頃には彼等も落ち着いており、無言でサムズアップしてきたり、ニヤッと不敵に笑って見せたりと各々返事をした。
「深呼吸、だぜ! 船長っ!」
「何もかも一人で受け止めようとするのはアンタの悪いとこだ」
「死ぬ時は一緒だっ、いざとなったら死なば諸とも精神で特攻でもしようや! 流石の帝国だってこんなでけぇ魔導戦艦に突っ込まれたら面食らうだろうさ!」
国の為、家族の為、友人の為……理由はあれど、志は同じ。
セシリアはクスリと笑うと、いつの間にか濡れていた目元を拭った。
「馬鹿ね……生きて、皆で帰るのよっ。私達が死んだら王都の復旧は誰がやるの? これから先、国を守るのは? あんな愚王や豚王子が治めていた国よっ、まだまだひよっこのレナには任せられないわ!」
そうこうしている内にサンデイラはゆっくりと旋回し、再びヴォルケニスへと向き直った。
「艦砲射撃用意っ! 後は消耗戦よ! 弾が無くなったら突撃して白兵戦を仕掛ける! 死ぬ気でっ……いや、生き残るつもりで撃ちなさい!」
セシリアが調子を取り戻し、改めて艦内放送で呼び掛けた直後、オペレーターの一人にとある通信が入り、ビクリと肩を震わせた。
「船長っ!」
「……こ、今度は何よぉ?」
出鼻を挫かれるんじゃないかと不安そうな顔で問うセシリアの耳に入ったのは吉報だった。
「ああ伝えてやる! ったくキザなこと言うんじゃねぇよガキがよぉっ! 皆ぁっ、シキの野郎から通信が入った! 今上がってるところで、もう直ぐ乗り込むらしい!」
「何だって!? お、おうわかったっ! 船長っ、ヘルトとリュウの方からも後、三十分くらいで到着するってよ!」
二人のオペレーターが耳に付けている無線に聞き返し、報告する。
ブリッジ内は途端に喜色に満ちた声が溢れた。
「おおっ、マジで少しの辛抱じゃねぇか! やれるぞおいっ!」
「あいつら待たせやがって! 次会ったらぶん殴ってやる!」
「艦内の奴等にも伝えるぞ! 良いよなっ、船長!」
「え、ええ……」
一縷の希望が見えてきた。
苦しい戦いが続くと思った矢先にこれだ。
セシリアは無駄に入っていた力が抜け、同時に腰が抜けたことに遅れて気が付いた。
「っと忘れるところだった! 船長にシキから伝言だ! 艦内放送は……これで良いんだよな?」
「あん? 出来てっけど……何するつもりだよ」
シキと話したらしいオペレーターがニヤニヤした顔で艦内放送のスイッチを入れ、ブリッジ内の声を乗せる。
放送担当だった者は訝しげに頷き、セシリアに「良いのか?」と目を向けた。
そんな視線を向けられても、何をしたいのかが今一読めなかったセシリアは首を傾げるしかなく……
オペレーターは茶化すような声色と顔で告げた。
「何かよぉ……背水の陣? だとか根性入れるとか良くわかんねぇ言い訳してたけどよぉ……『姐さんのことだから焦ってんだろ? 安心しろ、俺が終わらせてやるから』だってよ! かぁ~っ、言うようになったなぁアイツもよお!」
隣の席の仲間の背中をバンバン叩き、彼等はガハハと笑い合った。
「あんの野郎っ、レナの嬢ちゃんとムクロとかいう美人な姉ちゃんが居るくせに俺達の船長まで口説こうってか!? 舐めた野郎だぜ!」
「ヒューヒューっ! 船長っ、ちょっと赤いぞ!?」
「んなこと言ってる暇ありゃさっさと終わらせろってんだばーろーめぃっ!」
ブリッジから聞こえてくる悠長な会話に再度クレームが入るものの、そのどれもが何処かニヨニヨしているような声で、何より嬉しそうだった。
それまで目を点にしていたセシリアは今度こそ噴き出すように笑い、「もう……格好付けちゃって……」と呟いた。
◇ ◇ ◇
――敵に取り付かれましたので、これより本艦はバレルロールを行いますわ! 死にたくなければ何かに掴まりなさぁいっ!!
ヴォルケニス全域、全兵の脳内にルゥネの声が響き渡った。
「退いてくださいまし!」とだけ言って乱雑に操舵手を突き飛ばしたルゥネを間近で見ていたココとアイも「いぃっ!?」と変な声を上げて近くの椅子に掴まる。
「う、嘘でしょルゥちゃん! 嘘って言ってぇっ! なんだったらボクが今からあいつら落としてくるよぉっ!」
「ちょちょちょちょちょっ! 無理だって無理だって! いやあああっ!」
二人の悲鳴も虚しく、ルゥネは高笑いしながら操縦幹をグルグル回し、固有スキルでスラスター調整の指示を出している。
――無茶は承知ぃっ! 関係ない方にも声届くかもですけど緊急時にて悪しからず! 後方、下方、左舷、上方スラスター担当者っ! これから私が伝えるタイミングでスラスター全開っ! 出来なきゃ死ぬだけですわあああっ!
「お~っほっほっほっほっほっ!!」
部下への声掛けの口調と内容が可笑しくなりながらも、さも楽しそうに高笑いを続け、宣言通り、操縦幹通りにヴォルケニスの船体が傾き始める。
急激な制動と左舷部を真下に滑らせるような動きに、艦内に居た全員の身体が浮き、前面の壁に叩き付けられた。
艦内の至るところで赤い染みと物言わぬ肉塊が出来上がっており、一部では潜伏して息を整えていたとある女侍やその女侍を圧倒したルゥネの友人、また更にその友人達が青い顔をして耐え忍んでいる。甲板に居た者は抗議する間もなく振り落とされ、落ちていく。
ブリッジ内ではココが鳥の爪を椅子に食い込ませて耐えており、「ぎゃああああっ!」と泣きながら飛んで来たアイをもう片方の鳥爪でキャッチ。必死な形相で両翼をはためかせていた。
その頭上を飛んでいき、「ぐへぇあっ!?」と血反吐を吐いて強化ガラスに激突したのは全ての元凶ルゥネ。打ち所が悪かったのか、後頭部からも流血しており、片腕はあらぬ方向に曲がっている。
が、指示は止まらない。
――いっ……たああぁぃっ! 予想外の勢いでしたわアハハハハハっ! 左舷上方スラスターっ、並びに右舷下方スラスターっ、最大威力で点火ぁっ!
オペレーターや駆動系に携わっている者はシートベルトのようなもので身体を固定していた為、途轍もないGに顔を歪めながらもルゥネの望んだ通りの働きをした。
直後、『山』の字の船体は左舷と右舷でそれぞれ上下逆方向に魔粒子の傘を放出。ヴォルケニスは前進しつつ半回転し、多少の減速と大量の死人、怪我人を代償に取り付いていたバーシスに揺さぶりを掛けた。
『うおっ、何だこいっ、うわあああっ!』
『あ、足が離れっ……!』
『全員両手も使って掴まれ! 振り落とされ……え? ぎゃあああああっ!』
流石のバーシスでも戦艦のバレルロールには対応出来ず、半数以上が落下。中には自身が撃った砲弾が跳ね返り、自爆した者も居た。
甲板から艦内に突撃していた者は特に悲惨で、格納庫内の壁に叩き付けられ、天井に叩き付けられ、機体そのものは激しく傷付くだけで済んだものの、パイロットは当然無事な訳がなく、コックピット内で激しく身体を打ち付けて死亡している。
更に、落下しているゴーレム達の中には飛翔していた筈の赤いシエレンも混じっており、特徴的なクワガタ頭が完全に潰れていた。
ヴォルケニスが半回転した際、両翼のどちらかに激突してしまい、コントロールが利かなくなってしまったのだろう。
外からもブリッジからも見える黒い煙と火の手。
墜落寸前といった様子のヴォルケニスから次々に茶色の巨人が振り落とされ、ひゅ~っ……と間抜けな音を立てて、砂漠目掛けて一直線に落ちていく。
「はああっ、痛っ快ですわああっ! してやったと思った瞬間、全てが無に還る! おーほっほっほっほ! 奴等の顔を拝んでやりたいですわねぇっ!!」
その様子をブリッジの強化ガラスにべっとりくっつきながら見ていたルゥネが歓喜の声を上げながら落下し、天井にべちゃあっと倒れ込んだ。
「い〝ぃ゛っ……たくなぁいっ! 嘘っ、ショック死しますわ! 痛過ぎるううぅっ! いぐっ……はっ、ハハハハハハハッ!」
極度の興奮で痛みが薄らいでいるのかと思いきや、思い切り苦悶の表情を浮かべ、脂汗をダラダラかきながら笑うルゥネ。
決死の虚勢。この程度の痛みと危機、笑って乗り越えなくて何が女帝かと言わんばかりの笑みだった。
そんな彼女にツッコミを入れる余裕すらないココとアイはその後ろで無言で掴まっていた椅子に抱き付いており、他のオペレーター達も青白い顔で固まっている。
「フーッ……フーッ……痛いですわ痛いですわあぁっ……! か、回復薬っ……んっく、んっく……んふふふっ、こ、これでぇっ!」
ジェットコースターに乗せられた高所恐怖症の人達みたいな雰囲気を醸し出している背後を気にすることなく、涙を流しながら痛みに耐えたルゥネは真っ赤なスカートの中から取り出した最上級の回復薬を飲むとふわりと浮き上がった。
ドレス型スラスター装備。
ルゥネが一から設計、製造したそのドレスの裏には極小のスラスターを大量に固定してある骨組みがあり、スカートだけでなく、肩や腹部まで覆ったソレはルゥネの身体を守る鎧としても機能する逸品である。
自慢の魔粒子装備を使い、逆さまになったブリッジ内でスカートを靡かせながら浮遊する彼女は再度固有スキルで意識共有空間を作り出すと指示を出した。
――もう良いですわっ! 一、二、三のタイミングで再び半回転! 損害状況を知らせてくださいましっ! いきますわよっ、一っ……二のっ……三っ!
ルゥネの声に合わせてヴォルケニスの左右の上下スラスターが再点火され、ヴォルケニスは颯爽と通常飛行へと移行。
最後のバレルロールで残っていた数機のバーシスも軒並み落下し、シエレンも一機だけ巻き込んで墜とした。
「まぁったくもうっ! やってくれましたわね! まさかここまで追い詰められるとは思いませんでしたわっ!」
今度こそ魔粒子で制動を掛け、叩き付けられることなく浮き続けていたルゥネは無事元の位置に着地すると、仁王立ちを再開してそう吐き捨てる。
続けて静かに「これは……負けましたわ……んふふふふっ……これが負け戦っ、ああっ、楽しい楽しいっ! 何でこう楽しいんですのっ?」と呟いた。
彼女の脳内だけに入っている部下達の状況報告から彼女は早々に敗北を悟ったらしい。
しかし、敗走や逃走という選択肢はない。
帝国臣民にとって、敗北は死だ。
それはルゥネも同じ。故に『逃げる』なんて言葉は存在しない。
蛮族足る彼女らがとれる選択肢はひたすら敵の喉元に食らい付くのみ。
その心を弁えているルゥネに迷いはなかった。
「それに、この感じ……あの光は……」
待ちに待った逢瀬の時が迫っている。
ブリッジの望遠モニターが捉えた接近する物体、人物の姿はルゥネの闘争本能を何処までも昂らせ、動悸のような心臓の激しい鼓動を呼び起こす。
「約束ですもの……私が直々にお出迎えしますわ……! 願わくば私を、死以上の絶頂へと導く存在であってくださいまし。ふふふふっ……これだからっ……これだから殺し合いは止められないんですわ」
パヴォール帝国の女帝ルゥネは上昇してくる紫色の光の主を見下ろすと、裂けたように笑うのだった。
昼頃読み返していて気付いたのですが、ライの妹の名前がレイになっていました。正しくはメイです。一応、ある程度修正しましたが間違ったままの箇所があったら申し訳ありません。
雷鳴の兄妹でメイにしたかったのに、レイって誰なんでしょう……いや、本当一か月くらい気付きませんでした。混乱させてしまってすいませんが、レイ=メイでよろしくお願いします。




