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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
181/334

第170話 ヴォルケニスにて その2

微グロ注意。



「あー……れ、メイっち?」

「……これはやり過ぎだろ」

「相手は女性二人で、しかも一人は子供……なのに……」



 圧倒的だった。



 ライの妹メイとそのパーティ……否、メイが撫子&スカーレットとの戦闘に参戦して一分もしない内に、勝敗は着いた。



 付いてくることしか出来なかった友人の三人は現在、引いたような顔でメイを止めようとしている。



 しかし。



「これは戦争だよ。殺し合いにやり過ぎなんて概念はないし、私だって女。ステータスやらスキルやら魔法やらがある世界で、性別を気にするなんてもっての他じゃない?」



 後ろの三人には見向きもせず、凍てつくような声で答えた瞬間、稲妻が走った。



「ぐあぁっ!」

「んぐぅっ……!?」



 メイの手元から雷速で迫ったピンク色の稲妻は二人の聖騎士の身体を貫通し、消える。



 撫子とスカーレットは歯を食い縛って耐えているが、衣服はボロボロ。肌は焼き爛れていた。



「何事も……そう、何事もね……相性があると思うの」



 再び電撃が走り、苦悶の声が漏れる。

 周囲には既に、肉が焼けるような臭いが漂っていた。電撃で焼かれ続けた撫子達の身体の臭いだ。



 トリガーハッピー、あるいは闘争心で燃え上がっていた帝国兵達までもが言葉を失い、動きを止める光景。



 それほどの差。



「貴女達じゃ私には勝てない。少なくとも、消耗しきっている貴女では絶対に。赤髪ツインテールちゃんに至ってはそもそも論外だね」



 スパッと言い切られた撫子とスカーレットは思わず苦笑してしまう。



 二人揃って息も絶え絶え、黒く焼け焦げる部位が出るほどダメージを負っており、電流を流され、痺れている身体はそれでなくとも言うことを聞かない。

 漸く動けるようになった頃には再度電撃を食らわせられ、撫子はスキルの使用限界から《再生》で回復するだけ、防御スキルすらないスカーレットは甘んじて電撃を受けるだけとなっている。



 相性と言われればそうなのだろう。



 そう納得してしまうほど劣勢だった。



「はぁ……はぁ……だ、だから拙者は……反た、いぐぅっ!?」

「口を閉じて。例えそれが下らない戯れ言や独り言だとしても、私は許してない」



 撫子を黙らせるように、再度稲妻が走った。



 ここまで圧倒的な強さで蹂躙しているにも関わらず、メイに傲りは見られない。



 寧ろ撫子が万全ならこうも上手く行かなかったと確信している節すらある。



 (まさに油断も隙もない相手、でござるな……しかし、この感じは……)



 撫子がふと隣を見ると、体力の限界なのか、スカーレットが紅白斧に突っ伏すようにして立ち上がろうとしていた。

 それを見た瞬間、視界が眩い光を捉え、齢十にも満たないスカーレットが倒れ込む。見れば比較的無事だったスカーレットの右脚に焼き焦げが出来ていた。立ち上がれないようにと電撃を撃ち込まれたらしい。



 (くっ……こんな幼子にまでっ……この徹底した容赦の無さっ……あの目はっ……)



 何よりも先ずメイの瞳。正確にはメイの瞳に宿る感情が、撫子には自分が良く知っている人間のソレと似ているように感じた。



「ま、まるで、シキ殿を相手にして……ぐあああっ!?」

「その耳は飾り? それとももう死にかけてて聞こえないの? 私は口を閉じてと言った。魔法は使わせない。言ったでしょ。例え貴女が魔法の使えない見た目通りの侍だとしても口を開くことは許さない。黙って死んで」

「っ……」



 いや、寧ろ彼よりも冷酷かもしれない。



 撫子は背筋を震わせながらそう思った。



 無論、シキに戦闘狂のスイッチが入っていれば同等程度なのだろうが、メイと呼ばれているこの少女は素の状態で、戦いを楽しむ訳でもなく、悲しむ訳でもなく、淡々と作業をこなすように終わらせようとしている。



 人を人と思っていない瞳。そこに人殺しに対する躊躇いは一切感じられない。

 まるで聖軍(かつての仲間達)が他種族に向けていたような、冷たい視線だ。



 それが恐ろしかった。



「貴女は魔法や回復薬無しで回復している。それは何かのスキル? それともそういう固有スキル? 変だね、すっごく変。貴女の固有スキルは全てを斬る力の筈。でも、普通のスキルとも思えない。魔力は感じられないし、回復薬を使う素振りもなかった。まあ……何にせよ、一度や二度で死なないってことは確かか。なら……」



 何処までもゾッとするような瞳が撫子を射抜く。



「貴女は何回焼けば死ぬの? さっきから貴女達を焼いてる私の雷は魔法じゃあない。固有スキルなの。だから永久に使える。……さ、貴女は後何回耐えられる?」



 顔は無表情には近いものの、完全な無ではなく、氷や冷徹な機械を彷彿とさせる。



 そして、恐怖を煽るわざとらしい説明と共に、杖も無しに両手から電気の塊のような光の玉を生み出し、バチバチと放電させているのもそれらに拍車を掛けている。



 (せ、拙者が手も足も出ないとは……)



 撫子から見ても、メイはまだ幼く、弱いように感じる。

 しかし、老人のように達観していて、強いようにも感じる。



 最早、万事休す。



 そう思われたその時。



「お、おいおいっ! そいつらは俺達の獲物だぜ!? 人の獲物を横取りすんじゃねーよ!」



 硬直していた帝国兵の一人が声を上げた。

 それに続くように、他の兵士達も不平不満や抗議を連ねていく。



「そうだそうだ! 大体、お前らの力が無くても勝てたんだぞ!」

「人が消耗させた獲物をっ、何て行儀のなってねぇガキだ!」

「あんたらのせいで、アタシらはおまんまの食い上げだよ!」



 勝手に力が抜け、膝から崩れ落ちた撫子は顔をしかめた。



 彼等は自分達でトドメを刺せないのが面白くないのだ。

 折角良いところまで追い詰めたのに、とそんな子供のような感情で味方であるメイを罵倒している。



 しかし、極寒を思わせる徹底した冷酷さを持ち合わせるメイに口答え等しようものなら当然――



「――ギャアアアアアアアッ!?」



 その強力な固有スキルは兵士達に向かう。



 メイの手元にあった電気の玉はいつの間にか最初に抗議した兵士の頭上にあり、微弱な……といっても、即死はしない程度の電撃を落としていた。



 撫子達ですらそこまで長々と食らうことはなかった電流は兵士の身体をあり得ない角度にまで反らせ、ゆっくりと焼いていく。



「アガガガガガガガガッ!」



 まさに感電している最中の兵士は身体から焼け焦げた臭いと放電する電気を放ちながら苦しみ悶え、やがて倒れた。

 ビクンビクンと痙攣しているものの、彼の瞳に光はない。確実に死んでいる。



「……はぁ。私はね、ルゥネさんの命令でここに来たんだよ。貴方達が使えないから。弱いから。役に立たないから。その意味はわかる? 良いよ、死にたい人は何しても。次何か言ったら殺す。身動きしても殺す。物音を立てても殺す。……わかった?」



 その声に怒りは一切なかった。あるのは強い呆れと軽蔑。

 当然、「何だと?」等と反発する者は現れる。しかし、十人二十人と銃を構える間すら与えられずに雷を落とされた。



 息を飲んだだけの者やほんのすこし身動ぎして物音を立てた者までもが等しく死んでいく。そうして死人の数が三十を越えた頃、漸く我に返ったメイの友人達が止めに掛かる。



「れっ、れれれメイっち! ダメだよ殺しちゃ!」

「あん中には知り合いも居るだろ!? なっ!? なっ!?」

「味方を攻撃してどうするんだよ! せ、せめてその力は敵に!」



 だが、三人の制止も虚しく、メイは無言で味方の兵を殺していく。



 その最中、どさくさに紛れて逃げようとしていた撫子と撫子に肩を抱かれて立たされていたスカーレットにも電撃が飛来した。



「んぎゃぁっ!?」

「がはぁっ!」

「逃がす訳ないでしょ」



 友人三人に羽交い締めにされても尚、メイは電気の玉から無数の電撃が放たれ、兵士達は勿論、撫子達までも貫く。

 どうやら見なくてもある程度は操れる能力らしい。



 (厄介な……)



 床に転がった撫子が苦虫を噛み潰したような顔で俯く。



 《再生》のスキルは体力の消耗が激しい。

 他のスキルを使う余裕がない故に、回復しているかと言われればそうでもなく、寧ろゆっくりと確実にスキル頭痛へと導かれている。



 そうなれば自動発動型の《再生》は働かなくなり、スキル頭痛とメイの電撃に挟まれることになる。

 死んだ方がマシと思うほどの苦痛を同時に味わった末に事切れる。そんな結末だけは何としても避けたかった。思わぬ援軍であるスカーレットも死にはしていないものの、既に虫の息だ。後数発でも電撃をまともに食らえば力尽きるだろう。



 (この戦……負けたやもしれぬ……この女子(おなご)の言う通り、スカーレット殿のようなタイプは相性が悪すぎる。せめて少しでも休めれば違ったでござろうが……)



 世界最強のジルに次いで物理最強とも言えるアリスと互角に戦え、場合によっては勝てるほどの実力者である撫子が『たられば』の妄想をしている。



 それはある種、諦めに近い気持ちが芽生えたことの証明。



 その撫子のマイナス思考を止めさせたのはスカーレットだった。



「ふぅ……ふぅ……全身が痛い、なぁ……ふーっ……ここまで、やられたのは……久し、ぶり……」



 先程撫子を黙らせたように、メイの電撃が何度もスカーレットの身体を焼く。

 しかし、スカーレットは苦悶の声を漏らし、ふらつきながらも紅白斧を杖代わりにして立ち上がった。



 そして、ゆっくりと、その幼い身体に斧を乗せて静かに言う。



「スーちゃんはね……狂、魔……戦士、なの……はあ……はあ……」



 既に意識がないのか、電撃を受けても呻き声一つ上げずにぶつぶつと呟いている。



「ま、まさかっ……スカーレット殿っ! 止めるでござる! それをしたら貴殿は……!」



 撫子の焦りように、一瞬メイの攻撃が止まり、兵士と友人達も固まった。



「はーっ……ハーッ……あはっ、あひっ、あはははははっ、アハハハハハハハハッ!!」



 狂ったように笑い出したスカーレットの瞳に黒目はなかった。



 白目を剥き、口の端からは涎を滴しながら、笑っている。



 その様子にメイは無言で腰の杖を抜き、友人達も武器を構えた。



 瞬間。



「狂……化アアアアァーーッ!!!!」



 断末魔のような叫びと共に、スカーレットの全身を赤黒いオーラが包み込んだ。

 続けて、「ウワアアアアアアアッ!! アアアアッ! ガアアアァァァァァーーッ!!!!」と獣のような声を上げる。



 ビシィッ……!



 満身創痍の筈のスカーレットが一歩踏み込んだ瞬間、超硬度を誇る筈の床にヒビが入った。



 そして、「何よりも不味いっ」といった青白い顔で走り出したのは撫子。



「逃がさないよ!」



 と、メイが電撃を放ち、転んでも血反吐を吐きながら立ち上がり、急いでその場から離れようとしている。



 何か不味い。



 それはその場に居た全員が本能で感じ取った感覚だった。



「くっ……!」



 ならばとメイは敵意も戦意も消失している撫子を捨て置き、スカーレットへとターゲットを絞った。



 それほどスカーレットの様子は尋常ではなく、撒き散らす殺気も滅茶苦茶だった。

 シキを容易に越える途轍もない殺気を、味方である撫子やメイ達、帝国兵、壁、床と方向すら考えずに放っている。



 その凄まじい殺気には何らかのスキルが乗っているのか、メイに怯えていた兵や逃げようとしていた兵はその場に倒れ、泡を噴いて痙攣しており、メイの友人三人は腰を抜かして座り込んでいるくらいだ。



「このっ! 死っ……なっ!?」



 メイの驚く声に思わず視線を向けた撫子は直ぐに後悔した。



 恐らくはスカーレットの片手横薙ぎ。



 スカーレットの身の丈ほどの巨大な斧がブオォンッとそら恐ろしい音を立てて振られ、スカーレットの腕がへし折れる嫌な音がその後ろに続いた。



 撫子が見たのはスカーレットの悲惨な腕と紅白斧が生み出した衝撃の波紋だった。



 その衝撃波はメイが同時に放った四つの電撃よりも速く飛来し、それらをかき消すだけに飽き足らず、「皆! 立って!」と咄嗟に友人達を掴んで逃げたメイの後ろ……メイへの抗議の為、横並びになっていた帝国兵達の上半身を軒並み消失させた。

 更にはその遥か後方の壁にすら到達し、巨大な傷跡を作り出している。



 代償としてはやはりスカーレットの左腕。思わず目を背けたくなるほどの大怪我だ。

 肩や肘といった関節はあり得ない角度に折れ曲がり、手首や肘からは骨と血が飛び出ている。その悲惨さは回復魔法や回復薬では完治しないだろうことを物語っていた。



 しかし、当の本人スカーレットに痛がる様子はなく、ひたすら獣のような雄叫びを上げるのみ。



「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」



 その場で生きている者全員が耳を抑えるほどの咆哮。



 感情や思考、理性の欠片もない狂人のソレ。



 おおよそ子供に出せる声ではない。



 一方、両手が塞がっていると能力が使えないのか、メイは牽制も攻撃もすることなく、三人の友人を連れて高く飛び上がっており、吹き抜けから廊下に続くドアを蹴破るようにして開けると乱雑に投げ付け、「逃げて!」と声を張り上げていた。



「で、でも――」

「――良いからっ!! 早く!」



 余程焦っていたのだろう。

 友人達の返答に被せるように逃走を促し、撫子を追っているスカーレットを睨み付ける。



「エセ侍っ! 仲間割れ!? それとも暴走っ!?」



 対する撫子は全身を冷や汗でびしょびしょにしながらメイに視線と「暴走でござる! 気絶させれば止まるっ、手伝ってほしいでござる!」という提案を返す。



 が、メイの返答を聞く前に、スカーレットは撫子目掛けて飛び跳ね、左腕で辛うじて掴んでいる紅白斧を遠心力で振り上げると、勢いそのままに床に叩き付けてきた。



 つい先程レベルとまではいかなくとも、《狂化》が乗ったのか、紅白斧は硬い筈の床にめり込み、撫子とメイをいとも簡単に吹き飛ばすことに成功。

 夥しい量の血を噴き出しながらのその攻撃はギリギリで避けた撫子を遠く離れた壁に叩き付け、降下途中だったメイを降りてきた吹き抜けに戻した。



「私の知ってる《狂化》と全然違うんだけど!」

「いっつ……か、彼女の《狂化》は特別なんでござるっ! 理性のない人間と理性のある人間ではパワーが違うでござろう!? 彼女は《狂化》すると理性が吹っ飛ぶんでござるよ!」

「脳が勝手に付けてるっていうリミッターを外してるってこと? そんなのっ……!」



 打ち付けた背中の痛みに悶絶しながら戻ってきた撫子との会話の途中、メイは電撃を放っており、また、全て弾かれていた。



 《狂化》で全身の力を底上げし、スピードの増強。更には理性のない状態……つまりは獣のような反射神経で斧を盾代わりにして防いでいるらしい。

 しかし、流石に全方位からの多数同時攻撃には身体が付いてこないのか、棒立ちで斧を振り回しており、メイも全力なのか、撫子に危害を加えることなく必死に両手を向けている。



「雷の速度で動けるなんて、この幼女化け物なの!? しかも電気、弾いてるし!」

「あの斧も特別製っ! 兎に角、気絶させれば良いんでござる!」

「それはそっちの都合だよ! この状況っ、殺すのが私達にとっての最善策! だから殺す!」



 互いの立場を考えれば二人とも正論なのだが、如何せん相手が悪い。

 異様に強力な《狂化》を使ったところで、所詮は防戦一方。撫子が見る限りらメイにはまだ余裕がある。故に撫子は抜刀の構えでメイを見据えた。



「っ……」

「貴殿の言う通り、相性というものがある。拙者ならスカーレット殿を安全に無力化出来るでござる。しかし、貴殿が彼女を殺すのであれば、今ここで斬らねばならぬ」

「はっ……一人はピンチでパワーアップ、一人は覚悟を決めた……嫌になるね、全く」



 スカーレットは理性がないので攻撃してきたメイに、メイは集中攻撃せねば止められないのでスカーレットに、スカーレットに死んでほしくない撫子はメイに己が武器を向けている。

 誰か一人でも欠ければ直ぐにでも殺し合いが再開されるであろうことは明白だった。



 ある種、三竦みとも言えるこの状況。均衡しているようで実は全く違う現状に、撫子とメイが気付いているのも事実。



 スカーレットは既に満身創痍かつ防御力を捨てており、撫子はスキルの使用限界が目と鼻の先まで迫っている。

 故に、スカーレットは一発でも直撃すれば倒れ、撫子はメイを斬るので精一杯といったところ。



 となればメイとしては意識のないスカーレットの体力切れを待ちたい。が、撫子のことも放置出来ない。



「誰かっ、そこの侍を撃って! その隙に殺る! 誰か居ないの!?」



 メイの声に反応する者ももう残っていない。



 大半はスカーレットによって気絶ないし退却しており、残りは先程メイが殺している。



「くっ……!」

「ふーっ……漸く一息、といったところでござるな……出来ればスカーレット殿が倒れた瞬間に仕留めたいが……」



 少しでも休みたい撫子が、防戦ならぬ攻戦一方で「しくったっ」という顔のメイを見てニヤリと笑った。

 メイの方もこれは不味いと撫子に視線を向ける。



 そうして、二人が目を合わせた次の瞬間。



 ヴォルケニスが大きく揺れた。



「っ、今度は何っ!?」

「今でござる!」



 戦艦そのものに何か重いものを乗せられたような、何かが降りてきたような揺れに、メイは思わずよろめいた。

 撫子はその隙を突き、最後の気力を振り絞って《縮地》を発動。スカーレットの背後に移動すると素早く首に手刀を落として気絶させると、彼女を連れて姿を消してしまった。



 撫子自身、揺れは想定外のこと。

 しかし、経験が物を言った。



 メイが足元の振動に気を取られた一瞬、視線も意識も撫子とスカーレットから外れた。

 その隙を見逃すほど、追い詰められたつもりはなかった。



「……ふ、やられた。今私を殺せた筈なのに……ルゥネさんゴメン。また鬼ごっこ……いや、かくれんぼの時間みたい。まあ当分は動けないだろうけど。それより……凄い揺れたね、何があったの?」



 メイが苦笑してルゥネ(女帝)に指示を仰いでいるのを物陰から見ていた撫子は激しく痛む頭を抑えながら気配を殺し、その場を去った。




 








 ◇ ◇ ◇



「おおっ、敵戦艦にゴーレム部隊が取り付いたぞ!」

「上手く乗り込めたようだなっ、よぉしっ、これで奴等の船が墜ちるのも時間の問題だ!」



 シキは近くで聞こえた騎士とナールの声で目を覚ました。



「っ……」



 相変わらず視界半分が見えないことに顔をしかめつつ、スキルの使用限界を確かめる。



 (この感じなら……思考系スキルは使えるな……《金剛》は……まだ一度使えるか使えないかか)



 それほど負荷が大きくない割に有能なスキルを使ったお陰で徐々に自身の置かれた状況に目が行き始め、やがて「は?」と間抜けな声を出した。



「む? おおっ、気付いたか! 先程の戦いは見事だったぞ! 私のお陰で傷もなく、魔力は全快している! わははっ、感謝するが良い!」

「失礼、現在回復薬と魔力回復薬の予備をマジックバッグに入れているところでして。あ、斧も拾って収納しておきましたのでご安心を」

「あ、ああ……」


 

 双眼鏡を持って笑うナールをまるっと無視し、腰元のマジックバッグに手を突っ込んでいた騎士に生返事をするシキ。

 しかし、やはり納得がいかなかったらしく、「いや何だこの状況っ!?」と戦時中とは思えないツッコミを入れた。



 現在、シキは王城跡地の通信本部でエアクラフト乗りの騎士の背中にロープで縛り付けられており、更にその騎士は片膝を付いて沈黙している飛翔型ゴーレム、シエレンの肩に乗っているという奇妙な状況に居た。

 見れば、隣の肩にもう一人エアクラフトを持った騎士が居る。



「どうせ貴様のことだから前線に戻るのだろう? シエレンで飛べるところまで飛び、そこからは騎士二人で送り届けてやろうと思ってな」



 そう笑うナールを見て、シキの脳裏にロケットエンジンという言葉が過った。

 要はシエレンとエアクラフト乗りの騎士二人は行きのみのタクシーなのだ。一機と二人でシキを敵戦艦まで連れていってくれる乗り物。



 流石に高度数百から数キロメートルを飛んでいる魔導戦艦の元に辿り着くのは不可能に近い。魔力も魔力回復薬も温存したい身としては特に、だ。



 しかし、シキと比べればそこまでの距離は飛べないにしろ、ゴーレム一機と騎士二人分の魔力、距離を詰められるのは大きい。



「クハッ……至れり尽くせりだな。んじゃまあ……帝国の女帝さんとこにお邪魔するとするか」



 近くで全身をグルグル巻きに拘束されているテキオを横目に、シキは嬉しそうに口角を上げた。



「……その状態で何を格好付けているのだ貴様は。締まらないな、全く」

「煩ぇよっ。お前がそうさせたんだろうがっ」



 数秒後、ナールから振ってきた会話は確かに締まらない内容だった。



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