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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第169話 シキVS転生者 決着

一応、グロ注意です。



 シャムザの空で、離れていた紫と薄い赤色の光が衝突する。



 衝突と同時に発生した耳をつんざく剣戟の音は衝撃となって王都の大気を揺らし、シャムザの象徴とも言えるオアシスの水面を激しく震わせており、所によっては地面の砂すら揺れ動かしている。



 オアシスの直ぐ上で行われていたシキとテキオの戦いは王都や崩れ落ちた王城跡地から見れば魔粒子同士の衝突でしかない。

 しかし、目が肥えている者、遠視系のスキルを持つ者ならばエアクラフトに乗った黒い鬼がこれまた黒く禍々しい斧を、スラスターで浮いている赤茶髪の若い男が大剣をぶつけあっているのがわかる。



 一振り、二振り、三振りと、互いの獲物を最大限振りかぶり、叩き付ける。



 どちらかの体勢が崩れた途端、背中を押すように急加速して追撃し、崩れた方は全身から魔粒子を出して体勢を整え、迎え撃つ。



 体勢を崩され、吹き飛ばされるのはややシキの方が多いが、空へ、後ろへ、オアシスへ互いの身体がどこまで飛んでいこうと背中のスラスターから凄まじいまでの魔粒子を放出して制動を掛け、衝撃を殺す。それどころか加速し、再び激突する。



 やがてスキル使用限界や武器の寿命等、それぞれの理由で大きく離れ、助走を付けての衝突がなくなり始めた頃。



 少しずつシキが押され始めた。



「シャアアアアアアアッ!!!」

「はああああああああっ!!!」



 負けじと雄叫びに雄叫びで返しながら獲物をぶつけ、鍔迫り合いに持ち込んだ二人がここに来て再び睨み合う。



「さっきからうるせぇんだよクソガキがぁっ!」

「テメェはさっきから辛気臭ぇんだよオッサンッ! 毎度毎度テメェの顔拝む身にもなりやがれっ!」

「おまっ、顔は関係ねぇだろ顔は!」

「ぐっ、おおおおおっ……相変わらずの、馬鹿、力っ……!」



 背中や脚から魔粒子を噴き出し、身体を押すようにしてギリギリと獲物を擦れさせる二人。

 しかし、やはりシキの方が負け気味で、少しずつではあるが後退しつつある。



 余程力が入っているのか、いつの間にか仮面の形を変え、口元が露にしていたシキからは歯軋りが鳴っており、テキオは気怠そうな顔から一転、目は見開き、唾を飛ばして怒鳴っている。



 そんな、互いの手が震えるほどの力のぶつけ合いの最中、ゴンッと鈍い音が響いた。



 どちらからともなく頭突きをしたらしい。

 だが、シキにスキルと仮面があるように、テキオには一万ものステータスがある。故に二人は額から血を垂らしながらもどちらかが押す、押されるということなく鍔迫り合いを続けていた。



 また、至近距離どころか額と額をあてがいながらも、二人の口撃、戦いは終わらない。



「どうした弱ぇぞっ、魔力切れかぁ!?」

「スキルの打ち止めだっ、テメェこそ武器がボロボロじゃねぇか!」



 自分と同等程度に戦える存在を内心訝しんでいるらしいテキオに、シキは刃こぼれだらけで今にも折れそうな大剣を睨み付けて言う。

 反動ダメージを半減する魔剣である黒斧を以てしても、テキオに打ち勝つことは出来ない。衝撃を殺す《金剛》も幾ら負荷が少ないとて使い過ぎている。限界はかなり近いように思えた。が、それと同じようにテキオの武器が悲鳴を上げているのは一目瞭然だった。



「んなこたぁ……わかってるっ……よっ!」

「ぬおっ……!?」



 百も承知と言わんばかりに、テキオはスラスターへの魔力供給を切り、身体の力を抜いた。

 そうして前のめりになったシキを懐へ招くと間髪入れずに膝蹴りを繰り出してくる。



 対するシキは寸前で手甲を盾にしたが、受けた瞬間、肩は脱臼、直撃した部位と肘付近の骨は衝撃で折れ、自身の腕に押された肋骨も何本か持っていかれた。



「ぐぎっ……はぁ……っ……!?」



 堪らず肺の中の空気と血反吐を吐くものの、こちらも魔粒子の放出を止めたので、抵抗することなく後ろに吹き飛んでいく。



「かったっ!? いってぇっ……けど、よっしゃっ、やっと当たっ――」



 テキオが膝を押さえ、そう喜び掛けた直後。

 狙ったように三本の爪斬撃が飛来した。



「――っ……や、野郎っ、折れた腕でっ……!」



 テキオの驚いたような視線を一身に受けながら後退していたシキは背中を水面に向け、スレスレの高さを維持したまま低空飛行を続けるという離れ業を披露。

 神懸かったエアクラフトと背中のスラスターの加減調節技術に、テキオが更に目を剥いて驚愕しているのがわかる。



「く……クハッ……内臓までやられたかっ……やっぱっ……右の手甲も奪っときゃ……」



 「どうだ、すげぇだろ?」という見栄だけで頭の中を貫くような激痛に耐えつつ、口からは後悔の念を吐き出し、()()()から右手で取り出した短剣を投げて牽制する。



 ミサキに拾われてしまった右の手甲があれば、態々折れた左腕を使うことはなかった。

 実際、魔粒子で無理やり動かしただけで威力は半減しているので精々が素手で弾くテキオの皮膚をほんの少し傷付ける程度。短剣に至っては牽制にすらなっておらず、元より斬撃を受け止めていることもあって血塗れなので、ダメージや違いは当然見られない。



「確かに凄かったけどよぉ……! ああっ? どうしたっ、今ので終わりかよっ!」

「やろうと思えば出来るってだけだバカ野郎っ……! 痛ぇん……だよッ!」



 再度迫ってきたテキオの視界を潰すべく、真下の水面にエアクラフトを当てて水飛沫を作り出す。

 勢い余って体勢は少々崩れこそしたが、狙い通りテキオの顔面に水飛沫を当てることに成功した。



「っと……」

「わぷっ!? こ、この程度でっ!」



 テキオの程の実力者が一瞬の目潰し程度で止まる訳がない。



 シキは半ば確信に近い予感を信じて素早く体勢を戻すとエアクラフトの先端を斜め上に向け、急上昇。灰色とも黒ともとれるボード型のエアクラフトは唸り声のような妙な音と魔力の粒子を吐き出しながら上昇していく。



「くっそっ……!」



 後ろ、というより後ろ下の方から、スラスターの特性や体勢的に急上昇に付いてこれなかったらしいテキオの苦虫を噛み潰したような声が聞こえたので、「クハッ、スラスターは機動性がねぇんだよ馬鹿がっ!」と笑ってやると一気にスピードを上げ、距離を離した。



 テキオは背中から飛び出るように装着している四つのスラスターと太ももの二つ、最後に自力で出した魔粒子ジェットで飛んでいる。

 対するシキは乗り物であるエアクラフト。馬鹿げた魔力量でごり押ししているだけで本来、持続力、機動性、速度と全てにおいてシキの方が有利なのだ。



「ふーっ……」



 水面から二十メートル程上がったところで上がってくるテキオを一息つきながら睨みつつ、()()()()()()左腕をチラリと見る。



 (……くくくっ、やっぱナールの能力は使えるなっ……! もう動かせるくらいには治ってやがる!)



 ナールの【責任転嫁】の効果範囲はナールの視界そのもの。つまり、ナールの視界にすら入っていれば回復出来る。

 そして、そのナールが居るのはオアシスの中心に位置する王城跡地。ならばオアシスから離れなければ問題はない。



 お陰で戦闘に限らず、飛行する為に常に消費している魔力も、ダメージも常時回復している。



「《金剛》の使い過ぎでスキル頭痛が来る寸前なのは痛いが、な……ま、想定内だっ」



 言うや否や、黒斧を真上に放り投げ、エアクラフトのスラスターを全開にし、足先の固定を外す。

 シキの腕力と魔力が乗った、爪と爪長剣同様、相棒とも言える黒斧とエアクラフトは凄まじい勢いで上空へ上がっていった。



「武器と足をっ! 血迷ったかぁっ!」



 テキオの声が間近から聞こえる。

 いつの間にか追い付いていたらしい。



 既にシキの真下まで来ており、大剣を振りかぶっている彼と目が合ったシキは思わずといった様子で口角を歪める。



「いいや? ただ、トドメ刺すのに邪魔なだけだ」



 静かにそう呟き、身体の前面から魔粒子を逆噴射。エアクラフトから飛び降りたこともあって減速していたシキはくるりと反転すると背中のスラスターをフル稼働させ、急速にテキオに迫った。



「っ、正面から!? いいぜっ、俺の大剣が壊れる前にカタぁつけてやる!」



 何やら勘違いし、「この一撃に賭けるっ」みたいな顔のテキオを無視し、更に加速。追われる側のシキは急速反転加速、追う側のテキオは気にせず追撃に移っていたので大剣の間合いからは早々に外れ、シキとテキオはみるみる内に激突コースに入る。



「なっ……!?」

「クハッ!」



 テキオが驚き、シキが笑った次の瞬間、二人は正面衝突し、シキがテキオに抱き付く形でぶつかった。



「ぐふぅっ!? ってぇなぁオイ! 汗でヌメって気持ち悪ぃしよぉっ、クハハハハ!」

「ぐっ……な、にをっ!?」



 両脇を持ち上げるようにして腕を絡めた為、身動きが取れないテキオは胸元で笑っているシキを睨む。

 シキはそこから魔法をぶつけるでも短剣を突き刺すでもなく、より拘束を強めて言った。



「やっぱよぉ……どんなに強くても所詮は人間だからなテメェ……人間なら弱点はそれなりにあるよなァ……!」

「っ! 腕の傷が治ってるだと!?」



 自分を倒す策を思い付いたと抜かす隻眼の黒い鬼が密着した状態で裂けたような笑みを浮かべる。



 さぞ恐怖心を、焦燥感を煽ったことだろう。



 その鬼が明らかな怪我を魔法や回復薬の使用せずに完治させているのだから尚更。



「っ……」



 咄嗟に焦ったような顔で体勢を変えようとするが、シキが両脚を下半身に絡めているので、それも容易ではない。



 密着した状態で両手両足を縛られており、簡単に振りほどけないならどうするか。



 テキオはシキが予想した通りの行動をとった。



 即ちスラスターで加速し、やたらめったらに暴れる。



 どうせ密着していれば大したことは出来ないし、思い切りやれば拘束は解ける。



 そんなテキオの考えが読み取れる行動だった。



「クハハハハハッ! 馬鹿が馬鹿が馬鹿がよおっ!!」



 オアシスの上でぐるぐる視界と身体が回る中、こうなったら離れさえしなければ良い、とシキは少しだけ拘束を緩めてテキオのスラスターを握り締めると、思い切り上に向けた。



「んぎぃっ!?」



 太ももの方も脚で押したので、流石のテキオからしてもそれなりに硬い金属が皮膚に食い込み、変な声が漏れる。

 そして、テキオの武器とも言える強力な魔粒子に押された二人の身体は途端に降下を始め、オアシスに着水。ドボオォンッ! と盛大な音と水飛沫を上げた。



 これを狙って背中から落ちたシキとは違い、十分に空気を吸い込んでいなかったテキオは顔面から落ちたこともあり、鼻と口に少なくない量の水が入ったらしい。



「がぼ、ごばばばっ!?」



 と、多少残っていた大切な空気を全て吐き出し、どんどん水を飲み込んでいる。

 しかし、混乱していてもスラスターを抑えられている以上、魔粒子を出せば更に水中に潜らされると思ったのか、スラスターは切っていた。



 (人間だからなァ! 息はしてぇよなぁっ!?)



 着水の瞬間、すぅっ……と酸素を取り込んでいたシキは逃がさんと言わんばかりに絡み付けた四肢から魔粒子を出し、出来る限りの速度で移動を始める。



 ただでさえ溺れかけているテキオからすれば最悪の一手。



「ごぼぼっ!? がばばぼばっ!」



 当然、ジタバタと途轍もない力で暴れるがステータスで負けていても脇は固めてあり、脚もほぼ固定しているので蹴りが当たることはない。

 本気の抵抗も虚しく、テキオはどんどん水底に沈んでいく。



 (っ……これまでの戦闘で俺も息切れてたからっ、ちょっとキツいっ……!)



 とは思うものの、テキオが相手なのでギリギリまで引きずり込む。



 経験のない水中戦と思えばまだ笑えるので余裕はある。



 もう少し……後少し……まだ耐えられる……。



 やがてシキ自身の意識すら危うくなり掛けてきた頃、完全に溺れたのかテキオの動きが止まった。



 見れば白目を剥いて気絶している。



 しかし、今からトドメを刺すには息が続かない為、仕方なくテキオから離れ、浮上した。



「げほっ、げほっげほっ! はぁっ……はぁっ、はぁっ……! 上手く引っ掛かって、くれるとっ……はぁ……はぁ……! 良いんっ、だがっ」



 戻ってくるのに思った以上の時間が掛かったことで息が上がり切り、クラクラするが水を吸って予想以上に重くなった服に驚きながらも何とか声を絞り出す。

 


「ナァールぅっ! はあっ……はあっ……後は魔力だけで良いっ! 回復頼んだああっ!!」



 最後の《咆哮》を使った。



 体感から察するに、スキル頭痛まで《金剛》一度分の猶予しかない。

 それも常に使っている思考系スキルを切ってのこと。



 発狂の影響で思考系スキル無しではまともに働かなくなってしまった脳が途端に鈍くなる。



 (うぐっ……!? こ、これ、はっ……想定、外……)



 痛みのようにも感じる、靄が掛かったような頭を押さえ、激しく息を荒げながら魔粒子ジェットで水面に立つように浮く。

 水面が人を浮かせるほどの魔粒子に押されて波立ち、シキを中心に渦が形成された。



「はーっ……はーっ……はーっ……!」



 そして、魔力が回復し始める前に魔法鞘から深紅に輝く刀剣を抜き、チャポン……と水面に突き刺す。



 イメージするのはジンメンを大量に殺した時。

 暴徒シレンティにトドメを刺した時のこと。



 最後だ、気張れっ……と。

 自身に発破を掛けて呟く。



「フーッ……フーッ……行くぜ駄目押しっ……!」



 次の瞬間、師から貰い受けた刀剣に魔力が注ぎ込まれ、太陽の如き光を発し始めた。



 超高温の炎の剣。



 刀剣の先から赤とも透明ともとれる炎が水中に発現し、数秒もしない内にブクブクとオアシスの水面が煮立っていく。



「か、仮にも最強と……自称する、テメェが……はぁ……はぁ……これで終わる訳、がないっ……ふーっ……熱いのは表面だけだ……流石に、オアシス全体は温められねぇ……水蒸気爆発でも起きたら……堪ったもんじゃないからなァ……!」



 これで全ての布石は打った。



 そんな笑みを浮かべると、シキは刀剣を魔法鞘に納め、上昇した。



 数秒後。



 やはりと言うべきか、テキオが噴水のように周囲の水を巻き上げながら出てきた。



「ぷはあっちいいいぃっ!?!?!?」



 息もしたいし、熱いとも叫びたい、を地で行った彼は待ち伏せていたシキを見て盛大に顔を引きつらせた。



 シキが自身すら溺れ掛けるくらい深く潜ったのはトドメを刺し切れなかった、という演技に信憑性を持たせる為。



 水面で態々息を整えていたのはオアシスを温めるだけでなく、波や泡立ちから自身の位置を自分に把握させ、油断しきってそこで息を整えているのだと錯覚させる為。



 そして、それらは全て、自分に確実なトドメを刺す為。



 それを悟ったらしいテキオは「はぁはぁっ、ざけ、ん……はぁっ、なぁ!」とだけ言って大剣を構えた。



 と、その時、少し離れた位置に先程シキが投げた黒斧が落ちてくる。



「おぃ……お、い……これも……見越し……て……か……よおぉ!」



 最早乾いた笑いしか出ないといった様子で、テキオは急上昇を続け、シキは「クハッ」と口角を上げると背中のスラスターで急降下を始めた。



 最後の正面衝突。



 それは一目瞭然だった。



 故にテキオも覚悟を決めた顔で吠える。



「幾ら自慢の斧でもっ……俺の剣をっ、受け止め、られるかああああああっ!!」



 対するシキも手を伸ばせば届く距離に落ちてきた黒斧に……



 ではなく、腰の魔法鞘に手を伸ばした。



 瞬間、短剣の鞘にしか見えない魔法鞘から鞘に収まる筈がないほど巨大で、大きく湾曲した珍妙な剣が現れる。



 名をショーテル。



 刀身が三日月のようになっているその剣は湾曲した刀身が大剣に当たる前にテキオの右肩に直撃した。



「ぐああああっ!?」



 素材として、こちらもジルの爪が使われているので斬れ味、硬度共に折り紙付き。



 肩に食い込んだ剣先は肺に到達したのではないかと感じるほど深々と刺さっており、テキオの身体もその衝撃によって降下させた。



 当然、肩の力が抜け、横薙ぎに振られていた大剣はテキオの手元から離れるものの、慣性の法則で振り切られる。



「っ……ハッ……!」



 人を斬ったという確かな手応えにコンマ数秒遅れで自慢の初見殺し剣(ショーテル)に衝撃が走り、次いで目にした光景をシキは鼻で笑った。



 狙った訳ではなかった。



 ただ、事実として大剣はショーテルに当たった瞬間、無惨に砕け散り、その破片がシキの真横を通り過ぎていった。



「完敗……って、こと……かよっ……」



 今更になって、シキが事前に幾つもの種を撒いていたことを思い出したらしく、テキオが苦笑いしながら言った。



「ああ。だが、これが俺の全てだ。()()()使える手札はもう無い。お前一人に全て使い切った。クハッ、この化け物が……」



 ナールの固有スキルによって回復し続ける筈の魔力が回復速度を上回り、底を突いた。



 シキは心底から感心と感嘆の声を漏らしていた。

 一種のゾーン状態に入っていたのか、それまでの重たい頭とは違ってハッキリとした意識があった。



「「…………」」



 ほんの一瞬、静寂が二人を包む。



 やがて無言で睨み合う二人が重力に引かれ始めた頃。

 テキオが口を開いた。



「へ……へへ……まあ……多少でも……消耗、させられたんなら……仕事はした、ぜ……ひ、め…………」



 そう言って意識を失い、墜ちていく。



 引っ張られるようにズルリと肩の傷口からショーテルが抜け、その重さに耐えきれなくなったシキも力無く墜落する。



「っ……も、もう……何も、出来……ねぇ……姐さん、撫子……少しの間……頼ん、だ……」



 綺麗なオアシスの水面に帝国最強の男の鮮血が広がる。



 そこへ墜ちたシキもまた、テキオの後を追うようにして深い水の底に沈んでいった。



 しかし、彼は意識を失う直前、ナールと他の兵士達の声を聞いた。



「何処へ落ちた!? 早く私の視界に!」

「あ、あそこですっ!」

「くっ……水温がとても高いっ、何をしたらこんな……!」

「良いから突っ込め! エアクラフトがあれば泳げなくても何とかなる! 引っ張り上げるんだ! 多少の火傷も私なら直ぐに治せる! おいっ、ありったけの回復薬を! ええいあの馬鹿っ、体力配分というものを知らんのか!」



 耳に水が入り、聞き取り辛かったが確かに聞こえた。



 (クハッ、好き勝手言ってくれる……配る余裕があるように……見えたのかよ……この、馬鹿……王子……が…………)



 聖軍の時とまではいかなくとも、かなり疲労。



 何処か憎み切れないレナの兄ナールの声に緊張の糸を切られたシキはほんの僅か頬を緩ませると意識を手放した。



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