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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第168話 ヴォルケニスにて



 シキとテキオが王都内で激しい戦いを繰り広げる一方、一人敵艦ヴォルケニスに向かった撫子はサンデイラとヴォルケニスの艦砲射撃が飛び交う戦場を横断し、甲板上に降り立っていた。



「近くを飛んでいる時も思ったがこれは……サンデイラとはまた違った感じがする船でござるな」



 『山』の字型のヴォルケニスの左側に着地した時、彼女は中心のブリッジの中で堂々と仁王立ちしていたドレス姿の少女と目が合っている。



 恐らく先程の娘が女帝だろうと当たりを付け、静かに気配を消す。



 (シキ殿レベルの手合いなら二戦は出来るでござろうか……して、そのシキ殿は……む? 一体何処へ……まさか王都ではなかろうな)



 冷静にスキル頭痛が来るまでのスキルの使用限界を探り、喧嘩別れしたシキの方を見たのだが、何処を見渡しても見つけられない。

 しかし、視界の端に王都のオアシス辺りで水面の照り返しとはまた違う、チカチカとした剣戟のような火花を捉えたので、そちらに視線を向けて注視してみると、その火花が見える度に水飛沫が舞い上がっているように感じた。



 流石の自分でも見えない距離に目を細め、辟易しつつ、「気のせい……そう、あれは気のせいでござる」と思ったところで首を振る。



 (いや、そもそもあんな(いくさ)馬鹿のことはどうでも良いでござるな。拙者は拙者に出来る働きをせねば……)



 サンデイラと違って手すりのない甲板に少々戸惑いながらも、身を翻して扉の方に歩き始めた。



 ヴォルケニスは現在進行形でサンデイラと交戦中である。

 エアクラフトでの飛行中と変わらず、撫子は目の前や身体の隅を掠めながら横切る弾丸や砲弾に意識を奪われることなく、更に掠めることはあっても直撃することなく、ヴォルケニス内部へと潜入した。









「……おかしい」



 撫子がヴォルケニスの内部に入って既に五回の襲撃があった。

 戦艦の外見上、道筋はイメージ出来る。ブリッジのある中心に向かうべく、角を曲がった辺りで彼女はその歩みを止めていた。



 斥候一人、回復魔法を使える者一人に自動小銃を持った者が四人で、計六人の部隊が編成されているらしく、三十人を斬っているのだが、奇妙なのは彼らが常に無言だったことや時折見せる不可解な仕草だ。



 鍛えに鍛えた隠密系のスキルを使っているにも関わらず、敵は彼女の潜伏している位置を最初から知っていたように悉く探し当て、銃撃してくる。

 それは良い。部隊の中に位置探知に長けた者が配備されているか、何らかのスキルで常に位置をマークされている可能性もある。



 しかし、一度姿を現してから再び潜伏すると、彼らは確かに撫子を見失うのだ。

 顔に冷や汗のようなものを流しつつも無言のまま周囲を見渡し、ある一定のタイミングで全員が急にハッとした顔でこちらに振り向く。



 まるで、そこに居るぞと教えられたように。



 更に奇妙なのは彼らが全員、無線の魔道具を身に付けていないということ。



 全員同時に気付く、というのがヒントだ。



 そう考えた撫子は時折《縮地》を使ったり、本気で潜伏してみたりと試し、理解した。



 (位置探知……あるいは遠視系の固有スキル所持者が居るのは確定……そして恐らく、それを伝える無線役がもう一人。位置の特定と伝言の固有スキル……敵の腹の中でこれまた厄介な……)



 それに加えて、銃で武装した部隊の強襲。



 それほど広くない廊下内で、隠れてやり過ごすことも出来ず、敵と鉢合わせれば銃弾の嵐。

 アリスやリュウならまだしも、シキであれば一瞬で蜂の巣である。



「まあ何事も相性ということなんでござろうが……っと」

「ぐがっ!?」

「こ、いッ!?」



 砂地や空中とは違い、ヴォルケニス内では神速の抜刀術がフルに使える。

 前に居た二人には武器を構える暇すら与えず首を跳ね、残った四人は返す刃で殺られたと気付かせることもなくバラバラに斬り刻んだ。



「これで三十と六……休憩を挟む間がないのは狙っているんでござろうなぁ……強力な武器を持たせた者にノータイムでの指示出し……厄介極まる相手でござる」



 援軍が望めない寂しい戦場で一人呟き、再び走り出す。



 そうして休憩無しで襲われつつ、数分が経った頃。



 何故か壁にぶち当たった。

 厳密には曲がり角。『山』の左側の角から一直線に進み、右側の角に着いてしまったらしい。



 道中、扉は幾つも確認したが、中心のブリッジに向かう筈のT字路は見掛けなかった。

 


「通り過ぎた……? いや……無視してきた扉はどれも小さかった……サンデイラのブリッジの扉のように大きいものは何一つ……」



 ならばと来た道を戻るものの、やはり見落としはない。



「…………」

「ぐぎゃっ!」

「撃っ……てがぁっ!?」



 通り過ぎ様、現れた六人の首を連続で跳ね飛ばし、何事もなかったようにスタスタと走り続ける撫子の顔に、若干の焦りが見え始めた。



 (このままではスキル頭痛が……本気で戦えるのはもう一戦程度……せめて少しでも身体を休められればマシなものをっ)



 固有スキルなら頭痛には何の関係もない為、怪しい扉を斬ってみる。

 が、やはりどれも廊下には繋がっていない。



「む? ここは……」



 角と中心辺りの部屋でとても狭い、何の部屋なのかわからないものがあった。



 戻ってきた左側の角で、その部屋を物色していたところ、ガコン……と部屋そのものが動き出す。



「この感じ……下に降りている……? ……そうかっ、上下に動く部屋! これなら階段がなかったのも頷けるっ」



 エレベーター。



 シキやアリス、リュウならば用途も使い方も、撫子の言う狭い部屋を見ただけでわかっただろう。



 しかし、日本人の血が混じっており、日本語が話せる以外の地球の知識がない撫子にはわからない。



 その為、下降し始めたエレベーターに驚き、思わず腰の刀に手を伸ばしたのだが、結果としてそれが功を成した。



「…………あー……何て言うかその……う、嘘でござろうっ!?」



 扉を斬ってしまったので四方の内、一方向は丸裸。

 ゆっくりと下に向かっていた部屋がガタンっと音を立てて止まった時、本来あった筈の扉の先に何十人の兵が銃を持って待ち構えていた。



 絶望的な危機につい言葉を失い、遅れてブワッと変な汗が噴き出す。



「全体ーッ!! 撃てええぇぇっ!!!」



 号令と共に引き金が引かれ、所狭しと構えられた自動小銃から弾丸が飛び出た。



 瞬間、咄嗟に抜刀して頭部に迫る全てを弾き、神速の体当たりを仕掛ける。



「ぐっ!? おおおおおぉぉっ!!」



 おおよそ二十歳前後の女性と思えぬ声を発しながら雨のように降り注ぐ弾を一身に受け続け、何とか前方の兵にぶつかる。

 同時に、使える全てのスキルを全力で活用し、後ろまで密着していた兵達を押し倒した。



「うわっ!?」

「なんっ……こいつ!」

「女ぁ!」

「このっ、どけよお前らっ!」

「落ち着けぃ! 体勢を整えて再び一斉射だぁっ!」



 撫子と味方に挟まれた兵はあまりの威力にトマトのように潰れて赤い液体を撒き散らし、後ろの兵達は揃って吹き飛ばされる。



 血肉を浴びて驚き固まる者、咄嗟に銃を構える者、激昂する者、味方に乗られて蹴りを入れる者。そして、号令を掛けた指揮官のような者。

 二十人は居るだろうか。その全員が訓練されているのか、怪我のない者はキビキビとした動きで立ち上がり始める。



 幸いだったのは兵達が待ち構えていた空間がとても広かったこと。



 お陰で押し倒した兵達を蹴るように《縮地》を使い、速やかに移動出来た。



「はぁっ、はぁっ……! しっ、死ぬかと……思ったっ、でござる!」



 左頬は裂け、右耳は千切れている。

 身体に至っては数えられないほど穴だらけ。



 一瞬にして致命傷を負わせられながらも、何とか危機を脱することに成功した撫子は激しく息を乱しながら回復に努める。



 (この傷っ……全回復まで大体、十五秒!)



 《再生》のスキルで、時間が巻き戻るように傷口は塞ぎ、癒え、瘡蓋となり、歯が見えていた頬も千切れた耳も生えていく。

 当然、身体中の弾痕もだ。



 サンデイラや遺跡の格納庫を思わせる開けた場所を縦横無尽に跳ね、《縮地》と《空歩》で時間を稼ぎつつ、憎々しげに悪態をついた。



「いっ……たいっでござるなぁもう~~っ……! だから嫌だったんでござるよ!」



 撫子の意思に反して弾丸が体内に残っている部分も傷が塞がっていくので、指を突っ込んで次々と引き抜き、あまりの激痛に思わず動きが鈍るのを意地と根性で堪えて何とか敵の猛攻を回避し続ける。



「痛い痛い痛いぃっ!」



 涙目で壁を蹴り、空を蹴り、目で追うのも一苦労な速度で飛び回る撫子に先程の二十人とその他各所に居た兵達が銃を乱射する。



「奴は負傷しているっ、撃て撃てぇ!」

「野郎っ、再生してないかあれ!?」

「黙って撃つ! やられるぞ!」

「化け物がぁっ!」



 中には転生者なのか、一瞬にして鉄の網を造り出し、投げてくる者や無詠唱で『火』や『土』の壁を創造。逃げ場を奪ってくる者も居た。



 とはいえ、如何せん撫子は速い。



 弾丸やロケットが飛び交う中、全てが見えているかのように身体を反らし、頭を下げ、側転をしてそれらを躱している。



「ここまで来て死んでたまるかあああっでござるぅっ!!」



 申し訳程度にござるを付けた悲痛な叫びを上げつつ、スキル頭痛までの猶予を気にすることなく回避に徹したお陰か、撫子はどうにかやり過ごし、身体の傷を消すことが出来た。



「はぁ……はぁ……ちょっと、厳しいっ……」



 肉を抉りながら体内に残っている弾丸を取り出し、防げるものは全て斬り落とす。弾丸やロケット、ミサイルは斬っても自分に向かってくるか、爆発してしまう為、弾くかその場から離れるかして避けるものの、魔法や矢、更には無防備な兵まで瞬く間に斬り伏せていく。



 まさにヒット&アウェイ。逃げては斬り、後退しては突っ込むを繰り返し、撫子は回復していき、敵は減る一方。

 にも関わらず弱音を吐いたのはスキル頭痛が来るまでの猶予が無くなりつつあるからである。



「くっ……やっと進めると思ったのにっ、これでは……!」



 歯噛みしながら刀を握り締め、対峙していた転生者の一人を真っ二つに斬り殺す。



 地面は大量に流れている血のせいで滑る為、出来るだけ壁を蹴っての移動を心掛けつつ、飛び上がった撫子を大量の銃弾が追う。



 が、当たらない。



 当たるとしても撫子の残像か、影程度。



 撫子としても下手な攻撃は回復魔法で治されるので、【一刀両断】による一撃必殺しか意味はないと言わんばかりに高速で動いている。



「まだまだぁっ!」



 『これがただの兵なら……』、『ここが意地の見せ所だ』という相反する二つの思いを胸に、壁を蹴って神速へと至り、一瞬にして数人のバラバラ死体を生み出す。

 そこへ、先程の指揮官のような男が拳銃を発砲しながらやってきた。



「ルゥネ様が応援を呼んでくれている! 我々は出来るだけ奴の体力をぅっ!?」



 男の首を音もなく跳ね飛ばし、指示出しを止めさせる。



 しかし、兵達に焦りや恐れは見られない。



 冷や汗らしき汗を滝のようにかいている者も居れば、必死に「当たらねぇっ!」と弾が切れても撃ち続けている者も居る。



 見えないだけで兵達は確かに焦っていて、恐れているのだ。

 それはとうとう逃げ出し始めた数人の転生者からもわかる。



「何なんだよあの女っ! マジで化け物じゃねぇか!」

「お姫様っ、ココさん呼んでよ! 私達殺されちゃう!」

「良いなぁ戦闘向きの固有スキル持ちはっ!」



 攻撃してこないのなら追わんが、良いことを聞いた、と彼らの言動から二つの確信を得た撫子は視線を横にずらし、一太刀、二太刀と尽くを斬る。



 (無線の役割っ、伝言をしているのは女帝でござるな! なら兵達の様子も納得出来るっ!)



 兵達は笑っていた。



 顔を強張らせ、大量の汗をかき、積み上がった仲間の死体、流れている夥しい血を見ても尚。



「ヒャッハーっ! この銃って武器は良いなぁっ!? 当たらなくてもっ、スカッとするぜえぇっ!!」

「ハハハハハハッ! おらおら逃げ回れ女ぁっ!」

「よくもこんなに殺してくれたね! ったく、アタシらの取り分が増えるじゃねぇかよおぉっ!」

「殺せ殺せ殺せぇーっ! はははっ、楽しいなあおいっ!」



 男女関係無く、撫子の抜刀術に、味方の死に喜色満面の笑みを浮かべ、それまでの緊張がなかったように叫び、喚き、笑っている。



 彼等は撫子の継戦能力が落ちつつあることを知っているのだ。



 現状を位置探知か遠視の固有スキル持ちが確認し、無線役の女帝ルゥネが中継する。

 そうして撫子の状態や兵の士気を確かめながらスキル頭痛からの戦闘不能を待っている。



「こんなことの何がっ……」



 そう否定しながら、撫子はシキを思い出した。



 彼等の笑みはシキのそれと全く同じだったから。



「「「楽しいィーーッ!! くひゃぁははははははっ!!」」」



 戦闘狂共め……。



 撫子は小さく呟くと、腰を落として突っ込み、抜刀した。















 ◇ ◇ ◇



「不味いんじゃないの?」



 目の前に迫るサンデイラと艦砲射撃……



 ではなく。



 アイの固有スキル【飛耳長目】によって遠透視した光景を、意識共有空間を作り出すルゥネの【以心伝心】で見ていたココが目を細めながら言った。



 ――高度下げ、ロケットランチャーで迎撃。敵艦の腹を狙いなさい。……何がですの?



「……ごめん、そっちのが楽ならそうするよ」



 ルゥネが定めた者全員の脳内に彼女の声が響き渡った直後、異形の少女ココは軽く頭を下げ、心の中で「名無しの彼と格納庫のことだよ」と付け足した。



 船体がサンデイラの砲撃で揺れる中、ルゥネは肩幅ほどに広げた脚、床に突き立てている傘、体勢すら動かさず、一心にサンデイラを見つめながら返してくる。



 ――お相手の方はよくわかりませんが、彼は負けるでしょうね。格納庫の方も何とも言えません。左舷、弾幕薄いですわ。爆発物が飛来したら撃ち落とすっ、何でこれがわかりませんのっ! 逆に爆風で吹き飛ばせるものは素早く吹き飛ばす! 早く覚えなさいっ!



 ルゥネの返答に、ココとアイはまさかと振り向いた。



「彼が負けるってそれ……マジでヤバイんじゃ?」

「……うちの降下部隊、殆ど全滅してるっぽいしね」



 アイがルゥネ達に見せる光景を変え、逃げ帰ってくる途中の召喚者達と未だシャムザのエアクラフト隊と交戦している降下部隊を脳内に映し出す。



 そこには反べそをかいて戻ってきている数人の少年少女と、中々良い勝負をしながらも機動性と連携力で負け、着実に数を減らしている降下部隊の姿があった。


 

「敵のエアクラフト隊も減っていますし、そちらは問題ないでしょう。もう一度格納庫の方を見せてもらえます?」

「はいはい」



 ルゥネの指示で再び光景が変わる。



 今度は目にも止まらぬ抜刀術で無双している女剣士とそれを迎撃する兵達。ヴォルケニス内の格納庫である。



 ――うわ、やっぱ強いなぁ。正直、あんなのボクでも勝てないんだけど。

 ――銃弾が当たっても再生してるし……さっきからチラチラ見てたけど、特にここがヤバイのよ。あいつの方は何だかんだ一番強いし、何か怒ってるけど、今のところは善戦してるしね。



 思わず「無理無理」と否定するココと説明するアイ。

 二人の思考、考えを聞いてもルゥネは不敵に笑うのみ。



 とはいえ、現状帝国でNo.3の実力を持つココの弱音は士気の低下の恐れがあり、見過ごせないので意識して後半部分をぼかし、他の部下には聞こえないようにした。



 ――問題ありませんわ。この剣士……いえ、侍ですか。この侍の女性はもう少しでスキル頭痛が来て動けなくなります。その時を待っていれば自ずと倒せます。

 ――格納庫で戦闘が起きているので補充が遅れます。そこから逃げた転生者達にはそちらに向かうよう指示を出したので、弾の心配は入りません。ほら左舷上、ミサイル飛来っ、迎撃!



 思考系スキルを駆使し、ルゥネはココとアイ二人に返答しつつ、同時に砲撃担当の者への指示も出す。



 その二つの声は当然、関係ない者には聞かせない。



 ルゥネが望む対象の深層心理まで共有し、ルゥネが望んだようにグループ分けが出来、逆に自分の深層心理まで共有しないように弄れる。

 それが彼女の【以心伝心】だった。



「ま……やっぱり疲れるのがネックですけど」



 ルゥネが小声でそう漏らす。



 現在、ルゥネの脳内には幾つもの意識共有空間が形成されていた。

 ブリッジの全員と自分、砲撃、観測班と自分、補充や補修の班と自分、降下部隊と自分、テキオと自分。勿論、撫子と応戦している者とも繋がっている。



 軽く数百もの人間とほぼ同時に会話する。



 これは彼女自身にしかわからない苦労だろう。



 メリットもデメリットもある、両極端な固有スキルではあるが、ちょっとした応用で他人の位置を読むことも出来る。



「応援……増やした方が良いかもしれませんわね」

「「え?」」



 突然のルゥネの発言に、ココとアイは首を傾げた。

 そんな二人に直ぐ様ルゥネから思考、意識が入ってくる。



 ――あそこの格納庫には子鼠が一匹潜り込んでいるんですの。武装やタイプからしてどうとでも出来ると放っておきましたが……失敗だったかもしれません。



 ルゥネの声が二人の脳内に響いた直後。



 未だ戦闘を続けていた撫子と兵達の横にあった樽が破裂し、中から主張の激しい真っ赤な赤髪ツインテールが特徴の幼女が飛び出てきた。



「ばーんっ! 聖軍、上級9位のスーちゃんっ、見、参っ!」



 本物の花が生けてある可愛らしいポーチから身の丈ほどの巨大な紅白斧を取り出した幼女は相棒らしき巨斧をブンブン振り回しながら名乗りを上げる。



「なっ……す、スカーレット殿っ!?」



 そう驚くのは撫子であり、ルゥネ達は撫子の正体を何となく察した。



 ――聖軍って……何で聖騎士がこんなところに?

 ――いや幼女じゃん。

 ――あの侍も反応からして聖騎士のようですわね。



 帝国からすると敵とも味方とも言えない聖神教の横槍が入るのは面白くない。



 ルゥネは即座に戦っている兵達に撃ち殺しなさいと命令を下し、話を続けた。



 ――ご存知の通り、【以心伝心】は私が直接見たことがあり、ある程度の範囲内に居る対象と繋がる固有スキル。帝国を出る際、隠れようとしていたこの子鼠を一瞬、視界の端の何処かに捉えたお陰でわかっていたのですが……泳がせたのは失敗でしたわね。

 ――逆に何で泳がせたのよ。

 ――召喚者の件でギャーギャー騒いでたので見張りを送ってきたのかと思ったんですの。どうせなら奴等の内情を知りたかったのですが、実際違いましたし、大した情報はなかったし、帝国の人間と同じ戦闘狂のようでしたので同類のよしみでつい……



「「いや、ついじゃないよついじゃ」」



 思わずツッコミを入れた二人をよそに、スーちゃんと名乗ったスカーレットは刃先が赤、内側が白くなっている特徴的な巨斧を軽々持ち上げると、思い切りその場に振り下ろした。



「ふぬぬぬっ……よい、しょーっ!」



 幼いながら気合いを入れ、遅れてガアァーンッ……と、硬い金属がぶつかり合ったような音が艦内に響き渡る。

 同時に《咆哮》のような物理的な衝撃波が生まれ、周囲の兵を吹き飛ばした。



「「「うわあっ!?」」」

「な、何しやがる!」

「弾がっ……」



 軽く十人以上が壁や地面に叩き付けられ、飛んでいた弾丸はその場に落ちる。



 広い格納庫に悲鳴と怒号、カランカランっと高い音が響く中、斧がめり込まず「あれ?」と小首を傾げているスカーレットの頭上から一人の男が降りてきた。

 銃の類いはなく、手には大剣を構えている。



「何だぁ? このクソガっ……きぃっ!?」



 あわや大剣が振り下ろされるかと思った次の瞬間、スカーレットは何の気無しに斧を担ぎ上げ、男の頭部に刃先をめり込ませた。



「ん? 何こいつ。……まあ良いや。もーっ……一人で行くなんて狡いよなっちゃん!」



 大剣は折れ、降りてきた男は頭部を二つにされてピクピク痙攣している。

 ボタボタと落ちてくる血で気付いたらしいスカーレットは自分の斧で死んでいる男をチラリと見ると適当に投げ捨て、頬を膨らませながら撫子に詰め寄った。



「な、なっちゃ……? へ?」

「ナデシコちゃんだからなっちゃん! ね!?」

「と言われても……」



 あまり状況がわかっていない撫子と「えへへー!」とはにかむスカーレットだが、現在進行形で兵達の攻撃は続いている。

 魔法は撫子が斬り、他はスカーレットが斧を振り回して弾いており、ミサイル等の爆発物は衝撃波で近付く前に破壊する。撫子の、「何でここに居るん?」みたいな顔は兎も角、息の合っていることに違いはない。



「貴殿が何故ここにっ?」

「勿論、『黒夜叉』殺しの為だよ! ゼーちゃん怖かったけど、なっちゃんが行ったっていうから!」

「っ……そ、それで何故帝国の船に居たのかを訊いているんでござるよ!」 

「スーちゃんねー炎は好きだけど、暑いのは嫌いなの! だからシャムザを攻めるって噂だった帝国に紛れてたの!」



 示し合わせたように互いの背中を預け、防御をスカーレットに、攻撃を撫子がする形で戦い始め、再び無双が始まる。



 その様子を見ていたルゥネとその部下二人の反応は三者三様だった。



 ――あー……援軍ってこと?

 ――そうなりますわね。まさか暑い砂漠を歩きたくないから我々の船に乗り込むなんて、衝撃の理由ですわ。

 ――いやマジで何で……?



 撫子同様、今一状況が掴めないココと無言でうんうん頷くルゥネ、混乱しているアイ。



 しかし、そんな三人をよそに、撫子達のコンビネーションは研鑽され、研ぎ澄まされていく。



「まあ何にせよ助かったでござるよ!」

「良いよ良いよ! でも『黒夜叉』はスーちゃんに殺らせてね!」

「それはっ……ちょっと嫌でござるなぁ!」

「えー何でーっ? なっちゃん、まだ強くなりたいのーっ?」



 少し語気は強いものの、普段通りの口調で話しながら刀を振り、斧を振り、首や腕、裂けた胴体と血が飛び散る。



「こ、こいつら……!」

「ふははは! 伏兵か! 面白い!」

「また殺られちまったよ! 良いねぇっ、どんどん取り分が増える!」

「ひゅ~っ! 俺ぁガキぃ犯すのが好きなんだよ! あいつは俺のもんだ!」

「何だテメェ、ロリコンかよ!」

「あいつらをぶっ殺すのはこの俺様だぁっ!」



 死人が増え、化け物である撫子に味方が増えたというのに、楽しそうに歓声を上げる兵士達。



「うふふふっ……帝国の兵ならやはりこうでないと……! 何だかっ……何だか私まで昂ってきましたわぁ……っ!!」



 部下が部下なら女帝も女帝ということなのか、彼等の戦場とは全く関係ない場所でルゥネは頬に手を当て、恍惚とした顔を浮かべており、もう片方の手は持っていた傘を落として股の方へと伸びている。



「ヤバイまた変なスイッチ入ったっ」

「る、るるるルゥちゃんっ? 今戦争中っ、落ち着いてっ!?」



 アイは咄嗟に脳内の光景を消し、ココと共に止めに入った。



「何するんですの! はぁはぁ……ち、ちょっとスッキリしようとしただけなのに!」

「それが不味いんだってば! ほら落ち着いて! 深呼吸!」

「はふぅ……はふぅ……! 危機一髪のところで味方の登場……燃える展開っ、興奮すりゅっ……!」

「ちょいちょいちょいちょい! 姫っ、あんた女の子でしょ! こんなとこで胸揉まない、股も閉じるっ! もじもじするのもダメ! 何でグロい殺し合い見て興奮してんの!? 部下何人も死んでるんですけど!」



 ココが鳥の脚で両腕を押さえ、アイがモグラの爪で肩を揺らして声を掛け、それでもルゥネの興奮は収まらず、「血がっ、血がぁっ……! 血が疼くぅっ……私も戦いたいぃっ……撃って殺して奪いたいぃっ! あそこがっ……身体が熱いですわぁっ!」と暴れている。



 と、その時。



 カオスと化したブリッジ内の声が外まで漏れていたのか、突如ブリッジの扉が開き、ライの妹メイとその友人達が入ってきた。



 ココ&アイはピタリと動きを止めたが、ルゥネは彼等と目が合っても全く気にせずに人としてあまり見せては宜しくない痴態を晒し続けている。



「あー……ルゥネさん? お、お邪魔だった?」

「メイ! この興奮っ、貴女ならわかってくれる筈ですわ! あぁ~っ……濡れるっ……濡れますわぁ……!」



 メイは引きながら「私のと一緒にしないでほしいなぁ」と呟き、後ろの三人は気まずげに視線を逸らし、男二人に至っては耳も塞いでいる。



 だが、次の瞬間、ルゥネはココ達のように動きを止め、少ししてニヤリと口角を上げた。



「メイっ、お願いがあるんですの! 貴女達も侵入者の迎撃に行ってくださらない!?」



 敬語を使わない程度には砕けた関係になったらしいものの、流石のメイ達でもルゥネに頼まれては断れない。



「……良いよ。ちょうど暇してたし」

「ウチらと同い年なのにこの羞恥心の無さよ……」

「俺は何も見てないし、聞いてない……聞いたのは命令だけ……命令だけ……」

「……え、エロかった」



 何はともあれ、こうして聖軍を裏切った女侍とそれを知らない幼女という奇妙なコンビと戦闘狂の兵士達+メイ達が戦う構図が出来上がった。



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