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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
174/334

第163話 出撃 

書けた……けど話が進まないっ。悪しからずっ……!

 


『我は戦争には加担しない』



 ドゴォンドゴォンッ……と大筒か何かの砲弾が当たり、よく揺れるサンデイラのブリッジ内で、俺はムクロの宣言を思い出していた。



『しないったらしないもん! 戦争ダメ絶対! シキさんもダメなの!』



 と、最近にしては珍しく幼女口調で止められもしたが、振り切って王都に置いてきた。

 あいつの争い、人の生き死に嫌いは今に始まったことじゃないし、俺にとっては船長も『砂漠の海賊団』の奴等も大切な仲間だ。家族と言っても良い。その船長達がこの国とレナを守る為に戦うというなら帝国は俺の敵でもある。



 それに以前試してみたところ、ムクロの馬鹿げた謎魔法でもサンデイラの魔障壁は破れなかった。

 ちょっとした実験だったとはいえ、その事実は大きすぎる。それを踏まえても無理に戦ってもらうより王都に居る方が幾分か安全だろう。



「損害状況っ! 弾薬は!?」

「右の横っ面と甲板に軽微の損傷多数! 怪我人は……十人ちょっと! いずれも問題なく動けるぜ船長!」

「弾はショウの奴のお陰で今のところ大丈夫らしい! リュウの『無』属性魔法で強化してある強化弾だから敵艦にも効いてるしな!」



 報告を求める船長、無線機みたいな魔道具で機内チェックを行っていた船員、艦内と連絡を取り合っていた船員達のやり取りを聞き、ムクロのことを頭から切り離す。


 

「アリス達辺境組はどうだ?」



 それまで黙ってモニターに映っている敵戦艦を睨んでいた俺の発言に、オペレーターだけでなく、船長までもがこちらに振り返った。

 しかし、船長も気になっていたのか、「急いで報告!」と目で急かす。



「こちらサンデイラ、こちらサンデイラ。通信本部、辺境沿いの状況はどうなってるっ」



 オペレーターが頷いてナールとレナが居る王都の本部に連絡を取る一方で、船長は綺麗な金の髪とたわわな胸を揺らしながら指示出しを続けていた。



「こうも私の予知と外れるなんて……操舵手っ、何とか敵艦の上に回りなさい! 予定通り、格納庫からバーシスとシエレンを降下させるわ! それと観測班に敵の空中部隊を探させて! 砲撃班は兎に角攻撃を徹底っ! 敵に動く隙を与えないように!」



 そんな船長に負けじと他のオペレーター船員から続々と新たな報告が入るが、一度艦隊戦を経験している船長は焦った様子もなく、厳しい声色の割には冷静な判断を下していた。



 船員達もソーマ一派の件から成長しているらしく、聞いている限り、艦内で慌ただしく動いている箇所はないようだ。

 前回と違って早々に弾薬が尽きることもなければ、怪我人やら船のダメージやらで騒いだりもしない。



 内心、「結果は最悪に近かったけど、あの戦いは無駄じゃなかったな……」と感慨に浸りながら報告を待つ。



 遠く離れた辺境の街の護衛に行かせたアカリが無事であり、こちらに向かっているのはわかる。互いの位置がわかるという奴隷紋の感覚は国と国を跨いでも消えなかった。だから遠いとは言っても所詮国内に居る彼女本人の様子はわかるのだが、被害状況や街、敵がどうなったのかまではわからない。



 アリスやヘルト達は強力な力やらゴーレムを持っているから多分、問題ない。

 お陰で余裕が出来たと、アカリに付いていかせたリュウやショウさん達の部隊にかなりの人員を割いたとも聞いている。



 つっても、アカリがこちらに向かっている時点で勝利は確実なんだが。

 その内容次第で俺達、王都防衛組に援軍があるかないかが決まる。



 現在、サンデイラと敵戦艦は均衡状態にある。



 本来なら戦局を大きく変えるほど強力な魔導砲を備えている両戦艦。しかし、遺跡とレナ達王族の存在があるが故に、帝国側は間違っても王都には撃てない。

 更に、互いの戦艦に向けて撃ったところで完全に無効化できるからと使えず、すれ違っては大筒や銃撃戦でチマチマ攻撃し合っている状況だ。



 頑丈な金属で造られているだけあって互いに殆ど無傷。……まあ強いて言うならリュウの『無』属性魔法で弾や装甲を強化してある分、やや優勢と言ったところか。



 弾薬が尽きるまでにどれだけ敵に損害を与えられ、どれだけ不慣れな空中白兵戦で戦えるか……

 あまり長引かせると頭のネジが何本かぶっ飛んでるっぽいイカれ女帝が何しでかすかわからないからな。つまらなかったら王都を撃っても良いみたいなこと抜かしてたし、遺跡も王族も出来れば手に入れたい程度なのかもしれない。



 そんな俺の心情を知ってか知らずか、黙って本部からの通信を聞いていた船員が顔を上げた。



「報告っ! 最東の街担当のヘルト隊は怪我人、街の損害ゼロで完勝! 続いて北東の街も無事で殲滅中だそうだ! アリスんところはまだ戦ってるらしいがヘルト隊が向かったから恐らく問題ない! 以上!」



 思わぬ報告に一瞬首を傾げ、思考が停止する。



 それは船長も同じだったようで、酷く動揺した顔で聞き返している。



「え? 被害はないの? 敵は?」

「全部歩兵で剣とか槍とかしか持ってなかったって聞いたぜ。ヘルト達もリュウ達もアーティファクトで蹴散らして……あー……アリスは一人で敵の狙いを確かめに行ったとか何とか……」



 確かめたいんなら取り敢えず遠くから狙撃しとけよあのアホ……と、痛くなった気がするこめかみを押さえた俺に対し、船長は小声で「そ、そんなっ……私が見た艦隊と兵達は……?」と呟いた。

 以前同様、未来が大きく変わっているらしい。相変わらずここぞというところで外れてくれる予知だ。



「完勝……完勝ってのは不気味だな。裏があるようにしか思えないが……敵の総数はどのくらいだったんだ?」

「……本部、聞こえたか? 総数だ総数。敵の。そうっ……何? それは……いや、わかった。また何かあれば通信する。……一万、だそうだ」



 顎を掴んで考え込む船長の代わりに更なる質問をぶつける。

 少しして、船員は軽く訝しげな顔でそう返してきた。



「陽動にしちゃ数が多い……戦力の分断が目的……? いや、それならアーティファクトを持たせた方が長く足止め出来る筈……」



 船長と俺、二人して唸っているとブリッジ内の全員がチラチラこちらを見ていることに気付く。



「……悪い。あんたらはそっちに集中してくれ。こういうのは船長の仕事だった」

「えっ?」



 私に丸投げするの!? みたいな顔で振り向いた船長を無視して背を向けた俺は手をヒラヒラさせながら言った。



「考えたって仕方ない。俺の足りない脳ミソで考えられるのは船長の見た未来と完全に違うか、敵戦艦の中とかどっかの砂山とかに隠れてるくらいだ。議論してるより、さっさと準備した方が余程建設的さ」


 

 撫子と他戦闘員は皆、出撃に備えている。

 撫子やアリスとは違って俺は裸眼じゃ全く見えないし、近代兵器とSF兵器が入り交じる中、下手に双眼鏡を使って目にダメージを負いたくなかったからブリッジに居たが、くっちゃべってるより、俺もそちらに行った方が良いなと思ってしまった。変なこと言って艦内の奴等の士気を下げるのも良くない。



 そう判断した俺に対し、船長は「まあそれはそうだけど……」と意気消沈しつつ、激励の言葉を送ってくる。



「死んじゃ嫌よ、坊や」

「それムクロにも言われたぞ。死ぬつもりなんかある訳ないだろうに。俺にはもうムクロと……あんたらが居るんだから」

「…………。んふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。じゃあ……全治何ヵ月の怪我とかも禁止ね」

「クハッ、そいつぁ手厳しい」



 少し気恥ずかしいやり取りではあったが、余計な力が抜けた気がする。



 知らず知らずの内に俺も緊張してたのかもしれない。















「最近思ったんでござるが……拙者は何故戦っているんでござろうか」



 サンデイラの船腹内にある格納庫に行った俺をそんな哲学染みた言葉で出迎えたのは撫子だった。



「……いきなりどうした、しかもこんな時に」

「素性は謎で、しかし、超ヤバい強さで、マジで頭のイカれた狂信者に脅されて貴殿を狙ったのは話したでござろう? で、貴殿の人となりを知って殺したくないと思い……でも殺さないと拙者が殺される……そこでこのサンデイラに乗っていれば安全では、という妙案を思い付いた訳でござる」



 一応、国家間の戦争中で、何なら最前線で殺り合ってる真っ只中にも関わらず、一人芝居掛かった話をしているこの侍女に緊張とかいう概念はないんだろうか……と疑問を覚えつつ、頷いておく。



「ござる口調で刀持ってりゃ超とかヤバいとかマジとか言ってても侍だろなんて思ってんじゃねぇぞこのエセ侍」

「本音が出てるでござるよシキ殿っ! 全く、黙って頷いてれば良いものを……!」

「すまん、つい本音と建前間違えた」



 うん、ついな。つい。



「おほん。で――」

『――エアクラフト隊、出撃準備! 銃と弾ぁ忘れるな! 目標は敵空中部隊! シキ達が使う飛翔用アーティファクトを装備している奴も居る! 観測班曰く銃を持ってるらしいから気を付けろよ! 準備が出来次第、弾幕を張る! その隙に降下して回り込め!』

「……で、色々あって宿として使わせてもらう代わりに護衛をしているでござろう?」

「……だな」



 途中で入った艦内放送に周りが一気に慌ただしくなった。

 しかし、バタバタと武器やらエアクラフトやらを取り合う中、撫子は平然と話を続け、俺は「え、まだこの話続けるん?」とドン引きしながら自分のエアクラフトを取り出し、武器防具の最後のチェックに移る。

 


「何か……割に合ってなくないでござるか? もう既に何度も死にかけてるし、この前は流石に見過ごせないと王都防衛にも力を貸したでござるが、そこでも大怪我……幾ら勝手に治るとはいえ、痛いものは痛いんでござるよ? これならシキ殿の首を持ち帰った方が危なくないのでは……? と最近常々思うんでござる」

「……このタイミングでの裏切りは最悪だぞお前。侍の風上にも置けん。というか侍以前に人としてアウトだろ」



 ぎょっとして思わず「うぉいっ」と叫びそうになったが、グッと我慢してジト目でツッコんでおく。

 この状況で俺達まで騒ぐのは宜しくない。周りの皆、浮き足立って焦ってで喧嘩始めてる奴等も居るし。



 いつも通り床を蹴り上げることでエアクラフト隊の奴等をビビらせて落ち着かせ、いつも通り適当なこと言って扇動し、降下口を開き、外に出れるようになった船腹の方へと向かう。

 


「相変わらずリーダーシップあるでござるな貴殿……」

「ただ煽っただけだろ」

「それより、護衛なら別に攻め込まなくても良いのでは? また大怪我するんでござるよ? 拙者、こう見えて無益な戦いは嫌いでござる。何より痛いのが嫌でござる」

「しつけぇな、御託は良いから早く行けよ。後ろ詰まってるだろうが」



 宙に浮くエアクラフトに乗り、轟々と激しく吹き荒れる風の前に出ても「ええいこの鬼畜め! 働きたくないでござるっ、絶対に働きたくないでござるぅっ!」とかふざけてたので、取り敢えずエアクラフトに蹴りを入れて突き落とした。



「ふおぅっ!? へっ? ……ういゃああああああああっ!?」



 変な体勢で上空に飛び出したせいで変な悲鳴を上げて消える撫子には見向きもせず、俺は爆風や弾が飛び交う戦場を睨んだ。



 後ろでは「うわ蹴りやがった!」、「お、女を落としたぞこの鬼ぃっ!」、「最低だ……マジで最低だ……」とか色々聞こえてたが無視。



 アリスのようなチート持ちの転生者とアーティファクトで武装した兵との空中戦……



 やっぱり少し緊張する。



 何より……



 興奮する。



「……ったく、スイッチ入れなきゃ戦いたくねぇなんて……俺も変わったもんだなァ」



 久しぶりの戦場に昂る気持ちを抑えつつ小さく呟いた俺は、最後にチラリと相棒達が眠る魔法鞘と手甲に視線を向けると、今度は大きく宣言しながら降下口から飛び降りた。



「うしっ……冒険者改め『砂漠の海賊団』のシキっ、出撃する! ってな!」




 ◇ ◇ ◇



 怒り狂った撫子にはどやされつつ、仲間達には引かれつつ、シキとその他エアクラフト隊は当初の予定通り、戦場を大きく迂回して敵の魔粒子の光の粒の方へと向かっていた。



 魔導戦艦の巨大スラスターはエアクラフトと魔粒子装備の推進力を大きく上回る。流れ弾の威力も違う。その為、魔導戦艦の横や射線上を飛んでいれば風に煽られて飛ばされるか、敵味方からの集中砲火を受けることになる。



 そんな魔導戦艦が何度もすれ違って旋回し、またすれ違っては撃ち合っているので、当然敵も戦場を避けようとする。あるいは同じ目的なのか、彼等が降下してから飛び出したシキ達はドンパチを続けている二隻の魔導戦艦や王都から遠く離れた上空にて、対面しようとしていた。



『見えるか?』

『…………』



 とは言っても、銃を持つ者同士、簡単には近付かない。

 互いに互いの位置が確認出来るくらいの距離で移動を止め、滞空している。



 相変わらず風が強く、強力な銃とて近付かなければあらぬ方向へと飛ぶだろう。



 ここでもまた、彼等は互いに攻めあぐねていた。



 敵の武器や数を知りたかったらしいシキの質問に、撫子は眉をひそめるだけで済ましたのでチラリと振り返り、再度耳に取り付けた無線機の魔道具を使う。



『見えるのか、見えないのかくらい言え。他は待機だ。撫子の意見を聞く』



 シキと撫子を含め、『砂漠の海賊団』のエアクラフト隊は三十。

 対して帝国側は軽く百は居るだろう。敵戦艦から魔粒子らしい光が降りてくる点からして、まだ増える。



『見えるでござるよ。当然。しかしな……』



 様子見ということもあり、互いに隊列を組むことなく近付き合い、睨み合っている。



 ある種の緊張が走る中、撫子はモゴモゴと言い淀んでおり、その態度は軽くシキをイラつかせた。



『さっさと言え。このままじゃ埒が明かん。敵の状態を教えろ』



 首の動きや視線で仲間達に「準備は良いか」と聞きながらの発言。

 撫子は少し無言になった後、答えた。



『シキ殿と同じ日本人……それも恐らくシキ殿と同年代の少年少女が二十……いや、三十か。そして、転生者らしい男が一人。他は皆、銃で武装しているでござる。拙者らの魔素放出装置を持つ者が強者、武装してエアクラフトに乗っていれば雑魚……大雑把に分けるとそんな感じでござろうな』



 まさかの返答に思わず目を見開き、敵を睨むシキ。

 しかし、悲しいかな、大した視力がなく、片目しかないシキに敵の顔を確認する術はない。



 見間違いという線もない。

 シキは数回だけだが、彼女に顔を見られている。明らかにイクスの民らしからぬ日本人の顔と自分達の顔を見間違える筈がないのだ。



 (以前、祖先が日本人だったとも言ってたしな……チッ、転生者だけでなく、俺達以外の召喚者だと? ソーマ(どっかの馬鹿)のような傍迷惑な奴は一人でも害悪だってのに……)



 内心で思いっきり舌打ちし、部下とも仲間とも言える隊を見る。

 何人かはやはり浮き足立っているように見え、何人かは震えている。残った者は勇んでいるものの、時折、自分が乗っているエアクラフトを不安そうに見ている始末。



 (無理だ。こいつらには手が負えねぇ。軽く見積もったって俺と同等程度の奴が三十人も居やがるなんて……撫子でもその数の敵はキツい筈。第一、俺達の時の三倍の異世界人を何処から呼び寄せたんだ帝国はっ……!)



 転生者もそうだが、シキ達異世界人は全員固有スキルを所持している。

 ステータス補正や特典スキルとしか思えない強力なスキルもだ。



 そんな連中と足手まといに近い仲間を連れて真正面からぶつかるのはあまりに危険。

 前提として空中である為、様々な危険要素もあり、魔粒子の光で位置もバレやすいので奇襲の類いは出来ない。分散しようにも敵の出方次第で瞬殺される恐れがある。

 


 これなら聞かなきゃ良かったと思い、つい撫子に謝ろうとした瞬間、撫子が腰の刀に手を伸ばし、抜刀の構えを取った。



『転生者がこちらに来るでござる! 手を上げて攻撃の意思がないことを伝えているでござるが、何をするかわからぬ! シキ殿以外は離れるように!』



 焦った様子の彼女にシキも爪長剣を抜いて振り向くと、転生者らしい男は既にかなり近く……シキの目でも視認出来る距離まで近付いていた。



『な、何て速度っ……お前ら手は出すなよ! 刺激したくない!』



 少し目を離した隙に軽く数百メートルは接近してきた。

 それもエアクラフト無し、シキや撫子と同じ魔粒子装備だけで。



 何らかのスキルや魔法ではない。



 シキにも撫子にも、気怠そうに、しかし、凄まじい速度で迫ってくる無精髭の男はただ背中から魔粒子を放ちながら近付いてきているようにしか見えなかった。



 やがて、声が届くほどの距離まで来たところで両足と両胸から魔粒子を出して急停止した男は溜め息をつきながらシキ達を見渡し、口を開いた。



「俺、怠いからさー……さっさと始めようぜ~? ああやってるのも怠いし、かといって睨み合ってるのも怠い。せめて俺だけでも誰かと戦ってくんね? ふぁーあ……はぁ……暑いし怠ぃし眠ぃ。……あ、そこの美人な侍ちゃんは嫌かなぁ。まあ戦えってんなら戦うけどー……若い姉ちゃんと殺り合うのはな~」



 両手は上げつつ、親指で二隻の魔導戦艦を指差し、「馬鹿だよなぁアレ……意味ねぇ」と言って溜め息も欠伸も止まらない。



 三十人近いエアクラフト隊に銃を向けられているにも関わらずこの余裕、本人の言う通り、怠そうな態度。



 (お前ら程度、俺一人で殺せるけど怠いんだよなぁって顔してやがる。言ってることといい、態度といい、余程の自信……出来れば撫子と戦って欲しいが……)



 スキル構成の貧弱さからして、三十人の異世界人の相手も厳しい。



 しかし、当の撫子が無言で目を細め、構えを解かない姿を見て決めた。



「わかった。なら俺と頼む。出来ればこの侍女は異世界人、他は兵隊と戦ってほし――」

「――あっ!」



 自分と同じ若い異世界人なら……と、策を一つ思い付いての発言は何かを思い出したらしい男によって掻き消された。

 そして、途端に悪そうに両手を付けて言ってくる。



「悪ぃ。うちの姫様からあのガキ共のテスト頼まれてるんだわ。マジで悪いんだけど、今さっきの提案無しで、ガキ共と戦ってくれや。俺、見てっからさ。殺せるなら全員殺したって構わねぇし、兵士は下がらせる。頼むよ、なっ? なっ?」



 顎で「あいつらあいつら」と異世界人を差す男に敵意や殺意は感じられなかった。



 (嘘を言っているようには見えない……言動とか諸々読めねぇオッサンだ)



 内心毒づきつつ、聞けば自分は手出ししないからあいつらと戦っててくれ等とまで言ってきた。

 だが、理由を続けて話した彼によって、シキの中の疑念は晴れることになる。



「あいつら、まだ未熟でよぉ。死ぬんなら死ぬでさっさと死んでほしいし、使えるんなら見極めてくれって言われてたんだわ。ホントっ、悪いなー」



 撫子に視線を向け、目で彼の言い分の真偽を聞いたが、複雑そうな顔で頷くのみ。



 撫子にも虚言とは思えなかった訳だ。



 (そういう、ことか……ヘルト達がやけにあっさり勝てたのも同じ理由……利用価値のない無駄飯食らいなら早く死んでほしい。強くて使えるんなら仕事をしてくれる筈……防衛勢力の足止めか数を減らせれば万々歳。出来なければそれはそれで身軽になって良い……そんな考えで自分の言うことを聞かない奴等をけしかけた。それならアーティファクトを持ってなかったってのも納得出来る……)



 どんなに無能でも数が膨大なので、足止め程度にはなる。



 事実、辺境から王都まで早くても一時間は掛かる距離だ。



 アーティファクトや魔導砲という強力な武器がある以上、一時間は長い。



 女帝の評価をイカれ女から頭の切れるイカれ女、あるいは頭の切れる参謀が居るイカれ女に上方修正したシキは抜いていた剣を納めて返答する。



「良いだろう。ただし、お前は見てるんだな? 例え奴等が全滅し、この中から味方の戦艦に何人かを送り込んだとしても」

「んー……ん~……? 全滅は別に良いんだけど、乗り込まれるのは俺の体裁的に宜しくないかなー。あ、何人かが俺と戦ってくれれば良いぜ? あんまり弱いとそいつら殺して追っ掛けるけど」



 自己保身というより、最低限仕事はしていた、というポーズが欲しいのだろう、とシキは思った。



 態度や言い方からして、味方の生死に興味はない。が、姫様とやらの指示は聞かないといけない。だから怠いけど、戦う。



 そんな意思が透けて見えた。



「……OK。なら俺達全員で奴等と戦わせてもらう。その間、お前は観戦。終わったら俺が相手してやる」

「あっそ。了解ー」

「出来れば宣言通り、手出ししないでもらえると助かる。ま、気が変わったと言われればそれまでだが」

「いや、それはないなー。あいつらが死のうと俺には関係ねぇしー? 俺はただあいつらの強さが知りたいだけ。んで、適当に時間潰せりゃ後はどうでも良い」



 面倒臭そうにそう言った男の瞳は何処か師を連想させた。



 強者故の自信、傲慢ともとれる圧倒的な余裕がシキに懐かしい人物を思い出させる。



 シキの荒唐無稽な発言にも「あっそ」で済ませる辺り、この男は本気でシキ達を脅威と見なしていない。



 姫様からとやかく言われなければ何でも良いと、本気で思っているのだ。



『……行くぞ』



 エアクラフトを移動させながら送られてきたシキの通信に、撫子とエアクラフト隊の者が反応する。



『ほ、本気でござるかシキ殿! 確かに嘘を言っているようには見えないでござるが……』

『背中を見せた途端にズドンってのは笑えねぇぞ』

『そんなに強そうには見えないんだけどな……』

『冴えないオッサンだろうが、シキとナデシコが構えるくらいだ。めちゃくちゃ強いんだろうよ』



 彼等の言い分も尤もか……と、シキは敢えて男に背を向けた。



 そして、男が欠伸をしながら寝転がって見せたのを機に、撫子も肩を竦めて後に続く。



『こいつはマジで仲間なんてどうでも良いんだ。いや、厳密には仲間とすら思ってない。元々の性格もあるんだろうが、強すぎて全てが色褪せて感じている。俺にはそう見えた。だから問題ない。こいつの言う通り、他の奴等を殺しに行く』



 シキの読み通り、エアクラフト隊が続々と背中を見せても魔粒子の向きを変えて横になって浮くだけで何もしてこなかった。

 シキの発言と男の余裕に薄気味悪さを覚えた彼等は身震いをしながら先を行くシキと撫子に付いていく。



 (有難い。撫子の反応を見る限り、今のオッサンは別格。他は俺の同郷っぽい奴等だが伝えるのに躊躇したって感じだった。苦戦したとしても、撫子と一緒にそいつらと戦えるのはデカい……)



 視認出来ない距離まで離れても男が仕掛けてくる様子はない。



 ならばと、シキは耳元の無線機を弄り、何処かへ通信を掛けた。



『俺達の位置をレーダーか目視で確認。俺達の向かう先に浮いている奴等を狙撃しろ』



 サーファーやスケートボード選手さながら、シキと撫子は己のエアクラフトに半身で乗って空気抵抗を減らし、効率良く加速していると、真下。地上から大筒に近い砲撃音が聞こえた。



 見れば帝国の異世界人と兵隊達が慌てふためきながら散り散りになっている。

 遠目だが赤い風と共に何かが落ちているのも見間違いではないだろう。



『あの通り、ハルドマンテに掩護射撃を頼んだっ。お前らは散開して帝国兵を狙え! 他の奴等は俺と撫子で討つ! 異論がなければ散開っ! 散れぃっ!』

『『『『『おうっ!!』』』』』



 シキの号令と共に後ろに続いていたエアクラフト隊はそれぞれ上下左右へと飛んでいった。



 各々が自身の魔力の光……戦場に似つかわしくない綺麗な輝きを放って離れていく。



『最早、隊長でござるな』

『……俺達は一応、遊撃って言われてるんだけどな』



 撫子の指摘に苦笑いで答えたシキは知らない。



 今、相対しようとしている若い異世界人という者達が自分のクラスメートであることを。



 その出会いがシキとライ、マナミの関係をより複雑なものにすることを。


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