第160話 帝国の襲来
日の出と共に起床し、日没と共に就寝する。
種族、家庭、身分差、職業問わず、万国万人共通の常識。
日は昇り始め、人々は起き出す。
そして、今日も一日、平和な日常が始まる。
そんないつも通りの朝、シャムザの王都、フロンティア、その他シャムザの端に位置する全ての街にて、何処からか年若い少女の声が響き渡った。
『砂漠の国シャムザに住む全ての民の方、ごきげんよう!』
広大なシン砂漠は昇りゆく朝陽によって熱せられ、極寒から酷暑へと変わりつつあった。
既に外に出ていた人々が、家で小物を作っていた女性達が、瓦礫の撤去作業を始めていた男達が、友人と走り回っていた子供達が、店の準備をしていた商人が、見回りや訓練を開始していた兵士達が、優雅にお茶を飲んでいた貴族が、使用人に外出用の服を着させられていた王族が。
一つの国どころか、全ての国で始まっていたいつもの日常。
それらの中で唯一、シャムザの日常だけが非日常へと変貌する。
誰もが思わず動きを止める中、その声は続く。
『私はパヴォール帝国新女帝ルゥネ=ミィバ。恥ずかしながら我が人生において初の宣誓になりますので、これだけ。……我々パヴォール帝国は今日この日、この時を以て、砂漠の国シャムザに侵攻致しますッ! 蹂躙してっ、破壊してっ、殺しますっ! 命と物資を奪われたくなければ精々足掻いてくださいまし!!』
何処までも唐突、何処までも残酷、何処までも身勝手な宣言。
民はルゥネという女帝を知らない。
しかし、帝国の戦争好きは誰もが知っている。
そして、慕っているレナ王女が全ての街で幾度となく行った演説を聞いていたが故に、民は悟る。
姫様が言っていた帝国の侵攻だ。この声が悪戯でなく、名乗った通りの人物なら本気でそうするつもりなのだ、と。
『尚、素直に我が帝国の支配下に入り、頭を垂れ、奴隷に身を堕とすのならばその限りでは――』
瞬間、王都付近の砂山から眩いばかりの光が何もない上空へと放たれ、何もない空間でまるで何かに当たったように四方へ散った。
同時にゴゴゴゴゴ……と、王都全体、引いては王都の周囲一帯の地面が揺れ始める。
辺りには揺れと王都の民のどよめきだけが残り、そこに、帝国を名乗る声とは別の声が割って入った。
『今のは牽制であるッ! こちらにはより強い攻撃を行う準備があるっ、貴様ら蛮族の居場所も知れているっ!』
この度、表舞台の政を担うことになったレナである。
彼女がそこまで言った頃、揺れの正体が露になった。
巨大魔導戦艦サンデイラ。
不自然なまでに戦艦としか言いようがない造形の巨船が王都横の砂山の中から浮上している。
船腹から噴き出ている透明な魔粒子が辺りの砂を吹き飛ばし、相当の重量である船体を浮かせる。
当然だが、甲板や砲台からは大量の砂が滝のように流れ落ちていた。
『我等が旗艦サンデイラだ! 撃ち落とされたくなければ――』
そう続いたレナの言葉は帝国の女帝に掻き消された。
『――素晴らしいッ!! やはり戦争は公平でなければいけませんっ! ああぁっ、昂るっ、昂りますわああっ!!!』
声のトーンが数段上がる程度には舞い上がったらしい声の主。
若い少女の声なのに、何処か艶があった。とても楽しそうな、嬉しそうな声色だった。
だが、部下から注意でもされたのか、途端にムッとした声が聞こえてくる。
『え? 真面目にやれ? むむむ……私、これでも真面目にやってたつもりなのですけれど……まあ良いですわ。光学迷彩解除、並びに魔障壁を最大展開』
声の主に追従するかの如く、サンデイラの魔導砲が四散した空間に突如として黒銀の船体が現れ始めた。
三叉、漢字の『山』のような形の船、ヴォルケニス。透明だった筈の船体が三つの先端から少しずつ出てくる。やがて滑らかかつ美しい造形を晒した帝国の旗艦は、まるで最初からそこに居たかのように王都と浮上を終えたサンデイラを見下ろしていた。
『撃ち落とす? 出来るのならそうなさい。命の限り抵抗する? ……うふふふふっ! ならば是非もなし! 否ッ!! それでこそ戦争のしがいがあるというものっ!!! 私ルゥネ=ミィバは貴方方の選択に最大限の敬意を表しますっ!』
『っ……』
砂漠の国シャムザ、その全土に響き渡るような声と、レナの声にならない葛藤。
止められなかった。
そんな、レナの想いが伝わってくるようだった。
『さあっ!! 歴史に残る新時代の戦争の、始まりですわぁッ!!!』
望む国と望まない国による戦争の火蓋は残酷なまでに唐突に、そして確実に、切って落とされた。
◇ ◇ ◇
「ほ、報告! フロンティアっ、並びに各辺境の街に帝国の歩兵部隊とおぼしき集団が続々と出現! その数それぞれ二千から三千! ……いえっ、まだ増えているとのこと!」
「敵艦から降下してくる人影有り! それぞれ魔素の光が見えます!」
「各所で怪我人が多数出ている模様っ、誘導人員が足りません!」
「何っ!? こ、こんな時にか! っ……以前、起きた暴動が起きたらしいぜ大将! 降伏派と敵が求める物資を全部渡せば平和的に事を進められるって輩が徒党を組んで避難民を邪魔してるって話だ!」
王城跡地。
崩れ掛かっている建物から少し離れた位置にショウお手製のテントと大量の机、椅子がずらりと並んでおり、そこはまるでサンデイラやハルドマンテのブリッジを彷彿とさせる光景が広がっていた。
魔道具を正しく使える者達、平民、冒険者、兵士、騎士関係無く、協力出来る者、協力する意思がある者達がそれらの席に付き、その中心に居るレナとナールに指示を仰いでいる。
「っ……」
「辺境には各所に配置した人員と共に敵を蹴散らせと返せ! 敵艦はサンデイラと『砂漠の海賊団』の者が対応する! 我々は民の避難誘導に集中すれば良いっ! 回せる人員は殆ど誘導にっ、暴徒は殴ってでも止めろ!」
帝国の旗艦らしき戦艦とフロンティア、その他辺境地で同時多発的に現れた兵隊。
更には以前は直ぐに沈静化したものの、今回の騒ぎに乗じて、ソーマ一派、暴徒シレンティ、レナの演説によって感化された民によるデモ騒ぎが起きているらしい。
立て続けの報告にレナは言葉が紡ぐことが出来なかった。
対称的に即座に指示を出したナールは流石と言ったところ。
「や、やはり私も……」
「暴徒共は何を考えているのだっ……! 敵は帝国っ、しかも宣戦布告まで行った……これはもう正式な戦争なんだぞ……! 何度も説明しただろうっ、有事の際の対応だって……避難の邪魔などすれば大量の怪我人や死人が出るっ、責任を取るのは誰だと思っている……!?」
レナが何やら考え込む横で、ナールは小声で悪態をつくと苛々したように頭を搔き毟った。
「そ、そうだっ、敵将ルゥネの宣誓とレナの抵抗宣言は全ての街に届いているのか!?」
「『砂漠の海賊団』の助力によって、各街の東西南北地区に通信と拡声アーティファクトを設置してあります! 指示通り、放送も流しましたっ、民もわかっている筈です!」
「っ……念のため、配置した人員に戦争が始まっていることを知らせ、再度応戦と放送の指示! 遺跡がない街は兎に角敵軍から離れるように避難誘導を行え!」
「各方面……了解とのこと!」
そこまで言ったところで、ナールはレナが魔粒子装備のブーツを履こうとしていることに気が付く。
「れ、レナ!? こんな時に何をしている!?」
「私も前線に向かいます」
「何をバカなっ……せめて誘導の方にっ」
「王族が前に出なければ付いてくる者も付いてきません。避難誘導は間に合っているのでしょう?」
予想していた返答。咄嗟に妥協案を出すが、歯に着せぬ、ハッキリとした意見が返ってきた。
既にドレスアーマーと剣のチェックに入っている。今にも飛び出しそうな様子だった。
「誘導だぞ!? 数は幾ら居ても良いっ、特にお前が居れば民も言うことを聞いてくれる!」
「敵艦を見てください」
一度、装備確認を止め、上を見上げるレナ。
釣られるようにナールも視線を向ける。
「な、何を……」
「サンデイラの魔導砲は確かに直撃しました。しかし……」
敵艦ヴォルケニスには傷一つなかった。
浮上を終え、更なる上昇を開始したサンデイラと向き合うようにして、今も前進している。
途中で部下が持ってきた双眼鏡でも特に異常は見られない。
「こちら同様、魔障壁が搭載されているのでしょうね」
「ソーマ一派が使っていた小型戦艦もサンデイラの魔導砲を弾いたと聞いた……魔障壁とは標準装備で、元来そういう性能なのだろう」
個人的見解を述べつつ、ナールはそれが何だと先を促した。
「初撃の魔導砲で決められなかった場合かつ艦隊戦にならなかった場合……お姉ちゃ……いえ、セシリア船長はエアクラフトと魔粒子装備を使っての空中白兵戦、及び戦艦同士での大筒と銃の撃ち合いになると言っていました」
「そう、だろうな。でなくても敵艦に乗り移っての白兵戦は免れな――」
二人の会話は上空に走った閃光によって遮られた。
「っ……」
「やはりか……」
件の敵艦ヴォルケニスから魔導砲らしきエネルギー波が放たれていた。
幸い、直撃したサンデイラはやはり魔障壁によって一切のダメージを負わなかったものの、上昇速度は低下。弾かれたエネルギーは王都付近の砂山に降り注ぎ、激しい砂埃を巻き起こした。
『どうですか、砂漠の民っ! こちらはいつでも王都を消し飛ばす用意があります! 短期決戦ならば大いに結構っ! ただぁしっ、長期戦等という面白味の欠片もない手段を取れば王都を文字通りの砂の都にして差し上げますわっ!! おーっほっほっほっほ!』
再度聞こえてきたルゥネの声はそれだけで終わってしまった。
誰に対して言った訳ではなく、言うならばシャムザそのものに対しての牽制なのだろう。
自国で戦うシャムザとは違い、飛んで来ている帝国には物資の限界がある。それを嫌がっての牽制。
王都にある遺跡や王族の命、民の労働力欲しさに攻撃はしないが、少しでも長引けば即座に終わらせる。そういった脅しでもある。
尤も、ルゥネ含め帝国は根っからの戦争狂いで知られている。
つまらないから、という理由が大きいことは声音で伝わってきた。
「厄介な……シキ達は大丈夫なんだろうな」
思わず出てしまった声に、何人かの部下が不安そうな顔になった。
しまった……と反省しつつ、直ぐ様睨んできていたレナとアイコンタクト。行動に移る。
「問題ありません。今回、サンデイラには新たに発掘されたシエレン部隊もおります。先日の騒動でシエレンに飛翔能力があることもわかり、飛翔翼の始動テストも終えている。如何な帝国と言えど船に乗ってきたゴーレムは対処出来ますまい」
「うむっ。あそこには最強の味方が二人も居ることだしな! すまん、今の弱音は忘れてくれ!」
猿芝居も良いところだが、効果はあったらしい。
忙しなく動いていた者や通信を行っていた者の表情から幾分か力が抜けている。
しかし、話題が戻った瞬間、兄妹喧嘩も再び開始された。
「では、そういうわけなので」
「待て待て待てっ、何がでは、だ。何も説明してないだろうっ」
司令部であーだこーだと言い合う王族の図は部下達としても顔どころか肩や身体まで力が抜けてしまう光景である。
とはいえ、二人にも譲れないものがあるようだった。
「以前も言ったぞレナっ、我々が前線に出る必要はないっ! 死んだらどうする!」
「それをやって、王は死んだのです! 民に命を懸けさせておいて、王族が後方で指示出しっ? 口先だけで何が王か!」
「父上はセシリア殿の瞳を使ったアーティファクトを守ろうとしたのだぞ!? 王族は王族だからこそ後方に居なければならないっ、血は絶やしてはならないと何度言えばわかるんだ!」
「異母兄弟を悉く暗殺しておいてどの口がっ……! 貴方がそんなだからっ!」
第三者から見ても、二人の主義主張は強ち間違いではないとわかる。
だが、レナはこの問答自体が無駄であり、部下の士気低下に繋がると思ったらしい。
「潜伏しているハルドマンテかサンデイラの方に回ります!」
とだけ言うと、テントを飛び出し、颯爽と空に上がっていってしまった。
「レナ! 行くな!」
止めようとして思わず手を伸ばしたナールを制したのは部下からの進捗報告。
「報告っ、先程の暴徒連中が避難民を煽り、避難が妨害されているとのこと! 場所は王都中心っ、ここからでも見え……あそこです!」
「東地区でも同様の騒ぎを確認っ、現在居合わせた騎士数名が沈静化に当たっています!」
「北も同じです! ただ、相手側に逃げ遅れた冒険者も居るらしく、時間が掛かる模様!」
船長曰く、暴徒の中にはシレンティによって被害を受けた者達も居る。
直接的被害にしろ、間接的被害にしろ、戦争準備にかまけてまだ若いレナに被害者と遺族関連のことを任せていた部分があったのも事実。そういった意味でも対処は難しかった。
「っ……通信用のアーティファクトを用意しろ! 近くの暴動には私が当たる! 貴様らに対処出来ない事態があれば随時通信を寄越せ! 現場で指示を出す! 他の場所は誘導人員を割いてでも黙らせるんだ! 最悪、斬り殺しても構わん! ただしっ、私がそうしろと指示したことを大々的に伝えること! 全ての責任は私が持つ! 少しでも民の命を救うのだっ!!」
以前の腐っていたナールとは明らかに違う、王族らしい面構え。
部下達だけでなく、手伝っているだけの平民や冒険者までもがニヤリと笑って答えた。
「「「「「了解しました!」」」」」
「「「「「あいよっ!」」」」」
望んでない戦争ではあるが、国の為、家族の為、友人の為、生活の為に立ち上がった彼等の顔には最後まで戦う覚悟がハッキリと見て取れた。
◇ ◇ ◇
怒号が飛び交っているサンデイラのブリッジや王城跡地のテントと打って変わって、ヴォルケニスのブリッジ内はとても静かだった。
空間は長方形。片仮名の『コ』の字に二メートルは低い位置にオペレーター達が、中心の高い位置には艦長であるルゥネが真っ赤なドレス姿には少々似つかわしくない黒い傘を床に付き立て、堂々と部下達と戦場を見下ろしている。
巨大モニターのようなものはないが、ルゥネの位置からは前方180°と少しが強化ガラスで造られている為、外の様子がよく見え、逆にルゥネから見えない位置の光景は艦長不在の椅子とモニター画面に映し出されていた。
オペレーターにはそれぞれ小型のモニターとキーボードが数台。モニター画面を睨み、時々キーボードを確認しているものの、タイピング手捌きはかなり手慣れており、定期報告も落ち着いている。
そんな中、ルゥネの横で異様に巨大な人の手に鋭い爪が生えているような形状の両手で顔を覆っていた者がふと顔を上げ、呟いた。
「報告。辺境に降ろした馬鹿共……じゃない、陽動班だけど」
「はい、旧世代の馬鹿共がどうかしましたか?」
フードを被った、ドワーフのように小柄な身体。異形の手。
しかし、若い女にしか聞こえなかった声の主が周囲の部下に聞かれないようにと気を遣ったのか、小声だったのに対し、ルゥネはハッキリと普段通りの声量で聞き返した。
「……早くも壊滅の危機。フロンティアだっけ? は紫髪の女の獣人が兵隊をバッタバッタ薙ぎ倒してるし、他はえっとー……ロボット……あ~、ゴーレムで伝わるかな。兎に角、ゴーレム風の何かにボッコボコにやられてる」
「そうですか。因みに、そのゴーレム風の何かとは何でしょう」
見向きどころか微動だにしないまま話すルゥネ。
ある意味尤もな質問なのだが、異形の者は言葉に詰まったように言う。
「ロボットとしか言いようがないんだけど……わからない、よね?」
「わかりません」
「……全長五メートルの人型ゴーレム。多分、この魔導戦艦みたいに古代の遺物だと思う。んで、ビックリすることに胸部に口みたいな開く部分があって、その中に人が居る。てかその搭乗士が動かしてる……人型、兵器……?」
小声で「私、ロボット物知らないんだよなぁ……」等と言いつつも、異形の者は何とか伝えきった。
「ほう? あの巨大な魔導戦艦といい、やはりシャムザには不思議な物で満ち溢れているんですわね……!」
ルゥネはいつの間にか子供のように目を輝かせて話を聞いていた。
しかし、どんなに待っても「解体してみたい」だとか「魔素で動いているんですよね?」だとか、ゴーレムに対することばかり。
異形の者は変わったものを見たかのように固まりながら訊く。
「えっと……どうするの?」
「はい?」
「だ、だから、その馬鹿共はどうするのって」
幾分か見下してはいるものの、部下には違いない。
そう思っての発言だったのだが、ルゥネはキョトンとした顔で返した。
「どう……? 仰る意味がよくわかりませんが……どうもしませんわよ?」
「へ?」
お互いに何を言っているの? と言わんばかりの混乱顔。
二人の混乱を解いたのはオペレーターの画面を凝視していたもう一人の異形の者、ココだった。
「アイちゃんは馬鹿共なる人達を助けないのって訊いてるんだよ」
困ったような顔でキーボードに何かを打ち込んでいた部下の肩から両脚の鳥爪を離し、バサバサ音を立てて羽ばたくと、颯爽とルゥネの元に上がってくる。
「あ、成る程っ。そういうことでしたら今申し上げた通り、どうもしませんわ」
「ていうか君の【以心伝心】を使えば早かったと思うけど」
艦長席の背もたれに降り立ち、少し引いたような顔で言ったココにルゥネは元気よく返した。
「疲れますわ!」
【以心伝心】。かつて冷遇されていたルゥネを女帝にまで成り上がらせた力はどうも使い勝手が悪いらしい。
「そこの方達と操舵手、観測班から砲撃担当の方達まで繋がっているんですのよ? これ以上の無駄な情報は頭が可笑しくなりますわ」
「……だってさ、アイちゃん」
「見殺し……ってことよね?」
更なる説明を求めるアイという異形の者はフードを外し、モグラのような可愛らしい顔を出すと、再度両手で顔を覆った。
「今から何かしたところで、その馬鹿共は救えそうですか?」
ルゥネの声を耳にしながら、アイは脳内に映る光景を見つめていた。
名前等は知る由もないが、アリスとその愛人達にアカリ。バーシスとリュウ&小型魔導戦艦四隻を指揮しているショウ。紅の騎士型ゴーレム、アカツキを駆るヘルトと『砂漠の海賊団』のバーシス部隊。
それぞれが辺境の街を守り、突撃してくる帝国軍を蹴散らしていた。
ゴーレムに殴られ、踏み潰され、無数の弾丸で物言わぬ肉塊と化すのは勿論、小回りの利く小型戦艦からの銃&砲撃でも、冗談のように大勢の兵士が死んでいる。
げに恐ろしきは先程伝えた紫髪の獣人だ。その女は普通の少女と大して変わらない容姿にも関わらず、殴打や蹴りを受ければ首から上が消し飛ぶか、あり得ない速度で吹っ飛び、持っている二本の短剣を最大限振り回す為か、独楽のように回転した次の瞬間には二十人以上の首が飛んでいる。
少しでも街に向かおうものなら「テメェらの相手はこの俺だろうがああっ!」と叫びながら砂山を殴って凄まじい砂煙を起こし、それに紛れて次々死人を増やしていく。
当然街にも武装した兵は居る筈なので、視界が確保出来ない兵は安易に進むことが出来ず、感知スキル所持者は動きでわかるのだろう、動いた瞬間を狙われて女に斬り殺されている。
「救う以前の問題。特に化け物みたいのが居るフロンティアって街は絶対無理ね。まああいつレベルとまではいかないけど……ウチらじゃ相手にならない」
アイが顔を上げ、普通の視界に戻したところ、ルゥネは小声で「それ、やっぱり便利な力ですわねー……」と感心しながら言った。
「現在、馬鹿の一つ覚えのように地上で突撃している歩兵部隊は貴女やココ達のような転生者が言う近代兵器、アーティファクトの類いを嫌った古い人間達ですわ」
「ついでに、生産職と後衛職、他種族にも偏見があったね。お陰でボクらは酷い目に遭った」
「何回か行った口頭演説で、そういった反乱分子になり得る者と私の言うことを聞きそうにないゴミを選別し、お望み通りの最前線に出して差し上げたのです。感謝してほしいくらいですわ。全く……相手はアーティファクト大国のシャムザだというのに」
そこまで言ったところで敵艦であるサンデイラとヴォルケニスが隣り合った。
すれ違い様、当然のように大筒と銃型アーティファクトを撃ってくるサンデイラを、ルゥネはまるで面白いものでも見るように微笑みながら見ていた。
――ズガアアァンッ! ズガガガガガガッ!
と、魔導砲のようなエネルギー体ではないので魔障壁が働かず、船体が揺れる。デッキ付近には幾つか赤い染みが出来上がった。
「……ふん」
ピクン……と何かに反応したように甲板上に振り返り、続けて呆れたと言わんばかりに鼻を鳴らしたルゥネが視線を前に戻すと、遅れてヴォルケニス側も撃ち返し始め、戦艦同士にしては可愛い砲撃戦が始まった。
「くひっ、銃とか魔導戦艦見ても何とかなるの一点張りなんだもん。ルゥちゃんなんかこの前プッツン来て何人か殺したでしょ?」
「言うことを聞かない兵など要りませんわ。しかも、こちらは皇族を滅ぼして座に着いた正統な皇帝だというのに、やれいつか娼婦にでもしてやる、やれ生産職風情が……頭の中はそればっかり。左舷下、大筒はどうしまし……っと、失礼しました」
結構な揺れと砲撃、銃撃音がある中、話している途中でルゥネが妙なことを呟いた途端、ココとアイはバツが悪そうに一瞬黙り込み、謝った。
「……いや、こっちこそごめん。どうぞ集中して?」
「私も……ごめんなさい」
「ではお言葉に甘えて」
ブリッジ内に暫しの沈黙が訪れる。
その間、ルゥネは相変わらず微動だにせず立っており、部下達も無言。
しかし、ヴォルケニスとサンデイラはすれ違っては翻し、砲撃戦を続けている。
弾幕の薄い箇所をルゥネがチラリと睨めば即座に張られ、敵艦に後ろを取られた時はまるで誰かに指示されたように後方に配置されている部隊が煙幕やロケットランチャーで目眩ましをし、十分距離を取った後、反転して再び射撃を開始する。
やがて、船体に穴が空き、艦内がバタバタと忙しなくなり始めた頃、ルゥネは杖代わりに使っていた傘の先端で力強く床を突いて叫んだ。
「やっぱり面倒ですわこの力! 我ながら修練が足りませんっ!」
本人はぷんすか怒っているが、周囲はいきなりのことに肩を震わせて驚いている。
「ま、まあそれは……」
「ボク達の固有スキルと比べればねぇ」
同様に驚愕で軽く目を見開いていたココ達も口々に頷く。
「人が創った意識共有空間内で好き勝手ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃっ……ん~~っ!!」
余程頭に来ているのか、地団駄でも踏みそうな勢いだった。
「皆さんは嫌でも私は面白いんですのっ! え? 怪我人っ? 死人っ? それが何ですかっ、それでこそ戦争でしょうっ。文句があるなら直接言ってきなさい! ……んも~っ! そんなにこの戦いが嫌ならもう良いですわっ! 降下部隊っ、カタパルトデッキへ!」
苛立っているルゥネの言葉にココとアイは勿論、他の部下達までもが振り返り、聞き返す。
「え、降下? ちょっとルゥちゃん、それは早いんじゃ……」
「先ずはヴォルケニスの性能を確認するって――」
「――んっ!」
再び傘の先端が床を突いた瞬間、ブリッジ内の全員がビクッと固まり、数秒後、納得したような顔つきで肩の力を抜いた。
「うわぁ……これは確かに」
「煩いわね。私でも怒る」
「皆さん本当に勝手ですのよ。初めてだからよくわからないとか言われた通りやってるとか……マニュアル通りにやってますというのは阿呆の言うことですわ」
溜め息混じりに呟いたルゥネの顔は既に若干の疲労が見えていた。
「はい? あぁ、召喚者部隊も煩いので降ろします。前もって伝えた通り、略奪は事が終わった後なら好きにして良いので……そう、そうですわ。……だから好きにして良いと言っているでしょうっ、よくもまあ自分よりも年下の皇族に向かってそんな下品なことを思えますわね……殺しますわよ? はぁ……」
一人でぶつぶつ話しながら、今度は盛大な溜め息。
その上、傘に顔を突っ伏すようにして俯いている。
「くひひっ、総督兼パイプ役は大変だねぇ」
「また他人事みたいに言って……」
「私も中間管理職の経験あるからわかるなぁ……まあそれで死んだし、うちの姫様とは規模が全く違うけど」
ニヤニヤしているココ達に苦笑いで返し、甲板を見つめるルゥネ。
視線の先にはシキの言う魔粒子装備を揃えた兵士やエアクラフトを持った者達が現れ始めていた。当然のように武装は銃等の近代兵器がメインだが、中には剣や槍といった慣れた武器を持っている者も居る。
「彼を先頭に、準備出来次第降下。恐らく敵はエアクラフトで応戦してくる筈。貴方達のように単体で飛ぶことはありません。その部隊を叩き、こちらに乗り込ませない……そして、逆に敵艦に乗り込み、鹵獲するのが貴方方の役割ですわ。部隊長はリンクを繋げたままにします。何かあれば報告を、では」
通信機器は誰も付けていない。
にも関わらず、降下部隊の内の一人、酷くやる気の無さそうな赤茶髪の男がジェットコースターを思わせる、超速度で動いて甲板ギリギリで停止する台に乗り、弾き飛ばされるようにして飛んでいくと、後続の兵達は次々に戻ってきた台に乗り込み、その後を追っていく。
地上ではサンデイラが巻き上げた砂埃が未だに舞っていたが、ヴォルケニスから見る降下部隊は各々の魔力の輝きをこれでもかと撒いており、眩しいとまでもいかない光のため、美しさすら感じる光景だった。
「さて、ここまでは想定内。砂漠の国シャムザ……次はどう出るんですの?」
うら若き女帝ルゥネは崩れていた体勢を整え直して先程の堂々とした仁王立ちに戻すと、不敵に笑った。




