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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
170/334

閑話 シャムザでの平和な一日



「と、言う訳なんだが」

「……それはヤバいね」

「あぁ、ヤバい」



 レナとナール、船長から頼まれた仕事を終えた『砂漠の海賊団』の船員達が集まる宿にて。

 周囲がガヤガヤワイワイと騒がしい中、シキとショウはゲン○ウポーズで小さく会話していた。



「金は払う。だからその……」

「アレが欲しいと。全く、隅に置けないね~」

「……あんまり大きな声で言うのは止めてくれないか? 後、そのノリもウザい」



 少々恥ずかしい相談故の小声であるにも関わらず、ニヨニヨしながら肘で突いてくるショウに、一瞬イラッと来たらしいシキ。

 この集まりは『砂漠の海賊団』の全員が揃っている。恐れることは山程あるが、一番の問題は……



「大袈裟だよ、恥ずかしがっちゃって……大体、こんなに小声で話して――」

「――なあ、今の話ってゴムのことだよな?」

「え、ゴム? 避妊具の?」


 

 下手に耳が良いせいで普通に聞き取り、空気を一切読まないアホさ加減で突っ込んできたアリスと、それを普通の声量で拾ったリュウだ。



「…………」



 思わずこめかみを押さえて俯く。

 シキはこれを恐れていたようだった。



「「「「「…………」」」」」



 他にも何人かの船員に聞かれていたらしく、無言で近付いてくるor聞き耳を立てている者が多数。

 近くに居た数人の女性船員とアリスのハーレムメンバー二人は無言で席を立った。



「「……ごめん」」

「あれ? プリム達何処行ったんだ?」

「ぶっ殺すぞお前ら」

「まあまあまあまあまあ……そう怒るなよ」

「テメェのせいだろアリス。クソ恥ずかしい思いさせやがって」



 本人も言っているように大分恥ずかしくなったのか、シキが仮面で顔全体を覆いながら抗議する。

 如何にも「気ぃ遣いましたよ~」という女性の反応が、齢十八のシキには少し痛かった。



「ガキだなぁ……そういうことを自慢してこそだろうが」

「して何になる。相手にも悪いだろう」

「え? お前の相手ってどうせムクロちゃんだろ? もう今更だぜ?」



 つい「何で知ってるん?」みたいな目で見てしまったシキに、アリスはやれやれ……と肩を竦めながら説明してくれた。



 曰く、「サンデイラに泊まっている時から同じ部屋なんだから……ねぇ……?」。



「それは盲点だった」



 周囲の反応が気にならないくらいにはムクロのことを心配していたシキだったが、そのせいであらぬ疑いを掛けられているとは知らなかった。

 流石に耐え切れなかったのか、今度は突っ伏してまで顔を隠している。



「で? 何回目なんだ? ん? ほら、言ってみろよユウちゃん、ん? ほら、ん~?」

「マジうぜぇ」



 アリスだけでなく、付近に居る全員がニヤニヤ、ニマニマ、ニヨニヨしていて、シキにはそれが大変嫌で、かつ腹が立った。

 なので、話題転換……否、道連れを増やすことにする。

 


「若いのにそこを気にするなんてねぇ。何かと生き辛い日本ならまだしも、この世界で子供なんて気にしなくても――」

「――へぇ? それにしちゃナタリアとの間にはやたら気にしてるって聞いたんだがな」



 明らかに面白がっていたショウはシキの思わぬ反撃に顔を盛大に強張らせた。



「なっ……な、何のことかな?」

「ナタリアとレナは仲が良い。そいつぁ周知の事実だろう? レナは同年代の異性という存在が大層気になるようでなぁ。何故かそういう話を俺に振ってくるのさ。やれやれ、羞恥心がないのやら、友人のシモい話が気になるのやら……」



 遠回しに「俺は全て知ってるんだけどなぁ。女同士のシモ話の暴露レベル舐めないでほしいなぁ……」と、牽制するシキ。

 周囲の視線を一身に受けたショウは無言で顔を覆った。



「マジかショウちゃんっ、ナタリアちゃんとくっ付いてたのかよ!? このこのっ、いつの間にそんな仲になったんだよっ。その話も詳しく――」

「――お前もだぞ糞漏らし。ハーレムメンバー二人との3Pは最近どうなんだ? ん? あの時の穴開き下着とその他下着はどうしたんだよ。俺の隣で俯いてる人が『ちょちょちょ聞いてくれるっ? アリスの奴っ、大人の玩具寄越せって言ってきたんだけど! ウケるよね! これだよ、ほら現物! あのアリスがだよっ? ……あ、人には言わないでね!?』とか言ってきたことがあったんだけどなぁ」



 今度はアリスに視線が集中し、彼女も無言で顔を覆った。



 「勝った!」と内心で高笑いし、水を一気飲みしたシキは席を立とうとして、リュウの口から飛び出た爆弾で固まった。



「あ、ユウ……じゃなかった、シキ。その話で思い出したんだけど、宿屋の人から苦情来てたよ。そういうことをするのは良いんだけど、激しすぎって」

「ん? 激、しい……?」

「いやね? 声とかは聞こえないらしいんだけど、建物が揺れてるって」

「「「「「いやそれは激しすぎだろ」」」」」



 核弾頭レベルの爆弾を無防備なところに撃ち込まれ、人生最大級の硬直を見せたシキに周囲の全員と、ついでに顔を覆っていたショウやアリスまでもがツッコミを入れた。

 尚、建物の揺れは遺跡発掘隊が警備用ゴーレムと戦っている時の振動である。地下ということもあるが、調査の過程で遺跡の黒ブロックの、『音を徹底的に遮断する』という性質を知ったナールが時間を区切って兵士達やゴーレム隊に攻略させているのだ。



「そ、そんなにしてムクロさん大丈夫?」

「あんまり激しいと……き、嫌われるぜ?」

「ふっ……因みに、その苦情は船長のところに来たみたいだね。船長から他の船員経由で気まずそうに『伝えといて』って言われたから皆知ってると思うよ」



 耳まで真っ赤にしながらもクスクス笑っているショウとアリス、そして、半笑いで告げてくるリュウ。



 思考系スキルを駆使しても硬直していたシキはやがて覚悟を決めたように口を開いた。



「多分盛大な誤解だと言っておこう。……それはそうとリュウ。お前はどうなんだ?」

「え? 僕? いやいや、僕みたいな陰キャにそんな経験ある訳……」

「ふーん、色んな娼館からやべぇ奴が居るって噂になってるとナールから聞いたんだが……そうか、お前じゃないんだな?」

「……な、何のことやら」



 被せてまで圧を掛けてきたシキに、リュウは顔中に脂汗を垂らし始めた。

 知らぬ存ぜぬを貫くようだが、反応が反応だ。何か心当たりがあるであろうことはその場の全員が察した。



「ゴブリンやオークからコピーした《絶倫》スキルと《精力向上》スキルのせいで辛いからとか何とか聞いたなぁ。いやはや、ナールも結構そういう店が好きらしくてな。なんでも娼婦がげっそりした顔で愚痴ってきたらしい。『必死に腰振るのは良いんだけどねぇ』、『演技も疲れるし……』、『一晩中はちょっと……しかも三~四人同時……』等々、ナールからどうにかしてやってくれと言われたんだがなぁ……」

「へ、へ~? 困った人も居るもんだね~」



 声は上擦り、視線はキョロキョロと非常にキョドっている。



 周囲も「え、こいつまさか……」という目でリュウを見始める。



 シキは仮面の奥で犬歯を剥き出しにするほど口角を上げながら止めを刺しに行った。



「確か……客の名前は何て言ってたかな……リューだっけか……いや、リューオーだっけ? う~ん……何だっけかなぁ……あれ? あれあれ? 今気付いたが、ここにリュウっていうそれっぽい奴が居るなぁ? おかしいなぁ……似てるよなぁ……なあリュウさんよ、本当に心当たりはないのか? ん~?」

 


 リュウは今度こそ机に顔を突っ伏した。



 ゴンッと結構な音を響かせていたが、それより心のダメージの方が大きいのだろう。



 そして、四人揃って周囲の圧と視線、羞恥に顔を覆っている中、それを後ろから見物していた者が数人。



「あー……坊や達ぃ? そういう話をするのは……良い……とは言い難いんだけどぉ……た、助けてくれるかしらぁ?」



 何処からか聞こえてきた船長の声に「あ、やべっ、船長に聞かれてたかっ……」と、振り返った四人が見たのは左からムクロ、ナタリア、プリムにゾルベラ、気まずげに視線を右往左往させている船長の姿だった。



「……シキ、何の話をしてるのか後で詳しく聞かせてもらっても良いか?」

「ショウさん……私も後でお話があります」

「アリス様、私、恥ずかしいですっ」

「こんなに人が居るところで酷いだよアリス(ぐぅん)……」



 一人は涙目だが、ほぼ全員こめかみがピクピクしていて、目が一切笑っていない。



 凄まじい殺気である。いや、殺気ではないのだが。



 周囲の男達が顔色を青くさせて、そそくさと逃げ出していると、リュウもしれっとそれに混ざろうとしていた。



「さ、さぁて、僕は関係ないし、そろそろ……」

「リュウ坊、板挟みの私の身にもなりなさぁい? 貴方にも当然罰はあるわよぉ」

「……はい」



 この日、四人は頬に真っ赤な紅葉を咲かせた。



 暫くの間、女性陣からは冷ややかな、男性陣からは同情と好奇の視線に晒されたのは言うまでもない。

















 ◇ ◇ ◇



「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ……」

「……えっ」

「勝利を掴――」

「――ちょおおいっ!? ストップストップ! それは無しだろっ!」

「何だ、良いところだったのに」

「良くないわ! 相手してる俺の安全考えて!?」



 必死に安全性を訴えるアリスの前で、シキは赤熱化していた自慢の手甲の魔力を納めた。

 少しずつ危ない熱と光が消えていく一方、外野の会話が聞こえてくる。



「何て卑怯な……汚いな流石シキ殿汚いでござる」

「……何でそのネタ知ってるのこの人」



 ジト目で睨む撫子と、それを見て本気で首を傾げているリュウだ。



「外野煩いぞ」

「煩くもなるっての! おまっ、俺を殺す気か!」



 目を見開いてキレるアリスは短剣型魔剣を両手に、シキは右手にジルの刀剣を、左手の手甲はだらんとさせるように構えている。

 場所は魔導戦艦サンデイラの広い甲板。撫子とリュウはそんな二人を観戦するように端の手すりに座っていた。



「死にはしない」

「死にはな!? 死にはしないけど大ダメージだろ!」

「当たらなければどうということもない」

「……それ食らって顔のパーツ溶けた勇者の話を聞いたことあるんだけど」

「ははっ」

「この前のことまだ根に持ってんのかこの野郎っ、ネチネチネチネチしつけぇなぁ!」

「何のことだ糞漏らし。そうやって騒くのは悪い癖だぞ糞漏らし」

「うがああっ、こいつクソうっぜぇっ!」



 現在、シキ達が行っていたのは武器有り、寸止めの組み手である。

 使えば使うほど疲れるらしい《再生》スキルによって後遺症はなかったものの、アリス同様寝込んでいた撫子が復活したので、鈍った身体を解しがてら前衛組で模擬戦を行っていたのだ。



 しかし、純粋な強さや多彩なスキル構成を誇るアリス達にとって、シキの馬鹿力、馬鹿げた威力の武器、砂漠の砂を使った目潰しや属性魔法による妨害……etcはかなり相性が悪い。



 勝つ為なら何でもする性格と行動力は強さと言えなくもないのだが、アリスの前に撫子と対峙した際、予めショウに貰っていたという閃光弾を使った時点で三人から大ブーイングを受けたシキは内心モヤモヤしていた。



「魔法もダメ、武器もダメ、目潰し道具もダメ……お前ら、何なら良いんだ?」

「武器がダメとは言ってねぇ! 今、ふざけながらだったけど、その手甲、確実に赤くなってたからな!? めちゃくちゃ熱そうだったからな!?」

「寸止めなんだから問題ないだろ」

「大有りだわっ! 寸止めでもビビんの! 組み手どころじゃなくなるっつの!」



 アリスの言い分が尤もなのは理解出来る。が、シキからすれば身体がすくんで普段のパフォーマンスが出来ないというのはアリス達の都合である。



「だからって素のステータスとスキルだけで戦えってのは俺に不利過ぎないか? お前らも俺のスキル構成は知っている筈だ」



 アリスと撫子は凄まじいまでの身体能力と強力な固有スキルを持った超物理タイプ。

 リュウは身体能力こそ最弱レベルなものの、スキルの多彩さはシキを遥かに凌駕している。



 一方シキの身体能力は攻撃力と防御力以外全て中の上から上の下、戦闘向きのスキルは異世界人が共通して持つ強化系スキルを除けば《金剛》と同じく強化系の《怪力》、格上には効かない《咆哮》と組み手で使えない《狂化》のみ。

 シキが絡み手や姑息な手段に頼るのをアリスですら察することが出来る差だ。



「それはっ……ちっ、わかるけどさぁ……もっとこう……な?」

「いや、な? じゃないんだが」

「……ではこうしよう。武器も魔法もスキルも魔素……ああいや、魔粒子も禁止にした組み手。死ぬ危険性がないから寸止めルールも無し。これなら文句はないでござろう? 魔力が尽きた時の想定と考えれば妥当でござるよ」



 シキは「いや……」と否定しようとして、「……確かに何度か危ない時があったな」と納得した。

 それに、アリスと撫子は世界規模で見ても上の中から上の上の強さを持っている。例えボコボコにタコ殴りにされたとしても得るものはあるだろう。



「……えっと、僕は?」

「当然リュウ殿も……と言いたいところでござるが、まあリュウ殿とシキ殿は例外にするでござる。リュウ殿はステータスがあまりにも貧弱過ぎるし、シキ殿は使う以前の問題。まあスキルが使えないタイミングなんてスキル頭痛が来た時くらいしかないでござるからな。二人共、単純な実戦訓練と考えてくれて良いでござるよ」



 中々辛辣な評価を受けつつもリュウはほっと胸を撫で下ろしたようだった。



 ということで改めて行われた組み手はやはりシキの一人負けに終わった。



 アリスとはステータス差と反応速度の差で全ての攻撃を素手で止められ、逆に全ての攻撃を食らってダウン。

 途中からはギリギリで躱したり、カウンターだけで対応されたりと終始遊ばれた。



 撫子は柔術や合気道のような体術も使えるらしく、拳も蹴りも容易くいなされた上で投げられるを繰り返し、完敗。

 それは体術スキルだろ、とツッコミを入れて止めてもらったが、ならばと今度は持ち前の超スピードで翻弄。ひたすら殴られ続け、反撃すら出来ず、完全なサンドバッグにされた。



 リュウには今までの鬱憤を晴らすとでも言わんばかりのスキルラッシュorコンボで手も足も出ずに惨敗した。

 《縮地》からの気配と姿を消す《隠密》と《金剛》を纏った拳で殴られたり、反対に《金剛》や衝撃を吸収して無効化したり、反射させる《衝撃吸収》、《反射》でありとあらゆる物理攻撃を受け止められ、混乱させられたところを、衝撃を一直線に貫通させる《貫穿》スキルで脳を直に揺らされ、気絶させられた。



「い、いてぇ……じぬ……!」



 とは全員にフルボッコにされ、甲板上に倒れながらピクピク痙攣するように震えていたシキの発言である。



 その辺りで回復薬と回復魔法でも傷が治らなくなったので、ナールを呼び、再戦。



 だが、結果は同じ。



 何ならシキの動きや攻撃パターンを覚えたアリス、撫子には掠ることも、腕を振り上げることも出来なかった。

 リュウは根本的に臆病なので大事な局面で目を瞑ったり、情けなく悲鳴を上げたり、ガードしがちだったりと、お陰で蹴りもパンチも関節技も決まるのだが、如何せんスキル効果が強過ぎる。攻撃系スキルはなく、防御スキルは使い勝手の悪い《金剛》だけ。感知系や移動スキルもないシキは全ての技能において、スキルで補えるリュウに完敗していた。



「こうして見ると……貴様、途轍もなく弱いな」

「う、うる……せぇ……」

「おーおープルプル震えてしまって……くくくっ、良い様だなっ」

「くっ……」



 シキは煽ってきたナールに言い返すことも出来ないほどボコられ、その上、三人からもそれぞれ好き勝手に言われてしまった。



「ユウちゃん、お前マジで弱いな……武器と魔力頼りって……致命的過ぎないか?」

「まあまあ、シキ殿は実戦で強いタイプでござる。こういう制限付きの組み手なら弱くて当然でござるよ」

「ご、ごめんねなんか……。スキルが無ければ僕が最弱なんだけど……」



 アリスは憐れみの視線を向けられ、撫子はうんうんと頷きながら……しかし、何処かにやついた顔で言われ、リュウは涼しい顔して言ってきた。



「くっそ……!」



 悪態こそついた彼だったが、内心では甘んじて彼等の評価と現実を受け入れていた。



 これが現実なのだ。

 最初からわかってはいたものの、自分は強くないという認識を改めて感じることが出来た。



 しかし、どうにも悔しかった。



 様々な死線を潜り抜けたと自負してきたシキにはほんの少しの傲りがあったらしい。



 いつの間にか観戦していた船長やレナ、レドとアニータ、ムクロからの意外そうな視線も気にならないほどには悔しかった。



 故に、ナールに協力してもらい、何度も何度もアリス達と戦うことにする。



 傲りが完全に消えた今なら、という目論見も当然外れた。



 完膚なきまでに負け続け、気絶させられる回数が十を越え、二十を越え、やがて日が暮れ始めた頃、結局一度も勝てることなく、模擬戦は終わってしまった。



「何て言うか……ユウちゃんはセンスがないんだよな。リュウちゃんのビビりと同じで根本的に戦闘センスがねぇ。武術も素人同然だし、伸び代も感じられない。こっちの動きとか技を把握する速度はかなりのもんなんだがな」

「反射神経も悪くはないんでござるが、動き的に《直感》スキルっぽいんでござるよなぁ……しかも致命傷レベルの攻撃にしか反応しないのは……う~ん……かなり微妙でござる」

「後はスキル構成だよね。魔法も使える物理アタッカーなのに一つも攻撃スキルが無いのは逆に凄いと思う。魔物相手で武器無しじゃ恐ろしく苦戦するよ。対人戦も、他の手に頼らないと何も出来ないのはねぇ……」



 気絶しかけている時の三人の会話。



 流石に酷い言われようだったが、シキはストンと腑に落ちた気がした。



 嘗てジルに剣や強さ、戦い方を教わっている時も同じことを言われたのだ。



 『……テメェに〝技〟は無理だな。いつまで経っても猿真似から上達しやがらねぇ。覚えたとしても所詮付け焼き刃。どの角度から見てもクソの役にも立たねぇくらい才能がねぇんだ、正攻法での努力と戦闘スタイルは諦めな』、と。



 震えるほど悔しいが、それが客観的な評価である。



 しかし、それと同時に言われた言葉を思い出した。



『ユウ。テメェの武器は技術じゃねぇ。何があっても勝つ、何をされても食らい付くっつぅ心だ。その精神力とよぉく回る頭で考えろ』



 懐かしい思い出の夢から現実に戻ってきた時、組み手は終わっていた。



 日は沈みかけていて、膝枕をしてくれていたムクロと何やら難しい顔をしながらメモを書き連ねているナール以外の見物者も居なくなっている。



「へぇっ、じゃあ撫子さんも僕と同じ固有スキルを!?」

「うむ。拙者は毒も薬も効かない固有スキルと、ステータス制限を無効化する固有スキルを持ってるんでござる。だからナール殿の固有スキルは一切効かないし、【鶏鳴狗盗】の弱体化効果も無効化されてるからステータスが高いんでござるよ」

「つっよ。それに【一刀両断】と他に幾つも固有スキル持ってんだろ? うわチートじゃん」

「……何故私を引き合いに出した? 関係ないだろう。……というか少なくとも二人も私の【責任転嫁】が効かない者が居るのか……」

「と言っても、毒無効の固有スキルは薬……回復薬も風邪薬も無効化してしまうデメリットがあるし、リュウ殿も知っての通り、【鶏鳴狗盗】は対象が要らないと感じているスキルをコピーする能力。お陰で無駄なスキルばかり増えているでござる。……まあ薬の方は魔力回復薬だけは例外のようでござるが。回復薬は飲み続けると毒になるから同じ扱いなのかもしれないでござるな」



 アリス達の会話を目覚ましに身体を起こすと、ムクロが軽く驚いて微笑んできたので、シキはお礼を言ってアリス達の方を向いた。



「お? 目ぇ覚めたか、気分はどうだ?」

「……酷い気分だ。全身痛いし」



 ニカッと歯を見せて笑うアリスに苦笑しながらそう返す。

 そんなシキ達にナールが紙の束を渡してきた。



「薬も魔法も外側は治りやすいが、内側のダメージは引き辛いからな。暫く休んだ方が良い。……貴様らのデータを軽く纏めておいた。戦闘に携わらない素人の私見に過ぎないが、目を通すくらいはしても良い筈だ」



 先程、書いていたのはシキ達の戦法や動きの特徴についてのメモだったらしい。

 相手側が引っ掛からなかったフェイントを無駄な動きと書いていたりと見当違いの文もあるが、それぞれの欠点や長所をよく捉えている。改めて客観視出来るので、これは有り難かった。



「……ナール殿にしては気が利くでござるな」

「あ、しかも結構細かくてよく見てるねこれ。何かシキのだけやたら多いけど」

「奴はこの中で最弱なのだ。当然だろう」



 偉そうな態度と軽い嘲笑は鼻に付くが、シキ達は「彼なりの協力なのだろう」と、突っ込まないことにした。



「で? 何か得たものはあったか、ユウちゃん」

「……あったような、なかったような」

「シキ殿は無意識でも身体は間違いなく理解している筈でござるよ」

「制限無しなら結果が逆なのは誰もが知ってることだしね」



 煮え切らない様子のシキを、アリス達が励ますように笑う。



「でもま、俺達も微妙だけどな。圧勝だったのはユウちゃんにだけで他は全員良い勝負してたし」

「二人共本当に強かったから拙者も驚いたでござる」

「はは、僕はスキルの力だから何とも言えないかな……」



 全員、自分を見つめ直す良い機会だった。



 それぞれ磨くものや成長方針が見えたお陰で、アーティファクトを複製し、大量に所持しているらしい帝国との戦争も無理ではないように思える。

 ナールも四人の戦力を改めて感じて自信が付いた筈だ。



「っしゃ、んじゃあ飯食って風呂入って寝るか!」



 アリスが元気良く拳を振り上げたのを機に、他の者達は一斉に立ち上がって歩き出した。



「あ~疲れた。この船は湯船にゆっくり浸かれるのが良いでござるよなぁ……」

「もう全身バキバキだよ」

「……そう言えば貴様、スキル頭痛はないのか?」



 かったるそうに腕を回していたリュウにナールが訊き、全員の注目が集まる。



「ん? 全然ないですよ?」

「無職、と言ったな……」

「はい? あ、はい、そうですね」

「……まさか」

「……言いたいことはわかりますけど、多分ないと思いますよ」



 何かを思い付いたようなナールの反応を、リュウは手を振って否定するのだが、かの王子はニヤリと笑って言った。



「いや、調べる価値は大いにあるぞ。無職、という名の職業を持っているのだ。無能と思われている無職がそれ相応の力を有していてもおかしくはない」

「まさかぁ……」



 元々、研究者気質なのだろう。

 物事を観察したり、調べたりするのが好きらしい。



 そうして楽しげに話す四人の後ろで、ムクロが静かに抱き付いてくる。



「マッサージ、してやろうか?」

「……加減が出来るんならお願いしたいな」

「出来るとも。こう見えて、そういうのは得意なんだ」

「そうかい」



 腕を組みながら自信ありげに胸を張ってはにかむ彼女はここのところ以前の幼女口調が完全に消えており、我、私と自称する、芯のある性格が続いている。

 しかし、態度は幼女の時同様、とても軟らかく、視線も好意的だった。愛おしく思っている、そんな気持ちが伝わってくるような目で見てくるのだ。



 (古代史の遺跡の時から、だよな……後はこの前の騒動を経て……いや、そういう関係になったから? ……女心ってのはわからないな。前はめちゃくちゃ偉そうに命令してきたくせに)



 内心、思うところはある。



 しかし、シキは確かな幸せも感じていた。



 帰る場所があり、魔族になってしまった自分を受け入れてくれる仲間(家族)が居て、切磋琢磨し合える友人や気兼ねなく悪態をつき合える悪友も居る。



 そして、過去や言動こそ謎に満ちているが、自分を好いてくれる女性もだ。



 始まりこそ《魅了》によるものだった。

 だが、師に抱いていた淡い気持ちは既に憧れに変わりつつあり、代わりにムクロがその中心に居る。



「あぁ……やっぱり、もう戦いたくない、な……」



 静かに、誰の耳にも入らないほど小さく……しかし確かに吐露されたシキの本音は虚しく空に消える。



「? 何か言ったか?」

「……いや、何でもない」



 首を振って甘ったれた戯言を掻き消した彼は、ふと、小首を傾げて「そうか……」と頷いたムクロの耳元にそっと口を近付けて囁いた。



「ただ、このまま時が止まれば良いのにって言ったんだ」



 珍しくシキの方から密着してきたことに頬を赤く染めたらしいムクロだったが、途端に泣きそうな顔をしながら返してくる。



「んっ……わ、私もそう思う。愛してっ……愛してる、よ……」



 声は震えているし、鼻声気味。その上、綺麗な紅の双眼も潤んでいる。



 そんな、ムクロの顔は心なしか嬉しくて笑っているように見えた。



「……また、言えないんだろ?」

「う、ん……()()、ダメ……」



 何でそんな顔をする、何で泣くんだよ、という遠回しの疑問は予想通り回答を拒否された。



 (つくづく……気になる反応しやがって)



 それが堪らなかった彼はそのまま目と鼻の先にあるムクロの唇に口を近付け……



「あーっ! こいつら俺達の後ろでいちゃつこうとしてやがるっ!」

「……時と場所は弁えてほしいでござる」

「うーん……知り合いのイチャイチャは何か複雑……」

「レナが見たら泣くな」



 と、何に反応したのか、いきなり振り向いた仲間達に盛大に引かれたのだった。



延々話が進まない回が続いていて大変……大っ変申し訳ないのですが、来週も休みます。


ええ、コミケがあるので、ね。


次話こそ今章クライマックスの始まりにする予定です。

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