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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第157話 再起動と真の終息



 気付けばナールは叫んでいた。



 どうやら妙な民族衣装を着た女は斬ることに特化しているらしい。あるいはそのような固有スキルを持っているか。

 そして、有名な冒険者アリスと思しき獣人の女は獣人らしく凄まじいステータスを持っている。



 だからこそ自分を豚と罵った、あの無礼な仮面の男は彼女ではなく、アリスの方に向かったのだろう。



 そう思ったからこそ叫んだ。



「何かリーチの長いものを使え!!」



 乗り手であるシレンティはこのシャムザを救い、導く希望の光。

 隙あらばこちらを食い物にしようとしている帝国と自分達を繋ぐ架け橋になれる存在。



 しかし、彼女は守らなければならない王都を、民を傷付けた。



 兵士や騎士数人程度ならまだしも、あまりにも被害が出過ぎている。



 帝国と同盟を結ぼうと画策している手前、葛藤も気の迷いもあった。



 彼女の知識があれば同盟を有利に進められる。

 優位に立つことも可能かもしれない。



 だが、それ以上に許せなかった。



 (あの無礼者の言う通り、私は腐っても王族なのだろうな……特段、想っていた訳でもない王都や見下していた筈の民が傷付く光景に、こんなにも心を乱されるとは)



 王都の一方向が消し飛んだ時は胸が裂けるような思いだった。



 当たり前の日々を過ごしていた民達が死に、溶け、潰され、流血し、泣き叫び、逃げ惑い、転び、踏まれる光景は鈍器で頭を思い切り殴られたような衝撃と悲しみを覚えた。



 (これが私達が恐れていた戦争……! 欲に駆られた私が起こした悲劇っ、私がもっとアレの危険性を理解していれば! 私がアレを逃さなければ!)



 強い後悔が覆う心の何処かで諦めもあった。



 自慢のゴーレム部隊は殆ど全滅した。

 最早、彼等『砂漠の海賊団』しか奴を倒せない。



 そして、そんな彼等に生け捕りにしろ等という世迷い言は言えない。



 この期に及んで、まだ野心を捨てられないのであれば自分は王族としてどころか人として誰にも顔向け出来ない。



 そう思った。



「シエレンの装甲はバーシスより薄いのだっ! 拳では刺さってしまう!」



 既に二人は上昇を始めていたが、ナールの忠告は確かに届いたようだった。



「はあ? それってどういう――」

「――お前の短く小さい腕と馬鹿力じゃ刺さっちまうんだよ! 奴のゴーレムと同じくらいの拳ならコックピットごと潰せるけど一点集中は()()()()なる! お前っ、パイロットごと中を貫いた後、即座に離脱出来るのかっ!? 運が悪けりゃそのまま潰されるぞ!」



 二等辺三角形のようなボード型エアクラフトから夥しい量と勢いの魔素を放出し、とんでもない速度で上昇している仮面の男とアリスが何やら言い争いをしている。



「そ……んなこと言ったって、ゴーレムの装甲を貫く武器なんて……!」

「あるっ! 俺のとっておきだっ!! 壊すなよ!」



 一瞬、アリスの腕を掴んでいる仮面の男の腰近くで何かが光ったような気がした。



 王都を焼いた光や『砂漠の海賊団』の騎士のようなゴーレムとはまた違う、明るい輝きに満ちた紅い煌めき。



 目を細めて見てみればその後もチカチカと太陽の光を反射している。



 それと同時に、仮面の男が操るエアクラフトも変な光を発し始め、ドゴォンッ、という音と共に更なる加速を始めた。

 あっという間に二人の姿は二体のゴーレムな元に飛んでいく。



「だ、大丈夫……なのか……? いや、今はそんなことよりっ」



 元来、慎重気質なナールは対称的な光を見て、一抹の不安を覚えつつも民の避難誘導に努めているレナの元にエアクラフトを進めた。














 ◇ ◇ ◇



 ガッシャアーンッ! と音を立てて瓦礫が飛ぶ。



 元冒険者ギルドの残骸から出てきたアリスは服も身体もボロボロだった。

 シャツとショートパンツという露出度の高い格好は所々破れ、シエレンの攻撃を受けた両腕は青紫に変色している。



 しかし、身に纏った赤い闘気(オーラ)のせいか、勝ち気な瞳は覇気に満ち溢れており、立ち振舞いにダメージはまるで感じられない。



 そんな彼女の元にエアクラフトで素早く駆け付けたシキは有無を言わせずに手を掴み、上昇し始めた。



「うおっ!? 痛っ、いてっ、いててて! な、何だよユウちゃん!」

「良いから掴まれッ!!」

「いやめっちゃ痛いんだけどっ!?」



 掴まれた腕は元々のダメージもあって握り潰されるかと思う鈍痛が走り、引っ張られた肩は「外れる外れるっ!」とタップするほどの激痛が走っている。



 何なんだと上を見上げれば敵と仲間のゴーレムが上空で戦っていた。

 瞬時に状況を把握し、痛みに耐える。



「奴を倒せるのはお前だけだ! 撫子じゃ斬って終わるっ!」



 と叫ぶシキに並ぶようにして、ナールからも忠告が飛んできた。



「何かリーチの長いものを使え!! っ、シエレンの装甲はバーシスより薄いのだっ! 拳では刺さってしまう!」



 途中で付け足されたような言葉の意味をまるで理解出来ず、つい首を傾げてしまったが、直ぐ様シキから補正が入り、とっておきだという刀剣を渡される。



「これって……まさか、あいつのっ!?」

「ジル様の剣っ! 見りゃわかんだろ! これとお前の力なら絶対にゴーレムの装甲を貫けるっ! パイロットごとな! んでっ、お前は無事に離脱出来るっ!」



 風の抵抗が強過ぎて話し辛いアリスとは違い、普通に話すシキ。

 アリスはこの時ばかりは不気味な仮面を羨ましいと思った。



 同時に一つの疑問が浮かぶ。



「わ、わかった! それは良いんだけどっ、何かこのエアクラフト光ってね!?」



 先程からシキが操るエアクラフトは怪しげな光を放ち始めていた。

 何というか、今にも爆発しそうな変な光だな……と思ったところで、衝撃の発言が返ってくる。



「おうっ、多分、後もうちょいで爆発するからな! 威力高いから気を付けろ!」

「うぇえっ!? マジで!? えっ、マジで言ってんの!?」



 シキのあっけらかんとした態度に素で驚き、バランス制御の為にくっ付けていたエアクラフトから思わず脚を離してしまう。



「欲を言えば当てたかったがっ、仕方ない! お前は攻撃に集中っ! 後は俺が拾うっ! 行かなきゃこのまま俺と心中だ!」



 ほぼ強制的な特攻。突っ込まなければ爆発に巻き込まれ、突っ込んでもシキに拾われなければ転落死する。

 幾ら何とか出来る手段があるといっても、理不尽な言動であることに変わりはない。



「おまっ、それ脅迫! 後、貸しだかんな!? こ、このまま死んだら化けて出てやるッ!」

「御託は良いから早く行けっ! お前と心中なんて死んでも御免だ!」

「はあ!? 最低っ! お前マジで最低だ! 一辺死ねっ!」



 激しい口喧嘩をしている内に、《縮地》で詰められる距離まで上昇してきた。

 同時に、シキのエアクラフトが明滅を繰り返し始め、いよいよ以て危ないことを伝えてくる。



 シキもここだと思ったのだろう。

 聞こえてきたヘルトの叫びに対し、「よく言った!」と褒めながら振り返り、アリスを目で急かした。



「おっしゃあああっ!!!」



 半ば反射的にアリスの口から出たのは気合いの咆哮。

 内訳の大半は自棄糞だったが、「やってやるよ!」という気概は同じ。



 直後、《縮地》と《空歩》、〝気〟を使って突撃。

 後ろでエアクラフトが爆発した。



 風の抵抗が強くなり、目は開けられず、耳も聞こえなくなる中、アリスは残像を作りながらシキに手渡された刀剣を構える。



 最後は無言だった。



 角度、速度、威力共に問題無し。



 そんな確信を胸に世界最強の刀剣をシエレンのコックピットに突き刺した。



『っ!?』



 コックピットを貫いた瞬間、中から声にならない悲鳴が聞こえた。



 装甲が硬すぎて人の感触こそなかったものの、確かな手応えがあった。



 そして、驚愕のあまり、あるいはアリスの攻撃による衝撃で、今か今かと照準を合わせられていた魔銃はあらぬ方向へと向けられ、発射された。



 轟ッ! と、超高温のビームが青い空を突き抜けていく。



 地上から見れば、まるで空を斬る紅黒い光。

 もし雲があれば尚更恐怖とも畏怖ともとれるその思いを強いものにしただろう。



「くあぁっ……!」



 無理をして動いたアリスの身体が、全てを終わらせた腕が悲鳴を上げ、未だ嘗て味わったことのない激痛を走らせる。



 だが、勝った。



 終わった。



 そんな喜びを噛み締める間もなく、アリスはシエレンの胸部装甲を蹴り、落下を始めた機体から離れた。



 それを見越してか、アリスの少し上からシキが紫色の粒子で自身を押すようにして近付いてくる。



「手応えはっ!?」

「ああっ、あるよ畜生っ! お前っ、後で覚えてろよ!?」 

「クハハハハッ! そう言うなって!」



 何が面白いのか、シキは笑いながらアリスの背中をバシィンッと叩き、叩かれたアリスは「痛ってえええぇっ!!」と、涙目で悲鳴を上げた。

















 ◇ ◇ ◇



 ズドオオオォンッ……!



 シエレンが墜ち、王都全体を大きく揺るがす。



 墜ちた場所は幸いにも人は居らず、建物やテントもない大通りだった。



「「「「「……………………」」」」」



 誰もが無言。



 逃げ回っていた王都の民も、騎士や兵士達も、地上で見守っていた撫子、同じく落下してきたヘルトも、レナ、ナール、果ては遠くから全てを見ていた船長や『砂漠の海賊団』の船員達、その他大勢の民も。



 時が止まったように静まりかえる中、シキがアリスを抱えて降りてきた。

 消費量を抑えてくれる魔粒子装備を持ってないせいで魔力が急激に減り、脱力感と気怠さ、吐き気が同時に襲い掛かってくる。仮面の奥で顔色をどんどん青ざめさせていく彼だったが、各部位から魔粒子を放出し、落下速度と体勢を調整。何とか着地した。



「うぷっ……気持ち悪……う〝っ」

「……吐くなよ?」

「大丈夫だ、吐くならお前の顔面に吐く……」

「何が大丈夫なんだ!? えっ、ちょっマジで止めろ!? とんだ嫌がらせじゃん!」



 身体能力向上スキル、技術を同時発動する必殺技、[全力疾走(オーバードライブ)]の代償として、ピクピクと痙攣するくらいしか動けず、かといって話すことは出来るので、シキの背中に乗りながら盛大に顔をひきつらせるアリス。



 アリスの腕以外に目立った外傷はなく、また、端から見ても、全てが終わったのだと悟るには十分、平和なやり取り。



「「「「「…………」」」」」

「賊が我々を……王都を救った……!?」

「馬鹿野郎っ、賊じゃない! 英雄だ!」

「そうだ! 彼等はこの国を救った英雄っ! ナール様っ、レナ様っ、彼等を拘束する必要はありませんよね!?」



 事態を飲み込めていない民を除き、避難誘導に努めていた騎士や兵士達が浮き足立った様子で確認をとる。



 ナールは腰が抜けたように「あ、ああ……」と力無く答え、レナは聞こえなかったのか、「シキ君っ、アリス! よくやってくれたわ!」と部下そっちのけでシキ達の元に飛んでいた。



 気付けば、近くに居た筈のレナがシキとアリスに抱き着いており、「うわっ、この馬鹿っ」、「レナちゃっ、こいつ今倒れそうでっ……うわぁ!?」と倒れ込んでいる。



 それを見ていたナールは飲んでいた息を吐き出すように心の内を漏らした。



「終わった……の……か……?」



 先程まで暴れていたシエレンは背面から落下し、その衝撃で胴体全体の装甲とアカツキに潰された頭部、無傷だった左脚部が破損。完全に破壊されて、辺りに破片を散乱させている。

 しかし、ツインカメラだったであろう頭部の残骸は不気味に点滅しており、例の魔銃もエネルギー残量表示らしきゲージが()()()()()()近くに落ちていた。



 今にも動き出しそうなほどの光と静寂。



 それでも、シエレンは無反応のまま。



 まるで死人のように動かない。



 だが、それがまた演技のようで……



 パイロット足るシレンティが死んでいるのだろうか。



 古代の遺物について詳しいナールと状況を怪しく感じていた撫子がそう思った次の瞬間、倒れていたシエレンが突如再起動し、落ちていた魔銃を手に取った。



「っ!? こ、こやつっ、生きているでござるよ!」

『何だって!?』



 ゾッとしたような顔で叫んだ撫子に、アカツキの状態を確かめていたヘルトが反応した。



「なっ……だ、って……気配はっ、手応えもあったぞ!? 俺っ……俺は確かにっ……」

「レナっ、アリスを頼む!」

「え、ええっ」



 遅れて激しく動揺しているアリス、レナの横に倒れていたシキもバッと飛び上がり、擬似縮地でシエレンに迫る。



『ぐっ……は、ハハ……! モウ、遅、イッ!!』



 頭部も片腕も片脚も、胴体周りの装甲すら残っていない、元と比べて随分傷付き、細くなったシエレンから死に体らしいシレンティの、嘲笑うような声が聞こえた。



 そして、ガシャン……と、ヒビだらけの右腕が魔銃を構え――



 発射。



 残酷なまでに、無慈悲なまでに放たれた絶望の光が向かう先はシキ達や居住区ではなかった。



 王城。

 シャムザの象徴たるオアシスの砦に向けられていた。



 再度、轟音と共に超高熱の光が王都を横断する。



「「「「「うわああああっ!?」」」」」

『くっ、そおおおおっ!』



 余波と熱気に、近くの者は吹き飛ばされ、悲鳴を上げ、建物は崩れ、飛ばされ、テントは一瞬で灰と化し、射線上に居た者は何かを言う前に溶け消えた。



 それはシキと言えど、例外ではなく。



 目の前まで接近していたシキは咄嗟に『風』の属性魔法で空気の壁を作り出し、熱さそのものは遮ったものの、アリスやレナ、ナールと共に後ろに弾き飛ぶように飛んでいった。



「おっ……のれええぇっ!」



 そんな中、唯一、傷付いても驚異的な速度で再生する身体の撫子がアリスをも越える速度で肉薄し、役割を終えたようにガクンと下を向いた魔銃を通り越してシエレンの右腕を斬り落とす。



 あまりの熱気に服は燃え、腕や胸、顔の一部は溶け、いきなり腕が下がったせいで魔銃も破壊出来なかったが、撫子の抜刀術はシエレンの両腕を奪うことに成功した。

 しかし、少し遅かったのか、魔銃から放たれた正真正銘、最後のビームは撃ち終わった後であり、確かにあった筈のエネルギー残量はその反応を消失させていた。



 見れば発射されたビームは見事王都を消し飛ばしながら王城に直撃。

 神殿のような造りの建物のど真ん中に巨大な丸い穴を生み出し、かつ貫通し、その後ろに飛んでいっていた。



『ッ!?!? ごほっ……な、何度モ何度もっ、邪魔、シテぇっ!!』



 音もなく、姿もなく移動し、現れたと思った次の瞬間には攻撃すら見せずに斬られている。



 正に化け物と称するに相応しい撫子に何度も煮え湯を飲まされているシレンティはコックピットの中で赤黒い血反吐を吐き、震える手で操縦桿を握った。



 瞬間、シエレンの背面スラスターがキラキラと輝く魔粒子を放出し、シエレンを押す。

 原型を留めてすらいない元クワガタ頭の機体は各部装甲をボロボロ落としながら撫子に体当たりした。



「んぎゃっ!?」



 幾ら崩れ掛かっていると言っても、巨体は巨体。

 自身の二倍以上のゴーレムと正面衝突した撫子は溶けていた身体も相まって、爆走する車に跳ねられた人間のように跳ね飛ばされ、百メートル近く地面を削りながら戦線を離脱した。



 そこに、紅い騎士型ゴーレムがドシンドシンと走ってくる。



『オイラの前で、またっ! よくもっ!』

『がはぁっ……くっ……まだっ、マダあああああっ!!!』



 シエレンの頭部を殴った時に潰れた右手と盾を装着している左腕で、両腕、左脚、左翼スラスターのないシエレンを抑え込もうとするアカツキだったが、シレンティの絶叫と共にシエレンの右翼スラスターが地面に向けられ、その場で一瞬飛翔した。



『なっ!?』



 盾を前に体当たりしていたアカツキは見事躱され、無防備な頭部を晒す。



 対するシエレンは勢いそのままにくるりと身体を一回転させながら唯一残っている四肢、右脚を伸ばし、脛に当たる部位に備え付けられているスラスターに点火。



 機体そのものを浮き上がらせたように、今度は機体そのものを落とすようにしてシエレンの右脚を急速落下させ、強烈な踵落としをアカツキに食らわせた。



『がっ!? か、はっ……』



 背面装甲に強い衝撃を与えられ、地面に叩き付けられたアカツキの西洋甲冑のような頭部からメインカメラらしき光が消えた。

 恐らくパイロットであるヘルトが気絶してしまったのだろう。



 撫子は消え、アカツキも沈黙。アリスは技の代償で動けなくなっている。



 自分に致命傷を与えられる脅威は消えた。



 シレンティはそう判断したようだった。



『オオオッ、がはっ、がはぁっ……はぁ……ハァ……こ、これでっ……ソーマの敵、を……オオオオッ……オオオアアアアアアアアアッ!!!』



 倒れたまま動かなくなったアカツキの上でシエレンを座り込むようにしつつ、盛大な雄叫びを上げている。



 そこに、一人の影が紫色の粒子を散らしながら舞い降りた。



「お前の狙いは……城じゃなく、遺跡だったのか」



 穴の開いた城の先、強い存在感を示していた、黒ブロックで造られた古代の遺跡はビームが当たり、地下への入り口を完全に閉ざしていた。

 溶け固まり、入れなくなったであろう遺跡と、若干弾かれ、シャワーとなって降り注いだらしい、火の海となった街並みを見ながらのシキの静かな呟き。死にかけているシレンティはもう意識が朦朧としているのか、聞き取れなかった。



『っ!? ぐぶっ……お、オマ、オマエにに、ハァ……ハァ……ナニが……出来……ル……?』



 ここまで追い込まれてもシレンティは嘲笑うことを止めない。



 コックピットの中で、紅い刀身に身を貫かれ、座椅子に固定されても尚。



 酸素不足で顔色は青ざめ、貫かれた胸からはドクドクと血が流れている。



 しかし、その様子は何処かシキ達と戦ったソーマのようで。



「あの眼鏡野郎……とんだ奴隷を遺しやがって」



 憎々しげに吐き捨てたシキに、シレンティの、そして、機体の限界を訴えるように、シエレンはゆっくりとした動作で残っている右脚を伸ばす。



 シキはそれをピョンと跳ねて躱し、コツコツと足音を立てながらコックピットに歩いていく。



『ハァ……ハ、ァ……ハ……は……ソ……マ……の……か……かた……き……』



 虫の息。



 機体もパイロットも、一目でそうわかるほど弱々しい動きと声。



 それでも生きている。



 ここまでの惨劇を引き起こした張本人だ。静かに眠らせるには少々やり過ぎた。



「俺は…………俺に審判を下すような資格はねえが」



 腰のマジックバックから取り出した魔力回復薬を呷りながら、シキはコックピットを、中に居るシレンティを睨む。



 コツ……コツ……コツ……コツ……。



 そうして、やけに静かになった機体の上で、少しずつコックピットに近付いて行き、刺さっているジルの刀剣を握った。



「まだ生きてるよな?」

『ア……ア……ソー……マ……名、前……くれ……た……嬉し……』

「……記憶が混濁してるのか」



 中から聞こえてきた小さな呟きに、シキは顔を俯かせた。



 シキが手を下すまでもなく、シレンティはもう直ぐ死ぬだろう。



 だが、それでは殺された仲間や焼かれた王都、巻き込まれた民達が哀れだ。



 悲しみと確かな殺意。



 そんな、不思議な感情に飲まれたシキは「沢山の人間が苦しみながら死んでいったんだ。精々、お前も苦しみながら死ね。……俺もいつか……いや、何でもねぇ。んじゃ、な……」と声を掛けると、回復した魔力を刀剣に流し込んだ。



 ジルの刀剣は『火』の属性魔力を増幅させ、刀身を赤熱化、挙げ句には炎の剣を形成する力を持つ。



 シキは嘗てその力でジンメンを焼いた。



 頼もしくも恐ろしいと感じたその力は再び発揮され。



『ア……ア……? 熱っ、熱イ……ソー、マ……好……き……死に……たく……ア、ア……あ……ぁ……っ…………』



 ゆっくりと、しかし、確実に。



 シエレンのコックピットを、シレンティの身体を中から焼いていき。



 たった一人で、憎悪と破壊衝動だけで王都を、一つの国をめちゃくちゃにした彼女は自分が焼き殺した人間と同じ苦しみを味わいながら、哀れとも見事とも取れる、その一生を終えた。


燃え尽きた感があるので来週は休みます。修正はするかもです。

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