第156話 狂乱のシレンティ 後編
「ぜぇやああああっ!」
怒りに身を任せて吠えたとしか思えない咆哮。
されど、その動きは理性的で、どこまでも冷静。
先程のメインカメラへの一撃で満足に見えてないのだろう。
虫を払い退けるように手で抵抗しながらも、右から迫るシキの連撃を何度も受けている。
乱雑に振られる剣を、銃を、エアクラフトで、あるいは自前の魔粒子で身体を捻り、上下左右に、前後に斜めにと自由自在に自身の身体を操って躱し、黒斧を振る。
そして、余裕があれば両足、両肩から魔粒子を出してその場で一回転し、もう一撃。余裕がなければ反動を利用して離脱。
シエレンは苛立つように暴れ、シキはそれすら素早い動きで翻弄し、蹂躙する。
しかし。
圧倒しているようで、実はそうでもないのが現実。
内心の余裕こそあるものの、例の魔銃は厄介この上ない代物。
《縮地》を持たないシキにとって、シエレンの一挙手一投足は寿命を縮めるものに他ならない。
引き金を引かれただけで更なる被害を被るので、動きを見極める為にも全てが見逃せない。
自ずとシキの息も荒くなっていく。
「はぁっ……はぁっ……まだ、か……!」
振り下ろされた長剣を、横移動加速で避け、勢いそのままにシエレンの股下を潜りながら左脚部、膝裏に当たる装甲に一撃を見舞う。
衝撃故に、音は激しく、シエレンも軽く膝を付く。
それでも掠り傷程度にしかならなかった。
「ちぃっ!」
自分同様、腕部から魔粒子を噴き出させて身体を回転させ、銃を振ってきたシエレンに舌打ちを一つ、エアクラフトで急上昇を掛けて上空に退避する。
膝を付いたまま動いたせいで砂埃が舞い、シエレンの姿が隠れた。
急いで『風』の属性魔法で突風を生み出し、吹き飛ばす。
それとなく唯一の対抗手段足る二人の方にチラリと視線を向けてみれば、撫子は未だ腹を貫通する刀に血反吐を吐きながら自らの敵と戦っており、冒険者ギルドに突っ込んだアリスは崩壊した建物の下で、うんともすんとも言わない。
――撫子は五分も掛からないだろうが……アリスは……気絶してやがるな?
あの馬鹿……と、小声で悪態を付きながら息を整え、姿を現したシエレンに迫る。
シレンティも躱されれば無駄弾になる空に向けて撃ちはしないだろうという判断だ。
事実、シエレンの指は引き金に伸びているが、銃口はシキではなく、飛んでいるレナとナールの方に向けられていた。
「嘘っ!?」
「や、止めろ! 撃つなぁっ!」
驚くレナ達を他所に、シキはエアクラフトのスラスターを全開にし、急加速。
銃口の向きを変えるべく、最大スピードで突き進む。
が、次の瞬間、シエレンは背面装甲から魔粒子を放出し、シキに体当たりをしてきた。
ご丁寧に無駄弾を使わないよう引き金から指を引いて、だ。
「フェイントッ!? ゴーレムでかっ!!」
明後日の方向に銃を向けておきながら、まさか突っ込んでくるとは思わず、内心強く器用だと褒め称えつつ、エアクラフトを上に向け、スラスターは全開にしたまま旋回するようにして避ける。
「うおっ!?」
特徴的なクワガタ頭のハサミが真横を通り過ぎたことに肝を冷やしたが、それでもくるりと回転しながら振られた長剣を胸から出した魔粒子で上体を反らして躱す。
そうして距離を取り、再度シエレンと対峙していると、背後からデカい足音が近付いてきた。
『シキぃっ、どけぇっ!』
ほんの数分の間に何度か死にかけた事実に心臓が爆音で鳴り響く中、背後から聞こえてきた声で待ちに待った援軍が現れたのがわかった。
「遅ぇっ、何してやがった!」
『煩いなぁっ、これでも急いだんだよ!』
シキは後ろから突っ込んできたアカツキを振り向くことなく上昇することで避け、シエレンとぶつけさせた。
シエレンの長剣にアカツキの、赤く縦に細い盾が当たり、近くの地面に弾き飛ばされる。
同時に、盾の持ち手側に隠していたらしい長剣がシエレンの脇を通り、右腹部装甲を幾つか剥いだ。
『っ!?』
驚いたような声になってない声を漏らしつつも両肩部と両脚部から出した魔粒子で急速後退するシレンティのシエレン。
しかし、後退していたのも束の間、前面スラスターの電源を全て切り、先程の体当たり同様、突如背面装甲のスラスターに火を付け、前進してくる。
『は、速っ、軽量型ってそういうっ……ぐうっ!』
ヘルトは反応出来ず、突き出した盾でシエレンの体当たりを受け止めた。
アンダーゴーレム同士の激しいぶつかり合いにコックピット内のパイロットだけでなく、周囲の地面までも揺るがす。
そのまま鍔迫り合うように火花を散らしながら睨み合い……かと思えばシエレンは再び両肩両脚部の前面スラスターを点火させる。
『うわっ、こ、こいつっ!?』
踏ん張るようにして耐えていたアカツキは急遽自身を押していた力が消え、前のめりになってしまう。
その隙をシレンティが見逃す筈もなく、当然の如く、魔銃の銃口を無防備なアカツキのコックピットに押し付けた。
『ッ!? や、やられ――』
ヘルトが青い顔で目を瞑った瞬間、引き金が引かれ、絶望的な威力のビームが放たれる。
死んだ。
ヘルトは確かにそう思った。
それと並び、微かに剣戟のような音が聞こえた気がした。
だが、いつまで経っても意識は消えない。
何が起こったのかと目を開けてみれば、銃口が天に向けられ、赤暗い光を放っている光景が視界に飛び込んでくる。
『なっ!?』
「助けに来といて早々死んだつもりになってんじゃねぇよ!」
コックピットの目の前で上を向いている魔銃の下。
黒斧を振り切ったように残心しているシキの姿があった。
どうやら彼が銃口の向きを変えてくれたらしい。
それを理解するや否や、先程のシエレンと同じく、背面装甲のスラスターを全開にする。
『っ!?』
『お返し、だああっ!』
ビームを撃ち終わる前に飛び込んできた紅の騎士も揉みくちゃになるシエレン。
押し倒されたシエレンは背後のテントや建物を破壊し、砂埃を舞わせる。
砂埃は瞬く間に辺りを包み込み、シキの半分しかない視界を悪くさせた。
遅れて悲鳴が聞こえ、砂埃から逃げ惑う人々の姿が見え始めた。
「ヘルト! どうなっ――」
『――ぐえっ!? や、やばっ、見えない!』
シキの確認の声と、ヘルトが駆るアカツキが飛んできたのはほぼ同時だった。
迫ってきた互いの姿に、思わず「うおおっ!?」と二人で変な悲鳴を上げつつ、シキは横に加速し、アカツキは各種スラスターで体勢を整え、落下速度を落とす。
「危ねぇなテメェ! センサーみたいのがあるんじゃないのか!」
『こっちの台詞だバーローっ! 動きまくる視界の中で人みたいな小さい的を全部見て避けられるわけないだろ! 操縦だぞお前と違って!』
「っ、~~っ、確かにっ!」
納得と同時、砂埃から飛び出してきたシエレンが着地したアカツキに肉薄し、アカツキは盾を、シキは黒斧を構える。
しかし、シエレンは衝撃に備えたアカツキを嘲笑うかのように飛び上がり、無防備だった頭部に蹴りを入れた。
『ぐうううっ!?』
捥げこそしなかったものの、その衝撃は凄まじく、テントを破壊し、建物を押し潰し、逃げ惑う人々をすり潰しながら吹き飛ぶアカツキ。
シキはその光景に、追撃するように言う。
「この下手くそっ! な、何で腕を動かさない!? 今、何人か潰したぞ!」
『くっ……う、煩いっ……操縦だっつったろっ、咄嗟に動けるわけ……』
数十メートル後方を薙ぎ倒しながら倒れたアカツキから苦々しい返答があった。
アンダーゴーレムの体重と魔粒子スラスターの加速が乗った蹴りだ。中のヘルトも無傷とはいかない。
「ちっ……レナぁ! こいつの弱点はないのか!? 稼働時間は!」
「あ……あ、兄上!」
「ある訳なかろうっ!」
シエレンの特性を知らないレナに情報を求められたナールは即答した。
だが、ナールの視線が泳いでいたのをシキは見逃さなかった。
『うおおおおっ!!』
兜を無惨にひしゃげさせながらも、シエレンに飛び付き、ゴロゴロと転がっては拳を突き出すアカツキ。
『ッ! カタキっ、カタキっ、コロスウゥッ!!』
『お前があああっ!』
王都の一部を舞台に行われる巨人同士のプロレスに、被害は増え、被害者は染みとなっていく。
シキはそんな光景を横目にレナ達の元に駆けつけ、怒鳴り付けた。
「ないのかと訊いているッ!」
「だ、だからないと言ったっ!」
「ない訳ないだろっ、答えろこの豚野郎ッ!! お前達の国だろうがっ! 何を躊躇している!? レナ! お前もだ! 何しにここに来た! 王族の物見遊山なら他所でしろっ!」
「っ……」
完全にキレているシキの怒号に、似ても似つかない兄妹は言葉を詰まらせる。
「答えろ! 対抗出来る武器っ、人材はないのか!? 弱点くらいあるだろうっ!? 何人死んでると思ってんだ!」
何処か悲痛さすら覚える叫び。
レナは無知故に涙目で黙り込み、ナールは「だ、誰が豚だ……無礼な……」と脂ぎった顔を俯かせながらぶつぶつ呟く。
「……何もないのかっ?」
「「…………」」
「くっ……な、何とか言えよ愚図共ッ!! 何が王族だっ、何が民を守るだっ! 国の為だなんて聞いて呆れる! レナっ、お前は何の為に姐さんに伝言を頼まれたんだ!? アレを何とかする為だろ! テメェこの豚王子っ! 何黙ってんだ! 腐っても王族じゃないのか! こんなことしてる間に皆死んでるんだぞ!? 大人も子供も関係無くっ、いっぱいっ!」
シキはかつて嘆いていたムクロの気持ちがわかった気がした。
人が死ぬ。
何の関係も無い有象無象とわかっていても、ムクロの言葉が彼の価値観を塗り替え、とても悲しいことだと伝えてくる。
ムクロが泣いていたように、何故か涙が溢れ、止まらない。
「~~っ、クソッ! 撫子っ、アリスっ、お前らもいつまでおねんねしてやがる! さっさと来いッ!!」
「ま、待たせたでござる! ていうかっ、拙者は寝てないでござるよ!」
「煩い黙れエセ侍ッ!」
「酷いっ!」
何の為に来たのか本当に疑問に感じてしまう二人との会話の時間は完全に無駄だったと怒りつつ、漸く一族の者との戦いを終え、下から言ってきた撫子を怒鳴り付ける。
怒鳴られた撫子も八つ当たりとも言えるシキの怒りは理解出来た為、抗議を程々に留めた。
「兎に角っ、お前は魔銃の破壊を最優先! 二度と撃たせるな!」
「合点承知っ!」
「ヘルト! 撫子が復活した! 協力して奴を倒せ!」
『んな無茶なっ!』
一人は抜刀の姿勢で、一人は敵と転がりながら反応を示す中、シキは一瞬レナ達を心底から軽蔑したような目で睨むと、さっさと飛び出した。
「無茶でも何でもやるんだよ! 俺も援護する! 撫子っ、足が欲しかったらこの役立たず共のエアクラフトを使え!」
「っ、か、重ね重ね承知でござる!」
初めて出来た異性の友人に向けられた軽蔑と失望の視線に、レナも堪らずスラスターを全開にする。
「わ、私も手伝うっ! 王族として出来る限りのことを!」
「なら避難誘導っ! 知識もねぇ雑魚は引っ込んでろ!」
「っ、わかった……!」
慣れない形状のエアクラフトをいつの間にか使いこなしているシキの後を付いてきたレナはハッキリと足手まといはごめんだと言われ、泣きそうな顔で下がっていった。
――……動けただけマシか。あの豚は……はっ、呆然としてやがる。とことん救えねぇ奴だな。あの強力な固有スキルは眼鏡野郎みたいに『目を合わせる』とかの条件があるんだろう。だから怯えて動けない。
どん底まで落ちていた後ろの二人の評価をそれぞれ上方or下方修正しつつ、自分もゴーレムの戦いに巻き込まれた民を逃がすべく奔走する。
「うわああっ、助けっ、ぎゃあああっ!?」
「いやっ、いやあああっ!」
「お助けっ、ひいぃっ、黒い鬼だぁっ」
「煩ぇなぁ……」
拾えるだけ拾った人間を出来るだけ離れたところでポイっと投げ捨て、再び別の人間を拾いに行く。
援護すると言った手前、手伝いたいのは山々なのだが、アカツキとシエレンは相変わらず殴り合いと相撲、プロレスを続けているので安易に近付けない。
「銃は取り上げられないのか!?」
『ガードが固いんだよ! 速いし!』
「それを何とかするのがお前だろ!」
『煩い煩いっ! オイラだって頑張ってっ……うわあああっ!』
シキとの会話に気を取られたのか、シエレンと押し合っていたアカツキが巴投げで投げられ、飛んでいった。
咄嗟に魔粒子で体勢を整えているが、先程の発言を聞く限り、ゴーレムの視界が回って見えてないらしいので十秒は戻らない。
とはいえ、シエレンの隙も大きかった。
コックピットと頭部、魔銃を守るように左腕部を突き出しているものの、それはそれで斬れて良い。
遥か後方で虎視眈々と隙を狙っていた撫子は目を見開くと、姿を消した。
「ッ!!」
残像すら残さない神速の抜刀術。
当たったのはやはり左腕部。
どんな物体をも真っ二つにしてしまう彼女の刀はシエレンの左肘から先を斬り飛ばした。
『っ!!?!?』
「くっ……」
シレンティは改めて撫子の速度と攻撃の異常性に驚いたのか、矢鱈めったらに魔銃を振り回し、撫子を振り払う。
対する撫子も、連続では斬れないのか、素直に空を蹴り、距離を取った。
「っしゃあ良くやった!」
「っ、シキ殿、さっきから喋ってばっかでござるよ! 援護するんじゃなかったんでござるか!?」
「お前らみたいな化け物と一緒にすんな! 知識も力もない雑魚は引っ込むっつったろ!」
「それで後ろからああだこうだ言うと!? 何て傍迷惑な輩でござる!」
先程言った自分の言葉を逆手に屁理屈を捏ねるシキに、撫子は苦笑いし……ガッシャアーンッ! と何処からか聞こえてきた音に振り向き、次の瞬間、盛大に顔をひきつらせた。
『ゥアアアアアアアアアアッ!!!』
そんな咆哮より早く、シエレンは跳んでいた。
片側が消えた視界のまま、片方が斬られた飛翔用スラスターで、同じく斬られた片腕、肩から肘を盾に、魔銃をこちらに向けている。
当たっても死、避けても死。
自棄糞になっているのか、飛翔用スラスターが火を噴くほど高く飛び上がっており、撫子でも届かない距離に到達している。
しかし、それを読んでいたように予め跳んでいた影が迫った。
『撃たせるもんかよっ!!』
ヘルトのアカツキ。
シキ達に向けられていた銃口はアカツキの登場により、別の場所に照準を変えた。
アカツキに撃っても拡散されて被害が小さくなると考えたのだろう。
新たな標的は王都の居住区だった。
最も人口が集中している一角に魔銃が向けられ、今まさに撃とうとしている。
『撃たせないとっ……言った、ろおおおおっ!』
空中から更に加速を掛けたアカツキ。
下に向いていた全てのスラスターが今にも爆発しそうなほどに輝き、大量の魔粒子を放出している。シエレンとは違い、元来飛翔用に造られてないであろうアカツキはパイロットであるヘルトの魔力を湯水の如く吸収することで飛んでいた。
そこまでして何とか漸く、魔力切れを起こす前に、完全に燃え尽きる前にシエレンと対峙できた。
『邪魔……スルナッ! 全てコロスッ!』
抵抗の代わりに、憎悪を撒き散らすシレンティ。
そんなシレンティの意思を遂行するように、どんなにアカツキが揺らしても殴ってもシエレンの右腕は動かず、魔銃を掴んでいる。
『これ以上っ、死なせない! オイラはこの国のっ、勇者だっ!』
ヘルトが叫ぶと同時、アカツキの右拳がシエレンの頭部を捉え、見事に打ち砕いた。
代償として拳は潰れたが、シエレンの頭部もひび割れ、見えなくなった。
筈だった。
『こ、こいつっ!』
ヘルトに譲れないものがあるように、シレンティにも意地があるらしい。
シキが入れたヒビとは違い、クワガタのような頭は砕け、メインカメラも、マスクそのものすら明確に破壊されたにも関わらず、魔銃は依然として居住区をロックオンしていた。
そこに。
ならばと飛び出るのは。
「よく言った! よく耐えたっ! これっ、でえぇっ!!」
アカツキ同様、怪しい光を放つエアクラフトを爆走させて飛んできたシキと。
更に、もう一人。
「アリィスっ! 行けえええぇっ!」
全身血濡れで、ボロボロで、今にも倒れそうで、しかし、それでも瞳孔の開いた猫のような瞳は爛々と生気を宿し、〝気〟と【全身全霊】、《限界超越》の闘気を身に纏っている虎の獣人。
「おっしゃあああっ!!!」
『っ!?』
気合いの咆哮一発。
臨海爆発したシキのエアクラフトを背に、アリスはシエレン目掛けて突っ込み……
美しい装飾の施された紅い刀剣、かつてジルが渡した、シキの刀剣がコックピットに深々と突き刺さり、シエレンがビクンっと、心臓を貫かれたように痙攣する。
そして、その衝撃で、その挙動で。
放たれたビームは雲も一つない空の彼方に飛んでいった。




