第156話 狂乱のシレンティ 中編
書けた……けど、終わらない……次で終わる筈……多分。
「「止めろおおおおっ!!!」」
シキとアリスの絶叫虚しく、大地に、王都に紅い閃光が落ちる。
広大な都の一方向を焼き払った光。
王都そのものを滅ぼす光線は一直線に王都の中央、城目掛けて落ち……
『っしゃあっ! 間に合ったぁっ!』という声と共に飛び出した紅の騎士のようなゴーレムによって遮られた。
何処か暗い閃光とは対照的に、日の光を浴びて輝いて見える紅の騎士は専用の盾を掲げるようにして持ち、落ちてきた超高熱の閃光を拡散させていく。
見る者の視界をチカチカさせるほど明滅する光は周囲に飛び散り、オアシス、建物、テントに降り注ぐ。
城に落ちる直前で受け止めた為か、大半はオアシスの至るところで水蒸気爆発を起こすだけに留めたが、それでも少なくない数の光が王都全体に落ち、瞬く間に火の手が上がっていた。
「あの機体、ヘルト殿でござるかっ」
「な、ナイスだヘルトちゃん!」
「アカツキ……いや、盾にも当たってない……? 魔障壁っ、それほどのっ……」
振動長剣を斬った撫子と拳を突き出していたアリス、黒斧を振りかぶったシキが各々反応を示す中、シエレンは一度に発射出来る分のビームを撃ち終え、驚いたように装甲をビクリとさせた。
次の瞬間、アリスの拳が直撃する。
ズガァンッ! という、いつものあり得ない衝撃音。
その後を何かが折れるような音が追う。
拳が当たった場所は最も厄介だった飛翔用スラスター、その根元だった。
当たり処が良ければ一撃で仕留められた筈の拳だが、クワガタの羽のように両横に開いたそれの左翼を根元から叩き折ることに成功し、その凄まじい衝撃でもってシエレンの落下スピードを加速させた。
『っ!? ……! っ、っ! ~~っ!!』
ビームは弾かれ、羽は折られ、気付けば振動長剣も半ばから斬られていた。
シエレンの外部カメラが拾う映像と被弾箇所を表す図、操縦不可エラーや落下の危険によって鳴り響くアラーム等、コックピット内で様々な混乱に追われたシレンティは硬直と状況把握の為の動作確認をしながら落ちる。
それを更に追うのは黒斧を振りかぶっているシキ。
「っ、しくった! ユウちゃんっ、悪ぃっ!」
「飛べなくなっただけで十分だ!」
ビーム発射による動揺のせいで狙いが外れたことに対し、拳を抑えながら謝るアリスの横を最大加速させたエアクラフトで通り過ぎる。
ぐんっ、とただでさえ強かった風の抵抗がより強固なものへと変貌し、一瞬半身になっている身体が持っていかれそうになったが、肩や背中から魔粒子を出すことで何とか耐えた。
『風』のレンズが無ければ目を開けることも出来ないほどの速度。
シエレンには追い付いたものの、当然、表面積の広い黒斧も手から離れそうになる。
「くっ、おおおっ……!」
強く握り過ぎて血すら滲む掌に苦悶の表情を浮かべながら、シキは咄嗟に《闇魔法》の〝粘纏〟を放出。黒斧の持ち手と自らの手をくっ付けると、補助として黒斧や両腕から魔粒子を噴出させ、溜めに溜めた黒斧を思い切り振り切った。
ガキイィンッ!! と、アリスのそれより耳をつんざく音が鳴り響く。
彼が無理をしてまで追撃した部位はシエレンの頭部、メインカメラだ。
頭部も背面もクワガタのような造りであるにも関わらず、腕部や胴体、脚部は人間、頭部のメインカメラも例に漏れず、人間を思わせるツインアイだった。
その片方、右目に当たる部位を自身の瞳の二の舞にさせたシキは反動による衝撃に身を任せてシエレンから離れ、エアクラフトのスラスターを下に向けて減速、アリスと撫子を拾いに戻る。
「た、助かったでござるっ」
「おー痛ぇ……わり、回復薬ある?」
「……お前の必殺技、防御力も上がるんじゃないのか? 後、動けなくなるんじゃ?」
「いや、それはそうなんだけど、そこまで強く【全身全霊】使ってないからな。調整すると応用が利くんよ」
「へぇ」
アリスは再び背中に、撫子は〝粘纏〟を解除して伸ばした左手で掴んで降りる。
下の様子を確認する限り、ビームを拡散させたアカツキはジャンプして弾いたらしく、城近くの水面に落ちており、シエレンはオアシスの深い水辺に落下したようで水飛沫が舞っていた。
「城の方、見えるか?」
「人払いは済んでいるように見えるでござるよ。……何か結構な数の騎士は忙しなく中に行き来してるでござるが」
「あ、ほら、あっち。レナちゃんと馬鹿王子が飛んでる……ん、他の皆も居るぜ。お前の大好きなムクロちゃんの姿も……ある、ぞ」
目を細めながら言う撫子に続くようにして、アリスがエアクラフトで飛びながら先導しているレナ達を発見し、不安そうに訊いてきたシキに話す。
本人には「茶化すな」と言われてしまったが、どうも様子がおかしい。
ムクロが青白い顔で何やら泣き喚き、リュウや船長が困り顔でその手を引っ張っている。
先日のキリッとした性格とシキの言う幼女の性格が入れ替わったのかとも思ったのだが、尋常じゃない様子だ。普段から狂っているような言動のムクロではあるものの、あれほど泣き喚いているところをアリスは見たことがなかった。
「…………」
「アリス? 何かあったのか?」
「……いや、何でもねぇ」
アリスは少し悩んだ末、シキには黙っておくことにした。
件の敵も自分とシキの一撃で仕留められたとは到底思えない。
十中八九、何処からか飛び出してくる筈……と、オアシスに視線を戻した瞬間、予想通り所々ヒビが入っているシエレンが出てきた。
片翼では満足に飛べないのか、左側に機体を反らしている。
「き、居住区の方に行ったでござる!」
「ユウちゃん! 今は皆より!」
「わかってるっ、掴まれ!」
二人を確保した後、滞空していたシキは二人の指示を元にシエレンの後を追う。
「っ……」
「後ろからヘルトちゃんも向かってきてる。これなら最悪撃たれても……」
「なっ、この惨状を見てまだそれが言えるんでござるか!?」
「わかってるさ! だから最悪っつったろ!」
滑空するように飛び、時折飛んでくる火の粉を右に左に躱しながら進むシキが下の光景に息を飲んでいると、後ろを見ていたアリスと王都の惨状を見下ろしていた撫子が軽く口喧嘩を始めた。
「止めろっ、お前らが喧嘩したところで意味はないっ。それよりこれを広げないよう策を練れ、俺は援護と今さっきの攻撃くらいしか出来ないんだからな」
「「…………」」
シキとしても、魔銃を弾くことが出来てもビームは弾けないアリスの意見もわかる。アカツキの……否、アンダーゴーレムや魔導戦艦が持ち合わせている魔障壁は未だかつて見たことないほど高威力のビーム攻撃を弾いた。被害を0に出来ないにしてもないよりは心強い。
反対に、拡散されたビームによって建物は崩れ、テントは燃え、道端ではあまりの熱さに水を求める者や逃げ惑い、転ぶ者、物言わぬ骸と化している人々の姿が浮き彫りになっていく様を見て「まだ大丈夫」と言わんばかりのアリスに憤りを覚える撫子の気持ちも理解出来た。
しかし、シキ達が話し合っている間に王国軍に動きがあった。
「今は奴に集中っ……な、何だあいつら!?」
三人の中で唯一、前方を見ていたシキが驚きの声を上げる。
二人に比べると目の悪いシキでも視認出来る動き。
遅れて二人も振り向けば大量のバーシスが建物群を横断しているのが見えた。
建物とテントで見えないがドスンドスン走るような音と、キュルキュルという特徴的な音から二足歩行で走行している者や変形している者が居るのがわかる。同時に、長剣や銃を持っているのも確認する。
その数、二十近く。数にしても若干カクついている動きにしても、咄嗟に発進出来た王国軍のバーシス部隊に違いない。
「こ、こんな街中で銃撃戦をやるつもりでござるか!?」
「それでなくたって足元に人が居るんだぞっ!」
アンダーゴーレム同士の戦いが生身の人間にとってどれほど苛烈なものなのか、中のパイロットにはわからないのだろう。あるいはそれを無視してでも魔銃を危険視したか。
日本で言えば有事の際だから仕方がないと、パトカーや装甲車で一般人を轢き殺しながら突き進むようなもの。とても正気の沙汰とは思えない。
「民を守る軍が民を潰すっ? レナが見たら何て言うか!」
「シキ殿っ、今は加速を!」
「わかっているとっ、言ったろっ!」
撫子の催促に、シキは苛立ったように加速を掛ける。
「くうぅっ……い、位置が悪いっ、あいつらの方が早く接触しちまうぞ!」
急激なGに呻いたアリスがそう言った次の瞬間、視界の端に先程の閃光を捉えた。
「お、遅かったかっ……!」
一際大きい建物、恐らく冒険者ギルドであろう建造物の先はちょっとした広場になっていた。
そこから発射されたビームは向かってきていたバーシス部隊の先頭の機体に直撃……する直前で、バリアーのような壁に阻まれ、後ろの機体や建物群の中に降り注いだ。
一機の魔障壁によって拡散されたビームが更に他の機体の魔障壁で拡散され、これでもかと量産された細かい光線が王都を火の海に変えていく。
一キロ近く離れている筈のシキ達の耳にもありとあらゆる絶叫や悲鳴が届いた。
「そのまま撃たれるよかマシとはいえっ……」
連なる悲鳴にシキは顔を歪ませていると、「先行するでござる!」、「俺も!」と、先程同様、アリスと撫子が彼の肩や腕を足場に姿を消した。
「っ、もう撃たせるなよ!」
「「わかってる(でござる)!」」
シキには二人が焦っていたように見えた。
自分と違って、《縮地》で先行出来る分、止められたかもしれないと思ったのだろうと推測しつつ、彼は彼女らの後を追うのだった。
二人がシエレンの元に辿り着く為に掛かる時間は三十秒程度。
シキは一分あるかないか。
その間に王国軍のバーシスは数を減らしていった。
先ず、正面でビームを受け止めたバーシス。
隊長機とも思える、かの機体はビームを隠れ蓑に飛んできたシエレンの飛び膝蹴りでコックピットがある胸部装甲をひしゃげさせて沈黙。特徴的なクワガタ頭の巨人は流れるように崩れ落ちたその機体から剣を奪い取ると、その後ろに居た二機のバーシスの頭部に叩き付けた。
右の機体はまともに受けて頭部が飛んでいき、左の機体は何とか自身の剣を間に挟むことに成功し、シエレンの剣を折ったが、同時に迫っていた左拳にコックピットを潰された。
そして、間髪入れずに片翼の飛翔用スラスターを全開にして後ろのバーシス部隊に突っ込む。
『う、撃て撃てぇっ!』
『『『うおおおおっ!』』』
シキ達が恐れていた、ゴーレム小銃による一斉発射がシエレンを襲うものの、予め体当たりを仕掛けていたシエレンに当たったのはたったの数発。
弾丸の雨が当たる前にバーシス一機を押し倒し、その後ろで隊列を組んでいた機体らは密着していたが故に、ドミノ倒し式に倒れてしまった。
『今だ! 奴は倒れている!』
『近接部隊は待機! 味方から離れたら攻撃だ!』
目標から外れた弾が建物やテント、人に直撃するのも露知らず、折れた剣を押し倒したバーシスのコックピットに突き刺していたシエレンは再び迫る弾丸を避けるべく、飛び上がる。
銃を構える機体や剣を振りかぶる機体を尻目に、当然のように持ち上げていたバーシスそのものを盾に弾を弾き、銃持ち機体に投げ付けた。
『っ……!』
コックピットの中で、アリスとシキにやられた破損箇所、今行ったバーシスを持ち上げるという無理のあった行動でダメージを負った左腕部の被害状況を知らせる表示を流し読みしたシレンティは立ち上がりつつある厄介な銃持ち機体に蹴りを入れるよう操作しながら例の魔銃をチラリと確認した。
残弾四。
現代人にはわからないエネルギー表示を脳裏に焼き付けると、銃持ち機体が一直線に並ぶ位置に移動し、魔銃を向けて引き金を引く。
超至近距離で撃たれたビームは容易く二機のバーシスを貫き、三機目で仕事をした魔障壁に弾かれた。
魔障壁を展開するにはある程度の距離を必要とするらしい。
再び閃光が飛び散り、何機かのバーシスが突然の光に硬直する。
その隙に胸部と脚部装甲から魔粒子を噴射。滑るようにして後ろから迫ってきていた近接型に尖っている肘を打ち込んだ。
コックピットのある胸部装甲が押し潰れ、赤黒い液体を漏らしながら倒れる。
これで八機。
全体の半分近い機体が沈黙したところでアリスと撫子が到着した。
「野郎っ、この短い間に!」
「音でわかっていたでござるがっ……本当に撃っていたとは!」
二人を感知したのか、シエレンはバーシス部隊を盾にするような位置に移動して戦闘を続けている。
そこにシキと、別方向からレナ、馬鹿王子ことナールがエアクラフトで飛んでくる。
「何があった!?」
「し、シキ君っ! 二人も!」
「ええいっ、何でこうも賊共が居るのだっ!」
「ああもうっ、煩い! 見ればわかるでござろう!」
「一人で突っ込むなよ撫子ちゃんっ! 死ぬぞ!」
ゴーレム同士の戦いに一瞬躊躇したものの、好き勝手喚く三人に怒鳴った撫子は直ぐ様その戦闘に飛び込み、アリスも追従するようにして飛び出た。
「まさかっ……バーシス部隊に撃たせたのっ!?」
「ち、違うっ、そのような命令は出してない! 私じゃないぞ!」
「レナっ? 来てたのか!」
シキは後方から聞こえてきた声に驚きながらアリス達の援護に向かう。
彼が視線を向けた時には撫子の神速抜刀術がシエレンの頭部を斬り飛ばすかというところだった。
しかし、寸前でシエレンと戦っていた近接型の長剣に阻まれ、《空歩》で緊急離脱。
咄嗟に建物の近くに着地した撫子だったが、突如腹部を激しい痛みが襲った。
「くっ……今一歩のところを……ぅっ!?」
何事かと下を見てみれば、腹から剣が飛び出ており、振り向けば普段から自分を狙う一族の手の者達が居た。
その一人に背後を襲われたらしい。反射的に《気配感知》スキルを使い、敵の位置、数を把握する。
「こ、こんな……時……に……!」
額に脂汗や冷や汗らしきものを垂らしている辺り、彼等も危険は承知なのだろう。
が、それを度外視してでも自分を殺そうとしている。
撫子は痛みと嫌な現実に苦笑いを浮かべながら刀を振るった。
「な、撫子ちゃんっ!?」
一方、撫子の後を追って飛び出していたアリスは離脱後に刺された撫子に気を取られ、バーシスとの戦いの最中でも彼女の存在に気付いていたシレンティによって振り下ろされた魔銃が直撃した。
「っ!? しくっ……ぐああああっ!」
瞬時に両腕をクロスさせて頭だけは守ったものの、シエレンと比べれば軽すぎる生身の身体は爆走する車に跳ねられた人間のように吹っ飛び、冒険者ギルドらしき建物の横っ面に突っ込ませた。
あまりの威力に、立て掛けられていた冒険者ギルドの看板は崩れ落ち、やがて建物そのものも崩壊する。
「なっ……油断しやがってあいつらっ! 俺にどうしろってんだよ馬鹿共がぁっ!」
二人の失態に思わず怒るシキをよそに、残ったバーシスを粗方破壊し終えたシエレンが彼とその後方で飛んでいるレナ達の方を向いた。
『っ……』
先程とは打って変わり、シレンティは雄叫びを上げることはなかった。
代わりに、噛み殺すような笑いが漏れた。
古代の遺物の一つである優秀な集音マイクは見事シレンティの失笑を拡声させ、シキ達に伝わらせた。
その笑いはコックピットの中で裂けたような笑みを浮かべるシレンティの姿を幻視させた。
レナとナールは恐れをなして、固まった。
しかし、シキは。
「……テメェ、今、笑いやがったな?」
元来、鋭すぎる目付きをこれでもかと細めながら低い声を出した。
『…………』
「クハッ、こんだけ総動員してこれだ。そりゃあおかしいよな……」
バーシス部隊、アリス、撫子、自分。
遅れたとはいえ、船長の予言があった上でこの現状だ。
シキですら笑ってしまう。
「けどな」
と、止めたかった筈の地獄絵図、惨状が広がった王都を見渡す。
「別にどうでも良い存在なんだ。俺達がテメェを仕留めきれなかった、止められなかったっつぅ点を除けば、この国の奴等なんざ本当にどうでも良い。道端の石同然。だから……敢えて言う」
唯一の対抗手段足る二人は当分来れない。
他の人間やゴーレムは戦力外。
援軍という援軍が期待出来ない状態で、シキは黒斧を構えて言った。
「何がおかしい。人がっ……人が死んだんだぞっ! 何百と俺の前で、また! しかもテメェを追い込んだ俺達じゃなくっ、大勢の無関係な人間がっ! ムクロが見たらきっと悲しむ……俺だって…………だから、俺は……テメェをっ!」
珍しく、他人の死に、行動に激怒したシキ。
誰も知る由はないが、仮面に隠れている彼の顔に戦闘狂らしい笑みはなかった。
彼の脳裏には、かつて自分が巻き込んだリーフ達の町が、争いの虚しさや悲しさを嘆くムクロの顔が浮かんでいた。




