第153話 漁夫の利
未だかつてないほど脳みそが死んでるのでいつも以上に読み辛いかもです。
「久しぶりだな、『崩落』。我を……私を覚えているか?」
ムクロは確かにそう言った。
甘えん坊の幼女みたいないつもの口調じゃない。態度も堂々としていて、偉そうに見える。
間違いない、シャムザに入ってから一向に見せなかった〝芯〟のある人格だ。
俺は一先ず目の前で止まっている人喰いワームに視線を戻すと、刺激するのもどうかと思ったので無視して地上に降り、四つん這いになっている撫子の肩を持ってやる。
「あ……あ……あっ……」
撫子の顔色は蒼白を通り越し、真っ白だった。
まるで生気を感じられない、恐怖一色の顔。
「落ち着け。あのムクロなら大丈夫だ。今の内に撤退するぞ」
声を掛けてきた俺に、撫子は弱々しく顔を上げ、訊いてきた。
「何なんで……ござるか……彼女は……一体、何、者……?」
「……知らん。あいつはあいつだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「は……は……さようか……」
力無く笑う撫子だが、身体に全く力が入っていない。腰が抜けたようだ。
相性があるにしろ、『砂漠の海賊団』の最強戦力が一瞬で戦意喪失し、辺りを埋め尽くす数の人喰いワームとその主が怯えるほどの力。
そして、ムクロの言動……いよいよ以て怪しくなってきた。
「……おかしいな。お前には確か目があったと思うんだが……その巨体……その反応……その気配……勘違いとは思えん」
改めてムクロの存在に圧倒されたらしい主はビクッと後退りし、小刻みに震え始めた。
それを見て、ムクロはニヤリと口の端を吊り上げる。
「どうした、『崩落』。我々にやられた傷でも疼くのか? それとも……私を忘れたのか?」
言い方的に旧知の仲……それも敵対していた……? こいつらの関係性は一体……
話を続けるムクロに思考の半分を持っていかれながらも歩を進め、リュウと合流した。
感知スキルを持つリュウもムクロに恐れをなしているらしく、ぶるぶると震えており、その近くでは何故か顔を真っ赤に腫らしたアリスが虎耳やら尻尾やらを逆立たせていた。
「リュウ、アリスはどうし……」
そこまで言いかけて気付く。
瞳孔が開いている。完全な戦闘体勢だ。
「さ、さっきまで……気絶してたんだけどね……これは流石に寝てられなかったみたい……」
青い顔のリュウが震えながら説明してくれる中、今にも飛び出しそうなアリスに声を掛ける。
「おい……アリス。あいつに何かしたらお前でも殺す……前に言ったよな」
殺気を滲ませる俺に撫子はぎょっとし、アリスは深呼吸をして答えた。
「ふーっ……あぁ、わかってるよユウちゃん。けど、あの女はやべぇ。俺の生存本能が本気で逃げろっつってる。普通なら殺せって言うんだぜ? 大抵は俺のが強ぇからな。だがアレは……別格だ。猫がビビって固まるところとか見たことあるだろ。俺今、完全にあの状態。紛らわしくて悪ぃ。この体勢も思わず取っちまっただけで、他意はないんだ。信じてくれ」
普段のおちゃらけた態度は消え失せ、何とか絞り出したらしい緊張した声と冷や汗まみれの顔には命が懸かった戦闘中のような真剣味があった。
「……なら良い。行くぞ」
短く返すと、震えるリュウをバーシスのコックピットにぶち込み、アリスの首根っこを掴んで肩に抱える。ついでに未だに腰が抜けている撫子も腰から手を回して持ち上げる。
「うわっ……ふぎゃっ!?」
「うおぅっ!?」
「やっ……ぁ……し、シキ殿っ」
ジト目で睨んでくるアリスはまだしも、驚いて女っぽい声を出してしまった撫子は少し顔を赤くして睨んできたので、「黙って掴まってろ。遅いんだよ」と言って黙らせた。
さっき、ムクロが主の前に立った時、一瞬だけ目が合った。
本当に一瞬だったから確証はないが……
〝今の内に逃げろ〟
あいつの目はそう言っていたように思う。
幾ら怯えていると言っても、相手は魔物。いつ再び襲い掛かってくるかわからない。
ムクロの忠告通り、今の内に逃げる準備だけでも済ませておかないと……
と、ここで上から船長の声が降ってきた。
『な、何なのよこの状況はぁ!? ~っ……まあ良いわっ、坊やっ、ヘルトっ、皆一ヶ所に集まりなさぁいっ!』
サンデイラのお出ましだ。
砂漠どころか、世界レベルで場違いなデザインの巨大な戦艦が低空で飛んでいる。
ムクロのお陰で生きる希望が見えてきた。
しかし、喜んだの束の間、サンデイラの登場に、人喰いワーム達は急に我に帰り、動き始めた。
『いやああっ、気持ち悪いぃっ!』
地上から見える範囲でも全方位がくねくね、ぐねぐね蠢く巨大ミミズで埋まっている。上空から見たらさぞかし気味の悪い光景だろう。
「というかこの未来は見えてなかったのか?」等と思いつつ、一塊になっていたヘルト達の元に辿り着いた。
「数が少ないが、ここに居るので全部かっ?」
下からの俺の問いに、ヘルト達のゴーレムは何故か無言で返した。
「聞こえなかったのかっ? おーいっ!」
そうやって、何度も声を掛けるのだが、ヘルト達のゴーレムはうんともすんとも言わない。
流石に変だとアリスや撫子も首を傾げる。
見れば稼働中は付いている筈のアカツキとバーシスのメインカメラに光がなかった。
「停止……している……?」
寧ろ、そうとしか思えない。
何らかの異常で全機能が停止し、動けなくなっている……じゃなきゃ返事くらいするし、拡声器が使えないならコックピットハッチを開く筈……
周囲で蠢く群れに注意を向けながら思考に耽っていると、後ろからリュウが焦ったような顔で近付いてきた。
「へ、ヘルトっ、僕のバーシスが動かなくなってるんだけど! 何か知らなっ……あれ?」
「あー……リュウちゃんのもか?」
「え、えっと……もしかして、ヘルト達のも……?」
「そうらしいでござる」
俺の代わりに、俺に体重を預け、脱力している二人が答える。
……このタイミングで全てのゴーレムが停止。ってことは……
「ムクロの魔力のせい、か?」
以前、古代の遺跡を調査した時も魔力に反応するらしい扉があった。
あの時、ムクロは魔力を強引に注ぎ込んで開いた。今回も似たような感じで、魔力で動くアンダーゴーレムを強制停止させてしまったのではないだろうか。
――搭乗者が流す魔力を外部から上書き……いや、圧倒的な魔力で全ての魔力回路を遮断した……? アーティファクトは魔力で動く……魔力がなければ全機能は停止するし、コックピットハッチも開かなくなる……
「魔力の……プレッシャー……」
どういう理屈にしろ、ムクロが来てからゴーレムが動かなくなった。これは事実だ。
――と、いうことは……ん? ……あ、あれ? これ……サンデイラも……ヤバくない、か……?
そう思った直後、『きゃあああっ、機能が停止し始めたってどういう――』という悲鳴の後に、ブツンッとマイクが切れたような音を立てたサンデイラが墜落し始めたのが見えた。
「「「「…………」」」」
他の三人と思わず無言で墜ちるサンデイラを見つめる。
原因であるムクロの方にもちらり。
当のムクロは「あ」と口を開けて固まっていた。
幸いというか何というか……人喰いワームの群れは動いてはいたが、主の反応を窺って襲い掛かってくることはなく、更には墜ちてきているサンデイラはムクロと対峙している主目掛けて墜落しており……
次の瞬間には主の絶叫とサンデイラが主を潰して不時着した轟音が鳴り響いた。
「「「「おおぅ……」」」」
あっという間に広がる砂埃で主とムクロは隠れ、俺達は衝撃で揺れまくる地面に何とも言えない声を漏らした。
シルエットしかわからないものの、流石の主でもサンデイラほど重いものに潰されては堪らないらしく、どうにか逃れようと頭部や無事な胴体部分をくねらせ、暴れているのが見える。
お陰で更なる砂埃が舞い、砂のカーテンがどんどん広がっていく。
無言で風の壁を作り、こっちに来ないようにしていると、いきなり全方位を埋め尽くす砂埃が晴れていった。
「しまった……完全に忘れていた」
等と言いながら出てきたのはやはりムクロだ。気まずそうにポリポリと頬を掻いている。
砂埃は例の謎言語魔法で吹き飛ばしたんだろう。
新たな砂埃を舞い上がらせないよう注意された風はサンデイラの周囲をも鮮明にした。
見えてきた光景に、アリスが「お?」と声を上げる。
サンデイラの船腹に潰されていた主が頭部を砂漠に突っ込ませ、少しずつ潜り始めていた。
「逃げ……てる?」
「……逃げてるな」
「逃げてるでござるな」
膨らんだかと思ったら前に進んで細くなり、また膨らんで細くなる……を繰り返して、そそくさ逃げる主。まるで芋虫のようだ。
余程、ムクロが怖かったのか、痛かったのか……どっちかって言うと後者っぽいな、一部潰れて体液漏れてるし。
「あ、群れの方も撤退してるぞ」
アリスの声で周りを見渡すと、確かに他の人喰いワーム達も砂漠に潜ろうと頭部を砂漠に突き刺していた。
全長が長すぎるせいで、殆どの個体が無防備な胴体を晒してゆっくり潜っている。特に主は地震を起こしてまで延々と潜り続けているくらいだ。
「……砂漠から飛び出てくる時は速いくせに、逃げる時は遅いのか……何か間抜けだな」
「めちゃくちゃ斬り付けたいでござる」
「や、止めてよ撫子さん……」
「そうだそうだ、下手に刺激すんなよな。気が変わられても困る。俺、今動けないんだぜ?」
「後、お前不意打ちとか嫌いなんじゃなかったか?」
「……それもそうでござるな」
そりゃあまあ巨体であることを考えれば速いんだろうが、俺達からすれば遅い。撫子に至ってはあまりの遅さと無防備加減にウズウズしている様子だ。
気持ちは痛いほどわかる。「ほら、早く斬れよ」と背中を見せ、ケツを振られて煽られてるみたいでちょっとウザい。さっきまで喰われかけてたことや俊敏さを考えると余計に。
『あー、あー……あ、やっと話せたっ、ったく何なんだよ……』
ふと気付けばムクロのプレッシャーは消えていた。
ヘルトの拡声された声に俺達は揃って振り返る。
調子を確かめるように指をグーパーしているアカツキ、その後ろで停止していたバーシスが次々にビコンッ、ビコンッとメインカメラを光らせていくのが見えた。
やはりムクロが原因で停止していたらしい。
一先ず危機は去り、アンダーゴーレムも元に戻った。
そう思い、気が抜けたらしいアリスが俺に体重を預けながら深い溜め息。付く。
「はぁ……一時はどうなることかと思ったけど、案外大丈…………」
「……いや、そこで言葉に詰まるなよ。人の肩の上で不穏だろう……が……」
アリスが向いている方を見て、俺も硬直した。
「む? 二人ともどうしたんでござる? ていうかっ、シキ殿っ? いつまで拙者の腰を掴んでるんでござるかっ、うら若き乙女の身体を何だと……うひゃあっ……いったっ……いや顔熱っ! も、もうシキ殿っ、いきなり離さ……れて、も……」
「…………」
煩かったので砂の上に落としてやった撫子も俺に続いて硬直。リュウは無言で天を仰いだ。
『お前ら……揃って何やってんの?』
あまりの出来事に再び降ってきたヘルトの声が遠くに聞こえる。
「マジで何なんだよ……」
そんな声が漏れるくらいげんなりする光景だ。
俺達が見ていた方向に何があったか。
それは……
『はーはっはっはっ! これぞまさに漁夫の利っ! バカな盗賊共めっ! エアクラフト隊っ、一人も逃すな! シエレン部隊、掛かれ掛かれーっ!』
いつの日か見かけたレナの兄ナールを筆頭にこちら目掛けて飛んできている、騎士団らしき大量のエアクラフト隊とクワガタみたいな頭のアンダーゴーレム、シエレン五機の姿だった。
『不時着した新型の魔導戦艦には手を出すな! レナが居る筈だ! 盗賊共は大人しくお縄に付けぃっ! さもなくば我らが最強のゴーレム、シエレンの剣の錆となるであろう! フハハハハハ!』
ぶくぶく太った身体を堂々と晒し、仁王立ち&高笑いしながら飛んでくる馬鹿王子は兎も角、エアクラフト隊とシエレンは不味い。
アリスは必殺技の反動で動けないし、撫子だって疲弊している。俺は《狂化》を使わないとゴーレムを倒せない。ムクロの魔法でも頑丈な魔障壁を破れるかどうか……エアクラフト隊もご丁寧に殆どが銃で武装してやがる。
剣の錆とか抜かすだけあって、シエレン部隊は専用武器だか何だかの振動長剣っぽいのを構えており、砂を撒き散らしながら突き進んでくる光景は圧巻の一言。
――しかも五機……一機はアリスが前に破壊した筈……新たに三機も発掘されたのか……
一難去ってまた一難……オマケに更にもう一難ってか。
「おいおい、誰だおかわりした奴。まーた変なの来たぞ」
「拙者、もう疲れたでござるぅ……」
「……やろうと思えば動けるけど、レナちゃんが騒ぎそうだよなぁ」
「あ、サンデイラが囲まれた。……終わったね、僕達」
疲れがどっと来たのもあり、スン……と諦めモードに入った俺達をヘルトが諌めてくる。
『待て待て待てっ、諦めんなっ。オイラは見てないけど、ムクロとかいう女が居るじゃんかっ。なあ! あんたなら何とか出来るだろ!?』
勇者らしく感知系スキルを持っているヘルトからすれば停止したゴーレムの外の光景はわからなくとも、感覚でムクロがイカれた強さを誇っていることはわかる。
だからこその発言。
けど、あいつは……ムクロは……
「断る」
そう断言し、両手を上げて降伏するほどプライドは捨てられるし、何より争いが嫌いな奴だ。
魔物相手に無双することは出来ても、人を殺すことはしない。
戦闘狂の俺を憐れみ、アニータが死にたがっていた時は命の尊さや重みを説いていた。
ましてや相手は正規軍。馬鹿王子も悪人と言えば悪人だろうが、聖軍程ではないし、魔物と違ってこちらを殺そうと躍起になっている訳でもない。
『な、何でだよ! それだけ力があるならこんな奴等一瞬で!』
「…………」
『オイラにない特別な力を、あんたは持ってるんだぞ!? オイラがどんな思いでゴーレムに乗ってるか……!』
「何と言われようと降伏する」
『くっ、この女……!』
「てこでも動かん」
ムクロはその場で両手を上げたまま静止し、確固たる意思を見せつけながら返答している。
アカツキからは『何で……だよ……何でオイラは……』という呟きが漏れていた。
確か……勇者という職業で生まれたのに大した力は無く、しかし、そのせいで狙われ、親が死に、自分も死にかけ、挙げ句には奴隷になる寸前まで落ちぶれたんだっけか。
船長が言った通りの境遇なら、ヘルトがムクロや俺達のような例外に対して劣等感や嫉妬心を抱いても可笑しくはない。今のヘルトの呟きも、自分の無力さを嘆いてのことだろう。
シエレン五機とエアクラフト隊相手に、弾が切れているヘルト達が敵うとは到底思えないからな。
そして、多分……聖騎士や魔物のような悪意を向けられない限り、ムクロは力を貸してくれない。
そういう奴なんだ。
強大過ぎる力で全てを終わらせることが出来るからこそ、人同士の争いに介入しないし、どちら側にも付かない。
……知れば知るほど謎が深まる女だ。そんな考え方になった経過や強さの秘密、ずっと求めている俺ではない誰かのこと……知りたいことは山程ある。
ま、今の人格でも答えてくれないだろうがな。
『あー……テステス……皆ぁ、聞こえるかしらぁ?』
ムクロのこれまでの言動、今回の行動について考えていると武装した大量のエアクラフト隊に囲まれているサンデイラから船長の声が聞こえてきた。
『全員、降伏しなさぁい。抵抗も禁止。はぁ……私としたことがしくったわねぇ……』
降伏命令……
かと思いきや、耳に付けている無線に『なんて言ったけど、この状況じゃ捕まる子や死人が出るのが目に見えているわ。数日後に皆で一斉に脱走するからそのつもりでよろしく』と真剣な声で付け足された。
聞けば船長達も弾切れらしい。変に抵抗するよりは従順の意を示して寝首を掻いた方が得策と考えたようだ。
俺達は顔を見合わせ、うんうんと頷く。
「少し休みたいし、丁度良いな」
「賛成でござる」
「いざとなったらまた[全力疾走]で何とかなるしな」
「……皆、肝据わってるね。逮捕だよ? 国家反逆罪だよ? 何で休憩気分なのさ」
合流すべくムクロの方に歩き出した俺と、どかっと座り込んだ撫子、アリスにリュウだけがドン引きしていた。
こうして数分後、俺達は仲良く捕縛。シャムザの王都へと連行された。
余談だが、眼鏡野郎の奴隷とおぼしきゴーレム乗りは生きていたそうな。
とは言ってもコックピットはほぼ潰れていたらしい。顔を覆っていた兜や防具も取り外された状態で拘束されたと聞いた。
気絶していたから良かったものの……主人である眼鏡野郎が喰われてからのあの暴れようは普通じゃなかった。
次に目を覚ました時、錯乱して暴れないと良いんだがな……
五月病的な何かから抜け出せないそうにないので来週の更新は休みです。




