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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第152話 邂逅

何故か鬱ってたんで読みにくいかもです。特に後半。何回読み返しても脳みそが働かなくて……五月病ですかね。



「この気配……」



 巨大魔導戦艦サンデイラ艦内、シキに割り当てられた一室にて、一人ベッドに横たわっていたムクロは閉じていた瞼を開き、深海のように深い紅色の瞳を天井に向けた。



 既に船体を揺らす爆発はなく、サンデイラはヘルト達の援護の為、降下中だった。



「覚えがあるな……あぁ、覚えがある」



 そう呟いて立ち上がると部屋を出る。



 シャムザに入ってからのふにゃふにゃした態度は消え失せ、毅然とした態度で歩く。背筋はピンとしており、瞳の光にも強い芯が感じられた。



 艦内を忙しなく走っていた船員達は一様に堂々と闊歩している彼女の様子に首を傾げる。



 彼等にとってムクロという存在はシキの恋人程度の認識しかない。

 常に自堕落で寝てばかり。容姿こそ性別問わず魅了するものがあるものの、特徴的とも言える酷い隈、子供っぽい口調と性格、更には彼等からすれば絶対的強者であるシキにべったりの態度。当然、良い感情はない。寧ろ、女性船員からは若干嫌われてすらおり、男性船員からも距離を置かれているくらいだ。



 そんな彼女の、今の立ち振舞いには何処か王族や貴族に通じるような風格があった。

 中には見惚れる者や首を傾げたまま走り続け、壁に激突する者も居たが、彼女は振り返ることなく突き進んでいく。



 道中、多少の付き合いのあるレドやアニータも同様の反応を示した。二人は少ししてから我に返り、「あれ? 今の、ムクロさん?」と首を傾げると、珍妙なものを見たような顔で仕事に戻った。

 それほどまでに、ムクロの顔や態度に生気、芯のようなものが現れていた。



 そうこうしている内に行き着いたのは甲板だった。船体が巨大なだけあって、甲板自体もかなり広い。アンダーゴーレムや小型魔導戦艦を容易に乗せられる広大さだ。

 とはいえ、甲板上でも注目されることに変わりはなく、魔障壁によって無風の中、何やら忙しそうにしていた船員達が一斉に視線を向け、一斉に艦内の者と同じような反応をした。



 ムクロはそれすら無視して甲板の端に移動すると、手すりに身を乗りだし、地上を見下ろす。



「やはり……」



 外の様子……引いてはシキのことが気になったのだろうかと、チラチラ注目を集める中、目を細めて呟くムクロ。



 その顔は言葉通り、納得したような表情だった。

 適当かつどうでもいい予想が当たっていた時のような、喜びもなく、驚くこともない納得の表情。



 続けて「ん……?」と首を傾げ、再び目を細めた。



「……あの弱さでは……厳しいな。となると……あ…………強――……か? ――は差が――」



 彼女の声はかなり小さく、ぼそぼそと言っていたので誰も聞き取れない。

 忙しいのも事実。誰も真剣に聞こうと思っていなかったのもあるだろう。それでも、ムクロを気にしていたのもまた事実。



 故に、ムクロが「……仕方ない」等と言いながら手すりの上に立ち、飛び降りた瞬間、気になって横目で見ていた者は絶叫し、ムクロの呟きを聞こうと聞き耳を立てていた者はビクッと悲鳴に肩を震わせた。



 ある程度低空圏まで来ているとはいえ、それはエアクラフトや魔導戦艦に乗る者基準の話であり、生身の人間からすれば十分に高い。

 飛び降りるなんて以ての他というレベルの高さである。



 しかし、例の魔法を使ったのか、降下中のサンデイラよりも速く降りていったムクロは背後から聞こえる絶叫や焦燥に満ちた声についぞ振り返ることはなかった。



















 ◇ ◇ ◇



 砂山しかなかった筈の周囲一帯。

 その光景は大型トラックの十台分はあろうかという巨体、長さを誇る人喰いワームの群れで上書きされていた。



 大量の巨大生物がくねくねとうねる光景はまるで海。風に揺られた水面。

 黄、茶、赤と不気味な色の群れの中にはピンクや肌色といった異色のものまで居る。



 その群れの中心で鎌首をもたげているのはソーマを丸呑みした一際巨大な(ぬし)

 あまりに巨大な為か、身の大半は砂漠に隠れているのだが、首の太さや視認出来る範囲からでもその全長は計り知れない。ガバッと開かれた大口からは新鮮な血に濡れた歯が見えており、ボタボタと血と涎が混ざった液体が垂らしている。



 人喰いワームの全長は最低三メートル。大きいもので十メートルを越え、更に大物であれば二十、三十と巨大になっていく。

 しかし、その群れは巨大なものばかり。その上、主らしき化け物は別格だった。群れがうねるせいで揺れている砂漠を、中から揺らし、時折身体の一部を砂漠から露出している点から見ても五百メートルは下らないだろう。



「ど、どうしろってんだこんなの……」

「この世の終わりみたいな光景でござるな……あー死んだ死んだっ、絶対死んだでござる。もう駄目でござる」

『『『『『……………………』』』』』

「ひいぃぃっ! 神様仏様ぁっ、助けてくださいっ!」

「ははっ、こりゃあ……全快でも死ぬなぁ……」



 シキや撫子ですら匙を投げて固まっており、ヘルトらゴーレム乗り達は揃って絶句。リュウは情けなく悲鳴を上げながら逃げ惑い、アリスは座り込み、乾いた笑みで空を見上げていた。



 主がソーマを喰らって以降は何故か襲い掛かってきてないが、続々と増えている群れの様子からして、それも時間の問題と思われた。



 そうして誰もが硬直し、死を連想する中、妙な音が聞こえてきた。

 舞い上がる砂埃、ゴゴゴゴと揺れる砂漠の音の中に、奇妙な声のような音が混じって聞こえた。



『ァ……ぁ……ぁ…………』



 アリスが猫のような虎耳をピンと立てたのを筆頭に、何人かが気付き、音の方を向く。



 視線の先は今は亡きソーマの奴隷、シレンティが乗るアルマだった。



 ヘルトのアカツキと数機のバーシスに押さえ付けられていたアルマから漏れる声に含まれているのは主人を喰われたことへの絶望か、はたまた単純な死への恐怖、突然の驚愕か。



『あ……あ……アァ……そ…………ま……』

『こ、こんな時に何だお前っ、てか話せたのかっ?』



 あまりの事態にテンパっていたヘルトが若干ずれた質問をした次の瞬間、勢いよく立ち上がったアルマにアカツキとバーシスは吹っ飛ばされ、辺りに響くような咆哮が放たれた。



『アアアアアアアアッ!!!! ソーマアアァァァッ!!』



 絶叫染みた大音量の叫びに、シキ達は思わず耳を抑え、耳の良いアリスは「んぎゃっ!?」と全身の毛を逆立たせ、白目を剥きながら気絶する。



『くっ、こい……つぅっ!』

『うるせぇ野郎だっ、撃つぞこらぁっ!』

『止めろっ、弾の無駄だ!』



 アルマはヘルト達が体勢を整え、武器を構えたことに見向きもせず、走り出した。



『アアアアッ! アアアァッ!!』



 自我を失くしたように叫ぶシレンティが目指しているのは人喰いワームの主。

 ヘルト達に破壊された噴射口、背面装甲のヒビを広げながら一直線に突っ込み、張り手を食らわせる。



『ソーマァッ! ソーマ! ソーマがァッ!!』



 何度も何度も、尋常じゃない様子で繰り出される張り手は人喰いワームの主の首に直撃し、ズダァンッ、ズダァンッとまるでゴムを殴っているような音を轟かせる。



 しかし、主にダメージはないようだった。張り手を受ける度に少々揺れるのみで、巨大な首は微動だにしていない。



 初めて見る人間ではないゴーレム(何か)に驚いているのか、目のない顔をアルマに向け、見下ろしている。



『アアアアアアアアッ!!』



 強力とはいえ、逆に言えば体当たりしか攻撃方法のないアルマの猛攻は無謀と言えた。

 それは少しずつ攻撃されているのだと理解し始めたらしい主の様子からも窺える。が、シレンティの暴走でシキ達はハッと我に返った。



「ボーッとしてる場合じゃねぇな。撫子っ、アリスとリュウを連れて逃げるぞ!」

「し、承知したでござるっ」



 特に反応の早かったシキと撫子はエアクラフトのスラスターを全開にして飛び出した。



 そして、そんな二人に触発されたかのように何体もの人喰いワームが殺到する。



「うおっ、こいつらっ!」

「急に来たでござ……るなっ!!」



 シキは大口を開けて真っ直ぐ向かってきた一匹をギリギリで上に上昇して躱し、すれ違い様に頭部を爪で撫でると、速度を保ったまま魔粒子でくるりと回り、左右から迫ってきた二匹に向けて斬撃を飛ばした。

 一匹目は青紫色の不気味な体液を噴出しながら首まで四つに別れ、残った二匹も口を何倍にも開かせて死亡する。



 一方、倒れゆく死骸の間を縫うように通った撫子は砂漠の上を滑るように突っ込んできた人喰いワームを抜刀術で横一線に斬り付けると、エアクラフトのスラスターを一瞬だけ最大出力にし、急上昇。刹那、砂漠の中から狙っていたかのように撫子が居た筈の空間に三匹人喰いワームが殺到した。

 そして、シキ同様、進みながらくるりと縦に一回転し、いつの間にか納めていた刀を一閃。三匹の人喰いワームはたちまち胴体から真っ二つになり、バタバタと砂漠の上を転がり回った。



「キリがねぇっ!」

「同感でござる!」



 人喰いワームの口が届きやすい位置をキープしたまま斬撃を飛ばすシキとシキを狙って首を伸ばした個体と砂漠から飛び出してくる個体の両方を次々に斬って屠る撫子。

 シキには近付くことも許されず、撫子には近付くことしか出来ない。



 そうやって二人が移動を開始した頃、リュウは己のバーシスにしがみついていた。



「ひぃんっ、怖すぎるぅ!」



 ゴゴゴゴ、あるいはドドドドと揺れる地面から《縮地》でバーシスに突っ込んだリュウは、装甲に全身を強く打ち付け、鼻血を出しながらよじ登る。

 その背中には大きすぎる鼓膜へのダメージで気絶してしまったアリスがぐでーんとしている姿もある。



 しかし、獲物を抱えた獲物という格好の的である二人を人喰いワーム達が放っておく筈もなく、バーシスの腰付近に何とかしがみついているリュウを狙って何匹かの人喰いワームが迫ってきた。



「うわあああっ! た、助けてぇっ!」



 パイロット不在で停止するバーシスの背中に人喰いワームが体当たりし、当然バランスを崩して転倒する。

 運良く腕が地面に引っ掛かり、バーシスはコックピットハッチを埋もれさせることなく横に倒れたのだが、それでも尚バクバク噛み付いてくる人喰いワームを、リュウは這い這いでかなり際どく避けていた。



「ひいぃっ、アリスっ、アリスアリスぅっ、起きてっ! 起きてってばぁっ!?」



 時折、涎すら垂らして気絶しているアリスの顔面や力無く投げ出されている身体の目の前をバクンッ、バクンッと大きな音を立てて閉じる(あぎと)が途轍もない恐怖を煽る。

 が、リュウはやはりギリギリでひょいっ、ひょいっと飛び付いて位置を変えて躱し、揺れまくる装甲の上を汗水鼻水、挙げ句には涙も流しながら進んでいく。



「よ、よしっ! これでっ……」



 やっとの思いでバーシスの腕まで這い上がったリュウが見たのはバーシスの正面から歯を剥き出しにして迫る六匹の人喰いワームだった。



「いやああああああっ! あっ……だ、誰かああああっ!」



 思わず悲鳴を上げ、思わず装甲を掴む手を離してしまい、更なる悲鳴を上げるリュウ。

 ズガァンッ、ずさーっと衝撃で滑るバーシスがこれまた奇跡的に体勢を変えることなく、綺麗に滑ってくれたお陰で背面装甲に押され、砂漠に落ちることは避けられた。



「あっぶなっ………………」



 ほっと息を付く間もなく、砂漠からこちらを覗いている何十匹、あるいは何百匹もの群れに、ただでさえ悪かった顔色をどんどん青ざめさせる。

 ガタガタ震え、縛って連れているアリスに振動するマッサージチェアのような揺れを体感させながら辺りを見渡したリュウはその光景が全方位であることを知り、絶望した。



「あ……………………詰んだ」



 そう言った次の瞬間、謀ったようなタイミングで一斉に向かってくる人喰いワーム達。



 幾ら多彩なスキル構成のリュウでもステータスは雑魚中の雑魚。無敵とも思える『無』属性魔法も魔力が少ないが故に使用限度がある。



 そんなことは当然、貧弱ステータスのリュウはわかっている訳で……



「いやああああっ! 食べられたくなぁいっ! アリスアリスアリスアリスアリスアリスっ! 起きてぇっ、お願い起きてぇっ! ちょおおおいっ! 起きろってえぇ!」



 無我夢中で縛っていたアリスを解放し、肩をガクンガクン揺らしたり、バーシスに叩き付けたり、最後には、ずだだだだだ! と超高速往復ビンタを噛ます。



 が、起きない。



「んぎゅっ……んにゃっ……うひひ……そんなに押し付けられたら……」



 しかも何か言っている。



 どうやら気絶から睡眠になったようだ。



「押し付けるに決まってるでしょっ! 君のが強いんだからぁっ! 早く起きて!! 頼むっ、お願いだよぉっ!」

「あうううっ、二人共、怒るなよ……」

「こんな時に何の夢見てんだよお前えぇっ!! 起きろっつってんのぉっ!!」



 貧弱ステータスと強強ステータスの圧倒的な差のお陰で全くダメージのないアリスはむにゃむにゃ言いながら微笑み、リュウは血の涙すら出そうな勢いで叫んでいた。



 若干気の抜けそうな、しかし、本人からすれば確実に死活問題で、しかもほぼほぼ死にかけているような状態でやり取りを繰り広げるリュウが絶叫する中、ヘルトらゴーレム隊は互いを守るように背中をくっ付け、ゴーレム小銃を乱射していた。



 ズガガガガガッ! と凄まじい勢いで放たれる弾丸に、流石の人喰いワーム達は近付くことが出来ず、気味の悪い血を流して倒れる死骸でバリケード兼視界と攻撃方向を邪魔する壁が出来上がっている。



『弾切れ!』

『あいよ!』

『こっちはロケランだっ』

『おうともさっ』

『俺、銃落としちまったんだけど、剣投げて良いかっ?』

『当てるんなら良いぞ。ま、もう剣ねぇけど』



 完全な補充役を一機に任せ、その一機を囲むようにぐるぐる回りながら辺りに攻撃をし続けるヘルト達。

 シキや撫子とは違って即死させることが出来ないので、リュウ達程ではないにしろ、かなり近くまで接近される。



 とはいえ、近くまで来るということは弱い頭部を近付けてくれること。

 故に、何とか生き延びていた。



 問題があるとすればそろそろ弾薬が尽きそうなことくらいだろう。



 稀に砂漠の中からいきなり飛び出してくる個体も居るのだが、ゴーレムの生体センサーは有能で、事前に察知出来る為、寧ろ弾を無駄にすることなく殺せるので助かる。

 が、乗り手の各々はやはり限界を感じていた。



『クソ! 全然減らないな!』

『何とか持ち堪えるんだよ! 姉ちゃんが来てくれるっ言ってたろ! せめてオイラ達だけでも……!』

『つったって、この調子だと船長が来る前に弾が切れるぞ』

『だからそれを何とかっ……』

『『『『『えっ?』』』』』



 補充役の言葉にキョトンとした顔で聞き返すヘルト達。

 しかし、当の本人は何処か達観した声で返した。



『いや、だから。もう殆どないんだって』



 硬いゴーレムに守られていると言っても、ゴーレムのカメラから得られた視覚情報には全方位をうねる、大量の人喰いワームが映っている。



 そんな状況で、弾が切れる。

 まさに絶望の状況だった。



『はぁっ!? 何しれっと言ってんだよこのハゲ!』

『禿げてねぇよ! 剃ってんの!』

『早く言えよハゲ!』

『ハゲ野郎っ、俺達もう終わりじゃねぇかっ』

『お前らもハゲだろうが!』



 仲間割れしつつも、本当に弾が切れるまで彼等の抵抗は終わらない。



 一方、主に突撃したシレンティはというと、相変わらず無謀な特攻を続けていた。



 ――キシャアアアアアアアッ!!!



 キリンが長い首を振り回すように、主は首を伸ばし、勢いよくアルマを撥ね飛ばす。

 しかし、ゴロゴロと転がったアルマは丸まって球体に変形すると、生き残った脚部のスラスターから魔粒子を放出して転がり回り、バカの一つ覚えのように体当たりを仕掛ける。

 


『アアアッ! アアアアァッ! アアアアアアアアッ!!!』



 頭部だけで巨大な筈のアルマを圧倒する大きさの主に、乗り手足る彼女は恐れることなく突っ込み続けている。



 だが、アルマの得意な球体突撃も重量故に強力な張り手も、主はまるで意に介していない。



 その理不尽さは何処かジンメンに通ずるものがあった。



 吸っただけで即死する胞子を撒き散らす理不尽の権化、ジンメン。

 巨大過ぎて移動するだけで大地を破壊してしまう脅威の権化、超巨大人喰いワーム。



 脅威の度合いはジンメンとさして変わらない主とその群れの猛攻に、その場に居る全員が必死に抵抗している。



 リュウ達の働きで戦艦ハルドマンテと分断され、たった一人、一機でヘルト達と戦い、不意を付かれても尚、虎視眈々とチャンスを窺っていたシレンティも同様だった。



 コックピットの中で無骨な兜から涙を垂れ流しながら叫び、暴れる。



『ソーマの敵ぃっ! ソーマのっ……ソーマのカタキイィッ!!』



 そんな彼女の決死の努力も虚しく、再び体当たりを仕掛けた瞬間、長い首をぐるりと回した主に巻き付かれてしまった。



 捕まえた獲物を絞め殺すアナコンダのように、ぐぐぐ……と力を込める主。



 巨体による馬鹿力の前には超硬度を誇るアルマでも対抗出来ないのか、瞬く間に変な音を立てて歪んでいく。

 ヘルト達にやられた背面装甲が真っ先に崩れ散り、そこから広がるようにして胴体と腕も潰れ始める。バタバタと暴れるものの、腕部と胴体を丸ごと締め付けられてしまうと、丸い造形のせいで脚が上がらず、蹴ることも儘ならない。



 やがて、コックピットまで歪み出し、中に居たシレンティは迫ってくる四方の壁に叫ぶことしか出来なかった。



『ぐううぅっ!? ぐぅあああアアアッ! あ、ああああっ!?』



 驚愕、怒り、恐怖。



 ひしゃげていくアルマから漏れる、シレンティの様々な感情が乗った声に思わず振り向き、アルマの惨状を目の当たりにしたシキと撫子、リュウ、ヘルト達は「次は自分達の番か……」と絶望する。



 撫子ならあるいは……とも思えるが、もし主を殺せたところで、辺り一帯を埋め尽くす大量の人喰いワームを全て蹴散らすことは不可能に近い。

 シキは魔力切れ、撫子とリュウはスキル頭痛、ヘルト達は弾切れとそれぞれ限界がある。



 巨大魔導戦艦サンデイラが降下してきているのは視認出来る。しかし、降下してきたところで全員の救助は出来ないだろう。



 故の絶望。



 全員がそれを理解し、目の前の敵に集中していたが為、サンデイラから降りてきた小さな影に気付くことが出来なかった。



 かなり遅れて撫子とリュウ、ヘルトが気付いたが、それはその影が魔力の波動を見せたから。



「■■■■――」



 人喰いワームの群れの隙間に風のクッションを創造し、ぶわっと砂を散らしながら着地した影……ムクロが赤黒い髪と黒いドレスの裾を靡かせつつ、再びぶつぶつと謎の言語を呟いた瞬間、その周囲で蠢いていた群れがピタリと止まった。



 それを成したであろう彼女が不気味なまでに突如静止した群れの間を静かに歩く度に、少しずつ静止範囲が広がっていき、近くに居たヘルト達、リュウ、アリスの周囲の群れは彼等に襲い掛かる直前で動きを止めた。



「なん……でござるか……アレは……」

「……凄い、魔力……量……ムクロ、さん……?」

『き、気持ち悪ぃ……』



 《魔力感知》を持つ者全員が、視界に映る敵の群れや現況を無視してその場に座り込み、顔色を土気色にまで変える。



 感知スキルを持っていないシキ達も膨大な魔力の波動……魔圧とでも言うべき波動に鳥肌が止まらず、迫り来る敵から視線ずらしてまでムクロの方を見てしまう。



「なっ……む、ムクロ……!?」



 目に見えるほど濃密な深紅の魔力を放ちながら歩を進めるムクロの姿に、シキは一つしかない目を見開いた。



 そして、それは人喰いワームの主も同様のようだった。



 何処か嬉々としてアルマを締め潰そうとしていた主はビクッとしたように目のない顔をムクロに向け、獲物であるアルマを離していた。



 ガシャンッと大きな音を立てて膝を付いたアルマがそのまま倒れ込む。



 また、主が固まったのを皮切りにシキと撫子が相手をしていた群れも静止し、やがて全ての人喰いワームが止まった。



 静寂の中、風が靡く音とザクッ……ザクッ……というムクロの足音だけが鳴り響く。



 ゆっくりと歩く彼女は紅い瞳と同じ色の魔力の波動を水面に落ちた雫のように、あるいは波立つ海のようにじわじわと広げている。



 他者を圧倒し、跪かせる膨大な魔力を放ちながらも、彼女の顔は至って平然。

 まるで、これが〝普通〟なのだという堂々たる態度だった。



 そうして、人喰いワームの主の前に立った彼女はポツリと話し掛けた。



「久しぶりだな、『崩落』。我を……私を覚えているか?」



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