第15話 禁忌の力
そんなこんなで無事にサバイバル&レベリング&地獄の食事に慣れてきた頃。
一度上空へ上がって見てきたジル様が言うには森の中間地点に着いた。
「よい……しょ! っとぉ」
駆け抜けるように地面を蹴り、腕に力を込めて剣を振り抜く。
ザクッ! という鈍い音が響き、手に嫌な感触が残った。
「よし、まあ上々だな。そろそろ戻ってみるか?」
今、俺は一人で巨大なテントウムシを殺した。
順調にレベリングが進んだ結果、とうとうジル様の助けなしに魔物を殺せるようになった。真正面からでも、逆に奇襲されても問題なく対処出来る。
ま、それも中ランク程度の魔物限定だが。
それと同時に上がりにくくなってもきている。
つまりジル様は一度スタート地点に戻り、中間地点より強い奴等と戦うか、と言っている訳だ。
……どうでも良いけど、「キシャアァッ!」って鳴き声なんだなテントウムシ。知らなかったわ。
「その前にちょっとやりたいことが……試して良いですかね?」
「というと? ……あぁ、成る程、《闇魔法》か」
俺の心を読んだジル様が一人納得する。
問題児だからな、《闇魔法》。どういう魔法なのか、どうやって使うのかも何となくしかわからない。
しかし、ただ危険だからと忌避するのも勿体無い。手札が増やせるのなら出来るだけ増やしたいというのがこれまで鍛えられた俺の心情だ。
暴走、あるいは魔族になってしまうというリスクはあるが……この場には最強のジル様が居る。余程のことがない限り対処は可能だろう。
因みに現在の俺のステータスはこんな感じ。
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レベル:8→28
HP:201/201→843
MP:147/147→640
攻撃力:359→1699
防御力:85→364
魔攻力:154→631
魔防力:148→629
敏捷:317→1524
耐性:126→572
固有スキル:【抜苦与楽】Lv1→Lv2
スキル
《言語翻訳》LvEX
《身体強化》Lv2→Lv4
《感覚強化》Lv2→Lv4
《成長速度up》Lv1→Lv2
《鑑定(全)》Lv2→Lv4
《闇魔法》Lv1
《狂化(暴)》lv1
《負荷軽減》Lv4→Lv6
《詐欺》Lv2→Lv3
《演技》Lv3→Lv4
《仮面》Lv3→Lv5
《人心誘導》Lv2→Lv3
《並列思考》Lv2→Lv3
《高速思考》Lv2→Lv3
《記憶補助》Lv1→Lv2
《集中》Lv2→Lv4
《武の心得》Lv1→Lv3
《怪力》Lv1→Lv2
《金剛》Lv1→Lv2
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対するジル様は大雑把に言ってオール一万。俺と違って戦闘系、移動系スキルが充実している。
万が一ということもないと見た。
「ふーん。……あ、どうせなら《狂化》も使ってみたらどうだ? 一度も使ったことないんだろ?」
「んー……?」
顎に手をやり、少し考え末の提案にこちらも同じポーズで悩む。
《狂化》。狂戦士特有のスキル。五分間、ただでさえ低い防御力を0にするという代償を払い、攻撃力を三倍にする能力。
()の中に『暴』という文字があるのは制御出来ない証だと聞いた。
何でも理性がぶっ飛んで暴れ狂うバーサーカーと化すとかなんとか。
《闇魔法》も危険なんだから一緒にってことだろう。
何回か使えば自然と制御出来るようになるらしいが……だからってそんなついでみたいに言われてもな。
「……危なくないですか?」
色々考え、その色々を引っくるめた返答。
「オレが?」
「は? いや俺が。どう考えても危険なのは俺でしょ。攻撃力が1だったとしても3倍の3対0っすよ? 大体、誰があんたみたいな脳まで筋肉で出来たパワー系モンスt……へぎゃっ!?」
言い切る前に尻尾アッパーが飛んできた。
喋ってる最中だったせいで思い切り舌を噛んでしまい、口から血をビタビタ流しながらジル様を睨むが、「ふむ、一理あるな」と冷めた反応で終わらせられた。
居るよなー、真顔でボケる人。最早、慣れてきた激痛に悶絶しながら口の中の血を吐き出す。
「ぶぇっ……いってぇ……ぺっ、ぺっ」
「《闇魔法》がどんなもんかすらわからねぇってのが怖いか……《光魔法》の方は人によって効果が違うって聞いたんだが」
俺の抗議の視線など何のその。ジル様は尻尾をゆらゆらと揺らして遊びながら呟いた。
普通の属性魔法や回復魔法との違いはまさにその点。
例えば『火』の属性魔法には火で出来た矢を生み出して放つもの、火で出来た球を生み出して放つもの、火で出来た槍、壁、その他と火に関するものなら種類は幾らでもある。大きさや延長、密度を変えるだけでも用途や威力が全く別の魔法と言って良いほど変わる。
反対に、詳しく研究されている《光魔法》にはそれがない。
光の剣を生み出す、光の鎧を生み出す、ビームやレーザーみたいなのを生み出す等、前例としてはそれらがあり、それらは一人につき一つの能力。誰もがそれら全てを扱うことは出来ない。
要は応用が利かず、イメージとしては固有スキルに近い。
《光魔法》と真逆の力である《闇魔法》も恐らくはその類いのものだろうとは言われているものの、如何せん存在が珍しいわ、そもそも存在自体が危険視されてるわで実情は謎。
「使ってみるしかないのでは?」
「ま、お前程度が暴れたところでどうにでもなる。この際、《狂化》も使っとけ。回復薬だってあるんだしよ」
「えぇ……」
結論。
良いからやれ。
以上。
最悪だ。ジル様に殴りかかるとかならまだ良いけど、その辺の木や地面に自分の身体ぶつけたらどうすんねん。赤ちゃんよりも柔くなるんだからへし折れるじゃ済まんぞ。
等とは言えず、こうして思ったとて絶賛最恐の睨みが飛んでくる。
はいはいわかりましたよ、やりゃあ良いんでしょやりゃあ。
「わかってきたな」
「わからされたんですよ……」
盛大な溜め息を吐き、ジル様にある程度の準備をしてもらう。
ちょっとした広場の確保、魔物への牽制だ。
ステータスを上げるスキルの乗った尻尾薙ぎ一発で辺りの木が根元ごと吹き飛び、更地が出来上がった。
ついでに魔物もその余波で消し飛ぶか、逃げていく。
日に日に次元の違う強さを見せ付けられるようだ。
果たして俺やライ達がここまで出来るようになるのか、なるとしてもいつになることやら……
遠い目をしながらその中心へと歩き出した俺は再び溜め息を吐いた。
「ふー……」
気をつけの姿勢で深呼吸し、心を落ち着かせる。
ジル様は目の前で腕組みをしながら俺を見てくれている。
心配ない、落ち着け。
自分にそう強く言い聞かせ、使い方を履修する。
他のスキル同様、《闇魔法》も《狂化》も何となくわかる。
《闇魔法》は嫉妬や怒りといった負の感情を乗せた魔力を全身に満遍なく流せば良い。
《狂化》は使う、使いたいと気合いを入れるだけ。
使った瞬間、はい暴走、はい魔族ってのだけは勘弁願いたいものだ。
《集中》スキルを使ってありとあらゆる雑念を追い出し、深呼吸を続ける。
思い起こすのはひたすらに負の感情。
過去の苦い思い出やイクシアで受けた仕打ち、これまでの苦労、帰れないことへの寂しさや悲しみ、魔物を殺した時の嫌な感覚……果ては顔も才能も頭も全て優れている親友ライへの若干の妬みなどもトリガーとし、魔力を全身に行き渡らせる。
暫くするとスッと周りの音が止んだ。
じわじわと何かに侵食されるような……魔力に乗った黒い感情が染みてくるような……
妙な感覚が訪れる。
まだだ、まだ足りない。
これを増幅して……指先や足の先まで通らせれば……
そんな予感があった。
《狂化》の方はイケる。初めてでも使えるという確信がある。
よし……後はタイミングを合わせて……!
そうして、《闇魔法》と《狂化》を併用した次の瞬間。
それまでに溜まっていた負の感情が一気に膨れ上がった。
「ガァッ!? あぎっ!? ぐぅっ……! あっ、あがっ……アガガガガ! ぐっ……アアアアアァァッ!?!!?」
堪らず悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。
中止しようとしても止まらない。
思考系スキルが上書きされたように使えなくなった。
黒い感情が溢れて溢れて……
とてつもない破壊衝動と殺人欲求に襲われた。
「ユ……な……――っ! ――」
ジル様が腕組みを止め、焦ったように声を掛けてくれてるのはわかるが、何も聞こえない。
視界が歪み、耳はキーンという音だけに支配され……
――コロセ。
「ナンだ……! コ、れっ? あ、ぇ……??」
変な声が聞こえた。
――ナンでオれガコンなメに。
――コわシタい。
――憎イ。
――ズるイ。
――オレも……おレガ、オレこソ……!
――欲シイ! ゼン部ホしイ! 寄越セ!
俺の声だ。
俺の声が何重にも重なって聞こえてくる。
もう何も見えなかった。
自分の声以外、何も聞こえなくなった。
煩い。
煩い煩い煩い。
――コロセ! コロセ! コロセ!
頭が割れるような煩さだ。
痛い。
俺の中の黒い感情や欲望が叫びとなって頭の中を駆け巡る。
痛い。
全身が熱を持ったように熱く、逆に冷えたように冷たい。
頭が……痛い。
ボーッとして、吐き気がして、震えが止まらない。
「ァガ、ガガガガッ!? くひっ! こ、こコこっ、殺し……殺し殺しっ、殺シテヤヤヤるるっ……!!」
脳を、身体を、支配されるような感覚だった。
兎に角殺したい。
兎に角奪いたい。
兎に角壊したい。
兎に角……犯したい。
そんな狂った願望だけが身体を動かし、俺の肩を必死に揺らしている女を睨ませる。
何だこの女は?
煩い。
殴られたいのか? 殺されたいのか? 食われたいのか? 犯されたいのか?
頭のおかしい思考だけがぐるぐると脳内を回り、薬物中毒者のように全身を震わせ、俺を立ち上がらせた。
――煩い、殴リたイ、壊しタイ……殺シタイ、殺しタい殺しタイコロしタいコロシタイィ!!
もう何が何だかわからない。
あるのは生の感情だけ。
まるでケダモノになったように、それしか考えられない。
いや。
考えることすら出来ない。
余計な願望もやがて消えていった。
ただ殺したい。
ただ食いたい。
ただ犯したい。
「ガアアアアアァァァァアアアッ!!!!」
俺は完全に正気を失った。
目の前の存在を殺す。
そう決断をした。
刹那。
「オレを殺すだと? お前がか?」
ハッキリとそう聞こえた。
極寒の地で水をぶっかけられたような思いだった。
――ッ!? ナンだコイツ! コロシタイノニ! カラダガウゴカナイ!? コ、コワイ……!
――コワイッ!? コワイ? コワイ……コワイコワイコワイコワイコワイコワイィィッ!!?
「オレの声が聞こえないのか?」
目の前の誰かが静かに俺に話し掛けてくる光景。
これ以上暴れないようにと抱き締め、押さえられる感覚。
見えた。
聞こえた。
感じた。
怖い。
ーーダレダ!? オマエはダレダアァァッ!?
「オレが誰かわからないのか? そんなに殺したいのか?」
――コロシタイコロシタイコロシタイコロシタイコロシタイコロシタイコロシタイコロシタイコロシタイィ!
ただただ暴れようとして全身に力を込め……何も出来ない。
全身を尻尾で覆われ、締め付けられた。
「ダメだな。思考がぐちゃぐちゃだ。文字にすらなってねぇ」
ミシミシ……!
全身の骨や筋肉が悲鳴を上げる。
「イギイィッ!?」
――イタ……イ? イタイ……! イタイイタイイタイイタイ!?
痛かった。
「ま、初めてにしちゃあこんなもんだろ」
骨が砕け、筋肉が弾け、何かが潰れる音が全身に響いた。
「グギャァッ!?!?」
――ぐガガガガガッ!? イダイ、イダイイタイイダイイィッ!?
熱かった。
力への恐怖、力への怒り、力への妬み、力への渇望。
無限に湧き出てくる憎悪にも似た負の感情によって、《闇魔法》はどんどん強くなっていく。
しかし、目の前の誰かは問答無用で俺を地面に叩き付けると、俺の足を踏み潰した。
グキャッ……!! メキメキメキィッ!
思わず鳥肌が立ってしまうような嫌な音が辺りに響いた。
「ギィヤァアァァァーーッ!?!?!?」
――イタイイタイイタイイタイイタイィィッ!?
「まだ戻らないか……仕方ねぇ、許せよ? ユウ」
ジル様が溜め息混じりに俺を見下ろす姿はちゃんと見えたのに。
ジル様の申し訳なさそうな、それでいて諦めたような声はちゃんと聞こえたのに。
あまりの痛みで正気を取り戻した。
そう、思ったのに。
ジル様にはそう思えなかったんだろう。
次の瞬間、凄まじい衝撃が顔面を襲い、目の前が真っ暗になった。




