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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第151話 乱入者



 重苦しく響き、生身の人間が思わず耳を塞ぐほど喧しい銃撃音。

 それが全方位から鳴り、その根源から放たれる超硬度の弾丸もまた、全方位から飛んできている。



『っ……!』



 にも関わらず、第三勢力のアンダーゴーレム乗り、シレンティは平然と……相撲取りのようなゴーレム『アルマ』に驚愕や恐れ等の感情を乗せることなく、迫り来る弾丸の雨を弾きながら直進していた。



『やっぱダメだな! オイラも前出れないし!』



 と、声を上げるのは赤い騎士型ゴーレム『アカツキ』を駆るヘルト。

 戦車を思わせる無骨な量産型ゴーレム『バーシス』とは違い、硬度の割に軽い装甲を浮かせるほど強力なスラスターでアルマの体当たりをジャンプして躱すとそう叫んだ。



『おっけー! 皆、銃の使用は禁止っ! 支援型は敵戦艦にっ、近接型は敵ゴーレムに目標を変更! 互いに近付かせないで!』

『『『『『おうっ!』』』』』



 今度は敵の黒いエイのような戦艦を相手にしていたリュウからの返答だ。

 前に出るヘルトより、離れた位置で戦闘しているリュウの方が全体をよく見渡せるからか、指示出しを担当しているらしい。



 元気良く返事をするだけあって、それまでアルマを囲っていた支援型はキュルキュルと音を立てて後退し、散っていた近接型が位置を入れ換えるように出てきた。



『食ら、えっ! っ……か~っ、硬いなぁ畜生っ!』



 そうこうしている内にヘルトが専用の朱色の剣をアルマに叩き付け、それを追うように次々と近接型も己の剣を突き立てていく。

 が、文字通り、まるで歯が立たない。



『銃も剣も効かねぇなんて!』

『止められないのもっ、問題だな!』

『ぐっ、こいつっ!』



 ヘルト達のゴーレムの二倍近い背丈と分厚い装甲があるとは思えない速度の体当たり。

 当たれば重量溢れるゴーレムでも軽く吹っ飛ばされ、踏み潰されれば装甲が潰れる。



 当然、受けて立つ訳にはいかないので、体当たりを躱して隙が出来たところを狙うのだが、敵のゴーレムは銃弾に続き、剣撃までも全く意に介していない。



『っ、~~っ……っ!!』



 それどころか背面装甲や首のない頭部、うなじ辺りに火花を立てて当たっている剣の数々を弾き返すように身体を広げ、ヘルト達を吹っ飛ばしてくる始末。



『くううっ、このデカさにこのパワーっ、重さっ、硬度っ! 強すぎだろ!』



 単身で跳べるアカツキは素早く体勢を整えられるものの、バーシスはそうもいかない。

 柔い砂地に足を取られながら着地、あるいは転がる。中のゴーレム乗りはGと衝撃でコックピット内の何処かに身体を打ち付ける羽目になってしまう。



『くっそっ』

『い、いてぇ……! 回復魔法はっ!?』

『もう回復薬を使い切ったのかっ? 今掛けるっ、怪我人は後退してこっちに来い! 悪いが俺が先だからな!』



 アルマを囲っていた四機の内、三機の乗り手が怪我と治療を訴え、後退する。

 と同時、両腕を広げたアルマの腹部装甲に突っ込む影が一つ。



「ハァッ!」



 紫色の短髪を靡かせながら〝気〟を纏った衝掌を叩き込んだアリスはアルマの手が伸びてくる前に装甲を蹴って離れる。

 が、アリスへの対処に追われたせいか、アルマは後ろに倒れながら手を伸ばしていたらしく、丁度アリスが離れたタイミングで尻餅を付き、砂埃を上げた。



「ちぃっ、カメラ! 弱そうなところを狙え!」

『指図すんな猫女っ!』



 反撃を予測して離れてしまったことに舌打ちしつつ、それでも突如訪れた好機に喜色の混じった声を上げる。が、アカツキとバーシスの剣が振り下ろされる前に再び玉のような形状に素早く変形したアルマは装甲の所々から顔を見せている噴射口から魔粒子を出して後退してしまった。



『はっやっ!? うおぅっ! あっぶないなぁ!』

『っぶねっ、そりゃこっちの台詞だヘルト! クソっ、でけぇくせにゴロゴロゴロゴロ転がりやがって!』



 跳ねることで機体の重さを乗せて落下していたアカツキは見事スカって砂地に剣を突き刺し、真っ直ぐ突撃してきていたバーシスの剣先が左肩の装甲を掠めた。

 思わず互いに怒鳴りながらも迅速にアルマとの距離を()()()



『っ!?』

『離れるなよ! オイラのと違って遅いんだから!』

『わぁってるっ! テメェはまだガキなんだから俺らのことなんて気にすんな!』



 敵のゴーレム、アルマは球体に近い形状に身体を丸め、その大きさと質量をぶつけてくるのが特徴だ。

 コックピット内は回転しないのか、何らかのスキルの恩恵かはわからないが、敵のゴーレム乗りはぐるぐるゴロゴロと回転する機体を完全に制御し、正確に追跡、体当たりしてくる。



 砂山から転がってくるだけならまだしも、魔粒子を噴出して加速、進路変更をしてくるのだから厄介の一言に過ぎる。

 故に、対処法はシキの十八番、くっ付いて離れないこと。



 魔粒子で急加速した程度では例え直撃したとしてもゴーレムが吹っ飛ぶだけで乗り手は大事に至らない。

 アカツキもバーシスもアルマ同様頑丈ではあるので、助走による勢いさえ乗らなければ即死させられるような相手ではないのだ。



『っ!? こいつっ!』



 何かを察したらしいヘルトがいきなりその場から大きく跳ねた。

 瞬間、助走を付けられないようにと追われていたアルマが丸まった状態で脚部だけを突き出し、魔粒子を急噴射させる。



『っ、っ!』

『離れろ!』



 シレンティの音のない声、ヘルトの焦燥感に満ちた声、そして、アルマの急停止、からの球体状態を解除して伸ばした両腕を砂漠に刺しての蹴り。



 勢いこそなかったものの、器械運動の後転のように行われたその動作は、特徴的な丸い両膝を目の前のバーシスにぶつけることに成功した。



『がっ!?』



 真上からの超衝撃に乗り手が堪らず悲鳴を上げ、機体の足先は砂漠に埋まり、直撃した両肩装甲は粉砕される。

 だけに留まらず、アルマはバーシスをそのまま押し倒した。



『くっ、があああっ!?』



 縦にも横にも巨大な胴体でのし掛かり、更には背面装甲から魔粒子を噴出。

 重圧に加え、魔粒子の推進力まで乗せられたバーシスはギギギと音を立てて潰れていく。



『なっ、こ、こんのおおぉっ!』 



 それを止めるべく飛び出したのはアカツキだった。

 安定しない地を蹴り、足裏、脹ら脛、太股裏、背面装甲から魔粒子を大量に撒いた、まるで《縮地》の如き突撃。



 しかし、ゴーレムの重量が乗っている筈の刺突でもアルマの装甲は傷付かない。

 寧ろ剣の方が衝撃に耐えられないと判断したヘルトは剣を投げ捨て、代わりに潰されている仲間が落としたバーシスの銃を拾うと超至近距離で乱射した。



『ゼロ距離、ならッ!』



 ガガガガガガッ! と凄まじい轟音が鳴り響き、放たれた全ての弾丸が火花と共に弾かれ、砂漠に埋もれていく。

 


『っ……』



 しかし、アルマを駆るシレンティはそれすらも無視してバーシスを潰しに掛かった。



 刹那。



 アルマの背面装甲……否、噴射口(スラスター)が爆発した。



『ッ!?』



 何が起きたのかわからないシレンティは一先ず両足から魔粒子を出させて身体を動かすと素早く丸まり、ゴロゴロと転がって後退する。



 従って、アルマの下から潰されていたバーシスが現れた。

 砂地に埋もれた全身はプレス機にでも掛けられたのかと見間違うほど歪み、凹み、潰されており、ぺしゃんこになって光を失ったモノアイが無惨な様を強く物語っている。



『お、遅かったかっ……!』



 コックピットがある胸部装甲が潰れ、中から赤黒い液体が漏れているのを視認したヘルトが小さく呟く。



 一方で、距離を取ったアルマは球体状態を解くと動きを止めていた。

 恐らくパイロットであるシレンティが被害状況の把握に入ったからだろう。



 腕や胴体、脚部に続き、背面すら丸く、亀の甲羅のような形のアルマの装甲には噴射口が八つあった。

 位置は人間で言う肩、肩甲骨、脇腹裏、腰に左右対称で二つずつ。


 

 見ればその内の二つ、右肩とその直ぐ下の噴射口から煙が漏れ、付近の外部装甲に亀裂が走っていた。



『……? っ?』

『……装甲がダメなら弱そうな部位を狙うさ』



 首はない筈なのにキョロキョロと辺りを見渡しているアルマに声を掛けるヘルト。

 アカツキのコックピットからはアルマの背後にキャタピラではない普通の形態で静かに忍び寄る仲間(バーシス)の姿があった。



 ハッとしたように振り向こうとするが間に合わず、無防備なアルマの背面に更なる銃撃が襲う。



 今度は銃撃音だけでなく、爆発音も混じっており、その衝撃でアルマは前のめりに倒れた。



『丸くなる時、出っ張ってるスラスターは邪魔だから穴の形になったんだな』

『割れてるってことは……やっぱりこいつの弱点はこの噴射口!』

『成る程っ、外がダメなら中からってか! よくやったヘルト!』



 次々にそう宣うのは先程負傷し、離れていた仲間達だ。

 


 残った六つの噴射口に集中砲火を受けたアルマは背面装甲の殆どにヒビが入っており、噴射口からは火の手と煙が上がっていた。



『ふーっ……これで流石に動けないだろ。ちっ、三人も殺られちまった……オイラ、隊長失格だな』



 仕方がないと割り切っていても、自己嫌悪に陥ってしまう。

 ヘルトがそうして溜め息を付いているとアカツキの集音機能がアリスの声を拾った。



「良いぞ良いぞ! そのままぁっ!」



 見ればいつの間にか戦線を抜けていたアリスがリュウ達の方に走っている。



『何やってんだよあいつ……』



 とは言うものの、巨大かつ超硬度を誇るゴーレム同士の戦いに生身で参戦するなんて芸当は彼女かシキくらいしか出来ないので、脱力だけで済ます。



 どうやらリュウと他三機のバーシスで敵戦艦ハルドマンテをアリスの方に追い込んでいるらしく、二機のバーシスが自動小銃を乱射して誘導、残りの一機が方向を微調整、最後のリュウが砂山から砂山へ、砂漠から砂漠へと移動するハルドマンテの進行方向を予測し、先回りしているようだ。



『ポイントは僕の後ろの一際大きい砂山っ、あそこから出た瞬間を狙うよ! アリスも! わかってるね!?』

「おっしゃあ! リュウちゃんっ、バッチ来ーいッ!」



 リュウの声にアリスが両手を振って答える。



 そのやり取りを見るに、アリスありきの作戦らしいが通信ではなく拡声器で伝える辺り、本当の狙いは違うのだろう。



『よぉしっ、このまま進ませっ、ぬおっ!?』

『うわっ、さ、砂漠だからっ、足がっ!』



 向こうもそれを理解してか、追い込みを掛けるバーシス三機の近くに砲弾を撃ち返して足場を崩すと、ハルドマンテは真っ直ぐリュウに向かって突き進んでいく。



『ええっ!? ちょっ、そんな速度で来るの!? こ、怖いなぁっ』



 情けない声を拡声しながら、リュウはバーシスの手にある小銃を敵戦艦に向け――



 ――ることなく、下ろした。



『なっ、バカ! 何するつもりだよ!』

『おいおいおいおいっ、あの速度、やべぇんじゃねぇか!?』

『撃てよ坊主! テメっ、俺らにあんだけ偉そうにしてたくせに死ぬ気か!』

『だ、大丈夫だよ、多分……!』



 仲間達と上げた心配の通信に、リュウのバーシスからそんな声が返ってきた。

 何処か不安そうではあるが、逆に何処かそう信じているような声だった。



 黒いエイのような形状のハルドマンテは砂の上を滑るように進み、三角形の鋭利な先端をリュウのバーシスへと向けている。

 バーシスの数倍巨大な戦艦がバーシスの数倍の速度で突っ込んでくる。当たれば機体は確実に大破、胴体に直撃すれば即圧死コースだろう。



 にも関わらず、リュウはそのまま銃で迎え撃つことなく……あろうことか、コックピットハッチを開いた。



「あ、アリスーっ! 一回限りだからぁっ! 絶対に終わらせてよーっ!?」

「いやわかってるって! いつでも大丈夫だっ!」



 アカツキの全方位モニターは拾った映像の拡大も可能だ。

 それで見てみれば声は震え、腰も引けているリュウとその近くで頬を掻きながら「たはは……」と苦笑いしているアリスの姿が見える。



「アリスじゃあるまいし……っ!」



 コックピット内で焦ったように呟き、動き出そうと操縦桿を握った瞬間、倒れたまま動かないアルマが目に入った。



「くっ……リュウっ!」



 しかし、アルマの脅威に踏み留まったヘルトが目にしたのは、意を決したように息を吸い込んだリュウが《縮地》でバーシスの前に飛び出し、ハルドマンテの突進を諸に受ける姿だった。



『『『『『リュウっ!!?』』』』』



 こちらが驚くのを他所に、衝撃で肉片と化す筈のリュウは顔を強張らせながらハルドマンテの先端を受け止め、一瞬、そのまま後退する。



 あわや吹っ飛ぶと思った次の瞬間、



「うわあああっ、やっぱり怖いぃっ!!」



 情けない声と共に身体を丸めたリュウが、ピタッ……と、まるでその場で時間が停止したように止まった。



 そして、突進してきた筈のハルドマンテはポヨーンッという擬音が聞こえそうな、トランポリンか何かに当たったのかと見間違うように軽々と上空に吹っ飛んでいく。



『『『『『えええええっ!?!?』』』』』



 何が起きたのか理解出来ず、口をあんぐり開けて目玉が飛び出そうなほどに驚くヘルト達を尻目に、空中で弾き飛ばされたハルドマンテを追ってアリスが跳ね、リュウの近くを横切った。



「良いなそのスキルっ! 《反射》だっけか!?」

「他にもスキル使ってるし、魔法も使ってるよぉ! 良いから後よろしくぅっ!」

「任せとけッ!」

「ぐえっ!」



 涙目で落ちていったリュウが砂漠に身体を強打すると同時、アリスは《空歩》で更に加速を掛け、瞬く間にくるくる回転しながら飛んでいるハルドマンテに近付いていく。



 そして、そのまま跳びながらではあるが、身体を半身に股を開いて左腕を曲げ、正拳突きのようなポーズを取る。



 ついでに強く息を吸い込み、叫んだ。



「食らえぇっ、ちょびっとだけ[全力疾走(オーバードライブ)]パアァンチイィッ!!!」



 意気揚々と放たれた掛け声は兎も角。



 極度の疲労と筋肉痛を代償に全ステータスを三倍に上げる《限界超越》と数十分、数時間、一日、あるいは数日間の身体の自由を代償に全ステータスを何倍にも増やす【全身全霊】という固有スキル。更には〝気〟まで乗せられたアリスの拳は音速を越え、残像を置いていく速度で振り抜かれた。



 ただでさえ飛んでいたハルドマンテは更に弾かれたように上空へ飛んでいく。



 遅れて、大地を揺るがすような轟音と衝撃が砂漠に居るヘルト達を襲った。



『うわああっ!?』

『ゆ、揺れるぅ!』

『何がっ、どうっ、なってっ……!?』



 ソニックブームで砂山は崩れ、脆い砂地はアンダーゴーレム達を沈ませる。

 ぶわっ……と、アリスを中心に砂嵐張りの砂埃が吹き上がった。



「あちっ、あちちっ……って、ちょっ、おおぉいっ! アリスぅっ、戦艦は鹵獲って言ったでしょーっ!?」



 熱せられた砂漠の上で陸に打ち上げられた魚にように跳び跳ねていたリュウが絶叫する。



 それに対し、アリスは全てをやりきったような満足げな顔で答えた。



「おうっ……悪ぃっ、忘れてた!」



 悪びれる様子は全くなかった。

 シャムザの空のように、一点の曇りすらない笑顔。



 しかし、力を使い果たしたのか、拳を振り抜いた状態で落下し始める。

 が、あまりの戦犯っぷりに誰にも拾われることなく砂漠のど真ん中に落ちた。



「あっちっ! 熱っ、熱いっ、って、痛ててっ、み、右腕が痺れっ、んぎゃっ、か、身体、までっ……痛っ、あちち!」



 等と悶絶しながら、ピクピク、ぺちぺちと痙攣&魚のような跳び跳ね姿を見せている。



『ま、全く……化け物だな、お前ら……』



 呆けたように呟いたのはヘルトだった。



 小型とはいえ、アンダーゴーレムの数倍巨大な魔導戦艦を殴り飛ばしたアリスに、リュウが見せた知識とスキルの豊富さ。



 感嘆というより、思わずポカーンとしてしまう。


 

 少しすると限界まで飛んでいったハルドマンテが落下を開始し、かなりの速度で砂漠に落ちてきた。



 傍目から見ればズボッと砂山に刺さったような感じだが、艦内はさぞ地獄絵図と化していることだろう。



「……あれじゃアリスくらいのステータスがあっても即死だろうね」

「後悔は、ない……ぜ……」

「してよ。何もう悔いはないみたいな顔してんの? 絶対死体と血でぐちゃぐちゃだよ。絶対凹んでるよ。船長さんに何て説明すんのさ」



 リュウのツッコミに、アリスはプルプルと震えながらサムズアップで返した。



 兎にも角にも。一先ず、戦いは終わった。



 そう思い、各々が一息付いて脱力していると。



「なっ……何だこの惨状は!? ハルドマンテ! 応答しろ! 何をして……! シレンティ! アルマはどうして止まっている! お前は最強の盾だろうっ、鎧だろう! 早くそいつらを殺せぇっ!」



 少し離れた砂山の天辺でこちらを見下ろし、喚き散らしている男の姿を捉えた。



『……何だあいつ、あれが大将か?』

『腕がねぇのはシキ達にやられたっぽいな』

『お? 噂をすれば……』



 等と話すのはゴーレムの乗り手達。内何人かは上空から降下してきているシキと撫子の姿も視認している。



「あれって……」

「……日本人じゃね?」

「え? 召喚者……じゃないよね?」

「顔からして日本人だし、転生者でもねぇな」



 跳び跳ねるのも疲れる……と、砂漠と太陽に焼かれていたリュウ、アリスも疲れ切ったような顔で見ている。



 そんな中、ソーマは失った両腕を振り回すようにバタバタと少しだけ残っている上腕を揺らし、喚く。



「くそっ、くそくそくそくそくそっ! 僕がっ、僕の奴隷がっ……何でお前らみたいなモブ共にぃ! 最悪だっ、全てを犠牲にして得たのが獣人一匹だと!? 戦力差は無かった筈なのにっ、何故だぁっ!」

「……戦力差が無かったんならリーダーの差だろ。(かしら)が無能だから盗賊ってのは弱いんだ。お前も日本(異世界)人ならわかっている筈なんだがな」



 疲労困憊で動けないアリスを操る気満々で歩を進めてくるソーマにそう返したのは降下を終え、低空で浮遊しているシキだった。



 ヘルト達は思わず『っしゃ、勝った!』と喜ぶ。



 が、とある違和感がその喜びにストップを掛けた。



 そして、一人……また一人と首を傾げ始める。



『……? 何か……変だな』

『砂漠が……揺れてる……?』

『ゴーレムが可笑しくなったんじゃなさげだけど……』



 ヘルトと他の乗り手達はシャムザの民だ。砂漠には慣れている。

 故に、足元の異変には気付く。



「セシリア殿と比べるのは流石に酷だと思うでござるよ」



 しかし、追い打ちを掛けるように続けた撫子や隣のシキは浮いていることもあって、周囲の異変に気付けない。



「き、貴様らっ、もう降りてきたのかっ。しかし、もう遅い! 既に射程距離内だ! 幾ら貴様らと言えど、生身でゴーレムすら薙ぎ倒すこの女なら!」



 同じく、砂山を滑り落ちてアリス達に近付いていたソーマも気付かなかった。



「? 地震? 震度1くら……アリス? どうしたの?」



 地面に寝っ転がっているが故に、砂漠に不慣れなリュウでも気付けた。

 そして、無言で俯いているアリスに疑問を覚える。



「…………」



 アリスの顔は蒼白だった。



 青を通り越して、真っ白。



 口をパクパクさせ、何かを言おうとしているが考えが纏まらないのか、言葉になっていない。



「何を驚いて……」



 続けて、スキルの豊富さが武器のリュウも気付き、固まった。



 次の瞬間、二人は同時に叫んだ。



「「皆、逃げ(ろ)(て)!!」」



 更に、同時。



 弱かった揺れが、ゴゴゴゴ! と一気に強くなり、砂埃が舞い始める。



 目に見える異変に、シキと撫子、ソーマまでもがその場に静止し、辺りを見渡す。



 ヘルト達はコックピットモニターに映る、地面の中でうねる巨大かつ大量の赤い光を見て何事かと声を上げていた。



『この赤いのは……何だ?』

『生、体……反応……?』

『これ全部がか? 何かの間違いじゃ……』



 ゴーレムを駆る彼等にはゴーレムが示す反応に覚えがあった。

 それが生体反応。実戦練習で魔物と戦う際、標的の身体そのものが赤く染まって映ったのだ。



 しかし、今回はまるで砂漠そのものが真っ赤になったように移っている為、違う現象なのかと思ってしまったらしい。



『砂漠が魔物化した……訳ねぇよな』

『こいつは……』

『…………』

『……っ?』



 ゴーレム乗り達は一様に混乱していたが、それは機体が動かなくなった振りをして、チャンスを窺っていたシレンティも同じだった。



「に、逃げろって言ってんだろ! お前ら! 早く逃げろ!」

「ユウっ、撫子さん! ヤバいのが来るよ! わからないの!?」



 アリスとリュウが肩を貸し合いながら立ち上がり、焦ったように忠告する。余程焦っているのか、リュウは偽名を使うことすら忘れていた。

 当然、ソーマも目の前で逃げようとする獲物を逃す筈がなく、「逃げるな!」と声を荒げ、その後を追う。



『っ……人喰いワームだ! 人喰いワームの群れだぁっ!』



 突如、ゴーレム乗りの誰かがそう叫んだ。



 その声はシキ達にも聞こえるようにと拡声されていた。



 直後。



「このっ、逃げるなとっ……」



 等と言っていたソーマの身体が空高く打ち上げられた。



 そんな彼を追うように、砂を撒き散らしながら巨大な……それはもう巨大な影が砂漠から現れ、上空に伸びていく。



 〝えっ?〟



 それが、彼の最期の言葉だった。



 ソーマ目掛けて真っ直ぐ伸びたその影は鋭利な歯を剥き出しにした獰猛な口で以て彼を丸呑みした。



 そして、間髪入れず、次々と砂漠から顔を出し始める人喰いワームの群れ。



 巨大なミミズのようでいて、ガバッと開く口からは、やはり鋭く尖った大量の歯が見えており、獲物を前にしたからか、涎のような何かを垂らしている。



 一難去ってまた一難。



「おいおい……嘘だろ……」



 思わぬ乱入者の登場に誰からともなく、絶望や驚愕、恐怖よりも、訳がわからない、といった混乱に近い感情、あるいは「勘弁してくれよ……」という脱力感が多分に含まれた声が漏れた。



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