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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
158/334

第150話 臨界爆発



 涙で視界が霞む中、二つの腕が舞っている。



「ぐああああっ! 僕の腕があぁっ!」



 シキ達にとっての第三勢力、総大将ソーマは涙と鼻水、喚く度に飛ぶ唾で顔中を汚しながら落ちていた。



 (痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!)



 彼の脳裏を埋め尽くす、想像を絶する激痛。



 (痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃっ!)



 あまりの痛みに目の奥がチカチカと点滅する。



 しかし。



 このまま落下を続ければ死ぬ、同郷の相手と油断した、奇襲、それまで攻撃に躍起になっていた奴が妙に話していたのは時間を稼ぐ為……etc。



 シキと同じ思考系スキルが無意識レベルで発動し、分裂、高速回転した思考が様々な事実、推察、意見を出し合い、身体を動かしていた。



「くそったれええええぇっ!! 僕をこんな目に遭わせやがってえぇっ、絶対に許さないぞお前らああああっ!!」



 断末魔を思わせる叫びと共に背中のスラスターから魔粒子を放出され、落下速度を一気に落とす。



 ソーマにはシキ同様幾つもの死線を潜り抜けた経験がある。

 中には死にかけたことも銃弾が頬や頭部を掠めたことだって幾度となくあった。



 だが、四肢の欠損までは経験がない。

 マナミの【起死回生】と一部の例外以外に欠損再生レベルの回復方法が存在しないというのもあるが、大怪我をすれば傷は消えない上、回復魔法や回復薬では限界もあるので後遺症も残る。



 そもそも四肢欠損を治す方法が限られるから、という理由以前に彼は日本人であり、こちらの人間と違って痛みに耐性がない。

 当然、それほどの怪我は絶対に御免だと避ける。



 そこがシキとの差だった。



 経験がないからこそ痛みにカッとなり、冷静さが消え失せる。

 思考が幾つもあり、高速で回っていても冷静さが無ければ馬鹿げた行動もとってしまう。



「総員っ、プランCだああああっ! 戦艦っ、ゴーレムっ、エアクラフトを優先して狙ええええっ!!」



 ドバドバ溢れる両腕の血をどう止めようか、思考をフル回転させながら感情に身を任せ、叫ぶ。



 それは正に起死回生の一撃。



 諸刃の剣、あるいは最期の断末魔。



 一矢だけでも、という特攻精神。



 古代の遺物(アーティファクト)の真の使い方を知らないシキ達にとって、その命令は最悪の一手だった。



「くくくっ……ふはははっ……ははははははっ! 死ね! 全員死ね! 僕は王だ! 目と口さえあれば僕の【活殺自在】で何とでもなるんだよぉっ! ふはははははははっ!!」



 血走った瞳でシキ達の方を睨み付けながら、彼はゆっくりと落下していった。

















 ◇ ◇ ◇



「……動けるか?」

「はい……流石です、主様」

「持ち上げるな、そういう付き合いは嫌いなんだ」

「す、すいません……」



 【抜苦与楽】で眼鏡野郎の能力を消し去り終えたので、味方に届けてもらったエアクラフトを渡してアカリを離す。



 撫子の到着と総大将の敗北離脱により、戦況はがらりと変わった。



 既に半数が墜ちている。



 撫子の強さもあるが、敵の士気も下がっているのが最もな要因だろう。



「た、助けてくれ! 俺達は操られていただけなんだ!」

「投降する! 家族が居るんだ! 死にたくない!」



 と、先程から両手を上げる奴等が続出している。



 眼鏡野郎は固有スキルで適当な人間を奴隷状態にしていたらしく、奴が居なくなった今、戦う意味はないと言う者が大半。

 それでも暴れている者は文字通り目にも止まらぬ速さで撫子が殺していくので、諦める奴は増えるばかりだ。



「アリス達は……まだ戦ってるっぽいな。撫子と一緒に助太刀しに――」

「――主様っ!? あ、あれを!」


 

 地上を見下ろし、銀色のアンダーゴーレムとヘルト達のゴーレムが動き回っているのを確認した俺はアカリの焦ったような声で周囲の異変に気が付いた。



「う、嘘だろ!? プランCだって!?」

「嫌だ! 死にたくねぇ!」

「か、身体がっ、勝手に!」



 投降しようとしていた奴等が妙に暴れだし、エアクラフトを飛ばし始めている。



 本人達が顔面蒼白で喚いているところを見るに、眼鏡野郎が何かしたようだ。



 ……《直感》も距離を取れと言っている。



 これは……何か()()()



「全員そいつらから離れろ! 撫子! お前も――」



 俺の言葉は怪しい光を放っている敵のエアクラフト乗りによって遮られた。



「――うわあああっ!!?」



 轟っ! と凄まじい勢いであっちこっちに飛び回る、その男のエアクラフトはスラスターから放出される魔粒子の出力が強すぎて制御しきれていなかった。



 足が固定されているから逃げ出せず、かといって暴れ馬と化して暴走するエアクラフトの制御なんか出来ない。



 男の反応からして、そんな感じだ。



 そして、男のエアクラフトがうちの船員の一人の方へ飛び出したと思った次の瞬間。



「うわっ、何だこい――」

「っ!? も、もう臨界状態に――」



 カッ!! と爆ぜた。



 続けて、ズガアアアアンッ!! という爆発音、衝撃が発生し、そこそこ距離のあった俺とアカリは余波で吹っ飛んだ。



「なっ……エアクラフトが、爆発したっ!?」

「くあぁっ!」



 背中のスラスターだけでなく、全身から魔粒子を出してバランスを整えた俺に見えてきたのは次々と危ない光を出し始め、『砂漠の海賊団(仲間)』の船員達に向かって突撃していく敵の姿。



「なん……がっ!?」

「た、助け――」



 泣きそうな顔で突っ込んだ若い男が仲間の一人と激突し、光に飲まれた。



「こっちに来るな! 撃たれたいのか!?」

「ぎゃっ!? 違っ、か、身体が勝手っ、にぃっ!?」



 敵意はないと示す為か、両手を上げていた母親くらいの女が暴走するエアクラフトに引っ張られ、足が変な方向に向いているにも関わらず、進み続け、仲間と共に爆発四散した。



「嫌だああっ、死にたくないよおぉっ!」

「うわあああっ!」



 レドと同年代……中学生くらいの少年が泣きながらエアクラフトにしがみつき、それを撃っていた仲間を巻き込んで光の中に消えていった。



 連鎖的に全方位で起こる爆発。



 ――眼鏡野郎の能力で身体を操られてるのは確実っ……エアクラフトに何か細工を……いや、臨界状態とかいう単語が聞こえた。乗り手の脚を折るほどの暴走……魔力の過剰供給……魔力変換機関の処理が間に合わなかった……?



「っ、オーバーロードっ! 爆発したってのか!」



 俺の推察に反応したのか、敵の一人がこちらに向かって突っ込んできた。



「あ、主様っ!?」

「お前は逃げろ! 上だ! 船長達に報告っ、急げぇっ!」



 咄嗟に近くに居たアカリの足首を掴み、上に投げ付ける。



 同時に安物の短剣を投げ、手甲とエアクラフトを前に向けると全力で後退した。



「ひっ――」



 それなりの力が乗った短剣はカンッと音を立てて今にも爆発しそうな光を放つエアクラフトに当たり、涙を流して怖がっていたおっさんが短い悲鳴を上げた瞬間、爆発する。



 先程の少年は肉片になって落ちていった。



 しかし、今のは人が肉片一つ残さずに消えるほどの爆発だった。



 ――乗り手によって威力が違うのは……込められた魔力の差かっ。そもそもの魔力量によっても変わりそう、だがっ!



 どんなに込められた魔力が少なかろうと相応の威力はあるし、エアクラフトの破片も飛んでくる。



「ぐおおおお……っ!?」



 というか、それ以前に爆発で吹っ飛ばされる。



 生身の人間ならダメージも受けるんだろうが、ステータスが高い俺や防御スキルを使えるアカリなら、直撃さえ免れれば吹っ飛ばされるだけで済む……らしい。



「しくっ、たっ! 撫子を止めなきゃっ!」

「かっ、貴殿が奴に止めを刺すべきだったでござるなぁっ!」



 ぐるぐると身体が回転し、背中、足、腕と段階を踏んで魔粒子を出して体勢を整える俺の耳に焦りに焦った撫子の声が入ってきた。



 見れば撫子は敵を刈りまくっていたのもあって敵に囲まれていたらしく、六人くらいのエアクラフト乗りに追われている。

 無論、全員のエアクラフトが変な光を放っており、異常な速度だ。



「何と非情な作戦か!」

「大変そうっ、だなっ!」

「貴殿のせいでござろうっ!?」

「こんなことになるなんてわかる訳ねぇだろ!」



 こちらも近くの二人が向かってきたので急いで移動し、逃げ惑う仲間を引っ張ったり、押したりして爆発から逃れさせる。



「うおぅっ!?」

「わ、悪ぃっ、シキ!」

「良いから逃げる! 落ち着きゃ躱せる筈だ! っ、アカリはっ!?」



 ぶん投げたアカリの方をチラリと確認してみれば誰もアカリの後を追っている奴は居なかった。

 他は乗り手の足や身体を傷付けるほどハイスピードで俺達を襲っているというのに、だ。



「イコール! こいつらは一番近い奴を優先して追っているっ!! 全員、兎に角逃げ続けることだけに集中しろ! 撫子は足を狙え! 固定してある足を斬り落とせばエアクラフトに魔力がいかねぇ!」

「そ、そんなっ!?」

「助けてくれぇっ!」

「嫌だぁっ! 死にたくないっ、足も斬られたくないっ!」

「うおぉおぅおうっ!? そうっ、言われてもおおおっ、でござるううっ!!」



 暴れ狂うエアクラフトにしがみついていた敵達が泣き喚く中、焦ってエアクラフトの操作を誤ったのか、錐揉み回転しながら飛んでいた撫子が叫び返してくる。

 


「つべこべ言ったってそれしか方法はない! お前らも首や胴体じゃないだけ喜べ! 死にはしねぇっ! 拾えたら拾う! 拾われなかったら諦めろ!」



 中々に残酷で冷酷な決断だという自覚はある。



 実際問題、そうしないと死ぬのは俺達なのだ。諦めてもらいたい。



「「「「「い、嫌だあああっ!」」」」」

「そりゃっ、そうだろうなぁっ!」

「ひいいぃんっ! た、助けてほしいでござるよぉっ!」

「テメェは自分で何とかしろ! バカ侍がっ!」

「酷いでござるぅっ!」



 エアクラフトの、過負荷(オーバーロード)で爆発するという、まさかの性質。

 眼鏡野郎の常軌を逸した、まさかの特攻命令。



 (全部、俺の判断ミスっ……! 何人殺られたっ、何人死んだっ……船長や皆に何て言えば……俺はっ……俺はまた仲間をっ……)



「あんのクソ眼鏡ええぇっ! 楽に死ねると思うなよおおおぉぉっ!!」



 俺達はボカンボカン敵が特攻爆発してくる空の戦場で、事態の収拾に奔走した。
















 ◇ ◇ ◇



「もうっ! 坊や達は何をしたのよ!? こんな未来っ、見てなっ……きゃあっ!?」



 先程から変な光を放ちながら突撃してくる敵のエアクラフト乗り。



 何の真似だと見ていればロケットやミサイルよりも高威力の爆発を起こして消える。



 ヘルト達の援護をすべく、降下を開始していた巨大魔導戦艦サンデイラだったが、ブリッジ内は更なる混沌と化していた。



「ひっ……み、水! 前が見えないっ! 変な未来に分岐させたわね坊やぁっ!」



 魔障壁()の爆発ということもあり、あまりの揺れに転んでしまった船長がブリッジの強化ガラスが飛んできた誰かの血肉で真っ赤に染まったことに顔色を青くさせ、掃除を急がせた。

 即座に車で言うワイパーのようなものが作動し、外の様子が露になる。



「なっ……あ、あれ全部……だ、弾幕っ! 何やってるの!? 奴等を近付けさせないで! ショウ坊達に連絡は!?」



 漸く見えた光景の中に敵のエアクラフト隊が一直線に向かってきているのが見えた。

 ただでさえ青かった顔を更に悪化させつつ、指示を出す。



「被害甚大! 死人多数っ、どっちの船も甲板がボロボロだとよ! 穴も開いたとかっ……あー、さっき取り付かれた時に何人かが船内に入ったらしい! そう言ってる!」



 ショウの一隻ともう一隻は報告を聞く限り、何とか持ち堪えているという状況。

 なら戻るかと思った瞬間、新たな情報が飛び込んでくる。



「何ぃっ! 弾がない!? ショウとリュウに複製、『強化』してもらった弾が山程っ……もう全部使ったぁっ!? はぁっ!?」

「嘘だろ!? 尽きたって言ってるのか!? い、幾ら何でも早すぎる!」

『こちらアニータ! さっきから何なのこの揺れ! このままじゃ船体に穴がっ……こらそこっ、危ないから安静って言ってるでしょっ!』

『せ、船長さんっ、レドっすっ! 怪我人が増えるばかりで仕事にならないっすぅっ!』



 ここに来ての弾切れ。後半はどうでも良い情報だったので、船長はこめかみを押さえながら脳内で素早く必要な取捨選択をし、叫んだ。



「ああもうっ……~っ……! 弾薬が尽きたんなら大筒に適当なものでもぶち込んで撃つ! この際、薬莢でも剣でも盾でも金貨でも銀貨でも良いわ! 後、艦内には黙ってろっ、回復が間に合わないなら気合いと唾吐きで何とかなさいって伝えて!」

「んな無茶苦茶なぁっ!」

「煩いっ! 無駄な情報は要らないし、緊急以外は通信するなとも付け加えなさい!」



 例え滅茶苦茶でもないよりはマシ。

 頭である自分が指示を出せなくなるのは最も被害を増やす。



 そう判断しての指示。



 続けて真正面から今も尚、こちらに向かってきているエアクラフト隊が目に入った。



「余波で吹っ飛ばす! 魔導砲装填用意っ!」

「了解ッ!」

「吸収速度上げっ、装填率20%で発射するわ! 操舵手っ、高度を下げて! 自爆されても落下速度を上げられる!」



 担当の二人から二つ返事が返ってきた直後、艦内全員の魔力がぐんっと吸われ、一瞬立ち眩みに近い症状が出る。



「結構、来る……わね……!」



 船長の脳裏に、持っていたサブカル知識で魔導砲を使えるようにしたリュウとの会話が過った。









『多分ですけど……王都の巨大銃やこの魔導砲はここぞってばかりの兵器だと思うんで、あんまり使わないことをオススメします』

『それは……古代人の魔力総量が少ないことに関係が?』

『ですです。急激に魔力が減少するとクラクラしてきますよね? その現象のこともあります。土台そのものが違う古代人にとって魔導砲は謂わば必殺技……エネルギー装填に時間を掛けないと下手したら死人も出るでしょうし、撃てたとしても一発限りのものだった筈です』

『……ごめんなさい、私には何処に問題があるのか、よくわからないわぁ』

『つまり、連続で使用する想定で造られていないんですよ。新しく手に入れた銃とか大砲……ああ、大筒を使う時も僕やシキがよく言うでしょう? 暴発の恐れがあるから気を付けてって。あれと似たようなものです』

『…………』



 イメージが出来ずに黙った船長に対し、リュウはやたら流暢かつ早口で続ける。



『使うから造られたにも関わらず、長年使われることはなく、整備もまともにされていなかった。そういう想定外の使い方をしたら暴発する可能性があるんです。えっと……わかりやすいように言えば……ん~……爆発します』

『えっ』



 彼の口調は非常に軽かった。

 まるで、そうなるのが当然だと主張するように自信満々にそう答え、両手を広げるとその様子を表現する。



『爆発です、ボカンって。数%の試し撃ちで、あれだけの威力だった魔導砲なら……多分、サンデイラの前半分が吹き飛ぶでしょうね。装填率が高いと全部無くなるかも』



 テントや小さなレンガで生きる砂漠の民の船長にはサンデイラとの比較対象がシャムザの王城や冒険者ギルドくらいしかない。

 総長で言えば王城すら凌駕する巨大さのサンデイラが半分吹き飛ぶ。冗談としか思えなかった。



『じ、冗談……よね?』

『……仮に装填率100%の魔導砲を王都のど真ん中……オアシスに撃ったとしましょう。真上から一発だけ』

『え? え、ええ……』

『少なくともオアシスは消失し、余波で何もかもが消し飛びます。城も街も全て』



 絶句した。

 しかし、自信に満ちた口調と続く言葉に説得力が生まれていく。



『さっきの試し撃ち、数%の威力でそこそこの大きさだった砂山が消えましたよね?』

『そう、ね……』

『単純計算で、あれの十倍以上の威力があるんですよ? シャムザの王都は特に脆い砂地の街です。ほぼ間違いなく、消えるでしょうね』

『…………』

『そんな魔導砲が艦内にあって、爆発するんです』



 わかるでしょう? とでも言いたげな視線だった。



 彼の隣に居たシキとの会話も忘れられなかった。



『まさか、こんなものが現実にあるなんてな』

『……僕、ロボットものが好きで、よく見てたけどさ。こういう恐ろしい物を造り出してしまうほどの戦争があったこととか、人を殺す為だけの兵器を平然と造る怖い時代とか……規模は違えど、地球にも存在していたし、何年も……それこそ人が生き始めた頃から繰り返されてきたことなんだよね』

『宗教、食糧問題、土地絡みのいざこざ、人種差別……何処の世界も人間の根本は同じってことだろ』

『何か……泣けてくるよ。そういう時代だったのはわかるけど……』

『本当にそこまでする必要があったのか~とか何でそんなになるまで続けたんだよとか元を辿れば人と人の下らない喧嘩や価値観のせいなのに……とかは思うな』

『そして、それに巻き込まれるのはいつも同じ国、近隣の国の国民。皆は何もしてないのにさ……本当、下らないよ』



 聞けば彼等の国ではそういう知識を得られる機会が、それこそ幾らでもあったという。



『人がいっっ……ぱい死んで……それでも止められなくて、挙げ句には別の時代に遺してる』

『で、それを俺ら新しい時代の人間が使うと。結局、人間ってのは学習しない生き物なんだよ。例え俺達にとって必要だから、悪用はしないからつっても』

『周りから見たら同じだよね。……ごめん、なんか本気で泣けてきたっ』



 顔を覆い、涙を拭うリュウ。

 それを引いたような顔で見るシキ。



『泣くなみっともねぇ』

『……ユウみたいに笑えないよ、こんなこと』

『あ? はっ……クハッ、クハハハハッ! 何だ、笑えないのか? 俺は笑うね。これほど可笑しくて面白いものはねぇよ。だから、俺とあの人は笑うのさ。楽しいから、面白いから、な。キツけりゃ、そうやって未来永劫続くものなんだと悲しんでろ』



 シキは思う存分笑った後、『ま、魔物との戦闘は別だが。お陰でトラウマになっちまったよ』と両腕を擦りながら言い、歩いていった。



 そんな背中に、リュウが『……ゴメン』と声を掛け、近くに控えていたアカリが泣きそうな顔で付いていく。








 その光景を見ていることしか出来なかった船長は少しして思考の渦から戻ってきた。



「っ、そういうこと……だからあの二人はっ……」



 今この状況、敵の自爆特攻に対し、弾がないから、対抗手段がないから、仕方ないからと、人に向けて超高威力の魔導砲を撃とうとしている現実。



 成る程、これは確かに笑うしかないと思ってしまった。



 どんな理由があろうとも。

 アーティファクトのようなものが存在している以上、この戦いのような醜い争いは無限に繰り返されてきたものであり、自分達もその内の一つに過ぎないのだと思い知らされた。



 (でもね……悲しいけど、それが人なんだと思うわっ、リュウ坊……! 時代が変われば人も変わり、次第に嫌な時代のことは忘れ去られる。だから繰り返す。私達はその事実を知ったっ、ならやるべきことは一つっ!)



 必要な情報以外に、本来なら戦闘中に最も出してはいけず、最も必要な感情が船長の脳内に溢れ、自然と言葉が紡がれる。



「魔導砲発射後は予定通りヘルト達の援護に向かうわ! 必ず当てて! それと今後は使用を控えるっ、迎撃班にもっと気張るよう伝えなさい!」

「わかってるってっ!」

「だってよ! 泣き言言ってんじゃねぇっ! ……ははっ! ひぃひぃ言ってたけど、確かに伝えたぜ船長っ!」

「装填率18っ……19っ……20! いつでも撃てるよ!」

「照準合わせろ!」

「わかってるっつったろうがっ! ……よぉしっ、取ったぁっ!」



 仲間達から次々と報告や返事が返ってくる中、船長は叫んだ。



「撃てええぇっ!!」


















 ◇ ◇ ◇



「はぁ……はぁ……はぁ……くっ……や、やっと……止まっ、た……!」



 サンサンと降り注ぐ太陽の光と砂漠からの照り返し、相変わらず両腕に走っている激痛に顔をしかめながら、一人の男が呟く。



「ふっ……ふはっ、ふはははっ……どうだっ、思い知ったか海賊共! 黙って奴隷になっていれば良かったものを!」



 口や脚を上手く使って回復薬を取り出し、何とか止血したらしいソーマは地上から四つの戦いを見ていた。



 一つはショウが乗っている、小型戦艦同士の戦い。

 最も高度の高い位置でのその戦いは自爆特攻の命令がしっかり届いており、優勢だった。



 一つはその下、巨大魔導戦艦サンデイラと、それを追うエアクラフト隊の戦い。

 こちらは魔導砲で大半の者が消し飛んだのが見えた。



 一つは降下を開始したシキと撫子の奔走。

 唯一、生身で自爆特攻をする相手と戦っていた彼等は仲間をかなり減らしながらもほぼ無傷で戦闘を終えたようだ。丁度、最後の一人が両足を斬られ、落下したところを別の仲間にキャッチされていた。



 最後の一つは地上で行われているアンダーゴーレム同士の戦い。

 一人、イレギュラー的な化け物が居るものの、どちらかと言えばこちらもシレンティの『アルマ』の方が優勢のようだった。



「あの、アリスとかいう獣人を……僕が抑えれば……シレンティが勝つ……今、行くからな、シレンティ……!」



 精神的にも肉体的にも大ダメージを負っているソーマは完全に意識が朦朧としていた。



 思考系スキルで何とか動き、視力を上げるスキルや魔粒子スラスターを使って状況把握、移動することが出来ているが、それはシキと同じギリギリの状態であり、シキよりも深刻な状態だった。



 故に。



 何処からともなく聞こえてくるゴゴゴゴ……という地響き。



 かなり遠く……しかし、確かに砂漠から頭部を出してソーマや他の戦いを見つめる人喰いワームの群れに気付くことは出来なかった。



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