第147話 新たな戦争
「早く撃てお前ら! あの化けも……ぐぎゃ!?」
サンデイラと他二隻、敵の二隻が大砲のようなアーティファクト『大筒』を撃ち合っている遥か前方にて、空中を逃げ惑っていた男が二つに別れて落ちていった。
「ひぃっ!? 何だこい、づぅっ!?」
その近くを逃げていた別の男も脳天を剣で貫かれ、宙ぶらりんになった……かと思いきや、あまりの切れ味に頭部が斬れ、やはり落ちていく。
「「「うわああああっ!」」」
「雑魚ばっかりだな」
暴風と悲鳴が飛ぶ中、一人呟いたのは魔物の頭蓋骨を黒く染めたような仮面の男、シキだった。
シキの左しかない視界の先には銃型アーティファクトを持った男達がエアクラフトに乗って逃げており、短い戦闘ならと装着していた最強の手甲から飛ばされた斬撃がその後を追っている。
「ぎゃあっ!?」
「誰か助けっ……いぎゃああっ!」
彼等の拙い飛行技術では避けることも出来ずに腕が飛び、脚が飛び、首が飛ぶ。
しかし、仲間が幾ら殺られようと敵は諦めることなく撃ってくる。
「く、クソっ、もう半分殺られた!」
「良いから撃て! まだこんだけ居るんだ! 撃ちまくれば一発くらい!」
ズガガガガッ! バシュッ、ヒュ~ッ……
激しい銃撃音から気の抜けるような音が続け様鳴り、少しの間を置いて爆発した。
が、ランチャーによるロケットやミサイルは尽く躱され、銃撃に至ってはこちらの手が追い付かない速度で右へ左へと回避運動を取られて避けられるという状況に何人かがうんざりしたように不平不満を言い出す。
「う、撃てったって……あんな速い奴にどうやって当てっ」
「……お、おいどうし……うわぁっ!?」
敵の一人が妙に静かになった仲間の方に視線を向け、愕然とした。
先程まで喋っていた仲間。その首だけが綺麗さっぱり失くなっていたのだ。
仲間の首無し死体はまるでたった今首を失くしたようにゆっくりと後退し始めており、遅れて血が噴き出す。
その後を追うようにエアクラフトのスラスターから魔粒子が消える。
そうして仲間の死体が落ちていく光景に思わず悲鳴を上げていた男は後ろから腹を貫かれた。
「ひいぃっ! なん、ぐっ……!? ぐあああっ!」
黒い光沢のある妖しくも美しい長剣が腹部を貫通し、血を滴らせている。
男は血を吐き出しながらバタバタと暴れるものの、肩を掴まれていて動けない。
「どうした? さっさと撃てよ」
何をしていると言わんばかりに告げるのは当然それらを成したシキ。
その上、彼は煽りながら突き刺した爪長剣をぐりぐりと捻っていた。
驚くべき切れ味を誇る爪長剣は遺憾無くその力を発揮し、男の腹を内部から切り刻んで破壊する。
瞬く間に赤黒い血と臓物が飛び出し始めた。
「いぎゃあああああっ!!? 痛っ、痛い痛い痛いぃっ! た、助げて、ぐれぇっ……」
内臓を内部からズタズタにされた男は想像を絶する苦痛に堪らず悲鳴を上げる。
「くっ……」
「ど、どうすればっ……」
仲間の悲惨な末路に大半の者が見せるのは一瞬の怯えと迷い。中にはその逆に発砲しようと銃を向けてくる者も居た。
「おらっ、おかわりだ!」
シキは動きを止めた者には再び爪斬撃を飛ばし、銃を構えた者達には血の泡を吹き始めた人質を投げ付けた。
その隙にエアクラフトに魔粒子を送り、サーファーのような姿勢で移動する。
「ぴぎゃっ!?」
「く、くそくそくそぉ!」
「ぐわああっ!?」
斬撃による更なる犠牲者を見て、飛んできた仲間ごと撃った男達だったが、自分達が蜂の巣にした仲間の死体の後ろには紫色の魔粒子しかなかった。
その事実に再び固まり、無防備な身体を晒してしまう。
「ど、何処に行きやがった!?」
「探せ! 近くに居る筈だ!」
「何だって奴はあんなに速いんだっ!?」
誰もが辺りを見渡す中、真下から一直線に飛んできたシキはキョロキョロと辺りを見渡していた女奴隷の股ぐらに爪長剣を潜らせ、そのまま上昇した。
「がっ、かっ!?」
結果、出来上がるのは股から脳天にかけて二つに別れた女の死体。
「え……? う、うわあああっ!?」
近くから聞こえた変な声の方を向けば仲間の女が縦に裂けて死んでいる。
しかもエアクラフトに足先が固定されているせいで、完全に別れることなく落ちていく様は斬った本人ですら辟易とする光景である。
(クハッ、そりゃあビビるよな)
同情しつつも足元への魔粒子供給を止め、エアクラフトを真上に上げる。丁度、スケートボードの選手が飛び上がるようなポーズだ。
視界が反転し、太陽に向けられたエアクラフトのスラスター内部が光を放つ。
一瞬の間を経て魔粒子が放出され、先程とは真逆の方向へと急加速が掛かった。
変に立ち上がると風でバランスを崩すと判断し、中腰のまま降下。敵の一人を真上から斬り付けて後退する。
魔粒子の出るエアクラフトを敵に向けることで後ろに下がりながら斬撃を飛ばしていると、敵の数が残り少ないことに気が付いた。
「お? こりゃあアカリ達の出番ないか?」
つい呟いた直後、耳に付けている無線機に『……どうやらそうもいかないらしいです。敵の援軍を発見しました』という通信が入る。
どうやらシキとは別の敵に遭遇したらしい。
「へぇ……何人居るんだか」
『戦闘に入ります。通信は……』
「わかった。何かあったらそっちからくれ」
『了解です』
一応初めてのエアクラフト戦だし、軽く撫でるか、当てるだけで殺せる俺とは違って集中したいんだろう、と結論付けたシキは通信を終えると自身のエアクラフトを傾けることで飛んできた銃弾を弾いた。
「なっ……動いてるエアクラフトでっ」
「防御しやがった!? 何なんだあいつ!」
シキとしては単純にサイコロの目のような並びで六つあるスラスターの内、下二つのスラスターから魔粒子を出し、背中の魔粒子装備で体勢を微調整することで真横に立つような姿勢を維持。そのままエアクラフトの先を手で掴んで右へ左へと揺れることで弾を弾いただけなのだが、彼等からすれば目を見張るほどの高等技術だったらしい。
「はっ……程度が知れるな」
つまらなそうな発言を最後にシキは再び急加速を掛け、一方的な虐殺を続けたのだった。
◇ ◇ ◇
「損害状況っ!」
「未だ無し! 船長っ、こんだけ撃たれて大丈夫なんだ! やっぱり回避運動に意味なんてないですぜ!」
「意味はあるわ! 同じ箇所に当たり続ければ穴くらい空く! 良いから回避運動を取り続けなさい!」
「了解っ! 操舵手! 聞こえたな!?」
「わかってるよっ!」
「右舷、銃はダメって言ったでしょ! 撃つなら大筒かランチャー! 弾が無駄っ!」
相変わらず怒号が飛んでいるのは巨大魔導戦艦サンデイラのブリッジである。
サンデイラは現在、敵の小型戦艦二隻の砲撃を避けるように飛び回り、応戦を続けていた。
鯨のような巨大な船体とは思えないほど滑らかに飛ぶサンデイラだが、避けきれず敵の砲撃を受け続けている割には特に穴が空いたという報告もない。
その為、船員達は少しずつ気が抜け始めているようだ。
「後ろの二隻! サンデイラの後を追うんじゃなくて敵の二隻を負うの! 背後を取って攻撃っ! ごほごほっ、あぁもうっ、喉が痛いっ」
慣れない戦場に、慣れない指示。
叫び続けているせいでブリッジの人間は皆、喉を痛めていた。
状況報告を聞きながら戦況を見て指示を出し続ける船長に至っては若干枯れつつある。
「はぁはぁはぁっ……! あ! せんちょーっ、これお水!」
「ん、ありがとう。他の皆にもお願いね」
「はーい!」
敵の射線から外れ、砲撃による揺れが収まったタイミングで艦内を走ってきたらしい子供がマジックバッグから水の入ったコップを寄越してくれたのでお礼を言いつつ一息付く。
(埒が明かないわね……でも坊や達がエアクラフト隊を叩き終われば乗り込んでもらって……)
そこまで考えたところで、味方の小型戦艦と敵の小型戦艦が衝突した瞬間を目撃した。
同じ型であり、それほど速度は出ていなかったが今ので転倒でもして頭を打ちつければ流石に誰かしら死ぬ。
加えて言えば船長にはもう一つの不安要素があった。
「っ、ショウ坊やの船に通信繋いで!」
「あいよ! 少し待っ……よしっ、繋がったぜ!」
「ショウ坊! そのままくっついてると敵が乗り込んで来るっ、今すぐ離れなさい! 続けて総員、白兵戦用意! 艦内と甲板上では銃以外のアーティファクトの使用は禁止よ! 船が傷付く!」
『り、了解です船長さん! 操舵手、何とか離れて! 皆は聞こえたね! 子供達は早く艦内にっ、他で持ち場から離れても支障のない人は武装して敵を――』
ショウの船のブリッジに繋がっていた通信が途切れた。
こちらの船員が「おいっ、どうした!?」と声を荒げていることから予想外のことであることが窺えるものの、今の感じなら大丈夫だろうと判断した船長は再び声を張り上げた。
「魔導砲装填開始! 装填率20で敵戦艦を撃つ!」
「吹っ飛ばすんだな!?」
「40でノーダメだったんだ! 20くらいならイケるな!」
「おうよ! 装填開始!」
漸く艦隊戦に慣れ始め、こちらの意図を汲んでくれた船員達に少しだけ肩の荷が下りるような気分になりながら指示を出す。
「もう一隻も突っ込もうとしてるわ! 大筒で牽制しつつ、距離を取るよう伝えて!」
今のところ、死人発生の報告は届いていない。
この調子なら……と一瞬、最善の未来が脳裏を過る。
が、次の瞬間、一つしかない瞳に映った光景と以前見た最悪の未来が重なった。
船長が見た光景。
それはサンデイラの甲板を一瞬だけ覆った影だった。たった一瞬だったが気付かない筈がない。シャムザで雲が掛かることは滅多にないのだ。故にこの上空で影が現れるなんてことはあり得ない。
「っ、奴が来る! な、何でよりによって上から……! 坊やは何してるのっ!? ……ええいっ、通信! 坊やに繋がる!? 坊やだけでも戻るよう伝えてっ、大至急ッ!!」
ブリッジには常に映し出されており、予め味方と入力した生体反応を反映する立体地図がある。
そこにはギリギリ無線が繋がる範囲にシキの反応があった。
「わ、わかった!」
「あっ、やっぱり直接伝えるわ! 繋げて!」
「おうわかった、ちょっと待て! ……シキ! シキっ! こちらサンデイラ! 聞こえるか!?」
『……らシキ……す…………らいが……えるぞ』
「あー……少しノイズがあるけど、大丈夫な筈だ船長っ!」
「ほ、本当に大丈夫かしら……」
途切れ途切れにしか聞こえなかったシキの声に不安を覚えながらも、船長は再び叫んだ。
「坊や、聞こえる!? 聞こえたら早く戻ってちょうだい! 最悪の未来になるかも!」
『……? な……て?』
「このっ、聞こえ辛いならさっさとこっちに来なさい! 何止まってんのよこのバカっ! 操舵手っ! 坊やの方に向かって前進っ! 砲撃手! 上から敵の戦艦がもう一隻来る! 牽制! 弾幕ぅっ!」
「「あ、あいあいさーっ!」」
操舵手と通信班があまりの剣幕と声量にびくぅっと肩を震わせていたが無視して続ける。
「敵の総大将が来るわ! 坊やと同じ世界出身の眼鏡! 固有スキルが強力だから乗り込まれたら最悪なの! 早く戻って!」
眼鏡が本体のような言い方でもこちらの焦燥感は伝わったらしい。
『了解……全速力で戻る。それまで耐えてくれ』
明瞭に聞こえてきた声に確かに緊張が走っていた。
しかし、船長はそれだけでは焦りが足りないと感じた。
普段なら焦りは禁物だが、今は焦った方が良い、そう判断した。
「最速で十分持たないかもしれないっ、本当に急いで! 会ったら目を合わせちゃダメ! 催眠系の固有スキルよ!」
『っ、わかった!』
「これで大丈……忘れてたっ、艦内全域に注意喚起! 敵が乗り込んで来る! 迎え撃てる子は皆向かわせて!」
「了解!」
ついでにレナには名指しで隠れるよう伝えながら額を伝った冷や汗を拭う。
(最善の指示は出した。なら、後は耐えるだけ……上はダメなのよ……船体がこれだけ大きいと甲板に乗られやすい……サンデイラの弱点の一つ……坊や……!!)
アリスを地上に降ろし、戻ったら戻ったで撫子が取り逃がした敵の追撃、その上、突如帰還命令……
シキの立場を思えば悪いとは思う。
だが……
撫子は少し間でもエアクラフト隊を足止めをさせる必要があった。
ヘルト達ゴーレム乗りは居たとしても甲板上で敵だけを狙って撃つなんて器用なことは出来ない。
アリスの助力がなければ敵戦艦は墜とせない上に、彼女はエアクラフトが使えないので艦に居てもその力を上手く活用出来ない。
そして、シキはそのアリスを降ろし、敵を迎え撃つのにうってつけの速度と強さを持っていた。
故に、仕方がなかった。
何度も仮定して観測し続けた未来を鑑みれば十分間に合う。
シキが負傷して来れない訳でも、遅れている訳でもない。
最悪の未来に近いだけで、深刻な事態ではないのだ。
とはいえ、それでも不安は募る。
船長はほんの数瞬だけ逡巡すると両頬を叩き、指示出しに集中した。
◇ ◇ ◇
時は少し遡る。
シキが上空に戻ろうと飛んでいる時。撫子が先行していた敵のエアクラフト隊と空中戦を行っていた時のことだ。
「……『ハルドマンテ』にアンダーゴーレムを全機投入だと? 敵の指揮官は何を考えている」
囮である二隻の小型魔導戦艦と巨大魔導戦艦サンデイラが相見え、その腹から次々とアンダーゴーレムが投下されている光景を、更に遥か上空から見下ろす船があった。
見た目こそ他の小型魔導戦艦とほぼ同じ。
しかし、その戦艦の色は黒というより黒銀に近く、性能も違う。
偵察型、あるいは強襲型戦艦とでも言うべきその戦艦には凄まじい性能を誇るカメラが搭載されていた。
謂わば目。どんなに離れていようと地平線の彼方に隠れでもしていない限り、細部まで見通す目だ。
当然のように、そのカメラで得た視覚情報をブリッジ床やモニターに投影することも出来、特殊な魔障壁と別に搭載されている幾つかのアーティファクトのお陰で艦内の空気は正常に保たれている。
また、偵察、強襲に使用する為か、スラスターが強化されており、移動速度も違う。
「アンダーゴーレムの重さと不器用さを考慮して……いや、あの女侍のこともある。それほど優秀なエアクラフト乗りが居るのか……? ならば……総員に告げる。プランAからプランBに変更だ。……シレンティ、君は降下して『ハルドマンテ』の援護。ついでにエアクラフト隊と戦っている侍みたいな女も叩いてくれ」
艦長席で暫し熟考した総大将ソーマは黒縁眼鏡をくいっと上げると、艦内全域に繋がる回線、シレンティにのみ繋がる回線と分けて指示を出した。
『っ!』
「頼んだぞ」
目の前にあるモニターにコクコクと無言で頷く黒兜が現れ、軽く目元を緩ませつつ、指示出しを続ける。
「『アルマ』投下後、我々も敵戦艦に突撃を仕掛ける。降下中、先行部隊は肉壁となって僕を守れ。知っての通り、僕さえ艦に乗り込めればこの戦いは勝てる。長く生きたければ僕に尽くせ」
「「「「「は、はい!」」」」」
身勝手極まりない振る舞いではあるが、誰も逆らう者は居ない。
彼の言うことは事実でもあり、逆らうことも、逆らおうとすることも出来ないからだ。
「僕達が降下した後、本艦はプラン通り、囮に加わってもらう。忘れるな。何があっても臨機応変に、だ。どう動けば僕の為になるのか、それをよく考えながら動きたまえ」
そんな言葉を最後に彼はブリッジを離れ、甲板へと移動する。
鈍い輝きを放つ銀色の大型アンダーゴーレム、『アルマ』が歩く度に艦そのものが揺らし、更には艦そのものを傾けながら飛び降りる中、既に肉壁である奴隷全員が青い顔をしながら彼を待っていた。
「無理を承知で乗せていたが……今の揺れ方は少々危険だな。まあアンダーゴーレムを格納する戦艦じゃないから当然ではあるが」
内心、「やはり、あの巨大魔導戦艦を何としても手に入れなければ……」と強く思いつつ、告げる。
「まあ良い。ブリッジ、船を敵巨大魔導戦艦の上に移動させろ。……では諸君、降下開始だ」
そして、現在。
強風対策に黒縁眼鏡の上からゴーグルを装着した彼、ソーマは肉壁奴隷達と共に降下していた。
『砂漠の海賊団』のエアクラフト隊が出払っていることは既に確認済み。
巨大魔導戦艦サンデイラは今も囮の二隻と戦っており、魔力を探知するレーダーにも現代の人間が常に発している微弱な魔力反応は映らない。
故に、彼等の降下作戦に反撃は予想されていなかった。
ソーマが耳元で聞こえる奴隷達の悲鳴に何が起きているのか思案していた時、それは飛んできた。
「む? な、何だ貴様、まだエアクラフトに慣れて――」
人間。それも先行させていた肉壁奴隷がゆっくりと上がってきた。
あたかもエアクラフトの操作を間違えたような鈍重さだ。
しかし、実際は違う。
視界を塞ぎ、挙げ句にはぶつかりそうなほど近くまで来た為に異世界人特有の馬鹿げたステータスで「邪魔だ!」と言わんばかりに退かそうとした時に気付く。
その奴隷は死んでいた。
「――ッ!?」
腹に、胸に、腕に、脚に、顔面に、穴が空いている。
明らかに銃痕だった。
「っ、撃たれているぞ! 何故報告しないっ!?」
「「「えっ!?」」」
「「ひぃっ!」」
純粋に驚く者六割、耳元から聞こえたソーマの怒号に悲鳴を上げる者が三割。残りは先程同様、無言でソーマの方に飛んできている。
(この風切り音のせいで聞こえないのか! ちっ、対応の早い指揮官だ! 何故僕達の接近に気付いた!?)
彼は知らない。
何年も何年も前から変わり続ける未来を、いとも容易く変わってしまう未来を見続け、最善の未来を求めて足掻いていた隻眼の女性を。
たった一瞬だけ甲板を横切った影が何なのかに気付き、何が起ころうとしているのかを予知していた者の存在など、わかろう筈もない。
「この範囲……感知系の固有スキルかっ、面倒な!」
彼が瞑目している今この時にも肉壁奴隷は刻一刻と数を減らしている。
どういう理由、訳があるにしろ、現実問題として迎撃されている……ならば、と彼は肉壁奴隷達に告げた。
「死体を盾にしろ。この風だ、狙いは逸れ、貫通力も失せる」
近くに浮いていた死体を引っ張りながら、戦艦に『ハルドマンテ』のような上空を狙う武装があれば別だが、と付け加える。
今のところ、敵は銃による迎撃だけで他のアーティファクトは使用していない。空気抵抗や弾の消費を恐れたのだろう。
そう結論付けた彼は次の瞬間、目を見開くことになった。
泣きながら仲間の死体にしがみつき、盾にしようとしていた肉壁奴隷の一人。
それの上半身が吹き飛んだ。
文字通り、木っ端微塵に。
「なっ……!?」
「「「「うわあああああっ!?」」」」
思わず耳を押さえるほどの奴隷達の悲鳴に唸りながら状況把握に努める。
飛んできた肉片と大量の血が彼の盾にされている死体に当たり、彼の手と服、ゴーグルを赤く染めた。
(くっ……大筒か! 大筒をステータスに物を言わせて持ち上げ、上に向けた!)
ある程度のレベルがあれば異世界人でなくとも数百キロの大砲を持ち上げることは可能だ。
血に汚れた腕でゴーグルを拭いながら今の現象を理解した彼はパニックになっている奴隷達に再び声を掛ける。
「喚くな! 今のは紛れだっ、銃弾と同じように早々当たらん」
『力』を行使してまで黙らせた直後、即座に『力』の行使を止め、叫んだ。
「っ、迎撃! ロケット、ミサイル飛来! 狙い撃て!」
銃弾、大筒と続いて、爆発が容易に想像出来る物体が飛んできていた。
ズガアアアアアアンッ!!!
彼の反応と奴隷達に染み付いた恐怖のお陰で何とか直撃は避けられ、直前で爆発する。
自分達を浮かせる爆風に、つい悲鳴を上げる者が居たが、その爆発を機に全ての攻撃が止んだことで、ソーマは眉を潜め、開きかけた口が閉じた。
(今度は何――)
思考は続かなかった。
彼が保有する《危機感知》スキルが働き、驚くより先に身体がエアクラフトを動かしたが故に。
気付いた時には肉壁奴隷の大半が二つに分かれていた。
数がではない。
身体が、だ。
遅れて血の雨が真逆に降り注ぎ、ソーマは全身が血にまみれてしまった。
が、そんなことを気にする余裕はない。
彼の視線の先には驚くべき速度で飛んでくる見えない刃、そして……
「クハハハハハッ! テメェが大将だなァッ!? 久しぶりだがっ、最初から全開で行かせてもらうッ!!」
紫色に輝く砂のような粒子を後方に残しながら迫ってくる者が居た。
それは黒い魔物の骨の仮面を身に付け、左腕には三本の爪が飛び出ている黒い手甲を、右腕には黒い長剣を持った男、シキの姿だった。




