第145話 開戦
シャムザの王都からも他の街からも離れた上空にて。
遥か上空であるにも関わらず、辺り一面は砂の山しかなく、地平線の彼方まで砂以外のものがないシン砂漠。
サンサンと降り注ぐ太陽の光と時折舞い上がる砂嵐だけが地味な彩りを添えており、熱せられた砂漠から、熱っする原因からと上下の熱に挟まれている筈の巨大魔導戦艦サンデイラと他二隻の小型艇がポツンと浮かんでいる。
船員達はいつも通り整備チェック中。ヘルトとリュウはアンダーゴーレムの調整。他、シキやレナ、アリス、撫子は甲板で武器や魔粒子スラスターの点検をしつつ、駄弁っていた。
「粒子っていうのは……ん~説明するの難しいな。そもそも魔粒子装備使ってんだからわかるだろ? いつも出してる光の粒子を出せば良いんだって」
「むぅ……それが出来ないから訊いてるんでござるよ」
「どうやって出すのかくらい教えてよ」
魔導戦艦に備わっている魔障壁のお陰で気温は程よい暖かさで、焼き殺すと言わんばかりの直射日光も緩和されている。
とはいえ、動き回っていれば暑くもなる。他の船員が汗水流しながら走って作業している中、数人が座りながら話しているのは中々気になるものがあるものの、シキの背中に寄り掛かって寝ているムクロを除き、大半は「まあいざという時の戦闘員だから」と納得していた。
「いや、どうやってって……イメージ?」
「つまりは勘だろ? 俺にゃ魔力がねぇから感覚はわかんねぇけど、〝気〟で言えば……ほら、どうよ」
「「「「「おおー!」」」」」
「流石ですアリス様!」
「んだんだっ、すんげぇ綺麗だよ!」
魔力の代わりに獣人族特有の力、〝気〟を使って手のひらから魔粒子ならぬ気粒子を出して見せたアリスが鼻高々に小さい胸を張る。
「それが出来るなら自力で飛べ……あぁ、消費量がエグいのか」
「そ。ユウちゃんだって魔粒子装備使わないとキツいんだろ?」
「まあな」
アリスは魔粒子装備のように〝気〟の消費量を抑えるものがあればシキ達のように飛べると言う。
しかし、現状魔力の代わりに〝気〟を代用したアーティファクトは発掘されていない。そもそも魔粒子装備自体、発掘されることが少ないのだ。事実、シキや撫子が使っているのはパヴォール帝国が聖神教にテストさせるつもりで流した模造試作機であり、レナが使っているようなブーツがオリジナルのアーティファクトである。
あまりにオリジナルが発掘されない為、偶々二~三点ほど多く発掘されれていたブーツ型のものを拝借して使っている訳だが、シキが見るにやはり模造品とオリジナルでは魔力消費量……魔力を魔粒子へと変える変換率に差があるようだった。
全身に装着しており、時折バランス調整で身体の部位から出すこともあるとはいえ、シキとレナでは魔力総量に差がある。にも関わらず、同等程度の長時間を続けて使用出来るし、試作一号機らしいシキのものと試作二号機らしい撫子のものでも差があるのだ。
「戦争なんかに使わなきゃ便利なのになー」
「王都では実験的にスラスターを取り付けた乗り物が走ってますよ。レナ様は乗ったことありますよね?」
「ええ。あれは良いわ。既存の物流が馬鹿らしくなるくらい画期的なものね」
アリスの何気無い一言に、そう言えばと反応するナタリアとレナ。
地球の文明を知る二人はその光景を何となく想像して言った。
「……そりゃ馬車と車じゃあな」
「産業革命が起きた時とかこんな感じだったのかもな」
「ほう……お二方の反応を見るに、異世界には似たようなものがあるんでござるか」
「いや、俺が言った方はちょっと違うぞ。なあアリス」
「え? さん……ぎょう?」
「……わかんないならもう黙ってろよバカが」
「バカとは何だ! 失礼だな!」
直ぐ様怒るアリスに、何のことかわからないながらに二人の会話でそっと察した他の者達が笑う。
シキも半笑いで茶化そうとし……
「小学生レベルの知識も知らない奴が――」
――ズガアアアァンッ!!
という凄まじい振動に襲われた。
「な、何だ今のっ!?」
「っ、高度に異常はないわ!」
「敵襲だ! 気配は!?」
「「地上から離れすぎててわからん(でござる)!!」」
事態を即座に理解し、迅速に動いたのは戦闘経験豊富なシキ達。
ばっと跳ね上がるように立ち上がり、魔粒子装備をカチャカチャと装着しながら甲板の下を見下ろしたりと状況を確認している。
しかし、やはりと言うべきか、他の船員は冷静ではなかった。
「うわあああっ!」
「お、おい……ヤバくないか今の音……」
「揺れた方がやべぇって! 落ちたりとか……!」
「かはっ……はっ、はっ、はっ、はっ……!」
パニックに陥って右往左往する者、近くの物に掴まりながら不安がる者、驚きのあまり過呼吸になって座り込む者が続出している。
『総員、戦闘配備ッ! 皆っ、敵襲よ! 落ち着いて持ち場に付きなさい! 焦らなくて良いわ!』
甲板、艦内中に響く船長の声。
至るところに取り付けられた放送機器から聞こえてくる。
早い対応だったからか、船員達も状況を理解したらしく、少しだけ落ち着きを取り戻した者達が現れ始め、バタバタと持ち場に向かって走り出した。
「船長、声に余裕がないな。ちょっと焦ってる感じがする」
「寝起きだったんじゃね? それか今ので起きたっと……とか。いや、これ結構揺れんのな……」
「確かに。あり得るなぁあの人の場合」
「きゃあっ!? もうっ、何でそんなに冷静なのよ貴方達は……!」
シキとアリスが冷静に武具の装備を終え、いつでも出られるような状態になった頃、再び船体が揺れた。
(揺れからして大筒とかいう大砲だろうな……爆発したりしてないってことはただの砲弾……船体にダメージは……殆ど無い、か)
と思いつつ、シキは、動きこそ早いものの、少し焦っているようにも見えるレナの顔を両手で掴む。
「ふぎゅっ……ちょっ……シキ君……? な、何するのよ、こんな時に」
「気持ちはわかるが落ち着け。深呼吸だ。良いな?」
「っ、お、落ち着けってったって……」
「見ろ。この騒ぎでも爆睡してる奴が居るんだぞ。大丈夫だ。これだけデカい戦艦は早々墜ちないさ」
船員が走り回る音、未だに騒いでいる者や砲撃音、転びそうになるほどの衝撃等々、様々な騒ぎの中、ムクロは「むにゃむにゃ……」と言いながら寝ていた。
視線でこいつほどとまでは言わんが落ち着け、と伝えたシキは続けて甲板に居る船員達に叫んだ。
いつかのように甲板を強く踏みつけ、注目を集めてからだ。
「皆、落ち着けッ!! 船長が言ってたろ! 敵襲だ! ここで騒いでたってどうにもならない! 整備はしていたっ、揺れてるだけで高度が落ちている訳でもない! 先ずは深呼吸! 落ち着いたら行動っ! 落ち着いたらで良い! わかったなっ!? わかったら返事ぃっ!」
砲撃と同等にも思える揺れに、一斉にびくぅっと肩を震わせたものの、シキの鼓舞は船員達の心に染み渡り、落ち着いたようだった。
「「「「「おう(はい)っ!!」」」」」
元気な返事と共に数人の子供を残して走り始める船員達。その子供達もやがて艦内に入っていった。
「ひゅ~っ。ユウちゃん、指揮官とか艦長の才能あんじゃね?」
「堂々としてましたし、良い感じに士気が上がってましたね」
「ねぇシキ君、この戦いが終わったらうちの騎士団長にならない?」
「大袈裟に言うな。人の心に作用する《人心掌握》スキルってのがあるんだよ。後、レナ、絶対に断る。ついでにその言い方止めろ、最悪誰か死ぬ」
「ほう……固有スキルスタイルのスキルとは珍しいでござるな」
よいしょしてくる皆に答えていると、撫子がそんなことを言った。
「固有スキルスタイル?」
「そのまんまの意味。固有スキルと同じ四字熟語だろ? そういうタイプのスキルは珍しいんだよ。固有スキルとの明確な差はわかってないらしいけど、四字熟語のスキルは強力って相場が決まってるんだ」
「へぇ、そいつぁ初耳だ」
どうやらアリスと撫子の中では常識らしい。
新たな知識に感心したような声を漏らしながら顔を覆う仮面を付け、出撃命令とエアクラフトを待つ。
レナとナタリアにムクロを部屋に戻すようお願いし、三人が消えた頃、同じように愛人の二人を艦内の手伝いに行かせていたアリスが首を傾げて言った。
「ありゃあ何だ?」
中途半端に甲冑装備の為か、やたら装備に時間が掛かっていた撫子も準備を終え、アリスの隣に立って甲板の下を見下ろす。
「どうした?」
「黒い魚みたいのが見え隠れしているんでござるよ」
「UFOみたいだな」
「船長の説明じゃ魔障壁は物理的な攻撃は弾けないんだ、あんまり顔を出すなよ」と言い掛けたシキが二人の反応に釣られて下を見ると、確かに黒いエイのような何かが砂漠から飛び出ては中に潜り、飛び出ては中に潜りを繰り返していた。
(真上から見ただけじゃ三角形の黒い物体がちょこまかと見え隠れしてるだけだが……こっちの高度を考えると結構デカいな。しかもあんなにスムーズに砂漠の中を出たり入ったり……横から見た形状はかなり薄いと見た)
「……ん? あっ、よく見たらあれが撃ってんのか。この距離でよく届くな」
「へぇっ、アリス殿は目が良いでござるなぁ。拙者には飛び出た瞬間に穴が開閉してるところしか見えないでござるよ」
「十分見えてんじゃん」
「黒い三角形がうろちょろしてるようにしか見えないんだが……」
二人の桁違いの視力にドン引きしつつ、「待たせたな! よぉしお前らっ、どんどん持ってけぇ!」という声に振り向く。
艦内に続く扉から続々とエアクラフトを抱えた船員達が出てきている。
どうやら船内に仕舞っていたエアクラフトが届いたらしい。
「他の戦闘員はどうしたっ?」
「この土壇場で怖くなったらしい! 何せ初めてのエアクラフト戦だからな!」
「なら、俺達は先行していると伝えてくれ!」
「了解!」
配達班のリーダーと会話しながら自分のボード型エアクラフトを受け取り、ブリッジに向かって飛ぶ。
強化ガラスのようなもので覆われ、中が透けて見えるブリッジ内では船長が何やら叫んで指示を出しているようだった。
自身の存在をアピールするようにブリッジの前を飛び、ブリッジ横のドアを開けてもらう。
「良いから砲撃準備よ! この後、小型の魔導戦艦二隻による襲撃があるの! それと通信! 早く他の二隻に離れるよう伝えなさい! 艦隊戦になるって言ってるでしょ! 邪魔っ!」
いつも冷静で間延びした話し方をする船長が有無を言わせずに怒鳴り散らしている。
シキは綺麗な色白お姉さんである船長の余裕のない顔に若干腰が引けつつ、声を掛けた。
「船長、俺とアリスは先行して良いんだよな!?」
「誰よこんな時にっ! 煩いわねっ……って、坊や! 私もうダメっ、心臓バックバクで寿命が刻一刻と縮んでるわ! 私もレナみたいに落ち着かせて!」
「うおっ、ちょっ、見てたのかよっ……」
余程焦っていたのか、思わずといった感じで抱き付いてきた船長をキャッチする。
「ほらっ、私も顔をきゅってして? 何ならちゅーでも良いわよ? ほらっ、ん~っ」
「あんた、ちょっと余裕あるだろ! 落ち着けって!」
実際はそんなことないのだが、目が回っているような光景を幻視したシキは船長の背中を擦ってやりながらブリッジを見渡す。
「何っ!? まだ動けない!? どうにかしろ! 船長が離れろっつってんだよ!」
「砲撃準備だぞ砲撃準備! 状況どうなってんだ!?」
「ああっ、ちょっ、おまっ、それ艦内放送用だよ!」
「あぁん!?」
「お前の声、関係ないとこまで届いちゃってんだって!」
「うそぉんっ!?」
『ブリッジ! さっきから煩いっす! そっちこそ落ち着いてほしっ……ああっ! 先輩っ、頭大丈夫っすか!?』
『こちらアニータ! 場所は救護室付近! シャワールームから向かってきたんだけど、廊下中に怪我人が出てる! 回復魔法使える人集合させて!』
通信用の魔道具や艦内に届くマイクのような魔道具で叫びまくっている船員とブリッジに届くようになっている通信で現場は阿鼻叫喚と化していた。
初の魔導戦艦を使った戦闘であり、奇襲を受けているのだ。無理もない。
また、恐らく何処かに頭をぶつけた者が居たのだろうが、苦情を入れていたレドから誤解を生むような悲鳴が聞こえる。
(アニータは比較的冷静だな。ジンメン騒動のパニックを経験してるからか……逆にレドは経験あんだから落ち着けよ……)
「きゃあああっ、坊やぁっ、助けてぇっ」
嫌々と首を振りながら顔を擦り付けてくる船長を溜め息混じりに無理やり引き剥がして言う。
「はぁ……だから落ち着けって姐さんっ。戦闘は始まってんだぞ! あんたが望んだ敵の奇襲だ! あんたまでパニックになってどうする! でっ? 俺はアリスを連れてって良いのか!?」
「だってぇっ……だってぇ……!」
軽めに肩を揺さぶったり、頬をぺちぺち叩いたり、先程のレナのように顔を掴んで声を掛けていると新しい通信がブリッジに届いた。
『おーい! こちら格納庫だ! ヘルトが出ていいなら出るってよ!』
「なっ、ちょって待て! 船長! どうすんだ!?」
「えっと、えっと……!」
船長は相変わらず焦って混乱している。
比較的冷静だったシキも少しずつどうして良いかわからなくなり、混乱してくる。
(もうこの人はっ! どうすりゃ落ち着く!? 猫騙しっ……は腰抜けそうっ。強めに叩いたらそれはそれでパニックになるっ。レナにやったのはもう試したしっ……なら、ならっ……!)
相手が男だったら躊躇なく張り倒していたのだが、船長は女性であり、あまり表には出してなかったが、容姿も性格もシキの好みの女性でもある。
故に対処法がわからなかったシキは何を思ったのか、「姐さん! 落ち着け!」と声を掛けた後、いきなり船長の胸を鷲掴みにした。
「あんっ」
船長の口からやけに艶のある声が漏れた。
ブリッジの空気も一瞬凍る。
指示を求めたガタイの良い船員も、船長の声に思わず振り向いた女船員も、その他マイクに向かって叫んでいた船員達、タイミング良くブリッジに入ってきたレナとナタリアも。
ドォンッ、ドオォンッと砲撃が次々に直撃し、揺れているにも関わらず、場が凍った。
「ぇ……ぁ……? ちょっ……え? ぼ、坊……や……?」
シキはボンっと一気に顔を真っ赤にして狼狽える船長の胸を掴んだまま時々声を上擦らせながら言う。
「お、落ち着いたっ、か? 悪っ、悪かったっ。俺も混乱してっ……」
こちらも仮面の下の様子が窺えるほど狼狽していた。
「だ、だからって胸を揉まなくてもっ……」
「いやっ、そのっ、ビンタとかしてくんのかとっ、そうすりゃ落ち着くかなって……!」
「あっ、ちょっ……んっ……坊やっ、わかったから揉まないでっ」
「あ」
「こんの変態があああっ!」
「ごふぅっ!?」
凄まじい轟音と揺れの中、怒りのあまり超人的なバランス感覚を見せたレナが転ぶことなくシキの腹に飛び膝蹴りを食らわせた。
「こんの忙しい時に! 人が焦ってる時にっ! 皆が一生懸命動いてる時にッ! 何やってんのよ馬鹿ぁっ!」
「うげっ、う゛ぅ゛っ、わかったっ、わかったから落ち着っ……がはぁっ!?」
腹をくの字に曲げて吹っ飛んだシキに上乗りになり、下着が丸見えになっているのも気にせず、ボディブローを連打してくるレナ。
シキも抵抗しながら声を張り上げる。
「ごふっ、船っ、長っ! も、ぉっ!? い、良いだろ!? 指示出せ指示ッ! ちょっ、おいレナ! お前もいい加減にしろ!」
「うわわっ!?」
やけにキレのある殴打を手で掴んで止めると、腰を上げてレナを吹っ飛ばし、さっさと立ち上がってブリッジのドアを開けた。
「良いな! 俺とアリスは出る!」
「っ、ちょっと待って坊や! アリスを下ろしたら戻りなさい! 撫子ちゃんと貴方で敵のエアクラフト隊を叩くの! 戦艦二隻が波状攻撃してくる! それまで耐えて!」
「わかった!」
「後っ――」
船長がまだ何か言っていたのはわかっていたが、気まずさが勝って飛び出してしまった。
(やっちまった……いや、指示だったら別途連絡が来るかっ)
等と考えつつ、空中でエアクラフトに乗って減速。甲板スレスレでふわりと浮いて飛び降り、再びアリスと撫子に合流する。
二人は敵の観察を続けていたらしく、こちらを見ていなかった。
「アリス、お前とヘルト達ゴーレム部隊で敵を強襲する作戦らしいから地上に降ろす。タイミングが合えば降下するゴーレムに乗せても良い。で、俺と撫子は敵のエアクラフト隊を……何だよその反応」
シキの声掛けに対する二人の反応はこの状況でもツッコミを入れたくなるものだった。
アリスの「お前、やったな?」みたいなジト目は勿論、撫子の自身の胸を隠すような仕草は「まさか……」という思いを募らせてくれる。
「お、おう、そうか。なら俺は撫子ちゃんに降ろしてもらおう……かなぁ?」
「……魔力が無駄にならないか? 撫子は職業的に大して総量ないんだし」
撫子の職業は武士。
彼女の二つ名と同じ名称ではあるが、撫子曰く魔力が少なく、身軽な騎士、というイメージらしい。
それを思っての発言だったのだが、彼女の返答にシキは思わず固まった。
「だからといって、女の敵にまだ若い乙女を差し出せるほど器量は小さくないでござるよ」
アリスは中身が男なので、まだ理解がある。反応もジト目&保身という程度。
しかし、撫子は違う。露骨なまでに顔を赤くし、「この変態めっ」みたいな目で睨んできている。
「い、一応、聞いておく……何で睨むんだ?」
「船長殿の胸を鷲掴みにしたんでござろう!? 全くっ、こんな状況でよくもまあふざけられるもんでござるね!」
「……何故……それを?」
「マイク駄々漏れだったぞ。ブリッジのマイク切ってなかったんだろ。セシリアのえっろい声とレナちゃんの怒った声が響くのなんの。ちょっと耳痛くなっちまったよ」
「かはっ……」
その事実はちょっとしたダメージだった。
声だけ聞くと錯乱して、あるいは混乱に乗じて人の胸を弄んだ最低男である。また、耳に付けている通信用の魔道具に『てめぇ……俺達の船長に何してくれてんだ、ああん?』という怨嗟の声が続々入っているのも地味に効く。
「言い訳をさせて――」
「――聞きたくないでござるっ」
「見苦しいぜユウちゃん」
船員全員に聞かれた事実と二人のジト目、未だに聞こえる怨嗟の声から戦いが終わった後のことを想像して憂鬱な気分になっていると、アリスがやれやれと肩を竦めながら言った。
「ま、こんな時だ。我が儘も言ってられねぇ。ユウちゃん、頼むぜ」
「他人事だと思ってこの野郎……。チッ、わかった。ゴーレムまでで良いか?」
「んにゃ、落下速度を抑えるのは骨が折れる。地上までだ」
「……了解」
渋々頷き、エアクラフトを浮かせて甲板に横付けする。
それと同時に、こちらの様子を横目に自分のボード型エアクラフトを浮かせていたらしい撫子と目が合った。
「では拙者は先行するでござるよ、女の敵!」
「その呼び方は止めろ!」
「危機感ねぇな……っと!」
言うだけ言って満足したらしい撫子は徐々に見えつつある敵の小型艇の方に飛んでいき、アリスは頬を掻きながら甲板から跳ね、シキの背中に飛び付いた。
「五十メートルくらいからなら行けるか?」
「……いやキツくね? もうちょい下げてくれよ」
「お前猫科だろ。こっからでも降りろよ」
「うおっ、ちょっ、揺らすな! 幾ら何でも高過ぎだろっ、殺す気か!」
二人は会話もそこそこに狙われているサンデイラから少し離れる。
予想通り、距離さえ取れば流れ弾が飛んでくる様子はなさそうだったので、そのまま降下を始めた。
「ふーっ! テンション上がるなぁこれ!」
「うるせぇっ、耳元で騒ぐなっ」
「良いだろ別に!」
「ったく……」
焦りや驚くことはあっても余裕は消えないのだろう。
ビュービューという風切り音が耳の機能を奪い、強い空気抵抗は落下方向を変えさせてくるにも関わらず、二人の口元には笑みが浮かんでいた。




