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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第144話 強者達の思惑



 レナと腹を割って話し合ってから数日が経った。

 相変わらず戦艦三隻はぐるぐると国内を飛んでいる。



「お姉ちゃんは何考えてるのかしら……? ……ねぇ、あの二人は何でニヤニヤしてるの? 何かあの笑み、ちょっとムカつくんだけど」



 甲板の手すりに腰掛け、綺麗な金髪を靡かせながら溜め息を付くレナ。

 その視線の先にはリュウとアリスがおり、こっちを見ながらニヤつきつつ、時折ひそひそ話をして笑っている。



「大方、この前の話を誤解してるんだろうよ。第一、俺にはムクロが居るってのに……何想像してんだか」



 と言ってもムクロと付き合ってるのかどうかは不明だが。



 ……実際のところ、どうなんだろうか。互いの裸とか下着姿は結構見慣れたけど、何もしてないし……

 冷静に考えると、なあなあの関係って何か怖いな。後でムクロに俺達の関係について訊いておこう。



「? 何言って……あ、知らないのね」

「何がだ?」

「基本的にこの世界は一夫多妻が認められてるのよ。だからアリスみたいに伴侶を何人も持つのは悪いことじゃないし、割りと常識なの。まあ同性婚は子供が生まれないから良い目では見られないけど」

「……そうだった」



 だから笑ってんのかあいつら。そうとわかるとバカにされてるみたいでムカついてきたな。



「……この辺、以前も来たわよね? 何でお姉ちゃんは色んなところを飛び回って……」

「多分、誘ってるんじゃないか?」

「え?」


 

 レナと同じように睨み付けていると、サンデイラの真下を見下ろしたレナが首を傾げたので、俺の足元に座りながら寝ているムクロの頭を撫でながらその疑問に答える。



「敵はアーティファクトを持っている。その中には搭乗型のアンダーゴーレムや魔導戦艦もあるかもしれない。そんな奴等に先手を譲り、手の内を知りたいんじゃないかって思ってな」

「それってわざと無防備を装って奇襲させるってことでしょ? そうだとしたらかなり危険なんじゃ?」

「まあな。けど、そうしている間にも【先見之明】で敵について知れる。船長としちゃその敵についても、帝国についても知れるのは良いことなんだ。事を急いて何かを見落としたりしたくないんだろう」

「何か、ねぇ……」



 何気無く二人で船長室の方を見たタイミングで、見計らったように船長が出てきた。



 船長は暫く辺りを見渡していたが、やがて俺達に気付くとクスリと笑い、手をヒラヒラとさせながら艦内に入っていった。



「なぁんか受け身よね、お姉ちゃん。私達に死ぬかもしれないって言ったんだから実際に私達が死ぬ未来を見てると思うんだけど……」

「気持ちはわかる。未来を予知出来るのにしては慎重過ぎる」

「そうなのよ。これじゃ叩き過ぎて石橋が割れちゃうわ」



 まあ、逆に言えば……そうやって慎重にならないといけない相手とも言えるんだがな。



 未来がわかっていても油断は出来ない相手、か。



 それに……



「弾は揃ってるな! 不備は!?」

「今日もないっす! 全ての大筒、いつでも使えるっす!」

「ならば良ぉし!」



 甲板とサンデイラの横っ腹に備え付けられている大砲のようなアーティファクトの整備をしていた船員達とレドの姿を毎日見ている。



 ただ飛んでいるように見せかけて、準備は万端。町の近くを通れば物資も補給している。



 それらから察するに、手の内を知りたいだけじゃなく、奇襲をさせて戦争の練習をしようとしているように思える。



 いつ何が起こるのかわからないのが戦場だ。この船には子供も多い。パニックの経験と戦場の空気を味合わせることで帝国に備えるつもりなんだろう。



「敵の奇襲で大きな被害が出ないと良いが……」

「その為にエアクラフトを扱える私達が居て、ヘルト君達のゴーレムがあるんでしょ」

「……せめて俺達にだけでも襲撃されるタイミングを教えて欲しいもんだ」

「幾らわかっていても私達も動き回ってるわ。細かい予知は出来ないんじゃないかしら」



 不安だからか嫌な予感がする。

 船長の予知で勝てるとわかっていても、だ。



「今回こそ、こいつらの出番かな」



 そう言って魔法鞘を撫でる。

 マジックバッグと化して幾つもの剣が入るこの鞘には今一相棒になりきれてないショーテルとジル様から貰った最強の刀剣が納められている。



 ショーテルは兎も角、この紅い刀剣は危険過ぎると思っていたが……



「え? 何か言った?」

「……いや、何でもない」



 更なる力、強過ぎる力の行使の予感なんて。



 どうもフラグっぽくて嫌だな。
























 ◇ ◇ ◇



 コツッ、コツッ、コツッ……と黒光りしている謎の金属床を何者かが歩いてくる音が響く。



 足音は魔力に反応して開く自動ドアの前で停止し、静かな開閉音に遅れて再び進み始めた。



「収穫はあったか」



 その部屋に入った瞬間、若い男の、感情のない声が飛んでくる。



 足音の主の視界に広がるは巨大魔導戦艦サンデイラのブリッジを思わせる広い空間。モニターやキーボードのようなものが並ぶ近代的な光景。



 振り返ることなく訊いてきた男は地味な黒縁眼鏡のレンズに付いた汚れをハンカチで拭いながら部屋の天井付近に映し出された立体映像を見つめていた。



 薄汚れた布切れを纏った奴隷とおぼしき人間達が部屋の中間にある最も大きな椅子に座っている男の様子をチラチラと窺いつつ、各々手元のボタン類をカタカタと弄っている。

 誰一人として声を上げることはなかったが、男の声に反応して肩を震わせる者が半数ほど居た。



「またか」



 男の質問に対し、声無き返答をした足音の主は顔全体を覆う黒兜を付けた超長身の女だった。



 砂漠の国シャムザに生きる者とはまた違った浅黒い肌。兜から生えるようにして腰まで延びているボサボサの銀髪。身体的特徴として一線を画している身長は優に二メートルを越えていることが一目で伝わってくる。

 類を見ない長身を誇る身体は程よく実っているものの、他の者と同様、衣服が布切れしかない為、脚の付け根や胸、腹など際どい部位が所々見え隠れしている。が、四肢はどす黒い手甲と脚甲を装着しており、胴体は布切れ、頭部と四肢だけは黒い防具と異様な出で立ちだ。



 耳が不自由なのか、口が聞けないのか、はたまたそういう人物なのかはわからない。

 ただ、その女は手話のように手振りで話すらしく、男に近付くと、その場に膝を付き、指と手のひら、腕を使って報告していた。



「……ほう。シエレンを……搭乗型のアンダーゴーレムを素手で破壊する獣人か。幾ら軽量化された機動性重視のゴーレムとはいえ……化け物だな」



 綺麗になった黒縁眼鏡を掛け直しながら呟いた「転生者か……」という独り言はあまりに小さく、誰の耳にも入ることはなかった。

 その言葉が()()()であったことも、彼の顔立ちがイクスの人間とは違い、幼く見える造形かつ日本人のような黒髪であることも、誰も知らない。



「シレンティ。君のゴーレムなら耐えられるか?」

「……っ。……! ……っ!」

「『アルマは最強、私は最上級の盾です』……いや、『鎧です』か。大した自信だ」

「っ、っ……!」



 主らしい彼の問いに大きく頷き、己の動きに乗じて揺れる胸を張ったり、叩いたりして答えた彼女――シレンティは自分を指差した後、両腕を身体の前でくっ付けて盾に見立て、顔と身体を隠した。



「隠しきれてないぞ」

「……っ」

「ふっ……時折思うが、君は無口な割に感情が豊かだな」



 シレンティが恥ずかしがるように両手で顔を覆い、日本人のような容姿の彼はそれを見て苦笑する。

 姿を現した彼女に最初に投げ掛けた質問の時とは違う、感情の乗った声だった。



 一方、笑われた形になったシレンティは首を傾げ、和やかな空気が流れる。



 が、やがて彼の顔から再び感情が抜け落ち、告げた。



「諸君。一週間後、砂漠の海賊を名乗る不遜な賊共に奇襲を仕掛ける」



 それはシレンティにではなく、この場に居る全員に対しての宣言。



「このところ、彼等が我々を誘っていることは知っているな。古代の遺物を集めている彼等のことだ。我々の持つアーティファクトを欲しがっているのだろう。それを逆手に取る。敢えて誘いに乗り、彼等のアーティファクトを根こそぎ奪ってやるのだ」



 彼には勝算があるらしい。その表情に曇りは一切無い。



「船員の数も同じ。アーティファクトの所持数も同等。しかし、量産型ゴーレムは十機と凄まじい戦力だ。シレンティの『アルマ』と同じ特機であろう赤い騎士型のゴーレムも確認している。しかし、我々にはこの『ハルドマンテ』がある。的のような飛行型とは違い、こちらには地の利があり、上手く戦えば一方的に痛ぶることも出来る」



 潜伏型魔導戦艦ハルドマンテ。

 それが彼等が所持し、今も尚搭乗している戦艦の名だった。



 『砂漠の海賊団』のサンデイラと小型艇二隻は空を飛ぶ。

 特にサンデイラはさながら空の海を泳ぐ鯨を彷彿とさせる巨体が特徴。



 対するハルドマンテは地を這い、海底を泳ぐエイだ。

 形状は現代のステルス機をそのまま巨大化させたようなものだが、シャムザのような砂漠地帯であれば砂漠の中を移動することが出来る。



 そんな地中移動を可能とするのは見た目に合わぬ超硬度の装甲。背面と腹面、両翼の尻の噴射口から噴射される高濃度の魔粒子。

 熱を通さず、並大抵の岩や魔物ならものともしない装甲と巨大魔導戦艦サンデイラの推進力をも越える大量の強化スラスターで構成されているハルドマンテは彼等にとって最強の盾であり、矛だった。



「諸君も知っての通り……僕の決定に異論は認めない。やると言ったらやる。良いな?」



 一瞬、レンズを通して見えていた彼の瞳が妖しく光る。



「うわっ!?」

「て、手が!」



 シレンティは跪いたまま動かなかった。

 しかし、他の者達は自分、あるいは近くの者の首に手を掛けていた。



「ぐっ……わかってっ……あんたの力は十分わかってるっ! だからっ……か、はっ……や、止めてくださっ……そ、ソーマ……さんっ……」

「違うっ、わざとじゃっ、止めっ……ぐえぇっ!?」

「ひっ……た、助けっ……身体がっ、勝手にっ……!」



 他者ならまだ理解出来るが、自分の首を締め、白眼を剥き始めている者も居る。

 見れば他者への首締め行為も互いに「違う」、「誤解だ」、「助けてくれ」、「わざとじゃない」と宣いながら行われている。



 突如として自殺を始めた者、他者を殺そうとする者で溢れたブリッジ。

 どう見ても異様な光景だった。



「これは脅しじゃあない。君達は僕の奴隷だ。僕の手足だ。これも全て自由の為……張り切って協力してくれたまえ」



 そう告げた直後、彼――ソーマの瞳から光が消え、奴隷達はその場に倒れ込んだ。



 誰もが息を荒げ、咳き込んでいる。



 それを冷たく見下すソーマ。



 少しすると、彼は再び口を開いた。



「……何をしている。十秒は待った。さっさと席に戻れ」



 息を付く間を与えただろうと言わんばかりの暴君っぷり。



 だが、誰も逆らおうとしない。



 一斉に肩を震わせた彼等はそそくさと持ち場に付き直し、作業に戻っている。



「いきなりこの世界に迷い込んだ時はどうなるかと思ったが……思いの外、この力は使えるな。……シレンティ、来い」

「っ!」



 顔を青ざめさせながらも作業を開始した奴隷達を見渡し、一人呟くと、彼はシレンティを連れてブリッジを出ていった。






















 ◇ ◇ ◇



 辺り一面真っ白の空間。



 前も後ろも、右も左も、上も下も白く、また、暖かくも寒くもない。自分の身体があることで漸く『立っているんだ』という感覚を得られる不思議な空間に彼は居た。



「ここは一体……?」



 (確か俺はユウにやられて……)



 殺気溢れる親友の瞳が、迫ってくる拳が脳裏を過り、自分を守ってくれた誰かの存在を思い出す。



「っ、ノアっ! ミサキもやられたっ……! 皆っ……」



 何故こんな場所に居るのか、という疑問より、仲間の安否が気になった。

 異世界イクスに『真の勇者』として召喚されたライは元来そういう性格だ。



「くっ……何の気配も感じない。俺は何で……もし誰かが死んでたらっ、俺は……!」



 油断していた。



 許されると思っていた。



 許してほしかった。

 


 ユウとまた一緒に居たいと思っていた。



 その結果、親友の筈のユウに思うように動かされ、時間稼ぎとして使われたどころか、最後は殺されかけた。



「俺はっ……何、やってんだよ……マナミと約束したのにっ……ユウと三人でまた……」



 悔しさと情けなさで涙が出てくる。



 ユウの気持ちを思えばどんなに自分が憎いかわかっていた筈なのに。

 姿形が変わっただけで恐怖し、剣を向けた。それがどんなに酷いことか、どんなに悲しいことか理解出来たのに。



 最後の最後まで殺気を隠していた彼にまんまと乗せられてしまった。



「あいつ……俺に死ねって……言った、よな……俺は何てことをっ……ゴメンっ……ゴメンな、ユウ……!」



 自分が立っている謎の空間に変化が訪れていることに気付かず、膝を付き、頭を地面に叩きつけ、後悔するライ。



 ユウの声音が、目が、拳が、殺気が告げていた。



 あれは本心だった。



 本当に、心の底から死んでほしいと願っていた。



 小さい頃から家族同然、兄弟同然に育ってきた大親友の彼に、そう願われた。願わせてしまった。



「俺がもっとっ……もっと強ければッ! ステータスなんて要らないっ、あいつみたいに心が強ければ受け入れられた筈なんだ! そうすればっ、剣を向けることも、怖いなんて思うことも、人を殺したあいつとわかり合うこともっ……!」



 どんなに喚こうと全ては過去。取り戻すことは出来ない。



 痛感した。



 爪が手のひらに食い込み、地面に打ち付けた額から血が流れている。



 そこで漸く周囲の異変に気付く。



「痛、い……? これ……っ、大理石っ!? いや、少し違…………」



 伏せていた頭を上げ、涙を拭って見えてきたのは大理石に似た素材で出来た床。



 先程までただただ白いだけだった筈。何故……いや、よく見ると大理石とは違うような……



 そんな思考を経て出た言葉は最後まで続かなかった。



「――――」



 絶句。



 心底からの……いや、更にもっと深い、魂だ。



 魂が震えたとライは思った。



 何故なら彼の前に佇んでいたのは……



「神……様……」



 そう呼ぶに相応しい〝格〟を宿した絶世の美女。

 寧ろ、そうとしか言い表せない存在だ。



 一本一本がキラキラしているような美しい金の髪、艶っぽい身体を包む露出度の高いドレス、そのドレスから顔を見せている絹のような白い肌、開いた背中に生えている巨大な白い翼。そして……人を人と思っていないような、塵芥か何かを見るような冷酷な金色の瞳。

 その全てが神々しく、輝いている。



 〝来なさい〟



 口は動いていなかった。

 しかし、確かに聞こえた。



「はい……」



 操られるように、身体が勝手に動いた。



 それまでの葛藤や後悔は消え失せ、ただ命じられるがまま女神のような女に付いていく。



 故に、大理石のような床が出来ただけでなく、神殿とおぼしき建物が出来ていることにも疑問を覚えない。



 ライの中から全ての疑問や感想、心そのものが消え、無となっていた。



 ふと気が付くと、彼は楽園に居た。



 あるいは天国だろうか。

 幸福そのものを表す空間だ。



 一帯が様々な花畑で覆われ、地平線の彼方まで続いている。

 見渡せばユニコーンやドラゴン、妖精等、異世界らしい幻想生物がこちらを凝視していたり、逆に見向きもせず寝ていたり、気付いていないようにきゃっきゃっと舞っている。



 神殿の中に入った筈なのに、優しい日の光らしきもの天が降り注ぎ、とても神秘的で暖かい光景だった。



「へー……よく来れたねそいつ。まだこんな子供なのに……」

「歴代の勇者達でもここまで来れる者は居ませんでしたね。まさに前代未聞の存在です」



 何処からかそんな声が聞こえ、【明鏡止水】を使って落ち着いてみれば……神の領域とも思える光景の中に、人の姿をした〝何か〟が複数居ることに気が付いた。



 計八つの巨大な椅子が向かい合うように鎮座しており、その上にそれぞれ座っている。



 ライはその椅子の中心に、何柱もの神に囲まれるようにして膝を付いた。



 そうしなくては、という使命感や恐怖からではない。

 無意識に膝を付き、頭を垂れていた。



「過去最強にして、過去最弱の勇者……ライ。貴方に力を授けます」



 理解が追い付かない内に先程自分を連れてきた金髪の女神らしき声がそう言った。



 ありとあらゆる思惑や思考はやはり消え失せるのだが、代わりに【明鏡止水】ですら抑えられない恐怖感が襲ってくる。



 全身が震え、ガチガチと上下の歯が当たる。

 渇きに渇いた喉を潤すように唾を飲み、緊張を解すように舌で唇を湿らすと、ライは口を開いた。



「ぁっ……有り難き、幸せっ……あ、頭を……上げても……?」

「好きになさい」



 許しを得て顔を上げたライの視界に入ってきたのはそれぞれ装飾の違う椅子に座っている八柱の神。



 ある者は寝そべり、ある者は前のめりで、ある者は虚空を見つめ、ある者はじっとライを見ていた。

 中には随分前にシキが出会った、幼女のような邪神の姿もある。



「…………」

「我々に何か言いたいことがあったのではないのか?」



 各々が放つ〝神格〟とでも言うべきオーラに飲まれ、再び黙りこくってしまったライを急かしたのは腕を組みながらこちらを見下ろす巨漢だった。

 茶色の髪、褐色の肌、そして、五メートル近くあるであろう巨体。顔付きからして歳は四十前後のように見える。



 その風格と力強い眼差しは無自覚の威圧となってライを硬直させた。



「……皆が当てる……から、動けなくなってる……可哀想……」

「む、そうか。それはすまぬ」

「闇神、黙りなさい。地神、人族ごときに頭を下げるのは許しません」

「…………」

「光神ちゃんは直ぐ邪神ちゃんを虐めるんだから……喋るくらい良いのに……ほら、おいで」

「やだ」

「あはははは! 水神、振られてやんのっ!」

「煩いわよ火神ちゃん」



 彼等の会話から、誰がどの神なのか理解出来た。



 この世界に何柱もの神が実在することをライは知っていた。

 こうして謁見することがあるとは彼自身、夢にも思っていなかったが、何処かノアのような雰囲気を感じさせる金髪の女神が光神。聖神教が信仰している神であり、自分に《光魔法》を授けた張本人のようだ。



 そして、その光神と相反するような銀の髪と宝石のような紫色の瞳の幼女が邪神だとわかった瞬間、一気に冷静になった気がした。



 彼等が人間ではない〝何か〟でありながら、人間のような言動をしていることで緊張が解けたのだろう。



 遅れたように怒りを筆頭に感情が戻ってくる。



「……貴方方は敵対、しているのではなかったのですか?」



 無言で神達の会話を見つめていた光神と、その他二柱ほどの神とは違い、騒いでいた他の神達は一斉に口を閉ざした。

 ライの質問の意味を理解したのだろう。その質問がどんな結果を呼ぶのかも。



「……敵対では、ない」

「そうですね。我々はルールに則って、人族と魔族のどちらが勝つのか、()()()()()だけです」



 イクシアでの教えが事実なのかはわからない。

 しかし、ライが聞いた話では数百、数千年の歴史において、聖神教……ひいては、人族と多種族間で争いが絶えたことはないという。



 それを、数億、数十億、はたまたそれ以上の人間の死を、殺しあいを遊びだと揶揄した。



 今の発言は、神は己の世界に住む人々を駒としてしか見ていないという意識の表れだった。



「っ、なん、だと……!? 遊び? 遊びだと!? やっぱりか! 貴方方がっ……いや……お前達のせいでっ!」



 【明鏡止水】でも抑えられない恐怖に、【明鏡止水】でも抑えられない怒りが打ち勝った。



 異世界イクスにおいて、最上位の存在である神に対し、怒りを露にしてしまった。



「あーあ……死んだねあいつ」

「まだ若いのに……」

「中々骨のある奴だと期待したのだがな」



 という会話が耳に入ったものの、最早どうでも良かった。



「お前らが俺をっ……俺達を呼んだせいで! 俺は大事な親友を……! あいつは人としての人生を失ったんだぞ! 俺達の平和をっ、俺達の人生を滅茶苦茶にしやがって!!」



 先程までの恐怖は何処へ行ったのか。

 彼は逆らってはいけないと魂で理解出来る存在に声を荒げて思いの丈をぶつけた。



「は? ……は? 何だかんだ戦いと拒絶の道を選んだのは自分なのに今のはないでしょ。うわ、マジでつまんない。萎えた。帰るわ。はぁ……これならまだあの『闇魔法の使い手』の方が面白いよ」

「あ、ちょっ、火神ちゃんっ? あらあら、困った子ねぇ……」

「良くて死。悪くて永遠の奴隷か。憐れだな」



 様々な反応を返す神達に対し、怒鳴られた光神と邪神は無言でライを見つめるだけだった。



 そこに感情はない。



 虫が飛んでいる、子供が騒いでいる、有象無象が下らないホラを吹いている。



 そんな光景を見ているような目でもなかった。



 本当に何もないのだ。



 ライの怒りに対して、何も、何とも思っていない。



「何とか言えよッ!! ユウはっ……俺はっ……マナミ、は……本当なら今頃……」



 泣いて叫んでいたライも何の反応も示さない二柱を見てそれを理解し、言葉が続かなくなった。



「おや、火神は行ってしまいましたか……私以外の力も与えるつもりだったのですが、まあ良いでしょう」

「むぅ……やっぱり、狡い……私も……彼に力をあげたい……」



 不服そうな邪神を前に、光神は初めて感情が乗った顔をした。



「……貴女にはあの忌々しい男が居るではありませんか」



 ムッとした、あるいは邪神が見せたような、気に食わなそうな顔だ。



「ん。クロウ、好き。優しくてカッコ良くて……強い……」

「神が人に絆されるなんて愚かな……」

「あんまり吠えてると……クロウにやられる、よ?」

「あり得ません。人は所詮、人です。たかだか一つの世界に縛られているだけの存在など……」



 自分という存在の小ささに、ここまで傲慢で勝手気儘な上位存在の感情すら動かすことが出来ない事実に、怒りを通り越して絶望するライの前で、邪神がふふんと笑い、光神が一笑に付す。

 が、邪神の説明を聞き、光神の顔色が変わった。



「……あの人は確かにこの世界でしか誕生出来ないけど、私達より生きている。決して逃れられない呪縛に囚われているだけ」



 邪神にしてはハッキリした物言いだった。



「っ、あの男がそこまで長寿な筈――」

「この世界を創造、構ち――」



 だがしかし、そんな訳がないと光神が返そうとした瞬間。

 邪神が何かを言おうとした瞬間。



 ――やあ寄生虫の皆さん。何やら面白そうな話をしているね?


 

 という声と共に、件の男が何処からともなく現れた。

 茶色い長髪に黒い貴族服。男にも女にも見える端正な美顔。そして、光神が距離を取るほどおぞましい邪悪な気配。



「クロウっ」

「邪神ちゃんのお陰で、やっとここに来れたよ。君は偉いね、よしよし。……全く、虫の分際で分かりにくく隠蔽なんてしちゃってさ」



 ぱああっと顔を輝かせ、嬉しそうに抱き付いた邪神は、先程ライを見下ろしていた光神と同じ目……即ち、塵芥か何かを見ているような極寒の視線をしている『付き人』に頭を撫でられ、幸せそうにふにゃる。

 一方で、他の神達は何やら焦ったように立ち上がっていた。



「あれ? 火神ちゃんが居ないね。何だよ……あの子、ものすっごい好みなのに」

「な――」

「――あ、悪いけど黙っててくれる? 殺すよ? あんまり長引かせたくないんだ。……さ、君。えっと、ライ君……だっけか。君はそろそろ帰った方が良い。神に屈さず、死を恐れない……いや、単純に馬鹿過ぎるだけかな? まあどっちでも良いや」



 何やら急いでいる様子の『付き人』は口を開こうとした光神達を手で制して黙らせると、固まっているライに声を掛けた。



「威勢が良いのは良いんだけどね~……ただでさえ危険な状態なのに力を与えようとするなんて、ゲームバランスが可笑しくなっちゃうからね。チート(ずる)はダメだよ」

「へ? な、何を……?」

「ん? あぁ、こっちの話。……後、忠告しとくよ。知っての通り、《光魔法》は《闇魔法》の対極のスキル。だけど、その危険性は《光魔法》も同じ。君も気を付けた方が良い」



 突然の神達との謁見に、突然の魔王の『付き人』の来訪。



 あれほど神の〝格〟を見せ付けていた彼等が、あくまで人としての〝格〟しか持っていないとライですらわかる男に怯えるような素振りを見せている。



 情報に次ぐ情報。

 脳の処理がまるで追い付かない。



「君と君の大親友は何で互いを憎しみあった? 君の大親友は何になった?」



 好き勝手に話す『付き人』の声が徐々に遠くなり始め、ぐわんぐわんと視界が歪む。



「うっ……あ、貴方は一体……!?」

「君はまだユウ君と違って自分の力の使い方もわからないみたいだけど……あまり自分の力を信じすぎないことだね」



 そして、意識を失う直前、確かにライの耳に届いた。



 〝代償無くして力は得られないんだよ。悲しいことにね〟



 と。



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