第143話 吐露と黒歴史
話は全く進まないのに長くなってしまった……(汗)
前回とは逆にムクロを抱き抱えていた俺は体裁も気にせず、船長に話し掛けた。
「船長。ここんところ色んな方面に船飛ばしてるけど……まさか適当に徘徊してるってわけじゃないよな?」
「勿の論よぉ」
「……なら良いんだが」
第三勢力のアーティファクトを強奪すると宣言してから既に一週間以上経っている。
その間、巨大魔導戦艦サンデイラとシャムザから奪った小型の魔導戦艦、それをショウさんの【等価交換】でコピーする形で生成したもう一隻の計三隻の戦艦はあっちに行ったり、こっちに行ったり、東西南北とその間、またその間の方角、果ては一度来た筈の空域に戻ったりと飛び回っていた。
何処かに隠れているにしても、船長の力があれば数日で見つけられる筈。何で多方面をぐるぐる回っているんだろうか。
戦艦は船員の極僅かの魔力で動くから補給するのは食料くらいで済んでいるが、移動しているのに進展がないのはとてももどかしく感じる。
「ねえ。どうでも良いけど、何でムクロさん寝てるの? 後、何でシキ君がお姫様抱っこしてるのよ」
と言う割には面白くなさそうな声音で訊いてくるレナ。
気になって仕方がないという心情が透けて見えるほどソワソワしており、それを隠す為か、ブリッジの大画面に写し出されたこの辺りの地図を見ている。
「どうでも良いなら訊くな。こいつの性格はもう知ってるんだ。察しろ」
「っ、な、何て冷たい返答……私、王女なのにっ……」
「レナ様……」
いつもと違ってショックを受けたらしく、レナの表情が明確に変わった。
しかし、それは一瞬の出来事だったし、いつも通りを装ってふざけ返してきた。
が、隣に居るナタリアの反応からもわかる。
今のは相当心が揺れていた。
「痴話喧嘩なら自室でしなさいよねぇ……」
「喧嘩というほど喧嘩ではなかっただろ」
「そうよそうよっ」
「はぁ……私には喧嘩に見えたのよぉ。……最善は尽くすけど、死ぬかもしれないんだから後腐れないようにしときなさい」
船長は真面目に話す時、間延びした口調が消える。
それが船長にとっての〝普通〟ならいつもそう話せば良いのに……と思ってしまう。
「俺はない」
「…………」
「坊やにはなくてもレナにあったら問題でしょう」
「知らん間にその問題とやらを抱えたのはレナだろうが」
レナの言う通り、冷たい返答をしていると船長は盛大な溜め息を付き、無言で手を振った。
「しっし」、あるいは「さっさとどこかに行け」って感じだ。悪く言えば「もうメンドイからお前ら失せろや」。
仕方なく会話を切り上げて部屋に戻ろうとし、レナに裾を掴まれた。
「何だよ」
「だ、だって今お姉ちゃんが話し合えって……」
「……ムクロを置いてくる。甲板に待ってろ」
「ん」
やれやれ、寝にくいだろうに涙目でねだられたから仕方なくしていただけなのに。
この姫さんは何で突っ掛かってくるんだか。
……ま、大方予想は付くが。
◇ ◇ ◇
「俺のことが好きかもしれない?」
「え、ええ……」
甲板にて、開口一番にそう言われた。
レナが珍しくナタリアを連れてこなかったので、二人っきりの空間と言える。
……いや、離れたところに誰かの気配がするな。下手くそな《隠密》と暗殺者を疑うレベルの遮断技術……リュウとアリスか。
隠れて聞き耳を立てている奴等の方に睨みを効かせた後、頬を赤く染めてモジモジしているレナに視線を向ける。
「因みに何故? 俺の何処に魅力が?」
「え? いや、えっと……その……」
「言っちゃった、どうしようっ」みたいな顔からポカン顔に変わった。
「多分だが……お前は俺に好意を抱いている訳じゃない。ただ異性として意識しているだけなんじゃないか? だから理由も魅力も語れないし、かも等と自分でも曖昧なことを言う」
「……で、でもシキ君と居ると、何かこう……わぁってなるんだけど……?」
ストレートに言われると、そんな気がしてきたのか、レナは混乱した様子で首を傾げる。
そんなレナに対し、俺はこれから言う台詞を考えて「ん~……何て言うか、どっかのクソ勇者みたいな問答だな……」と軽く自己嫌悪に陥った。
てか何で決戦前に仲間とこんな気まずい会話をしなきゃいけないんだよ。
「異性との交流経験が一切なく、初めて接することになった異性は命を救ってくれたんだ。気にならない訳がない」
その上、その方法は見たことも聞いたこともない心臓マッサージと人工呼吸。
知識として誰もが知っている向こうならいざ知らず、この世界の認識で言えば死体と化した自分をロマンチックにもキスで蘇生させた異性だ。意識くらいするだろう。
「仮にお前が本気で俺を好きなんだとしたら酷な言い方だがな。そりゃ勘違いだ。吊り橋効果みたいなもんさ」
ジル様やムクロに会って恋心や人を愛しく思うことを知った。
ムクロとムクロとは別のとある女の子限定ではあるが、他人に好かれた時の視線と表情も知っている。
だからこそわかる。
レナのそれは好意じゃない。
「そう……なの? 私には……よくわからないわ。こうやって触れ合えばドキドキする。これが好きってことなんじゃないの?」
先程までの呆けた顔は鳴りを潜め、真面目な顔で俺の手を握ったレナ。
上目遣いで静かに見つめてくる彼女の姿に、不覚にも少しだけ心臓が跳ねた。
「……どちらにしても今はこんなことをしている場合じゃないだろう。お前の国の一大事だぞ。もっと真剣に――」
「――わかってるわよ! わかってる……わよ……」
レナの大声に余程ビックリしたらしく、ビクンと硬直したアリスの尻尾が見えた。
「……私ね、こんなに楽しい日々は初めてなの。やっとお姉ちゃんに会えたっていうのもあるけど……元気な子供達や身分差、年の差を気にせず対等で居てくれる男の人達、よく喧嘩するアリスだってそう。私とシキ君とヘルト君みたいな同年代の男の子と笑ったり、怒ったりするのも……何もかも初めて」
「…………」
悲痛な面持ちから伝わってくるのは王族に祭り上げられたが故の悲しい現実。とても元庶民とは思えない言葉だ。
我が儘を押し通して騎士をやっていても、王女としての立場上、そういう俗っぽいことは出来ない。騎士は才能があれば国の利益になるが、王女個人の楽しい日々には何の価値もないからな。その騎士も謂わば暇な時しか出来ない筈だ。王女としての仕事と騎士の仕事を両立させて初めて許される我が儘。
もし俺達に拐われなければそんな経験をするチャンスすら一生無かっただろう。
しかし、内心で納得する一方、本音を吐露するレナの姿に何処か既視感を覚えた。
「本当は……もう、嫌なんだ、私。王族として生まれたんなら王族として生きなければならない……身を粉にして民に報いる必要がある……私には確かにそう生きる覚悟も、信念だってある。けど……私は〝普通〟が良かった。〝普通〟でいたかったっ」
…………。
「皆と……お姉ちゃん達と居ると、どんどんそんな気持ちが強くなっていくわ。いつか離れなきゃいけないってわかってるのに……ずっと皆の元に居たい。このまま王女としてじゃなく、賊として生きたいって思っちゃう……」
……既視感の正体がわかった。
こいつは俺と同じだ。
何もかもが嫌になっていた少し前の俺だ。
俺も船長達と居ると同じことを思う。
このまま日本人としての俺じゃなく、この世界の人間、魔族として生きるのも悪くないかもしれない、と。
いっそのこと、このまま皆と一緒に居たいとも。
元々日本にどうしても帰りたい訳じゃなかった。
『闇魔法の使い手』として召喚され、地獄を見て……
帰りたいと思ってしまった。
戻りたいと思ってしまった。
これは夢なんだ、そう思えたらどんなに良いか。
日本に居たまま暮らせていれば……と、たらればの妄想をしていた。
そんな下らない願いを消してくれたのは船長達だ。
きっかけこそ酷かったし、同行する気になったのもただ疲れたからってだけだった。
けど、今は違う。
レナも多分、同じ気持ちだ。違いはもう戻れないか、戻らざるを得ない立場。
「だから……お姉ちゃんが言ったように死ぬかもしれないから、後悔しないように私なりの、気持ちを……」
「……悪かった」
「え……?」
「本当に酷な言い方をした。今までの雑な扱いも……ごめん」
「シ、キ君?」
謝りながらその場に座り込み、魔物の骨を模した仮面を外した。
「……はぁ」
溜め息を付きながら身体の緊張を解き、〝素〟で話し始める。
「俺には大事な友達が二人居た。レナも知っている奴等だ」
「勇者と再生者、でしょ?」
「あぁ。一人は小さい頃からの親友で、もう一人は俺があの世界で唯一惚れてたかもしれない女の子」
「……そ、そうなんだ」
レナはいきなり語り出した俺に少しだけ目を見開くと、俺の隣に座った。
ふと気が付けばリュウの気配がない。アリスのはよくわからないが、多分居ない。今更ながらに空気を読んだか、良心が痛んだかのどちらかだろう。
「別に決定的な何かがあった訳じゃない。ただ……俺の目には一番の親友がその子に惚れているように見えて、その子と俺じゃ不釣り合いかなって思った。だから少しだけ距離を取った。そしたら……案の定、二人はくっ付いた。つっても、くっ付いたのはこの世界に来てからだけど」
「複雑……ね」
「そうか? 俺はそうは感じなかったよ。二人が互いを意識しているのを見た時もあいつらが晴れてカップルになった時も……ふーんとかやっぱりって思うだけで傷付いたりってのはなかった。普通に話せてたしな。……まあ多少気まずくはあったけど。関係性もそうだし、俺が勝手にそう思ってただけのキモい野郎だったって自覚しちまった訳だし」
というか、二人がくっ付いた頃には既にジル様が居たからな。心の奥底でマナミのことが気になっていたのは日本でのことだ。
「その二人は……もう俺の敵だ。裏切られた。失望された。俺も二人を拒んだ。二度とあいつらと笑い合える未来なんて来ない」
「……そんなの悲し過ぎる。この世界に召喚されなければシキ君達は……」
「たらればの話に意味はない。……俺もお前と一緒なんだ。俺も何もかもが嫌になって……船長達と……姐さん達と一緒に居たいって思う」
レナの言う通り、楽しいのだ。
何でもない日常やちょっとしたいざこざが。
「俺のベッドで裸で寝ているムクロとそれを隠そうと布団を掛けてやったタイミングで部屋に入ってきたお前に誤解されて気まずくなったり、偶々アリスの隣に居ただけなのにお風呂覗いたでしょとか言われてビンタされたり……アリスやヘルトと憎まれ口を叩き合うのも、姐さんのちょっとした仕草に見惚れてムクロに頬っぺたつねられたりするのも、何気ない日常って感じがして楽しく感じる」
「……そうやって挙げるとろくなことないわね」
「全くもってそう思う。何度お前にビンタされたか」
「やっ、それはっ……ま、まあ大半は私が悪いかもしれないけど、シキ君だって何度か私の……み、見たでしょ?」
巨大魔導戦艦サンデイラは居住区自体も結構広いが、シャワールームや食堂等、誰かと一緒になる空間も多い。
風呂に関しても時間で男女に分けているものの、際どいタイミングに入ってしまうのも頻繁と言えば頻繁。
要するに何が言いたいかと言うと、同じ屋根の下(?)で暮らしてるからこそ、レナの下着姿やら寝間着、気の抜けた姿は何度も見ている、ということだ。
「まあ……それなりに?」
「それが恥ずかしいから叩くんでしょっ」
「誰がお前の汚ぇケツなんか望んで見るか。殆どお前の自爆だろ」
「なっ……」
歯に着せず、ハッキリ言ってやるとレナは顔を真っ赤にし、わなわなと震えながら叫んだ。
「あ、あ……貴方ねぇ! 貴方だってこの前、ノックしないで入ってきたでしょ!? 人が着替えてる最中に!」
「いや? したぞ、三回くらい。部屋の近くに居たナタリアが良いっていうから入ったのに、いきなりビンタだもんな。理不尽にも程がある」
「え、嘘……」
ちょっとにやついてたから変だと思ったんだよな。
まあ良いかと思って入った俺も悪いんだが。
「けど……そんな日常が当たり前になって漸く気付いた。そういうのが俺の求める日常だったんだって」
「えっ、ビンタされるのが? と、とんだ日常ね……」
「元の世界でもあった日常。俺はそんな日常が欲しかった。血の滲むような努力をして……殺して奪って殺されて奪われて憎んで憎まれて裏切って裏切られて……悪気はなかったにしろ、罪のない人間を数千、数万人規模で殺したりもした。挙げ句、千人の敵を己の手で大量虐殺。……そりゃあ疲れる。国家間同士の戦争が待ってるから気も休まらない」
「ツッコむのが面倒だからって無視は酷くない? ねぇ、ちょっと?」
この世界の人間で初めて出来た友人も死んだ。
二人は目の前で、一人は見捨てて。
俺はもう最低最悪の人間だ。……いや、人間ですらないか。
船長達はそんな俺を受け入れてくれる。
こんな俺でも帰れる場所があるんだ。こんな嬉しいことはないってことを強く実感した。
「……大変、だったのね」
「あぁ、もう疲れた。疲れ切った。お前もだろ?」
「ええ……私も何の責任もない人生を歩みたいわ」
齢17……いや、もう18か。
高三の歳にして溜め息の止まらないサラリーマンのような顔で黄昏る俺達。
思えば召喚されて一年と半年近くが経過している。
化け物と呼ばれるほどの力は身に付いたが、代わりに色んなものを失くした。
「ままならないもんだな」
「世知辛いわね……」
初めて誰かに本音を漏らした気がする。
ムクロや船長に甘えることはあっても同年代にはなかった。
遡ればジル様に対する態度も甘えだが、あの人も二百年近く生きてるからな。
「私、同い年の男の子とこんな会話するの初めて……」
「俺もだ。よくよく考えりゃ女と話したのなんて師匠とマナミ、アカリ……後はその他どうでも良い奴等くらいしかないしな」
あ、後エナさんが居たか。
……一瞬、元気かなぁって思いかけたけど、あの人【天真爛漫】持ってるからな。性格も天真爛漫だし。元気ない訳ないな。
「アリスはその他どうでも良い人達?」
「いや、それは他の召喚者。あいつは女じゃない」
「あははっ、何それ、酷いっ」
「それは言い過ぎでしょー」みたいな軽いノリで肩を叩かれた。
いや……言い過ぎでも嘘でもないんだレナ、あいつ、中身男なんだよ。
そんな言葉が口から出かかった。
というか、めっちゃ言いたい。
けど、「この前、船長の胸揉んだった!」とか「レナちゃんの肌、スベスベなんだぜ? あの尻っ、エロかったなぁ!」とか「ナタリアちゃんも結構悪くなかったわ。ポニーテールにした時のうなじがなぁ……」とか、アリスの過去の発言が脳裏に過りまくって言えない。
……あいつ、ろくな死に方しないだろうな。そもそもハーレムメンバーの二人には言ってんのかな。言ってなきゃかなり後ろめた……いや、当然のように女風呂覗いたり、入ってる時点で後ろめたさなんてないか。
「……そう言えばさ」
「ん?」
TS人生を謳歌しているクズ野郎について引いたり、納得したりしているとレナが体育座りをしながら訊いてきた。
「シキ君、今女の子と話したことがあんまりないって言ったじゃない?」
「……まあな。後、パンツ見えてるぞ」
「っ!」
ビンタされた。解せぬ。
「それなのに私の気持ちが勘違いだって言ったのは何で? 勘?」
「おぉ痛ぇ……あ、普通に続けるんすね」
「勘とかだったら結構傷付くんだけど……」
む、無視しやがった。さっきボケを無視した仕返しか。
なら仕方がないと、紅葉模様が付いているであろう頬を擦りながら返答する。
「あー……簡単に言うと、だな……好かれた時の視線と違うって感じたんだ」
「えっ、シキ君女の子に好かれたことあるの? 向こうの世界に恋人居たとかっ?」
……馬鹿にしてるのか、純粋に驚いてるのかで受け取り方変わるな今の。
「いや……何て言うか……えっと……恋人ではないんだけど……」
「何? 言い辛いこと? それなら無理にとは言わないけど……」
マナミの件の時点で恥ずかしかったのに、何で「俺モテてたんだぜ」みたいなことを言わなきゃならんのか。心が痛くなる……というか既に痛い。
「ん~………………まあ、あいつとはもう会えないだろうしな。別に良いか」
「……言い方が恋人っぽくてちょっと身構えるわ。……良しっ、ばっちこいっ」
誰から聞いたんだその言葉。あれか、こっちの言葉で似たような意味のものがあって、それが翻訳された結果、該当するのがばっちこいだったとかか。
「そうだな……どうせなら格好付けて言うか。……俺には俺を好いてくれる……いや、熱烈なファン……違うな。粘着してくるストーカー……そう、ストーカーだ。めちゃくちゃヤバいストーカーが居てな……」
「良くない良くない。全然格好良くないわよそれ」
あれはいつの頃だったか……中三くらいの頃だったと思う。
「はしょって言うと、クソ勇者の妹が暴漢に襲われてて助けたら惚れられたってだけなんだが……」
「……えっと、勇者ってライさんのことよね? へぇ、あの人、妹さん居たんだ」
「そう居たんだ……メイって名前の、恐るべき執念を持った奴がな……」
「化け物みたいに言うの止めなさいよ。その子、女の子でしょ」
「いや、あれは化け物だ」
何でも、怒ると手が出るタイプの兄と違って、自分の安全を最優先に考えてくれたところに惚れたらしい。
確かに襲われたのかもしれないけど、返り討ちにしてメイの方が暴漢をボコボコにしてた場面に直面したんだよな俺達……
「ある日の帰り道、女みたいな悲鳴が聞こえたんだ。急いで向かったら何とビックリ。その悲鳴はメイじゃなくて、加害者の男のものだった。そいつがまたジョ○ョみたいな体格の男でなぁ。そいつを殴り倒して蹴って蹴って蹴りまくってたんだよ」
「……よくわかんないけど、巨漢がメイさんに蹴られて悲鳴を上げてたのね?」
「そう。んで、取り敢えずメイを止めて事情を訊いたらいきなり襲われたって言うんだ。実際、メイの制服は所々破れてたし、顔や腕に痣も出来てた。そしたら、それを聞いたライが大層怒ってその男をボッコボコにぶちのめしちまった訳だ」
「た、短気過ぎるでしょ。事情が事情って言っても勇者とは思えない所業ね……」
そういう血筋なのか、ヤの付く人達と同じタイプの人間なのかは知らないが兎も角、二人共、キレると手が付けられない性格だからな。
メイの服がボロボロだったから上着を掛けてやって、慰めてたら警察を呼ばれるほどの騒ぎになってて……
「で、次の日からメイがストーカーと化した」
「え? ……え? 何で? ど、何処にシキ君を好きになる要素がっ? ていうか助けてはなくないっ?」
「怖くて震えてて泣いてた私を放っておいて加害者を殴ってたバカ兄と違って慰めてくれたからって言ってた」
「何それ怖い」
寧ろ震えてたのは加害者の方だったけど。チワワや生まれたての小鹿を思わせる震えっぷりで、どっちかと言えば哀れな被害者にしか見えなかった。
内心は知らんけど、俺が見る限り、震えても泣いてもなかったんだがな。もし震えてたら武者震いみたいなので、泣いてたら興奮のし過ぎだろう。
「好き好きアピールはまだ良かったんだ。そんな性格でもあのクソ勇者の妹だけあって可愛かったし。問題はメイのファンクラブみたいな奴等に絡まれるのが増えたのと奴本人の恐るべき執念だ」
「さっきも言ってたわね。執念って?」
俺はトラウマを思い出すかのように頭を抱えながら話し始めた。
「先ず、朝起きたら俺の部屋に居るんだ」
「ごめん、ちょっと待って。もう意味がわからない。え? そのメイさんが? 別々の家庭よね、お隣さんとか?」
「いや、家は歩いて三十分くらい離れてる。互いの両親が友達で家に入るのは顔パスなんだ」
「……ま、まあビックリはするけど、可愛いんでしょ? なら別に……」
いや、起きたら部屋に誰か居るとかホラーだろ。例え可愛かったとしても犯罪には違いない。
「初めて湧いて出た時は何故か裸だった。驚くべきことに俺もあいつも、だ」
「何それ怖い。てかそんなゴブリンみたいに言わなくても」
「やっちまったかと思って硬直してたら『おはよう……あ、な、た』って。で、そのタイミングで俺の母親が入ってきたんだ」
「うわぁ……」
そこからはトントン拍子だった。
「訳がわからず混乱している間にあらぬ既成事実が作られ、親に認知され、気付いたら朝、部屋に居るか、リビングに行ったら母親と一緒に飯作ってた」
「怖すぎる」
「戦慄してたら『もう逃げられないよ優兄……子供はサッカーチームが作れるくらい欲しいね』って言われた」
「さ、サッカー?」
「要するに、十一人くらい欲しいってことだ」
「……一夫多妻でもそんなには――」
「――それが二チーム」
「まさかの二十二人ッ!? 嘘でしょ!?」
中二にしてその行動力と発想だったからな……ホラーサスペンス映画に迷い込んだような気分だった。
「学校に行ったらトイレにまで付いてくるし、放課後歩いてると気配を感じ、気付けば近くの物陰からじっとこっちを見ている。振り返れば『奇遇だね優にぃ……デートしよ?』だ。何気無く振り返った時にピッタリ俺の背中にくっ付いてたとしか言いようがない距離に居た時なんか心臓が飛び出るかと思った。ちょっと漏らしそうだった」
うぅっ……と身震いしながら続ける俺。
「卒業……学校か別々になってからマシになった……と思ってた」
「シキ君の世界に幾つも学校があるのにもビックリだけど、過去形なのが一番怖いわ」
「登下校や学校内には流石に現れなかった。が、代わりに俺の部屋から私物が失くなるようになった」
「え」
「特に下着。……とエロ関係のものが少し」
「え」
後半をゴニョりつつ、今は懐かしきストーカーを思い出す。
「びちょびちょに濡れた女性用下着が置いてあったり、ベッドの中に潜んでたりするのも多くなったな。クローゼットのドア開けた時は気絶した気がする。裸でその……色々してたし、その行為に集中し過ぎて俺に気付かないし、言ってることも大分ヤバくてな」
「……想像が付くわ。『優にぃの匂い……優にぃの匂い……はぁはぁ……』とか言ってたんでしょ?」
「や、止めろぉっ、人生最大級のトラウマなんだぞっ。思い出させるなぁっ」
何が辛いって両親のニヤニヤだ。
あらぁ若いって良いわねぇ……
幸せそうだなぁ、えぇ? おい……
そんな声が聞こえてくるような両親の笑み。
言ってしまえば極限の恐怖と羞恥の極みの板挟み。
それを思春期真っ只中の学生が体験してたんだ。泣きそうにもなる。
「両方の親公認だったし、風呂にも突撃してくるし、トイレはピッキングして入ってくるし……」
「む、寧ろよく諦めずに抵抗してたわね……手は出してないんでしょ?」
「あ、あぁ……何とかな」
「いや言い方と顔っ。化け物から何とか逃れられたみたいに言わないのっ」
まあ、お陰でジル様やエナさんの無防備な姿を見ても正気で居られたし、今もムクロに普通に接することが出来るんだけどな。
「と、兎に角っ、奴は恐ろしい女なんだ……俺に惚れたきっかけなんて今やただのこじつけだったんじゃないかと思うくらいだ。あいつも幼馴染みだからな……いつ目を付けられたのか……」
「……え、ちょっと待って……私そんなのと比べられたの?」
「後、ムクロもな。あいつもあいつで好意的だぞ。まあ理由は知らんが」
古代史の遺跡に行ってから……か? つっても、その前から兆候はあった。幼女モードじゃなくて自分を我と呼ぶ偉そうな口調の時はそうでもないんだが……。
……そういや俺達が居なくなった日本ってどうなってんだろう。
別の世界に飛ばされただけだから、時が止まってるとかは無い……筈。
もし何事もなく世界が回っているなら集団神隠し事件として世間を騒がせてるかもしれないな。
日曜以外、仕事に追われるようになって執筆時間が取れないので暫くの間、月曜の0時更新になります。後週一更新自体が不安定になるかもです。




