第14話 レベリング
今話には前回に引き続き、気持ち悪い表現があります。食事中の方等はご注意願います。
翌日。
気付いたら朝だった。
近くに食いかけみたいな見た目になっているダンゴムシの死骸がある。死臭というやつか、妙な臭いもする。
ナンダコレ?
「おう起きたか」
やけに機嫌の良いジル様の笑顔が出迎えてくれた。
「お……おはようございます」
顔中の筋肉をピクピクさせながら返し、軽く考える。
この地獄絵図と変な臭いは一体……?
辺りの地面は妙な汁で汚れていた。
まるで何かを大量に斬り殺した際に発生した体液がそのまま残ってるような……
「昨日は凄かったな~。見直したぞ? 気合入ってるじゃねぇか、クハハ!」
「……ちょっと何言ってるかわかんないです」
カラカラと笑うジル様。
昨日? さて一体何のことやら。
「終始泣いてたのはちょっと引いたがな。まあ、気持ちはわからんでもない。吐きそうなのを無理やり我慢してたし、許す。そういや、途中からいきなり叫び始めたから気絶させたが……最後何て言ってたんだ?」
「ちょっと何言ってるかわかんないです」
「こんな現実、嘘だと言ってよバ◯ニィ! とかキョシ◯ヘイ? 先生、薙ぎ払ってください、つぅか薙ぎ払え! とかなんとか叫んでたじゃねぇか」
「……ちょっと何言ってるかわかんないです!」
「バーニ◯? とキ◯シンヘイ? って誰だ?」
「ちょっと……何言ってるか……うっうっ……わかんない、で、です……う、うわぁぁぁん!」
地獄のような昨日の食事を思い出してしまい、ついに涙腺が崩壊してしまった。
「おいおい泣くなよ。オレも食ってやったじゃねぇか」
「あんたみたいな化け物といっS……貴女様のような超絶美しい美少女様と同じなんてそんなっ、恐れ多いですよHAHAHA!」
「……その切り替えの早さは素直に凄いと思うぞオレ」
その後、また虫を食わされた。今度は巨大蜘蛛。
昨日食った巨大ダンゴムシより幾分かマシな味だった。
巨大ダンゴムシは何故か青い体液の汁が半端じゃない量出てくるのに硬くて不味いという最悪の飯だったからな。
何て言うのかな……カニを甲羅(?)ごと食ったみたいな食感で味は……うぅ、思い出したくない。
ま、俺がビクンビクン動いてるダンゴムシ肉に四苦八苦してる横で同じ物を平然と貪り食っていた猛者も居たけどな。
何処だったかの戦場で食った人肉よりは幾らか精神的にマシかつ美味いとすら思ったとのこと。
どんな世紀末やねん。
そうは思ったものの、未だこの世界の現実を大して俺には何も言えなかった。
「昨日は何だかんだ出来なかったが、今日はお前のレベル上げをする」
「……うっす」
ついに魔物討伐の時が来た。
レベルアップやステータスの変化、初の戦闘を想像するとワクワクもするし、怖くもある。
しかし、それ以上に生物を殺せるかどうかがわからず、不安だ。
正直、虫であろうと出来れば殺したくないというのが本音。
何かの命を奪ったり、奪われているのを見ると気分が悪くなる。大体、地球では態々そんなことをする必要はなかった。
だが、こちらでそんなことを言っている余裕はない。
職業的に防御力が薄い俺は早急にレベルを上げ、ステータスの上昇恩恵を受ける必要がある。
そして、本能だか何だかで動く魔物達はこっちのことなんてお構い無しに襲い掛かってくる。
俺の最終目標はライ達と肩を並べて戦うことだ。
勇者パーティの一員として、友人として、あいつらの役に立つことだ。
だから……
「……次に見かけた奴を半殺しにしてやる。お前がお前の意思で殺してみろ。習うより慣れろだ。いつも言ってるようにな」
俺の心情を読み取ってか、少し真面目な顔で言われた。
こういう時に限ってちゃんと師匠らしいんだから憎めない。
「わ、わかりました」
鞘から銅の剣を抜き取り、フーッと深呼吸する。
心臓の鼓動が煩い。
変な高揚感と興奮で落ち着かない。
そうだ……。
俺はもうすぐ魔物を……生き物を殺す。
自分の手で……自分の意思で。
そう自覚し、余計にビビったのか、手が震えてきた。
装備がカタカタと音を立ててしまい、周囲を確認していたジル様に見られた。
「……怖いのか?」
僅かの間の後、静かに訊かれる。
「怖い、ですよ」
自分よりも大きい生物を前にして、果たして十人中何人が冷静でいられるだろうか。
その生き物を殺さなければならないとして、何人が躊躇なく殺せるだろうか。
今はまだでも、いつかは人も殺さなければならない時が来るだろう。
なのに魔物すら殺せないんじゃ話にならない。
ライはそれでも困っている人を助けたいと言った。
マナミはそんなライを助けたいと願い出た。
殆ど流れでそれに乗った俺はライのやりたいことを少しでも手伝えるなら、と努力してきた。
その真価を今、発揮しなければならない。
「クハッ……そんなに怖がらなくても大丈夫さ。最初なんて誰でもそんなもんだ。いつからか慣れてきて、何も感じなくなる。……いや、楽しくなってくる。そしたらオレのように戦うこと自体が面白く感じるようになる」
「っ……」
いつになく真剣な様子のジル様の言葉には何処か重みがあった。
飲まれるようにして息を飲み、苦笑いで返す。
「は、ははっ……そうはなりたくない、ですね……」
本人に自覚があるのかはわからないが、それが良いことだとは思ってない顔だ。
だからこそ、重みが違う。
伊達や酔狂で……ましてや俺なんかを励ます為だけに言った訳じゃないことがわかる。
「ま、諦めるんだな。お前、ステータスの称号欄に戦闘狂ってあったろ?」
言われて思い出した。
確かにそんなものが書いてあった。
正義感に突っ走るライのせいで喧嘩や犯罪に巻き込まれることなんてザラだったが、楽しんだ記憶はない。
全て嫌なものだ。親に殴られたことだって一度や二度じゃない。
「傭兵の知り合いから聞いたんだが、あれな……根っからの戦闘民族が持つものらしいぜ?」
何が面白いのか、ジル様はクククと堪えるように笑って続けた。
「オレも最初からあった。つまりはお揃よ。お前にはオレみたいになる素質があるってこった」
「……驚きです」
以前、リンスさんやエナさんとの勉強で知った。
ジル様は本来、竜人族のお姫様だという。
色々あって国も同族も滅び、たった一人生き残ったという背景がある。
途中で心が荒み、今みたいになったのなら兎も角……高貴な身分の生まれの人に最初からそんな称号があったとは思いもよらなかった。
「さて、そろそろお喋りは終わりだ。……来たぞ」
心底からの驚愕と少しだけ湧いてきた親近感で僅かにだが、緊張が解れた。
それを察したらしいジル様はそう言って顎でしゃくり、そちらの方を見る。
木々の間、日の光でうっすらと見えるその先には昨日も見かけた巨大蟷螂が居た。
「今のお前からすればかなり高レベルの魔物。トドメだけだとしてもレベルくらい上がるだろう。以降はより楽な作業になる筈だ」
あまりわかってないらしいものの、ゲームでいう経験値的な概念は存在するらしく、戦闘にどれだけ貢献したかで決まると教わった。
俺のレベルは未だ一。ゴブリンやスライムといった雑魚筆頭として名が上がる魔物を倒してもレベルが上がるという話だ。
「わかりました」
「よし、じゃあオレが合図したら殺れ」
「っ……は、はいっ」
こんなことは思ってはいけない。
そうわかっているのに、律したいのに。
殺せと言った時のジル様の顔と声がとても恐ろしかった。
生き物を殺すことに何の躊躇も恐れもない。ただ一つの作業を行うだけのような軽々しさを感じる。
恐ろしいことだが……割り切らないといけない。
俺は平和な日本ではなく、命が軽いこの世界で生きていくのだから。
再び深呼吸をして自分を落ち着かせていると、吹き出したように笑われた。
「クハッ、だからそんなに気張るなって。戦うのが楽しくなってきたらオレと同類さ。仲良くやっていこうじゃねぇか」
言うや否や、俺の頭をぐいっと引っ張り、思わず体勢を崩す。
そんな俺の頬にとても柔らかく、とても温かい感触が訪れた。
「へ?」
ジル様の胸だ。
抱き締められた。
トクントクンと、何とも落ち着く音が聞こえてくる。
な、何故? え? ちょ、えっ? な、なんっ!? へっ……?
あまりの出来事に頭の中が完全にフリーズしてしまった。
「あ、の……?」
思いっきり赤面し、恥ずかしさに震えながらジル様の顔を見ようとした直後、ジル様の姿が消えた。
遅れてドゴォッという打撃音と巨大蟷螂の奇声が聞こえてくる。
「な、何だったんだ……?」
急ぎ、後を追いかけながら考える。
俺を……勇気付けてくれた? あの鬼畜な師匠が?
そうこうしているうちに「何してんだ! 早く来い! 殺れっ!」と怒号が飛んできた。
声の方を見ると、既に地面の上で痙攣している蟷螂と気のせいだろうか、心なしか顔の赤いジル様の姿がある。
何が何だかわからないが、緊張と恐れは完全に消えた。
今なら……殺れる。
そう確信した俺は鍛えに鍛えた全力疾走の勢いそのままに剣を構え、蟷螂の腹に突き刺した。
軽く一息しつつ、早速ステータスを確認。
やはりというべきか、レベルが上がっていた。
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レベル:1→8
HP:123/123→201
MP:80/80→147
攻撃力:238→359
防御力:68→85
魔攻力:91→154
魔防力:89→148
敏捷:182→317
耐性:60→126
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うん……?
俺は首を傾げた。
上がり幅おかしくない?
いや……そういえばさっき俺からすれば高レベルとか何とか言ってたよう、な……?
途端に恐ろしくなり、鎌の部分をツンツンしながら「これ武器になりそうだな……」とか呟いてるジル様に訊いてみる。
「あの~……じ、ジル様? パーティではなく、一人で入る場合……この森の推奨レベルって幾つですかね?」
「あん? あんま知らねぇが……20~30ってところじゃないか? イクシアの連中も初心者脱却が目標とか言ってたし」
うぅん?
ただでさえ曲がった首が更に曲がったような感覚に陥る。
俺が行ったのはトドメだ。実質的には何もしてない。ゲーム的に考えて、ラストアタックに何かしらのボーナスがあったとしても俺のレベルの上がり幅はちょっと普通じゃない。
イクシアで習った常識から大きく掛け離れている。
「そ、それはつまり……?」
「まあ、最奥だからなここ。下手したら40は必要かもしれん」
は?
はぁ……?
普通、初っぱなからこんな危ない場所行くぅ? ありえなくない?
ありえなくなくなくなくなくなくない?
何でそんな危ない橋を渡らせるん?
もしかしたら優しい人なのかも……とか思った俺がバカだったわ。
この人、正真正銘の狂人だ。頭のネジぶっ飛んでやがる。
多分だけど、森の入り口から入れば初心者向けの場所なんだろう。
俺達召喚者を連れていくくらいだ、難易度は決して高くない筈。
だが、ジル様と俺の現在地は最奥。
当然、入り口に比べて魔物は多いし、互いが互いを殺し合ってるから魔物達のレベルも総じて高くなる。
ジル様という最強の存在が居れば確かに効率的かもしれない。
所謂、寄生プレイというやつだ。
危険なのは最初だけ。以降はどんどん減っていく。
だからって……
「普通しますっ!? ありえなくないっすか!? 殺す気としか思えないんですけど!」
「強くなる為にはしょうがないだろ」
「いや何当たり前だろみたいな顔で言ってるんですか、俺からすれば死活問題ですよ、攻撃が掠っただけで死ぬかもしれない魔物がわんさかいるなんて!」
「かもじゃねぇな。間違いなく死んでるな、クハハッ!」
「尚悪いわ! そして笑い事でもないわっ! 大体、さっきの蟷螂だった偶々俺のステータスでも貫けたから良かったものの、もし弾かれてたらどうするつもりだったんですか!?」
「お前の職業なら無理やりやれば何とかなるかなーと」
そんなことしたら大怪我待ったなしだわ!
柔らかそうな腹を攻撃して正解だった。
硬い部分にフルスイングなんてしようものならまた骨折コースだ。
掛けて良し、飲んで良し……その上、地球では考えられないくらいの効力を発揮する超アイテム『回復薬』は貰っているには貰っているが、高いってことで、その数には限りがある。
だからこそ、俺は怒っていた。
「回復薬そんなにないんですから無茶ぶりはよしてくださいよっ」
「まあ、最初の方は柔らかい奴を狙うから大丈――」
「――夫ではないですね! 柔らかくてもこっちは攻撃当たったらアウトですよ? 常軌を逸してますよ」
「いやでも……オレが居るんだし、そんなにビビらなくても……」
「万が一って言葉を知らないんですか? ちょっと当たっちゃった、じゃ済まないんですからね!? 命大事に! ですよっ!」
「まあ、一理ある……か……?」
「一理どころが、それが全てでしょっ!」
「それは無理だな。この程度の魔物共ならどうとでもなる。お前が何と言おうと決定事項だ。文句は言わせん」
いつもの鬼畜モードに入ったらしい。
さっき見せた優しさはっ? もっとデレてっ? 女の子でしょっ? 今のところ鬼畜要素の方が多いよっ?
俺のツッコミは森中に響いた。
後、マジで問答無用でめちゃくちゃレベル上げさせられた。
危険なレベル上げをしながら移動し、途中の昼休憩でも虫を食い、その後も延々と虫殺しを続けさせられ、辺りが暗くなってきた頃。
「うーし、そろそろ飯とテントの準備しとけよー」
というジル様の一言で二日目が終わった。
漸く休める……と安堵しながらグレンさんに教わった通りにテントを張り、テキパキと焚き火ようの枯れ木を集める。
ダメだな。ジメジメしてるからか、生木しかない。
「仕方ないか……こういう汚れって気になるんだよな俺……」
独りでぶつぶつ言いつつ、相棒の剣をスコップ代わりに地面を掘り、何とか準備を終えた。
集めた枯れ木の上に燃えやすそうな草を置き、魔力で極小の火種を作る。
一ヶ月で漸くこのレベルだ。魔法地味過ぎだろ……と思わなくもない。
才能的に火力を強めることも出来ないので自分で息を吹き掛け、火を強くしていく。
「飯はどうします? また虫ですよね?」
辺りに注意を向けつつではあったが、適当な大木の根っこに座るジル様に訊く。
「確かに虫だが……案外軽いな?」
「そりゃまあ何度も食ってたら免疫くらいつきますよ」
「……そんなもんか? 順応早すぎだろ」
何故かちょっと引かれた。
食わせたのどこのどいつだよ。
「あ? 今の何かムカつくな。何だその口の聞き方は」
「さーせん」
「舐めてんなこいつ……んじゃあ今回は……よーしっ、これにしようっ」
そう言ってマジックバッグから取り出されたのは巨大な蛾だった。
羽まで入れれば五メートルくらいありそうだ。無駄に白いし、不気味な模様もあるし、巨大な分、顔も細部まで見えるからマジで気持ち悪い。
「うげぇ、マジっすか……?」
「オレ様を怒らせた罰だ」
「へーへー……どうせ俺が悪いんですよ……」
「うっぜぇ」
魔物には必ず何かしらの武器がある。
例の蟷螂のように鎌といった部位が異常発達していたり、虫らしく無駄に繁殖力があったり……
この蛾は吸い込むと心臓麻痺を引き起こす毒粉を撒いてくるらしい。
死んでるからって安全とは限らない為、死骸にこびりついている粉をマジックバッグに入ってた水で洗い落とし、どうしても取れない部位は切り落として食べた。
麻痺毒があるくらいだし、他にも毒も持ってそうってことで一応、焼くことと【抜苦与楽】を使うことも忘れない。
そんな甲斐あってか、食事自体は何事もなく終わった。
食感は今までに類を見ないほどにクリーミーで気持ち悪かったが、恐ろしいことに不味くはなかった。
多分、塩じゃなくて醤油をかけたら美味いタイプだなと思った。
野宿。
本来は交代で見張りの番が必要であり、いつ魔物や盗賊に襲われるかとビクビクして過ごさなければならない。
しかし、こと俺達に限っては例外だ。
ジル様と二人で入ってギリギリってくらいの大きさである代わりに魔物を寄せ付けないんだか、魔物が嫌がる効果があるんだかのテントを貰っている。
入った奴から魔力を若干吸うらしいが、それだけで安心して寝られるのは大きい。
と、いうことで。
ジル様と隣り合って寝る羽目になった。
「……はぁ。こっちの世界は色々と心臓に悪いな……」
「……何か言ったか?」
「いえ何も」
「チッ、ならさっさと寝ろ」
「いてっ。すいません、あ、謝るから蹴らないでっ。テントから出ちゃいますってっ! あっちょっ……!」
虫の目って夜は光って見えるのな。
辺り一面がこっちを見てた。
『何か寄れないし、嫌だけど……気になるなぁ……』ってところか?
「いやあああああああっ!? バッチリ囲まれてりゅうっ!!?」
「煩いわっ!」
久しぶりに気絶させられたよ。




