第137話 『武士』の聖騎士
いつもの目元と角を隠す仮面の俺を見ては幸せそうにはにかみ、時折堪えきれず声を出して笑うムクロに首を傾げつつ、王都の様子を窺うこと少し。
漸くレナ達が帰ってきた。
「お待たせ! 悪いわね、待たせちゃって」
「レナ様が駄々を捏ねるのが悪いんですよ?」
レナは率先して民や兵士と交流を図っていたからか、バレやすい。
なので変装をしてきた訳だが、その姿は中々感想に困るものだった。
サラサラした長い金髪を隠す為、ターバンを巻き、前の見えなさそうな丸眼鏡を付けてシャムザ特有のゆったりとした民族衣装を着ている。
あれだ、勝手なイメージだけど、暑い国で着てそうなやつ。似合ってると言えば似合ってるし、普通と言えば普通。普通ということは変装自体は上手くいってる訳だから本当に困る。
因みにナタリアの方は普段のポニーテールを崩し、レナと同じ庶民の服を着用している。隣に並んでいれば仲の良い友人同士に見えるだろう。
「だって、仮にも王女がこんな地味な格好……」
「姫騎士という稀有な職業で生まれたからには王女なんかより騎士になりたい、なんて無理言って騎士になったのはどこの誰でしたっけ」
「…………」
「城に連れられてから数年間、王族の服なんて着たくないとか駄々を捏ねていたのはどこの誰でしたっけ」
「っ、も、もう良いでしょ!? この話は終わり!」
年頃のレナとしてはお洒落をしたいんだろう。
丸眼鏡は違和感しかないが見た目はまんま近くを歩いている人と変わらない。長い髪を丸ごと隠せてるのがデカいな。まあ、ちょっともっこりしてるけど。てか職業からして姫騎士だったのに驚いた。何だ姫騎士って。本当に職業か?
「じゃあ行くか」
「……ちょっと」
一歩目を踏み出した瞬間、レナに止められた。
「何だよ」
「何か私達に感想とかないの? この際、笑っても良いわよ?」
「いや、特にないが」
「何でないのよ!」
「何故ただの変装に感想を求める?」
「そ、それはっ……」
感情に任せて話していただけなのか、レナは口をパクパクさせて固まる。
「ほら、さっさと行くぞ」
苦笑いのナタリアと何もわかってなさそうに小首を傾げるムクロを連れ、俺はずんずん進み始めた。
何となく、マナミやライの妹の買い物に付き合わされた時のことを思い出した。
ムクロが「ねぇシキ! アタシ、あれ食べたい! お、魔法で冷やしたジュースだって! 良いね!」と時折主張してくれるのが緩衝材になっているものの、買い物が長いのなんの……
今居る古着屋も何軒目だ? 三……四軒目だ。一軒一軒に小一時間掛けなきゃいけないのは女という生物の習性なんだろうか。
「あぁ、可愛い! ムクロさんって何着ても似合うわねー!」
「スタイルも良いですし、映えますよね! 欲を言えばお化粧もしたいです。隈が濃すぎて折角の美人顔が台無しです」
「し、シキぃ……助けてぇ……」
着せ替え人形と化しているムクロが泣きそうな顔で助けを求めてくる。
どうやら俺の中の女性像とムクロは違うらしい。幼女モードだからか、人としての大事な何かが欠如してる奴だからかは知らないが。
「自分で何とかしろ」
「ひいぃんっ」
敢えて冷たく突き放すのもマナミ達との買い物から得た教訓があるからだ。
少しでも意見を言おうものなら次から「これとこれ、どっちが良い?」という、答えのない悪魔的質問が飛んでくる。
取り敢えず「両方似合うから選べない」と無難な回答をするのが常だが、それにも限界がある。たまに「いや、どっちって訊いてんだけど」とキレ気味で言われることもあるし。
――だからこそ、最初から見ないか、別行動をしているのが一番良いんだ。そう、俺は間違ってないっ。
現在、俺は三人の居る古着屋の外で荷物持ち兼買い食い用に色んな屋台の列に並んでいた。
仮面のせいで周囲から警戒されていたのに、こうしてムクロやレナから話し掛けられるので余計注目の的となり、今では小間扱いされる憐れな男を見るような生暖かい視線を一身に浴びている。
「はいはい、待たせたね、サンドスコーピオンの肉串四人分で銅貨八枚……なんだけど、可哀想だから二枚負けてやるよ。美味かったらお代わりもあるからな、あんちゃん」
「す、すまない」
時に視線は人を殺す。
俺は今、精神が死にそうだ。恥ずかしさと虚無感で。
取り敢えず無言で店前に歩いていく。
その道中、何気無く……本当に何気無く、ムクロ達の居る店の向かい側の店を見た。
「あ、アリス様っ、こんなのは……どう、ですか……?」
「おお! エロいなそれ! 良いじゃん良いじゃん!」
「アリス君! わたすのはっ? わたすのはっ?」
「ゾルベラのも良いよ! チラッと透けてるのって興奮するよな! ……あ、こんなのもどうかな!」
「っ、な、何ですかそれ!」
「おぉ……穴が開いてるだよ……」
「逆に俺が着てみよっか? 二人もどうよ?」
見知った人間が三人ほど居た。
「……うわぁ」
何やらエロ下着やエロ衣装で盛り上がっていたので、「お前もかよ。性別変わったからってお前かよ……」と二度内心でツッコミを入れていると、その内の一人と目が合った。
紫色の短髪、ピョコンと飛び出た虎の耳、鋭く強気な瞳、二刀の短剣、俺っ子口調が目印の奴だ。
「「……………………」」
思わず無言になる俺達。
ドン引きして口が半開きの俺と驚きや恥ずかしさのあまり、言葉を失っているアリスでひたすらに見つめ合う。
気分的にはライとマナミの情事を知ってしまった時のような気まずさである。
今となっては懐かしさすら覚える。あれは俺がまだ魔族化する前、二人の部屋にお邪魔したらマナミの下着を見つけてしまって……
「何見てんだテメェ……そして、何で遠い目してんだテメェ」
現実逃避をしていたら少し顔を赤くしたアリスがこめかみをピクピクさせながら言ってきた。
「いや……お前がそのエロ下着着るのも斬新で良いんじゃないかと。お前、絵面的にも性格的にもがっつきそうだし」
アリスが持っていたのは上下セット+上下共に穴が開いているものだ。何処にとは言わんが如何わしいことに変わりはない。
プリムとゾルベラのは薄く透けたネグリジェ? と布面積の少ない下着。二人とも実年齢は兎も角、幼女体型なので犯罪臭が凄い。
「……ふっ」
「…………」
全部この国の気候や土地が悪いな、うん。
お陰で店は巨大なテントで構成されていて、外からも中からも丸見えだからこういうことが起きる。
ついアリスがエロ下着を着て二人を誘う光景を想像して笑ってしまった。
「ブッコロス」
「ま、待てっ、話せばわかる!」
俺の半笑いで羞恥メーターが振り切れたらしいアリスは《縮地》を使って迫ってきた。
咄嗟に両手の荷物を手放し、振り下ろされた短剣を長剣で防ぐ。
「良いか、一発で良い。殴らせろ。一発で良いんだ。なぁに、ちょいと頭が消し飛ぶか障害を負ってもらうだけさ」
「どっちにしろとてつもない被害なんだがっ!?」
ギリギリと音を立てて鍔迫り合い、押し負けまいと抵抗しているとアリスが凄まじい形相で俺を亡き者にしようと睨んでくる。
声は静かなのに殺気が込められており、短剣に込められた力も本気だ。
「殺すのは冗談にしたって、せめて記憶は無くしてもらわねぇとなぁ?」
まあ会話そのものは普通だと思う。
恋人とかカップルとかならいずれするであろうエロ話だ。いや、女同士の場合は知らんけど。
問題はそれを知り合いに見られたこと……そして、その話の中心となっていた自分が中身は男、身体は女、という複雑な状況であり、更にそれもその知り合いに知られていることだろう。精神年齢も結構良い歳したオッサンな訳だし。
アリスの気持ちは十分にわかる。
しかし。
「お前っ、さっき宿屋行くとか言ってたじゃねぇかっ、な、何でここに居るっ? 見ただけで理不尽過ぎるだろ!」
「……耳も削ぎ落とす!」
「火に油っ!? 何でだ! 聞こえるように話してたのはそっちだろ!?」
「煩い黙れ殺すッ!」
ブンブンと振り回されている両の短剣を見る限り、本気で殺そうとしている訳ではない。
あわよくば殴ってやりたいが、如何せん恥ずかしすぎてどんな顔をすれば良いのかわからない……と言った様子だ。
「せ、せめて真剣は止めろっ、憲兵呼ばれるっ、レっ……うちのお転婆姫も居るんだ、落ち着けっ」
「落ち着けるかぁ!」
「うおおっ!?」
アリスの得意な超高速回転斬り。
片方の短剣を逆手に持ち、独楽のように回り出す様は遊んでいるようにも見えるがその回転速度は異常の一言。俺の長剣に当たった瞬間、『ガガガガカガガガキィンッ!』と凄まじい音を立てたことからその恐怖が伝わってくる。
同時に、それを受けた俺は衝撃をもだ。
何とか弾かれずに済んだものの、模擬戦でもここまでの速度は出ていなかった。
「死ねえぇいっ!」
「マジで怪我するから止めっ、うおっ、ちょっ……!?」
「ぐえっ!?」
あれ、この速度……もしかして本気で殺そうとしてらっしゃる? 顔が赤いのは恥ずかしいからじゃなくて怒ってるから? 俺の勘違い?
と、焦って後ろに下がった瞬間、俺は足元にあった何かに躓き、転んでしまった。
「……あ?」
「いてて……」
「ううぅっ……お、お腹が……」
盛大に尻餅をつきながら「ん……? 今、ぐえって聞こえたような……感触も柔らかかったし……」と足元の何かを見る。
それは人だった。
和服のような格好をした茶髪の女性がお腹を抑えている。
「「あ」」
互いに「やべっ」みたいな顔をして獲物をしまい、駆け寄る。
「だ、大丈夫かっ?」
「悪いっ、まさか人が寝てるとは……」
冷や汗が止まらない。
わざとではないにしろ、人に怪我をさせてしまった。
「うぅっ……」
見たところ、腹を踏んづけてしまったらしく、女性は腹を抑えて悶絶している。
今の攻防も一般人からすれば高レベルのものであり、気候のせいで熱を持ってしまう為、脚甲こそなかったものの、速度、攻撃力共に申し分無し。ぶっちゃけ痛いどころの騒ぎではない。
「な、何してるのよ貴方達! その人は!?」
「怪我をしているようです! 回復魔法を掛けますね!」
「あー! シキ、人が痛がることしちゃいけないんだよぉ?」
スキルで何とか平静を保ち、正しい行動を模索している内にレナ達が血相変えて駆けつけて来た。
「ち、違っ、俺はアリスをっ……いや、俺が悪いな……ナタリア、回復頼む」
「わかっています。我、望むは癒しの光――」
つい言い訳をしようとし、直ぐに非を認める。
街中で剣を抜いて暴れたのはアリスも俺も同じだ。理由はどうあれ、俺も悪い。
「アリス、憲兵が来ないよう人を……」
そう言い掛けて気付いた。
アリスとプリム達が居ない。
「あ、あばよユウちゃん! 悪いな綺麗な姉ちゃん! 後、皆っ、頼んだ!」
アリスの声が上から聞こえてきた。
「アリス様!? な、何を!」
「びっくりしただよ!」
プリム達を連れて強く跳ねたらしく、二十メートルはあるであろう空中からこちらを見下ろしている。
「や、野郎っ……逃げやがった! 何て奴だ!」
多分、斬りかかった手前、自分が一番悪いと思ったんだろう。
かといって、俺への気持ちの対処も出来てないから錯乱して逃げた。
魔物に襲われていた騎士達や溺れていたレナを助けようと言い出した奴とは思えん屑っぷりである。
「ううぅ……お、お腹が……お腹がぁ……」
「えっ? え? 嘘っ、回復魔法を掛けたのにまだ痛がって……まさか内臓か骨にダメージが!?」
「そんなっ!」
侍のような格好の女性……女侍はナタリアに回復魔法を掛けてもらったにも関わらず腹を抑えており、凛々しさと可愛らしさがせめぎあっている顔立ちが苦痛に歪んでいる様はこちらの胃まで痛くしてくる。
「うぅっ……ううぅ……!」
しかし、おろおろする俺達とは違い、ムクロは冷静だった。
一人しゃがみ込み、じっと女侍を見つめると言った。
「この人、痛がってるんじゃないよ?」
「「「……え?」」」
完全に時が止まった。
「そ、そんな訳ないでしょ!? こんなに痛がってるのに!」
「そうだ、この苦しみ方は異常だっ。俺が思いっきり踏んづけちまったからきっと……!」
若干の間を置いてレナと俺が抗議し、ムクロは「んー……」と静かに唸る。
その後、ナタリアが「何で、そう思ったんです?」と問うとムクロはあっけらかんとした顔で言った。
「だってアタシもいつもこうじゃん」
「「「へ?」」」
再び時が止まる。
アタシもこうって……どういう……?
頭の中が混乱で埋め尽くされた。
俺の記憶にムクロがこんなに悶絶している姿はない。
レナとナタリアを見るに、二人もそうだろう。
「な、何言って……」
と、その時。
ぐうううううっ……と、近くで立っていた俺達に聞こえるほどの轟音が響いた。
それは女侍の腹から聞こえており、今も尚、ぐうぐうと音を立てている。
「「「ま、まさか……」」」
この音、まさか空腹を告げているのでは……あるまいな……?
「うぅっ……お腹が……空いたっ……」
そのまさかだった。
「「「…………」」」
「嘘やろ……」と固まる俺達に、ムクロは続ける。
「ほら。いつもお腹空いたーってアタシも言ってるでしょ?」
「あっ」
確かに毎日のように俺の部屋でゴロゴロと転がっては空腹を訴えている。
「いや、それにしたって…………マジか」
「は、腹が減ったでござるぅ……腹が減っては戦は出来ぬ……というかこのままだと憎き『黒夜叉』に会う前に死ぬ……!」
何かぶつぶつ言っていたが腹を抑えていた理由はわかった。
ならばと、詫び代わりに先程屋台で買った蠍の魔物の肉串を見せ、謝罪しようと口を開きかけた直後。
「肉っ!! 肉肉肉ぅっ!」
バシィッととてつもない速度で引ったくられ、四人分の肉串はあっという間に食われてしまった。
「行き倒れてた……のよね?」
「元気があるのかないのかよくわからん女だな……」
レナと俺は戦慄し、ナタリアは言葉が出ない様子。
「う゛っ゛!」
呆然としていると、急いで食ったからか喉に詰まらせたらしく、女侍は女と思えぬ声を発した。
こちらも急いで水の入った水筒を取り出して渡す。
「あー……落ち着け?」
「っ……! んくっ、んくっ、んくっ……ぷはぁっ! た、助かったでござる! このご恩、決して忘れは――」
またもや引ったくられ、水筒に至っては結構な量が入っていた筈なのに飲み干されてしまった。
まあ、それは別に構わないのだが女侍は俺の顔……正確には俺の仮面と角を見て固まった。
「ん?」
仮面にびっくりしたのか?
と、思った刹那。
久方ぶりに濃い〝死〟を《直感》した。
「――ッ!?」
ニ○ータイプもかくやという速度で腕を広げ、両胸と両腕から魔粒子を噴き出して後退する。
レナ達を引っかけたせいで一瞬詰まったものの、何とか回避出来た。
「ひぐぅ!?」
「かはっ……!」
「うぐぇっ」
レナ達の腹に俺の腕が食い込んで変な悲鳴が漏れ、各々地面に倒れる。
「ごほっ、ごほっ……し、シキ君っ、急に何を……」
レナが文句を言ってくるのを無視し、俺は剣を抜いた。
気が付けば女侍は抜刀しており、俺が居た空間を斬った形で残心している。
どうにか感知出来る速度の抜刀術だった。
否、《直感》が働いたから偶々避けられたが、そう何回も反応出来るかどうか……
しかも《直感》は尚も告げている。
こいつはヤバい。
「……何だお前。ただの旅人じゃあないな」
速度だけならアリス以上だった。何らかのスキルか……?
と思考しつつ、気の抜けた日常から戦闘へと意識を切り替え、残っている左目だけで睨む。
「…………」
女侍は無言だった。
無言でこちらを見ており、剣を納めている。が、それは攻撃を止める為の動作ではない。今見せた神速の抜刀術の為の動きだ。奴の目と《直感》がそう言っている。
――武器は刀一本。和服だから武器は隠せる。侍……つっても異世界だからな。他にもあると仮定して、先ずはクナイや短剣辺りが妥当か? 鎖帷子くらい着けてるだろうし、当然、魔法も使ってくるよな……。
冷静に相手の装備と動きを見極めながら長剣を構える。
しかし、女侍は喋らず、抜刀の構えを取るだけ。
その構えに何処か違和感があった。
――この女……自分の刀、抜刀術に余程の自信があるのか? まるで絶対に斬れると確信しているような……どう動かれても斬る、と言わんばかりの構え。しかも一番訳わからないのは殺気がまるでしやがらねぇこと……いきなり斬り付けておいて、何なんだこいつ……
二つの疑問に内心で首を傾げつつ、状況を理解出来ていないレナ達に「アリスと合流して状況説明。出来れば助太刀頼んでくれ。魔道具で船長に相談でも良い」と短く告げる。
「わ、わかったわ」
「やぁ……シキと居るの!」
「ダメですムクロさん! 行きますよ!」
三人が足早に離れ、通行人や周囲の店の人間が何だ何だと人だかりになり始めた頃。
女侍は漸く口を開いた。
「まさか件の『黒夜叉』に助けられるとは思わなかったでござる」
その発言に、一瞬、見た目で魔族であることを気取られたのかと思ったが、どうも違うようだ。
確信のある目をしている。《直感》持ちか《鑑定》持ちか……はたまたそういう類いの固有スキル持ちか。
「……『黒夜叉』? 何の話だ。確かに俺は黒い魔物の仮面をしているが……」
「黒い角の生えた鬼とは貴殿のことでござろう?」
「さて、何のことやら」
「『黒夜叉』のシキ……いや、黒堂優と呼んだ方が正しいか」
「……」
思わず反応するところをギリギリで踏み留まる。
――こいつ、俺の名を日本語で呼びやがった。
「沈黙は肯定と捉えるでござるよ」
「……何者だ」
「ん? あぁ、拙者としたことが申し遅れた。聖軍所属、上級6位の大和撫子でござる」
成る程……聖軍か。
納得し、理解した。
こいつは刺客だ。俺という脅威を秘密裏に処理する為の刺客。
神敵認定を受けて指名手配されてないのは気になっていた。どうやら聖軍は事を荒立てずに俺を殺したいらしい。
ライやマナミから懇願されたか、マナミに俺を殺したら協力しないとでも脅されたかのどちらかだろう。
「日本人……ではないよな、明らかに」
向こうが流暢な日本語で話すので、こちらも日本語で返す。
というか、スキルで自然と言語が変わるから俺の意思ではないのだが。
「勿論、生まれも育ちもこの世界でござる。拙者の遠い祖先に日本人が居た居たらしくてね。教養を付けるついでに日本語の習得も義務付けられている一族なのでござるよ」
「和服といい、鎧といい、刀といい……変わってるな」
「自覚はあるでござる」
見れば靴も草鞋……だっけか。昔のサンダルみたいなものだ。
先程の抜刀術や独特な口調もそうだが、侍スタイルが徹底されている。
「ここで会ったが何とやら。悪いが死んでもらうでござる」
「せめて場所を変えたいんだがな……」
そう言ってチラリと周囲を見渡す。
危険を承知で敢えて隙を見せ、試したのだ。
が、こいつは俺が隙を見せても攻撃してこなかった。
少なくとも聖騎士レーセンやノアよりは話が通じるらしい。
「良いでござるよ。拙者も無関係の者を斬る趣味はないのでござる」
そして、奴等より良心がある、と……
内心で感心していると女侍は怪訝な顔で覗き込んでくる。
「……行かないのでござるか?」
「知ってるんだろ? 俺は移動スキルを持ってない。空中で攻撃されたら終わりだ。出来ればそれは避けたい」
「承知したでござる」
少々おどけた様子で言う俺に、女侍は快く受け入れてくれた。
のだが。
「しかし、逃げよう等とは考えないことを勧めるでござるよ。さもなくば――」
物腰も表情も柔らかく、やはり殺気もなかった。
「ッ!?」
《縮地》と聖騎士ノアが使っていた踏み込みスキルの合わせ技だと理解した時には遅かった。
何とか長剣を間に挟むことに成功したものの、女侍は既に俺の目の前に居る。
そしてまた、刀を振り切っている。
そのまま流れるようにトンッと納刀した瞬間。
――ザクッ……
音を立てて、何かが地面に落ち、立った。
「――こうなるでござる」
それは俺が防御に使った長剣だった。
ジル様の爪が使われた爪剣の刀身だ。今までどんなに乱暴に扱っても傷一つ、刃こぼれ一つしなかった最強の刀身が斬れ、落ちた。
半ばから斬られた長剣は落ちた刀身と中途半端に残った刀身で真っ二つになっている。
――こ、こいつっ……! レーセンやノアよりっ……
「改めて……『武士』の撫子。散っていった数多の戦友の為、はたまた、我が未来の為、推して参るでござる」
帝国と戦争をする筈が、何をどうしてか未来がねじ曲がってしまった。
その結果、今度の相手は帝国ではなく……
ジル様でも斬るのは難しい爪剣をいとも簡単に斬った剣客が相手らしい。




