第135話 古代史の遺跡
すいません、改稿してて間に合いませんでした。
結論から言うと、予想通り遺跡に突入することとなった。
アリスは言わずもがな。ヘルト達はゴーレムがあるから問題ないと、レナとナタリアは皆が居るなら大丈夫な筈だと。
だからって……
「全員で来るのはどうかと思うんだ」
遺跡の中での道中、そう言う俺に一行は揃って返してくる。
「良いじゃん別に。楽しいし」
「ピクニックじゃないんだが?」
『オイラのアカツキがあるから大丈夫だろ』
「何かあってこっちに倒れられたら終わりなんだが?」
「しつこいわね。大丈夫だってば」
「王女のくせに前衛職とかいう一番の足手まといに言われたくないんだが?」
『「「だがだがだがだが煩い!」」』
俺が悪いのか……
「っ、主様、そんな顔で見ないでくださいっ」
「あはははは! シキっ、その顔止めて!」
「シンプルに酷い」
『いや、今最高に面白い顔してたよ?』
アカリ、ムクロに続いてゴーレムの中からリュウまで。酷い言い様だ。
「坊やも心配性ねぇ……中からなら私の力が使えたんだから良いじゃなぁい」
等と楽観的なことを言うのは船長だ。
遺跡の外から未来が見えないのなら中からもそうなのか? という疑問を試したところ、遺跡の中にさえ入れば見えることがわかった。
その結果、アリス、ヘルト、レナ、ナタリア、アカリ、ムクロ、リュウ、そして、船長と俺の計九人という見事な大所帯で突入することになってしまったのだ。
「人数の多さは強みだが場所が場所ってのと総隊長どころか総帥みたいな立ち位置の人間が危険かどうかもわからない未知の遺跡に入るのは問題だろっつってんだよ」
後、レナ。ぶっちゃけ我が儘を押し通してきただけだから居る意味もない。かといって失う訳にもいかないので本当に足手まといである。
「まあまあ、セシリアが丸一日未来予知してたんだぜ? 貴重な時間を使ってよ」
「その結果、特に危険はないってわかったじゃない。シキ君は何をそんなに心配しているの?」
実際、危険を知る為、船長は内側の入口付近で延々と固有スキルを使い、俺とアリスがその護衛をするという一日を過ごしたのは記憶に新しい。
レナの言う通り、特に危険はなかったらしいし、固有スキルを弾くのは遺跡の外壁ということがわかった。だからそこまで慎重になることはないのだが……
「これだけ人間が居ると不測の事態が起きた時動けるか不安だ。ゴーレムまで居るし……しかもアリスやレナまで居るんだぞ。何が起こるかわかったもんじゃない」
何と言ってもメンバーが多すぎるのが心配だった。内何名かは仲間としての信頼が若干怪しい。
『失礼だな。オイラ達に文句あんのかよ』
「外だったら兎も角、遺跡の中じゃ邪魔なんだよ。前も後ろも見えやしない」
「ナチュラルに俺とレナちゃんがやらかすみたいな言い方したな、ユウちゃん」
「やらかすことはなくてもレナは重要人物過ぎる。怪我させたり、死なせたらどうすんだ」
「……まあ確かに。で、俺は?」
「お前は絶対何かやらかす。絶対にな」
「ひっでぇ」
「や、やだシキ君ったら……私のことを心配してくれてたの……? ツンデレなんだからっ」と、やけにくねくねしているレナの横で納得いかなそうな顔をするアリス。
この野郎……忘れてないからな?
船長に変なとこ触ったりしなければ大丈夫と言われた遺跡で「おっ、何だあれ!」と怪しいボタンを押して死にかけたこと……俺の制止を振り切って新しい技とやらを試し、ゴーレムの頭部が四散して俺と船長を殺しかけたこと……予め船長に位置を教えてもらっていたのに、よりによってゴーレムとの戦闘中にトラップを作動させて窮地を招いたこと……etc。
最近気付いた。こいつはマジで何も考えてない。タイミング一つずれただけで思考が変わりまくってるから予想も付かない。船長が見た未来であれば何の問題もないのに、ふとした拍子で興味の対象が変わったり、話してた話題が変わって大事な場面を見逃したりと、まあ安定性に欠ける。
そもそも未来が見える船長に先が全く読めない子と言わしめた男(女)だ。そういう意味じゃ信用なんて出来る訳がない。
「良いか? 人数に関してはこの際諦めるが絶対言うこと聞けよ? 何処にも触らず、黙って付いてこいよ? 絶対だぞ、絶対。振りでもないからな?」
「でも――」
「――でももクソもねぇっ。お前の返事ははい、YES、わかりましたの三択だ!」
「……大袈裟だなぁ」
「お前のせいで俺達が何回死にかけたと思ってんだ……」
過剰なまでな俺の反応にアリスは溜め息を付き、他の全員は「それは間違いない」と深々と頷いた。
ヘルトやリュウ等は態々ゴーレムの首を動かしている。それほどまでにアリスのやらかしは多いということだ。
「お前が俺より強くなかったら金払うか土下座してでも置いてきてるところだぞ」
「ん……何だよそれ、嫌味か? 再会してから一度もユウちゃんに勝ったことねぇのにさ」
アリスが年齢の割に幼い顔をムッとさせて言い返してくる。
確かに今のは少し嫌な言い方だったな。
「……気に障ったんなら謝る。だが嫌味じゃない。いつもやってる模擬戦だって俺が勝ってるのは砂漠限定だろ。船の上じゃ五分五分だし」
今のところ、俺は砂漠の上で行った模擬戦では負けなしだ。ゴーレム相手でもそれは変わらない。
「テメェがいつもいつも汚ぇ手使うからなっ……!」
『実戦だったらやたらめったらに暴れてるところだぞ』
俺に毎度煮え湯を飲まされているアリスとヘルトからは不評だし、他の仲間からの視線も微妙なものが多い。
それこそ俺からすれば大袈裟な……と思うけど。
『仕方ないよ。シキは元々勝てば良いってタイプだからね』
「攻撃特化のステータスを生かした主様らしい戦法ですっ」
リュウの援護とふんすっと鼻息を荒くさせたアカリが会話に入ってくる。
「やっぱ無詠唱ってチートだろ! 特に『風』なんて見えねぇしよっ」
『砂漠だと目潰しに事欠かないしなー……』
そう。砂漠は目潰し戦法万歳な俺にとても合った場所なのだ。
砂地だから目潰し用の砂は無限にあるし、アリスの言う無詠唱でいきなり砂嵐や砂埃を起こすことが出来る。その上、砂は炎天下によって熱されているので当たるだけで気を取られる。目に入ったらもう絶望的だ。
対する俺は自分の身体に風を纏わせることでそれらを防御出来るからな。生身のアリスやゴーレムの『目』頼りのヘルトからすれば厄介どころじゃない。
挙げ句、俺はエアクラフトや魔粒子装備を使っての空中戦も出来る。俺と同じ異世界人かつ俺より魔法の才能があり、俺より死線を潜っている奴でも現れない限り、砂漠での戦闘は最強に近いだろう。
と言ってもジル様みたいな人外レベルとなると話は別だが。魔物もそうだ。目に頼らない奴や熱に強い相手じゃどうにもならん。
「それにしても罠の一つもないなんて……船長さん、本当に何の危険もないんですか?」
会話に一区切り付いたと思ったらしいナタリアがキョロキョロと辺りを見渡しながら口を開いた。
「そうねぇ……ここは謂わば本物の遺跡よぉ。入口もここまでの道のりも洞窟みたいでしょう? 罠なんて野暮なものは存在しないわぁ」
本物、か……確かに入口はまんま砂漠に開いた穴だったし、壁も床もボロい。
材質も黒ブロックに近い何かか黒ブロックが激しく劣化している感じだ。
それでもゴーレムが入れるくらい広いし、歩けるくらいには頑丈。先程から確認しているが、凹んだりということもない。
本物のってのはどういう……
……もしかして全員で行くのは何か理由があるのか?
船長の言葉に引っ掛かるものを感じていた俺は何となくそう思った。
普段ならここまでの大人数で遺跡に入らせるほど船長は楽観的じゃない。少しでも危険を排除する為、自分を危険に晒すことはあれど、遺跡にレナを連れていくことはない。
それに……俺とムクロは行くことが確定していた。
俺が確定しているからムクロもどうせ付いてくるだろう、とかではなく俺とムクロを名指しして遺跡に入ると船長が決めたのだ。
今までにない選定。これは……
数秒思考に耽る。
その時、偶然にも下を向いていたお陰で気付いた。
地面に何か描かれている。
所々擦れて、あるいは割れていて見えないが線だろうか、淀んだ黄色や茶色い線のようなものが遺跡の最奥に向かって伸びている。
「何だ、これ……絵か?」
「ん? ユウちゃん、どしたん?」
「いや、ほら足元。何か書いてあるんだ」
俺の言葉に船長含め全員が一斉に下を向いた。
「さっきは……なかったわよね?」
「少なくとも入口にはありませんでしたね」
『途中からあったのに気付かなかった……? オイラ達が?』
「……固有スキルを弾けんだし、認識を阻害させるようなものもあんじゃね?」
各々話しつつ、視線をずらす。
地面に書いてあるのは線に過ぎない。それが本当に線であるならば意味のある絵や模様くらいあってもおかしくないと思ったんだろう。
しかし、五分、十分と進んでも一向にそれらしきものは出てこない。
少しずつ「……気のせいだったか?」みたいな空気が流れ始めた頃。船長が壁に近付いて言った。
「……あったっ。皆、壁をよぉく見てみなさい。認識阻害系のスキルでも使われていると思いながら……そこに何かがあるって強く思いながらよ」
何処か確信めいた言い方。
その行動はまさに認識を阻害するスキルへの対抗策だ。何の意識も注意もない時に使われればレベルが低くくても術中に嵌まってしまうが、予めそこにあると強く意識していれば認識出来る。
最初に気付いたのはレナとヘルトだった。
「へ、壁画よ! 注視しないと見えないけど、確かにあるわ!」
『これは……人か? 沢山の人が集まってるように見える……』
船長を最も信用しているが故に見ることが出来たのだろう。
そして、二人が見えたという事実に連鎖するように次々と他の人間にも見えるようになっていく。
『街、なのかな。建物みたいのが続いてるね』
「……倒れている人やボロボロの建物もありますね」
「あ! この絵、この先もずっと続いてるよ!」
リュウとアカリ、ムクロが驚く中、俺も見えた。
ヘルトに続いてリュウまで……中からでも見える……ゴーレムの性能はやっぱり乗り手次第、か。
等と別のことを考えつつ、分裂している思考一つを使い、認識阻害を完全に弾いた。
そこにあったのは皆の言う通り、壁画だった。
壁一面に絵が描かれている。……いや、場所によっては彫られている。ご丁寧に色付きでだ。
さっきの線同様、いつからかはわからないが背後の先を見てもその壁画は続いていた。
近くの絵には宙で火を噴いているドラゴンのような巨大な生物に大勢の人が頭を垂れている様子が描かれており、リュウやアカリが見ている方は建物が幾つも倒れ、人々が頭を抱えている。
「この絵……地面の中から何かの瞳が覗いてますね。この瞳の主が建物を倒したということでしょうか」
「地割れみたいなのがそこら中にあるからそうじゃない? 地震でも起こしてるのかしら?」
少し気になったのでアカリとレナの視線の先を見てみると、確かに化け物のような瞳がこちらを見ていた。
座り込む人々の側には沢山の割れた跡や黒い線がある。それがレナの言う地割れだろう。
『こっちのは鳥? が飛んで……人が倒れていくって感じの絵だな。鳥が飛んだ後の奴は皆倒れてる』
ヘルトの方も人に害をなす生き物が描かれているらしい。
「壁画は過去にあったことを示してるっぽいな」
『だね。元がファンタジーな異世界でファンタジーな絵は想像出来ないよ』
だが、この並びは……描き方は何だ? 古代史であると同時に……これを見た者にこの化け物達を見たら注意しろと忠告している……?
「ちっ……」
こういう時も片目ってのは嫌だな。視力が良かったらまだマシだが……クソ見辛ぇ。
「ねぇシキ、あれって……」
「ん?」
目を凝らして見ている内、くいっ、くいっ、とムクロに背中を引っ張られた。
そうして指差す先に視線と意識を移す。
「人型の……ロボット、か?」
思わずそんな疑問が浮かぶ絵だった。
大量のロボットのようなものが隊列を組んで戦っている。型は色々あるようだが、大半は人型だ。
『ご、ゴーレムだよ! これ、全部ゴーレムだっ! 僕達が乗ってるようなのがいっぱい……! それも銃やミサイルみたいので戦ってる! リアル黒歴史キター!』
何やら興奮するリュウをよそに、ムクロが呟いた。
「……倒れてる人や傷付いた環境も描かれてる。これ多分……戦争の歴史だよ……」
……本当だ。成る程、戦争が描かれてるってんならゴーレムが残ってること、今まで探索してきた遺跡が生きていることから壁画の内容は全て真実なのだろう。
それに、苦しみ飢えた人間の描写が多い。嫌でも戦争の悲惨さが伝わってくる。
やがて化け物達の絵が途切れると、後はずっと戦争の壁画だった。
ひたすらに戦って、戦って……森や街が破壊され、人々がありとあらゆる苦しみ方で死んでいく。
戦争の直接的被害。
間接的被害となる災害、飢饉、飢餓、伝染病。
『この絵……人を食べ、てる?』
リュウのゴーレムから青ざめたような声が聞こえてきた。
食うものが無くて最後の手段に出てしまった時の絵だろう。
「…………」
対照的にムクロはとても静かだった。
幼児化している時の明るい性格からは想像も出来ない反応だ。
思わずムクロの方を見る。
ムクロは青を通り越して白い顔をしていた。
吐き気を催しているのか、口まで抑えている。
「ムクロっ、大丈夫か!?」
「……シ、キ……やだ……この絵……怖い……」
そう言って抱き着いてくるムクロを抱き締め返し、よしよしと頭を撫でる。
普段の、〝芯〟のあるムクロならこんなことでは動じない。が今のムクロの精神状況じゃダメだ。
俺より強く、俺よりも〝壊れている〟ムクロが泣きそうな顔で震えている。何かトラウマでも思い出したんだろうか。
「大丈夫だムクロ。俺が付いてる。ほら、そこら辺から絵が変わ……って…………」
『シキ? どうかした?』
俺はリュウの問いに答えられなかった。
何故ならとある壁画に目を奪われたから。
こ、この絵っ……大量の白い雨……これ雨じゃなくて粉、だよな……? 白い粉……しかも……しかも壁画中に居るこの植物はっ……!?
あまりに衝撃的な一部の壁画に口をパクパクさせるだけで声が出ない。
ムクロを抱き締めたままその前へと進み、改めて確認する。
「ぁ……む、ムクロ、これって……」
「やぁっ、もう見たくないよぉ」
「違う見てくれ! 戦争じゃないっ、こいつらに見覚えがあるだろう……!?」
何処か必死な俺に気圧されたのか、ムクロは渋々と俺の胸から顔を離し、見上げた。
「な、なぁに? ……え? この木みたいなの、口があるね。あっ! も、もしかして……ジン……メン……?」
戦争の歴史の後に続いていたのは忌々しく、思い出したくもない植物魔物ジンメンの壁画だった。
『え? 何のこと?』
リーフ達の街の悲劇を知らないリュウだけがわからず、他は別の壁画に見入っている。
「どうなってる……? 化け物……戦争に続いてジンメン? ジンメンは確か……聖騎士ノアの身体に『封印』されていた魔物……まさかっ、あいつらこの遺跡が建てられた時代の魔物なのか……!?」
よく考えればこれだけの出来事が全て記されているというのも奇妙だ。
この遺跡を造った人物が代々子孫に受け継がせて描き続けているとか大量の人間が書き連ねていったとかならまだわかるが、一人や数人程度の人間の生涯の内にここまでの悲劇が起こっていた訳がない。
見る限り、それぞれの悲劇が起こった場所も違う。遺跡の造り手はどうやってそれらを知った?
古代人は魔力が極端になかった筈……幾らアーティファクトの性能が良くてもこんな……
見れば見るほど謎だった。
古代史であろう筈なのに認識を阻害する何らかの術が施してあったことといい、壁画は原始的な造りであることといい、何もかもがあべこべで訳がわからない。
「何なんだこの遺跡……」
ふと周りを見てみれば皆も同様に混乱しているようだった。
疑問に疑問が重なり、首が痛くなるほど傾ける中、ジンメンの出現と戦争が同時に起こっているように見える壁画の先を見る。
「行き止まり?」
壁画に夢中になっていて気付かなかった。どうやら俺達はかなり奥まで進んでいたらしい。
遺跡はどん詰まりになっており、ちょっとした広場とこれまでになくカラフルかつこれまでになくボロボロの壁画があった。
『こいつぁまた古ぼけてんなぁ……オイラ達のゴーレムじゃ見れないぞ』
『若干荒いもんね、ゴーレム越しだと』
ゴーレム乗り二人組の会話が聞こえる。
言うや否や、コックピットを開けている。ゴーレムのカメラでは細部までは見れないようだ。
それより……この周辺だけ何で妙に崩れかかってるんだ? 他の壁画にも色落ちしてる場所やヒビはあったけど、ここまで老朽化してなかった筈だ。
いや、老朽化というより、何者かが敢えて崩したようにも見える。
「……アーティファクトは無さそうね」
「どうですアカリさん、荒らされた感じはします?」
「いえ、ここは元々何もなかったのではないでしょうか。一本道の遺跡なんて今回が初ですからね、形跡も罠もなかったですし……」
レナとナタリア、アカリは違和感に気付かず話している。
このメンバーだと……船長くらいだな、気付いてそうなの。ゴーレム組は天井近くをガン見してるし、アリスは口半開きでボケーっとしてるし。
「んぁ? 最後の最後で人かこれ? この赤いのと黒いのが讃えられてる……っつぅか崇められてる?」
「王様とか? でも黒い方は顔まで黒いし、角が生えてるわねぇ……あら? 魔族って今までの壁画に居たかしらぁ……?」
件の二人の会話を聞いて漸く俺も絵を見始める。
最奥の広場は円形に出来ており、その広場を囲うように壁画も丸くなっていた。
全体的にボロく、所々穴が開いたように意図的に崩したような跡があって壁画としての意味はよくわからない。
しかし、確実にわかるのはアリスと船長の言った大勢の人間に跪付かれている赤い髪の人間と顔まで黒い角付きの魔族っぽい奴の絵。
赤髪の方は子供なのか、身長が低く、黒い方の側には白黒のゴーレムが佇んでいる。
「この二人が戦争を終結させ、人々を統治した……ってことなのか?」
「……………………」
他が各々と会話を始めてしまったのでムクロに言ったんだが……
聞いてなかったのか?
そう思ってムクロの方を見てみる。
ムクロはまた固まっていた。
しかし、今度は青ざめても白くなってもない。単純に驚いた感じだろうか……あまりにもあんぐりしてるからちょっとわかり辛い。
「どうした? 何か知ってるものでもあったか?」
俺の問いにも反応がない。釣られるように視線を戻す。
何だ? 何かあるのか? ……あ。白黒のゴーレムの中に人が居る。こっちは白……いや、緑がかった白い髪の人間だ。他には……?
別の発見はないかと見渡していると、漸くムクロの口から声が出た。
「ぁ……ぁっ……ああっ……!」
明らかに不自然な声。
「そうだ……そうだっ……! 何で私は……アタシは今までっ……」
気付いた時には泣いていた。
ムクロの頬を大粒の涙が伝っていき、遅れて膝から崩れ落ちる。
「む、ムクロ? どうしたんだよさっきからっ」
「だから私は南に……あぁっ……こんな大事なことを忘れてたなんて……!」
船長を除いた全員が心配そうに見るほどムクロは号泣していた。
嗚咽してばかりで俺の声も聞こえてない。
「ムクロっ、おいっ、何とか言えっ。言ってくれなきゃわからないだろ? 何で泣くんだっ?」
何処かを怪我したという線はない。
どう見てもこの壁画が原因でムクロは泣いている。
が、壁画に悪影響を及ぼす何かがあった訳でもなさそうだ。
「なあっ、ムクロ! 何か嫌なことでも思い出したのかっ?」
どうすれば良いのかわからず、両手で肩を揺すった俺に対し、ムクロはやっと反応してくれた。
拭っても拭っても溢れる涙を抑えるように両目を覆っていたのを止め、俺の方に俺と同じ紅い瞳を向けた。
「あ……ぁ……シキっ……シキ……さ……」
「そうだっ、俺だっ、俺がわかるんだな!? いきなり泣くなよっ、心配になるだろうっ?」
「だって……アタシっ……私……わたし……は……!」
「ゆっくりで良いっ。無理に話せなんて言わない。けど……俺を《魅了》しておいてっ……そんな顔、するなよ……」
いつしか俺も泣いていた。
《魅了》を受けた者は主が全て、みたいな心境に陥るらしい。
恐らく、その影響だろう。ムクロの涙が堪らなく悲しく、胸が締め付けられる。
「俺が俺を見失わないように〝芯〟をくれたのはわかるけど……俺からしたら堪ったもんじゃないっ……だから俺の前で泣くな……俺が泣けてくる……!」
「ごめんっ……ごめんね……! ごめんなさいっ……我……違うっ……我輩……僕……私はっ……わたしっ、アタシ……」
「落ち着けっ、言ってることがめちゃくちゃだ。船に戻ろう。寝れば落ち着くからっ。ほら、立てるか?」
「うん……」
大の大人二人がみっともなく泣く姿はさぞ滑稽で、驚いたことだろう。
しかし、俺がムクロを抱き締め、外に向かって歩き出しても皆は何も言わなかった。
事情は察してくれ、と最後に一瞬だけ皆の方を見る。
この未来が見えていたであろう船長が唯一、心境の読めない複雑な顔をしていたのが少し気になった。
少し落ち着いたので来週からはいつも通り、土曜の8時投稿になります。




