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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
141/334

第133話 動き出す影

すいません、遅れました。



 見渡す限りの砂、砂、砂。



 心なしか日の光を反射しているようにも見える砂丘の数々。その先の青空には雲一つなく、地平線の彼方まで続いている砂地を露にしていた。



 幾重にも連なっている砂丘や足下を見ればやはり砂しかなく、上を見上げれば不快を通り越して殺意が芽生えるほどの熱気の元凶が顔を出している。



 そんなシャムザのシン砂漠、そのど真ん中で叫ぶ者が居た。



「暑いでござる! そしてっ……『黒夜叉』は何処に居るでござるぅッ!!」



 どう見ても日本人ではない顔立ちに栗色のポニーテール。

 和服と日本の鎧を合わせたコスプレのような服装であり、腰には日本刀らしき獲物が差してある。



 その姿はさながら日本のコスプレをした外国人のそれ。



「フロンティアには居なかったし、他の町にも来てないようだし……ていうかここはどこでござるか!? 後、暑いっ!」



 白と水色が入り交じった和服に汗水を染み込ませながら叫び続ける女侍は聖神教がシキ暗殺の為に放った刺客である。

 しかし、フロンティアに入った、という情報を手に颯爽とシャムザに現れた女侍だったが、何処をどう探してもシキの姿がなく、困惑し、虱潰しに近くの町をぐるぐると回っていたのだった。



「お、おのれ『黒夜叉』めぇ……! さては拙者に恐れをなして雲隠れを…………いやっ、本当に暑いでござる! 何なんでござるかこの国は! ええいっ、それもこれも全部『黒夜叉』のせい! おのれおのれえぇっ! 許さんでござるよ!」



 凛々しい顔付きを残念なまでに崩し、ボタボタ、ぶつぶつと汗と文句を垂らし、垂れる様は聖軍の上級騎士、それも序列持ちとは思えないほどの醜態だろう。



 彼女自身、自覚はあった。

 少なくともこの国に入って一ヶ月と少し。毎日のように同じことを繰り返しているのだから。



「……はぁ。虚しい、虚しいでござる」



 喚いては虚無感に襲われ、叫んでは心が折れる。

 その繰り返しだ。



「帰りたい……けど、帰ったら間違いなく殺されるでござる……拙者はどうしたら……」



 ゼーアロットという謎多き司教に脅され、半ば強制的に『黒夜叉(シキ)』討伐の任を受けた彼女はそもそも乗り気ではなかった。

 言ってしまえば魔族や獣人族に対しての差別意識もない。故に、戦力となる人間を別世界から誘拐し、右も左もわからないであろう状況で魔族になり得るから、なったからと排除しようとすることも理解出来ない。



 確かに千人もの聖騎士と聖騎士ノア、レーセン、その他数名の上級を退け、壊滅にまで追いやったのは『黒夜叉』なのだろうが、そんな状況にしたのはイクシアと聖軍ではないのかと思ってしまうのだ。



 だが、彼女とて聖騎士の一人。

 ゼーアロットに脅迫されたとはいえ、後に上から正式な命令も出ている。断れる筈がなかった。



 彼女は以前、シキを苦しめた聖騎士レーセンよりも一つ上の序列でありながら、信心深い訳でも聖神教に特段貢献している訳でもない。

 他の者と違って部下も土地もない。あるのは純粋な強さのみ。件のゼーアロットには不評なようだったものの、それだけは上級騎士の全員が認めていた。



 そんな彼女が聖神教に与する理由は一重に一族のしがらみというやつだ。



 彼女の先祖に当たる人物が聖神教の教祖に命を助けられたという。

 それを恩に感じた先祖は代々聖神教、ひいては聖軍に所属し、貢献せよと後世に伝えた。



 助けられた初代から数代は比較的穏和で、一族の者にその道を強制することはなかったらしい。

 が、徐々に何かが狂い始めた。時が経ち、一族が増えていくに連れ、少しずつ少しずつ、一族に変化が訪れた。



 先ず、一族に狂信者染みた者が生まれるようになった。初代とは違う、恩返しというよりは忠義を持つ者だ。それも自らの命をいとも簡単に投げれるほど強力で狂った忠義。

 彼女の両親と祖父母はその狂信者だった。ある意味ではゼーアロットを思わせるほどの狂気を感じさせ、幸か不幸か、四方が染まっているにも関わらず自分だけは染まらなかったことを嘆いた。



 そして、もう一つ。

 ある時から固有スキルを持って生まれる者が増えた。



 固有スキルは千差万別。

 数も効果も強力なものがあれば、何の役に立つかわからないものもある。



 だが、唯一無二の力だ。

 その者しか持ち得ない……その者が生まれた瞬間から死ぬまで、同じ固有スキルを持つ者は二人と存在しない。もし存在するとすれば強奪系、コピー系、譲渡系の固有スキル所持者くらいなものだろう。

 


 彼女……否、一族のとある者に発現した固有スキルは強力な部類のものだった。



 名を【一子相伝】。



 彼女の先祖に発現したその力は驚くべきことに、所持者が持つ全てのスキルを血縁者に受け継がせるという効果を持っていた。

 性別もレベルも関係無く、また、全て余すことなく、だ。



 強力無比とはこのこと。

 しかし、デメリットもあった。



 それは受け継ぐ条件とタイミング。



 【一子相伝】は所持者の血縁に最も才能に溢れた者が生まれた瞬間、それまでの所持者から全てのスキルが消え失せ、その赤ん坊に引き継がれる。もしくは所持者が死んだ場合、最も才能に溢れている者に譲渡される。



 血縁があり、才能にさえ恵まれていれば誰もが()()()()手に入れることが出来る力。

 しかも【一子相伝】の所持者が元々別の固有スキルを持っていればその固有スキルも同時に手に入れることが出来る。一つしか発現しない固有スキルを二つ持っている『勇者』も斯くやという力である。



 一族は挙って子孫繁栄に尽力した。



 親が強者であれば子も強者として生まれる筈と考えた者は血の滲むような努力を重ね、同様に親が優秀なら子も優秀な筈だと政略結婚で血の厳選を行う者も居た。

 また、全て運だと考えた者はもう最悪だった。数打ちゃ当たると言わんばかりに子を増やし、同意ならまだしも一族の権力を振りかざして脅迫するなど、卑劣なやり方で力を欲していたのだ。



 そうして生まれたのが彼女であり、出来上がったのが数百、一千を越える大量の一族だった。

 一族の者は一族の一人として生まれたことを光栄に思うらしいが、力を欲するが故に手段を選ばず、子ばかり増やしていた一族を良い目で見る者は居ない。



 生まれた時から親戚一同に持て囃され、疎まれ、奇異の目で見られ、畏怖されてきた。

 生まれた時から他人に蔑まれ、見下され、冷めた目で見られ、恐怖されてきた。



 幸い、彼女の家系は血の優秀さで全てが決まると考えた、ある意味では穏和なやり方で出来上がったものだったが、他人から見れば人の心がないエリート達であり、強姦紛いに数を増やしてきた者達と同じ一族のくせに高貴さを騙る嫌な一族だった。



 両親とそのまた両親は彼女が生まれた途端、狂ったように喜んだという。

 彼女の兄弟姉妹だけでも十人を越えているが、彼女以外のほぼ全員を捨て、彼女の為だけの最高の環境を作り出すくらいには。



 王族や貴族を思わせる英才教育を受けさせられ、引き継いだ全てのスキルを使いこなせるよう、死にたくなるほどの訓練をさせられた。

 そこに彼女の意思はない。それが一族にとって当然だったし、彼女にとっても当然だったから。



 そして、不幸なことに彼女は才能に恵まれていた。

 否、恵まれ過ぎていた。



 彼女は二十年以上も【一子相伝】を奪われることなく所持しているのだ。



 それはつまり、千を越える親戚が【一子相伝】を奪おうと子供を増やしているにも関わらず、生まれてくる全ての赤子が彼女以上の才を持っていないことを示す。



 今まで【一子相伝】を奪い合うように子を増やしてきた一族。

 過去に類を見ないほど長い間、一人の人間が【一子相伝】を独占しており、一向に次の後継者が現れない。



 となると彼等はどうするか。



 真っ先に暗殺を考えた。



 それも、多くが捨てられた兄弟姉妹を利用した暗殺だ。

 大半は親が撃退してくれたものの、時折どうしようもない場合は彼女自身が手を下していた。



 そうやって苦痛でしかない環境で生まれ育ったのも、したくもない兄弟姉妹殺しをしたのも、聖軍に入ったのも、全ては一族が決めたこと。



 彼女にとって【一子相伝】は血の祝福であり、血の呪いでもあった。



 現在は上級騎士の序列持ちということもあって自由が増えたので、比較的平和だが彼女が類を見ないほどの才を秘めていることに良からぬ感情を抱く者は絶えない。

 未だに彼女を殺して次の後継者を生み出そうとする者も居る。



 事実、シャムザに入り、こうして砂漠を彷徨っているのも人が集まる場所だとどうしてもそれらに遭遇しやすいからだ。



 (暑いし……疲れたでござる……何で拙者がこんな目に……)



 とぼとぼと歩きながら己の環境に絶望する女侍。



 彼女には一人になると必ず人生を振り返ってしまう癖があった。

 現在も一人で考え込み、一人で落ち込んでいる最中だ。



 いつもならもう少し続くところだったが、今日は違った。



 ふと顔を上げると、キョロキョロと周囲を見渡し始めたのだ。



「……? またでござる……時折、魔力反応があるのは気のせい、でござるか?」



 普段ならば先祖代々伝わってきた高レベルのスキルに疑うところはないものの、シン砂漠を彷徨っている最中だけは少し胡乱げに思っていた。

 現在のように、稀に何処からか魔力反応がするのだが遠すぎて方向がわからないのだ。



「何となく……魔力は感じる……気のせいではないでござるな……」



 目を瞑り、気配に集中すると間違いなく気配の主が居ることは感じとれた。

 が、方向はわからない。



「前のような気もするし、後ろのような気も……左右からもする……これ、は……」



 ここで疑問に思った。



 前後左右からするのなら上下は……? と。



 ただそれだけを思い、上を見上げる。



 すると……



 青く何処までも続いている空の中に異物があることに気が付いた。



「船……でござるか? ひぃふぅ……三つ。あれは一体……」



 船が飛んでいる。

 一つはとても巨大で、もう二つの小さい船はその後ろに付いている。



「魔導……戦艦?」



 彼女の脳裏にそんな単語が浮かんだ。



 確かに空を飛ぶ船の存在は知っている。

 見たことはないが、恐らく同じものだろうと思う。



 しかし、それはおかしい。

 何故ならシャムザが保有している魔導戦艦は二隻であり、大きさも噂で聞いたものと違うからだ。



「……まさか」



 という思いが過った。



 何処の町を行っても居ない上に、噂すらもない『黒夜叉』。

 空を飛ぶ、追跡すら難しい三つの謎の船。



「も、もしそうなら……前途多難どころじゃないでござるよぉ……」



 帰れば死、町に入れば暗殺者、砂漠を彷徨けば魔物に殺人級の暑さ、標的は遥か上空(と思われる)。



 彼女は涙目で三つの魔導戦艦を睨んだ。

















 ◇ ◇ ◇



 ダダダダダダッ! ズガガガガガカッ!



 古代遺跡に入った者なら聞き慣れた音がとある城で響いた。



「今更言うのもなんだけど……本当にやるのかい?」

「当たり前ですわ。ここまで来て止まることなどあり得ません。……何か問題でも?」

「いやいや。ボクは大歓迎だよ? キミが覚悟を決めてくれたことも、キミが集めた転生者達のことも感謝しているさ。彼等もキミに感謝しているだろうしね」

「そうですか」



 早歩き。走りはしない。

 そして、油断もない。



 蝋燭しか明かりのない広い廊下で二人の少女の会話があったことを知る者は居ない。

 二人と出会った者は問答無用で金属の弾丸を撃ち込まれるから。



 深夜。誰もが寝静まる夜中にそれは起きた。



「て、敵襲! 敵しゅ――」



 ――ズガアアアアァンッ!!!



 恐怖と混乱に顔を歪めながらも必死に叫んでいた兵士が近くで起きた爆発に巻き込まれて消えた。



 同時に、城の至るところで火の手が上がる。



 城の内部はとある理由で魔法が発動しない。故に、魔法ではない。

 先の爆発と同じ要因で生まれたものだろう。



 遅れるようにして、銃声も聞こえ始めた。

 老若男女問わず、必死な悲鳴もだ。



「くひひッ、派手だねぇ……」

「皆さんも鬱憤が溜まっていたのではなくて?」

「それもあるだろうね。でもそれ以上に、テロ行為や人殺しの経験がないから興奮してるんじゃないかな」

「へぇ……やはり貴女も?」

「うん、ボクも日本では経験なかったよ。あの国は平和な方だからねぇ」

「今は爪も翼もあるのに、前世では魔力すらない人間……不思議なものですわ」

「ボクは身体そのものが違うのに前世の身体の記憶があることが不思議だよ。まさか脳だけは同じって訳でもないだろうし」



 会話の途中で、城全体が明るくなった。



 自然と二人の少女の姿が浮かび上がる。



 一人は金髪縦ロールのツインテール少女。胸元を大胆に開け、はしたないと言われるほど脚を晒す赤いドレスが目立つ、お嬢様風の少女だ。

 両手には自動小銃、太股のホルスターには二丁の拳銃が入っており、両肩と背中にはこれでもかと弾倉が付けられていた。よく見れば手榴弾のようなものもある。



 もう一人は異形の姿をしていた。暗めの茶髪は背中まで乱雑に伸びており、両腕はない。代わりに鳥のような茶色の大きい翼が生えている。鼻まで覆い隠す前髪の隙間からチラリと覗く紅と黒の瞳は驚くほど丸く、梟やミミズク等の猛禽類を思わせるがボロボロの貫頭衣が凄まじい違和感となって邪魔している。

 汚れと長い前髪でわかり辛いが可愛らしい顔立ちと小さな胸の膨らみ、声の高さで漸く少女とわかる容姿であるソレの下半身は見事なまでに鳥足だった。付け根から足先まで黄色の鳥の足。その先は尖った四本の爪が妖しく光っている。



「……早いね」

「急ぎましょう」



 短い会話を交わしながら、そして、時折現れる兵士や貴族の死体を築きながら、この国……パヴォール帝国の皇帝の寝室を目指す。



『あー、あー、あー、こちらテンプレお嬢様と梟。各自、状況はどうかな?』

『こちら中二病。目標達成。対象は全員死んだ。ふっ……我に不可能は――』

『――鳥肌立つから止めて中二病。……あ、こちらモグラ。対象の一人を取り逃がし、追跡中。負傷者が二人出た』

『モグラに鳥肌とはこれ如何に』

『うっさい』

『あー……こちら適当男、とりま対象の部屋は全部ぶっ飛ばしたぜー。対象の生死は……何? わからん? わからんってよ』

「……大丈夫なんですの?」

「……酷いパーティ構成だよね」



 無線のような魔道具から聞こえてくる会話に少し不安そうになるお嬢様。

 梟と名乗った異形の少女も困ったような表情だ。



『えっと……じゃあ特に問題はないってことで良い?』

『『『ない(ね)』』』

『あ、おっけー。じゃ、ボク達はこのまま皇帝んとこに行くよ』

『『『了解』』』



 会話が終わったのを見計らい、お嬢様風の少女は口を開いた。



「魔法は使えないのに魔道具は使える……考えれば考えるほど我々に有利な場所ですわ」

「魔封じの……何とかって鉱石で造られた城なんだっけ?」

「はい。力が全て、という国の掟をこれでもかと体現した城。その実態は魔法使いや魔道具師を嫌った脳筋の浅知恵ですわね」

「まあ世襲制じゃないとはいえ、何かやたら前衛職多いもんね、キミ達の家系って。苦手な魔法使い対策にしちゃあ随分大掛かりな気がするけど」



 不敬どころではない話をしながらも歩は緩めない。



 やがて、目的地が見えてきた。

 現皇帝の寝室である。



「やっぱり見張りは居ないんだね」 

「余程、強さに自信があるのでしょう」



 兵士が一人も立っていない豪華な部屋の前に立った直後、何処からか怒号が聞こえてきた。



「貴様ら! 父上の部屋の前で何をっ……なっ、魔族だとッ!? それにっ……出来損ないのルゥネ・ミィバ!」



 相手はお嬢様風の少女――ルゥネとよく似た金髪の青年だった。

 精悍な顔立ちはまるで歴戦の騎士。だが、鍛え抜かれた身体を包むは一目で皇族とわかる服装。手には剣が握られており、自ら行動し、自ら結果を出す人格者の目をしていた。



「あら? これはこれは無名のお義兄様、ご機嫌麗しゅう。今宵は良い風が吹いてますわね」



 ルゥネはさも今気付いたと言わんばかりに振り返り、優雅にドレスを摘まんで見せた。



「む、無名……? 貴様、何を言っている? 私には――」

「――これから死にゆく者に。名等必要ないではありませんか」



 氷のように凍てついた紫色の瞳で射抜かれた青年は激昂せず、冷静に剣を構える。



「貴様に恨まれる筋合いはないのだが……余程死にたいと見た」

「恨み? まさか。お義兄様は無能の(わたくし)に優しくしてくださった数少ない大切な方。恨んでなどおりませんわ」

「では皇族への恨みか!」



 ルゥネは一瞬笑った後、静かに、しかし、ハッキリと問うた。



「ふふっ……いいえ。見当違いも甚だしい。……この国の唯一無二の掟をお忘れですか」



 青年はその意味を計れなかったらしく、首を傾げる。



「……何が言いたい?」

「この国で最も強い貴方方(あなたがた)皇族を皆殺しにすればこの国は私のものになります。哀れなお義兄様……私と血縁さえ無ければ……」

「愚かなッ!!」



 少女は謀叛者だった。



 何処までも傲慢で、何処までも自分勝手な持論を語り、何処までも見下した視線を送ってくる。



 皇族の一人として、ルゥネの義兄として、この反逆者を止めなければ。



 その思いで再び走り出した青年は流れるように《縮地》を使い――



 ――倒れた。



「よくやりましたわ、ココ」

「くひっ」



 いつの間にか異形の少女……ココは片足を上げていた。



 地面に倒れた青年は首がぱっくりと別れ掛けており、夥しい量の血を噴き出しながらピクピクと痙攣している。



「が……かっ……あっ……」



 声にならない声を上げる青年を、「ほー?」と不気味なまでに……本物の梟さながらに首を180℃回転させて見ていたココは両翼を広げ、バサバサと飛び上がると、彼の両腕に降り立った。

 鋭い爪が腕に突き刺さり、苦痛に満ちた声が漏れる。



「……ココ、お遊びは止めてくださいな」

「失敬だなぁルゥちゃん。ボクは遊んでなんかいないよ? このイケメン皇子君はまさか自分が死ぬなんて思ってなかった。それなのに死にかけてる。あり得ない死を迎えることに何を思って死ぬのか見てみたいんだよ」



 食い込み過ぎて骨にまで達しているであろうココの爪を見たルゥネは少しだけ顔を歪めた。



「悪趣味ですわね。……では私は先に」

「護衛は?」

「要りません。それくらいのハンデが無くては殺される皇族の方が浮かばれませんわ。アーティファクトは少々強力過ぎますから」

「くひっ、言うねぇ」



 ルゥネはくつくつと笑うココを背に実の父の寝室に入っていった。










 少しすると事を越えたらしいルゥネが顔を出し、ココに話し掛けた。



 血の臭いが酷い。

 視線を向ければ先程の青年のように身体を引き裂かれた兵士達の死体が散乱している。



 寝室は既に騒ぎを聞き付けた兵士達に囲まれており、ココはそれを阻むべく、遊び感覚で兵士を殺していたようだった。



「っ、不味いことになりましたわ」

「……取り逃がしたとか?」

「いえ、皇帝は殺しました。ですが……」



 弑逆されたという事実に、思わずどよめきが走る兵士達。



 ルゥネはそれを無視。続けて、これまでにない真剣な表情で告げた。



「皇帝は少し前に召喚の儀を行っていたそうですわ。召喚された異世界の戦士達の中には『真の勇者』も居たとか」

「ほー? そいつぁ穏やかじゃないね」

「これから忙しくなるとわかっているのに……聖神教の相手までしなければいけないなんて…………いえ、先ずは国の掌握が先ですわね……」



 こめかみを痛そうに抑えたルゥネは改めて皇帝の死を宣言して兵士達を黙らせると、下克上を果たしたこと、自分以外の皇族、更には抵抗する者は全て皆殺しにするという意志を示した。



「掌握と把握……聖神教には適当に相手をしておいて……後は……お父様が為さろうとしていたシャムザの植民地化。それだけは早急に手を打たなくてはなりませんね」

「あそこはアーティファクトの宝庫だからね。くひっ、これから楽しくなるなぁ」

「政を担当する私の身にもなってほしいですわ……」



 この日、パヴォール帝国の現皇帝とその血筋は突如起きたクーデターによって滅び、新たな皇帝が誕生した。

 その名をルゥネ。齢十六のうら若き乙女であり、帝国初の女帝でもある。



 パヴォール帝国において下克上は日常茶飯事。

 しかし、ここ数十年もの間、その地位を確立していた皇帝が実の娘に……それも獣人族なのか魔族なのかも見分けが付かぬ怪しい少女とその他浮浪者にしか見えない汚ならしい者達を連れた()()()の娘に全てを奪われるなんてことはどんなに歴史を遡ってもないことだった。



 力が全てという掟に心酔している帝国臣民は新たな皇帝の誕生に沸き立ち、新たな争いを求めたという。



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