第132話 船長の目的
キリが良かったので切りました。短いです。
船長達は新造されたばかりのような光沢のある巨大魔導戦艦のブリッジに居た。
一応止めたんだが、こっちに気配がすると言って船体に飛び乗り、上がっていったアリスの後を追ったところ、ブリッジらしき場所は窓ガラスのような透明なもので区切られていた。
その中で操縦桿のようなものの前に立っていた船長が俺達を見て驚いている。
「だから言ったろ。外から直接入れるところなんて……」
ムクロをおんぶしながら魔粒子で浮いていた俺がそう言い掛けた直後、ブリッジの横の装甲が長方形の形に開いた。真上に引っくり返るようにぱっくりと。
開けたのは船長。
まさかブリッジに外に通じる出入口があるとは思わなかったので思わず固まる。
「何してるのよぉ……ほら、上がりなさぁい」
手招きされたので、ポリポリと頬を掻きつつ中に入った。
「こ、こんなものが……他にもあったなんて……」
中ではレナが絶望したような表情で座り込んでおり、ナタリアが心配そうに寄り添っていた。
多分、シャムザが保有している魔導戦艦を思い出してるんだろう。
俺はまだ見たことないが、シャムザの王……レナの父親が乗っているという魔導戦艦には武装がなく、船長のよりは大きいものの、これほどまでのものでもないらしい。話を聞く限り、恐らく運搬用の船。
それ故の驚愕。
この船は明らかに戦争用に造られたものだ。情報漏れや量産されることはなくとも、他の遺跡からも次々と似たようなものが発掘されればどうなるかわからない。
イクシア王が暇を持て余していたジル様を雇えたことで勘違いしたように、力さえあれば世界を、気に入らないものを……という思考になる可能性もある。
大体のものは国のものになるんだろうが、稀に遺跡の攻略に成功する奴だって出てくる筈。
こんな兵器が国や一般人の手に渡っただけでも何に使われるか……
「船長、これはどうやって動かすんだ?」
「なっ、シキさん!? 何を言い出すんですか!」
「そ、そうよっ、これを動かしてどうしようっていうの!?」
俺の素朴な質問にレナとナタリアが驚く。
「船長の目的はわかってるんだろ? なら先に見つけた俺達が使うのが道理だ」
例の扉の前、地雷源を浮いている時に船長から聞き出した情報は四つ。
固有スキル、船長が見た未来、遺跡を調査する理由、遺物を集めている目的だ。
先ずは固有スキル。
船長の固有スキル【先見之明】は船長が仮定した未来を瞳に映す能力らしい。俺やマナミと同じように念じるだけで発動出来、代償もない。代わりにどの辺り……例えば何週間先の何時頃、とか具体的な日時の光景は見れるが、ビデオやDVDのように先送り、巻き戻して『見』ることは出来ない。
デメリットは未来を『見』ている間は視界が潰れるので同時進行で戦うことは出来ないこと、見たい未来や光景と日時がずれていた場合、大方の当たりを付けて虱潰しに探していく必要があること。
纏めると能力行使には安全な場所と大量の時間が必要。特に、この世界の時計は基本的に鐘が鳴る回数だ。大まかにしかわからないし、街か都に行かなければそもそも存在しない。だから尚更時間が求められる。
そして、その能力を使い、『このまま何もしなかった場合』と仮定して見えた未来がパヴォール帝国からの侵略、シャムザという国の滅亡、古代兵器を大量に手に入れた人間達による地獄絵図の始まりだ。
帝国はかつて日本が掲げていた帝国主義を謳っている。周辺国を侵略し、支配、統治し、国力を増やす政策。そんな戦争中毒の国が強力な兵器を手にすれば世界各国への侵攻を始めるのは容易に想像が付く。
船長はそれを阻止する為に古代遺跡を調査し、帝国よりも先にアーティファクトを得ようと考えた。
要は戦争に備えて戦力を整えるような感じだな。
船長曰く、帝国が攻めてくるのは二ヶ月後。
本来の未来なら俺を含めたライ、マナミ、イケメン(笑)の勇者一行がこの国に来訪していた為、帝国からの侵略はなかった。
『闇魔法の使い手』である俺が何故魔族化しなかったのか、何故聖軍に殺されなかったのかは謎だが、成長を遂げた『真の勇者』二人と『再生者』、その後ろ楯であるイクシア、聖軍が上手い具合に抑止力となり、シャムザが滅ぶことも世界が戦火に包まれることもなかった。
しかし、最早そんな未来は存在しない。
本来来訪する筈の日にライ達は来ず、代わりに居る筈のないアリスや魔族化し、ライ達と決別した俺が現れてしまった。それもその日から数ヶ月も経過した今現在に。
万が一の事態に備え、『真の勇者が来なかった場合』の未来は『見』ていたので、代わりの抑止力……つまり、アーティファクトを得る方法はわかっている。
が、『砂漠の海賊団』の戦力だけではアーティファクトが眠っている古代遺跡の調査、発掘は不可能。加えてシャムザの実権を握っている現国王と王子は数年前、船長の眼帯の下にあった瞳を犠牲にして得たという擬似的な【先見之明】の力を使い、帝国と友好条約、あるいは同盟を結ぼうと躍起になっている為、協力して戦力を整えることも出来ない。
「で、でもっ……だとしてもっ!」
抑止力としての武力は必要だと言った俺に対し、レナが尚も食い下がってくる。
それを手で制した船長は抑止力の必要性を説き始めた。
「レナ、前も言ったでしょう。これは何年も掛けて考えた私の計画なの。私が海賊になったのも、アーティファクトを集めているのも、全てはこの国……引いては世界の為よ。坊や達が召喚されることはどう仮定しても揺るがなかった。けど、『真の勇者』がこの国に来るかは五分五分だった……」
『砂漠の海賊団』はそんな不安定要素とは別の、謂わば予備戦力。
未来を『見』て得た知識を使い、タイムリミット内にシャムザ周辺で集められる人材をこれでもかと取り込んで出来たのが『砂漠の海賊団』な訳だ。
「既に私が『見』た最も平和な未来じゃなくなってる。このまま時が進めば帝国はシャムザを滅ぼし、力を得てしまう。私達が滅ぶだけならまだ良いわ。所詮、弱肉強食だった……それだけのこと。だけどね、人の欲っていうのは留まることを知らない。貴女もそれは知っているでしょう?」
船長はレナを人質に使われ、半ば強制的に片目を奪われたという。
レナはその光景を、人が起こす過ちを見ていた。王女に祭り上げられたらしいその後もそうだ。王族として人と広く深く接していたが故に様々な人の闇を見てきた筈。船長はそれを言っているんだろう。
「で、も……抑止力の為に力が必要なんてっ……」
レナが力無く項垂れた。
確かにある意味矛盾している。
一国が抑止力の為の力を得れば、他国だって同じように力を得ようとする。そうして出来上がっていくのは全ての国が互いを滅ぼせるほどの力を持った均衡状態。
そして、何かの弾みでそれが崩れてしまったら元も子もない。本末転倒も良いところだ。
恐らく本来の未来にならなかったのはクロウさんや邪神の介入があったことが関係している。
いずれ魔族化していたにしろ、二人の介入がなければ俺はあの戦争の中で魔族化することはなかったし、地竜暴走事件やその後の、ダンジョンの街ケイヴロックでライと大喧嘩して互いの魔法スキルが干渉することも盗賊騒ぎで互いに疑心暗鬼になることもなかった。
とはいえ、それも過ぎたこと。
船長が出来る限りの策を練り、講じた結果が『砂漠の海賊団』なのだ。
野心に溢れた敵国と組もうとしているシャムザ王は論外。
元から強国だった帝国と少し前まで弱小貧困国家だったシャムザが対等になれる訳がない。
そして、アーティファクトが発掘されているのはシャムザのみ。現状、世界で唯一抑止力となり得る力がある状態。
その強力なアーティファクトを多数所持した『砂漠の海賊団』が抑止力となり、帝国を止める。
もし抑止力であり、脅威でもある力をシャムザという『国』が得れば第二の帝国となってしまい、それを危惧した他国が力を求めてしまう。
だから『変な動きをしたら攻撃するぞ』と表明する、何処の国にも所属していないくせに何処の国よりも恐ろしい戦力を持っているという困った組織が存在すれば良い。
それが船長の考え。
全てを要約すると、『アーティファクトという強力な兵器の独占』が船長の目的だ。
『砂漠の海賊団』はあくまで犯罪者集団であり、『国』でもなければ軍隊でもない。ただ抑止力として存在する組織にしか過ぎない。
それを脅威と捉え、仮に他国が力を得たとしても狙われるのは『砂漠の海賊団』だ。シャムザや『国』じゃない。
国と国同士が結託し、『砂漠の海賊団』を根絶やしにすれば結局は均衡状態に陥るが、そうならないよう永遠に逃亡、存在し続け、抑止力となるか、もしくは……
「現存する全てのアーティファクトを壊してしまえば良い」
「え……?」
「船長もお前と同じように、余計な力があるから争いが生まれるって考えなんだろうさ。なあ船長?」
「……まあ、そうねぇ。悪用せず、抑止力の為だけに使うのが理想だけど、極端な話、アーティファクトが無ければアーティファクトを求めた戦争は起きないわぁ」
アーティファクトや古代遺跡が発見されたことが全ての発端だからな。
じゃなきゃ常に輸入頼りで何とか食い凌いでいるようなシャムザに侵攻しよう等とは考えない。
「聞けば帝国からのちょっかいは増えてきてるらしいじゃないか。なら船長の行動もわかるだろ」
もしシャムザの国王や王子が帝国と手を組もうとしていなくても船長は同じことをした筈だ。
『国』じゃダメなんだ。国民を巻き込んだ戦争になってしまう。その為の組織。魔導戦艦が発掘され続ければ人員が増えたところで問題はない。私利私欲の為に使わなければ戦艦なんざただのデカい船なんだから。
「そう……ね……わかってるの。全部わかってる……けど……お姉ちゃんはそれで良いの? その力があればもっと自由に、上手く生きていけるのにっ、平和の為に自分の人生を捧げられるのっ?」
下を向いていた顔を上げ、本当にそれで良いのかと問うレナ。
その姿を見て漸くわかった。
――……あぁ、成る程、そういうことか。レナが船長に反対していたのは無駄な争いを生む存在を危惧してた訳じゃなく……
納得していると、おんぶされたまま掴まっていたムクロが俺の背中に顔を埋めた。
「……ムクロ? どうした?」
「んーん、何でもない……何でも、ないよ」
泣きそうな声だった。
か細く、消え入るような声でそう言いながらぎゅっと抱擁するように密着してくる。
どう見ても、何かがあった。今のやり取りでムクロの心を揺らした何かが。
だが、当の本人が何でもないというのなら触れることもない。
俺は「……そうか」と返し、船長達の方に視線を戻した。
「多分、私とレナが逆の立場でもそうしたでしょうね」
「そ、れは……!」
「貴女だって。……貴女だって無理やり王女にさせられたけど、その責務を全うしているじゃない。それと同じ。貴女に王族の血が流れていたように、私には未来を予知する力があった。なら私は……私にはその力を持つ者としての使命がある」
……実に耳の痛い話だな。
他者を救える力がありながら我が身可愛さに知らんぷりをする俺や人助けも大事だが、それより世界最強の力と名声、ハーレム結成だと息巻いているアリスとは大違いだ。
「わかってほしいとは言わないわ。貴女にはない力を、私は持っている。その力をどう使おうが……どう生きようが。私の勝手でしょう?」
「…………」
はっきり言い切った船長に、レナはがっくりと項垂れた。
「……さ、坊や、アリスちゃん。今回みたいに遺跡を回るからこれからも攻略よろしくねぇ」
「了解。……やれやれ、忙しくなるな」
「へへっ、久しぶりに本気で遊べそうだ。ワクワクするぜ」
「何処の野菜人だお前」
「うっせ」
こうして、俺達は巨大魔導戦艦――サンデイラと船長が名付けた――が眠っていた一つ目の遺跡を踏破し終えると、次、その次、そのまた次……と数ある遺跡を攻略、調査、発掘していった。




