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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第1章 召喚編
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第13話 新たな地獄

気持ち悪い表現があります。食事中の方等はご注意願います。


 一週間が経った。


 筋トレしてジル様に踏まれ、筋トレしてジル様に()たれ、筋トレしてジル様に蹴られ、ジル様に戯れで椅子にされ……etc。


「もうそろそろ良いだろ。つぅか飽きた」


 とのことで今日から実戦訓練だ。


 何か虐められてただけな気がしないでもない。


 鼻血どころか一回鼻の骨折られたこともあったし、ステータスにも特に変化はないし。


 筋肉とステータスは完全に無関係らしい。どういう理屈なんだか。


「正直な話、レベル一かつ初めての戦闘であそこまで動けたんだから、オレとしてはもう魔物共と戦わせても良いとは思うんだが……まあ基礎は大事だからな。実戦の中でダメ出ししてやるから、まずは掛かってこい」


 そうして始まった実戦は苛烈を極めた。


 筋トレの後にめちゃめちゃ素振りやらされてたから剣の扱いなら慣れてる。


 なんて思ってた俺がバカだった。


 ジル様はグレンさん以上の鬼畜。何故それを忘れていたのか。


「腰が入ってねぇ! 常に重心を意識しろ!」


 そう言って木剣で叩かれ、青紫色のアザを幾つも作られた。


「躊躇を捨てろっ、テメェなんざゴミだっ、雑魚だ! 本気で来いっ!」


 訓練とはいえ、顔を狙うのは違うよな……と、変なことを意識していたらボクサーもビックリなアッパーカットで吹き飛ばされた。


「フェイントもわからねぇのかお前は! 罰として腕立て千回だ! やれっ!」


 反応するにしても目だけになるまで何度も筋トレをさせられ、お前が悪いと休憩すらくれなかった。


「剣を見るなっ、相手の目を見ろ! 目だけ見てりゃあ何となくやりたいこともわかる!」


 段々、ジル様の剣が怖くなってきた為、ついつい目で追っていたらとうとう顎を鷲掴みにされ、頭をガックンガックン揺らして睨まれた。


「誰が尻尾で攻撃しねぇと言った! 戦場に狡いもクソもねぇ精神持ってんだろ!? 思考しろっ、工夫しろっ、テメェの武器を生かしやがれ!」


 剣や動きに関する指導ばかりだったのに、急に尻尾による文字通りの搦め手をしてきてまんまと嵌まり、面食らっていたらその尻尾で気絶するくらい往復ビンタされた。


「おいガキテメェ何休んでんだボケ。殺すぞ」


 あまりのキツさと諸に入った腹パンで嘔吐してたら、尻尾アッパーで起こされ、無理やり戦わされた。


 毎日毎日。


 来る日も来る日も。


 ライ達は勿論、グレンさん達にまで心配された。


 暫くの間は飯もまともに喉を通らなかったから顔色も悪かったんだろう。

 

 しかも、食わなきゃ食わないで殴られる。


 もうね、アホかと。殺す気かと。


 何度本気で逃げたいと思ったか。


 何度あの試練で頑張ったことを後悔したか。


 夜なんかはうなされてたらしく、それをエナさんが余計な気を回してジル様に告げ口した日からは、「よし、じゃあ今日から寝室も一緒にして常に監視してやる」ってことで気配や魔力を感知する系のスキルもないのに、睡眠時に意識を100%失わない訓練の開始。


 数時間おき、あるいは俺が意識を失ったタイミングで尻尾ビンタが飛んでくる。


 これにはエナさんも悪いと思ったのか、ジル様に媚びて尽くして俺にもう少し優しくするよう進言してくれた。


 ま、その意味は一切感じられなかったが。


 何が汚いって、心が読めるから人の心を適度に燃やしてくること。


「また泣き言か? あ? 心ん中のはノーカン? バカかお前。ダチと一緒に戦いてぇんだろ? なら止まるな。死ぬ気でやれ。死んでもやれ」


「自分には才能がない? ねぇから頑張ってんじゃねぇのか? 今止めて何になる? お、逃げるか? そうかそうか逃げるのか、臆病者が……」


「テメェ、ホントにタマぁ付いてんのか? (なっさ)けねぇな。女一人にここまでボロクソにされて文句の一つも言えねぇのかよ」


「よしよし、今日の動きは良かったぞ。褒美としてゆっくり寝させてやる。訓練も無しだ。寝ろ」


 下げて下げて下げて上げてくるこの感じ。


 DV被害者の気持ちがわかるようだった。


 褒められた時なんて涙が勝手に出てくるくらいだったし。


 まさに地獄。


 そう思った。


 思っていた。


 最初の一週間程度は。


 人間の適応力って凄いのな。


 この世界に召喚されて一ヶ月が過ぎた辺りから、怒られることが減った。


 余計なもんが削がれまくったせいか、褒められることが増えた。


 そうしてある程度、無駄な動きや思考を矯正されまくったら今度は攻撃を躱す訓練。


 所謂、スタミナ増強や動体視力、勘を育てることを目的とした修行だな。

 

 昼まで走りながら実戦をしたり、夕方までジル様の剣や尻尾を避けきれなくなるまで躱し、昼飯を食ってる時は戦闘についての講義。


 因みに、打ち身打撲裂傷骨折くらいなら回復魔法を掛けてもらえもしない。剣を振りまくったお陰で出来たマメが潰れて流血しても同様。


 痛みに耐えながら戦うことがないとでも? との理論で続行だ。


 曰く。


「ステータスのHP項目減ってるか? あ? 一減ってる? だから? お前、半分死んだからって黙って首出すのか?」


 ということらしい。


 一々正論で何か言い返す気力すら削がれた。


 他にも、大剣、短剣、槍に斧、果ては弓といった色々な武器の鍛練もさせられた。


「訓練してるからって常に長剣が腰にあると思うな。弾き落とされたらどうする、奪われたらどうする、刃こぼれしたらどうする、折れたらどうする。戦場にあるもんなら何でも使え。その辺の死体から奪い取ってでも戦え。落ちてた棒きれだろうが使え。何なら死体から抜き取った骨でも良い」


 もうめちゃくちゃだった。


 自分に合った武器を探せ、いつ何時でも戦える心構えをしておけ。


 多分だけど、そんな感じの修行。


 え? 長々とぐだぐだぐだぐだ煩いって?


 そりゃお前……現実逃避だ、言わせんな恥ずかしい。


「今日から約一か月。近くの森でレベリングすることになったから準備しとけ。……あん? 何の? 知るか。テメェで調べてテメェで何とかしろ。困んのはテメェだクソガキ」


 ってことで奔走した。


 言ってしまえば一か月のキャンプ生活。


 悪く言えばサバイバル生活。


 もっと悪く言えば大量殺戮生活。


 その始まりを告げられたわけだからな。


「あ? 馬車? 何でテメェらノロマに合わせなきゃなんねぇんだ? 勇者も一緒に鍛えろだぁ? 条件飲んだろ、気に入った奴一人だけってよぉ」


 そんな感じで王族やらグレンさん達講師に凄んだようで、俺とジル様だけは先行。他の召喚者もサラリーマン以外は行く共通行事らしい。


 何か……行きも帰りも飛んでくからってジル様が言ってた。


 俺はエナさんやライ達に抱き付き、涙ながらに嫌がった。


 普通にボコボコにされた。


「い、いやああぁぁぁーーーっ!?」

「うるせぇなぁ」

「あぁぁいぃるびぃぃばぁぁーっく!」

「だからうるせぇよ」

「ぴぎゃっ!?」

「……この状態でデコピン出来んのな、初めて知ったわ」


 訓練場にそんな会話が届いていたと後にライ達は語る。


 それと、鋭利な爪の生えた竜の指にがっしり握られ、返事のないただの屍のように力無くぶらんぶらんしながら飛んでいってたとエナさんは言ってた。


 








「まあ、ここら辺で良いか……?」


 少しずつ降りているような感覚、バサァッ……バサァッ……とジル様が羽ばたく音で目が覚めた。


 上空数百メートルは固い高さ。近くにはデカい禿げ山があり、場所は山頂近く。下を見下ろし、「はて……?」と辺りを見渡せばそれはもう広大な森、森、森。


 ははっ、地平線まで続いてらぁ……(遠い目)


 後、何か少し離れたところでバカデカいトンボが飛んでるのが見えた。


 片方の羽だけで一メートルちょっとありそうな大きさだ。


 ……魔物デカ過ぎじゃね。あんなん倒すの? マジで?


 高さやら広過ぎる森やら何やらを一瞬忘れて戦慄していると、ジル様から声が掛かる。


「ユウ、この山からイクシア方面に向かって歩いていく形で始める。良いな?」


 言ってる意味がわからず、思わず首を傾けた次の瞬間、俺を掴んでいた力強い指が消えた。


 ほんの数瞬だけの空中飛行。


 遅れてゆっくりと、確実に落ち始める。


 まさかの命綱無しバンジージャンプ。


 心の準備が出来てないどころか、「良いな?」とか訊いておいて返事すら聞かずに落としやがった。


「ぎぃやあああああああぁぁぁっ!?!!?」


 人生最大の絶叫だった。


 死への恐怖、顔や身体に吹き付ける大気の感触、全身に広がる変な汗、そして全身に入る変な力。


 涙は勝手に溢れ、鳥肌も汗も悪寒も何もかもが止まらない。


 《竜化》スキルを解いたらしい。


 視界の端でピカッと光ったのが見えた。

 

 しかし、みるみるうちに森の木々が迫ってくる。


 何が起きているのか、まともに理解する間もなく死が近付いてくる。


 普通さ、師匠ってもうちょい弟子への愛とかあるんとちゃうん?


 そこに愛はあるんか?


 頭の中の冷静な部分が静かにそうツッコんだ気がした。


 直後。


 ダンッ! ダンッ! と何かと何かがぶつかるような音が二度響き、最後にもう一発。似たような衝撃音と同時に付近の木々がぶわっと斜めになって俺達の落下軌道から枝や葉といったクッションが消える。


 続けて迫ってくる地面にあわや激突する。


 そう思って目を瞑り……


 ふわりと身体を持ち上げられた感覚があった。


 特に衝撃という衝撃はなく、痛みもない。


 恐る恐る目を開けると、目の前にはジル様の鬼畜面……じゃない、いつ見ても美で少で女の象徴らしい人形のような小顔があった。


 お姫様抱っこ再び。


 人生で二回目の体験だった。


「どんなに言い繕っても()()()()わ。死にてぇのかテメェ」


 しゅごい目と顔で凄まれた。


 バンジージャンプの影響もあってチビりそうだった。


「チッ……」

「ぐへぁっ!?」


 乱雑に投げ飛ばされ、地面に背中を強打して悶絶する。


 どうやら以前チラッと教えてもらった《空歩》スキルで落下の衝撃を殺したようだ。


 空中を地面のように踏めるスキル。レベルによって連続で使える回数が決まっていて、再度使う為には一呼吸ほどの間が必要なだけの便利能力。


 木々が俺達を避けたように動いたのは世界最強のステータスに物言わせてパンチか蹴りを地面に向けて放ったと見た。


 つまりは風圧。実際、それだけでイクシアの城の壁に何度かめり込まされた経験がある。


「先ずは……晩飯か」


 だからって……と、愕然としていた俺の耳に小さい呟きが届いた。


 どういうことかと辺りに視線を向ければ何とビックリ、大量の魔物さんがお出迎えしてくれてるではありませんか。


 全長四メートルくらいありそうな蟻や俺より大きく、その辺の剣より鋭利な鎌を持った蟷螂(かまきり)、巨大芋虫に巨大蝿等が俺達を囲んでいる。


 木の上には普通自動車よりも大きい蜘蛛や(さそり)なんかも居た。


 どの虫も信じられない大きさで、ギチギチと盛大に口(?)が動いてて凄まじく気持ち悪い。


 俺の装備は胸当てにガントレット、頑丈なだけが取り柄な銅の剣。後は中が異空間になっていて容量がしゅごいマジックバッグ。更に言えば、その中身はキャンプグッズ。まあ勝てる訳がない。


 どないせぇっちゅうねん。


 思わず固まっていると、勝負は一瞬で付いた。


 気付いた時には虫さん達が一斉に真っ二つになって体液を噴き出している。


「えっ? は……? えぇ……!?」


 腰の剣を抜いてる辺り、ジル様がやってくれたらしい、


 ホッと一息を吐こうとして疑問が浮かぶ。


 ん? 今、この人何て言った? 晩……飯? め……し……?


「おう、飯だ。マジックバッグに入れとけよ。素材も役に立つし」


 あっけらかんとした返答だった。


 俺は言葉を失った。


「あー……露骨にそう嫌がるな。これも修行だ」

「な、何の……です……?」


 辛うじて、そう返す。


「……虫も食えねぇで強くなれる訳ねぇだろ?」


 何故か疑問系になって戻ってきた。


 意味がわからぬ。


 虫を食うことと修行、強くなることに何の因果があるというのか。


 あまりの現実に言葉どころか、抵抗を忘れ、硬直すること数秒。


 生き残りが居たのか、ジル様が持っていた剣を振るった。


 何とその場で。何でも斬撃を飛ばせるらしい。


「は、へぇ……?」


 少々マヌケな声と共に、今度は何だと後ろを向く。

 

 そこには見事な見事な……王◯が居た。まんま◯蟲である。


 大きさは大型自動車ほど。


 本物よりは小さいが、ダンゴムシだ。


 正面から縦に真っ二つ。その断面から謎の青い液体を噴き出しているダンゴムシだ。


 見るも無惨な肉(?)塊と化しているのにも拘わらず、虫らしく触手みたいに大量に生えた足が非常に激しく動いている。


 もう一度言おう。


 死んでるのに足が! 何十本はありそうな量の足が動いてる! 死んでるのに! 気持ち悪い! これを食えとっ!?


 強く「これだけは絶対に嫌です」と念じながらジル様を見る。


「……食えよ?」


 ニコッといつも通り眩しい笑顔でそう言ってきた。


「………………は、ははっ……も、森へお帰り、ダンゴムシ君」

「もう死んでるだろどう見ても」

「森へ……お帰り?」

「いや、どう見ても死ん――」

「――森へお帰りっつってんだろうがこのクソ虫がぁッ!」


 俺の絶叫は森中に響き渡った。


「はー……おかわりたぁ恐れいった。こんなとこで叫んだら次から次へと襲ってくるぞ? 虫魔物なんて特に見境ねぇし」


 呆れたように頭をガシガシ掻かれ、ニヤニヤと意地の悪い笑みで言われた。


 この世界に来て何度目か、俺の中の時が止まった。


「泣いても食わせるし、吐いたらもっと食わせるからな?」


 口を開こうとしたところを、先回りして言われた。


「人間の死体食うよかマシだろ? この世界じゃ餓死なんて珍しくもないんだし」


 今度は清々しい笑顔だった。


「最初は生。次に生焼け、次に程々、その次に黒焦げ……そこまで食えたら味付けと好きな食い方を許す。まあ味付けっつっても塩しかないがな。……あ、殺した奴は全部一通り食えよ? 殺しといて食いもしねぇってのはほら、こいつらに悪いだろ?」


 この人は悪魔だ。白い悪魔だ。美少女の皮を被った正体不明の化け物だ。


 心底そう思った。


「カハッ……」


 受け入れ難い現実は俺に呼吸の仕方を忘れさせ、その場で卒倒させた。


「お? 何だ? 大丈夫か? そっか、腹減ったんだな? おら、食えっ」


 グチャアッ……と嫌な音が聞こえた後。


 問答無用で顔面に垂れてきた汁。


 無理やり口の中に突っ込まれた瞬間、一気に広がった何とも言えない味。


 色んなことが重なって戻しそうになる感覚。


 俺は一生忘れないと思う。


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