第131話 扉の先にあったもの
更新出来ないかもと告知したら仕事量が減って、何も伝えてない時に限って急に仕事が増える。これは嫌がらせですよね……まあ繁忙期の時期が安定しないのと上司の仕事の割り振りのせいなんですけど。
「お? やぁっと来たな! 冒険者をこんなでっけぇドアの前に待たせるなんて拷問だぜ!」
取っ手がなく、仰々しい装飾が施された巨大で黒い扉が重そうに閉ざされている。
その前にアリス達は居た。
「お姉ちゃん……何か遅くなかった?」
「そうかしらぁ? 気のせいよぉ」
「ムクロの奴、また寝てたのか……」
「私達が来た直後に寝ちゃいました。シキさんもですけど……隈が濃いですよ。普段寝てないんですか?」
「生憎、寝ても治らないものだ。俺も困ってる」
各々、話す一行だが無表情のシキと比べ、船長の顔は少し強張っているように見えた。
触れこそしない。
二人が何を話していたにしろ、妹として溺愛しているレナの質問をはぐらかしたのだ。態々つつくのも憚れる。
「んっく……ぷはっ……うっ、不味ぃ。……で? 船長、この扉はどうやって開けるんだ?」
フロンティアでしれっと購入していた魔力回復薬を一気飲みし、顔色を軽く変えたシキが問う。
相変わらず床、壁、天井は例の黒ブロックで構成されているのだが、それまでの全く代わり映えしない空間をいきなり区切るかのように扉が設置されている。
見るからに怪しく、簡単には開きそうにない印象を抱く巨大さだ。
「それが問題なのよねぇ。確か、坊やのお友達が《限界超越》を使って……他の皆と一緒に無理矢理開けたから……」
「残念ながらあのクソ勇者は居ないぞ。代わりは居るが」
船長の言葉に、アリスの方を見るシキ。
釣られて船長やレナ達もアリスに注目し、当の本人は「え゛っ」と変な声を上げた。
「……さっきのゴーレムが簡単に通れそうだよなこのデカさ」
「そうだな。何トン……いや、何十トンあることやら」
「……それを俺に開けろと?」
「他に誰が居るのかしらぁ?」
「?」
「振り向いたって誰も居ないわよ。さっさと開けなさい」
「……や、せめて手伝ってくれよ。さっきだってユウちゃんより活躍したんだぞ? 四体中、三体も倒したし」
「そうは言うがこの中で一番ステータスが高いのはお前だ。……そもそもあいつが開けたんなら簡単だろ」
青い顔をするアリスと話しつつ、シキは「あ、そう言えばムクロが居たな。あいつも化け物ステータスだから手伝わせれば楽かもしれん」と思い、ムクロを起こしに掛かった。
尚、後ろではいやいやと駄々を捏ねるアリスに説得が続けられている。
「ムクロ、ムクロ、起きろ。少しは働け」
「んっ……んぅ?」
意外にも地べたで寝転がっていたムクロは直ぐ起きた。
尤も、寝惚けているような顔ではあるが。
「着いてきたがったのはお前だろう。何でさっきから寝てばかりいるんだ?」
そう訊いた直後。
「あ、えへへっ、シキさんだぁ……ん~っ」
何を思ったのか、ムクロは目を瞑って唇を差し出してきた。
「え? ちょっ……ちょちょちょっ、ストップっ、ストップ! そ、そういうのはもう少し関係が深まってからっ……」
「あーっ! ユウちゃんがムクロちゃんとイチャイチャしてる! テメェっ、こんな時に何してやがる!」
「えっと……坊や?」
「誰にも見られない場所でしなさいよ……」
「引きます」
「あぁもうっ、どいつもこいつも煩ぇなぁっ」
慌てて制していると外野が騒ぎ出したので、思わず素の口調が出てしまう。
揃って呆れた顔と目だ。シキとしては不可抗力だと抗議する他ない。
「でも――」
「――良いから黙ってろこのバカっ」
「ひ、酷ぇ……」
ある意味理不尽に怒られたアリスが何かを言おうとするが、それすら聞きたくないと言わんばかりに首を振り、同時に、未だに顔を近付けて来るムクロの顔を両手で鷲掴みにした。
「むぎゅっ」
「ムクロさんや、お遊びはせめて部屋とかでしてくれないかっ? てか時と場所を考えろ?」
色々と経験がない為に少しだけ恥ずかしそうに、かつ早口で告げる。
「んーっ……」
しかし、それでも変わらず。
(ダメか……ったく、何でこんな時に性格が変わるんだよ……しかも最近多めの甘えん坊ちゃんが……)
等と思いつつ、溜め息を一つ。
続けて両手を離すと強めの猫騙しを試みた。
「ほらっ、シャキッとするっ」
「わっ!?」
目の前でパァンと小気味の良い音を立てられたムクロは驚いて顔を反らし、「? あれ? え?」と首を傾げている。
「正気に戻ったか?」
「ん~? ……ねーシキさん、この人達、だぁれ?」
「「「「嘘でしょっ!?」」」」
開口一番に出てきた言葉にシキ以外の四人はすかさずツッコんだ。
「ダメだ……寧ろ悪化してやがる……」
動じてないのは慣れているシキのみであり、それはそれで驚く一同。
「ち、ちょっとこの人大丈夫なの?」
「大丈夫だ、問題ない」
「振りにしか聞こえねぇぞ」
「無問題ね」
「何故に中国語っ、しかも結構流暢っ」
「……チッ、良いから黙ってろっつってんだろクソが」
「「こっわ」」
「あうあうあう~」と力の抜けた悲鳴のような声を出すムクロとそれを揺らして「おーい、戻ってこーい」と声を掛けるシキに引き気味のレナとアリスが訊いたところ、中々辛辣な反応が返ってきたので揃って目を合わせる。
シキの様子は完全に素だ。普段見せない一面ということもあり、怒りよりも感心に近い感情が沸いてくるらしく、二人は怒ったりせず、それだけに留まった。
「あはははっ、ぐわんぐわんするぅっ」
「あーあ……ダメだなこりゃあ……………………ま、良いか」
「「「「良い(の)(んですか)っ!?」」」」
「良いんだよ、そのうち戻るから」
「「「「えぇ……」」」」
遠い目のシキに、相変わらずのムクロ。
常識外の立場やら野望やらはあるものの、一応は常識人の四人もドン引きである。
「それより……ムクロ、この扉を開けたいんだ。手伝ってくれるか?」
「んぅ? 良いよ!」
「な?」
「「「「いや、な? って言われても……」」」」
全員で顔を見合わせて肩を竦める。
が、やがて仕方ないとばかりに扉に手を掛け始めた。当然、その中にはシキも居る。
しかし。
肝心のムクロは「よいしょっ」と言いながら立ち上がり、とことこ歩き出すと何故か扉の近くにある壁に手を置いた。
そして、扉の前に居るシキ達の姿に小首を傾げる。
「? 何してるの?」
「……それはこっちの台詞だが?」
思わず聞き返すシキ。
よく見ればムクロが手を置いている壁は微妙に凹んでいた。
黒いせいで分かり辛いが真四角……丁度人の手が嵌まりそうな窪みだ。
「ん!」
掛け声なのか、何なのか。
兎に角、ムクロがそう言った瞬間、彼女が置いている手から凄まじい量の〝濃い〟魔力が溢れた。
殺気やプレッシャーとも違う力の『圧』に驚くのはやはりシキ以外の四人。
一様にびくぅっと肩を震わせ、アリスに至っては髪や尻尾が逆立ったように跳ね、瞳孔が開いている。
「ユウちゃん。な、何だよこの女……化け物じゃねぇか」
シキがムクロを魔法使いバージョンのジルと称したように、濃厚な力の『圧』を当てられれば幾ら魔力のないアリスでもムクロという存在がどれほど異質で狂っているのかくらいわかる。
「ひ……あっ……ぅ」
「うぅっ……」
「っ、こ、ここまでっ……」
レナ達はより顕著だった。
船長を含めた三人はへなへなと座り込んで震え、恐怖に怯えた目をムクロに向けている。
その中で唯一、無反応だったシキが「ムクロ? 何してんだ?」と声を掛けるものの、反応はない。
「止めろムクロ、皆怖がってる。一体何を………………アリス、何してる。剣を納めろ、あいつに何かしやがったらお前でも殺すぞ。……俺にそんなことさせるな」
「っ、ユウ、ちゃん……」
レナ達の様子を見て止めようと歩き出した瞬間、視界の端に抜刀しているアリスに気付き、一瞬だけ本気の殺気で牽制した。
ムクロやジルほどではないにしろ、シキからも『圧』を受けたアリスは渋々短剣を鞘に戻す。
そのやり取りがわかっていたのか、ムクロはチラリとシキの方を振り返った。
「後少しだから待ってて!」
そう言われてしまえばどうしようもない。
圧倒的な力が感じられるだけで敵意はないのだ。レナ達も次元の違う強大な力に当てられて怯えているだけ。
シキはアリスの方を注視しながら待った。
そして、数秒後。
ガコンッ……!
扉の奥、あるいは隣接する壁からそんな音が聞こえた。
遅れて扉が開き始め、やがて完全に開放される。
扉の先には今までのような黒ブロックではなく、灰色のブロックで出来た光景が広がっていた。
「ふーっ……開いたよー!」
扉が開き切った途端、ムクロは魔力を霧散させ、やりきったような笑顔でシキの元へ駆け寄り、飛び付いた。
「あ、開いた……マジか……お前、何でっ……いや、どう、やって……」
「えへへっ、褒めて褒めてーっ」
無邪気に笑い、撫でろと頭を差し出してくるムクロに開いた口が塞がらないシキ。
それはレナ達も同様だった。未来を予知出来る船長ですら驚いており、どういうことだと船長の方を見たシキはその反応に重ねて驚いた。
「……色々言いたいことはあるが、これだけは言わせてくれ」
正攻法にしか見えない開け方にアリスが言った。
「何だこの女っ、そして引き戸かよ!」
扉は引き戸だった。
押そうとしていた為、思わず出てしまった心の叫びである。
「……船長?」
「……セシリア?」
ムクロの行動なら読めないかもしれないが、扉の開き方は聞いてないぞと。というか船長も押そうとしてたじゃんと。
シキとアリスの二人からジト目が送られ、はっとした船長は気まずげに、恥ずかしそうに告げた。
「…………えっと……ごめんなさい、忘れてたわぁ」
未来予知能力は完全無欠という訳ではないらしい。
少なくともその場で直ぐ使えるような力ではないのは確かだ。でなければ忘れるということはない。
「いやはや……恥ずかしいわねぇ……」
顔を赤らめ、笑って誤魔化そうとしている船長を見る限り、彼女が抜けているだけ、という線も否めないのはその場に居る全員が感じていたが。
◇ ◇ ◇
トラップの有無や場所だけは間違いなく記憶しているから、と弁明した船長の言葉を信じて扉の奥に進み、十字路にぶつかった俺達は左右に分かれ、船長達は安全なエリアへ、俺とアリス、ムクロは危険な可能性があるエリアへと来ていた。
可能性等と曖昧なのは未来予知能力で見た未来だと、この遺跡に来る時期によってトラップが作動したりしなかったりしたから、らしい。船長曰く、本来の未来であれば数ヶ月以上前にここを踏破しているだが、何かの手違いでそれが変わってしまったので、何が起こるかわからないとのこと。
とはいえ……
「こいつぁ、ちょいと怖ぇな」
「……同感だ」
「おぉ……ごぉれむ、いっぱぁい……」
俺達の目の前には先程遭遇した茶色いアンダーゴーレムが二十機近く整列している。
大半は腕や脚が破損しており、中には頭部がないものや胸部装甲のど真ん中にどデカい凹みがあるものもある。
しかし、稀に無傷かつ武装済みで今にも動き出しそうなゴーレムもあり、その脅威を身を以て知っている俺とアリスからすればおちおち驚いてもいられない。
――遺跡というより、核シェルターのようだとは思っていたが……これじゃまるで……格納庫、だよな……?
ゴーレムが並んでいるこの空間はSFフィクションで見るような格納庫と相違ない。
修理や補給をしていたのか、脚が無事なゴーレムは膝を付いて停止しているし、破損箇所の周囲には何かの部品が散乱している。
極め付きはゴーレム達の周囲。
小さい戦車に腕を付けたような一人乗りっぽい乗り物が所々止まっており、腕の先は尖っているものや指が付いている。専門の道具なんて見たことないからわからないが、尖っているのは溶接機じゃないだろうか。
多分、修理用のロボットみたいな役割……指で抑えたり、何かを掴んで持ったりして溶接機で……って言ってもあれか。溶接だと修理っていうよりは補修になりそうなイメージあるな。どうなんだろう?
「…………」
見渡す限り、修理用のゴーレムはアンダーゴーレムの倍以上ある。
この様子だと車みたいな運搬用の機械とかも出てきそうだ。
「すげぇなぁ……ガン○ム置いてそう」
「ロボット=でそれを出すのは止めろ。確かにそれっぽい場所ではあるけども」
前世では戦闘アニメばかり見ていて、ロボット系は一切見てなかったらしいアリスは言ってしまえばオタクじゃない普通の人と同じ。
ロボットと言ったら某親父に殴られたこともない少年や逃げちゃダメだの少年が乗るやつくらいしか出てこないんだろう。
「……リュウちゃん連れてくりゃ良かったな。あいつこういうの好きだし、あそこの綺麗なゴーレムなんて動かせそうだよな」
「いや……う~ん……どう、だ? 微妙だぞ、色々」
実際、動いたゴーレムに襲われたばかりではある。
だとしても昔はロボットみたいなゴーレムで戦争してました、なんて歴史は聞いたことがない。イクシアで勉強した時だって、現存している数百年間の歴史にはなかった。少なくともこの格納庫やゴーレムが造られた時代は千年以上前のものだ。システムが千年以上も生きてて、素人が動かせるなんてことはあり得ないように思える。
「ムクロ、さっきも扉を開けたし、何か知ってるんじゃないのか?」
「ん~? あっ、あれはね、城にもあるんだよ! えっとね、魔力の認証? で、どうたらって誰かが言ってた!」
キョロキョロと辺りを不思議そうに見渡していたムクロに訊くと、今度は知っていたらしく、いつもの「わかんない」や「知らない!」は返ってこなかった。
城……ということは恐らく魔国に似たようなものがあるんだろう。
「認証って……さっき開けた、よな?」
「むぅ……」
おかしくなってもアリスのことは苦手なのか、俺の背中に隠れてしまったので代わりに訊く。
「どうなんだ?」
「んっ……えっと、えっとね? 私がやると魔力が多すぎて……何だっけ? 何か凄い……あれ? えっとー……んとね~……あ、わかんないや」
「本当に大丈夫なのかこいつ……」
「あー……多分?」
俺に言われても、と声を大にして言いたい。
つっても、こいつはこれでしっかりしてるところ……時? はしっかりしてるからな。
「魔力が多いから、か……送られる魔力量が膨大過ぎてその魔力認証を壊してしまうとか?」
「んー……それでロックが開くってのも中々どうかと思うけど……」
「知るかよ。状況的にはそれが最もらしい仮説だろうが」
胡散臭げにこっちを見てくるアリスにはそう返したものの、まあ確かに……と思わないこともない。
言い換えればカギがなきゃ開かないドアを無理矢理こじ開けたようなもんだし。さっきも正攻法に見えて全く逆の方法で入ってきていたのかもしれないな。
……あれ? 今、はぐらかされた? 甘えん坊状態のムクロに?
「……まあ良いか。ここまで来ても反応やトラップはなかった。行き止まりだし、船長達と合流しよう」
話している間に格納庫エリアの端まで来てしまったので、来た道を戻る。
二手に分かれる際、ここまで来れば床トラップはない筈と言われ、内心ビクビクしていたんだが、何事もなく終えられて正直、ほっとした。
地雷とかあったら死ぬにしろ、生き残るにしろ悲惨だからな……。
「? ……ユウちゃん、あれ何だ?」
「ん?」
やはりどうしても気になるらしく、ゴーレムの方を見ていたアリスがゴーレム達の間に隠れた通路を発見した。
意図的に隠された通路という訳ではなく、単純にゴーレムが多すぎて自然と隠れたように見えるだけの普通の道だ。ゴーレムも通れない人間用のもの。
「……何かあっても困る。後で船長に訊こう」
「めっちゃ気になるんだけど」
「何事も準備からと冒険者の先輩達に聞いたぞ」
「へー、優秀じゃんそいつら。ベテランでも好奇心に負ける時あるのにさ」
――全員死んだけどな、俺のせいで……
一瞬だけリーフ達のことを思い出したものの、後ろでゴーレムに触れようと手を伸ばしていたムクロを捕まえてさっさと戻っていく。
しかし、簡単な調査が終わり次第、集合と決めていた十字路に付いても船長達は戻ってこなかった。
「悲鳴や銃撃音は聞こえなかったよな?」
「全く」
「……まあ良いか。取り敢えず合流しよう」
「そうだな」
「おーっ………………ポチっt――」
「――うぉっと危ねぇっ! ったく、油断も隙もあったもんじゃないっ……。ほら行くぞムクロ。だぁっもうっ、変なものに触ろうとするなっ」
ここで待っていても仕方がないと歩き始めた直後、ムクロがまた近くにあったゴーレムやこれ見よがしに壁にあったボタンの羅列に触れようとしていたので急いで止める。
「……子供が居たらこんな感じなのかな」
「見てないで助けろっ! 何かあったらどうすんだっ」
俺とムクロの姿に何を思ったんだこいつ。
そんなこんなで船長達の後を追っている道中。
「さっきは悪かった」
俺は徐に謝った。
「あん? 何の話だ?」
「その……殺気をぶつけちまった」
「あぁ、ムクロちゃんのことか。良いよ別に。どんな関係か知らねぇけど、大事な人なんだろ? 逆の立場だったら俺でも同じことをしてたと思うぜ」
「……悪いな」
「良いって」
ジル様の時もムクロの時も、何かあると直ぐカッとなって冷静でいられなくなる。
怒るにしたってもう少し抑えたいな。
等と思っていると。
「……皆の気配がする。こっちだな」
アリスがそう言いながら先に進み、通路の途中にあったドアを開けた。
格納庫エリアや道中の道は五メートル前後くらいのゴーレムが余裕で通れるほど広い通路であり、例の扉以前の通路同様明るかったが、ドアの先は薄暗く、狭い。
さっき見つけた通路と同じで人間用の通路なのだろう。
気配がするならトラップはない筈だとずんずん進むアリスの後ろを、相変わらず何かに触ろうとするムクロの手を掴みながら付いていく。
「「…………」」
「んふっ、シキさんの手、あったかぁい!」
笑っているのはムクロだけ。
俺とアリスは無言だ。
俺達を呼ばなかったってことは問題という問題はなかったということ。
だが、戻ってこないとなれば問題に近しい何かがあったということでもある。
今思えば船長は分かれた際、迷いなく歩いていった。
あの様子……何か目的のものがあったのだろうか?
通路のドアを通って数分が経った。
ずっと思っていたことだが、意外に広い。
さっきの格納庫も見つけた通路以外にも道はありそうだったし……いや、この遺跡が本当に格納庫なら納得の広さと言えるか。
何せアンダーゴーレムの格納庫があったくらいだ。それを整備、補給するとなれば必要となる人間の手は多くなるだろうし、居住エリアのようなものがあってもおかしくはない。
そもそも格納庫はさっきのだけじゃなく、他にも幾つかある可能性がある。そうなれば本格的な調査は一日じゃ済まないだろう。
「ん、このドアの先だな」
この通路の出口を見つけたらしい。
アリスが軽く小走りに先に行き、ドアノブに触れた。
「開けるぜ……っとぉ………………ま、マジか……」
「っ……」
そうしてドアの先に進んだアリスが目の前に広がった光景に絶句して硬直し、後ろに続いていた俺も言葉を失った。
端的に言えば……また格納庫だ。しかし、今度のはかなり巨大で、学校の校庭二つ分くらいある。
そして、扱っているのもアンダーゴーレムじゃない。
「うわああぁっ……凄いねぇっ、おっきぃねぇ……!」
俺達が出てきた通路は金属板と簡易的な骨組みだけで構成された上階の吹き抜けに繋がっており、近くにあった手すりに掴まって身を乗り出したムクロが感動の声を上げた。
――これを見てはしゃげるのは子供とムクロくらいなもんだろうな……
頭の片隅でそんな感想が過る。
「アリス」
「な、何だよ……」
「遺跡ってのは……ここだけじゃないんだよな?」
「……見つかってるだけでも他に数ヶ所ある。セシリアが見つけたのも入れれば……数十ヶ所はある……筈」
「本格的に不味いな。他の遺跡にもこんなものがあれば……いや、こいつの情報が漏れただけでも戦争になるぞ。それに、もし……万が一、億が一、量産なんてされたら……」
世界は滅ぶんじゃないか。
大袈裟なようだが、俺はそう思った。
何故なら、この超巨大格納庫にあったのは魔導戦艦だったから。
それも船長が持っているもののような、一般的に船と聞いて思い浮かべるような形状でもない。完全な戦艦だ。フィクションに限らず、学校の教科書とかでも見かけた本物の戦艦。
主砲や副砲、その他着地用の……フライトデッキ? まである。
色は黒く、船体の素材は同じものか、この遺跡化したシェルターの壁と同じもの。
ゴーレムの銃弾を弾いていたことからかなりの硬さが想像出来る。
そして、何よりも大きさが違う。
日本に居た頃、たまに飛んでいて、最近めっきり見掛けなくなった飛行船と同程度だろうか。
間近で見たことはないけど、多分、同じくらいの大きさだと思う。
圧倒的大きさと強力な装甲……そんな船に搭載された武装が見かけ倒しである筈がない。
「こんなものが出てくるなんて……船長が急ぐのも、わかる気がする。レナが恐れていたことがもう起き始めてるのか……」
どんな時代にもその時代にあった文明技術がある。
時折それを越えるものが作られようと、通常はゆっくりだ。少しずつ進歩して生み出される。
しかし、こんなオーバーテクノロジーが聖軍やパヴォール帝国、イクシアに渡ったら……
結果はどうあれ、何が起こるのか、想像に難くない。




