第130話 撃破
誤射防止機能を利用し、支援型一機を見事撃破したアリスは瞬く間にもう一機のアンダーゴーレムの頭部を破壊することに成功した。
近接型とは違い、互いに向けて引き金を引けないように設定されているらしい支援型だが、シキが戦っていた近接型の反応を見る限り、アンダーゴーレムは何かの手違いで自傷行為に走らないようにもなっている。
シキが念には念を入れろと言うので渋々確認したところ、やはり装甲の上に引っ付いていれば何もしてこないことがわかった。恐らく、己に向けて手を伸ばすこと自体が攻撃と見なされるのだろう。
巨体による膂力、アリスやシキの攻撃すら弾く装甲の硬度が仇となり、動くに動けない様子のアンダーゴーレムはその間、完全に無防備になる。
そこまで来れば先程同様、獣人特有の力、〝気〟を応用した技を連打するだけだ。
「っ、っ……! ふっ!」
一方、先程アリスに助けを求めていたシキは意外にも息一つ切らさず耐えていた。
今のところ、被弾も無ければ危ない一面すらない。
上から迫る巨大な剣を潜るようにして避け、近接型の眼前まで飛んで黒斧を振り下ろす。
ここまで接近していればもう一機は動けないので、背中や脚から魔粒子を噴き出して機体の周囲から離れず、隙が出来れば再びモノアイに攻撃、疲れてくれば二機との距離をキープしながら攻撃を止めて逃げ回る。
近接型が繰り出すのは聖軍やジンメン等の『群』を相手にしていた時と違い、当たれば即死するだけの単体攻撃だ。
少しでも気を抜けば大怪我、あるいは即死という状況であることには変わりはないが、囲まれて大量の魔法や即死胞子で殺されかけるのとは訳が違う。
単なる物量の差と言えばそれまでかもしれない。
しかし、距離さえ意識していれば一対一の状況に持ち込める。その上、近接型は図体が少し大きいだけで、ジルやアリスから教わった対人戦闘に沿った行動しかしない。
そんな近接型アンダーゴーレムとの戦いはジルが認めていたシキの集中力と冷静さ、〝勘〟とも言うべき感覚を引き出し、思い出させていた。
故に、アリスの方を見ることもない。
ただひたすら目の前の近接型二機との戦闘に没頭する。が、支援型が放った銃弾にもしっかりと反応しており、時折飛んでくる流れ弾を難なく躱している。
跳弾による流れ弾に至っては予め支援型の動きを見ていなければ全く読めない角度とタイミングで飛んでくるのにも関わらず、首を傾け、足先を上げ、横っ飛びして回避。
シキに『付き人』やジルに次ぐ実力者と認識されているアリスをして二度見するほど洗練された動き。
それを片目で行っているのだから誰が見ても目を剥くというもの。
加えて、唯一の不安定要素足りうる支援型二機も今は停止している。
「おいおい……俺、要るのか……? ユウちゃん一人で何とかなるんじゃ……」
アリスの口から思わず引いたような声が漏れ、それを拾ったシキが反応した。
「要るっ、何とかなるにしても、こいつだけっ、だ!」
胸から瞬間的に出した二つの魔粒子ジェットで上体を反らしつつ後ろに退がることで横薙ぎを避け、近接型が剣を戻す前に背中の魔粒子装備を使って再接近。
黒斧を振るいながらもスラスターの魔粒子を継続して出し続け、弾かれても離れず、寧ろ背中を押されて強制的に身体を前進させ、再び振り下ろす。そして、弾かれ、振るい、弾かれ、振るい……と、延々続くラッシュを決めている最中の言葉である。
「き、聞こえてた?」
「さっさとっ、しろっ!」
「……へいへい」
抵抗する間を与えない速度で近接型のモノアイをガンガン切りつけ……否、殴り付けているシキは力の入れ具合や弾かれた際の反発力の向き、その他諸々の理由で殴る度に様々な角度に吹き飛ばされているのだが、その都度魔粒子を出す部位と量、形状、威力を変えて対応している。
判断力、反応速度共にかなりの精度を求められる超高等技術だ。アリスも魔力を持ってないながらに圧倒されたらしく、仕方なさげに肩をすくめると手を出せずに固まっていたもう一機の近接型に飛び掛かった。
「うおっ、結構早いな!」
近接型の魔粒子スラスターは支援型のものよりも強力なのか、アリスが相手をしていた支援型を越える速度を引き出す。
シキと同じように脚や太股、背中、胸から魔粒子を出して後退や前進、攻撃に使用している為、常に急加速、急停止を繰り返して動いているような状態だ。
その動きに慣れ、見様見真似で自らの戦闘スタイルに組み込んで神経と共に研ぎ澄ましていったシキならいざ知らず、魔力がないアリスはスキルで対応するしかない。
「だったらっ……!」
支援型同様、装甲にくっ付いてしまえば攻撃されない筈。
そう考え、剣を振り回す近接型の肩部装甲に乗ったアリスの思惑はいとも簡単に外れた。
「はっ、これで……うわぁっ!?」
腰を落とし、例の〝気〟を使った技を食らわせようとした直後、近接型は背面部の魔粒子スラスターを全開にし、壁に体当たりをしたのだ。
自傷行為が出来ないなりに考えたのか、それとも近接型のみに設定されたものなのか……
どちらにしろ、アンダーゴーレムがダメージ覚悟の攻撃をしてくるという発想自体、アリスにはなかった。
突然のことだったこともあって反応が遅れ、身体が浮く。
吹き飛ばされないよう、思わず肩部装甲に引っ付いてしまい、アリスの身体はそのまま壁と装甲の間に挟まれた。
体当たりによって起きた振動で地面が揺れ、埃や土煙が舞う中、近接型はアリスの死体を確認すべく、壁からヒビの入った肩部装甲を離す。
しかし、あまりの衝撃に凹んだ壁が姿を現したものの、そこにアリスらしき肉塊はない。血の跡や服の残骸すらもだ。
そのことが理解出来たらしい近接型は混乱したようにモノアイを点滅させ、頭部がくるくると回転させる。
「うへぇ、ビックリしたぜー」
間延びした余裕のある声。
アリスはいつの間にか遺跡の天井に引っ付いていた。
右腕がまるまる天井に突き刺さっており、落ちてくる様子はない。
「ちょっちマジになっちまった。あっちは〝気〟も無しに頑張ってるってのに……」
見れば先程まで乗っかっていた近接型の肩と壁にアリスの足跡が残っている。汚れではなく、跡だ。足跡の形に凹んでいる。普通の《縮地》ではこうはならない。
〝気〟を纏った脚で《縮地》を使い、逃れたのだろう。
「ふぬぬぬっ! ……だぁっ、抜けねぇし!」
腕を抜こうと両足を天井に付けて踏ん張るアリス。
言葉通り、焦っていたのは事実のようで、瞬間移動染みた超高速移動の後、右腕に〝気〟を集中。それを天井に突き刺したらしい。
無事だった代わりに腕が抜けなくなったのはご愛嬌といったところか。尚、レナ含めた現地人が傷を付けるのも難しい硬度である黒ブロックを素手で貫いている時点で可愛げのかの字もないのだが。
「ま、届いてないから良いか」
アリスの姿を捉えた近接型は先程から剣を振っていた。
が、悲しいかな、全く届いていない。
ブォンブォンと凄まじい風圧を発生させながら一心不乱に振る様は気圧されるものがあるものの、一目で届かないとわかる天井に向けられていると逆にシュールだ。
それが自分目掛けて振られているとなれば尚更。
「っ! よぉしっ、抜けた!」
そうこうしている内にアリスは再び〝気〟を纏わせ、ズボッと右腕を抜いた。
直ぐ様、重力に引かれて落ちそうになるアリスだが、天井を蹴って近接型の目の前に着地する。
正に、目にも止まらぬ速さ。
近接型は数秒遅れで眼前で立っているアリスに気付き、剣を振り上げた。
「便利だなっ、その力!」
攻撃を受ける度に赤い光を明滅させていたモノアイの表面が漸く割れ、魔粒子で逃げ回りながら一息付いていたシキが口を開く。
「そうか? 汎用性なら魔力の方が良いと思うけ……どッ!」
アリスは言葉を返しつつ、姿を消した。
時折、ダァンッ、ダァンッと何かを蹴るような音が響く。どうやらダンジョンでシキと初めて対面した時、得意気に行っていた、壁や天井、空中を蹴っての超高速移動を繰り返しているらしい。
ただでさえスキルや〝気〟を使われると反応も出来ないアンダーゴーレムは所々現れるアリスの残像を追っては停止し、何もない空間を探すように頭部を回転させている。
その後も互いを見ることなく会話する二人は船長やレナ、ナタリアの認識を置いていく速度をキープしていた。
スキルで、あるいは魔粒子で、スキルは言わずもがな、当然のように。魔粒子はやはり体格の差が出ているのか、近接型の二倍近い速度だ。
寧ろスキルよりも自由の利く動き方が出来ることもあり、シキは近接型の攻撃を危なげなく躱し続けている。
そして、そこに余裕が出来れば反撃まで行う始末。
自分達とはレベルの違う世界を見せるシキ達に、船長達は開いた口が塞がらない様子だった。
やがて。
数分もしない内にアリスが担当していた近接型が倒れ、その十数分後にはシキも初撃破を成し遂げた。
「ふーっ……骨が折れた」
「嘘付け、どこが折れたんだよ」
「……そうじゃない」
「はぁ? 俺がアホだからって勘違いすんなよ。〝気〟も無しに余裕で倒しといてどこがキツかったんだって訊いてんだ。そもそもお前、攻撃力が高過ぎの紙装甲ステータスだったよな? あんだけ暴れて大丈夫なのか? …………って誰がアホだ!」
「煩い上に面倒臭い奴……はぁ、この斧に反動ダメージ半減効果があってな。俺にピッタリだろう?」
船長達は恐る恐るシキ達に近付き、改めてアンダーゴーレムの状態を認識する。
アリスが倒した三機は全て頭部が粉砕されており、力無く膝を付いているか、倒れている。もしくはキャタピラで倒れることが出来ず、項垂れている。
シキが倒した一機は粉々とまではいかなくとも黒斧によって何度も殴打され、少しずつ削られていった頭部を痛々しげに残して停止していた。
「す、凄いわね貴方達……」
「……冒険者アリスの武勇は聞いていましたがこれほどとは思いませんでした。シキさんまで……何者なんです?」
レナは純粋に見惚れ、憧れるような、ナタリアは畏怖が込められた視線を送ってくる。
その後ろでは船長が難しい顔をしながら「アリスちゃんは兎も角、坊やはこんなに強かったかしら……」と呟いていた。
「お? へへっ、そうだろそうだろー! もっと褒めてくれても良いんだぜ?」
「なあ船長。今みたいなゴーレムがこの先も出てくるってのはないのか?」
「…………」
「船長?」
「あ、ごめんなさいっ。ちょっと考え事してたわぁ……」
「……けっ、また無視かよ。俺、結構活躍したのにさー。皆、扱い雑じゃねぇ? もっと褒め称えろよ、ついでに惚れろよ」
シキはレナ達の視線や何やら落ち込んでいるアリスを無視し、疑問を投げ掛ける。
あくまで体感に過ぎないのでアリスには言わないが、先程の戦いは相手が四体だから何とかなった節があったと感じていたのだ。
(幾らこいつでも四体以上出てきたり、武装の種類が増える、支援型だけで遠距離から狙ってくるとかの戦法を使われたら手を出せない筈……俺に至っては手で払われるだけでも当たれば大怪我だしな)
「えっと……確か謎の爆発くらいじゃなかったかしら。後は扉が開くかどうか……」
顎に手をやり、まるで思い出すようにして話す船長。
(この反応、船長は好きな時に〝見〟れる訳じゃないのか。時間差……無防備になる……脳ではなく、目に未来の光景が映る……理由は幾らでも思い付く。それに、俺達の強さを知らない……いや、知っているものよりも強大で驚いているような感じもした。未来を予知出来るのは強味だが、最強ではないな)
時間が経つにつれてどんどん冷静になっていった脳内とは裏腹に火照っていた身体を静めながら船長のことを冷たく見据え、分析する。
「因みにその爆発は地面からか?」
「そうよぉ。歩いてたら突然、どかぁん。酷い話じゃなぁい?」
「地雷ってのはこっちじゃ酷いだろうが俺達の世界なら割りと普通だ」
「あらぁ……随分殺伐としてるのねぇ」
「……いや、普通は違うな。あー……そういう知識があるのが普通ってか常識……か? まあその話は良い。少し休憩したら行こう。その爆発地点が見えたら教えてくれ」
「わかったわぁ」
まるでリーダーのように振る舞うシキに、アリス以外誰も文句は言えなかった。
レナと船長はシキの正体を知っているものの、ここまでの強さであることを知らなかったし、〝見〟ていないが為。
ナタリアは純粋にシキとアリスの化け物っぷりに恐怖を覚えているが故に。
「……やけに静かだと思ってたらお前寝てたのかっ? おいっ、起きろムクロ!」
「んー……むにゃ……もう食べられないよぉ……うへへ……」
「何幸せそうに食ってんだこらっ、ええいっ、人が命懸けで戦ってたってのにっ」
「銃撃とかめっちゃ煩かったのに凄いなこの姉ちゃん……」
近くで寝転がっていた彼女に気が付き、驚くシキと引いていたアリスは十分程度休憩すると、再び歩を進め始めた。
「お姉ちゃんはクーデターなんて考えないだろうから『砂漠の海賊団』は良いとして」
「……いえ、彼等は彼等で問題なので良くもないんですけどね」
前を歩く二人を見ながら小声で囁くように話すレナとナタリア。
先程の濃い戦闘といい、回復速度といい、船長は「頼もしいわねぇ」とニコニコしているが、レナやナタリアからすれば堪ったものではない。
理由はどうあれ、そんな化け物が『砂漠の海賊団』に所属、ないし、強力関係にあるのだ。いつまでも船長の元に居られない彼女らは『砂漠の海賊団』が過去に集めたアーティファクト類とシキ、アリスという戦力に溜め息しか出なかった。
「あの二人が謀反を企てたら……」
「終わりますね、この国」
最近はただでさえパヴォール帝国からちょっかいが多い。
立場が立場なので、そんな時に内紛でも起こされたら……と背筋が凍る思いなのである。
「どうにかして二人を取り込めないかしら」
「……アリスさんはお金とか女の子が好きっぽいですけど、シキさんは何を報酬にすれば良いんでしょうかね」
真剣に考えるレナに対し、ナタリアは「レナ様を助けた時も騎士達に捕まった時も恩に対する要求はなかった……そして、今見せた強さ……無欲さと圧倒的強さを兼ね備えてる冒険者なんて御し難そうですし、少なくともシキさんだけでも諦めてほしいものです……」という内心が透けて見える顔で答えた。
「アリスとは見るからに違うタイプだものね……ムクロさんが居るからハニートラップなんて掛からなそうだし」
「あらあら、楽しそうな会話してるわねぇ」
「お、お姉ちゃんっ、もしかして聞いてたの!?」
「ゴーレムや爆発なら当分大丈夫よぉ」
「そうじゃなくて!」
王女としての立場を考えれば当然の発想でも、それが敵としての立場を持っている船長に聞かれるとなるとそれはそれで不味い。
レナは柔く抱き締めてくる船長に何て返せば良いかわからず、声量を上げて抗議することしか出来なかった。
「…………」
何やら騒がしい後ろをチラリと見つつ、アリスが呟く。
「で、どうよ」
「……何がだ」
「魔力量だよ。結構消費したんだろ?」
「いや……この装備を使ってるからかな、そうでもない。エアクラフトほどじゃないが、普通に魔粒子を使う時と比べてかなり消費量を抑えてくれるらしい」
そう言って背中や太股に付けている魔粒子装備を撫でるシキ。
局所局所では自前で魔粒子を出していたものの、シキは前進する時、必ず魔粒子装備を使っていた。
理由は説明した通り、魔力消費量を抑える為。そして、もう一つは……
「威力もアップしてるな、これ」
かつて殺した、あるいは苦戦した聖騎士バン、レーセンと戦っていた時、二人はシキと同等以上の魔粒子量で以てシキを苦しめた。
粒子や分子の存在を知らない現地人が魔粒子を使えるようになるだけでなく、強者ならば異世界人を越えるほどの移動速度と持続力を引き出す魔粒子装備だ。
それが保有魔力量がずば抜けている異世界人に渡れば尚更、強力というもの。
恐らくだが魔粒子に変換する機構とスラスターは変換して放出するだけじゃなく、より強力なものへと昇華させる機能があるのだろう。
「マジか。……そういや練習見てて思ったんだけどさ。エアクラフト使う時、ユウちゃんだけ変に速いよな。それも同じ理由?」
シキが操るエアクラフトは練習を重ね、徐々に扱えるようになってきたリュウ達やたまに見本を見せてくれるヘルトよりも速い。
流石にアリスを助けた時のように、本気で使っている訳ではないだろうが、『砂漠の海賊団』で最もエアクラフトの扱いに長けているヘルトが「悔しいけど、あいつはオイラより速いよ」と認める程の速度は出ている。
「……体感的に魔力量や強弱の差っていうよりは魔粒子をそのまま送ってるからってのがデカいと思う。現地人や慣れてない奴は魔力を送り込んで魔粒子に変換後、噴出させる。けど俺は魔力を送る段階で既に魔粒子に変換してるからな。そこで違いが出るんだろ」
「ほえ~……職業は微妙なくせに異世界人補正って強いなぁ」
「方向性とか性別選べた俺の方が恵まれてるのになー」と続けるアリスに対し、シキは遠い目をしながら「潜ってる修羅場の数と濃さのせいだな……」と内心で返した。
数十分後。
最早、地雷以外に危険なトラップはないと知り、油断していた一行は本当に何事もなく、地雷か設置されているらしい場所へと辿り着いていた。
その場所というのは一行の目に映っている前方全ての床ブロックのことだ。
壁や天井を含め、今まで進んできた光景と何ら変わりがない為、何処がどう違うのか検討も付かない。境目も見てわかるようなものではないらしい。
「ふわぁーぁ…………眠い」
「マジかこの女……」
「諦めろ、こういう奴なんだ」
眠そうに欠伸をするムクロを見て引くアリスに諦念がこれでもかと込められた言葉が投げ掛けられる。
シキが魔粒子装備を使って身体を浮かせ、アリスとムクロはそんな彼に引っ付く。
そして、落ちないようゆっくりと前進を続ける。
そんな光景はかれこれ数分は続けられていた。
「緊張感ないわねぇ」
「本当にね」
「不安です」
船長から聞いた情報を元に、浮いて全員を運べば良いと提案したシキだったが、運ぶメンバーを間違ったと後悔している最中だ。
(ムクロは転生者が嫌いとか変なこと言ってるし、アリスは嫌ってる訳じゃないんだろうけど、避けられてるから微妙な距離感だしで気まずい。……何より船長達の目が痛い)
どういう風に運ぶか協議し、運び始めたのは良いものの、下は地雷、至近距離は気まずい雰囲気の二人と複雑な気持ちしか生まれてこない。
(……無視だ無視。集中しよう。気ぃ抜いて落ちたら死ぬのは変わらないからな)
と、決めた直後。
「……なあシキ。今思い出したのだが、我の下着が幾つか無くなっているんだ。何か知らないか?」
同居人がキリッとした顔で訊いてきた。
(知らねぇよ。何で今思い出して、何で今訊いたんだよ。てかお前服の替え合ったのかよ、初耳なんだけど)
「…………」
アリスの無言の視線に耐えられず、色々考えるシキ。
「……知らん」
「嘘だな」
「知らんて」
「貴様、この前我が寝てる間に我のドレス洗ってただろ。知らんとは言わせんぞ」
「どっかの誰かが湯浴みもしないで寝てばかりいるから臭ってきてたんだよ。人の部屋で裸で寝やがって。何をどうしたらドレスが脱げるんだ?」
「……臭う?」
「臭う」
「くんくん……そうかな? すぅ…………あ、臭いかもっ」
尚、アリスは続けて無言の視線を送ってきている。
船長の魔導戦艦には何故かシャワー室が設置されており、時間を分けて使用していたのだ。
確かにムクロだけはやたら見掛けないなぁと思っていたので、アリスも納得の顔である。
「アリス、誤解だからな? その目、止めろ?」
「……ん? 臭いは関係なくないか? 下着だ下着。黒いのと紫のと黒紫のやつ」
「…………」
「おい」
「だから知らないって」
「嘘だッ!」
「…………」
「無視をするなっ。貴様、我の下着を何処にやったっ、マジックバッグを調べさせ……あれ? ないな。……はっ! まさか履いてるのか!?」
「…………」
「誰か助けてくれーっ!」
シキは堪らず叫んだ。
所変わって後方。
既にシキ達とかなり離れていたレナ達は目を凝らして三人を見つめていた。
「何か叫んでない? どういう状況かしら?」
「密着してますからね。大方、シキさんがセクハラでもしたのでは?」
「坊やが叫んでるように見えるけど……」
「アリスにセクハラされたんじゃない?」
「「あぁ、ありそう(です)(ねぇ)」」
風評被害、ここに極まれり。
流石のアリスでも落ちたら死ぬ場所でそんなことはしないだろう。
それから十分後、げんなりした顔のシキが一人で帰還し、レナとナタリアを連れて再び浮く。
「ねぇシキ君、さっきは何話してたの?」
「勘弁してくれ……俺は下着泥棒なんてしてないし、ましてや履いてもない。誰が変態だよあのクソ女……裸で部屋ん中ウロウロするし、どっちが変態だ……悶々してるこっちの身にもなれよ……」
「……あー、シキ君?」
「はっ……すまん。何も聞いてなかった。何だ?」
「えっと……ううん、何でもない」
「そうか……」
ぶつぶつ呟くシキに、レナ達は何も言えなかった。
更に二十分後。
「……もう一人くらい何とかならなかったのかしらぁ?」
一人寂しく待たされた船長が帰ってきたシキを軽く睨んだ。
二人ずつと決めたのはシキだ。
メンバーは適当だったが、遺跡という閉ざされた空間に一人だけ残されるのは怖いものがあったのだろう。
対してシキはアリスやムクロとの気まずい会話や命の危険があるとはいえ、同年代の異性に肩を抱かれているという状況に気付き、若干顔を赤くし始めたレナと、文句は言えないが睨まずにはいられないといった様子のナタリアに気まずくなったことを思い出しながら口を開いた。
「正直な話、頑張れば全員同時に運べた。そうしておけば良かったと何回思ったことか」
「ふぅん……じゃあ何で?」
「俺以外、全員女だからな。変な疑いを掛けられても困る。それに……あんたと直接話したかった」
「ふふっ、坊やも男の子ってことねぇ」
二人を運ぶ時と違い、一人ならお姫様抱っこで安全に、確実に運べるので無防備にも背中に乗ろうとしてきた船長を制し、無理矢理持ち上げる。
「え? わっ!」
「その胸で男に背中に乗ろうとするな。ムクロと言い、あんたと言い、何でそんなに意識がないんだ。……もしかして俺が過剰なのか?」
「えっ、あっ……ご、ごめん、なさい……えと……この体勢は……その……は、恥ずかしい……んだけど……」
「っ……い、良い歳して顔を赤らめるなよ」
「酷ぉいっ!」
船長が見せた普段の堂々たる姿と赤面して狼狽する姿とのギャップに思わず顔を逸らしたところ、船長は台詞と反応で引かれたと思ったらしく、頬を赤らめたままポカポカと叩いてきた。
師匠のジル、イクシアで専属メイドだったエナ、複雑な関係のムクロと歳上の女性に好意的な視線を向けていたシキだ。
自他共に認める色白美人の船長に思うところはあったらしい。
「……そろそろ行くぞ」
「あ。……も、もう……ばかぁっ」
叩きながらシキを見ていると、シキの頬も若干赤くなっていることに気が付き、今の自分がどんな反応をしているか自覚した船長は今度こそ顔を真っ赤にした。
やがて、互いに落ち着いた頃。
「本題に入ろう。言えないなら良い。あんたの固有スキル、あんたが見た未来、あんたの目的。そして……ムクロのこと。知っていることを話してもらおうか」
シキはいつになく真剣な表情で切り出した。
来週こそ更新出来ないか、また月曜0時投稿になります。




