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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第126話 王女との出会い



 急いで船へと戻った俺は何事かとこちらを見てくるヘルト達を無視し、ムクロを下ろす。



「ん……眠い」

「相変わらず緊張感ないなお前……」



 人の死にあれだけ騒いでいた奴とは思えん。どういう神経してんだ? あれか、他人のせいで大勢が死ぬのは許せないけど、勝手におっ死ぬのはどうでも良いってか。



 ……よく考えたら俺も似たようなスタンスか。最初はムクロのことも見捨てたし。



 妙なところに納得しつつ、船長に現状と俺もこれから向かうことを伝えた。



「人助け? この時期に問題なんて……まさかっ!」

「何か知ってるのかっ?」



 エアクラフトを浮かせ、いつでも出れる状態にしたところで思い当たる節があったらしい船長が訊いてきた。



「ねぇ坊や、その人達の中に金髪の女の子を見なかったっ? 騎士みたいな装備の!」

「見える距離じゃなかったからな……」

「そ、そう……」

「悪いがこっちも急いでるっ、行くぞ!」



 気が急いているからか、適当な返事になってしまった。



 しかし、そんなことを気にすることなく後部のスラスターから魔粒子を噴き出し、加速する。



「船長さん! アリスがそんな奴は居ないって!」

「っ、通信用のアーティファクトを持ってるの!? なら王族の紋章がないか訊いて!」

「アリスっ、聞こえたっ? 王族のっ……ある!? せ、船長さんっ、王族のものらしい馬車があるそうです!」

「それだわ! ヘルトっ、エアクラフトをいつでも使える状態にしておきなさい! 他の皆は出航準備! 急いでっ!」



 後ろで船長とリュウが何やら騒いでいたが、あっという間に声は聞こえなくなり、聞こえてくるのはビュービューと風が靡く音のみになった。



「うおおおっ、風が強いぃっ、遊ぶくらいなら兎も角っ、ゴーグルと、マスクが欲しくなるなっ!」



 半身で腰を低くし、強力なGに耐えながら後部スラスターに一定量の魔力を送り、速度を上げていく。



 前に進むだけなら後部の二つに送るだけだから難しくない。そこから上昇たければ真ん中のスラスター、降下するには一瞬全てのスラスターを切ってエアクラフトの向き自体を無理やり下に向ける必要がある。

 左右への方向転換は後部二つのどちらかに魔力を集中させるか、逆に弱める。前部のスラスターはブレーキだ。急には止まれないが後部を切って前部に集中すれば減速出来る。本気で止まりたかったらエアクラフトを斜めに傾けて真ん中のスラスターも併用すれば良い。



 最高速度は恐らく自動車並み。加速し続ければ百キロは余裕で出ると思う。

 魔力消費量に関しても俺とエアクラフトでは魔力を魔粒子に変換する効率が圧倒的に違うのか、かなり少ない。これなら普通の冒険者でも使えるし、俺が使えば一時間前後飛べる。



 が、問題点も多い。



 先ずはG。速度も相まって踏ん張ってないと変な方向に向いてしまうし、速度を出したまま方向転換や急ブレーキをすれば身体にダメージが行く。

 次に風だ。風の音しか聞こえなくなるほど強力なそれは生身の身体に様々な悪影響を及ぼす。単純に身体が持ってかれる以外に視界が確保出来なくなる、呼吸がし辛いという問題を引き起こしたり、寒冷地だと身体が急激に冷やされるというのも追加されるだろう。



 現在で言えば打ち付けてくる風に砂が乗っていて前が見えない。

 ただでさえ俺は右目を失っている。残った左目をギリギリまで細めて漸く前方が少し見えるくらいだ。



 後は魔力操作の技術も必要だな。一定の魔力を出し続けることが出来るんならただ加速を続けるだけで先程の問題点以外に目立つ弊害はなく、スムーズに進む。

 逆に少しでも送る魔力量を減らしたり、増やしたり、はたまた魔力を送るスラスターを間違えれば一気にコントロール出来なくなって墜落する。



 アカリやリュウ達がエアクラフトに苦労してたのはそこだ。俺は魔粒子を直に出して身体を浮かせたり、動かしたりしてたから強弱、量、タイミングを測れたが経験がない奴は多分とことん難しい筈……



「速度出さなきゃ良いんだろうがっ、見えねぇのはっ、問題だ……!」



 アリスの緊迫した声と、俺の忠告を半ば無視するような形での移動……



 あのアリスが急いでいたということはヤバい状況なんだろう。あいつが死ぬとは思えないが、見えない等と泣き言も言ってられない。

 マナミのような回復チートが居ない以上、下手に怪我も出来ないのだから。



 そうして移動すること数分。

 先程アリスと別れた位置を越え、徐々に魔物の群れと戦っている連中が見えてきた。



 同時にキラキラと輝き、半分しかないこちらの視界を潰してくる水面があることに気付く。



「っ、何だっ? 湖……オアシスか!」



 砂漠にある水辺と言えばオアシス。

 フロンティアにもあったが、魔物と戦っている奴等の側にあるのはかなり小さめのものであり、砂地の真ん中にちょこんと存在していた。



「――かっ……」

「ひ――がお――」

「……――ぁ!」



 少しずつ人間の声が聞こえ始めた。



 ヘルトが着ている民族衣装の高級バージョンと言えば良いだろうか、魔物と戦っている奴等の服装は全体的に小綺麗で、ヘルトのものとは使われている布が明らかに違った。よく見れば所々に金色の装飾も施されている。また、急所を守る防具を付けていてサーベルや杖を持っている奴が多い。

 当然ながら全員が褐色肌であり、男女比率は大体8:2と言ったところだろう。



「……何だありゃあ?」



 つい漏れてしまった疑問&驚愕の声はそいつらではなく、相対している魔物が原因だ。



 一言で言うならデカいミミズ。

 単純距離で三百メートル以上、高度も三十メートルくらいある現在地からハッキリ見えるほど巨大な化け物ミミズが頭部をぱっくり開けてアリスと謎の戦士達に襲い掛かっている。



 個体数も多い。二十匹は軽く越える数だ。



「口、か……? ジンメンみたいな奴だな……!」



 何より特徴的なのはサメやカバを思わせる大口。身体の表面はこげ茶色のくせに口の中は錆びたような銀一色だ。恐らく全て牙……模しただけのジンメンですら人間を容易く食い千切っていたし、噛まれたら一溜りもない。



「また気色悪ぃのと戦わなきゃならんのかっ」



 魔物に向けて悪態をつく頃にはアリス達との距離は百メートルを切っており、会話も鮮明に聞こえてきた。



「ひ、姫様が!」

「何だ貴様っ!」

「助太刀だっつってんだろ! 助けに来たんだよ!」

「我々の邪魔をっ」

「助かるっ! 少しで良い! 時間を稼いでくれ!」

「な、何者かは知らんが今の内だ! 誰かっ、レナ様の救出に向かえ!」



 全員が全員別々のことを話していてわかり辛いが、アリスという謎の助っ人に驚愕二割、否定二割、感謝三割といったところか。残りの三割はオアシスに落ちたらしい誰かの救助に躍起になっている。



「っ!? 右方っ、謎のエアクラフト接近!」

「何奴っ!」

「ユウちゃんっ! 来てくれたんだな! 助かるぜ!」

「ぬ、うぅんっ!!」



 様々な反応をする一向を完全に無視し、速度を緩めないまま腰のマジックバッグから出した長剣で爪斬撃を飛ばす。



 ――キィアァアッ!?

 ――キュイィァッ!



 轟音と共に飛んでいった斬撃によって化け物ミミズ三匹の頭部が宙を舞い、その後ろの数匹を吹き飛ばすことに成功した。



 しかし、俺が飛ばしたかった位置、角度とは大きくずれている。



 片目が見えない弊害がこんなところにまで出るとは……



「っと、っぶねぇっ」



 エアクラフトに乗ったままの攻撃に加え、あまつさえ考え事までしていたせいでバランスを崩しかけるものの、何とか堪えて減速、アリスの元に移動する。

 


「流石ユウちゃんだ! やっぱ強ぇっ!」

「ふーっ、焦った……状況はっ?」



 等と訊きつつエアクラフトをマジックバッグに収納し、しっかりと砂しかない柔い地面を踏みしめて構えた。



「押され気味だったところを俺が食い止めてる感じだ! にしても正規軍の前に出てくるたぁユウちゃんも胆据わってんな!」

「正規軍だと!? あいつら騎士か!」

「知らずに来たのかっ、何やってんだこの馬鹿っ!」



 戦士達の思わぬ正体に驚く俺と罵倒してくるアリス。



 まさかの罵倒内容にこちらもついカッとなってしまう。



「それを今ここで言うお前の方が馬鹿だろうが!」



 こいつのせいで軍に追われてる奴みたいな感じになっちまった。



 本当にアホだなこいつは……。



「ええいっ、出ちまったもんは仕方ないっ、俺が居ればイケるか!?」



 アリスは水が滴る魔剣を超高速で振ることで、水圧カッターのような斬撃を飛ばすことが出来る。

 俺のように一撃で首を落とせるほどじゃないにしろ、ダメージは入ってるし、牽制にもなる。あいつの技量なら接近戦も可能だ。そこに俺という戦力を足せば殲滅出来る筈……



 そう考えての発言だったのだが。



「いや、王族の女の子がオアシスに落ちたらしい! あいつら泳げないみたいなんだっ、助けてやってくれないか!?」



 肉薄するアリスが切りつけ、怯んだところを俺が真っ二つにする。



 あるいは獲物で、あるいは爪斬撃を飛ばして化け物ミミズの数を減らしていた俺は返ってきたアリスの言葉に耳を疑った。



「な、何で俺が!」

「お前学校で水泳習ってないのか!?」

「習ったけど、授業のなんて殆ど遊びだろ! お前はっ!?」

「泳げねぇんだよ!」

「そんなとこだけ猫科っ!?」

「猫科関係ねぇから! 言っとくけど、猫って泳げない訳じゃないからな!?」



 いや、知らんがな。



 心の底からそう思いつつ、迫ってきた口を避け、顎から脳天目掛けて長剣を突き刺す。

 ビクビクと痙攣した化け物ミミズに蹴りを入れて他の奴等にぶつけると、アリスの姿が消え、一瞬で動きの止まった化け物ミミズ達の後ろに現れた。



「こいつらはっ、ここが弱いっ!」



 そう言うや否や、脳ミソが詰まっているであろう頭部の一点に次々と魔剣を突き立て、痙攣する化け物ミミズを増やしていくアリス。



 後ろでは、



「ひ、姫様ぁっ!」

「お、おいっ、誰も帰ってこないぞ!」

「泳げないのにどうしろと!?」

「レナ様がどうなっても良いと言うのか!」

「ならお前が行けよ!」



 と、口喧嘩が始まっている。



 俺とアリスなら魔物達は任せられると踏んだらしい騎士達がオアシスに落ちた誰かの救助に向かおうとしているようだ。



 しかし、アリスが言った通り泳げないのか、ミイラ取りがミイラになる、もしくは芋づる式とでも言うように次々と救助の為にオアシスに飛び込んだ奴等が浮かび上がってこず、焦っているらしい。



「もう五分以上経つ! ユウちゃんッ!」

「~~っ、貸しだからなっ!」



 どこか悲痛な声で懇願してきたアリスに負けた俺は化け物ミミズから離れ、即座に走り出す。



「行かせるかよ!」

「俺達も居るぞ!」

「姫様をっ、レナ様を頼む!」



 アリスと騎士達が残った化け物ミミズを相手してくれるとはいえ……



「泳げるっつったって前に泳いだの結構前だぞ!? ったく!」



 流石に文句を垂れながらも仕方なく覚悟を決め、喚くだけの騎士達を横目に思い切り息を吸い込み、オアシスに飛び込んだ。



 ドボォン……っ! と、音と飛沫を立てて水の中に入り、両手は平泳ぎ、足はばた足とめちゃくちゃな泳ぎ方で下へ下へと進んでいく。



 久しぶりに……というか足が付かないのは初めてか。



 海のように地面が見えない水中に少し恐怖を覚えながら溺れている数人の騎士達に手を伸ばした。



「もがががっ!」

「がぼぼっ、がばばばっ!?」



 ――このっ、暴れる……なっ!



 一人は完全に沈黙していたが、バタバタと暴れている二人がウザかったので溺れている奴に腹パンをぶち込むという鬼畜みたいな仕打ちで静かにさせた俺は両手と足にそいつらを引っかけ、背中から魔粒子を全力で噴き出させた。



「もがっ……!」



 水中での魔粒子ジェットの使用と急加速は初めてだったこともあり、口から空気を漏らしつつ、水面へと上がる。



「ぷはっ! こいつら何とかしろ! 後、これ!」



 言葉少なく、溺れていた騎士達をオアシスの岸……岸? にぶん投げ、着ていたシャツも脱いで投げ渡した。



 思った以上に水を吸った服が重い。正直言えばズボンも脱ぎたいくらいだ。



 だが、そんな時間はない。

 潜って一分二分の奴に気絶してる奴が居るってことはそれより長い間、水中に居る奴はもっと危険な状態の筈。



「すぅ……はぁ……っ!」



 呼吸を整えて再び水中へ潜り、動きは極力最低限、魔粒子での移動を心掛ける。



 とはいえ、息を止めた状態で何かをするなんてことは経験がない。三十秒持てば良い方だろう。



「っ……」



 右目は見えねぇし、左目もボヤけて見えねぇ……暗くて見えないのも大きい。



 ――にしても深すぎるっ! オアシスってのはこんなに深いのか!? 何処だよっ、人なんてさっきの奴等以外にっ……



 そう思った、直後。



 深海のように光の届かない水の奥底で、キラリ……と何かが光った気がした。



「っ!」



 既に苦しくなり始めており、呼吸がしたいという欲求に駈られていたが次のチャンスは絶対にないという強制的に押し付けられる予感を糧に気合いで捩じ伏せ、魔粒子で下へと進んでいく。



 ――《直感》が言ったんだ! 次はねぇっ! 何処だっ、何処に居る!?



 早く空気が吸いたい。



 荒くても呼吸がしたい。



 見つからない焦りと真っ暗で何も聞こえない水中の光景の不安。



 どんどん強くなる呼吸への渇望に押されつつ、必死にボヤける視界を右へ左へと向ける。



 ――っ、息がっ、く、苦しいっ! そもそも何で俺がこんなことっ……!



 思考が後ろ向きなものになり、もう上がってしまおうかと思ったその時。



 ブクブク……



 そんな音と共に真下から泡が上がってきた。



 ――っ!? 下かッ!!



 最早、自分が溺れつつある状況で漸く泡の主を見つけた俺は全速力で魔粒子ジェットを操り、ピクリとも動かず浮かんでいた金髪の女騎士みたいな奴の側まで行くと、手を掴んで水面へ一直線に上昇していく。



 ――も、もう少し、なのにっ……苦しいっ……これ以上は……息がっ……持た、な……いっ……!



 しかし、水中を照らす太陽の光が眩しく感じ始めた頃、俺はとうとう我慢の限界に達してしまい、女騎士の手を離してしまった。



「っ、ぷはあっ!! ごほっごほっ……はぁっはぁっ! はぁっ……!」



 長い間、呼吸を止めていたせいで視界がぐわんぐわん揺れていたが、何とか水面から顔を出し、最低限の呼吸を済ませると最後の力を振り絞って水中に戻る。



 女騎士は自身と防具の重みで再び沈み始めていた。



 ――み、見つけたっ……けど、苦しくて進めねぇっ……!



 呼吸が少なすぎたんだろう。



 女騎士が重くて余計な体力を使ったのもある。



 兎に角、絞りに絞り出した力でも限界だった俺は咄嗟に《闇魔法》の〝粘纏〟を使った。



 右手から伸びる糸状の〝闇〟は見事女騎士に触れ……それを確認し終える余裕もなく、《直感》を信じて思いっ切り上へと引っ張る。



 ザバアァンッ!



 という女騎士がオアシスから飛び出る音に続いて、



「かはぁっ……! がはっ……ゴホッ……お゛え゛っ……はぁっ、はぁっ……!」



 俺も水面に上がる。



 酸素不足で意識は朦朧としていたが、あまりハッキリと見られる訳にもいかないので、再び《闇魔法》を使い、糸を切断した。

 その直後、女騎士が降ってくる。



「わぷっ……ごほっ、おえっ……お゛ぉ゛えっ……はぁ……はぁ……し、死ぬかと……思った……」



 必死に息を整えているところに衝撃で飛んできた水を飲み込んでしまい、吐きそうになりながら女騎士を陸地まで運ぶ。



 当分、動けそうにないな……落ち着け……魔粒子を推進力に使えば……



 という判断で魔粒子を出してゆっくり移動していたのが功を成したらしい。



 少しずつではあるが、呼吸が正常に戻り始めた。



「はぁ……はぁ……はぁ……野郎っ、絶対ぶん殴ってやる……」



 空中で命綱無しバンジーをさせられたアリスも同じ気持ちだったんだろうな。



 そうは思いながらも「戻ったらこんなことをさせたアリスを殴る」と固く決意した。



「だあぁっ……助けた、ぞぉ……!」



 ある種の達成感と極度の疲労感に浸りつつ、こちらに寄ってきた騎士達に女騎士を渡す。



「姫様っ、姫様っ! 大丈夫ですか!?」



 ――んな訳あるか。あんだけ長く溺れてれば息だって止まる。誰か心臓マッサージしてやれよ。



 内心で毒づき、大の字になって深呼吸を繰り返す俺。



「お、おい……息、してないぞ……」

「嘘だ! レナ様に限ってそんなことっ!」

「か、回復魔法をっ! 誰か!?」



 ……馬鹿なのかこいつらは。



 何やら大慌てで呼吸の止まっている女騎士に声を掛けたり、回復魔法を使い始める騎士達。



 声や回復魔法に蘇生効果がある訳じゃ無し、どんなに掛けたって意味ねぇだろ。



「…………」

「ユウちゃんっ!」



 無言で深呼吸に集中していると、魔物と戦いながらもこちらの状況を把握したらしいアリスが焦りに満ちた声で急かしてきた。



「……ああっ、わかったよっ、やれば良いんだろやれば!」



 半ば自棄糞気味に叫んだ俺は重い身体を引きずり、何とか立ち上がる。

 そして、よろめきながら手厚い看護(笑)を受けている女騎士の元へと向かった。



「そんなっ……! レナ様っ、レナ様ぁっ……私が付いていながらっ……」

「な、ナタリア殿、レナ様は、もうっ……!」

「もう、何ですか!? レナ様は死んでません! あのレナ様がこんなところで死ぬ訳っ……」



 茶色のポニーテール女が大粒の涙をボロボロ流しながら首を振っている。

 しかし、騎士達にはどう見ても諦めムードが漂っていた。



「ったく……深い水中での人命救助と言い、心臓マッサージに人工呼吸……人命救助なんか習ってすらねぇんだぞクソが……蘇生だって知ってるだけで出来るかどうか……」



 俺はその人の群れの中をぶつぶつ言いながら横切り、丁寧に手を組まされている女騎士の前にドカッと座り込んだ。



 ――……何て縁起の悪い寝かせ方してんだこいつら。一周回って死んでほしいのか?



 ツタンカーメンみたいなポーズを取らされている女騎士の姿についそんなことを思ってしまった。



「協力、感謝する……しかしっ、姫様はもう……」

「き、貴様っ! 助けられるなら何故もっと早く来なかった! 貴様が少しでも早く来ていればこんなことには……!」

「止めんか! この方は我々の命の恩人だぞ!」

「レナ様のご遺体を回収してくれたこと、感謝する……」



 外野が涙目で何か言っているが続けて無視。



「はぁ……あんた、この女を助けたいんだよな?」



 俺は脳内の知識を必死にかき集めながらナタリアと呼ばれていたポニーテール女に声を掛けた。


 

「は、はいっ……レナ様が助かるなら私っ、何でもします!」

「んじゃ、そいつらを止めててくれ。良いか? これからするのは健全な人命救助だ。出来れば質問とかも止めてくれよ?」

「ぇ……? い、一体、何を……」



 ここで大きな溜め息を一つ。



 これから来るであろう罵詈雑言、その他の声にムカつかないよう心を静め終えると、女騎士の胸当てを無理やり外し、胸に手を置いた。



「き、貴様っ、何をするっ!」

「レナ様を辱しめようと言うのか!」

「ナタリア殿!」



 努めて……無視。



 そして、「確かこうだった、よな……?」と呟きつつ、数年前、学校で習った心臓マッサージを始めた。



「っ……っ……っ……!」



 鳩尾に両手を置き、踵? で押し込み、何センチか沈むくらいの強さで、一定のリズムを意識、一分間に……何回だっけ?



 合っているかどうかもわからないうろ覚えの知識を酸欠気味の脳ミソから引っ張り出し、心肺蘇生を続ける。



 ……何か固いな。いや、変な意味じゃなく。



 途中、手から伝わってくる感触に疑問を覚えた俺は女騎士の服を引きちぎった。



「貴様ああああっ!!」

「な、何てことをっ!」

「止めてくださいっ! 何をするんですか!」

「……あぁ、コルセットか。道理で……」



 頷きながら短剣を取り出し、コルセットを切り取る。

 悪意はなかったが、女騎士の綺麗な腹とサラシみたいな白い下着に覆われた胸が露になってしまった。



「「「「「―――――――!!!」」」」」



 今度は怒号だけじゃなく、悲鳴やパンチまで飛んできた。



 同時に色んなことを叫んでくるから聞き取ることすら出来ない。



「女ッ!! 止めろと言っただろっ! 死なせたいのか!!!」



 完全に邪魔され、何人かに身体の自由を奪われていた俺はタックルまでしてくる騎士達には殺気を飛ばし、ポニーテール女には発破を掛ける。



「「「「「ッ!?」」」」」

「で、でもっ!」

「黙れッ! 知らないんなら黙って見てろ!」



 人が折角人助けをしているってのにこいつらは……知らないのはわかるが頭に来る。



 騎士と言えど俺の殺気を受けてはまともな状態でいられないらしく、びくぅっ! と一斉に後退りし、腰を抜かす者や悲鳴を上げる者が続出しているのをよそにポニーテール女に声を張り上げながら再び心臓マッサージに取り掛かっていると、遠くから声が聞こえてきた。



「坊やっ! レナはっ……レナぁ!」

「オイラ達は猫女の援護だ! 魔法が使える奴は魔法! 潜る奴も居るから砂埃は起こすな! 同様の理由で砲撃も禁止! 行け行け行けぇっ!」

「「「「「おうっ!」」」」」



 『砂漠の海賊団』だ。

 どうやら船を移動させてまで来てくれたらしい。



「こ、腰が……」

「なっ、あの船は……!」

「魔導戦艦っ!? ま、まさかっ!」

「姫様っ……我等が追っていた『砂漠の海賊団』ですよっ! 目を覚ましてください!」

「ええいっ、こんな時にっ!」



 女騎士の喉や胸の動きに集中しているので見えないが、騎士達は新たな敵が現れたと思い込み、武器を手にしているようだ。



 怒ったり、腰抜かしたり、殺気立ったり忙しい奴等だな。何かやたら人のこと殺そうとするし。多分心臓が止まっただけから落ち着けって。



「っ、っ、っ……!」



 ひた向きに心臓マッサージを続けている内に学校で習った時と同じことを思う。



 意外とキツい。



 馬鹿げたステータスと鍛えた体力のお陰で止まりこそしないものの、息切れはするし、かなり疲れる。



「はぁ……はぁっ……ダメかっ!」



 女騎士に動きはない。完全な心肺停止状態だ。



 心臓マッサージだけでもあんなに大騒ぎした奴等だ。人工呼吸なんてしようものなら剣を抜いていたかもしれない。そうなれば人助けどころじゃなくなると思って控えていたが……やるしかない。



 本日何度目かの覚悟を決めた俺は女騎士の首を仰け反らせて気道を確保し、顎と鼻を摘まんだ手で顔を固定すると女騎士の唇に口を付けた。



「なっ……ななななっ……貴方ッ!! な、何をっ!」



 唯一こちらを見ていたらしいポニーテール女が肩を掴んでくる。

 が、無視して続行。



「~っ……はぁっ……~っ……!」



 初めて女の口に触れた……ふ、ファーストキスっ……



 何てキモいことを思うことはなく、女騎士の胸が上下しているのを確認する。



 ――確か動いていれば合っている筈……盛り上がって……戻って……よし、出来てるっ。



「レナ様に何てことをしてくれるんですかっ!!」



 護衛だったのか、ポニーテール女が短剣を向けてくる。



 チラリと視線を向けつつも必要なことだと目で訴え、止めることなく続行し……十秒と少し、経っただろうか。



「も、もう我慢出来ませんっ! 斬ります!」



 とうとう向けられていた短剣が振り下ろされた直後。



「ゴホッ、ゴホッっ……がはぁっ!! ごほっ、ごほっ……おええっ……!」



 女騎士が息を吹き返した。



 口を付けていた俺を反射的に突き飛ばしながら吸い込んでいた水を吐き出し、苦しそうに噎せているが、動いている。成功だ。



「っしゃあ! はぁ……はぁ……はーっ、終わったぁ……! ったく、何で……俺が……はぁ……はぁ……こんな、ことっ……」

「え? れ、レナ様が生き返っ……え? ええええっ!?!?」



 何故か勝手に出てくる歓喜の声と悪態が探検を振り上げたまま固まっているポニーテール女の声と重なる。



「何ですナタリア殿っ、今は……レナ様ッ!?」

「ひ、姫様が目を覚ましているぞ!」

「奇跡だっ! レナ様が生き返った!」

「おおおっ、おおおおっ……! 良かったっ……良かったぁっ!」



 本当に忙しいなこいつら……。



 また大の字になっていた俺はコロコロと態度を変える騎士達につい白けた目を向けてしまう。



「よ、良がっだぁっ……! レナ様ぁっ……うえええんっ!」

「レナっ、レナぁっ、大丈夫っ!?」

「かはっ……はぁっ……はぁっ……ごほっ、ごほっ……ナタリア……お、姉……ちゃん……?」

「何ですか貴女は……って! 貴女っ、『砂漠の海賊団』の!」



 ポニーテール女が号泣しながら抱き付いていた女騎士に、今度は走ってきた船長が両手を広げて飛び込んだ。



 騎士達は船長が『砂漠の海賊団』の船から下りてきた人間だと一瞬気付かなかったらしい。



「知り合いか……?」

「そうよ坊やっ、この子はねっ、私の可愛い可愛い妹なの! もうっ、こんなところで何してるのよっ! ありがとう坊や!」

「語尾が坊やになってんぞ、落ち着け。……ん? ちょっと待てよ? 確か落ちたのは王族の女の子ってアリスが……あっ」



 妹はおかしくないか? もしかして船長って……王族?



 そう言おうとして、気付いた。



 ――こ、この女騎士……戦争の時に居た奴じゃないか! そうだっ、あの時もシャムザの第二王女とか名乗ってたような……!



 更に続けて……気付く。



 ――……待てよ? 王族の騎士って……こいつら、近衛か国軍の上位陣か! じゃあこの状況はっ……



 当然ながら非常に、非っ常に不味い訳で。



「お姉、ちゃん……今まで……ごほっ……ど、どこに……」

「喋らないでっ、息を整えなさいっ! 大丈夫っ、大丈夫だからっ……!」

「うん、わかった……」

「れ、レナ様っ? この女は……?」



 女騎士改め、姫騎士と船長、ポニーテール女間はまだマシだった。



 しかし、俺達は……



「お、おいっ、何すんだよ! まだ魔物が居るのに!」

「黙れ! 砂賊とわかった以上、背中は預けられん!」

「止めろ! オイラ達はお前らを助けにっ」

「黙れと言った! 姫様が目を覚まされたのだ! 皆っ、連携して魔物と砂賊の相手をするぞ!」

「貴様……やはり賊だったか! 斬り殺してくれるっ!」

「よくも我等の姫様にあんなことをしてくれたな!」

「……おっふ」



 アリスとヘルト達は共闘していた騎士達の攻撃対象にされ、俺は先程心肺蘇生を阻害してきた馬鹿騎士共に囲まれつつあった。



「ああよしよしよしよしっ、レナっ、どれほど会いたかったことかっ! お姉ちゃんいっぱい頑張ったのよっ、レナも頑張ってたみたいね! 偉いっ、偉いわぁ! よぉしよしよしよしよしよしよしよし!」

「んむっ……お姉ちゃん、苦しいっ……」

「なあ船長、感動の再会らしき時に言うのは何なんだけどよ……」

「なぁに?」

「あんた未来見えるんじゃないのかよっ!!」



 こんな状況にも関わらず、姫騎士を抱き締め、頭を撫でている船長に声を荒げてしまったのは仕方ないと思う。



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