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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第125話 空中飛行 後編



「来い」



 早朝。

 ノックも無しにドアを開け、むにゃむにゃ言いながら眠るムクロの姿を見た瞬間、そっと閉じたヘルトとかいう赤い髪の男がドア越しにそう言った。



 ノックくらいしろよな……と思いつつ、冒険者用の頑丈な服に素早く着替え、防具を装着して出てきた俺に、ヘルトは再び話し掛けてくる。



「良いご身分だな、他の奴等はオイラ達の仲間になろうと頑張ってたのにお前は美人な姉ちゃんとおねんねなんてさ」

「……言っておくがやましいことはしてないぞ」

「嘘付けっ、はだけてたぞあの女っ!」



 嫌味っぽい言い方だったので適当に当たりを付けて返答したところ、不機嫌そうな声が返ってきた。やはりそこを気にしていたようだ。



「ドレスなんだからはだけくらいするだろう。後、途中で抜けただけで別の人間も居たんだ。そんなことは出来ん」

「どうだか」



 本当はアカリも居たんだが、あまりに抱き締めてくるムクロと俺らしからぬ弱い抵抗に気まずく思ったらしく、昨日の内に部屋を出ている。

 少なくとも他人には見られたくない光景だったからあの気遣いは助かった。何かムクロの胸に顔を埋めてると眠くなってくるんだよな……絶対変な顔になってる筈なのに嬉々として仮面外してくるし……



 等と考えている内にヘルトが苛々したように足早に進み始めるので、その後ろを付いていく。



「何か仕事か?」

「いや、飛行訓練だ」

「飛行……? 練習させてもらえるのか?」

「……お前が持ってるやつでじゃない。オイラ達のエアクラフトでだ」

「あぁ……昨日冒険者から奪ってたアレか」

「奪ったんだからオイラ達のだ」

「そうか」



 やけに突っ掛かってくるなこいつ。刺々しい態度は兎も角、敵意はないから悪い奴じゃないのは確かなんだが……



「エアクラフトに乗ったことは?」

「ない」

「動かし方は?」

「大方の予想は付くが知らん」

「……見たことは?」

「昨日が初めてだ」

「はぁ……? てんで素人じゃないか……じゃあお前が持ってる遺物はどこで手に入れたんだよ」

「知り合いから強奪した。中々、使えそうだと思ってな」

「使えてなかったじゃん」

「あれを使ったのも初めてだ」

「うわぁ……マジかこいつ……」



 短い問答にヘルトが天を仰ぎ始めた頃、甲板に辿り着いた。



 雲一つない晴天の下、ムクロとアニータ、レドを除いた全員が集合しており、女船長が綺麗な金の髪を弄りながらこちらを見ている。

 他の男達の姿もちらほらあるが数は少ない。全長五十~七十メートルくらいある船が飛んでいるんだ。船内で何らかの仕事をしているんだろう。



「おはよう。よく眠れたかしらぁ?」



 ソワソワしているリュウとショウさんを横目に、人数が揃ったことを確認した女船長は口を開いた。



「あぁ、部屋を貸してくれて助かる。飛行訓練と聞いたが……」

「そうよぉ。今日からある程度エアクラフトの操作が出来るようになるまで毎日訓練するつもり」

「ほう、それは有難い」



 どういう仕組みなのかは知らないがただの冒険者ですら使える上、高度も取れ、速度も出せる魔道具だ。出来れば使ってみたい。



「それと……おはようっ」

「ん?」



 何故か二度も挨拶をされた。今度はかなり強めの睨み付きだ。



 ……挨拶したんだから返せよってことか。



「お、おはよう」

「よろしい。この船に乗る以上、貴方達は私の家族。家族に挨拶が出来ないなんてそんな子は居ないわよねぇ」



 ニコニコと笑う女船長からアリスとリュウがすっと目を逸らす。



 俺と同じように返せなかったんだろう。



「さて、早速エアクラフトに乗ってもらいたいところなんだけど……先ずは簡単に自己紹介といきましょうか。坊や以外はもうしてるからお願い出来る?」



 そう言われて名乗ってないことに気付いた俺はユウ=コクドウ改め冒険者のシキと名乗り、「『砂漠の海賊団』の、シキね」と訂正された。

 まあ、俺からすればどっちでも良いので了承する。



「私はセシリアよぉ。わかってると思うけど、この『砂漠の海賊団』を率いる船長だから坊やも団員の一員として船長と呼びなさい。お姉ちゃんでも良いわぁ」



 ふわふわした長い金髪とムクロよりもデカい胸を揺らしながら言う船長。



 他の奴が全員褐色肌なのに対し、この人だけは肌が白く、若い。話し方は少々年増臭いが、立ち振舞いと肌艶的に年は恐らく二十歳前後。

 ムチムチした太股をこれでもかと露出する短いワンピース型の、黒と紺を交互に織り混ぜたドレスを着ており、ベルトで固定されている腰には丸められた鞭が垂れ下がっている。



 左目の赤い眼帯は常に付けているところを見るに、俺と同じく失明しているんだろう。



「わかった」

「あらぁ? じゃあ呼んでみて?」

「船長」

「……お姉ちゃん呼びはなかったことにするつもりなのね」



 容姿と名前と固有スキルの能力しかわからない奴を姉と慕えと言う方がどうかしてると思う。



「ヘルトだ。エアクラフトの扱いに関しては基本的にオイラが教えることになる。命の保証までは出来んから精々頑張ってくれよ」



 続いてヘルト。

 今まで見てきた奴等の中で断トツに明るい赤髪と少年っぽさを残した大人になりかけって感じの顔をした奴。多分、一つ二つ年上で美形っちゃ美形だけど、変に着崩した上下白の布を巻いたような民族衣装と俺達に教えるのが嫌なのが一目でわかる面倒臭そうな顔が台無しにしている。



 何と言うか、服装も相まって異国の不良感が凄い。



「はいっ、船長っ」

「なぁにアリスちゃん?」

「俺、獣人だから魔力ないんだけど」

「でも身体能力は高いでしょう?」

「え? あー、まあ」

「ならやることは沢山あるわぁ」

「……へ? 飛行訓練なのに? んん?」



 心の底から何もわかってなさそうに首を傾げるアリス。



 多分、魔物討伐じゃないかな。後は落ちた俺達誰かのキャッチとか。まあ下、砂漠だから微妙か。



「自己紹介も終わったことだし、早速いきましょうか。皆、好きなエアクラフトを選びなさぁい」



 船長がそう言うと、船員の男達が冒険者から奪ったエアクラフトを持ってきた。



 スケボーみたいな普通のボードにV字、十字、円盤型まであり、形状は多種多様。一番多いのはシンプルな長方形のボードだが、よく見るとスラスターの大きさや形状、位置が違う。ということはコンセプトや性能も違うんだろう。



「ふおおっ、エアクラフト! 古代文明! これが古代人の乗り物かぁっ!」



 リュウが興奮した声を上げ、ヘルトに「煩い」と注意された。

 他の奴等もおっかなびっくり並べられたエアクラフトに近付いている。



 ……人数は居るけど、乗るのはリュウとプリムって子、アカリ、俺だけっぽいな。



 アリスは自分で言っていた通り、そもそも魔力がないから論外。レドとアニータは戦力外だから別の仕事で、ショウさんとゾルベラとかいう幼女は職業を理由に断ったようだ。ムクロは……起きたらやらせる感じか?

 自分に合う仕事や経験をさせてくれるなんて賊とは思えん厚待遇である。



「……これにします。聖職者の私にぴったりです」

「私はこの円盤ですかね。リュウ様と主様はどれにするのですか?」

「う~ん、僕はそうだなぁ……シキは?」

「……俺に聞くな。好きなのを選べと言われただろう」



 恨みこそないが、だからと言って以前のように仲良しこよしで居たいとも思わないので冷たくあしらう。



 二人は少し悲しそうな顔をしたものの、邪険というほどでもなかったからか、気にする様子はなかった。



「じゃ、俺はこれで」

「いきなり難しいのを選んだわねぇ」

「昨日あれだけ暴れてた奴がどう動くか見物だな」



 ニヤニヤしてるのは船長、相変わらず嫌味を言ってくるのはヘルトだ。

 形に拘らず、シンプルなボードかつスラスターの多いものを選んだのが理由らしい。



「やはりスラスターが多いと難しいか」

「それと形だな。他のと違ってボード系は初心者には扱い辛いんだ。足先は固定出来る取っ手みたいのがあるから良いけど、スピードが段違いだから身体を持ってかれやすい。逆に他の形状のは安定性重視でスピードが出なかったりする」



 ヘルトの言葉に成る程と頷きつつ、自分のエアクラフトを再確認する。



 俺が選んだのは両先端に二つずつ、真ん中に二つずつの計六つのスラスターが付けられているボード型の茶色いエアクラフトだ。

 他のボードは後ろだけとか何故か横にもあったりと使い方がまるで想像つかなかった。ヘルトが言った通り、プリムが選んだ十字型やアカリの円盤は横と真下にしかスラスターがないから速度性に欠けそうだし、どうせ安定はさせなきゃいけないんだから最初から飛ばせるものが良い。



 とは言っても、既に魔粒子装備で痛い目ならぬ怖い目を見てるからな。スラスターの向きを変えられない以上、どの位置から出ればこの形状のものはこうなる、とか想像しないと危険極まりない。



 その点、俺が選んだエアクラフトは後ろのスラスターは少し大きめで、推進力を考えられた方向に固定されているし、他のスラスターもブレーキや方向転換用であることがわかりやすい。

 魔粒子装備と違ってスラスターの使い分けが難しそうではあるが、形状はどれもシンプルだからな。練習次第では魔粒子装備より使いやすそうだ。



「んじゃ砂漠に着いたことだし……先ずはこの船から飛ぶ練習をしようか」



 ヘルトの指示の下、これから毎日続くという飛行訓練は幕を開けた。















 ◇ ◇ ◇



「って、また俺だけ魔物退治かよー!!」

「仕方ないじゃない、貴方、飛べないんだものぉ……ついでに完全な砂地での訓練にもなるし、万が一誰かが落ちてきた時の救助要員でもあるのよぉ?」



 俺の叫びに隣に居たセシリアが困ったような顔で反応した。



「だとしてももっとこう、新しい何かをしたいわけよっ」

「新しい、ねぇ……あ、そこは流砂っ……て、遅かったかぁ」

「……わかってたんならもう少し早く言ってくれよ」


 

 人食いワームの解体中、後ろから飛んできたサンドシャークという砂の中を海のように泳ぐ鮫をジャンプして避けたところ、俺の自慢の美脚が着地した砂地に吸い込まれ始めた。



「随分余裕だけど……大丈夫?」

「何が?」



 そう言いながら〝気〟を込めた脚を振り上げ、再び迫ってきたサンドシャークを蹴り飛ばす。

 振り上げることに力を込めたこともあり、埋まっていた脚付近の砂が吹っ飛び、流砂からの脱出に成功した。



「あ、貴方も規格外ねぇ……」

「いや……あいつには敵わねぇよ」



 瞬時に宙を舞っていたサンドシャークの元まで跳ね、止めを刺すとセシリアがドン引きしたような顔でこちらを見てきたので、拳から親指だけを出し、上へと向ける。



 そこには……



「ひゃっほーーーっ! あいきゃんふらあああああいっ! ハハハハハハッ!」



 等と叫び、高笑いし、完全にキャラ崩壊しているユウちゃんが自由自在に飛び回る姿があった。



 昨日とは打って変わり、とても楽しそうに笑いながら飛んでいるユウちゃんはボード型のエアクラフトを回転させて格好よく決めてみたり、急速に高度を上げたりして空中飛行を楽しんでいる。



「な、何でだっ……昨日はあんなに下手くそだったのに……」



 ユウちゃんのまさかの才能にヘルトちゃんも開いた口が塞がらないといった感じだ。

 後、それは俺も言いたい。俺、お前のせいで死にかけたんだからな? 何でエアクラフトの操作だけ異様に上手いんだよ。



「あはは……筋斗雲みたいだ」

「あぁ、お父様が話してくれた物語にそういうものがありました。成る程、あんな感じなんですね……」

「きゃあああっ、アリスさ……まがぁっ!?」



 全く思うように飛べず、砂丘に顔面を突っ込むという行為を繰り返したお陰で燃え尽きたように座り込んでいるリュウちゃんとアカリちゃんの横に、プリムが突っ込んだ。



 幸い、練習は砂丘の側でやっているから誰も怪我はしてないけど、激しい直射日光で炙られた砂だからな。顔から突っ込むと悲惨な目に遭う。

 ……現にプリムは声にならない悲鳴を上げて悶絶している。



 四人中、三人が全く飛べないのに一人だけプロ並みに飛べるのは謎でしかないな。何かやけに速いし。



「あははははは! フーッ! 風が気持ち良いぃっ! 良いなぁこれっ!」



 右へ左へ、右へ左へ。エアクラフトを傾け、煽るようにブゥンブゥンと魔粒子を噴き出し、反復移動しながら遊ぶユウちゃんは童心に帰ったように騒いでいる。



 しかし、暑いからと装備を外し、シャツ一枚になるやら腕まくりするやらしているのは良いんだが、仮面も角だけを覆う形にしたせいで、あのムクロちゃんとかいう女の子みたいな真っ黒い隈がこれでもかと目立っている。



 リュウちゃんやアカリちゃん達は勿論、セシリアにヘルトちゃんまでもが心配そうだ。斯く言う俺もそう。

 以前会った時にあんな隈はなかった。昨日見せた精神的疲労ってのも強ち嘘や演技、大袈裟な訳じゃないらしい。



 とは言っても。



「なあムクロ! お前も来いよ! 楽しいぞこれ!」

「え~? 良いよアタシは。それ苦手なの」

「じゃあ俺が抱っこしてやろうかーっ?」

「えっ!? そ、それはっ……ふんっ、ま、まあ? どうしてもって言うんなら吝かでも……」

「そんな態度するんならしてやらないぞ!」

「やあっ! シキっ、アタシが悪かったってばぁ! だから抱っこして!」



 いつの間にか甲板でつまらなそうに見ていたムクロちゃんと話しているユウちゃんの顔は前と同じだ。

 やはり少し疲れているだけで根が変わった訳じゃないんだろう。どうもリュウちゃん達との距離感を測り損ねてるっぽいけど。

 


「あの人との関係は良さそう……寧ろ時期を考えれば深すぎるくらい……それなら……」



 何やらセシリアがブツブツと呟いている。

 さっきから、というかムクロちゃんを初めて見た時からそうなんだよな。未来予知の力で知ってるっぽいんだけど、訊いても教えてくれないから諦めた。態度的にムクロちゃんが偉い人らしいことしかわからん。



「エアクラフト乗りって才能求められなかったっけ? 特にボード系は体幹バランスとか……ったく、一人は考え込んじまったし、人が魔物討伐に勤しんでるってのに呑気なもんだぜ」

「じゃあ手伝ってやろうか?」



 やれやれと悪態を付いた次の瞬間、目の前でムクロちゃんをお姫様抱っこしたユウちゃんが浮遊していた。

 


「おわぁっ!?」

「……何だよ」



 思わず変な声が出た。

 けどまあ、手伝ってくれるのは助かる。砂地って慣れてても脚持ってかれるからなぁ……



「いや、いきなり現れたからビビったんだよ。それ乗ったまま出来んのか? てかヘルトちゃんの許可は?」

「さあ。やってみないことには何とも。初めてでそこまで出来るんなら教えることはないって」

「ふーん……俺を助けた時の技量からしてあいつも結構上手いんだけどな」

「……確かにこれに乗ってた冒険者達の動きはやたら遅かったな」

「そりゃあ俺らの世界と違って空を飛ぶ事自体が異質だからな。掘り出されてまだ数ヶ月だし、飛ぶだけで精一杯なんだろうさ。……あれ? 『風』の属性魔法で飛べる奴も居るって聞いたような……魔力が持たないから誰も飛ばないんだっけか」

「少なくとも魔力を粒子化して飛べる異世界人と比べれば魔法で飛ぶのは効率が悪い。魔力量も前衛職の俺より少ないのが殆どだしな」



 鞭で牽制したりして手伝ってくれていたセシリアが黙考を始めたので、ユウちゃんと話しながら魔物を探す。



 ……言ってから気付いたけど、ムクロちゃんに異世界人だってこと言ってたのかな。言ってなかったらちょっと不味ったかもしれない。



「……ねぇシキ。この人、テンセイシャ?」

「ん? あぁ、転生者な。知ってるのか?」

「むぅ……テンセイシャ嫌い」

「……嫌な思い出でも?」

「わかんない。けど、何かやだ……」

「またそれかよ」



 大人っぽい見た目とは裏腹に子供のようにむくれたムクロちゃんはユウちゃんの胸元に顔を埋め、こちらを見てくれなくなってしまった。



「悪いな。こいつ、いつもこうなんだ。悪気はないから許してやってくれ」



 ユウちゃんがエアクラフトで浮いたまま申し訳なさそうに謝ってくる。



 恋人かそれに近しい何かだと思ってたけど……これじゃまるで父親か保護者だな。どういう関係なんだか。



「うんにゃ、噂程度しか知らねぇけど、転生者らしい奴の話は結構あるんだ。だから転生者嫌いの奴は少なくない」



 疑問を抱きつつも追求はせず、俺は気にするなと首を振った。



 実際、転生者嫌いの人間の話は嘘じゃない。



 特に大昔の……何て言ったかな。『テンセイシャ伝説』? は噂によると魂レベルで記憶に刻まれてるから転生者っていう単語を聞いただけで震える奴も居るとか何とか。

 内容は確か天変地異や大災害を招く化け物と神々が長い間戦っていたせいで世界が何度も滅亡して……とかそんな感じだから嘘っぽいけど。



 そもそも伝説が存在してることが明らかな矛盾だ。『帰ってきた者は居ない』とか『皆殺しにされたらしい』とかの話と同じように、それが事実なら何で知ってる奴が居るんだよと思ってしまうような歪さを感じる。

 仮にその『テンセイシャ伝説』が事実だとしてもめちゃくちゃ誇大されたものだろう。じゃなきゃ、さも事実かのように書かれた誰かの妄想だろうな。



「……そうなのか。異世界人は俺達以外見かけたことないんだがな」

「転生じゃなく、向こうの身体のままってことは召喚されてる訳だから滅多に居ねぇよ。転生者なら……あー、有名なのだとパヴォール帝国の皇女とかかな」

「帝国の?」

「そう。現皇帝の妾の末っ子かつ実力至上主義の帝国で唯一生産職に生まれちまったせいで迫害されまくってるらしいんだけど、勉学すらまともに受けられない環境で育った割には学がありすぎるんだとさ。最近だとこのシャムザから流れたアーティファクトを見ただけでどういったものか見抜いたらしいぜ」

「へぇ……」



 無理やり解釈するなら強力な鑑定スキル持ち。

 しかし、掘り出されるアーティファクトの殆どは造形からして異世界人なら何となく用途の想像が付くものばかりだ。



 エアクラフトも最初は古代人が道楽で作った工芸品とか思われてたらしいからな。ボードなんかはどう見ても乗り物なのに。

 他にわかりやすいのだと銃や大砲も出てきてるそうだ。見たことも聞いたこともないイクス人からすれば使い方すら想像が付かないんだろうがこっちは詳しくなくても見りゃわかる。実際、冒険者ギルドでもアーティファクトの使用方法を調べる依頼も出てたしな。暴発か何かで死人が出てるらしいから受けなかったが。



 ま、兎に角。



 皇女の噂が本当なら十中八九、俺と同じ転生者だろうって話だ。



「あ、そうだっ、話変わるんだけどさ」

「ん?」

「あんまり大きな声じゃ言えない話でな」



 いきなり話題を変えて悪いがよろしくない情報なので、声を潜めて話そうとするとユウちゃんは無言でエアクラフトの高度を下げ、近付いてきた。



 人を抱っこしながら……器用だなこいつ。



「この船に乗る直前で聞いたから詳しくは知らないけど、王都の方でバカデカい筒みたいなものが発掘されたそうだ。なんでも取っ手があって触ると魔力を吸われるらしい」

「取っ手って……まさか」

「そうじゃないことを祈りたいな」



 デカい筒で取っ手があり、魔力を吸う。



 エアクラフトはこちらから魔力を送って使うそうだが、魔力に反応する点は同じ。

 銃や大砲といった兵器が出てきている以上、馬鹿げた大きさの兵器があっても不思議じゃない。



「魔導戦艦といい、エアクラフトといい、掘り出される兵器といい……どうも古代人は戦争してたらしいな」

「あぁ、それも今じゃ信じられないほど高度な文明を駆使して、な。どうだユウちゃん、キナ臭いと思わないか?」

「今はまだ発掘段階。もし調査が進み、現代で使われ始めたら……」

「物にもよるけど、ちょっと不味いことになるよな。なぁ、俺思うんだけど、セシリアの目的ってそれなんじゃないかな」

「『砂漠の海賊団』の罪状はアーティファクトの奪取ばかり……そして、船長は俺達という異常戦力を使っての遺跡調査を望んでいる……。シャムザは他国からの介入が増えてきてるんだよな? それなら……確かに良い線行ってそうだな」



 真剣な表情で考察するユウちゃんと俺。

 ムクロちゃんも空気を察したのか黙っている。



 現在のシャムザはその高度な文明で作られた遺物を他国に売って利益を得ている。

 明らかな兵器は売ってないと聞いているが……もしセシリア達が持っている魔導戦艦一つでも渡ればそれだけで世界の均衡は崩れる。イクシア、パヴォール帝国、聖軍、魔国……魔力のない獣人族以外であればどこが手に入れても戦力強化へと繋がってしまう。量産なんてされようものなら尚更だ。セシリアはそれを止めようとアーティファクトを奪い回っているのかもしれない。



「……ここで話し合っていても意味はない。訊くのが一番だろう」

「素直に教えてくれるかねぇ?」

「さあ」



 特にヘルトちゃんは俺達を煙たがっている節がある。態度からしてエアクラフトの操作も嫌々教えている印象だ。せめてもう少し仲良くならないと教えてくれないといけない気がする。



「それにしても……」

「全く出てこないな、魔物」



 真面目な会話から一転、目の前の現実へと意識を戻す俺達。



 この国の魔物は大抵、砂の中に隠れていて感知系スキルでも探し辛い。それでも、こんなに無防備に歩いていれば襲い掛かってきそうなもんだがな。てかさっき普通に襲われたし。

 あまりに暇過ぎてムクロちゃんが「ねぇシキぃ、私眠くなってきた」とぐずり始めている始末だ。



「……船から結構離れちまった。暑すぎて何も見えないぞ」

「んー……ヘルトちゃんは全く飛べないリュウちゃん達に苦戦してるみたいだし、セシリアはまだ考え込んでるぞ」

「凄いな、そんなにハッキリ見えるのか」



 確かにそこら中で陽炎が揺らめいていて見辛くはある。ぐにゃんぐにゃんしてるけど、あくまで見辛いだけだ。見えなくなるほどじゃない。

 それより問題は……



「シキ、暑い……」

「なら引っ付くな」

「や~……」

「俺も暑いんだ、我慢しろ」



 二人の言う通り、この暑さだろう。

 船の近くは何故かそこまで暑くないのに、離れると途端に灼熱のごとき暑さが襲ってきやがる。



 真昼時ということもあって日の光も中々堪える。

 抱っこしてやると言ったユウちゃんが若干嫌がってるくらいだからな。演技系スキルを越えるほど暑いと感じてるんだろう。



「……そろそろ戻ろうか」

「……そうだな」



 いつまでもあーだこーだ言い続けてるので、俺も居ますよーとアピールするとユウちゃんは気まずそうに頷いた。



 そうして歩いてきた方に向いた瞬間。



「――だ……――じょ……――が……」



 俺の耳が悲鳴染みた怒号と聞き覚えのある魔物の鳴き声を拾った。



 続けて、微かな振動とドボンっという水の中に何かが落ちたような音も。



 間違いない。それなりの数の人間と魔物が戦っている。



 声は焦ったようなのが多いから多分襲われている最中……俺とユウちゃんなら何とか出来るかもしれない。



「……ユウちゃん、人助けの時間だ」

「ん? 急にどうした」

「誰かが魔物に襲われてる」

「っ……助ける……いや、助けたいんだな?」

「あぁ!」

「……わかった。ムクロ、船に戻るぞ。それとアリス。船長達には伝えておく。一人で突っ走んなよ」

「なら早く来い!」



 エアクラフトの速度とユウちゃんの技量ならムクロちゃんを船に戻し、セシリアに事情を話してから合流したとしても数分で済む。



 そう判断した俺はユウちゃんの忠告に乱雑な返答をすると同時に走り出していた。



「っ、ちぃっ! 急いでるってのにっ!」



 砂地ってのはこういう時が一番ムカつく。



 一歩、また一歩と進む度に脚が沈み、足先に変な力が入ってしまう。



 嫌な痛みと疲労を訴える脚に舌打ちをしつつ、《空歩》と《縮地》を併用して速度を上げ、気配を探る。



 後ろのユウちゃんは凄い勢いで遠ざかっていて、人が襲われている方はまだ……よし、感知範囲に入った。



「数が……減っていってる?」



 不味い。



 助けに行ったらもう誰も残ってませんでしたじゃあ笑い話にもならない。



「ったく、一体どこの馬鹿がこんな砂漠にっ……!」



 無理をしないで出せる最大速度に達したので、毒を吐きながら目を細め、気配を追う。



「何だ? 人食いワームの群れと……騎士……?」



 見えてきたのは五メートルを越える巨大ミミズ達とこの国の騎士の服装をした奴等だった。

 騎士達の何人かには血濡れで手足がなくなっている奴も居る。



 更にその周りで散乱しているのはエアクラフトで運んでいたであろう馬車の残骸。

 馬車には持ち主の家紋が入れてあり……



「っ……あの紋章……王族かよ! 嬉しくねぇテンプレイベントだな畜生ッ!」



 俺は兎も角、セシリア達の助けが期待出来なくなってしまった。ユウちゃんもカモフラージュしてると言っても魔族だ。リスクを恐れて手伝ってくれないかもしれない。



 俺とユウちゃんならこれ以上の犠牲を出さずにあいつらを助けられ、魔導戦艦があれば助けた後も応急処置やら送り届けるくらい出来ただろうに……!



「でもここで見捨てたら……ハーレム主人公とは言い難いよなぁ……! あー面倒臭いなぁもうっ!」



 それ以前に人が困っているんだ。助けなきゃ男じゃない。

 まあ、俺もう男じゃないけど。



 内心はどうあれ、自棄糞気味に叫んだ俺は騎士達を襲う人食いワーム目掛け、突撃していった。



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