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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第4章 砂漠の国編
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第124話 存在しない未来と新たな仲間



「「「「「えええええええっ!?!?」」」」」

「「うおっ、ビックリしたっ! いきなり何だこいつらっ!?」」

「あ」

「ちょっおまっ」



 カオスに次ぐカオス。

 周りで飛んでいた冒険者達も目の前で行われる光景にビックリ。ついでに砂賊達の声に驚き、シキの身体に強く絡ませていた手と足を離してしまったアリスは自分にビックリ。



「にゃああああああああああっ!?!!?」



 アリスは両手足をバタつかせながら落ちていった。



「……南無三っ」

「「「「「諦めるの早過ぎだろっ!!」」」」」



 アリスという重荷が無くなり、飛行に若干の安定が見え始めたシキだったが、やはり思ったようには飛べず、フラフラしている。アリスを助けに行くには技術と経験が圧倒的に足りていないことを容易に窺わせる稚拙な飛行。

 とはいえ、その諦め速度は砂賊の男達が思わず突っ込むほど早かった。



「っ、ヘルト!」

「ちぃっ、何でオイラがこんなことっ!」



 女船長が声を掛ける前から既に走り出していた赤髪の青年、ヘルトは縦一メートル半、横に六メートルはあろうかという血のように赤い鳥が翼を広げた姿を連想させる形状のエアクラフトに飛び乗ると胴体の尻や翼の後部からこれまた赤い魔粒子を噴き出しながら真っ直ぐ飛び出した。

 エアクラフトの腹に付いている取っ手と甲板が擦れて火花が散り、ふわりと上昇し、前方で「うわぁっ」と悲鳴を上げていた数人の砂賊達の頭上を通り過ぎていく。



 魔導戦艦から急発進後、翼の先端に付いている取っ手から手を離してうつ伏せになり、今度は腰の辺りから飛び出ている取っ手に体重を預けるようにして掴まった。

 そうしている間にも驚愕して固まっている周囲の冒険者達の横をビュンビュンすり抜け、エアクラフトの群れから飛び出る。



 凄まじい空気抵抗に目を細めつつも落下しているアリスを探し終え、赤鳥を真横に傾けると、斜めに落ちるようにして滑空を始める。

 ふと気付けば赤鳥は軽く人が吹っ飛びそうな速度まで加速していた。しかし、空気抵抗を考えられた設計なのか、ヘルトが吹っ飛ぶ様子はない。それどころか未だに加速を続けている。



「……ぁぁぁぁあああああああっ!」



 遠かった悲鳴が近付くにつれ、魔粒子の勢いを弱めて減速し、ついでに腕血管がくっきり現れるほど力を込めて少し跳ね、腰の取っ手に足を乗せたヘルトは片手を先程の翼の取っ手に、もう片方の手をアリスに向けて伸ばした。



「猫女っ、早く掴まれッ!」

「ぎぃやあああああああっ、母ちゃああああんっ!!」

「おい、オイラが見えないのかっ!?」



 あまりの恐怖に泣きながら暴れているアリスに悪態こそついているが、ヘルトに諦める様子はなかった。



「痛いだろうけど、我慢しろよなっ!」



 そう叫ぶと同時にヘルトは「ぬぅおりゃあっ!」と赤鳥を更に傾け、丁度良くアリスの股に翼を挟ませた。

 速度も相まって、アリスが、



「んおおおぅっ!!?」



 等と更なる悲鳴を上げているが気にする余裕はない。



「近くに取っ手があるだろっ、掴まれ! 上がるぞっ!」

「いってえええぇっ! 俺の(ピー)んこがあああああっ!?」

「早く掴まれって!」

「おおおうぉうおぉっ……! わわわかったぁっ……!!」



 金的を食らった男のように顔を青ざめさせながら悶絶しつつ、言われた通りに掴まると赤鳥は少しずつ平行になっていき、やがて上空へと向かい始めた。

 アリスも再び襲ってくる激痛に悲鳴を上げるものの、取っ手に両手で掴まり、股だけでなく、腹を翼の先端に乗せることで少しでも負荷を軽減させている。



「ふぅ……何とか助かったようねぇ……」



 その様子を「うわぁ痛そう……」と、若干内股気味で見ていた女船長は仰向けになるようにして安定飛行に集中しているシキと何が起こっているのかわからないといった様子の冒険者達に視線を移し、声を張り上げた。



「野郎共ぉっ、アレを使って奴等を捕縛しなさぁいっ!」



 男達が「「「「「アイアイサーッ!」」」」」と返した十数秒後、魔導戦艦の真横や甲板に取り付けられた大砲から白い塊が飛び出し、次々と冒険者達に直撃。粘着性があるらしく、ぶつけられた者は落ちることなく塊と砲身を繋ぐ白い糸のようなもので吊られ、ぶら下がる形となった。

 当然、その中には思うように飛べず、避けられなかったシキの姿もあり……即座に逃走を図った数人以外の殆どは仲良く捕縛されていった。


















「ふっ、無事だったようだな」



 白い塊で四肢を繋がれ、大分無様な格好をして転がっていたシキは同じように動けなくされた状態で連行されてきたアリスの姿を見て、鼻で笑った。



「何格好付けてんだおいこのクソ野郎……!」

「まあまあまあまあまあ……落ち着けよ、禿げるぞ」

「禿げるかッ! こちとらテメェのせいで死にかけたんだぞっ!? ぶっ殺してやるっ!」



 目線だけで人を殺せそうなほど殺気立っているアリスと余裕の態度のシキの会話に思わず数人の砂賊が頭を気にしたが、二人は気にせず続ける。



「言ったろ。多分、きっと、恐らく、使える可能性がなきにしもあらずと言わなければ嘘になるとも限るかもしれないし、限らないかもしれないと」

「そこまで保険張ってなかったろっ!」

「まあまあまあ。……お、何だ? トイレか? 生まれたての小鹿のように震えてるが」

「お前ぇがトラウマ植え付けたんだよ畜生がぁっ! 舐めやがってっ、絶対にっ、絶ぇっ対にぶっ殺してやるぅっ」



 今も尚、死にかけたことにぶるぶる震えているアリスは何故か執拗に煽ってくる仮面を付けた友人に対し、涙目で決意を露にした。



 一方、そんなコント染みたことをしている二人の近くでは阿鼻叫喚の図が形成されていた。



「嘘だろ!? じ、冗談だよな!? ここから飛び下りろなんっ……ああああぁぁぁぁあっ!!」

「はい次」

「死ぬって、絶対死ぬって! 絶対ぃぃいやああああああっ!」

「死にはしないよ、はい次」

「ふっ、聞いてくれ、俺には家族が居てな。ち、ちょ待てよっ、き、聞いてくれよっ、俺には今日で五歳になる娘がっ……うわあああああっ!」

「良いね、オイラも可愛いお嫁さんと子供が欲しい。はい次」

「あの……さっきから皆まだ喋っ……きゃあああああああっ!」

「え、何て? はい次」



 下は砂漠だが、地球であれば確実に死に、イクスであれば死にはしないが大怪我は免れない高さ。

 そんな高度から命綱無しのバンジージャンプをさせられる冒険者達の悲鳴で甲板中は大騒ぎだった。特に先程アリスを助けたヘルトは淡々とぶん投げるか、容赦なく押していくので仲間からも「サイコパスかあいつは……」と恐れられる始末だ。



「え? ハゲも飛び降りたいって? 良いよ、オイラ優しいから背中押して上げる」

「止めろ! そこまでおかしなこと言ってっ、うわあぁっ、誰か助けてっ、こいつマジだ! マジで俺をっ……あっ……姉御おおおっ、助けてくれええぇぇっ!」

「良し、今ので最後かな」

「ちょっ、最後おおおっ!」

「何てことしやがんだあいつっ!」



 尚、ポイっされた男は仲間達が投げた縄で器用にキャッチされ、助けられている。



「酷いな……仲間を落とすなんて……奴は鬼畜か」

「なあ、お前ブーメランって知ってるか? 刃が付いてる特大のがお前に突き刺さって貫通していったぞ今」

「くっ、幻覚どころか記憶の捏造までっ……可哀想に……悪いなアリスっ、俺のせいでっ」

「幻覚じゃねぇし、確かに手ぇ離した俺も悪かったけど本当になッ!」



 何故か捕縛された後、自分達だけは女船長にじぃっと観察されていることもあってか、二人には余裕があるようだった。



「ねぇ変な仮面のお兄さん? それ暑くないかしらぁ? 取り方教えてほしいんだけどぉ……」

「いや、別に暑くはいたたたたっ! な、何だこいつら!」

「ぬううぅんっ!」

「はぁはぁ……だ、ダメだな……」

「どうなってやがんだこいつの仮面っ……」



 会話の最中に三人掛かりで仮面を引っ張られ、角や頭に固定しているシキはあまりの痛みに声を上げた。



「ん~……顔を見せてくれれば良いのよぉ? じゃないと外れるまで交代交代で皆に引っ張ってもらうことになるわぁ」

「それは勘弁いててててっ、おいっ、今喋ってっ……ああっ、角引っ張んなって! めちゃくちゃ痛ぇっ!」

「……まるで角に痛覚でもあるような反応よねぇ」



 事実、オーガ種の魔族であるシキの黒い角には痛覚が通っており、仮面で模している方ならまだしも本物の角は謂わば骨のようなものなので、変な方向に引っ張られればそれなりに痛い。



「まさか魔族? でもこの声とその大きい体……何処かで……」

「生憎、俺に覚えは……いってっ、痛ぇっつってんだろ! 離しやがれ!」

「ふふ、そりゃあ貴方に覚えがないのは当然よぉ? 私が一方的に()()知っているだけだもの」

「……さっきから未来でも見えてるような言い方をするな、あんた」



 似たような言動の人物を知っているが故に、シキは少し不快だと女船長を睨んだ。



「あら……あらあらあらぁ……? 《千里眼》や《遠目》の可能性もあるのに何故未来なのかしらぁ?」



 対する女船長はシキやアリスのどちらかでも本気で暴れられれば簡単に船を沈められることを見抜いているのか、シキの、睨みこそするものの、殺気や敵意は見せないという反応をさも愉快だと言わんばかりに笑った。



「……それらのスキルは見るだけだ。あくまで遠くのものをな。似た固有スキルなら知らないが、あんたらは俺達を見て誰だと驚き、敵であろうそこのアホ猫を助けた」

「この野郎、殺しかけといてアホ猫とか……マジ殺す。ぜってぇ殺す……」

「その上で、あんたは俺の声や身体の特徴を知っているのに顔を知らない。だからこうやって仮面を外そうとしているんだろう?」

「さっきはあんなに取り乱していたのに……頭の中は結構、冷静なタイプなのねぇ」



 ぶつぶつと物騒なことを呟くアリスを無視し、これまでにない真剣な声音で問うシキに女船長は感心した様子で頷く。

 そして、そんな女船長の反応を見て、シキは更に続けた。



「何より、その目だ」

「……目?」

「あぁ、俺の知っている奴も似たような目をしている。今を見ていない……遠い目だ。ま、あっちは狂ってるからあんたとは種類が違うようだが」

「ふぅん……」



 過去の言動よりも目が告げている。



 そう言われた女船長は再び口元を緩め、目を細めた。



「姉ちゃん。ほんとにこいつらが――」

「――お黙り、ヘルト」

「…………」



 胡散臭そうにシキ達を睨んでいたヘルトを黙らせ、ツカツカとシキに詰め寄った女船長は賊とは思えないほど優雅に膝を付き、シキの顔を軽く持ち上げて自分の方へと向かせた。



「……ふふっ、今の冷静さとその怖い目付き……片方しかないのは驚いたけど、貴方の正体、わかったかもしれないわぁ」

「なら、やっぱりあんたは未来を予知する固有スキル持ちだな。この世に二人もそんな奴等が居るとは驚きだ」



 既に『付き人』と同系統の力を有していると踏んでいたシキはハッキリと宣言されても驚かない。

 ただ無言で見つめ返すだけだ。



「ユウ=コクドウ……イクシアで召喚された歴代の異世界人の中で唯一の『闇魔法の使い手』……違う?」

「なっ、『闇魔法の使い手』だと!? 姉ちゃんっ、こいつはっ!」

「ヘルト。私は何て言ったかしらぁ?」

「でも!」

「くどい」

「うっ、わ、悪かったよ姉ちゃん」



 ヘルト以外の砂賊達もシキの意外な正体に驚愕していたが、女船長のらしくない冷たい一言で静かになる。



「…………」

「っ……」



 そして、あくまで無反応を貫いたシキとは違い、アリスは明確に驚いていた。驚いてしまっていた。

 その反応だけで十分だと大きく頷いた女船長は悩ましげな声を上げる。



「どうもおかしいと思ったのよねぇ……茶髪の坊やはどうしたのかしらぁ? 私の知っている未来だと彼と一緒に貴方がここに乗り組んでくる筈なんだけど……」

「……ライのことか? クハッ、あいつとは別れたさ。あいつは俺を裏切った。誰よりあいつを助け、側に居た俺を恐れ、剣を向けやがった」

「あんなに仲睦まじかったのに……大分変わってしまったようね」

「その反応……あんたが見た未来じゃ、俺は魔族になってないのか。……何だよそれ……俺は今まで何の為に…………ってことは本来、リーフ達は……俺とあいつは……マナミとも……」



 女船長がどんな未来を見ていたのかはわからない。



 しかし、それが元々自分が心の底から望んでいた未来だったであろうことは窺える。

 シキからすれば不愉快極まりないが、その片鱗は女船長の悲しげな表情からも読み取れた。



「けど……それは最早存在しない未来だ」

「……そうなった原因はわかってるんでしょう?」

「もう一人の、予知能力者」

「当然。私やそいつみたいのが居なければああいう未来は早々変わらないわぁ」

「俺が魔族に堕ちたのも直接的な原因はそいつだ。憎く思う気持ちもある」

「なら……」

「だから、何だ?」



 ここで初めて、シキは殺気を出した。



 否、漏れてしまった、と言った方が正しい。



「っ……」



 女船長やヘルト、砂賊達だけでなく、アリスまでビクリと肩を震わせるほどの怒気。



 それがシキから漏れていた。

 思わず殺気となって溢れるほどの怒り。



「原因や辿る話をすればキリがねぇんだよ……俺をこんな世界に呼び出したのも……あんな目に遭わせたのも……あいつらとの仲を裂いたのも……全部、お前らイクスの住民だろうが……!」



 その場に居る全員がビリビリと身体が痺れ、動けなくなったような錯覚を覚えた。



 しかし、それも一瞬のこと。



「でも……良いんだ。もううんざりだ……俺がっ……俺が何をした……? 何をしても俺が悪者で……何もしなくても悪者で……何かしようとしても悪者で……」



 そんな言葉と共にシキは身体の力を抜き、物理的なプレッシャーのような殺気はフッとかき消えた。



「……あんたと会えて良かった。あんたの言う存在しない本来の未来なら俺はこんな思いをする羽目にならなかったこと、死ななかった筈の奴等が俺のせいで大勢死んだってことがよくわかった。……ついでにもう一つ教えてほしい。あんたは俺達に何を期待していたんだ? どんな未来が見えている?」

「……悪いけど、それは言えないわぁ。これ以上、私の知らない未来になったら困るものぉ」

「そう、か。なら放っておいてくれ……今の俺はダメだ。色んなもんが折れちまった……俺の事情はこいつに関係ないから手伝おうと思ったが……あんたらは根っからの悪党じゃないな。俺の知ってる盗賊とは違う。どちらかと言えば冒険者に近い感じがする」



 そう言って、まるで自分の人生に諦めたように力無く項垂れるシキ。



「坊やほどの子と敵対しなくて済むのは有難いけど……この後はどうするのかしらぁ? 何か予定とかやることは?」

「……何もない。俺には生きる理由も目的も……何もないんだ……俺はただあの人やムクロと一緒に居たいだけ……ジル様と、ムクロ……あの二人が居てくれれば俺は……」



 本人の言っていた通り、疲れもあったのだろう。

 友人との再会で無理やり空元気を絞り出していただけで、根本的な疲労やストレスは解消されていない。加えて、『砂漠の海賊団』と出会ったことにより、ライ達や本来の未来のことを考えてしまった。



 それらは極限まで精神を摩耗させているシキからすれば考えたくもないことで、想像の出来ないことだ。

 故に、どこまでも非情な現実に無気力になってしまう。



「何が運命だ、邪神も……付き人も……あいつらのせいで……俺は…………俺のせいでリーフ達が……クソっ、俺は……何の、為に…………」



 泣きそうでいて、疲れ切った声を最後に、シキは俯き黙ってしまった。



「……? あら、坊や?」

「ユウちゃん? どうした、腹でも痛いのか?」

「…………」



 先程まであった筈の瞳の光は失われ、女船長やアリスの問いかけにも反応しない。

 まるで心を完全に閉ざし、外界の情報をシャットアウトしているかのようだ。



「……情けない奴」

「ユウ、ちゃん……」



 ヘルトは吐き捨てるように、アリスは信じられないような表情で呟く。

 だが、どこか同情に近い感情が込められているのは二人共同じ。シキの絶望を理解出来ないなりに、一人の人間が心底から疲れ果ててしまったのだという現実は多少なりとも理解出来た。



「……アリスちゃん、と言ったかしらぁ? 今、この子が言ったジル……は多分、『狂った剣聖』のことだろうから無理でも、ムクロ? って子を呼ぶそとは出来る?」



 反応のなくなったシキを見ていた女船長が徐に口を開く。



「んー……あの隈が凄いお姉さんのことかな。それなら出来ると思うけど……どうすんだ?」

「この子には休息が必要なのよ。私が待ってた人は来ないみたいだし、この子には生きる気力がない。と、いうことは」

「ふむふむ」

「私達の仲間にピッタリってこと」

「「……何でそうなる」」



 突然の提案にアリスだけでなく、ヘルトまでもが疑問の声を上げた。



「私達はこの広いシン砂漠を生きる海賊。人手が居るに越したことはないわぁ。最低限の仕事さえしてくれれば食料も住まいも用意出来るし、基本的には自由だから自由を謳っている冒険者よりも気ままに生きられる。今のこの子にピッタリだと思わない? 貴方だって冒険者でしょう。仲間も居る筈。その仲間より今のこの子を優先出来る? この子が元気になるまで面倒見れるの?」

「そ、れは……」

「オイラは反対だっ。何で『闇魔法の使い手』なんか……」

「ん~何でって言われてもねぇ……勘、かしら。待ち人とは違うけど、この子はこの子で特別な子よ。腐らせるのは勿体無いわぁ」

 


 先程見せた常識外の殺気。

 単純な実力であれば自分の方が上だろうと踏んでいたアリスが格上かもしれないと感じるほどのそれだ。シキ達と比べると一般人に近い女船長やヘルトからすればその力はかなりの魅力的に見える。



「ユウちゃんを海賊にするつもりか」

「そうねぇ……認められるかはわからないけど、もし捕まったら拉致ってただけとか捕縛してただけとかそんな言い訳はしてあげるわよぉ?」

「……こいつや俺みたいなのが簡単に捕まる訳がねぇ。無理だな」

「ま、どっちでも良いわぁ。何人か仲間が町に下りてるからそのムクロって子を連れてきてもらってもいいし」

「…………」



 アリスは悩んだ。

 正直に言うと、アリスから見ても女船長達が悪人には見えなかった。国や町から犯罪者と扱われているのは確かでも、シキと同様、今まで見てきた盗賊達とは違って生きた目をしていると感じるのだ。



 最悪、シキの実力ならこの場に居る全員が同時に襲い掛かっても片手間に殲滅出来る。

 そう考えれば居場所を与えるという提案は悪くない。アリスが聞いていた『砂漠の海賊団』の罪状も古代の遺物、アーティファクトの強奪ばかりだ。無差別に人を殺したり、民の食糧を奪うなどの行為はしていない。フロンティアで見せていた動きもただ必要物資を正規の手段で売買していただけ。



 故に悩む。

 女船長の言う通り、アリスには二人の仲間が居る。多少の期間なら面倒も見れるがシキの精神的な疲労はかなり深いように見える。貯金があるとはいえ、それは仲間と共に必死に貯めてきた金だ。友人に無償で与えられるほど軽いものでもない。



「……ユウちゃんはどうしたいんだ?」



 長い沈黙の末、絞り出したのはシキの意思確認だった。



「…………」



 しかし、虚空を見つめるばかりでシキに反応はない。

 それほどまでに存在しない未来にショックを受けているのだろう。



「……ダメか」

「私達もこの子と同じで特にやることはないわぁ。ただ自由に生きる。それだけよぉ。アーティファクトを回収してるのもこの国がこれ以上……いえ、私達が自由に生きやすいように、捕まりにくくするためだし……」



 代わりに補足、だろうか。女船長が口を開いた。



「あ、そうそう。手伝ってほしい仕事っていうのも言ってしまえば私達の護衛よぉ? この船を手に入れてからた~まに古代の遺跡を見つけることがあってね。そういう時は私が簡単に未来を予知してから入るのだけど……魔物や警備用の古代の人型兵器(アンダーゴーレム)が生きてたりするから中まで確認出来ないのよぉ。どお? そういう冒険はしたくないかしらぁ?」

「俺まで勧誘すんのかよ」

「当然よぉ。この子の知り合いってことはお嬢ちゃんも強いんでしょう?」

「そりゃまあ……」



 この提案もアリスからすれば嬉しいもの。



 元々、フロンティアに滞在していたのもシキ達との約束が理由だ。残念ながらシキ達の仲はかなり複雑なものになってしまったようだが、彼等は彼等なりの理由があって自分に会いに来た。

 そして、それまでの資金稼ぎは冒険とは程遠い魔物討伐のみであり、プリムやゾルベラの内心は兎も角、アリスは代わり映えのしない生活に飽き飽きしていたところだった。



 本来の目的は世界最強の実力とハーレム結成。

 とはいえ、女船長が言っている古代の遺跡の探検というのは中々に冒険心を擽られる。



 最近になって発掘され、飢えた国だったシャムザを強国へと誘った古代の遺物のルーツや強力な武器、古代の歴史等、様々なことを知れるかもしれない。

 知れなかったところで、古代の遺跡には必ず遺物がある。売ればどんなものでも金になるものだ。その誘惑の強さは計り知れない。



「……わかった。ユウちゃんを……頼む。こいつはきっと凄く疲れてるんだ。少し休めば……」

「勿論、厚待遇で受け入れるわぁ。それは良いけど……お嬢ちゃんはどうするの?」

「俺も行く。あんたらとの冒険は面白そうだ」

「そう。ふふっ、愉快な毎日になりそうねぇ」

「チッ、こんな奴等と兄弟なんて……」



 女船長は嬉しそうに、ヘルトは嫌そうな顔で返し……斯くしてシキとアリスは『砂漠の海賊団』の仲間となったのだった。



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